青色光に感度を持つ有機光電変換膜の 量子効率改善 -...

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報告 要約 有機撮像デバイスに用いる有機光電変換膜の量子効率を改善するために,青色光に感度を持つ有 機材料クマリン30に,光照射によって膜内に生じた電子-正孔対の分離を促進するフラーレンを 10%添加した新たな青色用有機光電変換膜を試作した。特性評価実験の結果,試作した有機光電 変換膜では,波長430nmの青色光を照射したときに印加電圧10Vで64%の高い量子効率が得ら れることが分かり,有機撮像デバイスの高感度化に見通しを得た。 ABSTRACT With the aim of improving the quantum efficiency of blue-sensitive organic photoconductive film, we studied the effect of doping fullerene as an electron acceptor in coumarin30 film. In this film, fullerene enhances dissociation of electron-hole pairs generated in coumarin30 molecules since the fullerene accept the electron. As a result, the quantum efficiency of the fullerene-doped film reached 64% at an applied voltage of 10V. 青色光に感度を持つ有機光電変換膜の 量子効率改善 瀬尾北斗 相原 久保田節 江上典文 Improvement in Quantum Efficiencies of Blue−sensitive Organic Photoconductive Films Hokuto SEO, Satoshi AIHARA, Misao KUBOTA and Norifumi EGAMI NHK技研 R&D/No.132/2012.3 24

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報告

要約 有機撮像デバイスに用いる有機光電変換膜の量子効率を改善するために,青色光に感度を持つ有機材料クマリン30に,光照射によって膜内に生じた電子-正孔対の分離を促進するフラーレンを10%添加した新たな青色用有機光電変換膜を試作した。特性評価実験の結果,試作した有機光電変換膜では,波長430nmの青色光を照射したときに印加電圧10Vで64%の高い量子効率が得られることが分かり,有機撮像デバイスの高感度化に見通しを得た。

ABSTRACT With the aim of improving the quantum efficiency of blue-sensitive organic photoconductive film,we studied the effect of doping fullerene as an electron acceptor in coumarin30 film. In this film,fullerene enhances dissociation of electron-hole pairs generated in coumarin30 molecules sincethe fullerene accept the electron. As a result, the quantum efficiency of the fullerene-doped filmreached 64% at an applied voltage of 10V.

青色光に感度を持つ有機光電変換膜の量子効率改善

瀬尾北斗 相原 聡 久保田節 江上典文

Improvement in Quantum Efficiencies of Blue−sensitiveOrganic Photoconductive Films

Hokuto SEO, Satoshi AIHARA, Misao KUBOTA and Norifumi EGAMI

NHK技研 R&D/No.132/2012.324

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有機膜

電子-正孔対

電極 電極

HOMO(基底準位)

LUMO

エネルギー

電子

正孔

(a)電子-正孔対の生成模式図 (b)エネルギー準位

-+

-+

1.まえがき当所では,次世代の超小型・高画質カラーカメラの実現を目指して,光の3原色それぞれの色だけに感度を持つ3種類の有機光電変換膜(以下,有機膜と呼ぶ)を積層した新たな単板カラー撮像デバイス「有機撮像デバイス」の研究開発を進めている1)~3)。有機撮像デバイスでは,入射した光を青,緑,赤の3原色に有機膜で分離し,電荷に変換する。有機撮像デバイスを高感度化するためには,有機膜の量子効率を高くする必要があるが,現状では有機膜の量子効率は50%未満である。特に,青色光に感度を持つポルフィリン誘導体*1

を基にした有機膜では,高い印加電圧80Vをかけても量子効率は約20%しか得られず4),印加電圧の低減と量子効率の改善が大きな課題となっている。そこで,今回,より低い印加電圧で高い量子効率が得られる新たな青色用有機膜の開発に取り組み,青色光に感度を持つ有機材料クマリン30(C30)に,電子を吸引する性質を持つフラーレン*2を添加することで,印加電圧と量子効率が大幅に改善できることを見いだした。本稿では,有機膜の量子効率を改善するための指針について述べた後,この指針に基づいて試作したフラーレン添加C30青色用有機膜の特性について報告する。

2.量子効率を改善するための指針1図に示すように,有機膜に光が入射すると有機分子の基底準位である最高被占分子軌道(HOMO:HighestOccupied Molecular Orbital)の電子が吸収した光の量に応じて最低空分子軌道(LUMO:Lowest UnoccupiedMolecular Orbital)へ励起される(1図(b))。その結果,膜内にはHOMOに残った電子の空孔(正孔)とLUMOに移動した電子とによって電子-正孔対が形成さ

れる(1図(a))。有機膜の両端の電極には電圧が印加されており,この電圧によって生じる膜内電界によって電子-正孔対が電荷(電子と正孔)に分離され,これらの電荷を光電流として外部に取り出す。有機膜では光吸収に伴う電子-正孔対の生成効率は高いので,高い量子効率を得るためには,電子-正孔対を効率よく分離して外部に取り出すことが重要となる。しかし,有機材料の多くは電子-正孔対の結合エネルギーが大きいので,分離は容易ではなく,最終的に再結合して電子-正孔対が消滅するという問題がある。ところで,有機太陽電池の分野では,電子供与性の有機材料(ドナー)と電子吸引性の有機材料(アクセプター)とを分子レベルで接触させることで,有機膜内で発生した電子-正孔対を効率よく分離できることが知られている5)。ドナーにアクセプターが添加されたときの光生成電荷の挙動を2図に示す。光が入射してドナー内に電子-正孔対が生成されると,ドナー分子とアクセプター分子の接触面で電子-正孔対が分離される。これは,2図(b)に示すように,光を吸収してドナーのHOMOからLUMOへ励起された電子がエネルギーがより低く安定なアクセプターのLUMOへ移動するためである。このことから,電子-正孔対の分離を効率よく行うためにはアクセプターのLUMOのエネルギー準位がドナーのLUMOのエネルギー準位よりも低くなければならないことが分かる。また,アクセプターのHOMOのエネルギー準位がドナーのHOMOのエネルギー準位より高い場合には,アクセプターのHOMOに存在する電子がドナーのHOMOに移動して正孔

*1 C48H36CoN4O4:Tetra(4-methoxyphenyl)Porphine CobaltComplex。

*2 数十個の炭素原子が球状に結合した物質。ここでは炭素原子が60個結合したC60を用いた。

1図 光電変換材料だけで構成された有機膜の構造

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ガラス基板ITO電極

Al電極

C30(膜厚80nm)

Alq3(膜厚20nm)

ガラス基板ITO電極

Al電極

フラーレン添加C30(膜厚80nm)

Alq3(膜厚20nm)

光電変換層

バッファー層

(b)C30単体膜(a)フラーレン添加C30膜

--+

HOMO

LUMO

エネルギー

電子

正孔

(b)エネルギー準位

アクセプター

電子が移動(電荷分離)

ドナー

LUMO

HOMO

ドナー

アクセプター

(a)電子と正孔が分離される模式図

と再結合して電荷を消滅させるので,アクセプターのHOMOのエネルギー準位がドナーのHOMOのエネルギー準位より低くなければならないことが分かる6)。

3.高効率な青色用有機膜の試作有機撮像デバイスの量子効率の改善においても有機太陽電池での高効率化の手法が有効であると考え,青色光に感度を持つドナーにアクセプターを添加した青色用有機膜を試作し,特性を評価した。3図(a)に試作した素子の断面構造を示す。青色用有機膜は光電変換層と電極形成時に光電変換層を保護するためのバッファー層から成る。また,試作した素子はこの青色用有機膜に電極を付けたサンドイッチセル(以下,セルと呼ぶ)である。2図(b)の条件を満足させるために,光電変換層のドナーには青色光に感度を持つC30(HOMOのエネルギー準位:-5.7eV,LUMOのエネルギー準位:-3.0eV)を,アクセプターにはフラーレン(HOMOのエネルギー準位:-6.4eV,LUMOのエネルギー準位:-4.6eV)を用いた。フラーレンは有機太陽電池においてもアクセプターとして用いられている。有機太陽電池では電子-正孔対の分離を促進するためにフラーレンの添加量を50%程度まで高めることも

ある7)8)。しかし,フラーレンは可視域のほぼ全域にわたって光を吸収するので,添加量を増やすと有機膜の分光特性が劣化する恐れがある。そこで,フラーレンの添加量と有機膜の光吸収スペクトルとの関係を調べた。その結果,フラーレンの添加量が体積比でC30の10%程度であれば青色用有機膜の光吸収スペクトルに大きな影響を及ぼさないことが分かった。この結果に基づいて,試作膜ではフラーレンの添加量を10%とした。また,特性評価用のセルでは青色用有機膜を透明なインジウム・スズ酸化物(ITO:Indium Tin Oxide)電極と不透明なアルミニウム(Al)電極とで挟んだ。なお,アクセプターの有無による特性の違いを評価するために,3図(b)に示すように,光電変換層をC30だけで構成したセルも併せて作製した。青色用有機膜とこれを適用したセルの試作に際しては,まず,ガラス基板上にITO電極を作製し,その上に青色有機膜の光電変換層として厚さ80nmのフラーレン添加C30膜または同じ厚さのC30単体膜を真空蒸着法で形成した。C30へフラーレンを添加する際には,C30とフラーレンの蒸着速度を9:1として同時に蒸着した。次に,それぞれの光電変換層の上にAl電極を作製する際のバッファー層として厚さ20nmのトリス-8-ヒドロキシキノレー

2図 ドナーにアクセプターを添加した有機膜の構造

3図 作製した素子の断面構造

報告

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O

C30 フラーレン(C60) Alq3

N

N

ON

O

Al

N

N

O ON

H3C

0.7

0.6

0.5

0.4

0.3

0.2

0.1

0400 500 600 700

入射光の波長(nm)

フラーレン添加C30膜C30単体膜

光吸収度(任意単位)

ト・アルミニウム(Alq3:Tris-8-hydroxyquinolineAluminum)層を真空蒸着法で形成し,最後に,Alを蒸着した。今回の試作で用いたC30,フラーレンおよびAlq3の分子構造を4図に示す。

4.試作膜の諸特性試作した2種類のセルを用いて,フラーレンの有無による青色有機膜の特性の違いを調べた。測定に際しては,ITO電極にAl電極より高い電圧を印加し,光をセルのITO電極側から入射させた。4.1 光吸収特性試作した2種類の有機膜の光吸収スペクトル(入射光の波長と光吸収度の関係)を5図に示す。C30単体膜では,波長410nmにC30に起因する光吸収のピークがあり,光吸収の波長域はほぼ青色光の領域に対応している。一

方,フラーレン添加C30膜では,波長410nmのピークの他に,フラーレンに起因する微弱な光吸収が波長500nm~700nmの間で観測された。C30単体膜およびフラーレン添加C30膜の光吸収度のピーク値はそれぞれ0.66,0.58であり,フラーレンを添加することで光吸収のピーク値は約12%減少することが分かった。この割合は,フラーレンを体積比10%で添加したときのC30の体積減少率にほぼ対応しており,フラーレン添加C30膜ではほぼ設定したとおりにフラーレンが添加されていることが確認できた。4.2 電流-電圧特性(1)暗電流試作した有機膜に光を照射しないときに流れる暗電流

(電流密度換算)と印加電圧の関係を6図に青丸で示す。6図(b)に示すように,C30単体膜では印加電圧4V付近までは暗電流の増加は緩やかであるが,4Vを超えると暗電流が急激に増加する。一方,6図(a)に示すよう

4図 有機材料の分子構造

5図 作製した素子に使用した有機膜の光吸収スペクトル

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10-5

10-6

10-7

10-8

10-9

光電流

暗電流

印加電圧(V) 印加電圧(V)

電流密度(A/cm2)

10-5

10-6

10-7

10-8

10-9

電流密度(A/cm2)

(a)フラーレン添加C30膜 (b)C30単体膜

光電流

暗電流

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

(b)C30単体膜(a)フラーレン添加C30膜

-3.0 -3.0

-5.7 -5.7

-4.6

-6.4

-4.9

-4.2

フラーレン添加C30

Alq3 Alq3

ITO電極

Al電極

-3.0 -3.0

-5.7 -5.7

-4.9

-4.2

C30

ITO電極

Al電極

LUMO LUMO

HOMO HOMO

LUMO LUMO

HOMO HOMO

HOMO

LUMO

(eV)(eV)

に,フラーレン添加C30膜では印加電圧10Vまでは暗電流の急激な増加は認められない。試作したセルにおける暗電流の発生原因としては,温度

(熱)によって有機膜内に励起される電荷に起因する電流と,電極から有機膜に注入される電荷に起因する電流とが考えられるが,印加電圧の上昇に伴って暗電流が増大しているので,電極から有機膜に注入される電荷が主たる原因

と推定される。2種類のセルにおける構成要素のエネルギー準位を7図に示す*3。ITO電極にAl電極より高い電圧を印加した場合には,ITO電極と有機膜のHOMOのエネルギー準位との差が大きいほど,ITO電極から有機膜に注入される正孔量は減少する。この理由は,正孔にとってはHOMOのエネルギー準位が小さくなるほど,エネルギー障壁が大きくなるためである。同様に,Al電極とAlq3層のLUMOとのエネルギー準位の差が大きいほど,Al電極から注入される電子量は減少する。試作した2種類のセルでは,Al電極とAlq3層のLUMOとのエネルギー準位の差は等しいのでAl電極から注入される電子量は等しい。しかし,フラーレン添加C30膜を適用したセルで

*3 7図のエネルギー準位は電子のエネルギーを基準にしており,紫外線光電子分光法などで測定する。電子にとっては上方が高エネルギー,下方が低エネルギーである。逆に,正孔にとっては下方が高エネルギー,上方が低エネルギーである。なお,C30とAlq3のエネルギー準位が一致しているのは偶然である。また,ITOとAlは導体であり,エネルギーギャップは存在しない。

6図 作製した素子の電流-電圧特性

7図 作製した素子のエネルギー準位図

報告

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70

60

50

40

30

20

10

0400 500 600 700

波長(nm)

フラーレン添加C30膜C30単体膜

量子効率(%)

10V

8V

5V

5V

は,C30膜内に分散されたフラーレンのHOMOのエネルギー準位(-6.4eV)がC30のHOMOのエネルギー準位(-5.7eV)よりも低いので,C30単体膜を適用したセルと比較して,ITO電極からの正孔注入が抑制され,暗電流の増加が抑えられていると考えられる。(2)光電流試作した有機膜に光を照射したときに流れる光電流(電流密度換算)と印加電圧の関係を6図に赤丸で示す。測定では,波長430nm,パワー50μW/cm2の青色光を照射し,出力電流から暗電流を引いた値を光電流とした。測定した全ての印加電圧においてフラーレン添加C30膜の光電流値はC30単体膜より高く,印加電圧5Vのときのフラーレン添加C30膜の光電流密度(3.9×10-6A/cm2)はC30単体膜の光電流密度(1.6×10-6A/cm2)の2倍以上であった。また,フラーレン添加C30膜では印加電圧10Vでも光電流を観測することができ,1.1×10-5A/cm2の高い電流密度を得ることができた。6図(a)の結果は,有機光電変換膜においても電子-正孔対を発生するドナーに電子吸引性に優れたアクセプターを添加することで,電子-正孔対の分離が促進されることを示している。フラーレン添加C30膜を適用したセルでは,C30のLUMOに光励起された電子がエネルギーの低いフラーレンのLUMOに移動することで電子と正孔とが効率よく分離され,電子はフラーレンのLUMOを移動して正電圧の印加されたITO電極へ,正孔はC30およびAlq3のHOMOを移動して負電圧が印加されたAl電極へと達

し,入射光量に対応した光電流が得られる。4.3 量子効率試作した素子の量子効率を8図に示す。印加電圧5Vのとき,C30単体膜では最大量子効率は約10%(波長410nm)であるが,フラーレン添加C30膜では最大で2倍以上の効率23%(波長440nm)が得られ,フラーレン添加による量子効率の改善効果が確認できた。また,フラーレン添加C30膜では,印加電圧の上昇に対する暗電流の増加が緩やかで,更に高い電圧を印加することができた。その結果,印加電圧10Vのとき最大で64%(波長430nm)の量子効率が得られた。従来のポルフィリンを用いた青色用有機膜では,印加電圧を80Vにしたときでも量子効率は約20%しか得られず,印加電圧の大幅な低減と3倍以上の量子効率の改善を実現することができた。フラーレン添加C30膜では波長500nm~700nmにわたって数%の量子効率があるが,これは4.1節で述べたフラーレンの光吸収に起因したものである。500nm~700nmの波長域での効率は波長430nm付近の量子効率と比較しても十分に小さく,色再現性などは実用上問題ないと考えられる。また,フラーレン添加C30膜では,量子効率のピーク波長は430nm付近で,C30単体膜(ピーク波長410nm)と比較して長波長側にシフトしている。これはフラーレンの光吸収スペクトルのピーク波長が450nmの近傍にあり,この波長域でフラーレンの光吸収により電子-正孔対が生成されているためと推定される。

8図 作製した素子の量子効率

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5.あとがき青色用有機光電変換膜の量子効率を改善するために,青色光に感度を持つ有機材料クマリン30(C30)に,光照射によって生じた電子-正孔対の分離を促進するフラーレンを10%添加した新たな有機光電変換膜(フラーレン添加C30膜)を試作した。特性評価実験の結果,フラーレン添加C30膜では,青色光を照射したときに印加電圧10Vで最大64%の量子効率が得られ,従来のポルフィリンと比較して,印加電圧および量子効率を大幅に改善することができた。今後,ここで得られた知見を基に,緑色用有機光電変換

膜や赤色用有機光電変換膜の量子効率の改善に取り組む予定である。

本稿はJapanese Journal of Applied Physics誌に掲載された

以下の論文の内容を元に加筆・修正したものである。

H. Seo, S. Aihara, M. Kubota and N. Egami:“Improvement

in Photoconductive Properties of Coumarin 30-evaporated

Film by Fullerene Doping for Blue - sensitive

Photoconductors ” Jpn. J. Appl. Phys. , Vol. 49, No. 11,

pp.111601.1-111601.4(2010)

参考文献 1)S. Aihara, H. Seo, M. Namba, T. Watabe, H. Ohtake, M. Kubota, N. Egami, T. Hiramatsu, T. Matsuda, M.Furuta, H. Nitta and T. Hirao:“Stacked Image Sensor with Green- and Red-Sensitive OrganicPhotoconductive Films Applying Zinc-Oxide Thin Film Transistors to a Signal Readout Circuit,”IEEETrans. Electron Devices, Vol.56, No.11, pp.2570-2576(2009)

2)瀬尾,相原,難波,渡部,大竹,久保田,江上,平松,松田,古田,新田,平尾:“有機光導電膜とZnO-TFT回路の積層構造を用いた有機撮像デバイスの原理実証実験,”映情学誌,Vol.64, No.3, pp.365-371(2010)

3)H. Seo, S. Aihara, T. Watabe, H. Ohtake, T. Sakai, M. Kubota, N. Egami, T. Hiramatsu, T. Matsuda, M.Furuta, H. Nitta and T. Hirao:“A 128 x 96 Pixel Stack-Type Color Image Sensor:Stack of IndividualBlue-, Green-, and Red-Sensitive Organic Photoconductive Films Integrated with a ZnO Thin FilmTransistor Readout Circuit,”Jpn. J. Appl. Phys., Vol.50, No.2, pp.024103.1-024103.6(2011)

4)S. Aihara, K. Miyakawa, Y. Ohkawa, T. Matsubara, T. Takahata, S. Suzuki, M. Kubota, K. Tanioka, N.Kamata, and D. Terunuma:“Photoconductive Properties of Organic Films Based on Porphine ComplexEvaluated with Image Pickup Tubes,”Jpn. J. Appl. Phys., Vol.44, No.6A, pp.3743-3747(2005)

5)M. Hiramoto, H. Fujiwara, and M. Yokoyama:“Three-layered Organic Solar Cell with a PhotoactiveInterlayer of Codeposited Pigments,”Appl. Phys. Lett., Vol.58, No.10, pp.1062-1064(1991)

6)日本学術振興会情報科学用有機材料第142委員会C部会編:有機半導体デバイス,オーム社,pp.310-315(2010)

7)S. Uchida, J. Xue, B. P. Rand and S. R. Forrest:“Organic Small Molecule Solar Cells with aHomogeneously Mixed Copper Phthalocyanine:C60 Active Layer,”Appl. Phys. Lett., Vol.84, No.21,pp.4218-4220(2004)

8)K. Suemori, T. Miyata, M. Yokoyama and M. Hiramoto:“Three - layered Organic Solar CellsIncorporating a Nanostructure-optimized Phthalocyanine:Fullerene Codeposited Interlayer,”Appl.Phys. Lett., Vol.86, No.6, pp.063509.1-063509.3(2005)

報告

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せ お ほ く と

瀬尾 北斗あいはら さとし

相原 聡

2002年入局。松山放送局を経て,2005年から放送技術研究所において有機光電変換材料を適用した撮像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所撮像・記録デバイス研究部に所属。

2001年入局。同年より放送技術研究所において有機光電変換材料を適用した撮像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所撮像・記録デバイス研究部専任研究員。博士(学術)。

く ぼ た みさお

久保田 節えがみ のりふみ

江上 典文

1983年入局。福井放送局,放送技術研究所,大阪放送局を経て,2003年から放送技術研究所において増倍型光電変換膜の研究に従事。現在,放送技術研究所撮像・記録デバイス研究部主任研究員。

1980年入局。徳島放送局を経て,1983年から放送技術研究所においてハイビジョンHARP撮像管,冷陰極HARP撮像板の研究・開発に従事。現在,放送技術研究所撮像・記録デバイス研究部部長。工学博士。

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