下顎頭吸収を伴う骨格性下顎後退症に対して顎矯正...

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33 北里医学 2018; 48: 33-40 Received 16 March 2018, accepted 26 March 2018 連絡先: 君塚幸(北里大学医学部形成外) 252-0374 神奈川県相模原市南区北里1-15-1 E-mail: [email protected] 下顎頭吸収を伴う骨格性下顎後退症に対して顎矯正手術を施行した2君塚 1 1 佳香 1 1 孝之 1 1 靖夫 2 1 1 北里大学医学部形成外2 いしわた退症にして術を単った場合,りに回転動を方移動する。また,開退症は術吸収っている症も多く,術へ過度な担がわると進行吸収 を起こしやすいことが知られている。のため,負荷がかからないうな手術を画する必要がある。今回われわれは吸収と開退症にして,術 進行吸収りをする目的で,Le Fort I骨切り術を単った 2を経験し,良好結果たので報告する。2退と開し,した。顎矯手術が必要判断され,手術画の相された。吸収と開退症とし,術治療Le Fort I骨切り術を施行した。後上方移動することで方移し,autorotationのみで合をした。のう1しい退症であった ため,イ部の形態をするために,同時にイ形成術を施行した。に術1以上した最終資料において,良好合と顎顔形態がられてい る。,長期的な経観察は必要であるが,顔貌合はし術の明らかなも認められなかった。って,今回の手術吸収と開退 症にして有用とわれた。 Key words: 退症,顎矯手術,進行吸収 退症の治療においては,術をい,りに回転させながら動することで合をする治療法が一般的 である。しかし,吸収退症の場 合,術進行吸収 (progressive condylar resorption: PCR) を生じやすいことが報告されている 1-3 のため,術から吸収う症では術PCRりや症を発症する 2,4-6 も多 く,治療難渋することがある。また,の手術ではイ部の退り,良好 形態がられない場合なくない。不調するために,動術や長術などをった報告が散されるが,これらの法で負荷がかかることから,術PCRりが懸念される。今回われわれは吸収と開退症にして,術PCRするために術に動はLe Fort I骨切り術に後上方移った2を経験したので報告する。 1 患者: 195初診: 20113主訴 めない。退しているしたい。 既往歴 5時ににて川病とされた。10時ま 定期的心エコーをっていたが,障害など

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 症  例 北里医学 2018; 48: 33-40 

Received 16 March 2018, accepted 26 March 2018連絡先: 君塚幸子 (北里大学医学部形成外科・美容外科学)〒252-0374 神奈川県相模原市南区北里1-15-1E-mail: [email protected]

下顎頭吸収を伴う骨格性下顎後退症に対して顎矯正手術を施行した2例

君塚 幸子1,山崎 安晴1,杉本 佳香1,森山 和の1,杉本 孝之1,

石川 心介1,石渡 靖夫2,武田 啓1

1北里大学医学部形成外科・美容外科学2いしわた矯正歯科

 開咬を伴う骨格性下顎後退症に対して下顎枝矢状分割術を単独で行った場合,下顎骨は反

時計回りに回転移動を伴い前方移動する。また,開咬を伴う骨格性下顎後退症は術前より下

顎頭吸収を伴っている症例も多く,術後に下顎頭へ過度な負担が加わると進行性下顎頭吸収

を起こしやすいことが知られている。そのため,下顎頭に負荷がかからないような手術を計

画する必要がある。今回われわれは下顎頭吸収と開咬を伴う骨格性下顎後退症に対して,術

後の進行性下顎頭吸収による後戻りを回避する目的で,Le Fort I型骨切り術を単独で行った

2例を経験し,良好な結果を得たので報告する。2例ともに下顎後退感と開咬を自覚し,矯正

歯科医院を受診した。矯正医より顎矯正手術が必要と判断され,手術計画の相談を兼ねて当

科に紹介された。下顎頭吸収と開咬を伴う骨格性下顎後退症と診断し,術前矯正治療終了後

にLe Fort I型骨切り術を施行した。上顎骨を後上方移動することで下顎の前方移動量を減ら

し,下顎骨のautorotationのみで咬合を改善した。そのうち1例は著しい下顎後退症であった

ため,オトガイ部の形態を改善するために,同時にオトガイ形成術を施行した。両症例とも

に術後1年以上経過した当科の最終資料において,良好な咬合と顎顔面形態が得られてい

る。今後,長期的な経過観察は必要であるが,顔貌および咬合は改善し術後の明らかな後戻

りも認められなかった。従って,今回の手術設定は下顎頭吸収と開咬を伴う骨格性下顎後退

症に対して有用と思われた。

Key words: 下顎後退症,顎矯正手術,進行性下顎頭骨吸収

緒  言

 骨格性下顎後退症の治療においては,下顎枝矢状分

割術を行い,下顎骨を反時計回りに回転させながら前

方に移動することで咬合を獲得する治療方法が一般的

である。しかし,下顎頭吸収を伴う下顎後退症の場

合,術後に進行性下顎頭骨吸収 (progressive condylar

resorption: PCR) を生じやすいことが報告されている1-3。

そのため,術前から下顎頭吸収を伴う症例では術後に

PCRによる後戻りや顎関節症を発症する2,4-6症例も多

く,治療方針の決定に難渋することがある。また,下

顎骨単独の手術ではオトガイ部の後退感が残り,良好

な側貌形態が得られない場合も少なくない。近年,顔

貌の不調和を改善するために,上下顎移動術や下顎骨

延長術などを行った報告が散見されるが,これらの方

法でも術後に顎関節に負荷がかかることから,術後の

PCRによる後戻りが懸念される。今回われわれは下顎

頭吸収と開咬を伴う骨格性下顎後退症に対して,術後

のPCRを回避するために下顎枝矢状分割術による前方

移動は行わず,Le Fort I型骨切り術により後上方移動

を行った2例を経験したのでその概要を報告する。

症 例 1

患者: 19歳5か月,女性

初診: 2011年3月

主訴

 前歯で咬めない。下顎が後退している顔を治したい。

既往歴

 5歳時に某病院にて川崎病と診断された。10歳時ま

で定期的に心エコーを行っていたが,冠動脈障害など

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君塚 幸子,他

A. 初診時顔貌写真: 顔貌は左右対称で,オトガイ部は著しく後退している。オトガイ筋は緊

張し,口唇閉鎖は困難である。

B. 術後 (1年1か月) の顔貌写真: 側貌は著しく改善し,口唇閉鎖時のオトガイ筋の緊張は消

失している。

図1. 初診時,術後 (1年1か月) の顔貌写真

A. 初診時口腔内写真: 大臼歯関係は両側ともにAngle Class IIであり,前歯部の咬合状態はoverbite -2 mm,overjet 9 mmで開咬を呈している。B. 術後 (1年1か月) の口腔内写真: 大臼歯関係は両側ともにAngle Class Iに改善し,前歯部咬合状態はoverbite 2 mm,overjet 3 mmと良好な咬合が維持できている。

図2. 初診時,術後 (1年1か月) の口腔内写真

A, B. 両側下顎頭は著しく吸収し,平坦化している。C. 上顎骨はプレート固定され,オトガイ部には人工骨インプラント固定のためのチタンスクリュー3本埋入されている。

図3. 初診時,術後 (1年1か月) のパノラマX線写真と3DCT

A. 著しいhigh angleのskeletal Class IIを呈している。B. 骨格的に良好な形態が得られている。C. 初診時 (実線) に比べて術後 (点線) は側貌が改善されている。

図4. 初診時,術後 (1年1か月) の頭部X線規格写真と重ね合わせ

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下顎頭吸収を伴う下顎後退症に対する顎矯正手術

の循環器系異常は認めなかった。

家族歴: 特記事項なし

現病歴

 2000年頃より徐々に下顎が後退していることを自覚

していた。2002年に矯正専門歯科医院を受診し,下顎

頭の吸収が認められるため,経過観察の方針となっ

た。その後,1年以上骨格的な変化が認められなかった

ため,2009年より術前矯正治療を開始した。当初は他

院で上下顎移動術の予定であったが,矯正医より治療

方針の相談目的に 2011年当科を紹介され受診した。

現症

全身所見; 身長162 cm,体重50 kg。栄養状態は良好で,

その他特記事項はなかった。

口腔外所見; 正貌は左右対称。側貌はconvex typeで,著

しくオトガイ部は後退し,オトガイ筋の緊張は強

かった (図1A)。口唇閉鎖は困難で,gummy smileを

認めた。

口腔内所見; 大臼歯関係は両側ともにAngle Class IIで

あった。前歯部の咬合状態はoverbite -2 mm,overjet

9 mmで開咬を呈していた (図2A)。

画像所見; パノラマX線写真では両側上顎第三大臼歯は

完全に埋伏しており,歯根および歯槽骨に異常所見

は認められなかった (図3A)。3DCTにおいても両側

下顎頭は著しく吸収し,平坦化していた (図3B)。側

面頭部X線規格写真の分析結果より,SNA 78.5°,

SNB 64.0°,ANB 14.5°,mandibular plane angle (FMA)

53.0°で著しいhigh angleのskeletal Class IIを呈してい

た (図4A,表1)。

診断; 著しい下顎頭吸収と開咬を伴う骨格性下顎後退

症。

治療経過

 当科初診時,家族よりいびきの指摘を受けていたこ

とから,当院耳鼻咽喉科・頭頸部外科,呼吸器内科へ

対診し,鼻咽頭ファイバー検査や終夜睡眠ポリグラ

フィー検査 (polysomnography: PSG) を行った。無呼吸

および低呼吸による酸素飽和度の低下は認めたもの

の,無呼吸低呼吸指数 (Apnea-Hypopnea Index: AHI) は

3.6回/時間で正常範囲内であった。また,下顎頭吸収

が著しいことから,99mTc-MDP骨シンチグラフィーを

行ったが,下顎頭の異常集積は認めなかった。以上の

結果をふまえ,本人と両親にPCRや術後安定性に関し

て説明したところ,当科での顎矯正手術を希望され

た。その時点でPCRの進行は認められなかったが, Le

Fort I型骨切り術による後上方移動および両側下顎枝矢

状分割術による下顎骨の前方移動を行う手術計画で

は,PCRの再発や増悪の可能性が高い7と判断し,上顎

骨単独での手術を選択した。また,下顎後退が著しい

ため,上顎骨単独手術では顔貌の改善が困難なことか

ら,オトガイ部の形態修正を同時に行うこととした。

その方法としては,下顎頭への過度な負担がかからな

いように,人工骨インプラントを用いたオトガイ形成

術を立案した。

 治療経過としては,まず両側上下顎第三大臼歯の抜

歯を行い,術前矯正治療が終了するのを待った。20歳

2か月時,全身麻酔下にてLe Fort I型骨切り術を行い,

上顎骨をANSで3 mm,PNSで5 mm上方移動,さらに

PNSで3.5 mm後方移動を行った (図3C,図4B)。オトガ

イ部はプロフィログラムやCT画像を参考にカスタムメ

イドした人工骨インプラント (アパセラム,HOYA社

製) をチタンスクリュー (チタンボーンスクリュー直

径2.7 mm長さ18 mm,ストライカー社製) 3本で固定し

た (図3C,図4B,図5)。術後1年1か月経過した当科で

の最終資料では,SNA 77.0°,SNB 65.5°,ANB 11.5°,

FMA 50.0°と改善していた。また,手術直後と比較し

ても骨格的にはほとんど変化は認められなかった (表1)。

側貌は著しく改善し,口唇閉鎖時のオトガイ筋の緊張

も消失した (図1B)。大臼歯関係は両側ともにAngle

Class Iに改善し,前歯部咬合状態はoverbite 2 mm,

表1. 初診時から術後1年1か月までの側面頭部X線写真分析結果

初診時 手術直前 手術直後時 最終資料採得時分析方目

(19歳5か月) (20歳0か月) (20歳1か月) (21歳1か月)

SNA (°) 78.5 78.5 77.0 77.0SNB (°) 64.0 63.5 65.5 65.5ANB (°) 14.5 15.0 11.5 11.5Y-axis 78.0 77.5 76.0 76.0FMA (°) 53.0 52.5 50.0 50.0FMIA (°) 23.0 23.5 28.5 29.5U1 to SN (°) 112.0 112.0 100.5 100.5E-line: Upper (mm) 6.5 7.0 8.5 2.0E-line: Lower (mm) 9.5 9.5 10.5 3.5

図5. 術中写真: オトガイ部に人工骨インプラントをチタン

スクリュー3本で固定している。

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overjet 3 mmと良好な咬合が獲得された (図2B)。術後

矯正治療は最終段階で,数か月後にブラケットを撤去

するとのことであった。

 呼吸に関しては,上顎骨を後上方移動し下顎骨の

autorotationを図ったことにより,術後に舌骨が前上方

に移動し,第二頸椎と第三頸椎間の気道容積は前後径

が約20%拡大していた (図4C)。本人が術後にPSGを希

望しなかったが,臨床的にいびきは軽快していたた

め,呼吸の状態も改善したと考えられた。

症 例 2

患者: 17歳10か月,女性

A. 初診時顔貌写真: 顔貌は左右対称で,オトガイ部は後退しオトガイ筋は緊張している。

B. 術後 (1年1か月) の顔貌写真: 側貌は著しく改善し,口唇閉鎖時のオトガイ筋の緊張は消

失している。

図6. 初診時,術後 (1年1か月) の顔貌写真

A. 初診時口腔内写真: 大臼歯関係は両側ともにAngle Class IIであり,前歯部の咬合状態はoverbite -1 mm,overjet 11 mmで開咬を呈している。B. 術後 (1年1か月) の口腔内写真: 大臼歯関係は両側ともにAngle Class Iに改善し,前歯部咬合状態はoverbite 2 mm,overjet 2 mmと良好な咬合が維持できている。

図7. 初診時,術後 (1年1か月) の口腔内写真

A, B. 両側下顎頭は吸収し,平坦化している。C. 上顎骨はプレート固定されている。

図8. 初診時,術後 (1年1か月) のパノラマX線写真と3DCT

初診: 2013年7月

主訴: 前歯で咬めない

既往歴: 特記事項なし

家族歴: 特記事項なし

現病歴

 2000年頃より下顎後退感と前歯で咬み切れないこと

を自覚していた。2013年4月に矯正専門歯科医院を受

診した。両側下顎頭の変形を伴う骨格性下顎後退症の

ため,顎矯正手術の相談目的に当科を紹介され受診し

た。

君塚 幸子,他

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部X線規格写真の分析結果より,SNA 79.5°,SNB

70.5°,ANB 9.0°,FMA 43.0°でhigh angleのskeletal

Class IIを呈していた (図9A,表2)。

診断; 下顎頭吸収と開咬を伴う骨格性下顎後退症。

治療経過

 診断の結果,症例1と同様の治療方針に基づいて,上

顎骨単独での手術を行う方針となった。両側下顎頭に

粗造感はなく平坦化していることからPCRは進行して

いないと考えられたが,矯正医と相談し1年間は経過観

察を行い,咬合と顎態の変化が認められないことを確

認してから術前矯正治療を開始することとした。

 1年3か月経過観察し,PCRの進行は認められないた

表2. 初診時から術後1年1か月までの側面頭部X線写真分析結果

初診時 手術直前 手術直後時 最終資料採得時分析方目

(17歳10か月) (20 歳11か月) (20歳11か月) (22歳0か月)

SNA (°) 79.5 78.5 75.0 75.0SNB (°) 70.5 70.0 71.0 70.5ANB (°) 9.0 8.5 4.0 4.5Y-axis 71.5 72.0 69.5 69.0FMA (°) 43.0 43.5 41.5 41.0FMIA (°) 43.0 54.5 58.0 58.0U1 to SN (°) 118.0 106.5 98.5 98.0E-line: Upper (mm) 5.5 2.5 3.0 0.0E-line: Lower (mm) 8.5 5.0 6.5 1.5

A. High angleのskeletal Class IIを呈している。B. 骨格的に良好な形態が得られている。C. 初診時 (実線) に比べて術後 (点線) は側貌が改善されている。

図9. 初診時,術後 (1年1か月) の頭部X線規格写真と重ね合わせ

現症

全身所見; 身長162 cm,体重59 kg。栄養状態は良好で,

その他特記事項はなかった。

口腔外所見; 正貌は左右対称。側貌はconvex typeで,オ

トガイ部は後退し,オトガイ筋は緊張していた (図

6A)。

口腔内所見; 大臼歯関係は両側ともにAngle Class IIで

あった。前歯部の咬合状態はoverbite -1 mm,overjet

11 mmで,開咬を呈していた (図7A)。

画像所見; パノラマX線写真では両側上下顎第三大臼歯

は完全に埋伏しており,歯根および歯槽骨に異常所

見は認められなかった (図8A)。3DCTにおいても両

側下顎頭は吸収し,平坦化していた (図8B)。側面頭

下顎頭吸収を伴う下顎後退症に対する顎矯正手術

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め,まず両側上顎第一小臼歯・第三大臼歯と両側下顎

第二小臼歯を抜歯し,19歳1か月時より術前矯正治療

を開始した。20歳11か月時,全身麻酔下にてLe Fort I

型骨切り術を行い,ANSで1 mm,PNSで5 mm上方移

動,PNSで4 mm後方移動を行った (図8C,図9B)。

 術後1年1か月経過した当科での最終資料では,SNA

75.0°,SNB 70.5°,ANB 4.5°,FMA 41.0°と改善して

いた。また,手術直後と比較しても骨格的にはほとん

ど変化は認められなかった (図9B,表2)。側貌はE-line

と比較し上唇は一致,下唇では1 mm前方で口唇閉鎖時

のオトガイ筋の緊張も消失し,均衡のとれた側貌形態

が得られた (図6B,図9B)。大臼歯関係は両側ともに

Angle Class Iに改善し,前歯部咬合状態はoverbite 2

mm,overjet 2 mmと良好な咬合が獲得された (図7B)。

 呼吸に関しては,症例1と同様に術後に舌骨が前上方

に移動し,第二頸椎と第三頸椎間の気道容積は前後径

が約30%拡大していた (図9C)。術前から呼吸に関する

自覚症状は認めていなかったが,術後も睡眠時のいび

きや鼻閉感など呼吸に関する問題は認められなかった。

考  察

1. 術後の安定性に関して 顎矯正手術の目的は,咬合機能の回復と顔貌の審美

性の調和を図ることにある。下顎前突症患者と比較し

て,開咬や下顎後退症および顔面非対称を呈する患者

は,顎関節症状を伴っている場合が多く8,9,治療方法

の立案が難しい。そのような難しい症例に対しては,

一般的に上顎ではLe Fort I型骨切り術,下顎において

は両側下顎枝矢状分割術を用いた上下顎移動術が第一

選択となる場合が多い。中でも下顎頭吸収を伴う下顎

後退症では,下顎前方移動量および下顎下縁平面角の

減少量と後戻りする量に相関があると報告10されてい

ることから,とくに手術の設定が難しい。これは下顎

骨を前方移動することで,筋肉や軟組織が急激に伸展

され,近位骨片および下顎頭の位置が変化し,顎関節

部に負荷がかかるためと考えられている11。さらに後

戻りの原因の一つとして,近年PCRとの関連性が指摘

されているが,未だに発生機序などは解明されていな

いことが多い。下顎後退症術後のPCRの発現頻度は6〜

20%と有意に高い2,6。その危険因子としては,若い女

性 (15〜30歳),high mandibular plane,術前の顎関節症

状,手術時の大きな下顎骨の移動量や反時計回りの回

転などがあげられる2,4-6。そのため,下顎前方移動量を

できる限り抑えるような手術設定を行うことと,術前

の顎関節の状態を把握しておくことが重要と考えられ

る。本報告の2症例に関しては,PCRを回避するために

上顎骨単独での手術を計画し,上顎骨を後方移動する

ことで下顎骨の前方移動量を減らした。さらに上顎骨

を上方移動することで下顎骨のautorotationにより下顎

位置の改善を図った。その結果,術後に顎関節部にか

かる負荷を軽減し,PCRを回避することができたこと

から,両症例ともに術直後から術後1年以上経過して

も,咬合や骨格に大きな変化は認められなかったと考

えている。

2. 顔貌の変化に関して 下顎後退症に対して顔貌の改善を図るためには,下

顎骨を前方移動する必要がある。しかし,下顎頭吸収

を伴う症例においては,技術的に下顎骨の前方移動が

可能であっても,前述したような理由から術後の安定

を図ることが困難であり,PCRの再発を起こすことが

ある。また,今回われわれが行ったLe Fort I型骨切り

を用いて後上方移動する術式では,下顎骨の前方移動

量を少なく設定できる一方で,オトガイ部の後退感は

残存するため,顔貌の改善には限界がある。症例1では

著しい下顎頭吸収とオトガイ部の後退感を認め,上顎

骨単独手術により咬合の改善は望めるが,E-lineに一致

するような理想的な側貌は得られないことが予想され

たため,あらかじめ術前に本人に説明し,相談を重ね

たうえで,人工骨インプラントを用いたオトガイ形成

術を同時に行う方法を選択した。オトガイ部の骨を離

断して前方に移動する一般的なオトガイ形成術では,

オトガイ舌筋やオトガイ舌骨筋などのオトガイ部に付

着する筋を伸展することで,間接的に顎関節部に負荷

がかかり,PCRを誘発するリスクがあるため,今回は

人工骨インプラントを使用した。結果として,本人が

満足する側貌の改善が認められ,術後1年以上経過して

いるが,咬合および骨格的に安定性が得られたと考え

ている。

 症例2では術前後の側面頭部X線規格写真の重ね合わ

せにて,オトガイ部の前方移動量は少ないものの,下

顎下縁平面が反時計回りに回転することでオトガイ唇

溝が明確となり,下唇はE-lineより1 mm前方にある

が,全体的に均衡のとれた側貌形態になったと考えて

いる。術後に本人の希望があればオトガイ形成術を行

う予定であったが,側貌形態に満足され,さらなる改

善を望まなかったため,追加手術は行わなかった。

3. 手術による呼吸への影響に関して 小下顎症や下顎後退を伴う症例では睡眠時無呼吸症

候群に代表される睡眠呼吸障害を発症しやすいと報告

されている12。睡眠呼吸障害を呈する骨格性II級症例で

は,下顎骨を前方移動することで,症状の改善は期待

できるが,PCRのリスクは高まる。このリスクを軽減

する目的で,顎関節に急激な負担をかけない骨延長術

が選択肢の一つとなり得る。骨延長術は1 9 9 2年

McCarthyらが下顎骨に対して初めて適用したと報告13

されてから,睡眠呼吸障害の治療に有用であるとさ

れている。しかし,下顎頭吸収の認められる症例に

君塚 幸子,他

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対しては骨延長術を用いたとしても,術後の安定は

得られにくいと考えられる。一般的に,睡眠呼吸障

害に対しては口腔内装置や経鼻式持続陽圧呼吸療法

などの保存的療法が行われる。保存的治療の効果が

認められない場合は口蓋垂軟口蓋咽頭形成術

(uvulopalatopharyngoplasty: UPPP) などの外科的な治療

が適応となる。Rileyら14は睡眠呼吸障害患者に対し

て,第一期手術としてUPPPとオトガイ形成術を行い,

PSG検査で効果が無効と判定された症例に第二期手術

として上下顎移動術にて前方移動したところ,97%の

成功率が得られたと報告している。

 また,外木ら15は上下顎移動術前後にPSGを行い,

AHIが有意差をもって減少したものは,下顎の移動に

関係なく上顎を前方に移動した症例であり,上顎を後

方に移動してもAHIに有意差はみられなかったと報告

している。症例1においては術前からいびきが認められ

たが,PSG検査にてAHI 3.6回/時間だったことから睡眠

時無呼吸症候群の診断には至らなかった。症例2は術前

に睡眠呼吸障害が考えられる症状はなかった。術後に

症例1はいびきが改善し,両症例ともに新たな鼻症状や

呼吸に関する問題の発現は認めていない。側面頭部X

線規格写真の重ね合わせで上顎骨を上方移動すること

により舌が上方に移動し,下顎骨が反時計回りに回転

し前方移動することで,舌骨が前上方移動していた。

結果として,二次元の画像分析ではあるが下咽頭部の

気道が広がったことで,いびきが改善したと考えられ

た。

4. 上顎骨後上方移動の術式に関して 上顎骨の後上方移動を行う際に,口蓋骨が下鼻甲介

に干渉したり16,下行口蓋動脈や翼突上顎縫合周囲の

骨が干渉し,十分に移動できないことがある。そこで

Bellら17は馬蹄形骨切りを併用したLe Fort I型骨切り術

(Horseshoe Le Fort I osteotomy: HLFO) の有用性を報告

している。HLFOはLe Fort I型骨切り術を行い,down

fractureして下行口蓋動脈の走行を確認した後に,歯列

骨片と口蓋骨片を馬蹄形に骨切りして,歯列骨片のみ

を後上方へ移動する術式である。そのため,術後の鼻

腔容積が狭小化しないことが利点の一つである。本症

例では2症例ともに慎重に干渉部位を骨削合すること

で,あらかじめ設定した通りに上顎骨を後上方移動す

ることが可能であった。しかし,上顎骨の形態や移動

様相によっては十分に移動できないこともある。今回

は状況に応じてHLFOに移行できるよう術前準備をし

ていたが,今後もとくに上顎骨の後上方移動を行う症

例では入念な準備をする必要があると思われた。

 また,実際に顎矯正手術後にPCRが発症した場合は

スプリント療法や歯科矯正治療,補綴治療などの保存

的治療を行うが,咬合や顔貌の後戻りが著しい場合は

再度顎矯正手術が必要となる。本症例のように術前に

下顎頭の吸収が認められた場合は,下顎頭の変化が安

定していることを確認したうえで,下顎頭への過剰な

負担がかからないような手術設定,術後管理を慎重に

行うとともに,後戻りのリスクを含めた十分なイン

フォームドコンセントが必要と考えられた。

 現在,2症例ともに後戻りは認めず経過良好である

が,術後6か月から1年以上経過してから骨変化が発現

する6,11という報告もあることから,長期的な経過観察

が重要と考えられた。

結  語

 今回われわれは,下顎頭吸収を伴う骨格性下顎後退

症に対して顎矯正手術を施行した2例を経験したので,

若干の文献的考察を加えて報告した。

文  献

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下顎頭吸収を伴う下顎後退症に対する顎矯正手術

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Mandibular retrognathia with condylar resorption treated byorthognathic surgery: case report

Sachiko Kimizuka,1 Yasuharu Yamazaki,1 Yoshika Sugimoto,1 Kazuno Moriyama,1

Takayuki Sugimoto,1 Shinsuke Ishikawa,1 Yasuo Ishiwata,2 Akira Takeda1

1Department of Plastic and Aesthetic Surgery, Kitasato University School of Medicine2Ishiwata orthodontic clinic

When sagittal split ramus osteotomy is performed alone for mandibular retrognathia with apertognathia,protrusive excursion along with a counter clockwise rotation occurs to the mandible. Many cases of mandibularretraction with apertognathia are followed by condylar resorption in the preoperative stage. Progressivecondylar resorption (PCR) is more likely to occur when an aggressive load is placed on the mandible aftersurgery. This is why it is important to make a surgical plan to avoid any burden on the mandible. Byperforming Le Fort I osteotomy in 2 cases of mandibular retrognathia with apertognathia and condylarresorption, we were successful in preventing postoperative PCR.

Both patients first consulted an orthodontic clinic with presenting symptoms such as retraction of the jawand apertognathia. It was necessary for both patients to have orthognathic surgery. They were referred to ourhospital for further operative planning. We diagnosed both patients with mandibular retrognathia withapertognathia and condylar resorption. After orthodontic therapy, we performed Le Fort I osteotomy. Bymoving the maxilla in a posterosuperior direction, protrusive excursion of the mandible was reduced resultingin improvement of the occlusion. One case had severe mandibular retraction. To reform the chin, weperformed genioplasty at the same time. After 1 year of postoperative observation, both cases were successfulin gaining good occlusion and maxillofacial formation. Though long-term observation may be necessary, theoperative planning applied this time against mandibular retrognathia with condylar resorption may be useful.

Key words: mandibular retrognathism, orthognathic surgery, progressive condylar resorption

君塚 幸子,他