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Fate/Meltout Epic:Last TwilightEpic:Last Twilight< ゥゴニヤ...
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Fate/Meltout ─Epic:Last Twilight─
けっぺん
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【あらすじ】
記憶は幽かに。記録は確かに。
されど名前は忘れることなく。されど文字列は遥か底。
二つが同列になるとき──
物語は、再び始まる。
黒き竜の王
聖槍転生
霧煙る民の歌
-
裏切りの騎士 復讐無き復讐者
翳る晴天
『栄光の騎士王
AD.05■ 絢爛■■円卓 キャメロット
人理定礎値:C』
二つの聖典
日輪の兄妹 三国戦争
奇跡の召喚
魔神と軍勢
降臨せし覇王たち
『王の軍勢
BC.0323 覇王降臨■■ バビロニア
人理定礎値:A─』
星を巡る海賊
嵐の海 女神たちの気紛れ
-
愛に降る星
難攻不落を切り拓く槍
糸に宿る記憶
『嵐の航海者
AD.1573 封鎖終局四海 オケアノス
人理定礎値:A』
炎の都 魔族たちの饗宴
狐の悪戯
抑止力 無垢なる刃 天下への狼煙
『第六天魔王波旬
AD.1582 ■■■■■■ 京都
人理定礎値:B』
百年の挑戦
根源海嘯
デ
ウ
ス
全能に勝る全能 悪逆の摩天楼 播種
-
星の開拓者
『神話碩学アナテマ
AD.1956 根源最終海嘯 ■■■■■■■■
人理定礎値:A+』
幼体
ヴァギナデンタータ ウィッチハント
ヒエロスガモス
牙を持つ鎧
矢と彗星
『■■■■の勇者
BC.■■ 未踏英雄戦線 テッサリア
人理定礎値:B+』
ピカレスク 神聖大陸
最神代 死神舞う大地
黒染めの白 セファール
-
『旅立ちの模範解答
AD.■■ 第四末端世界 ■■■■■
人理定礎値:EX』
──終末を悟った者は、それでも諦めなかった。
──だからこそ、少女はあらゆる運命を遍く溶かす。
+
拙作『Fate/Meltout』の続編となっております。
CCC編既読前提としておりますので、ご了承を。
-
目 次
─────────
プロローグ
1
AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメ
ロット
─
第一節『今は白き騎士の王』
28
────
第二節『再会の王城』
49
────
第三節『聖剣集う国』
65
───
第四節『不穏の向こう』
84
──
第五節『初戦、地上にて』
101
────
第六節『鉄と騎士王』
120
────
第七節『白の使い魔』
139
第八節『森に狂気と笑顔はありて』
──────────────────────
155
─────
第九節『白亜の丘』
172
─
第十節『ヴォーティガーン』
188
──
第十一節『霧煙る民の歌』
204
第十二節『騎士道の影はかく語りき』
──────────────────────
221
─
第十三節『トゥルーナイト』
233
───
第十四節『虚像の円卓』
249
第十五節『騎士王(わたし)と黒竜王(わ
────────────
たし)』
266
第十六節『激戦のキャメロット』
──────────────────────
285
──
第十七節『絢爛虚像円卓』
312
-
絢爛虚像円卓キャメロット マトリク
──────────────
ス
361
BC.0323 覇王降臨伝承 バビロ
ニア
───────
アバンタイトル
413
───
第一節『砂塵舞う領域』
430
────
第二節『海底の記憶』
449
────
第三節『日輪の王国』
466
───
第四節『王都に立つ影』
485
────
第五節『〝ラーマ〞』
504
───
第六節『バビロンの蔵』
518
第七節『悪鬼羅刹は狂い嗤う』
──────────────────────────────────────────
533
───
第八節『望まれたる雷』
550
───
第九節『バビロン会議』
563
─────
第十節『偽りの絆』
579
────
第十一節『孤独の花』
597
───
第十二節『幼き大神性』
612
────
第十三節『ローマへ』
631
第十四節『血溜まりに後悔は浸りて』
──────────────────────
644
───
第十五節『戦の外にて』
657
───
第十六節『青黒き雲霞』
672
第十七節『全ての道はローマへ通ず』
──────────────────────
687
─
第十八節『月の愛、愛の歌』
704
-
───
第十九節『崩落の都で』
718
──
第二十節『ラーマーヤナ』
732
第二十一節『変転、時代の終焉』
──────────────────────────────────────────
746
───
第二十二節『虚数の柱』
766
第二十三節『いざ、遥か万里の彼方ま
─────────────
で』
789
覇王降臨伝承バビロニア マトリクス
───────────────
826
AD.1573 封鎖終局四海 オケア
ノス
───────
アバンタイトル
899
第一節『パイレーツ・オブ・セラフ』
──────────────────────
917 第二節『星を開拓する海賊女王』
──────────────────────
932
───
第三節『黒髭惨状』─1
947
───
第三節『黒髭惨状』─2
964
────
第四節『雷光と女神』
977
──
第五節『輝く星の支え方』
994
───
第六節『三つ星の狩人』
1008
─
第七節『アン女王への復讐』
1023
───────
第八節『激戦』
1036
─────
第九節『白VS黒』
1050
─
第十節『伊達男を追跡せよ』
1067
第十一節『人類最古の海賊船』─1
-
──────────────────────────────────────────
1080 第十一節『人類最古の海賊船』─2
──────────────────────────────────────────
1093 第十二節『失われた聖櫃(アーク)』─
──────────────
1
1113
第十二節『失われた聖櫃(アーク)』─
──────────────
2
1128
──
第十三節『全額勝負』─1
1144
──
第十三節『全額勝負』─2
1160
─
第十四節『星の開拓者』─1
1175
─
第十四節『星の開拓者』─2
1189
封鎖終局四海オケアノス マトリクス
───────────────
1212
AD.1582 焦都聖杯奇譚 京都
───────
アバンタイトル
1263
第一夜『地獄、幕開けりて』─1
──────────────────────
1276 第一夜『地獄、幕開けりて』─2
──────────────────────
1289 第一夜『行き着く先は殺生院』
──────────────────────
1303 第二夜『人為らざる狂気の宴』─1
──────────────────────
1316 第二夜『人為らざる狂気の宴』─2
──────────────────────
1331 第二夜『その覇道は誠に集い』
-
──────────────────────────────────────────
1345 第三夜『逢はむ日をその日と知らず常
────────────
闇に』
1361
─
第三夜『朧気に見ゆ朔の槍』
1376
──
第三夜『白に添う花二つ』
1390
第三夜『信への報い、雲の上まで』─1
───────────────
1407
第三夜『信への報い、雲の上まで』─2
───────────────
1422
────
第三夜『誠は潰えず』
1436
第四夜『茜さす火は照らせれど射干玉
───────────
の』─1
1448
第四夜『茜さす火は照らせれど射干玉
───────────
の』─2
1462
第四夜『茜さす火は照らせれど射干玉
───────────
の』─3
1477
────
第五夜『酒宴の餓狼』
1493
第五夜『願わくば、闇の内でも前のめり
──────────
にて』─1
1509
第五夜『願わくば、闇の内でも前のめり
──────────
にて』─2
1526
第五夜『願わくば、その夜明けを』
──────────────────────
1541
───────
■■■『解答』
1556
───────
■■■『逆光』
1571
───────
■■■『冠位』
1593
-
─────
第六夜『解れた夢』
1607
第六夜『魔京茨木縁起・鬼哭啾々』
──────────────────────────────────────────
1624 第六夜『魔京茨木縁起・海鳴の母』
──────────────────────────────────────────
1636
────
第六夜『夢幻の剣製』
1650
第六夜『魔京茨木縁起・誠の旗』
──────────────────────────────────────────
1674 第六夜『魔京茨木縁起・狂宴地獄』
──────────────────────────────────────────
1689
───
終幕『夜の、その先へ』
1704
───
終幕『第六天魔王』─1
1719
───
終幕『第六天魔王』─2
1731
───
終幕『第六天魔王』─3
1745
終幕『人間五十年下天の内をくらぶれ
─────────────
ば』
1760
焦都聖杯奇譚京都 マトリクス
──────────────────────
1780AD.1956 根源最終海嘯 SE.
RA.PH
───────
アバンタイトル
1842
────
第一節『月の長い夜』
1857
─
第二節『月海原のエニグマ』
1872
─
第三節『毒を継ぐもの』─1
1889
─
第三節『毒を継ぐもの』─2
1903
第四節『月底のポイント・ネモ』─1
-
──────────────────────────────────────────
1916 第四節『月底のポイント・ネモ』─2
──────────────────────────────────────────
1928
-
プロローグ
──記録に曰く。
其は遠き未来、世界の終末に、救済を齎すという。
其は光り輝く剣を持ちて。其は勇壮なる騎馬を駆る。
其は秩序を謳う英霊である。其は善を謳う英霊である。
其は目覚めを悟る。其は使命を識る。
衆愚よ。兆しを悟れ。兆しを識れ。
黄金世界
■■■■■■
これなるは『
』
1
-
私が導くは、全て遠き────
+
﹇2042/07/01 23:51﹈
──スタート、確認。
SERIAL
シ
リ
ア
ル
PHANTASM
ファ
ン
タ
ズ
ム
SEセ
RAラ
PHフ
ここは霊子虚構世界、
──略称
.
.
。
閲覧権限を提示してください。
確認しました。
要求された内容を検索します。
『カテゴリー:過去』
検索完了しました。
最後の聖杯戦争の記述が存在します。
ムーンセルの現マスターが決定された戦いです。
2 プロローグ
-
──不明な一時があります。
権利者によって記述が削除されています。
この瞬間より、内部の非AIが増員しています。
『カテゴリー:未来』
記述は存在しません。
一分後のシミュレート、失敗しました。
一分後のシミュレート、失敗しました。
一分後のシミュレート、失敗しました。
一分後のシミュレート、失敗しました。
一分後のシミュレート、失敗しました。
一分後のシミュレート、失敗しました。
…………
……
…
────無意識に、拳に力が込められる。
3
-
今日という日に唐突に発生した、この尋常ならざる事態の原因が掴めない。
ごく僅かに分かったこと──分かってしまったことは。
……未来が、失われた。
「……っ」
ムーンセル・オートマトン。
地球のあらゆる過去、あらゆる現在を観測し、あらゆる未来を導き出す、月に存在す
る観測装置。
過去を確定させ、現在を経て、未来を捉えるのが、このムーンセルの機能であり使命。
その三つが、ひどく不確定になっている。
「──どうだった?」
「……三十。あまりにも、多すぎる」
過去。既に確定している筈の事象を、ムーンセルで閲覧できない筈がない。
だがその道理が歪に覆っている。
合計三十の瞬間に、靄が掛かったように見えなくなっているのだ。
そして、過去が曖昧になれば、過去があってこそ存在する現在が不確定になり、未来
の演算が不可能になる。
ムーンセル内部は全て洗い出した。結果として、ムーンセル自体の運営はごく通常に
4 プロローグ
-
行われている。
原因は地上……その曖昧になっている瞬間瞬間にあるということは決定的だろう。
過去に干渉し得る、何らかの事件が発生している。
「解析、完了しました。この三十の時代が変質し、実際の歴史と齟齬が発生しているのは
間違いないようです」
「お疲れ様、サクラ。……だとすれば」
「やることは一つね。まったく、今更こんなことが起きるなんて思ってもみなかったわ」
成すべきは、齟齬を失くすこと。
禁忌タブー
どうやら此方から、
を起こすときが来てしまったらしい。
観測者の目を持つ者が、その場に赴いて事象に介入する。あってはならないことだ。
だが、それ以前に過去が見えなければ。未来を存在を確約できなければ、どの道観測
者としての役目を成しているとは言えない。
この事件の先、首謀者がいるならば、未来をどうするつもりなのか。
未来を消し去るつもりでも、未来を続けるつもりでも、手を出さない訳にはいかない。
目的が前者ならば、何としてでも止めなければ。
後者であっても、それを確約せぬことには許容できる事態ではない。
一秒後を当たり前に迎える──それを観測者は保障しなければならない。
5
-
「こんな大掛かりに外に干渉する日が来るなんてね。初めてじゃない?」
「三度目よ。貴女がここに来たきっかけが二度目。あれだって月が干渉した事態だも
の」
「あ、そっか。もうあれから──何年だっけ?」
「十年。あの時以来に、助力を頼むことになるな」
十年前、とある戦いがあった。
ムーンセルの記録に存在しない、今では月の住民でもほんの数名しか知らない戦い。
あまりにも無関係な事件に巻き込んでしまった人たちを、それぞれ別の世界に送還し
たことがある。
此度は、その全ての世界の未来に関わる異変。
正直な話、僕たちだけではどうにもならないと思う。
そして、誰かに助力を仰いだところで解決に至るかさえも分からない。
原因は不明。解決の糸口は、三十の時代。
「システムの定員は現時点、限界で五十人……聖杯戦争以下か」
「規模を考えれば少なすぎるわね。だからこそ、精鋭を集める必要があるわ」
以前の戦いに関わった者だけではない。世界中から、屈指の実力者を探し出さなけれ
ばならない。
6 プロローグ
-
「サクラ、システムの起動を。その後はBB、エゴの皆と一緒に魔術師の検索を早急に」
「了解しました。該当英霊の出典は──」
「制限は掛けない。異変の解決に力を貸してくれる意思があれば、その全員が対象だ」
以前とは比較にならない、悪辣なる異変だということは確信している。
ならば、此度も負けてしまわないよう、僕たちは最善をもって挑む。
僕たちと、魔術師たち。そして、切り札たる英霊たち。
これでどうにも出来ないならば、未来の確証は此処に潰える。
第三者
なにものか
そんなことは許されない。存続を確約し、果てまでを見守る観測者として、
の
第三者
ぼ
く
た
ち
介入は、
で阻止しなければ。
「……何人、来てくれるかしら」
その呟きは、少なからず不安が含まれていた。
彼女らしくない感情の吐露も、致し方ない状況なのだ。
「分からない……けど、世界の危機だ。きっと、皆力を貸してくれる」
「……そうね」
上級AI──サクラたちにシステムの準備を任せ、此方も此方の準備を開始する。
「私たちも行った方が良い?」
「いや。まずは僕たちが行く。何もわかっていないうちは、白羽は控えていて」
7
-
黄崎きざき
白羽しらは
問いを投げてきた少女──
は、その答えを聞いてやや渋い顔をする。
彼女はこのムーンセルに住む、僕以外の唯一のマスターだ。
万が一があった時のために、白羽には待機してもらうべきだろう。
「……そうだよね。念のため、だよね」
「心配ないよ。死なないよう努める。白羽はオペレーターに徹してくれ」
「了解。私で務まるか分からないけど……」
程なくして、準備が完了する。
集まった面々を見て、ここに当然の如く集まるだろう二名がいないことに気付く。
「……カレンとヴァイオレットは?」
「それが……月全体を検索しても発見できませんでした。もしかすると……」
「……また、か」
出てきたのは、焦燥ではなく、苦笑だった。
いつものことだ。静かにお転婆を発揮し、僕たちが行動をする前に動く。
そして、この月にてAIと同じく活動するアルタ─エゴの一人──ヴァイオレットが
仕方なく補佐につき、苦労に追われる。
今回もそうなのだろう。一足早く、月の外にまで飛び出したのだ。
「まったく。見つけたら仕置きが必要ね。サクラ、同じ時代に飛ばす必要はないけれど、
8 プロローグ
-
しっかり観測はしておいてちょうだい」
「はい、分かりました。すぐにでも各時代の把握、検索を開始します」
早くも数名、この一大事件の解決に名乗りを挙げてくれている。
彼ら、彼女らも、地上からムーンセルに接続した後、各時代に転送する。
常識の範囲であれば、それは不可能なことだ。
だが、それを可能にするシステムが、今の月には存在する。
──時空記述干渉システム・ローズマリー。
現在、及び未来の記述。いる筈のない僕たちの存在を書き込み、〝そこに在った〞と
いう結果を生むシステム。
それがかつて、これを考案した際に想定していた使用法。しかし今回は、それとは異
なる方法によって地上に降りる。
降りる時代は過去。過去の事象に介入するには現代や未来の変動しうる記述に干渉
するのでは駄目だ。
追記すべきは、既に記述の確定した過去。
危険なことだ。
過去に介入するだけで発生する矛盾。当然ながらそれを放置していれば、例え小さな
影響だろうと未来における大きな誤差となりかねない。
9
-
未来の誤差──バタフライエフェクトはムーンセルの、他の確定した記述の誤りを証
明する要因となる。
連続して入る記述修正でムーンセルに掛かる負荷は凄まじいことになろう。
矛盾が修正しきれないまでに拡大すれば、どうなるかも分からない。
そうなる前にそれぞれの時代の問題を解決するには、長居は出来ない。
一つ解決するのに、一体どれだけ時間が掛かるか想像もつかない。だが、早期解決の
ための切り札たる、もう一つの切り札がある。
──英霊装填召喚システム・サクラ・ノート。
これは、十年前、人知れず起こった、たった一夜の戦いを基に作ったシステム。
ああした、重大な事件が発生した際の抑止力として用意したものだ。
ローズマリーと同じく時代への記述の追記という形で、月で言う英霊召喚を疑似的に
可能とするものだ。
英霊は非常に強力な切り札となる。
十年前の事件も、彼らがいなければ解決など叶わなかった。
そして此度も、力を貸してくれる英霊たちに協力を仰ぐ。
しかし、このシステムを起用するのは相応のリスクが必要だ。
英霊がいれば、矛盾は更に加速する。
10 プロローグ
-
加えて、世界各地の魔術師にも助力を依頼する。矛盾の加速というリスクを負ってで
も、迅速な解決が優先される。
「両システム、問題なく活動を確認。サクラ・ノートにより、既に各時代、事件解決に賛
同する英霊が召喚されています」
これら英霊はマスターはいないが……月から問題なく魔力は送られている。
月のリソースを地上で活動するための魔力に変換するというのも、過去への追記を利
用した少々無茶な方法が取られているが、それも仕方ないほどの火急の時なのだ。
力を貸してくれる魔術師たちにも、それぞれ一騎ずつ英霊の情報を転送した。
それぞれに波長の合う、相性の良い英霊。かつてのように、その好相性が良い方向に
転がるとは限らないが、相性の悪い英霊を召喚させるのはあまりに危険かつ礼に欠け
る。
僕も含め──彼ら、彼女らはマスターとして、過去の時代に転移。その時代に発生し
た異常を解明し、或いは破壊する危険極まりない時間旅行。
定員は五十人。その、救援を依頼した魔術師のうち、何人が来てくれるか。
不明しかない海の航海。
しかし、どうにかしなければ、未来は確約されない。
11
-
一秒後に世界が滅んでもおかしくない状態。
それが自然と齎されるものならば、仕方なきこととして見届けるのが観測者たる僕た
ちの役目。
だが、何者かによって故意に起こされたことならば、全力をもって阻止する。
大いなる儀式
グ
ラ
ン
ド
オー
ダー
これは、未来を取り戻す戦い。失われた未来を奪還する、
。
紫藤しどう
白斗はくと
「ローズマリー、マスターNo.1・
を登録。参戦マスターも順次登録、当該
の時代へ転送します」
「桜、忘れないように。各時代、最低二人のマスターを向かわせること。一人複数回、別
の時代に赴いてもらうことになるかもしれないけれど、その場合はマスターたちの意思
を尊重してくれ」
「了解です。紫藤さん、メルトさん……どうか、気を付けて」
月ここ
「二人とも、何度も言うけど死んじゃダメだよ。地上じゃ多分……
での勝手は通用し
ないから」
「分かってるわ。シラハも、頼むわよ。大役ということ、自覚しているわね」
「勿論。精一杯務めるよ」
さあ、向かおう。
想定外の形とはいえ、これは僕たちの悲願なのだ。
12 プロローグ
-
いつか、地上に降りてみよう。観測者としてあるまじきことだが、ずっと夢見てきた
ことだった。
「準備は良いですか、二人とも」
「ああ」
「ええ」
「では……異常発生地点・項目A、追記開始します」
初めてこの目に焼き付ける景色がそこにある。
初めて触れる空気がそこにある。
十年の悲願の果て。そう思えば、心は躍る。だが、此度は旅行に出向く訳ではない。
何が起きたのかを解き明かし。
或いはそれを叩き壊し。
当たり前に訪れる──訪れなければならない一秒後を、一分後を。──明日を、確約
する。
「──行こう」
マスター・紫藤 白斗。
サーヴァント・メルトリリス。
──これは、道程の終わりにして、新たなる道程の始まり。
13
-
僕たちの最後の戦い。その、最初の一ページ。
「全工程、クリア──時空干渉、開始」
+
例えば、それが悪意から来るものであった場合。
その悪意が何から産まれたものか、よく見極めるように教えられた。
例えば、それが善意から来るものであった場合。
より注意すべし。思うに、何より危険なものになりうると教えられた。
静かな夜だった。
涼風が肌に触れ、髪を撫でていく。
数キロと離れていない所に住んでいる普通の人々が当たり前に感じるだろうそれは、
わたしにとって新鮮なものだった。
肌に触れるもの、目に映るものすべてが、既知のものでありながら作られたものでな
い、違うもの。
そんなセカイに浸りつつも、わたしは術式に魔力を込めていた。
「……」
14 プロローグ
-
補佐として隣に立つ長身のアルターエゴ──ヴァイオレットは、その術式を警戒して
見つめている。
英霊の召喚術式。何がしかの英霊を特定して喚び出すものではない。
かつて──わたしが生まれるより前にあったらしい、聖杯戦争なる戦いで使われた、
取り分け召喚者との縁を重視する術式。
それをサクラ・ノートを利用して、此処に持ってきたもの。
この事件において、強力な英霊を召喚するのに、越したことはないかもしれない。
だけどわたしは、己と波長が合うか、を重く見た。
〝──絆っていうのは、一番大事だと思う。友人との絆がなければ、今の僕は無かっ
た〞
そう、生まれて間もない頃に、お父さまに聞かされた。
間違いはないと思った。お父さまの能力は、絆を──剣に、盾にするのに、特化して
いたから。
家族の一人、シラハも言っていた。
〝そうだね。私も同じ考えだよ。逢えなくても近くに感じられて、親しいからこそ強
く感じる、繋がりそのものだから〞
だからわたしは、これを選んだ。
15
-
自分に一番合った英霊を。自分が一番、固い絆を結べる英霊を。
何せ、『何が起きているか分からない』。
いつもの通り独断で行動したわたしは、いつもの通り家族を信じた。
ゆえに、事件に一足早く踏み入って、その一歩目は運命を開始するところから。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──」
紡ぐ言の葉一つ一つが運命の欠片。それらを寄り合わせて、大きなパズルにしてい
く。
輝きを強める術式。視界が暫し白く染まる。
色を取り戻したその瞬間には、そこには英霊がいるのだろう。
現在、過去、未来。何れかの時代で栄光を謳った英雄が、第二の生を伴って現れてい
るのだろう。
セイバー。アーチャー。ランサー。ライダー。アサシン。キャスター。バーサー
カー。
サーヴァントの枠に収められて、七つのうち一つの座に腰を据えて、目覚めるのだろ
う。
ほんの少し、不安があった。
もし、生前に悪逆を成した、反英霊が現れたら、と。
16 プロローグ
-
そんな不安は、視界を取り戻す前に拭い去った。
お母さまも、どちらかと言えばその類だと聞いた。ならば、それもまた縁であり、幸
運なことなのだと。
光輝が極みに達する。刹那。
「────フン」
たったそれだけで性質の分かる、短い不満が聞こえてきた。
殺人鬼のような、召喚そのものが失敗である状況が存在する。
そうしたモノを、引き当ててしまったのか。
どうしようかという焦燥に答えるように、光は収束していく。
ヴァイオレットが、息を呑むのが聞こえた。
視界に映った白がうっすらと消えていき、そこには──
「──まあ、そうだろうね。あまりに下らない。ボクであれば、そうするのは当然だ」
小さき傲岸が服を着て────否。
何も纏わぬ小さな傲岸が、立っていた。
「ふうん。要するに……」
召喚された英霊は、契約を確認するや否や、状況を問うてきた。
17
-
自身は虚空から取り出した酒器に、同じく取り出した酒瓶の液体を並々注ぎ、分かっ
ている仔細を話し終えるまで一言も喋らず愉しんでいた。
「何もわかっていない訳だ。原因も、犯人も」
「はい」
言って、答えを待たず、また一口。
その姿は年齢不相応にも様になっている。
見たところ、十に届くか届かないかといった風貌ながら、その英霊は只者でない雰囲
気を持っていた。
少なくとも──女性二人の前で尚も全裸でいる少年が只者である筈がないのだが。
「だけど人類史が消失して、未来が不確定になった。思い当たるモノを発見したから、な
んの下準備もせず挑んだと」
「はい」
人造つ
く
「実に不合理、かつ無謀だ。君も、そこのお姉さんも、おおよそ完璧であるよう
られ
た人形には見えないな」
「────」
そんな、さらりと零れ出たような言葉に、わたしよりもヴァイオレットが驚愕した。
「貴方、は……私たちの正体を?」
18 プロローグ
-
「それなりに目利きは鋭い自負がありますよ。女神の集合体なんて実に稀有だ。ボクの
時代にそんなモノはいなかった。しかし残念、イシュタルなりアルルなり組み込まれて
いれば、お礼参りが出来たんですが」
言葉遣いを、未だ不遜さの残る敬語に変えて、眉を下げつつ少年は言った。
心の底から残念だと思っているように見える。
人工知能
A
I
「で、そっちの君……ボクのマスターたる君は、人間でも
でもない、極めて異例
な存在。どうやったらそんなものが出来るんだか」
少年は、さも当然と言ったように、わたしの正体をも一瞥で見極めた。
目利きは鋭いというのは嘘ではないらしい。
これは、この英霊に備わった宝具なりスキルなりの能力なのだろうか。
「まったく、何もかも、至って茶番だ。ただ……一つ見えないな。ただただ醜悪で、純粋
なる歪曲……」
酒器を置いて、つまらなそうに言う。
その瞬間、少年は露骨に目の色を変えた。
「──いいよ」
「え?」
「君の召喚を受けた。契約は成立している。令呪もある。何も判っていない君らを導く
19
-
気はないけれど、この茶番……もしかするかもしれないからね。付いて行くくらいはし
てあげるよ」
椅子から立ち上がり、一秒の後には、少年は古めかしい衣服に身を包んでいた。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「カレン、貴女は少し疑いというものを持つべきでは……」
「契約をしてくれたのだから、わたしは信頼します。お父さまも、きっとそうする筈で
す」
お父さまとお母さまのように、この少年と信頼し合える関係になれれば良いと思う。
そのためには、わたしがまず信頼しなければならない。
「そういえば、わたしは貴方をなんと呼べば……」
「ゲートキーパー。真名なんて明かす戦いでもなさそうだし、クラスで呼んでくれて構
わないよ。カレン、って言ったね。それで、そっちのお姉さんは?」
「……ヴァイオレットです」
「うん、カレンにヴァイオレット、ね。よろしく」
──これが、わたしの、地上での最初の出来事。
七つのどれにも属さないエクストラクラス・ゲートキーパーのサーヴァントとの出会
い。
20 プロローグ
-
そして、人類史を救い、守るための戦いの始まりだった。
+
──そして、観測する。
地上における第一のマスター、その誕生を。
暗がりだった。
蝋燭の灯りだけが光源の、数百年ほど前の西洋を思わせる部屋。
「それじゃ、始めますか」
闇に響くその声は、とてもこれから大それた儀式をするとは思えない。
呑気な声色。重みを微塵も感じられない様子だ。
両手に大量の宝石を握り込んでいる部屋の主は、二十に届くかといった少年だった。
真っ黒のローブと、その下に着こなした紫色を基調とした衣服。
これだけならば、時代錯誤にやや古い錬金術師。
異常なのは、衣服に溶け込むように接着された、多数の宝石。
均整の取れていない、無遠慮な成金を体現したかのような極彩色。
21
-
丁寧に切り揃えられた白髪はやや年齢不相応な子供っぽさを感じさせる。
しかし、反対に、その顔つきは年老い過ぎているようにも見える。
絶望と苦心を半世紀以上も煮詰めたような濁った眼はその外見年齢で宿して良いも
のではない。
そんな自身の異常などまるで知らないとでも言わんばかりに、続く呑気な声は詠唱を
始めた。
「銀とぉ鉄をぉひっとかけらぁ。ぐっつぐっつ煮るよぉ大番頭ぁ。アーテー様のぉ素敵
なレェシピィ」
歌う。歌う。あまりに異質、というよりは儀式という存在に真っ向から喧嘩を売るよ
うな、冒涜と享楽の詠唱だった。
閉じよぉ
みぃ
た
せぇ
閉じよぉ
みぃ
た
せぇ
閉じみ
た
閉じみ
た
閉じよぉ
みぃ
た
せぇ
閉じて
み
ち
て
閉じて
み
ち
て
開いて
こ
ぼ
れ
て
開くぅ
堕
ち
るぅ
「
。
。
。
、
、
、
。閉じた傷
口合ぁわせていぃつつぅ」
例えばそれが、愛情を込めた子守歌であれば、まだ聞くことも出来よう。
しかし少年から発される声は、定められているだろう音程を一つ二つは外しているよ
うだった。
聞いた後には不快しか残らない歌をしかし、少年は真顔で歌い続ける。
「僕のかぁらだぁはあなたの下にぃ、僕のこぉころぉはあなたの上にぃ。全部が鎖に
22 プロローグ
-
つぅながぁれてぇ、停まって砕けて蕩けて混ざるぅ」
枯れた愉快な歌を紡ぐ口は機械のように無感情。
それでも──声の節々に残っているモノは確かに在る。
「善悪為るはぁ我が身ぃこの身ぃ。遍く織り成すいぃつつぅの魔法ぅ。棺桶開ぁけたら
目ぇ覚めぇはひぃとつぅ。ゆぅめときぼぉとそぉれから──地獄ぅ!」
そうして、出鱈目な詠唱でもって英霊の召喚術式が完成する。
歌の終わりは、同時に月に関わりのない最初のマスターの誕生だった。
「──問おう。貴様が余のマスターか」
「そうさ。間違いないよ」
厳かだが幼さの残る声の問いに、ようやく少年は笑みを浮かべて答える。
対する、喚ばれた英霊は閉じていた瞼を開き、契約の成された己のマスターを視認す
る。
「ッ、貴様……!?」
「ん?」
端整な顔立ちが驚愕に染まる。
生前何かしらの偉業を成した英霊が、召喚されて最初にこのような表情を浮かべるな
どそうそうありえない話だろう。
23
-
そしてそれは、現代に生きる人間と自身を比較した上で矜持に触れる行動である。
ゆえに、すぐに平静を取り戻す。英霊は驚愕を、一先ず気のせいだと腹に収めた。
「……いや、なんでもない。して。貴様は何を目的に余の眠りを妨げた?」
「簡単な話さ。いや、簡単だけど、簡単じゃない。僕は君に力を貸してほしいんだ。僕だ
けのための──欲望を満たすための野望に」
少年の言葉は、まるで人類史の危機など歯牙にもかけていないかのようだった。
「そうか。では、余をキャスターなどで喚んだのも、その野望とやらのためか?」
「勿論。でなければ、アーチャーかライダーか……もしくはエクストラクラスで喚んで
いるだろう?」
「そうさな。何か理由でもなければ、余をキャスターなどと、正気とは思えん。分かる
か、余のステータスは」
「うん。筋力から幸運まで、揃ってEランクだ。最弱のサーヴァントに名を連ねるかも
ね」
「なっ──ええい! 余を馬鹿にしているのか!」
「してないよ──キャスターとしての君が必要なんだ。小さなお姫様」
「やはり馬鹿にしているのだろう! 余の真名を知った上でその呼び名は愚弄にも程が
あるぞ!」
24 プロローグ
-
声を荒げる英霊は──紛れもなく、少女であった。
黄金と白銀で彩られた白いドレスを着こなす姿は、確かにその真名を知らぬ者が見れ
ば姫君と思うだろう。
満遍なく刺繍を施された緋色のマントは身の丈と比べてあまりに大きく、似合うか否
かよりもその威厳を魅せることを重視したような尊大さが見て取れる。
金の長髪も相まって、その少女には貴族、王族といった表現こそが相応しい。
「まったく……まあ良い。なんの知識もなくキャスターで喚んだのではないなら、それ
なりに知識あるマスターと見込むべきか」
「知識には少しばかり自信があるよ。それなりに永きを生きてるからね」
「ほう?」
少女──キャスターの怪訝そうな表情を意に介さず、少年は背を向ける。
「さて。じゃあ、行こうか。セカイを救う冒険だ」
「なんの話やらよく分からぬが……一つ、貴様が世界を救おうなぞ微塵も思ってないこ
とは理解できるな」
「アッハハハ! そんなことはないよ。僕だって、世界は大切だ」
愉快な、しかし薄黒く濁った少年と。
荘厳な、それでいて華麗なる少女。
25
-
救済の旅路において、異質なる主従は、ここに結成された。
「どうだか……。そういえば、マスター。貴様、名は」
疑念を隠さず、少年の後に続くキャスターは、失念していたと話題を変える。
己にキャスターの適性があると見破り、召喚せしめたとあらば、このマスターが我が
真名を知っているのは当然だ。
しかし、未だもってキャスターは少年の名を知らない。
少年は、そうだったと立ち止まり、もう一度キャスターの方へ向き直る。
「僕は、カリオストロ」
キャスターは、なるほど、と先程の驚愕の理由を納得した。
魔術師
キャスター
として召喚されたからか、その少年の得意とする魔術体系を直感的に把握して
いたらしい。
何処か、その魔術の大家に生まれたのだろう。良き名を貰ったものだ、とどうでも良
い考えを持った。
「カリオストロ・エルトナム・アトラシア。アトラスより失われた至聖の蔵書。よろし
く、キャスター?」
こうして、また一組、戦いに参じる。
三十の時代を巡る、歪なる戦いに。
26 プロローグ
-
第一特異点 栄光の騎士王
AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメロット
人理定礎値:C
27
-
AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメロット
第一節『今は白き騎士の王』
「マーリン! マーリンはいますか!」
ドタバタと、厳かなる絢爛の城に相応しからぬ音が響く。
城内を走る少女は、目的の人物を見つけると花のような笑顔を咲かせた。
「マーリン!」
「どうしたんだい、騒がしい。一体何を──」
「感じ取りました! 外です! 異邦人が来たみたいですよ!」
「ああ──気付いてたか」
少女が探していた対象であったらしい男性は、さして少女の言葉に驚かない。
「キミの直感は大したものだな、アルトリア。では見に行こうか。ケイを連れて行こう。
どうせ面倒ごとだろうからね」
「はい!」
最後の部分だけは聞かなかったように、満面の笑みで少女は頷く。
ケイ、と呼ばれた人物を探すべく、またしても足を速める少女を見届けて、男は笑う。
28 第一節『今は白き騎士の王』
-
「やれやれ。暇人もいたものだ。どうせアレを回収しに来たんだろう? この時代に
あってはいけない、悪辣な善意に満ちた願いの杯を」
『栄光の騎士王
AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメロット
人理定礎値:C』
────まず初めに感じたものは、眩暈だった。
感覚的には特に変化はない筈なのに、突然空気が変わったような錯覚が襲う。
それは或いは、普段生きているセカイとの差を大きいものだと思っているがゆえの一
種の自己暗示なのかもしれない。
身体全てが、あらゆる活動に新鮮さを覚え、必要以上の満足感を生んでいく。
例えばそれは酩酊のようで。
良い状態とは言えないが、良い感覚。
しかし、その感覚に身を任せている訳にもいかない。
ひどくふわふわとした思考に喝を入れる。気付けば倒れそうになっていた身体に力
を込める。
29
-
目を開くとそこには──
「────────」
造られたものでない、本当の世界が広がっていた。
「……ぁ」
草原に立っていた。
心地よい風が吹いている。それに従って草は靡き、芸術的な波を形作る。
たったそれだけ。それだけなのに、あまりにも感動は大きかった。
空気を吸っている。土の上に立っている。この、地上の。
悲願の達成は何処か呆気なく、しかし多幸感に満ちていた。
「……そう。これが地上」
感慨深げに呟いたメルトの口元には、笑みが浮かんでいる。
僕程に積極的ではなかったにせよ、メルトにも少なからず地上への憧れはあった。
この微笑みは、その発露なのだろう。
『あー、あー……テス、テス。聞こえてる? 白斗君、メルトちゃん』
新鮮な感覚に浸っていると、すぐ傍から声が聞こえてきた。
白羽だ。此方の存在の観測と同時に、声くらいなら干渉が出来るようだ。
「聞こえているよ、白羽」
30 第一節『今は白き騎士の王』
-
『よし、オーケーだね。観測者である二人がその時代に行ったことで、ある程度情報は分
かったよ』
不可視となった三十の時代。観測者たるマスターが立てば、情報を照らし合わせて時
代も逆算出来る。
どの時代、どの国、何があった瞬間に立っているか。それを確認するのはこのオー
ダーで何より重要だ。
起きている異常の発見に直結する情報。これが無ければ、解決まで何倍と時間が掛か
るだろう。
「それで……此処は一体?」
『西暦517年。場所はブリテン……だから、イギリス、だよね?』
──ブリテン。
なるほど、であれば尋常ならざる大気中の魔力にも納得がいく。
月による身体の最適化をせずに訪れていれば、降り立った瞬間に大変なことになって
いた。
西暦を数えて未だ神秘の根強く残る島国。此処が、旅の始まりの舞台か。
そして、この時代。
「517年……アーサー王の時代か」
31
-
かつてブリテンを統治した、伝説的な騎士の王、アーサー・ペンドラゴン。
彼の活躍した全盛期と言える時代よりも少し前ではあるが、この国にいるということ
は間違いない。
この時代に何かしらの異常が起きているならば──アーサー王が何かを掴んでいる
可能性はあるか。
「どんな異常か、は分からないのよね。シラハ」
『うん。だけど……なんだろう。判別不明の反応がある』
「判別不明……? 月の機能を使っても?」
『勿論観測機能は十全に動いてるよ。多分これ、ムーンセル全体を見ても前例のないモ
ノなんじゃないかな』
あらゆる並行世界を見ても、前例のない何か……それがこの時代の異常になっている
のだろうか。
しかし、ムーンセルが知らない存在、ということが既に信じがたい。
この事件が如何に未曾有の異変なのだとしても、この瞬間にだけ存在する何かなどあ
りえようか。
『今二人がいる場所から西に暫く行った場所にその反応はあるけど……流石に、そこま
で離れたところだと観測できな……』
32 第一節『今は白き騎士の王』
-
「……白羽?」
「ッ──ハク」
唐突に言葉を止めた白羽。
その理由は、次点でメルトが気付いたものだろう。
──誰かが近づいてきている。
「……この時代の人、かな?」
「いえ……ハク。アレ、サーヴァントよ」
まだ遠目にしか見えなくとも、メルトは察したようだ。
サーヴァント。まさか、こんなにも早く会うことになるとは。
月のシステムであるサクラ・ノートを使った召喚でも、この観測不可能な時代にいる
以上その詳細は月には伝わってこない。
ただ一つ分かることは、あのサーヴァントは世界全てに関わる事件の解決を願う者で
あること。
とにかく、向かってくるというならば、待ち構える。
この事件で出会う、最初のサーヴァントを。
「──女、ね」
鮮明になった姿は、まさしく女王といった風貌だった。
33
-
赤い長髪のてっぺんに輝く王冠。埃の一つすら付いていない、純白のマント。
右手には過度に飾らぬ剣を握り込み、左腕を守るように、金に赤で彩られた盾を持っ
ている。
「アンタたち。この国の人間って訳じゃなさそうだけど……何者?」
開口一番、女性から発された言葉には、強い警戒が込められていた。
その答え如何によっては、今すぐにでも切り掛かる、そんな確信がある。
答えに迷うこともない。相手がサーヴァントであれば、事情は理解していよう。それ
を話すまでだ。
「……この時代の異常を取り除きに来た。君も、そうじゃないのか?」
女性はその返答で、少しだけ警戒を解く。それでも未だ怪訝な表情は変わらない。
「……ふうん。アイツらの敵かな。まあ、そういうことよ。それで、『この時代』っての
は? まるで別の時代からやってきたような口ぶりだけど」
「アイツら……?」
「はいはい。先に質問に答えること。ちゃんと私も知っていることくらいは教えてあげ
るから」
少なくとも、女性は敵意は持っていないようだ。
何やら、この時代の異常についても、情報を掴んでいるとみられる。
34 第一節『今は白き騎士の王』
-
僕たちについて、隠すこともない。召喚された英霊とあれば、尚更だ。
──この時代から、およそ千五百年後の時代から来たこと。
──ムーンセルのこと。
──各時代の異常を感知し、それを対処すべく英霊たちを喚んだこと。
──僕たち。そして、協力を依頼した魔術師たちが各時代に飛び、異常の正体を確か
めていること。
「……そう」
ざっと説明を終えて十秒ほど。
理解できたのは精々五割、と言った微妙な表情で女性は頷いた。
「まるで理解できない部分はあるけど……ま、悪い子たちでないことは分かったわ。け
ど、今までの警戒は仕方ないものだと思って」
剣が収められる。どうやら、完全に警戒を解いてくれたようだった。
「じゃ、あたしを喚んだのは君たちって訳だ。確かに間違いない。あたしはこの国を護
るために召喚に応じたサーヴァントだよ」
「そうか……なら」
「うん。協力しよう。君たちが悪い子でないなら問題なし。今は少しでも戦力が欲しい
しね」
35
-
言いながら、女性は笑顔を見せてくる。
「……戦力が要るほどの何かが起きているってことよね?」
「そ。この時代の異常ってんなら多分それ。頼りになる味方もいるけど、きっと足りな
いと思う」
「その異常っていうのは?」
「先に移動するよ。拠点があるの。その味方も含めて紹介するから」
「……構わないかしら、ハク?」
「ああ。この時代の勝手も分からないし、誰かに頼った方が良い。君……えっと、真名か
クラスを教えてもらっていいかな?」
この異変は、聖杯戦争とは違う。
協力関係である以上、真名やクラス、宝具などの情報を隠匿する必要性はない。
「うん。いいよ」
女性は、疑うこともなく許諾してくれた。
地上に降りて、初めて出会ったサーヴァント。
その真名は──
「あたしはブーディカ」
──このブリテンの異変に降り立つに相応しいもの。
36 第一節『今は白き騎士の王』
-
「勝利の女王、なんて大層に呼ばれてる、ただの敗北者さ」
この時代より四百五十年ほど前、一世紀の古代ブリタニアの女王。
王であった夫の死によって平穏を崩され、ローマ帝国の侵略に対抗した、ブリタニア
の守護者。
勝
利
ヴィクトリー
の語源となった者とは到底思えない、救いもなき凄惨な最期を迎えたことを
知っていれば、否が応にも想像してしまう。
「クラスは──」
据えられし、そのクラスの名。
ムーンセルのログを整理していた際、かつての聖杯戦争での召喚履歴を見たことから
名前だけ知っていたとあるクラスを。
復讐者
アヴェンジャー
「────
」
ブーディカに付いて暫く歩き、始め居た場所から随分と離れた。
此方の名前は既に告げており、オペレーターである白羽の存在も彼女に知られてい
る。
「そっか。英霊と関わるのは初めてじゃないんだ。聖杯戦争、ね……同じブリタニアの
英雄とは戦いたくないな」
37
-
『そうだよね……ただでさえ死ぬのも殺すのも嫌なのに……』
「優しいねえ。でもまあ、そういうこと。ブリタニアの英雄なら、絶対仲良くしたいも
の」
過去にあった始まりの戦いの話をしつつ、ここまで来た。
ブーディカの話を聞いたならば、次は此方の番、ということだ。
どうやらブーディカは、アヴェンジャーのクラスに据えられながらも大きな復讐心は
持っていないらしい。
アヴェンジャー──復讐者。
該当する英霊は数少なく、それら全てが無比の復讐心を宿しているエクストラクラ
ス。
ながらここまで彼女が温厚なのは、どうやら今目の前にローマの人がいないから、と
のこと。
復讐する対象がいないならば、復讐心などどうとでもなる。今は特に役に立たないク
ラススキルを持っただけの、ただのおねーさんだ──とは彼女自身の弁。
自らと、愛する娘を蹂躙したローマ帝国。
もし、それに縁のある英霊がいれば──なんて想像したくない。
少し話しただけでも、彼女が心優しい、慈愛を持った性質であることは分かった。
38 第一節『今は白き騎士の王』
-
そんな彼女を堕としてしまった存在を良く知っている以上、どうにも複雑な気持ちは
あるが……それは決して、表に出してはならないことだ。
「もしうちの旦那さんと戦うことになってたらそれこそ最悪。今回のとどっちがマシっ
て訳でもないけど」
英霊であるブーディカにとっても、聖杯戦争の知識は新鮮らしい。
いざ召喚されれば知識は得られるだろうが、今回はそれとは話が違う。
人類史を救う戦いに、聖杯戦争は関係ないのだ。
「さ、着いたよ」
「……え?」
唐突に立ち止まるブーディカ。
周囲には何もない。これまで通りの、風の心地よい草原である。
「何もないけれど?」
「そういう結界。外から見えてちゃ何があるか分かったものじゃないって」
説明を聞きながら、もう一歩踏み出すと──
「──やあ。戻ってきたねブーディカ。無事で良かった」
──たった今まで、そこになかった景色が広がっていた。
「ただいま、魔術師さん。連れてきたよ。協力してくれる良い子たちだった」
39
-
「それは何より。流石に私たちではどうにもならないからね。アレを倒し得る強者は一
人でも多い方が良い」
瑕を知らない、白亜の城壁。
穢れなきその城は、突然に現れた。
「……随分と大層な結界ね……そこの魔術師かしら」
『一応、観測は出来るから、外からのアクセス一切を遮断している訳じゃないと思うけど
……』
幻惑……これだけの範囲の景色を騙せるほどの、強大な魔術。
その技術にメルトも驚愕し、使い手と見られる存在に目を向けている。
城塞に背中を預けて、魔術師は此方を見ていた。
「その通り。私が張ったし、流石にそんな異質な干渉への対策はない。ようこそ、遥か理
想の城へ。ようこそ、崩れかけの時代へ。歓迎するよ、異邦の客人」
虹色に輝く長髪に、純白のローブ。
奇妙な形の杖を携えて、どっしりと、しかし軽く座り込む青年魔術師。
魔術師
ウィザード
魔術師
メ
イ
ガ
ス
僕が良く知る時代に存在する
とは違う、この世界で神秘を紡ぐ生粋の
。
それも、この規模の魔術を使用しながらも平然としていられる、最上位の使い手。
「……貴方は?」
40 第一節『今は白き騎士の王』
-
「名乗る程の者じゃない……なんて、客人への言葉でもないか。私は──」
「マーリン! また異邦人ですか!」
薄々勘付いていた。この青年は、この時代、アーサー王の治世において、最も名を知
られているであろう魔術師なのかもしれないと。
快活な声に遮られ、苦笑する青年。
彼こそが、世に名高き花の魔術師マーリン。数多くの神話や伝承に名を遺す、有数の
王を育てる者
キ
ン
グ
メ
イ
カー
。
「やあ、アルトリア。本当にキミは耳……いや、勘が早い。その分だとまたケイを置いて
きただろう?」
城の内部から青年──マーリンを呼んで、駆けてきたのは少女だった。
えへへ……と彼の言葉に答えないながらも否定もしない少女は、十五歳前後に見え
る。
「初めまして! お二方! えっと……お名前は?」
金髪を後ろで束ねた、純白のドレスを着こなす少女。
「僕は紫藤 白斗。そして……」
「メルトリリスよ。それからオペレーターの──」
『黄崎 白羽だよ。声だけしか干渉できないけど。貴女たちは──』
41
-
少女は白羽の声に少しの間驚愕していたが、やがてニッコリと笑い、
「私は、アルトリア──アルトリア・ペンドラゴン。以後、お見知りおきを! ハクト!
メルトリリス! それからシラハ!」
「他己紹介になってしまったね。改めて、私はマーリン。此方の若き王のお付きを務め
る魔術師さ」
マーリンと共に、名前を告げてくる。
ブーディカとは違う。英霊ではない、真としてこの世界に生きる者。
そして、この世界に異常が起きているのであれば、誰よりもキーパーソンになりうる
人物。
その名と、マーリンの言葉から、否が応にも結論付いてしまう。
マーリンの「此方」が指しているのはその少女であり。
マーリンが補佐をする王など、この時代においてたった一人。
選定の剣を引き抜き、円卓を率いてブリテンを治めた英雄。
────騎士王、アーサー・ペンドラゴン。
目の前の少女こそ、騎士道の誉れも名高い王なのか。
+
42 第一節『今は白き騎士の王』
-
「……王よ」
声が、聞こえる。
「王よ」
目を開けば、そこにいるのは信ずる者たち。
皆が、言葉を待っているように見える。
嗚呼──どうやら、泡沫の眠りについていたらしい。
「……────」
口を小さく、開いてみる。
問題ない。言葉は出る。くだらない。一体何を、私は確かめているのか。
「……私は、在るべき王ではない。故に、新たなる王である」
昨日も、一昨日も、同じ出だしだった。
「貴公らは、それを理解している。故に、我が騎士である」
再確認するまでもない。
これは、私も、彼らも、弁えていることである。
「……先、この時代に降り立った者は、如何となった」
「……向こう側に付いたようです。何とも愚かな……状況すら知らぬのでしょうが」
43
-
そうか。であれば、仕方なし。
否。これは僥倖というものか。
敵対する存在は、可能な限り多い方が良い。
「ふん。ならば私たちが出向こうか。時代を超えるとは正に神業。なに、神霊殺しは既
に経験済みだ」
「落ち着け。今はその時ではない。アイルランドの騎士──フィン・マックール。そし
てディルムッド・オディナよ。貴公らが我が円卓に座したことは光栄である。故に、斥
候などに使い潰すつもりはない」
「そうか。いや此方こそ栄えあることよ。異国、そして異常とはいえ騎士道の代名詞た
る円卓に名を連ねるとは。何より王よ、貴女が見目麗しいことが気に入った。貴女の命
ならば、騎士として応じようさ。なあディルムッド」
「は。い、いえ……召喚に応じた以上、性別に関係なく私は仕えるつもりでしたが……」
「はっはっは! ディルムッドも興味ありと見た。そうだろうな、そうだろうよ! お
前の美貌に惑わされぬ女人に喚ばれたことが余程嬉しいと見える!」
「いえ、ですから……」
「双方、口論は慎め。王を前に好き放題し過ぎだ」
……ほんの少し、騒がしかった。
44 第一節『今は白き騎士の王』
-
しかしそれも、すぐに収まる。何処か、寂寥感があった。
「……しかし、対処せねばならない問題では」
僅か、語気を荒げた騎士は、すぐに冷静を取り戻す。
「分かっている。そう急くな」
彼らが、何を危険視しているのか、わかっている。
諫言の主は、状況を他の誰より理解していよう。
だからこそ、最後の障害を叩き伏せようとしているのだ。
「無断なれど外に出ている二人から、先ほどパーシヴァルを討ち取ったとの報せがあっ
た。最早この時代に在った、〝円卓に座す筈の騎士たち〞はいない。今、この時代に在
る円卓の騎士は、悉くが英霊である。たった二人を除いて。正しいか?」
「は。間違いなく。また、円卓の英霊たちも召喚されているでしょうが、幾人かあちら側
にいることを確認しています」
「では、我が下に集った二人の武勇は知っていよう。その上で歯向かおうとも、私は幾度
でも赦す。最後まで此方に来なければ、それまでだ」
事実。この二人が在れば、他の騎士全員が向かってきても負けることはあるまい。
そして、私が命ずれば、少なくともこの騎士は首を縦にしか振らない。
「剣を振るうのは、私が命じてからで良い」
45
-
「……は」
不承不承といった風だが、頷いた。
受けたものが、王命であったゆえに。
「貴公は利口者だ。生前、最後までそうであり、私に付き従ってくれた貴公を、私は此度
も信頼しよう」
「幸甚の至りです。その信頼のままに、私は貴方の剣の二振り目であり続けましょう」
そんな、何処か、遥か遠く懐かしい気のするやり取りをした次の瞬間だった。
「────」
「……王?」
感じ取る。感じ取ってしまう。
昇華されし直感は、何処までも鋭く、状況を掴んでしまう。
「……新たなる英霊が降りた。数は三」
「……如何いたしますか?」
「──。外の二人を向かわせる。あの者たちと鉢合う可能性があるが、争う必要はない」
そこで、彼らは我が騎士と相見えることになろう。
ならば、見定めることも出来よう。
願わくば、異邦の勇者たちが私の望む者であることを。
46 第一節『今は白き騎士の王』
-
「ふむ。まったく、間が悪い。私たちが外に出向いていれば、この役が回ってきただろう
になあ」
「しかし、かの聖域王と黒き姫君ならば、問題なく事を済ませられるのでは?」
「勿論だとも。聖域王の光剣も、姫君の涙も美しい。ならば失敗する道理がなかろうさ。
美しい者は強い。私も、我らが騎士王も然り、な」
そう言って、アイルランドの騎士は此方に目を向ける。
否だ。今の言葉には、間違いがある。
「フィン・マックール。ディルムッド・オディナ」
「む?」
「如何されました?」
間違いがある以上、訂正は必要だ。
この場にいる、異郷より来た二人の騎士に向けて。
そして、生前より忠義を誓った、二人の騎士に向けて。
「ガウェイン。ランスロット」
「はっ……」
「……──」
一言も喋らぬ──喋ることを赦されぬ信ずる騎士にも、等しく我が言葉として。
47
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「今の私は、騎士王にあらず。栄光も没落も私には無し。正しき時代を焼き払う邪竜に
も等しき存在」
故に。故に──
黒竜王
ヴォーティガーン
「故に、私にアルトリアの名は相応しからず。
──それが今の我が真名である」
48 第一節『今は白き騎士の王』
-
第二節『再会の王城』
「マーリンに……アルトリア」
英霊ではなく、真としてこの時代に生きる生者。
後の時代に在る僕たちから見れば、英霊となることを確約されている者たち。
あり得ざる形とはいえ、そんな彼女たちと出会えたことは感動があった。
アーサー王が女性であったことには驚愕だが、長い人類史を見てみればそういうこと
もあるのだろう。
「はい! それから──」
「──まったく、お前は。何度も言っているだろう。直感だけで動くんじゃない。未熟
を補うのは結構だが馬鹿の一つ覚えみたくそれだけに頼っては犬死にも早いぞ」
アルトリアが駆けてきた先……彼女を追うように歩いてくる騎士。
ローブと一体化した鎧にフードを目深に被った、奇妙な姿だった。
騎士でもありながら、魔術師でもあることを外見だけで示すような異装。
彼もまた、英霊ではない。紛れもなく人間だ。
49
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義兄あ
に
「彼がケイ。私の
です!」
地の底から響くような低い声の説教を気に掛けた様子もなく、アルトリアは騎士を紹
介してきた。
そのローブの下、鋭い眼差しが此方に向けられる。
「……また他所の世界からの客人共か。理解できん、なんでわざわざこんな何もないよ
うな辺境を地獄に変えようと言うのか」
「え──?」
「なんでもない。ブーディカが連れてきたならお前たちは味方なのだろう。ならどれほ
どの間抜けだろうと強く当たりはしない」
当たり前だが……どうやら、歓迎はされていないらしい。
その騎士からは、機嫌の悪さが如実に伝わってくる。
「ケイだ。お前たちは名乗らなくてもいい。俺としては心底から関わりたくないので
な」
「ケイ兄さん、礼に欠けてますよ」
「お前たちのように歓迎するのがまず間違っている。何処の誰とも知れん輩は悉く追い
払うべき状況だ」
ケイ……そう名乗る、此方に敵意を隠さない騎士はそう言うと、城壁に背を預けて此
50 第二節『再会の王城』
-
方から目線を外した。
彼はアーサー王の義兄にして、円卓の騎士の一人として有名だ。
火竜すら呆れて飛び去る毒舌家。巨人でさえ口先一つで仕留める騎士。
その武勲には他の騎士ほど目立ったものはないにせよ、アーサー王を傍で支え続けた
騎士だ。
「……まあ、歓迎されるとは思っていなかったけど。それで? 異常ってのは?」
急かすメルトに、ブーディカは苦笑する。
確かに、一刻も早く聞いておかなければなるまい。それが解決の糸口になる可能性は
高いのだ。
「そうね。教えてあげないと」
ブーディカがマーリンに目を向けると、彼も頷く。
「……この時代は本来、そこのアルトリアが統治するべき時代。君たちも知ってるで
しょ?」
「その正しい時代が崩された。今のこのブリテンは在る筈のない王が統治している」
「え──?」
騎士王──アーサーが王として選ばれたのには、運命的な出来事が関係している。
それが、選定の剣を抜いたこと。
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引き抜いた者こそが王となるという伝説に因んだ、揺らぐことのない王位の筈だ。
『……まさか、選定の剣が誰かに?』
「いえ……選定の剣は、私が確かに引き抜きました。今もこの城に存在しています」
「それは当然、皆に知れ渡っている。だというのに、突然現れた王が瞬く間に諸侯を纏め
上げてしまった」
「それで、残っているのはこのキャメロットだけ。外は全部、敵であるブリテン領さ」
そうか……その、新たな王となった何者かの存在によって、『アーサー王が統治してい
たブリテン』という正しい歴史が歪んでしまったのか。
誤った歴史が生まれたことで、この時代そのものが不確定になり、ムーンセルの観測
も不可能になった。
ならば、その新たな王を討つことが、異常を払う最短の道になるか。
「その王っていうのは……」
「さて。私の千里眼でも見えない何者か、さ。一体何なんだか」
マーリンはこの時代において、最高位であろう魔術師だ。
そんな彼の千里眼をして、見通せないほどの敵……?
「そんな訳で、この城──キャメロットは真実、正しいこの国の最後の砦ということだ」
この城は歪んだ世界の、正に最後の希望なのか。
52 第二節『再会の王城』
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敵が何者であるにせよ、アルトリアやマーリン、ケイ、ブーディカはそれを良しとし
ていない。
在るべき正しい歴史を守ろうとしている。
どんな過程、どんな結果だろうとも見届けるのが僕たちの本来の役目。
だが、今回だけは例外なのだ。異常の中の異常。僕たちは、それを阻止するために来
た。
「──メルト」
「ええ。味方が増えるなら、それに越したことはないわ」
「決まりだ。僕たちも手を貸したい。アルトリア、マーリン、ケイ……そして、改めて
ブーディカ。構わないかな」
このブリテンを、彼女たちの正しい国に戻す。
それが、最初に踏みしめたこの大地で、僕たちがやるべき行いだ。
「是非! 異邦の味方もこれで四人! きっと救世の、一騎当千の戦士です!」
「それはどうだか。しかし、確かに手は足りなくてね。君たちの助力はありがたい」
「……信用ならん。俺には関わろうとするな。それから、妹にも極力な」
三者三様の反応をする、当世の人間たち。
そして、唯一の英霊、ブーディカは。
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「うん! あたしの目利きは正しかったね。思い切りのいい子たち! お姉さんは大好
きだ!」
「うわ……!」
「ちょっ……!」
僕とメルトの頭に手を乗せ、当然のように撫でてきた。
あまりに敵意が無い行動で、メルトでさえ、反応したのは既に手が乗せられた後。
「やめ──」
「おや、照れてる? もしかして、こういう経験ない?」
「いや……まあ……」
「……うん、よし! 深くは聞かない。今までの分、あたしに甘えなさい!」
「ッ────!!」
別に話しにくい、後ろめたい過去がある訳ではないが、ブーディカはそれを聞くまい
としてくる。
どころか、頭に置いていた手を首の後ろに回し──気付けば、頭はその胸元へ──
「ハク! ちょっと、貴女、ハクを離しなさい!」
「む。おやおや。そういう関係だった? ごめんね、あたし、こういう性格でさ」
「────、────!」
54 第二節『再会の王城』
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圧倒的なまでの弾力は、引き放されることなくその圧を向けてくる。
母性の塊は有無を言わさず、包み込んでくる。
至福という感覚は確かにある。
だがそれ以上に、息苦しさがあった。
月の世界とはまた違う、適応化された体が酸素を求めて脳髄から警鐘を鳴らす。
『うっわー。久しぶり。相変わらずだねー白斗君』
白羽のやけに冷たい温度の声。良いから早く助け──
「──ええ、本当に。偽りの学校生活でも、こんなことがありましたね、ハクトさん」
「────ッ、え……?」
その、此方を知っている。知り過ぎているような声に、暫し思考が固まった。
ブーディカから顔を離す。半ば茫然と、その声のした方向に目を向けた。
「貴方……」
メルトも、驚愕を隠さない。
いや。期待はあったのだ。もしかすると彼ならば、力を貸してくれるかもしれないと
いう期待が。
とは言え、〝ここ〞にいるという情報もなかった。確証なんて一片たりとも存在しな
かった。
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しかしその声は、確かに聞こえていて。
声質はあの頃とは違っていても、面影の残ったそれを聞き違えよう筈がない。
『え……? あ……このマスター情報、もしかして……』
「今の声はミス黄崎ですか? どうやら予想は当たってましたか。元気そうですね」
ブラウンのコートを着込んだ、青年だった。
既に僕の身長を超え、その容姿はあの頃のそれにより磨きを掛けている。
エメラルドグリーンの瞳と、ブロンドの髪は、彼が〝その人物〞であることを何より
も如実に証明している。
「……レオ?」
「はい。久しぶり……ええ。本当に久しぶりです。何せ十年ですからね、ハクトさん、メ
ルトさん」
そう、十年前。
聖杯戦争の一回戦の頃に知り合い、決勝戦で最強の敵として立ちはだかった好敵手。
それでいて、もう一つの事件で力を借りた、西欧財閥のマスター。
──レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイその人だった。
「本当に……レオなのか?」
56 第二節『再会の王城』
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「ええ。間違いなく、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイですよ。証拠は幾らでもお見
せできますが……これが最たるものになるでしょうか」
そう言って、彼は右手の甲を見せてきた。
そこに刻まれた、三画の文様。
サーヴァントに対する、三回限りの絶対的命令権──令呪。
それも、月の聖杯戦争の時とまったく同じ形状。
令呪は他者と同じ形のものが発現することはない。確かに、彼をレオたらしめる何よ
りの証拠だ。
「にしても、そんなに意外でしたか? てっきり此方の状況も把握しているものかと
……」
『あー……この時代のマスターの情報までは入ってきてるけど、白斗君を中心に観測し
てるから曖昧なままだった。反省�