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<特別寄稿> 欧州司法裁判所、ペイ・フォー・ディレイ(pay-for-delay)の EU競争法下での分析に関し重要な解釈を示す マクダーモット・ウィル&エメリー(McDermott Will & Emery)法律事務所 弁護士(ブリュッセル) ウィルコ・ヴァン・ウェールト(Wilko van Weert) 弁護士(ブリュッセル) 武藤 まい 欧州司法裁判所は、2020 年 1 月 30 日、英国 の 競 争 控 訴 審 判 所 ( Competition Appeal Tribunal ) か ら の 要 請 を 受 け て 、 Generics (UK) and Others(C-307/18)事案 1 における先 決裁定(以下、「本裁定」という。)を出し た。本裁定は、欧州司法裁判所が、いわゆる ペイ・フォー・ディレイ(pay-for-delay)協 定、すなわちジェネリック医薬品メーカーが 当分の間独自のジェネリック医薬品で市場に 参入しないのと引き換えに先発医薬品メーカ ーがジェネリック医薬品メーカーに対し利益 を供与するという内容の協定、について判断 した最初の判決である。 本裁定において、欧州司法裁判所は、下記 の点についての解釈を示した。 EU機能条約第 101 条における、 o 「潜在的競争」の概念、及び o ペイ・フォー・ディレイ協定 が目的による競争制限に該当 するか否かを判断するための 基準。 EU機能条約第 102 条における、 o 関連製品市場の定義、及び o 一連のペイ・フォー・ディレ イ協定の締結が市場支配的地 位の濫用に該当するか否かを 判断するための基準。 以下では、本裁定の前提である英国競争控 訴審判所における訴訟手続き(以下、「英国 1 2020 1 30 日付 Generics (UK) and others v Competition Markets Authority 事案(C‐307/18における欧州司法裁判所判決 EU:C:2020:52)。 2 Council Regulation (EC) No 1/2003 of 16 December 2002 on the implementation of the rules on competition laid down in Articles 81 and 本訴訟」という。)の概略を見た後、本裁定 について検討する。 1. 英国本訴訟の概略 英国の競争・市場庁は、2016 年 2 月 12 日、 それぞれ下記の違反につき、① GlaxoSmithKline plc とその関連会社(以下、 併 せ て 「 GSK 」 と い う 。 ) に 対 し 、 計 £37,606,275 、②Generics (UK) Ltd とその元 親会社(以下、併せて「GUK」という。)に対 し、計£5,841,286、③Alpharma LLC とその元 子会社数社(以下、併せて「アルファルマ」 という。)に対し、計£1,542,860 の罰金を課 す決定(以下、「本決定」という。)を下し た。 GSK: o GUK とのペイ・フォー・ディ レイ協定締結による英国 1998 年競争法第 2 条第 1 項(以下、 「英国競争法第 1 章」とい う。)の違反、及び 2004 年 5 月 1 日から同年 7 月 1 日の期 間については、同違反に加え EU機能条約第 101 条違反 2 o アルファルマとのペイ・フォ ー・ディレイ協定締結による 英国競争法第 1 章の違反。 o 潜在的な競争者らの英国パロ キセチン供給市場への GSK か ら独立した参入を遅らせるよ う誘導するためにそれらの者 82 of the Treaty (OJ L 1/1, 4 January 2003) 2004 5 1 日から適用された。 同規則は、 加盟国の競争法当局が EU 加盟国間の取引に影 響を与える可能性のある事業者間の合意に国 内法を適用する際には、EU 機能条約第 101 条 も適用しなければならないと規定する。 LEGALMIND 2020.4 No.420 165

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<特別寄稿>

欧州司法裁判所、ペイ・フォー・ディレイ(pay-for-delay)の

EU競争法下での分析に関し重要な解釈を示す

マクダーモット・ウィル&エメリー(McDermott Will & Emery)法律事務所

弁護士(ブリュッセル) ウィルコ・ヴァン・ウェールト(Wilko van Weert)

弁護士(ブリュッセル) 武藤 まい

欧州司法裁判所は、2020 年 1 月 30 日、英国

の 競 争 控 訴 審 判 所 ( Competition Appeal

Tribunal)からの要請を受けて、Generics

(UK) and Others(C-307/18)事案1における先

決裁定(以下、「本裁定」という。)を出し

た。本裁定は、欧州司法裁判所が、いわゆる

ペイ・フォー・ディレイ(pay-for-delay)協

定、すなわちジェネリック医薬品メーカーが

当分の間独自のジェネリック医薬品で市場に

参入しないのと引き換えに先発医薬品メーカ

ーがジェネリック医薬品メーカーに対し利益

を供与するという内容の協定、について判断

した最初の判決である。

本裁定において、欧州司法裁判所は、下記

の点についての解釈を示した。

EU機能条約第 101 条における、

o 「潜在的競争」の概念、及び

o ペイ・フォー・ディレイ協定

が目的による競争制限に該当

するか否かを判断するための

基準。

EU機能条約第 102 条における、

o 関連製品市場の定義、及び

o 一連のペイ・フォー・ディレ

イ協定の締結が市場支配的地

位の濫用に該当するか否かを

判断するための基準。

以下では、本裁定の前提である英国競争控

訴審判所における訴訟手続き(以下、「英国

12020 年 1 月 30 日付 Generics(UK)andothersvCompetitionMarketsAuthority 事案(C‐307/18)に お け る 欧 州 司 法 裁 判 所 判 決

(EU:C:2020:52)。 2 Council Regulation (EC) No 1/2003 of 16December 2002 on the implementation of therulesoncompetitionlaiddowninArticles81and

本訴訟」という。)の概略を見た後、本裁定

について検討する。

1. 英国本訴訟の概略

英国の競争・市場庁は、2016 年 2 月 12 日、

そ れ ぞ れ 下 記 の 違 反 に つ き 、 ①

GlaxoSmithKline plc とその関連会社(以下、

併 せ て 「 GSK 」 と い う 。 ) に 対 し 、 計

£37,606,275 、②Generics (UK) Ltd とその元

親会社(以下、併せて「GUK」という。)に対

し、計£5,841,286、③Alpharma LLC とその元

子会社数社(以下、併せて「アルファルマ」

という。)に対し、計£1,542,860 の罰金を課

す決定(以下、「本決定」という。)を下し

た。

GSK:

o GUK とのペイ・フォー・ディ

レイ協定締結による英国 1998

年競争法第2条第1項(以下、

「英国競争法第 1 章」とい

う。)の違反、及び 2004 年 5

月 1 日から同年 7 月 1 日の期

間については、同違反に加え

EU機能条約第 101 条違反2。o アルファルマとのペイ・フォ

ー・ディレイ協定締結による

英国競争法第 1章の違反。

o 潜在的な競争者らの英国パロ

キセチン供給市場への GSK か

ら独立した参入を遅らせるよ

う誘導するためにそれらの者

82 of the Treaty (OJ L 1/1, 4 January 2003)が2004年 5月 1日から適用された。同規則は、

加盟国の競争法当局が EU 加盟国間の取引に影

響を与える可能性のある事業者間の合意に国

内法を適用する際には、EU 機能条約第 101 条

も適用しなければならないと規定する。

LEGALMIND 2020.4 No.420 165

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に対し多大な価値を供与する

ことで、同市場における支配

的地位を濫用したことよる、

英国 1998 年競争法第 18 条3

(以下、「英国競争法第 2 章」

という。)の違反。

GUK:GSKとのペイ・フォー・ディレイ

協定締結による英国競争法第 1 章の違

反、及び2004年 5月 1日から同年7月

1 日の期間については、同違反に加え

EU機能条約第 101 条違反。

アルファルマ:GSK とのペイ・フォ

ー・ディレイ協定締結による英国競争

法第 1章の違反。

GSKは、1999年 1月に英国における先発品パ

ロキセチンの活性成分の特許が満了した後、

2001 年から 2004 年の間にジェネリック医薬品

メーカーと3つの協定を締結した。パロキセ

チンは、処方箋が必要な抗うつ薬で、抗うつ

薬の中でも選択的セロトニン再取り込み阻害

薬(以下、「SSRI」という。)という分類に

属する。GSK は、パロキセチンを「セロザット」

というブランド名で売り、同薬は同社の大ヒ

ット製品となった。

各協定の概要は下記の通りである

第一の協定は、2001 年 10 月 3 日に、GSK と

IVAXとの間で締結され、2004年 6月 29日に失

効した(以下、「第一の違反協定」とい

う。)。同協定は、IVAX が GSK のセロザット

の限定量を販売すること、及び GSK が IVAX に

対し金銭支払いを含めた多大な価値(少なく

とも£1790 万)を供与することをその内容とし

た。同協定の締結前に、GSKは、IVAXに対し、

特許権侵害訴訟を提起しなかった。

第二の協定は、2002 年 3 月 13 日に、GSK と

GUK との間で、GSK が GUK に対し提起した特許

権侵害訴訟の和解のために締結され、2004年7

月1日に失効した(以下、「第二の違反協定」

という。)。同協定の下、GUKは、IVAXとパロ

キセチン供給に関し二次販売店契約を締結し、

同契約期間中パロキセチン塩酸塩を英国にお

いて製造、輸入又は供給しないことに合意し

3EU機能条約第102条は、2004年 5月 1日以降

の行為につき、適用されなかった。これは、

Apotex Europe Limited の無水パロキセチンは

GSK の主張する有効な特許クレームを侵害して

いない旨認定した控訴審の判決 (SmithKline Beecham Plc and others v Apotex Europe Ltd and others [2003] EWHC 2939 (Ch))後の2003年 12月

に、GSK から独立したジェネリック医薬品が市

場参入したため、GSK が市場支配的地位を失っ

たためである。

た。他方、GSK は、GUK に対し、金銭支払いを

含めた多大な価値(少なくとも£2130 万) を

供与することに合意した。

第三の協定は、2002年 11月 12日に、GSKと

アルファルマとの間で、GSK がアルファルマに

対し提起した特許権侵害訴訟の和解のために

締結され、2004 年 2 月 13 日に失効した(以下、

「第三の違反協定」という。)。同協定の下、

アルファルマは、IVAX とパロキセチン供給に

関し二次販売店契約を締結し、IVAX からの購

入及びGSKによる製造の枠外でパロキセチン塩

酸塩を英国において製造、輸入又は供給しな

いことに合意した。一方、GSK は、GUK に対し、

金銭支払いを含めた多大な価値(少なくとも

£1180 万) を供与することに合意した。

第一の違反協定は、IVAX の市場参入を明示

的に禁止していないこと等から、英国 1998 年

競争法(不動産・垂直的協定の免除)令4に基

づき、英国競争法第1章の禁止規定の適用を免

除された5。また、2003 年 12 月の Apotex

Europe Ltd とその販売店による GSK から独立

した市場参入後の 2004 年 5 月 1 日から同年 6

月 29 日までの間に、第一の違反協定が反競争

的目的又は効果を有した可能性が低いことか

ら、同協定には、EU 機能条約第 101 条も適用

されなかった。

GSK、GUK 及びアルファルマは、英国の競

争・市場庁の決定を、競争控訴審判所に控訴

した。競争控訴審判所は、2018 年 3 月 8 日、

中間判決6(以下、「本中間判決」という。)

を出し、幾つかの控訴理由を却下した。が、

競争控訴審判所は、最終判決を出す前に、欧

州司法裁判所に対し、幾つかの論点に関する

解釈を求めた。

2. 欧州司法裁判所の先決裁定

2.1 EU 機能条約第 101 条

2.1.1 「潜在的競争」の概念

英国の競争・市場庁は、GUK とアルファルマ

がGSKの潜在的競争者であったと認定し、同認

定を第二の違反協定及び第三の違反協定が競

争制限目的を有していたとの認定の前提とし

た。そのため、控訴人は、競争・市場庁の潜

4 The Competition Act 1998 (Land and Vertical Agreements Exclusion) Order 2000。 5 英国の競争・市場庁の 2016 年 8月 10 日付け

IVAX-GSK 合意に関する調査終了の要旨を参

照。 6 2018 年 3 月 8 日付 Paroxetine GSK v CMA 事案における英国競争控訴審判所の中間判決

( [2018] CAT 4)。

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在的競争者の認定を争った。英国の競争控訴

審判所は、暫定的にこの点に関する控訴事由

を却下する立場をとったものの、欧州司法裁

判所に、先発医薬品メーカーと、同医薬品の

ジェネリック医薬品を市場で販売しようとし

ているメーカーは潜在的競争者に該当するか

という論点についての判断を求めた。

欧州司法裁判所は、下記の二要件が満たさ

れる場合には、先発医薬品メーカーとジェネ

リック医薬品メーカーは潜在的競争者に該当

すると判示した。

①ジェネリック医薬品メーカーが、市場参

入につき断固とした意図を有し、かつ市場参

入のための生来の能力を有する。

②市場参入にあたり、克服できない参入障

壁にぶつからない。

(a) 第一の要件

第一要件を満たすためには、ジェネリック

医薬品メーカーが、協定締結時点で先発医薬

品メーカーに競争上の圧力をかけるであろう

期間内に市場参入するための十分な準備措置

を講じた必要がある。欧州司法裁判所は、ジ

ェネリック医薬品メーカーが十分な準備措置

を講じた際、当該メーカーが市場に参入する

「現実的かつ具体的な可能性」がある、すな

わち市場に存在していない会社を既に市場に

存在する会社の潜在的競争者としてみなすた

めの判例法上の要件7が満たされると考察した

のである。

欧州司法裁判所は、準備措置には、下記が

含まれ得るとする。

医薬品販売承認を得るための措置

ジェネリック医薬品の適度な在庫

先発医薬品メーカーが有する製法特許

を争うために実際にとった法的措置

ジェネリック医薬品を販売するための

マーケティング努力

欧州司法裁判所は、「実際に取った法的措

置」に関し、特許の有効性又は特許の侵害の

有無に関する真正な紛争の存在は潜在的な競

争関係の存在の証拠となると述べた。

また、欧州司法裁判所は、ジェネリック医

薬品メーカーの市場参入の遅延と引き換えに

先発医薬品メーカーによりなされる当該ジェ

ネリック医薬品メーカーへの価値の移転の意

図及びその実行は、両メーカー間の競争的関

係の強い表れであり、そのような関係は「価

7 1991 年 2 月 28 日付 Delimitis 事案(C�234/89)に お け る 欧 州 司 法 裁 判 所 の 判 例

(EU:C:1991:91, paragraph 21)参照。 8 本裁定 56 段落。 9 本裁定 51 段落。

値の額が大きければ大きいほど、より強く表

れる」8とも述べた。

さらに、欧州司法裁判所は、「医薬品業界

においては、ジェネリック医薬品メーカーは

先発医薬品を保護している化合物の特許権が

満了次第市場に参入したいと欲していること

から、同特許権の満了前に潜在的な競争が起

きている可能性がある」9と も指摘した。

(b) 第二の要件

第二の要件に関し、欧州司法裁判所は、製

法特許権の存在そのもの自体は、克服できな

い参入障壁には当たらないと述べた。

2.1.2 目的による制限

英国の競争・市場庁は、第二の違反協定と

第三の違反協定は、競争制限目的を有してい

たと認定した。全控訴人は同認定を争い、こ

れらの協定は競争促進的効果をもたらしたと

主張した。これに対し、英国の競争控訴審判

所は、そのような競争促進的効果は「2003 年

12 月より実際に起きたような独立したジェネ

リック品の参入から生じる効果に比し小さい」10と指摘した上で、ペイ・フォー・ディレイ協

定が目的により競争を制限するかというより

本質的な質問を欧州司法裁判所に投げかけた。

欧州司法裁判所は、①先発医薬品メーカー

からジェネリック医薬品メーカーに対しなさ

れる価値移転の純益に、自己の商品役務の優

秀性による競争をしないという商業的利益以

外の理由がない場合で、かつ②当該協定が十

分な程度に競争を阻害するという点につき合

理的な疑問を生じさせ得る競争促進的効果を

伴わない場合には、ペイ・フォー・ディレイ

協定は目的により競争を制限すると回答した。

(a) 第一の要件

欧州司法裁判所は、判例法11に従い、EU機能

条約第101条第1項の適用の目的のために当該

協定の効果を分析する必要がないとの見解を

とるか否かの判断をなすため、ペイ・フォ

ー・ディレイ協定がそれ自体かつその条項、

目的、及び経済的・法的文脈に照らし、十分

な程度の競争阻害性を示したかを分析した。

この分析過程において、欧州司法裁判所は、

下記 2 つの理由に基づき、全てのペイ・フォ

ー・ディレイ協定が目的により競争を制限す

るとはいえないとした。

第一の理由は、訴訟手続きにおける勝訴の

確立に鑑み、ジェネリック医薬品メーカーは

10 本中間 320 段落。 11 例えば、2014年 9月 11日付 CB v Commission(C�67/13 P)事案における欧州司法裁判所の

判決 (EU:C:2014:2204)53 段落参照。

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市場参入をあきらめ、先発医薬品メーカーと

訴訟和解協定を結ぶことを決める可能性があ

るという点である。第二の理由は、価値の移

転が、例えば訴訟費用・訴訟による支障に対

する補償としてなされる場合や、(協定)直

後又は将来の実際の製品・役務の供給に対す

る報酬である場合には、それが正当化される

可能性があるという点である。

しかし、欧州司法裁判所は、ペイ・フォ

ー・ディレイ協定は、価値の移転に、それが

金銭であろうその他の形をとろうと、先発医

薬品メーカーとジェネリック医薬品メーカー

双方の自己の商品役務の優秀性による競争を

しないという商業的利益以外の理由がない場

合には、原則として、目的により競争を制限

すると結論付けた。そして、欧州司法裁判所

は、目的による制限の認定にあたっては、移

転された価値がジェネリック医薬品メーカー

が特許訴訟において勝訴した場合に得たであ

ろう利益より大きくなければならないという

ことは要求されないとした。また、欧州司法

裁判所は、「重要なのは、価値の移転が、ジ

ェネリック医薬品メーカーに対し市場参入を

控え、先発医薬品メーカーと自己の商品役務

の優秀性による競争をしないよう促す程度に

十分に有益であることが示されることである」12と協調した。そのような場合、競争者は意図

的に競争のリスクを実際の協力に代える、す

なわち協定の目的制限の認定の判例法上の要

件13を満たす、といえるからである。

(b) 第二の要件

欧州司法裁判所は、協定が目的により競争

を制限するか否かの判断にあたっては、当該

協定につき主張されたいかなる競争促進的効

果をも考慮に入れなければならないとした。

欧州司法裁判所によると、考慮に入れられ

る競争促進的効果は、「関連性があり、当該

協定に具体的に結びついて」14いなければなら

ず、「当該協定が十分な程度の競争阻害性を

有したかという点についての合理的な疑問を

正当化する程十分に大きく」15ならなければな

らない。

そして、欧州司法裁判は、第二の違反協定

と第三の違反協定の競争促進的効果は最小程

度にとどまったのみならず、おそらく不確実

であり、これらの協定が十分な程度の競争阻

害性を有することについての合理的な疑問を

12 本裁定 94 段落。 13 2008年 11月 20日付Beef Industry Development Society and Barry Brothers(C�209/07)事案に

抱かせるための十分な正当事由とはならない

という見解を示した。

欧州司法裁判所は、同見解をとるにあたり、

主に、第二の違反協定及び第三の違反協定に

より消費者にもたらされた利益は、独立した

ジェネリック品の市場参入によりもたらされ

たであろう競争上の利益に比べ著しく少ない

という英国の競争控訴審判所の認定に依拠し

た。

2.2 EU 機能条約第 102 条

2.2.1 関連製品市場

英国の競争・市場庁は、本決定において、

関連市場は英国パロキセチン供給市場であり、

GSK は同市場において少なくとも 1998 年 1 月

から2003年 11月まで市場支配的地位を有した

と認定した。GSK は市場支配性を争い、関連製

品市場には全ての SSRI 及び少量のベンラファ

クシンも含まれると主張した。競争・市場庁

は、同主張が正しいとした場合、GSK は市場支

配的地位を有しなかったことは認めた。英国

の競争控訴審判所は、GSK のセロザットに対す

る経済上の重大な競争的圧力は他の SSRI では

なくパロキセチンによりかけられているため、

関連製品市場にはパロキセチンのジェネリッ

ク品は含まれるべきであるが、他の SSRI は含

まれるべきではないと、暫定的に判断した。

そして、同審判所は、欧州司法裁判に対し、

先発医薬品のジェネリック品が先発品の製法

特許権の満了前で合法に市場参入できないで

あろう場合にもこれらジェネリック品を関連

製品市場に含めるべきかという限定的な質問

をなした。

欧州司法裁判所は、ジェネリック医薬品メ

ーカーが先発医薬品メーカーの重大な対抗勢

力となるための十分な強さをもって短期間で

市場に参入することができる場合には、関連

製品市場の定義の目的のためには、先発品の

みならずそのジェネリック品も考慮されなけ

ればならないとした。欧州司法裁判所は、そ

のような場合、先発品とそのジェネリック品

との間に十分な互換性があると考えたのであ

る。

欧州司法裁判所は、ジェネリック医薬品メ

ーカーが活性成分の特許権又はデータ保護期

間の満了直後又はそれから短期間の間に市場

参入することができるといえる場合は、当該

メーカーが事前に市場参入のための効果的な

戦略を立てた場合、そのために必要な措置

おける欧州司法裁判所の判例(EU:C:2008:643)34 段落。 14 本裁定 107 段落。 15 本裁定 107 段落。

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(例えば、医薬品販売許可申請)を講じた場

合、又は第三社の販売店と供給契約を締結し

た場合であると具体的に示した。

また、欧州司法裁判所は、ジェネリック医

薬品メーカーによる市場参入の脅威の即時性

に対する先発医薬品メーカーの認識も、ジェ

ネリック医薬品メーカーがかける競争上の圧

力の程度をはかるために、考慮に入れられる

可能性があると指摘した。

2.2.2 濫用

英国の競争控訴審判所は、本中間判決にお

いて、GSK が3つの違反協定の締結によりジェ

ネリック品の市場参入を阻むという意識的戦

略を追及していたことから、濫用の認定のた

めには、3 つの違反協定を全体としてみる必要

があるという立場をとるのが好ましいと考え

た。この点に関し、同審判所は、欧州司法裁

判所に対し、少なくとも一時的に自身の先発

品のジェネリック品を製造する潜在的競争者

を市場に入れない効果をもつ一連の和解協定

の締結に至る市場支配的地位にある先発医薬

品メーカーの戦略は、EU 機能条約第 102 条下

において市場支配的地位の濫用に該当するか

という論点についての判断を求めた。

欧州司法裁判所は、「当該戦略が競争制限

能力、特に、当該戦略の一部である各和解協

定の特定の反競争的効果以上の締め出し効果

を有する場合には」16、当該戦略は市場支配的

地位の濫用に該当すると回答した。

この回答にあたり、欧州司法裁判所は、ま

ず、判例法17に従い、市場支配的地位にある先

発医薬品メーカーの契約指向型の戦略は、個

別の各契約に基づき EU 機能条約第 101 条違反

となるのみならず、その戦略が市場の競争的

構造に与える可能性のある追加的損害を理由

として EU 機能条約第 102 条違反となる場合が

あると述べた。そして、欧州司法裁判所は、

少なくともジェネリック品の市場参入を遅延

させる効果(目的でないのなら)をもつ一連

の和解協定の締結に至る先発医薬品メーカー

の戦略は、原則として、先発医薬品の市場の

競争の成長を阻害すると述べた。さらに、欧

州司法裁判所は、そのような戦略の重大な締

め出し効果は、当該戦略の一部をなす各和解

協定締結に生来の反競争的効果を上回る可能

性があるとも指摘した。

16 本裁定 172 段落。 17 1979 年 2 月 13 日付け Hoffmann-La Roche v Commission(85/76)事案における欧州司法裁

判所の判決( EU:C:1979:36)120 段落参照。

3. コメント 欧州司法裁判所は、ペイ・フォー・ディレ

イ協定に関する最初の判決である本裁定にお

いて、EU 機能条約第 101 条及び第 102 条下に

おけるペイ・フォー・ディレイ協定の分析の

枠組みを示した。

第一に、欧州司法裁判所は、ジェネリック

医薬品メーカーが先発医薬品メーカーの潜在

的競争者に該当するか否かを判断する基準を

打ち立てた。このテストに従うと、英国本訴

訟のように、活性成分の特許権が既に満了し、

製法特許権の違反がない限りジェネリック品

の市場参入が可能である状況において、ジェ

ネリック医薬品メーカーは、先発医薬品メー

カーの潜在的競争者として認定される可能性

が高い。欧州司法裁判所は、また、活性成分

の特許権の満了前でも、ジェネリック医薬品

メーカーが潜在的競争者として認定される可

能性がある旨指摘したが、そのような場合、

ジェネリック医薬品メーカーがいかなる十分

な事前措置をとる必要があるのかは現在のと

ころはっきりしない。

第二に、価値移転の純益に自己の商品役務

の優秀性による競争をしないという商業的利

益以外の理由がない場合にペイ・フォー・デ

ィレイ協定は原則として目的による競争制限

であるとの欧州司法裁判所の結論は、判例法

に合致する。また、欧州司法裁判所があげた

価値移転の正当理由の具体例(例えば、訴訟

費用の代償、実際の供給に対する報酬)は、

和解協定締結を考えている会社が当該協定の

競争上の影響を分析するのに有益であろう。

第三に、欧州司法裁判所は、関連性・具体

性があり重要な競争促進的効果は、協定が競

争を目的により制限するか否かの判断の際に

考慮されるべきであるという重要な解釈をな

した。この解釈は、ペイ・フォー・ディレイ

協定以外の協定の分析においても有益となり

得る。なお、欧州司法裁判所にいわせると、

そのような競争促進的効果は、「当該行為の

客観的な重大性を判断するためのみ」18に考慮

されるので、EU 競争法は条理の法則(rule of

reason)を認めないという確立された判例法

に抵触するものではない。条理の法則が適用

されると、EU 機能条約第 101 条第 1項におい

て競争促進的効果と競争制限的効果を比較衡

量しなければいけなくなるのである。

18本裁定 104 段落。

LEGALMIND 2020.4 No.420 169

Page 6: 欧州司法裁判所、ペイ・フォー・ディレイ(pay-for …...<特別寄稿> 欧州司法裁判所、ペイ・フォー・ディレイ(pay-for-delay)の EU競争法下での分析に関し重要な解釈を示す

第四に、欧州司法裁判所の関連製品市場に

関する結論は、先発品とそのジェネリック品

の間の競争上の関係について限れば、それな

りに有益な解釈といえるだろう。が、同結論

は、Perindopril 事案19のような活性成分レベ

ル以上における医薬品相互間の互換性が争点

となる場合には、ほぼ関連性がない。

第五に、先発医薬品メーカーの戦略が濫用

的であるといえるためには、当該戦略に締め

出し効果がなければならないという欧州司法

裁 判 所 の 判 示 は 、 同 裁 判 所 の Cartes

Bancaires20や Intel21判決に引き続き、EU 競争

法へのより経済的なアプローチの採用を示し

ている。

概して、本裁定の幾つかの側面は英国本訴

訟のような事案のみにしかあてはまらないか

もしれないが、上記解釈は価値移転を伴う先

発医薬品メーカーとジェネリック医薬品メー

カーとの間の協定の分析に役立つであろう。

また、欧州司法裁判所が、本裁定において明

示 し た 基 準 を 来 る Lundbeck 22 事 案 や

Perindopril 事案における判決にいかに適用し、

英国本訴訟とは異なる文脈において締結され

たペイ・フォー・ディレイ協定との関係でい

かなるガイダンスを示すかは注目したいとこ

ろである。

19 2018 年 12 月 12 日付 Servier and Others v Commission(T-691/14)事案における欧州一

般裁判所の判決( EU:T:2018:922)。 欧州司

法裁判所において控訴審が係属中(C-176/19 P及び C-201/19 P)。 20 2014 年 9 月 11 日付け CB v Commission(C�67/13 P)事案における欧州司法裁判所の

判決(EU:C:2014:2204)。

21 2017 年 9 月 6 日付け Intel v Commission(C-413/14 P)事案における欧州司法裁判所の判決

(EU:C:2017:632)。 22 2016 年 9 月 8 日付け Lundbeck v Commission(T-472/13)事案における欧州一般裁判所の判

決(EU:T:2016:449)。欧州司法裁判所におい

て控訴審が係属中(C-591/16 P).

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