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0 1 0 天理大学人権問題研究室紀要 1 号: -66,2 7 田里千代 3 北米先住民による伝統スポーツ競技会の意味づけ一 - 5 六輪オリンピックで身体はなにを語るのか i rca W Do yI einNoh A me iyo f engeso i P l genous eop これほ どまでに大 々的に先住民 を登場 させ た 1 問題の所在 Me dChall ga t r り,大会組織に先住民 としてそのメンバーに ASATOCh T n d n b i ann ht a i? cs y ngs yE essnteSxRi Olmp i h i xpr d o B he t es s i l ona t i T d ra Game h te 日,Ji_ナ 2 度 目となる冬 季オリンピックバ ンクーバー大会の開会式が 2 13 0 1 0 2 加わった りするようなことは前例 にな く,ル 行われた。ョTナヘ`ェゥ çF ニ èヌèフッ 族衣装に身を包んだカナダの先住民たちが登 場 し,゙ çェeフュèスソフüê ð}ヲé ホス ト役 を務めていたが,ア、オスoヘ, カナダという国が先住民への最大の配慮を示 していることを世界に印象づけた。「íホI リンピックは, Ji_ðロ・キéヤ「[v ルリーフと王室 カナダ騎馬警官に加え,ッ 文化 としてカナダを象徴する演出の一つ とし ての先住民文化の再創造の時空間であったと (I) もいえよう冬季オリンピック大会の組織委 員は,öョ EFuTC gノト,アêワナフI リンピックには例 を見ないバ ンクーバー大会 の独 自性 として,æZッェåïフp[ gi[ であ り協力者であることを強調 している。チ 0 んの6年前には想像 もつかない出来事であっ た。 北米の先住民の人々は,O[o [[ ョンの流れの中で,åャミïフセêâカ 半ば強制的に受け入れざるを得ない状況に置 かれてきた。ynâセê ðDíê,l 神性や価値観に基づいて生成されてきた文化 は,ノ~マネéシフ àニåャ せ られて きた。 先住民の意識の変革 とそれに伴 う社会運動 は,X`A[ g (2009:22)が指摘 してい るように,æñ「Eåíãネ~, 放による民族の 自決権が声高に叫ばれ,kト においても黒人の公民権運動が高まりを見せ, 一方で国連による国際規約 としての 「「El 0 権宣言」ネヌノæè ,6年 あ ま りの年月 を経 にオリンピック開催地は,ゥツト 4 つの先住 (2) て, æ、â ュæZッフl Xネ 民の土地であったため, ðzカ オス`ナ, 7 ) t l a f t no D t epar 論 されるようになってきた (3 。200 これ ら4 つの先住民のグループをオリンピッ 民の権利に関する国連宣言」ナヘ,æZッフ クのホス トとして位置づけた。 自決権 を認め,カサI`âオK ðタ こうした世界的スポーツの祭典の開会式に, ゥツトォサキé ,ニ ゥフ me He h & 年の「æZ 天理大学体育学部 ies d tu S S t pors 7 5

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010天理大学人権問題研究室紀要 第1号 : -66,27

田 里 千 代

3

北米先住民による伝統スポーツ競技会の意味づけ一-

5

六輪オリンピックで身体はなにを語るのか

irca

W Do

yI einNo hAme

iyo

fengeso

i P lgenous eop

これほどまでに大々的に先住民を登場させた1 問題の所在

Me dChallga

tr

り,大会組織に先住民としてそのメンバーに

ASATOChT

n

dnbiann

hta i ?csyngsyE essnteSxRi OlmpihixprdoBhetessi lonatiT dra Gamehte

日,カナダで 2度目となる冬

季オリンピックバンクーバー大会の開会式が

年 2月130102 加わったりするようなことは前例になく,ほ

行われた。式典では冒頭から色とりどりの民

族衣装に身を包んだカナダの先住民たちが登

場し,彼らが各国の遣手たちの入場を迎える

ホスト役を務めていたが,こうした演出は,

カナダという国が先住民への最大の配慮を示

していることを世界に印象づけた。いわばオ

リンピックは,カナダを象徴する赤いメープ

ルリーフと王室カナダ騎馬警官に加え,国民

文化としてカナダを象徴する演出の一つとし

ての先住民文化の再創造の時空間であったと (I)

もいえよう。 冬季オリンピック大会の組織委

員は,公式ウェブサイトにて,これまでのオ

リンピックには例を見ないバンクーバー大会

の独自性として,先住民が大会のパートナー

であり協力者であることを強調している。特

0んの6年前には想像もつかない出来事であっ

た。

北米の先住民の人々は,グローバリゼーシ

ョンの流れの中で,主流社会の言語や文化を

半ば強制的に受け入れざるを得ない状況に置

かれてきた。土地や言語を奪われ,様々な精

神性や価値観に基づいて生成されてきた文化

は,時に救済なる名のもと主流社会に同化さ

せられてきた。

先住民の意識の変革とそれに伴う社会運動

は,スチュアー ト (2009:22)が指摘してい

るように,第二次世界大戦後以降,植民地解

放による民族の自決権が声高に叫ばれ,北米

においても黒人の公民権運動が高まりを見せ,

一方で国連による国際規約としての 「世界人

0権宣言」などにより,6年あまりの年月を経

にオリンピック開催地は,かつて 4つの先住 (2)

て,ようやく先住民の様々な権利について議

民の土地であったため,利権を配慮した形で, 7)

tlaftnoD tepar

論されるようになってきた(3。200

これら4つの先住民のグループをオリンピッ 民の権利に関する国連宣言」では,先住民の

クのホス トとして位置づけた。 自決権を認め,文化的伝統や慣習を実践し,

こうした世界的スポーツの祭典の開会式に, かつ再活性化する権利,独自の言語での教育

me He h&

年の 「先住

天理大学体育学部 iesdtuS Stpors

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六輪オリンピックで身体はなにを語るのか

制度を確立し統括する権利などを盛 り込んだ

条例が明文化され採択された。法的拘束力は

持たないものの,先住民の様々な権利や主張

を認めていこうとする姿勢は,国際的な共通

認識として同意がなされるまでに至っている。

この間,先住民の集団アイデンティティな

るものは ,「経済の自由化,資本主義の進展,

民主化,市民社会の発展などの大きな社会文

脈 と強 くかかわ りあって表出され」(窪田

2009:3),民族の誇示と権利の主張を社会 写真 1 六輪のロゴ :六つのリングにはそれぞれ民

に訴える原動力となってきた。冒頭に記した 族名が記されている。

tk hsa.オリンピックの開会式に大々的に表れ出た先

m)

住民の姿は,こうした社会運動の結実のよう モー」,北西沿岸インディアンの中でも最北

ATirp- /80/d d twww avevwne. . la(出典 :

にも映る。 バンクーバー大会での先住民の参 に住む 「トリンギット」,アラスカ半島に暮

画は画期的な出来事として組織委員会は誇示 らす 「アラスカ-アリュ ト」,亜極北文化圏

しているが,実は約 5年以上も前から先住民

とオリンピックの意外な縁があった。それが, 同じ北西沿岸インディアンに属する 「ツイム

0

本論文で事例として取 り上げる 「世界エスキ シアン」と並ぶ。

に属する 「アサバスカン」, トリンギットを

モー ・インディアンオリンピック Wo)4(

( dlr WEIOは,まさに民族のアイデ ンティテ

Idn

ある。

icsyiamo nOlmp :以下 WE

捉えることができる。近年では,こうした主

iEks IO)」で ィが結集した身体を表出させる時空間として

169北米先住民のオリンピックは ,1 年にア

ラスカ州のフェアバンクスでのコミュニティ に加え,観光資源としての役割も期待されて

イベ ン トとして 「エスキモー ・オリンピッ いる。

要参加民族の結束を示す政治性な主張の象徴

379ク」という名称のもと始まった。1 年より

インディアンも加わ り, WEIOの名称 とな

った。その後,大会は年々その規模を増 しな

がら,2 009年には第4 8回を数えるまでに至っ

ている。

WEIOは,いわゆる世界的規模で開催 さ

れているスポーツの祭典としてのオリンピッ

クの象徴である五輪をなぞらえ,「六輪」の

ロゴマークを掲げている。 この六輪の輪は,

主要な参加民族を象徴 しており,シンボルの

一方で,民族スポーツの競技会は ,「オリ

ンピック」という名称を当初から採用してお

り,このオリンピックという 「白人」のスポ

ーツ競技会の制度,さらにはスポーツの価値

観をも 「白人」のそれから脱 しないどころか,

なぞらえていく傾向にある。

本論文では,そうした北米の先住民たちの

伝統スポーツ競技会である世界エスキモー ・

インディアンオリンピックを事例として扱い

ながら,伝統スポーツ競技会の意義と課題に

「身体」という視左の輪から,北西沿岸イヌイットである 「ハ 。ついて考えていく 特に ,イダ」,極北のツンドラ地域に暮 らしてきた 点に注目しながら,身体を通じた 「伝統」の

イヌイットとエピックの総称である 「エスキ 継承,そして身体に蓄積 されている 「伝統」 ,

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田里

さらには身体の政治性 ・経済性 という視点か (2に ぶし跳び/アザラシ跳び HopleK knuc(

らこの競技会を通 じた北米先住民の課題につ HoS lea/ )p

いて検討する。 腕立て伏せの姿勢で手は握 りこぶ Lをつく

2 WE10における競技種目 り,こぶLと胸を床につけた状態で肘をまげ

て脇につける。 スター トの合図ですばや く肘

WEIOは,今やアラスカの観光の一つ と と胸を床からあげ,つま先とこぶLで跳ぶよ

して多 くの観客を魅了しているが,競技への うに前に進み,つま先とこぶし以外の部位を

参加資格は先住民に限られている。 WE

の定款に記されている資格要件は,「エスキ 競う。 こうした動作は,アザラシの動きを真

モー,アリュー ト,インディアン,アメリカ 似たものといわれ,特にアザラシ猟の際に獲

インディアンのいずれかの血を 1/4以上継 物に逃げられないように工夫をしたものと伝

承」 しており,また参加年齢に関しては,読 えられている。イヌイットが暮らす厳しい自

OI 床につけないよう前に跳び続け進んだ距離を

2

定められている (なお,赤ちゃんコンテス ト を要する作業である こぶし跳びは,そうし。

技の多 くは保護者の承諾の上での1歳以上と 然環境の中で,アザラシ猟は特に忍耐と体力

は 6才以下,ミス WEIOは18

大会では多種多様な競技がおこなわれ,そ

の多 くはいわゆる国際スポーツでの身体競技

才以上)。 た彼 らの生業とそれに伴う忍耐 ・体力を試す

格好の競技 といえよう。

とは異なる文化的独自性を持つ。特に,かつ (3)4人運び Four( )yMenCarr

ての先住民の多 くが経験 してきた厳しい自然

環境での営みと,その中で日々繰 り広げられ

る狩猟という生業スタイルが,バラエティに

富んだスポーツ競技を生みだしてきた。それ

らの競技に共通するのは,狩猟を可能にする

体力はもちろんのことであるが,氷から氷に

飛び移るなどの敏捷性や,獲物を何時間でも

ひたすら待ち続けるなどの忍耐力が必要とさ

れる点である。さらに,こうした競技は,冬

その名称どおり,競技者は,自分の身体の

前 (だっこの状態),後 (おんぶの状態),右

横,左横にしがみついている 4人の男たちを

バランスよく支えながら,一人も落とさずに

前に進み,その距離を競う。 これは狩猟で獲

物を担いで移動するための体力とバランスカ,

耐久力を養うための競技 とされる。

(4)耳重量挙げ ihgEar( We )t

場の屋内における娯楽としても継承されてき

た。 したがって,極めてコンパクトな敷地で,

さほど用具を必要としない競技が多く見られ

る。

以下に,それぞれの競技種 目の概要を示す。

約 7キロの錘をつけたひもを片方の耳にひ

っかけ,ゆっくりと体全体で錘を持ち上げ前

に進み,その距離を競う。 錘の重さで耳はう

っ血 し,引きちぎられんばか りの様は,耳さ

えも凍 りつ くほどの極寒の冬を何 とか耐え抜

く姿勢へとつながっている。

(1)トーチ競争 )h T he orctorRace(

)E Par5キロの距離を最も早 く走 りきった男女そ (5)耳引き ( ull

れぞれに,開会式でオリンピックランプに火 二人の競技者が向かい合って座 り,輪にな

を灯すことができる権利が与えられる。 った麻の紐を互いの右耳であれば右耳,左耳

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六輪オリンピックで身体はなにを語るのか

写真 2 耳引き :耳と耳を引っ掛け引っぼりあう。

(出典 :spluch.blogspot.com/2007/07/w orl…ics. html)

であれば左耳に引っ掛けて身体を浮かせない

ようにして引き合う。 痛みに耐え,引き続け

たほうが勝者となる。 耳重量挙げと同様に,

厳しい自然と対峠して生きる彼らに忍耐力を

授ける一つの方法であるといえる。

(6)爆弾落とし (DroptheBomb)

競技者は床にうつ伏せ,両手を真横にまっ

すぐ伸ばし,両足をそろえた姿勢をとる。「偵

察員」という名称の 3人は,それぞれ競技者

の足首と腕を支え,競技者を床から30センチ

ほど持ち上げる。 その際,競技者は姿勢を崩

さないように,そして支えている偵察員たち

は 「フロアーからの司令塔」役の指示に従い

ながら歩く 胴体や腕などが沈み始めたら,。

競技者は 「爆弾を落とした」とされ,そこま

での距離を測る。 最も長い距離を進んだもの

が勝者となる。

(7)片足高蹴り (One-FootHighKick)

競技者は,上方にぶら下げられている球状

の的をめがけて,両足で踏み切りジャンプを

するが,的は片足で蹴り上げ,着地も蹴 り上

げた方の足で着地をする。ここでは蹴 り上げ

ることのできる的の高さを競う。 この競技で

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は,ジャンプカと共に柔軟性とバランスカが

求められる。 もともとは,鯨が捕獲されたこ

とやカリブー (トナカイの一種)が近くにい

ることを周囲の仲間に知らせるための合図と

して足を高くあげていたという。 この競技は,

wEIOの人気競技であり,毎年記録更新が

注 目されている。 ちなみに2007年の大会で

は,106インチ (約 2メー トル70センチ)の

的を蹴 り上げ,記録を更新している。

(8)両足高蹴り (Two-FootHighKick)

競技者は,上方にぶら下げられている的を

めがけ,両足で床を踏み切 り,両足をそろえ

たまま的を蹴 り上げ,そしてバランスよく両

足同時に着地することが求められる。 蹴 り上

げる的の高さを競う。 片足高蹴 りと同様に,

もともとは鯨を捕獲したことを知らせる合図

として,村へのメッセンジャーが走りながら

そうした動作を行ったことがこの競技の由来

と伝えられている。

(9)片手高つかみ (One-HandReach)

片手を床に着いた状態で身体全体を支えな

がら,腕以外の身体は床に平衡な位置に保ち,

床に着いていない手を上方の的に伸ばし触れ

ることのできる高さを競う。 なお,触れた後

も手以外の身体の部位が床に着かないように,

バランスを保たなければならない。この競技

は,体力はもちろんのことであるが,バラン

スや身体能力が試される。

(10アラスカ式高蹴り (laknHih K k) A sa g ic)

競技者は,片手を床につけ,もう一方の手

で床面についている手と同じ側の足をつかむ。

手以外は床から離し,フリーとなっている足

を蹴り上げ上方の的にあて,再び片足でバラ

ンスを保ちながら着地する。その動作は,片

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田里

手で逆立ちをするような姿勢で蹴 り上げた同

じ足で着地をするため,相当の筋力とバラン

スカを有する。

(ll)膝跳び (KneelJump)

競技者は正座の姿勢から,両腕を前後に揺

らしながら勢いをつけて前方に向けてより遠

くに跳び,バランスを崩さずに両足で膝を曲

げた姿勢で着地する。 距離を跳ぶためには,

瞬発力とバランスカが必要とされる。 この競

技は,氷が割れた際にすぐさま他の氷に跳び

移るために必要な俊敏な動作に由来する。

(2インディアン式棒引き (ninSickP )1) Ida t ull

長さが約30センチ,最も太い箇所で直径 4

センチほどの両端が次第に細 くなっている棒

に油を塗 り,二人の競技者がその棒を握 り引

き合う。 その際,競技者は棒を急に引いたり

ねじったりすることなく,まっすぐに引きあ

う。 先住民の伝統的な漁法であるフィッシン

グ ・ホイール (水流を利用した捕獲方法)か

ら魚をとりだす動作からうまれた競技である。

(3エスキモー式棒引き (si SikP )1) Ekmo tc ull

競技者は向かい合って床に座 り,膝をやや

曲げた状態で互いの足の裏を合わせる。 次に,

直径約 3センチの棒を横にして一人は内側を,

もう一方は外側を両手で握る。 スター トの合

図で足と腕,背筋力,そして握力でもってそ

の棒を自分の身体に引き寄せるように引く。

勝負は,相手を棒ごと引っぼるか,棒を相手

の手から離すことで決まる。 この競技は,氷

の穴からアザラシを引っぼり揚げるなどの腕

力と体力を養うためのものであった。

(14)つま先蹴り (ToeKick)

競技者は,決められたラインの位置に立ち,

ジャンプしながら前方にある直径約 3センチ

の棒を両つま先で後方へ蹴る。 膝跳びと同様

に,この競技は,もともと氷が割れた際,他

の氷に跳び移るための敏捷性とバランスカを

養うものであった。

(15)腕引き (ArmPull)

競技者は互いに向かい合って床に座 り,片

足を相手の足の上に置き,もう片方はまっす

く伸ばすことで相手の足が上にかぶさる。 互

いの同じ側の腕 (右と右,左と左)を肘で組

み合い,スター トの合図で引き合う。 こうし

た腕力を試す競技は,氷を切 り出す作業に必

要な体力を養うとされている。

(6ブランケットトス1)

(BlanketToss/Nalakatuk)

セイウチの皮をつなぎ合わせたシー トの中

写真 3 ブランケットトス :周りでアザラシの皮を

なめしたシ-トを持ち,上にのった人をトランポ

リンのようにタイミングよく高く跳ねさせる。

(出典 :www.daylife.com/photo/07MGcWE0C

23Qw)

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六輪オリンピックで身体はなにを語るのか

央に競技者が立ち,シー トの周 りを取 り囲む

ようにしてグリップを引く 「引き手」たちと

タイミングを合わせて トランポリンの要領で

上方に高く跳ぶ。勝敗は,高さとスタイル,

着地時のバランスによって決まる。 もともと

は鯨などの獲物を見つけ出すための動作とも

いわれており,地域により鯨の捕獲を祝うた

めの祝祭のイベントとしても行われている。

写真 4 アザラシの皮剥ぎ競争 :速さと手際のよさ

が競われる。(7ハサミ幅跳び1) dJmp)uBssor roaSic(

0721272/d ioege/ik lJhtcrcorpoos.fl 1(出典 : 05/)競技者はラインに合わせ両足をそろえて立

ち,そこから両足で踏み切るが,片足でバラ

ンスよく着地し,その次に,もう片方の足を

前に振 り出すようにジャンプし,さらにもう

一度その動作を繰 り返し着実に両足で止まる。

この競技は,かつて狩猟を行っていた際,氷

が割れるなどの事態にいかに氷から氷に跳び

移るかという身体動作に由来しており,俊敏

性とバランスカを競う。

部分を乾燥に適した形に仕上げるまでの速さ

と手際よさが競われる。

(22)先住民ダンス競技

イヌイットとネイティブインディアンのそ

れぞれの出場チームが,独自の伝承や物語を

表すダンスを披露し,コンテスト形式で競い

合う。

(81 klloeease)油棒渡り (Gr dP Wa ) (3その他2) (ミス WEIOコンテス ト,先住民

油の塗られた棒の上を,滑らないように渡 の赤ちゃんコンテス ト,先住民正装コンテ

っていく競技で,棒から落ちずに進んだ距離 ス トなど)

を競う。 以上23種類のイベントのほかに,デモンス

トレーションとしての先住民ダンスや先住民

(19)鯨の脂肪と皮の早食い競争 の工芸品などの展示販売なども行われている。

intatuk(Mu kE gC

競技者は,決められた量の鯨の脂肪と皮を 足高蹴 り,ブランケットトス,先住民ダンス

)t tones なお, トーチ競争,耳引き,片足高蹴 り,両

食べきる早さを競い合う。 169競技は,1 年の第 1回大会から行われてい

る種目である。

(0アザラシの皮剥ぎ競争2) Sea( l S3

i innngk伝統スポーツで身体は何を語るのか

)C t tones

いかに速くアザラシの皮を剥ぎ取るかを競 (1)先住民であることを確認する身体

。う WEIOでは,様々な身体部位を使い,多

様な身体動作を含めた競技を実践する。 それ

ingisF( hCutt ) は,先住民について明文化されたテキス トを(1魚さばき競争2)

魚の中骨をきれいに取 り除き,おろし身の 読む作業とは異なり,自らの身体を動かし,

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田里

競技での苦痛や痛みを通じて,自身のアイデ

ンティティ,つまり自分は何者かをあらため

て体感する。 競技では,先住民たちが暮らす

自然環境の厳しさに耐える身体であったり,

大切な食料 ・衣料の供給源であった獲物の動

作を真似る身体であったり,先住民の 「かつ

て」の暮らしを,身体でもって 「再体験」も

しくは 「追体験」することとなる。

また,大会に欠くことのできない民族のダ

ンスと歌では,動物 (トーテム)などがシン

ボライズされたデザインの衣装や独特なリズ

ムを奏でるドラムが,より一層,鮮明に自ら

のアイデンティティを集団で意識化させる一

種の演出を施す役割を果たしている。

(2)「伝統」・「文化」を規定する身体

WEIOで行なわれている競技種 目は,北

米先住民の 「伝統スポーツ」として実践する

価値があるものが,意識的に選定されて種目

となっている。 特に近年,観光資源として期

待されていることから,先住民たちの身体に

よる実践は 「見られる」対象になる。 長谷は,

「ある種の 『文化』を実践すること,そして

それについて語ることは,今や政治的にも経

済的にも意味を持つことが明らかとなり,そ

のことを人々が意識すればするほど余計にそ

の重要性を増す」(2007:21)と指摘 してい

る。まさに WEIOでは,先住民 自身が 「彼

ららしさ」を演出しつつ,客体化させる時空

間であり,具体的に伝統としてどのような種

目を継承していくべきかを問う場である。 特

に,身体性という観点から,先住民たちが先

住民らしさを身体でもって表現し,そして,

よりメッセージ性がより強い競技が種目とし

て加えられていく。「アザラシの皮剥ぎ競争」

は,その典型的な競技といってもよい。こう

した競技は,先住民自身が自らの文化を客体

化しながら,より 「先住民らしさ」を求める

中で,「先住民の伝統」や 「文化」を表象す

る身体を作 り上げてきたのであろう。 そして

そうした先住民らしさを含む競技の実践によ

り,先住民の人々は毎年 wEIOにより身体

を通じた伝統と文化の再編と伝承を繰 り返す

のである。

(3)経済的 ・政治的な主張をする身体

WEIOの大会規模は,先住民の社会運動

という政治性と観光化を見込んだ経済性を伴

うことで,年々競技種目も増加し,参加者や

観客も増える傾向にある。 それまでは個別の

先住民の集団,もしくは近隣の先住民たちが

寄り集まり行っていた娯楽としてのスポーツ

は,社会運動の気運の高まりの中で競技大会

として開催され,まずもって先住民が定期的

に集う空間を創った。彼らの多くは文字では

なく,口頭伝承や身体に刻印された身体技法・

動作により文化を継承 してきた。WEIOに

おいて先住民たちは,自らのアイデンティテ

ィを確認し,先住民の文化を身体によって表

現することで,可視的に彼らの存在感を他者

-と知らしめる機会となっている。

1984年に開催された第23回ロサンゼルスオ

リンピックの開会式では,WEIOで行われ

ている競技が披露されたという。 ローカルな

オリンピックが,グローバルなオリンピック

の舞台に登場することで,先住民の身体文化

としての伝統スポーツは全世界-と発信され

ることになった。

2007年には,WEIOの舞台をアンカレッ

ジに移し,経済的な事情によりフェアバンク

スまで出向くことができない周辺の先住民族

の参加者拡大を狙い,同時にアンカレッジへ

の観光客も見込んだ経済効果も期待された。

競技会での身体を通じた政治的 ・経済的主

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六輪オリンピックで身体はなにを語るのか

張は,岸上がサンダースの研究から引用して

いる先住民権,すなわち(∋自治政府の樹立,

②独自の法慣習の尊重,③土地所有の権利,

④狩猟 ・漁業権 (岸上 2009:135)を間接的

に支えていく可能性を秘めている。

4 「オリンピック」の呪縛という課題 ?

北米の先住民は,日々の暮らしの中で必要

に応じて創造し楽しんできた様々な形式での

スポーツをWEIOという競技大会において

結集させることで,先住民の身体知を自らが

客体化させ,「民族スポーツ」として実践 し

てきた。現在では,その政治的および経済的

価値が見出され,これまで以上に大会が活性

化し,観光資源としても期待がされている。

そもそもwEIOが第 1回大会から,なぜ

「オリンピック」という名称で開催されたか,

その経緯についての詳細は明らかではない。

恐らく,大会を発案した際には,多様な競技

を集めたスポーツの祭典という近代オリンピ

ックになぞらえたことが推測される。 しかし

ながら,この 「オリンピック」という名称が,

いわゆる 「白人」社会が創 り上げた国際スポ

ーツ競技大会としてのオリンピックの枠を脱

し得ない,先住民の民族スポーツ競技会を囲

い込む足かせになってくることが危供される。

カナダのイヌイットを研究する大村は,「先

住民運動と同一性の政治の昆」という表現で,

「先住民が主流社会の論理に基づく制度に対

等な立場で参加することは,その論理に自ら

を同化 してしまう危険性が常に季まれてい

る」 (2009:158)と警鐘を鳴らす。具体的に

は,カナダのイヌイットが先住民運動の末に,

ついに1999年にヌナブト準州を成立させ,イ

ヌイットが事実上政治的な主権を握るに至っ

た。しかしながら,大村は,カナダの政治の

仕組みは当然ながらいわゆる 「白人」のやり

64

方で行なわれるのであり,ややもすると準州

を成立させたことが,結局は 「白人」社会の

政治のやり方に同化していく皮肉な結果にな

りかねないのではないかと指摘している。

こうした状況の中で,イヌイットたちは

「IQ (Inuit Qaujimajatuqangit)」と呼ば

れる 「イヌイットの知恵」,つまりは 「イヌ

イット社会の価値基準」に基づく政治の実践

を模索 しているという (前掲書 :158)。「白

人」の制度を再考し,同一性の政治に取 り込

まれない,イヌイット独自のやり方としての

新たな統治について議論がなされているとい

う 。

このような動きは,本論文において事例と

して取 り上げた WEIOについてもあてはめ

て考えることができる。 当初は何ら特別な意

図はなく,「オリンピック」という名称を選

択したのかもしれない。しかし,今となって

は国際スポーツ競技大会としてのグローバル

なオリンピックの価値基準は,北米先住民が

行なってきたローカルな伝統スポーツの価値

基準とのズレを生じさせている。 大会の競技

の形式こそ違うが,記録の追求に関心が向け

られ,より一層競技性が重視されつつある。

また,現在のところ,参加要件には 「1/4

の先住民の血を受け継ぐもの」とあるが,混

血がますます進んでいる現状を考えると,今

後はより参加要件が績やかになり,結果的に

誰にでも開かれた大会になってくることも予

測される。 そのことは,一方で競技性を更に

高める要因にもなりうる。

加えて,観光資源としての価値を見出され

ていることも相まって,年々コマーシャリズ

ムの傾向は強まっている。 第 1回大会からフ

ェアバンクスで行なっていた大会は,2007年

に初めてアンカレッジで開催されることで,

WEIOによる経済的な利潤への期待 も高ま

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田里

っている。

近年,wEIOの競技数 も多 くな り,また

観光資源としての意味合いを持ちつつあるた

め,徐々に競技のスケジュールが細かくなっ

てきている。そもそも先住民たちが楽しみと

して行なってきた伝統的なスポーツは,暇が

あれば始められ,延々と夜通し続 くこともあ

れば,眠たくなったからやめるといった具合

に,時間に縛られて行なうものではなかった。

しかしながら,北米先住民の生活スタイルの

変容をベースに,WEIOの競技数の増加 と

観光化も後押しするかたちで,時間に細分さ

れた大会になってきている。 時間という観念

についても 「白人」のスケジュールに合わせ

るように変容せざるをえなくなってきた。

いずれにせよ,WEIOが今後,「オリンピ

ック」という名称だけでなく,国際スポーツ

の価値基準 (記録偏重,勝利至上主義など)

をも受け入れながら変容するのか,もしくは

「IQ」のような先住民の知識や価値基準と

すり合わせながら継続していくのか,今後の

動向に注目していきたい。

(1) これまでにもカナダを象徴 してきたものには,

トーテムポールがある。カナダがこうした先住民

の工芸品を美術作品にまでに昇華させてきた過程

に注目し,いかに国民文化として創出してきたか

については,溝上千恵子 (2003)に詳 しい。

(2) バンクーバー大会組織委員会のウェブサイト

によると,4つの先住民グループは,リルワット

(Li' t,マスクエアム Muqem)lwa) ( sua ,ス コ

- ミッシュ (Squamish),ツ レイル ・ウオウ ト

ウス (Tsleil-Waututh)で,オ リンピック誘致

の段階からすでに関わっている。

(3) 全46条からなる国連宣言の趣旨は,「すべて

の人権 と基本的自由の十分な享受に対する権利を

有する。先住民族は,自決の権利を有するとし,

この権利に基づき,政治的地位を自由に決定 し,

経済的,社会的および文化的発展を自由に追及す

ることができる。先住民族は,文化的伝統 と慣習

を実践 Lかつ再活性化する権利を有すること,ま

た,歴史,言語,口承伝承,哲学,文字体系およ

び文学を再活性化 し,未来の世代に伝達する権利,

そして独自の共同体名,地名,人名を選定 Lかつ

保持する権利を有すること,独 自の言語で提供す

る教育制度および機関を文化的な教授法および学

習法に適 した方法で確立し,統括する権利を有す

る。」(「先住民の権利に関する国際連合宣言 (仮

訳)」より)

(4) 「エスキモー」や 「インディアン」 といった

名称に関しては,差別的な呼称であるという理由

のもと,エスキモーは 「イヌイット」に,インデ

ィアンは「ネイティブカナディアン」だったり「フ

ァース トネーションズ」にその名称をかえる風潮

が強い。 しかしながら,エスキモーという名称の

語源を丹念に探ると,「生肉を食う人」という差

別的な意識はそもそも含まれていなかったという

(スチュワ- ト:1993)。また,インディアンに

関しても様々な部族の稔称として便宜的に使われ

ている。いずれにせよ,エスキモーとインディア

ンを彼 ら自身が自らを示す呼称をして好んで使っ

ているケースも多 く,特に本論で扱 う WEIOに

ついても,開催当初から,彼 ら自身がエスキモー

とインディアンを競技大会の名称に組み入れてい

ることから,彼 らの視点を尊重 しエスキモーとイ

ンディアンという名称を使用する。

参 考 文 献

大村敬一 2009「イヌイ トは何になろうとしている

のか ?:カナダ ・ヌナブ ト準州の IQ問題にみる

先住民の未来」『先住民とはだれか』(窪田幸子 ・

野林厚志 編)世界思想社 pp.155-178.

岸上伸啓 2009「北アメリカにおけるもうひとつの

65

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六輪オリンピックで身体はなにを語 るのか

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dpanesep.

先住民族問題 :アメリカとカナダの非公認先住民 (ウェブサイト)

」 )」「先住民の権利に関する国際連合宣言 (仮訳族 『先住民 とはだれか』(窪田幸子 ・野林厚志

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先住民とはだれか』(窪田幸子 ・野ティックス」『

林厚志 編)世界思想社

スチュワ- ト,へンリ 1993「イヌイットか,エス

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(窪田幸子 ・野林厚志 編)世界思想社

溝上智恵子 2003『ミュージアムの政治学 :カナダ

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