超親水・超親油表面の作製技術と産業応用...15 1 第1節...

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1 超親水・超親油表面の作製技術と産業応用

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第1章

超親水・超親油表面の作製技術と産業応用

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(国研)産業技術総合研究所  穂積 篤

はじめに

 水平な固体表面に液滴を滴下すると,ある一定の“角度”をもって静止する。液滴は固体表面

の化学的,物理的な状態を反映し,濡れ広がる場合(図1(a))やレンズ-球のような形状になる

場合がある(図1(b-d))。ある一定の“角度”とは,液滴の端点から液滴輪郭曲線に引いた接線と

固体表面がなす角度,いわゆる接触角を意味する(図1(b))。プローブ液体に水を使用した場合

は水滴接触角という。また,固体表面上で液滴がほぼ静止した状態で測定した接触角なので静

的接触角(Static contact angle,以下,θS と記載)と呼ばれる。接触角は固体表面の最外層(原

子数層分,1 nm程度)の物性を反映しているため1),接触角を測定すれば,固体の最表面に関

する極めて重要な情報を得ることができる。従来,固体表面の濡れ性の良し悪しは,このθS

の大小で判断されてきた(例えば,「基板ガラス表面のぬれ性試験方法」,JIS R3257(1999))。通

常,θS が90°未満の表面状態を親水(油)性といい(図1(b)),特に5°未満(0°に近い)の場合を

超親水(油)性という(図1(a))。また,θS が90°より大きな表面状態を撥水(油)性(図1(c))と

いい,学術的な定義ではないが150°より大きい場合を超撥水(油)性という(図1(d))。ただし,

固体表面の濡れ性を正確に評価するには,θS の大小だけで判断するのは不十分で,動的接触

角(前進/後退接触角),接触角ヒステリシス(前進/後退接触角の差)及び転落角を用いて総合

的に評価する必要がある。詳細は他の総説,書籍を参考にされたい 2)。本章では,θS が0°に近

い表面状態にある超親水(油)表面に焦点を絞り,その作製手法と産業応用について概説する。

図1 固体表面の濡れ性と静的接触角(θS)との関係

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第2章

超親水性表面を形成する材料・表面処理技術

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第1節

第1節 親水性ポリマーブラシの大面積処理技術

(国研)産業技術総合研究所  穂積 篤

はじめに

 ポリマーブラシは,ポリマー鎖が共有結合や分子間力によって固体表面に強固に固定化され

た高分子薄膜である。使用するモノマーを適宜選択することにより,固体表面に,撥水/撥油

性,接着性,摺動性といった様々な機能を付与することができる1-3)。また,使用環境に応じ

て膜厚を任意に制御することが可能である。重合方法にもよるが,最大で1μm程度の膜厚を

得ることもできる。このため,固体表面の高機能化に有効な高分子材料として,基礎研究だけ

でなく,産業応用の観点からも大いに注目されている。

 本節ではこれまでに報告されているポリマーブラシの代表的な作製手法とその問題点,ポリ

マーブラシ形成によって得られる代表的な表面特性について述べる。さらに,最近の研究事例

として,我々が開発した,ポリマーブラシを大気中で作製することができる“Paint-on(はけ塗

り)法”4),新しい重合開始層形成技術を利用したポリマーブラシの大面積処理技術5)について

紹介する。

1. ポリマーブラシの代表的な作製手法

 ポリマーブラシに関する研究は,過去数十年にわたって盛んに行われてきた。研究初期の頃

は,ポリマー末端やブロックコポリマーのセグメントなどに導入した材料と相互作用する官能

基を,シランカップリング反応やクリック反応などを利用して材料表面に直接結合させる手法

(Grafting-to法)6)が主流であった。しかし,Grafting-to法は,作製プロセスは簡便であるが,

原料となるポリマーの最適な設計と精密合成が必要な上,高分子反応を利用するため立体障害

の影響も大きい。そのため,最終的なグラフト密度が小さくなるという課題があった。

 これに対し,重合開始基を材料表面にあらかじめ導入し,これを基点にモノマーを重合させ

ることでポリマーを逐次的に生長させる手法(Grafting-from法)7)は,低分子反応を利用する

ため,立体反発による影響を抑制することができ,グラフト密度の高いポリマーブラシを作製

することができる。特に最近では,精密重合法の発展に伴い,作製できるポリマーブラシの種

類が飛躍的に増加した。例えば,種々のリビングラジカル重合法7)(ニトロキシド媒介ラジカ

ル重合法(NMP:Nitroxide-mediated Radical Polymerization),遷移金属触媒による原子移動

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第2章

 LRP法を用いたGrafting-from法では,固体表面上に固定化された開始剤に比較的小さなモ

ノマーをフィードすることで高分子鎖を成長させるために,ブラシ鎖間の立体障害を回避し,

より高いグラフト密度のブラシ(図1(b))を形成することができる。Grafting-from法により形

成された高密度のブラシ(濃厚ブラシ)では膨潤膜厚が伸びきり鎖長の80~90%に達すること

もあり,Grafting-to法により形成された低密度のブラシ(準希薄ブラシ)の20~30%程度と比

べて顕著な違いをみせる。

 このように,ポリマーブラシの構造・特性は,高分子鎖の単位面積当たりの高分子鎖数であ

るブラシ密度(σ)と,高分子鎖がどれだけ伸長されているかを表すブラシ層の厚さ(h)の二つ

のパラメータにより記述される(図2)。σとhを決定することが,ポリマーブラシの構造を決

定することである。

2. 動的ポリマーブラシとは

2.1 ブロックコポリマーの界面偏析と動的ポリマーブラシの創製

 我々の研究グループは,Grafting-to法,Grafting-from法とは異なるコンセプトのポリマー

ブラシについて研究してきた。これは,ブロックコポリマーの水界面への偏析を利用した方法

で,水との接触をトリガーとして起こる動的な現象であるため,動的ポリマーブラシと名付け

た。ここでは,動的ポリマーブラシのコンセプトを紹介する。

 高分子はモノマーと呼ばれる繰り返し単位が連結した構造を持つ分子であるが,複数のモノ

マーが分子鎖を構成しているものをコポリマーと呼ぶ。さらにモノマーのシークエンスによ

り,ランダムに結合したランダムコポリマーや,同種のモノマーがブロック状に偏在したブ

ロックコポリマーに分類することができる。ブロックコポリマーとは,化学種の異なる高分子

鎖が結合してできたポリマーであり,熱力学的平衡状態において様々なドメイン形態を持つナ

ノスケールの周期構造(ミクロ相分離構造)を形成するなど,ブロック間相互作用に起因する

特徴的な挙動を示す。このスケールは低分子が形成する構造よりも大きく,トップダウン方式

で作製する構造よりも小さい特徴的なスケールであるため,盛んに研究されている。表面・界

図2 ポリマーブラシの特徴的パラメータ,ブラシ厚さ(h)とブラシ密度(σ)

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第5節

あるアクリル系モノマーはその種類が豊富で,機能化の幅の拡大が期待される。

 以上の観点より,プラスチックやガラス等の表面に吸着することで親水化可能な表面処理剤

として,アクリル系両性両親媒性ランダム高分子を選定した。

3. 両性両親媒性高分子の機能

3.1 プラスチック表面の親水化高分子26-28)

 浴槽等のプラスチック表面への防汚性付与のための親水化剤として,メタクリル酸ジメチル

アミノエチル(DMAEMA),メタクリル酸(MAA),メタクリル酸ブチル(t-BMA)からなる両

性両親媒性高分子を設計した(図3)。中性条件では,pKaが9付近である3級アミノ基はプロ

トン化されてカチオン性を示し,pKaが4付近のカルボキシル基はプロトンが解離してアニオ

ン性を示す。これらのモノマーを,過硫酸ナトリウムを重合開始剤として用い,水中でのフリー

ラジカル重合で合成した。その一覧を表1に示す。カチオン性モノマーDMAEMAとアニオ

ン性モノマーMAAのモル比を9/1~4/6,疎水性モノマーt-BMAの共重合比を0~9 wt%の

図3 プラスチック表面改質高分子の構造

表1 プラスチック表面改質高分子の組成と分子量

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第6節

1. 両性イオンポリマーの合成と超親水性コーティングの作成

 本技術では,超親水性の発現に有効な両性イオン部位としてSB基,PC基を選択し,対応す

るメタクリレートモノマーを重合した「両性イオンポリマー」を多官能アクリレート硬化膜へ

の添加剤として適用する。多官能アクリレートや溶剤への溶解性の付与が不可欠となるため,

各種メタ(ア)クリレートとラジカル共重合した。特にSB基の高い極性のため,汎用の有機溶

剤に難溶で取り扱いが困難となるため,両性イオンの組成を低く保ち(x=0.1~0.2),共重合

モノマーの種類や分子量(~5万)を調節することで溶解性を付与した(DMF,DMSOなどに可

溶)。グリシジルメタクリレートと共重合し,有機酸でエポキシ開環反応させることで側鎖に

図1 両性イオンポリマーコーティングに関する既存技術と本技術の位置づけ

図2 両性イオンポリマーを添加したコーティングの作成

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第3章

親油性表面を形成する材料・表面処理技術とその工業的応用

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第1節

第1節 親水・親油・静電反撥機能に基づく耐汚染・指紋付着低減,及び除去性向上技術

サスティナブル・テクノロジー(株)  緒方 四郎

はじめに

 近年,スマートフォンやタブレット型端末等のタッチパネル操作方式のデジタル情報端末が

情報機器として一般化し普及している。これらは画面が表示されるフェイス基板表面に接触し

操作を行うが,その多くは指(手)によって操作されるため,機器の機能性や操作性,化粧性,

清潔さの長期維持に際し,フェイス基板表面に対する防汚技術が重要な要素になると考えられ

る。

 この防汚機能付与技術として,チタニア複合金属化合物+シリカ複合金属化合物の複合化技

術を基に開発された「静電反撥」技術により,「親水+親油+両性電荷」機能をフェイス基板表

面に付与することが,上記に挙げた課題の解決に繋がると考えている。

1. 「親水+親油+両性電荷」表面技術の特色

 従来の表面防汚技術の代表格である,「撥水+撥油+負電荷」表面のフッ素系防汚技術の持

つ防汚機序コンセプトとは正反対の特性を持つ技術が,「親水+親油+両性電荷」表面技術で

ある。

 その特色として,

①汚れ(指紋)が付着しにくい難付着性(指圧1 kg以下の場合付着せず)

②汚れ付着時の除去と機能再生が容易(除去容易性,機能再生性)

③経時での防汚性能低下の防止と機能維持(防汚機能維持性)

④指(手)で操作することを前提とした清潔性維持(抗菌性)

※汚染物が強力に付着している際も息を吹きかけ拭浄することで除去・再生が可能

といった点が挙げられる。

 また「親水+親油+両性電荷」表面と「撥水+撥油+負電荷」表面との技術的相違による各々

の特色は(図1)の通りである。

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第3節

3.3 親油性の評価

 親油性の評価は,接触角計および目視観察によって行った。評価用の油には摺動油(シェル

トナS3 M,昭和シェル石油(株))を用いた。油は水より表面張力が小さく微細凹凸の凹部に

まで十分入り込みやすいため,接触角測定は少量の油滴を素材表面に静かに置く一般的な方法

とした。ただし,素材表面によっては時間をかけて油滴が濡れ拡がっていく現象が見られたの

で,油滴を静置してから10分経過後に接触角を測定することとした。また,NAP処理を行っ

ていない高速度工具鋼と超硬合金に関しては,研磨痕の影響で,研磨痕方向に対し平行方向に

は油が濡れ拡がりやすく,垂直方向には濡れ拡がりにくい現象が見られたので,接触角は両

方向に対して測定を行った。その結果を図5に示す。NAP処理を行うことによって,ガラス,

高速度工具鋼,超硬合金ともに,小さな接触角を示すようになり,親油性付与の効果が見られ

た。特に,高速度工具鋼と超硬合金に関しては,接触角が3°以下となり,非常に高い親油性

を付与できることがわかった。

 また,油滴を素材表面に静置し一定時間経過後の油の濡れ拡がり方を目視により観察した

(図6)。NAP処理を行った高速度工具鋼と超硬合金は,研磨痕が除去されたこと,また,高

い親油性が全面に均一に付与されたことで,油が等方的に綺麗に濡れ拡がっていくことが確認

できた。

図5 NAP処理の有無による各素材表面の油に対する接触角の変化(油滴1μLを素材表面に静置してから10分経過後に測定)

図6 NAP処理の有無による各素材表面の油の濡れ拡がり方(油滴を素材表面に静置してから一定時間経過後に観察)

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第4章

親水性表面の応用展開・活用事例

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第3節

2. 親水性・吸水性塗膜の開発

2.1 基材と表面塗膜の分離

 冷却性能とエクステリア部品としての性能の両立を考えるにあたり,蒸発冷却では表面の濡

れ性状により冷却性能が決まるため,部品の表面を濡らすことができれば表面と基材の素材を

分けることが可能となる。エクステリアの素材として汎用的に用いられているアルミは,それ

自体を構造体として利用することが可能であり,また,薄肉させ軽量化することも可能である

ことから,アルミを基材として表面を濡らすことが可能な他の表面素材を組み合わせる方法を

検討した。また,蒸発冷却面を最大限確保するため,アルミの角材の全面を濡らすことを目標

として表面の濡れ性を高める方法を検討した。その結果,アルミに直接塗布可能な親水性樹脂

塗料をベースに,粒状の無機質発泡ガ

ラスビーズ(以下,ガラスビーズ)を

付着させ,その表面に酸化チタンの光

触媒を塗装し,ガラスビーズによる毛

管(吸水)力と,光触媒による親水性

の両機能を併せる表面塗膜を開発し

た(図3)。

2.2 ガラスビーズの選定

 本塗膜を構成するにあたり,ガラスビーズは樹脂塗料に混練してから塗布すると樹脂が孔隙

を塞いでしまうため,樹脂塗料を塗布後,乾燥前にガラスビーズを吹付けて付着させた。ただ

しこの方法では原理的に接着層が部材表面のみとなり,ガラスビーズが一層分しか付着しない

ことになる。このためガラスビーズの粒径は小

さい方が高密度に付着できるが,小さすぎる

と吹付けの際に舞ってしまい接着できるだけ

の吹付け圧が得られなくなってしまう等の問

題が生じる。また,ガラスビーズの細孔内に溜

まった水が屋外環境下で適度に蒸発散を繰り

返すためには細孔径が数十μm程度の間で分

布していることが望ましいことから,細孔径が

数十μm,粒径が500μmを中心に分布するも

のを選定した(図4)。

図3 親水・吸水性塗膜の断面

図4 ガラスビーズの走査型電子顕微鏡画像

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