光ファイバ 空間分割多重 マルチモード・マルチコ …Division...

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NTT技術ジャーナル 2016.11 44 次世代光ファイバの必要性 現在,NTTの通信ネットワークを構 成している光ファイバはシングルモード ファイバ(SMF: Single Mode Fiber)と 呼ばれ,伝送媒体としての優れた伝送 特性(低損失 ・ 広帯域性)によりブロー ドバンドサービスの提供を支えてきまし た.日本における商用光通信システムの ファイバ 1 本当りの伝送容量の推移を 図1 に示します.伝送容量は年々増加 し続けており,1987年から2007年までの 20年で1000倍(1.6 Gbit/sから1.6 Tbit/ s)の容量拡張が実現されていることが 分かります.これは時分割多重(TDM: Time Division Multiplexing)や 波 長 分 割多重(WDM: Wavelength Division Multiplexing)などの送受信機における 多重技術の進展や,エルビウム添加光 増 幅 器(EDFA: Erbium Doped Fiber Amplifier)の研究開発によるもので, 近年では,デジタルコヒーレント技術を 用いた多値位相変調信号の採用により, ファイバ 1 心当り 8 Tbit/sの伝送が可 能な通信システムが導入されています. しかしながら,現在のSMFの伝送限 界は100 Tbit/s程度で顕在化するのでは ないかと懸念されています (1) .このため, 今後20年でさらに1000倍の伝送容量を 実現するためには,新たな伝送媒体の 研究開発が不可欠であり,近年,マル チコアファイバやマルチモードファイバ を 用 い た 空 間 分 割 多 重(SDM: Space Division Multiplexing) 技 術 が さ か ん に検討されています. ここでは,SDM伝送用光ファイバの 多重密度と機械的信頼性に着目した検 討について紹介します. 空間分割多重用光ファイバ マルチコアファイバおよびマルチモー ドファイバの概要を図2 (a) (b) に示しま す.マルチコアファイバは 1 本の光ファ イバの断面に複数のシングルモードコア を有していることが特徴で,各コアを用 いて複数の信号を並列伝送することが できます.一方でマルチモードファイバ は一般的にSMFより大きなコア領域を 有しており,コアを伝搬する光のモード が複数あることが特徴です.各モードは 理論的には独立した伝送路とみなすこ とができるため,同一コア内を伝搬する 光であっても各モードを用いて複数の 信 号 を 送 る モ ー ド 分 割 多 重(MDM: デジタル コヒーレント SMFの容量限界 SMFの容量限界 WDM EDFA TDM 1980 1990 2000 2010 2020 2030 2040(年) (bit/s) 1P 100 T 10 T 1T 100 G 10 G 1G 100 M 空間分割多重技術 図 1  ファイバ 1 本当りの伝送容量の推移 世界最高密度の光ファイバを実用に耐え得る信頼性で 実現 NTTアクセスサービスシステム研究所 さかもと /松 たかし /青 あおざさ しんいち /辻 つじかわ きょうぞう /中 なかじま かずひで 近年,光ファイバ通信システムにおける伝送容量の飛躍的な拡大のために,空間 分割多重(SDM: Space Division Multiplexing)伝送技術の検討がさかんに行わ れており,マルチコアファイバやマルチモードファイバといった新たな構造を有す る次世代光ファイバが注目されています.ここでは,1本の光ファイバで100倍以 上の伝送容量が実現可能なマルチコアファイバを実用に耐え得る機械的信頼性で実 現した成果について報告します. R & D 光ファイバ 空間分割多重 マルチモード・マルチコア

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NTT技術ジャーナル 2016.1144

次世代光ファイバの必要性現在,NTTの通信ネットワークを構

成している光ファイバはシングルモードファイバ(SMF: Single Mode Fiber)と呼ばれ,伝送媒体としての優れた伝送特性(低損失 ・ 広帯域性)によりブロードバンドサービスの提供を支えてきました.日本における商用光通信システムのファイバ 1 本当りの伝送容量の推移を図 1 に示します.伝送容量は年々増加し続けており,1987年から2007年までの20年で1000倍(1.6 Gbit/sから1.6 Tbit/

s)の容量拡張が実現されていることが分かります.これは時分割多重(TDM: Time Division Multiplexing)や波長分割多重(WDM: Wavelength Division Mul tiplexing)などの送受信機における多重技術の進展や,エルビウム添加光増 幅 器(EDFA: Erbium Doped Fiber Amplifier)の研究開発によるもので,近年では,デジタルコヒーレント技術を用いた多値位相変調信号の採用により,ファイバ 1 心当り 8 Tbit/sの伝送が可能な通信システムが導入されています.

しかしながら,現在のSMFの伝送限

界は100 Tbit/s程度で顕在化するのではないかと懸念されています(1).このため,今後20年でさらに1000倍の伝送容量を実現するためには,新たな伝送媒体の研究開発が不可欠であり,近年,マルチコアファイバやマルチモードファイバを用いた空間分割多重(SDM: Space Division Multiplexing)技術がさかんに検討されています.

ここでは,SDM伝送用光ファイバの多重密度と機械的信頼性に着目した検討について紹介します.

空間分割多重用光ファイバマルチコアファイバおよびマルチモー

ドファイバの概要を図 2(a)(b)に示します.マルチコアファイバは 1 本の光ファイバの断面に複数のシングルモードコアを有していることが特徴で,各コアを用いて複数の信号を並列伝送することができます.一方でマルチモードファイバは一般的にSMFより大きなコア領域を有しており,コアを伝搬する光のモードが複数あることが特徴です.各モードは理論的には独立した伝送路とみなすことができるため,同一コア内を伝搬する光であっても各モードを用いて複数の信 号を送るモード分 割多重(MDM:

デジタルコヒーレント

ファイバ1本当りの伝送容量

SMFの容量限界SMFの容量限界

WDMEDFA

TDM

1980 1990 2000 2010 2020 2030 2040(年)

(bit/s)1 P

100 T

10 T

1 T

100 G

10 G

1 G

100 M

空間分割多重技術

図 1  ファイバ 1 本当りの伝送容量の推移

世界最高密度の光ファイバを実用に耐え得る信頼性で 実現NTTアクセスサービスシステム研究所

坂さかもと

本 泰た い じ

志 /松ま つ い

井  隆たかし

/青あおざさ

笹 真しんいち

一 /辻つじかわ

川 恭きょうぞう

三 /中なかじま

島 和かずひで

近年,光ファイバ通信システムにおける伝送容量の飛躍的な拡大のために,空間分割多重(SDM: Space Division Multiplexing)伝送技術の検討がさかんに行われており,マルチコアファイバやマルチモードファイバといった新たな構造を有する次世代光ファイバが注目されています.ここでは,1本の光ファイバで100倍以上の伝送容量が実現可能なマルチコアファイバを実用に耐え得る機械的信頼性で実現した成果について報告します.

R&D

光ファイバ 空間分割多重 マルチモード・マルチコア

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NTT技術ジャーナル 2016.11 45

R&Dホットコーナー

Mode Division Multiplexing)* 1 伝送が可能です.

近年,超大容量伝送を実現するためにマルチコア構造とMDM技術を併用したマルチモードマルチコアファイバが検討されています.構造の概要を図 2(c)に示します.複数のコアが存在し,それぞれのコアで複数の伝搬モード* 2を有することが特徴です.つまり,コアごとにMDM伝送が可能なため,例えばmモードを伝搬するコアがn個存在すれば,m×nの伝送チャネルを形成することができます.これまで報告されたマルチコアファイバ 1 本当りの伝送チャネル数とファイバ直径の関係を図 ₃ に示します.マルチモードとマルチコアを同時に利用することで,より多くの伝送チャネルを実現することができ,ファイバ 1本当り100を超える伝送チャネルが得られることが分かります.一方で,伝送チャネルの増加とともに,ファイバ直径も増大する傾向にあることが分かります.次に,マルチモードマルチコアファイバの設計 ・ 最適化に必要な指標について説明します.■機械的信頼性

ファイバ直径が大きくなると,ファイバの材料であるガラスの性質上,ファイバが曲げられたときに破断する(折れる)確率が高くなります.光ファイバの断線はサービスの断絶を招き,ネットワーク全体の信頼性を著しく低下させてしまいます.よって,配置するコア数を増やすためにファイバ直径を際限なく増加させることは不可能で,ファイバの可とう性と十分な強度の維持を加味したファイバ直径の設計が重要です.■空間多重密度

通信設備の限られた空間(例えばケーブルを収容する管路など)を有効に利用するためには,より高密度にコアが配置されていることが重要となります.同じコア数を有するマルチコアファイバで

あっても,ファイバ直径が大きいか小さいかで敷設できる光ファイバ本数が変わるためです.密度の尺度で評価を行うために,光ファイバ 1 本当りの伝送チャネル数をファイバ断面積で割ったチャネル密度が指標として用いられています.■伝 送 特 性

SDM伝送用ファイバの各伝送チャネルにおいても,従来のSMFと同等以上の伝送性能が求められます.このため,SMFと同等の低損失性を有することに加え,マルチコアファイバでは隣り合うコアの間隔を適切に制御し信号間の混信(クロストーク)を十分に抑圧する必要があります.また,複数のモードを伝搬するマルチモードコアに特有の指標とし て,モ ード 間 群 遅 延 差(DMD:

Diff erential Mode Delay)* 3があります.一般に各伝搬モードは異なる伝搬速度を有しており,これにより生じる信号の到達時間差がDMDに相当します.速度差が大きいと受信端で送信信号を復元することが困難になるため,マルチモードコアではDMDの低減が重要になります.

*1 モード分割多重:複数のモードに信号を多重して並列伝送を行う方式.

*2 伝搬モード:ファイバのコア領域を伝搬する光の伝搬状態により規定されるもの.SMFでは一種類のモードのみが伝搬可能.

*3 モード間群遅延差:各モードは伝搬群速度が異なり,モード間の群遅延(単位長さ当りの伝搬時間)の差.

(a) マルチコアファイバ(a) マルチコアファイバ (b) マルチモードファイバ(b) マルチモードファイバ (c) マルチモード  マルチコアファイバ(c) マルチモード  マルチコアファイバ

シングルモードコアシングルモードコア

マルチモードコアマルチモードコア

マルチモードコアマルチモードコア

図 2  各ファイバの構造

ファイバ1本当りの伝送チャネル数

ファイバ直径

シングルモードマルチコアファイバシングルモードマルチコアファイバマルチモードマルチコアファイバマルチモードマルチコアファイバ

140

120

100

100 150 200 250 300 350(μm)

80

60

40

20

0

図 3  伝送チャネル数とファイバ直径の関係

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世界最高密度光ファイバの 特長

試作したファイバの断面図を図 4 に示します.本ファイバでは, 6 モードが伝搬可能なコアが19配置され,計114の伝送チャネルが 1 本の光ファイバ内に存在します.以下,ファイバの特長について説明します.■実用に耐え得る機械的信頼性の実現

実用に耐え得る信頼性を実現するよう適したファイバ直径に設計されています.ファイバの破断確率とファイバ直径の関係を図 5 に示します.ファイバ直径が増加すると破断確率が大きくなることが分かります(ファイバの信頼性が低下することに相当します).ファイバの信頼性は,ファイバ直径のほかに想定する曲げ半径や製造時のプルーフ試験に依存して変化します.プルーフ試験とは,製造時に光ファイバに一時的に延び歪を与えてあらかじめ機械的に弱い部分を除去し,信頼性を向上させるプロセスです.一般的には 1 〜 2 %の伸び歪を与える試験が一般的であることや,近年の高密度ケーブルが曲げ半径15 mm以下の曲げを許容することなどを考慮し,従来のSMF(ファイバ直径125 μm)と同等の信頼性を得るためにはファイバ直径が250 μm以下でなければならないことが分かります.試作した光ファイバはファイバ直径が246 μmであり,SMFと同等の機械的信頼性を実現できます.■空間多重密度の最大化

これまで報告されているSDM伝送用ファイバの中でもっとも高い空間多重密度を有しています.設計にあたり,ファイバ直径の上限を250 μm以下としたうえでもっとも効率的に伝送チャネルを収容可能なコア構造 ・ 配置を検討しました.さまざまなコア配置におけるファイバ直径と空間多重密度の設計結果を図

6 に示します.括弧内には各構造における伝送チャネル数を示しており,縦軸の空間多重密度は,各モードの実効断面積の和をファイバ断面積で割った値で,従来SMFを 1 として規格化しています.コア当りの伝搬モード数は 3(赤)または 6 (青)とし,12〜21コア構造を対象としました.結果,コア当りの伝搬モード数を 6 とすることで非常に高い空間多重密度が実現でき,ファイバ直径250 μm以下では19コアを配置可能であることが分かりました.同図の設計結果に基づいて試作したファイバ(図 4 )で

は,世界最高となる60を超える空間多重密度を実現しています.■優れた伝送特性

コア構造の最適化に加えて製造プロセスの高度な制御により,優れた光学特性を得ることに成功しました.中心コアにはグレーデッド型と呼ばれる屈折率が半径方向に徐々に低下する形状を採用し,コアの周囲に屈折率の低いトレンチ層を設定していることが特徴です(図7(a)).前者のグレーデッド形状はDMDを低減に,後者のトレンチは隣接コア間のクロストークの低減に寄与していま

1 コア当り計 6つのモードが伝搬

× 2

× 2

3 2

4

8

13

171819

141516

9101112

567

1

図 4  試作したファイバの断面図

プルーフレベル 1% 曲げ半径15 mm低

プルーフレベル 2%

ファイバ直径

ファイバ破断確率

信頼性

新たに設定した直径の上限従来のSMF100 125 150 175 200 225 250 275 300 (μm)

10 倍

1/10

1/100

SMFと同等

図 5  ファイバの破断確率と直径の関係

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す.これまで報告されたマルチモードマルチコアファイバの損失とDMDの関係を図 7(b)に示します.作製したファイバがもっとも低い損失(0.24 dB/km以下)およびDMD(0.33 ns/km以下)を有していることが分かります.また,コア間クロストークは−30 dB/100 km以下に制 御 さ れ て お り, 最 新 のQPSK

(Quadrature Phase Shift Keying)* 4 信号を用いた通信システムで1000 km以上

の伝送を実現することができます.実際に,8.85 kmの試作ファイバを用いた検証実験で114すべてのチャネルで良好なQPSK伝送が行えることを確認しました(2).

以上より,私たちの開発したファイバは基幹系のネットワークへの適用が可能な良好な光学特性を有していることを示しました.

今後の展開ここでは,空間多重伝送用の新たな

光ファイバの研究開発に関し,実用に

耐え得る信頼性と世界最高の空間密度とを両立するマルチコアファイバについて紹介しました.今後はさらなる高密度化や長距離伝送の実現をめざします.

■参考文献(1) T. Morioka:“New generation optical

infrastructure technologies: EXAT initiative towards 2020 and beyond,” Proc. of OECC, FT4, 2009.

(2) T. Sakamoto, T. Matsui, K. Saitoh, S. Saitoh, K. Takenaga, T. Mizuno, Y. abe, K. Shibahara, Y. Tobita, S. Matsuo, K. Aikawa, S. Aozasa, K. Nakajima, and Y. Miyamoto:“Low-loss and Low-DMD Few-mode Multi-core Fiber with Highest Core Multiplicity Factor,” Proc. of OFC, Th5A.2, 2016.

空間多重密度

ファイバ直径(μm)190 210 230 250 270

70

(36) (48)(72)

(126)(114)

(72)60

50

40

30

20

10

図 6  ファイバ直径と空間多重密度の設計結果

損失

DMD

本検討(損失<0.24 dB/km, DMD<0.33 ns/km)

グレーデッド型コア

(a) 試作ファイバの形状 (b) マルチモードマルチコアファイバの  損失とDMDの関係

低屈折率トレンチ0 1 2 3 4 5 6 7 8(ns/km)

(dB/km)

0.55

0.5

0.45

0.4

0.35

0.3

0.25

0.2

0.15

図 7  試作ファイバの特徴

(上段左から) 中島 和秀/ 辻川 恭三/ 青笹 真一

(下段左から) 松井  隆/ 坂本 泰志

 将来の豊かな情報通信社会の実現に向けて,超大容量光通信システムを支える光ファイバの研究開発を推進します.

◆問い合わせ先NTTアクセスサービスシステム研究所 アクセスメディアプロジェクトTEL 029-868-6432FAX 029-868-6440E-mail sakamoto.taiji lab.ntt.co.jp

*4 QPSK:光の位相を 4種類に変調した信号で,1つのシンボルで 2ビットの情報を伝送することが可能.