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氷見風俗採集

  

平成二十六年

五月

L

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氷見風俗採集| 2

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3 |場のチカラ プロジェクト

氷見風俗採集

 

平成二六年五月一六日(金)〜一八日(日)にかけ

て、「氷見キャンプ2」を実施した。二度目の氷見も、

なかなか盛りだくさんで、ポスターづくりのフィール

ドワークをすすめつつ、かわら版『ひみどころ』も発

行した。最終日の「ポスター展」の準備などもふくめ

ると、かなり慌ただしく時間が流れる。じつは、ゆっ

くりとまちを歩く余裕がないのだ。

 

忙しいのを承知で、さらに、もうひと仕事。「氷見

風俗採集」をおこなうことにした。取材や編集作業の

合間に氷見のまちを歩き、それぞれの目線で、気になっ

たモノを採集する。ポスターづくりでは、人と話をす

ることをとおして、まちの理解がつくられる。「風俗

採集」は、看板や自転車など、さまざまなモノから、

まちを読み解く試みである。言うまでもなく、モノに

も人びとの想いや行動が表れているのだ。日常生活を

とりまくささやかなモノへの「まなざし」を育むと、

まちはちがって見えてくる。      (加藤文俊)

参考

◎氷見キャンプ2 http://vanotica.net/him

ip2/

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|氷見の道しるべ|秋庭大志郎  

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5 |場のチカラ プロジェクト

 

こぢんまりとした駅を出て氷見のまちを歩いた。少

しタイムスリップしたかの様な気分を味わえる趣き深

いまち並みや活気づく漁港の様相、氷見の人々や薫る

潮風まで、氷見はなんだか絵になるまちだ。日本海に

寄り添い今も漁師町としての息づかいが聞こえてくる

このまちで、僕は道に立つ電柱広告を採集した。

 

電柱広告とは、その名の通り電柱に巻き付けられた

広告のことである。道案内と同時に看板の役割を果た

すことができる上、安価で地域の人に存在を知っても

らえる効果があることから、日本中どのまちでも目に

することが多いように感じる。また、まち中に立つ広

告であることから地域の人のニーズに答えることが大

きな目的となる為、店や商品だけでなく、普段あまり

目にすることが無い、お寺や病院の広告など幅広い種

類のものが掲示される。どこのまちにもある電柱広告

という媒体だからこそ、そこに掲載される広告を観察

することで地域性やユニークさ、などといったものが

浮き彫りになるのではと考え採集に臨んだ。

 

氷見のまちを歩いていてもやはり多くの電柱広告を

発見することが出来た。普段電柱広告をじっくり眺め

る機会はあまり無いように感じるが、実際にじっくり

観察してみるとその難解さに首をかしげずにはいられ

なかった。給湯器、病院、神社、美容院など一目で何

の看板か分かるものがほとんどではあるが、漢字とふ

りがなに関連性を一切感じないもの、氷見の住宅街に

あるのに高岡駅前を指し示す謎の看板、何でここに、

どういう意味で、どうやって読むのか、広告と銘打っ

た媒体であるくせにあまりにも謎が多過ぎるのだ。 

 

光照寺の横に「たこはん」と書かれた電柱広告はそ

の漢字と横のふりがなに一切関連性が感じられない。

しかし調べてみると、光照寺が二百年程前まで田子と

いう地域にあったため、田子にあるお寺ということで

親しみをこめて「たこはん」と呼ばれているのだとい

うことがわかった。一見謎多き電柱広告からまちのも

う一つの顔を窺い知ることができたのである。

 

採集を続けていると電柱広告とはまちを映す道しる

べの様だと感じるようになった。電線を支える為の柱

というだけでなく、そこに変わらず立ち続けることで

まちの道しるべとして長くまちを支え続けて来た柱の

ようにも見て取れた。こうしているとまちに佇むこの

道しるべからは、氷見の生活が、氷見の歴史が、氷見

の日常までもが見えてくるようだった。

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|漁港の無用物|深澤匠  

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7 |場のチカラ プロジェクト

 

私たちの身の回りに溢れている人工物は全て、使う

意味を付与されて作られている、デザインの産物だ。

そのモノたちは、各人の欲求に基づいて取捨選択・消

費される。そして、使用済みになると、モノは作られ

た時点とは別物の姿になる。吸い終わった煙草は吸い

殻になり、飲み終えた缶コーヒーはただの空き缶とな

るように。役目を終えたそれらは、(再度使う意味を

持たせない限り、もしくは違う使い方をしない限り)

無用のモノに生まれ変わったとも言えるだろう。それ

が、ゴミと呼ばれるモノだ。

 

午前十一時頃、氷見漁港に立ち寄る機会があった。

漁師達はすでに仕事終わりなのか、働いていると思わ

れるのは数人ほど。私はそこで、足下に落ちているゴ

ミを採集した。

 

まず、煙草の吸い殻の散らかりが気になった。十分

程歩きながら数えてみると、排水溝の周囲や網の下な

どに、KENTO、MARLBOROなど、最低でも

九種類の銘柄の吸い殻が計六十本以上落ちていた。漁

港で何人の漁師さんが働いているかは分からないが、

様々な銘柄があることを考えると、喫煙者の多いこと

が伺える。

 

次に、湿布の粘着面に貼ってある保護フィルムが落

ちているのを見つけた。日々の漁仕事で疲弊した身体

を労る肉体ケアとして、ここで湿布を貼った人がいた

のかもしれない。

 

そして、空き缶がいくつか放置されていた。例えば、

缶コーヒーの空き缶が二つ、並んで置かれているのが

目に入った。夜明け前の漁に向けて、漁師仲間で一服

していたのだろうか。もしくは、仕事終わりに一日の

働きを労いながら休憩していたのかもしれない。例え

ばその近くに捨てられていたビール缶は、おそらく後

者だろう。

 

使う時には必ず、場所が伴う。時間まで推測するこ

とは難しいが、ゴミ自体と、その場所を合わせて考え

ると、ゴミである前のモノが或る時点において、なぜ

そこで使われたのか、なぜそこにあるのかを探ること

が出来る。時間軸に着目すると、無用という状態は、

人間が使ったからこそ生まれるもの、つまり『使った』

という痕跡とも言えるだろう。逆説的に言えば、『使

われた』モノから、誰かの生活が営まれている断片を

伺い知ることが出来る。その意味では、もはや無用と

は呼べないのかもしれない。

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|自転車|檜山永梨香  

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9 |場のチカラ プロジェクト

 

氷見のまちは、人の音がしなかった。

 

海が揺れる音、波が騒ぐ音、そして風が進む音がや

けに大きく聞こえる。

 

初めて訪れるこのまちには、いったいどんな人がい

るのかと楽しみにしていた。ところがどっこい、やけ

に静かな商店街を歩いてみるとほとんど人がいない。

みんなどこにいってしまったのだろう、そんなことを

思いながら周りを見渡すと目の前の家屋にひとつの自

転車が止まっていることに気がついた。

 

なんの変哲もない自転車の、頭の部分についている

かごには、軍手とビニール袋が雑然と入っていた。そ

れらが自転車の持ち主のものなのか、そうではないの

かはわからなかったが、きっとなにかまだ終わってい

ない作業があったのだろう。このように自転車を見る

ことでそのまちの人の生活を垣間見ることができるの

ではないかとおもい、自転車を採集することにした。

  

わたしは東京・渋谷の自転車を集めたことがある。

渋谷の自転車は窮屈にガードレールに結び付けられ、

色はさまざまであるものの、形や大きさはキレイにそ

ろっていて、まちを彩るオブジェのようだった。渋谷

の自転車とは違う氷見の自転車は、外見も大きさも置

いてあるところもバラバラだが、どこか共通するぬく

もりがあるような気がした。

 

神社の前に二つ並んでいた小さな自転車。小さい方

には補助輪が取り付けられている。大きい方の自転車

は、ハンドルの形が十字型になっていて、かごにはな

ぜかたくさんの小石が詰められている。なにをして遊

んでいたのだろう。おそらく兄弟のものであるこの二

つの自転車をみて、じぶんの小さいころを思い出した。

父のあとを追って、まだまともに乗れない自転車を全

力でこいだあのころを。 

 

さらに採集を進めていると、興味深いことがおきた。

一度通った道でみかけた紫色の自転車を、別の店の前

でもう一度見つけたのだ。どちらもおなじキルティン

グ素材のハンドカバーと、大きなかごをつけていたか

ら見間違いではないだろう。わたしの見ていない間に、

自転車は移動していたことがわかる。

 

自転車は、人をはこび、ものをはこび、思い出をは

こぶ。そして自転車は、ひとりでは歩かない。自転車

を通して人の動きが見えたとき、静かなまちのどこか

らか、にぎやかな話し声が聞こえてきた気がする。

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|ポスター|細井美香  

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11 |場のチカラ プロジェクト

 

まっすぐで広い道、綺麗に並んでいる家々、大きな

橋や川。初めて訪れた氷見の第一印象は、とても綺麗

に整備されているまちというものだった。そんなまち

を歩いていると、沢山の情報が際立って目に飛び込ん

でくる。それは建物、モニュメント、看板など、視覚

を刺激するものであり、まちを知るためのきっかけと

なる。その中でも私は、まちの中に貼られているポス

ターに惹かれ採集を行った。

 

一般的にポスターは屋外・屋内を問わず、壁面や柱

などに掲示するために制作された、視覚的な広告・宣

伝媒体である。まちで見られるポスターを考察してみ

ると、2種類のタイプがあるように感じた。一つは全

国的に有名な企業ポスターであり、内容との距離感が

つかみにくいものである。もう一つは、氷見のまちに

特化したもので身近に感じることができる内容が掲載

されている。私はこの後者のポスターを採集すること

で、まちの特徴や住む人々の生活を知りたいと感じた。

 

実際に調査を行ってみると、まちに特化したポスター

は意外と少ないことが分かった。大通りには商業的な

ポスターが多く、どこでも見ることができるものばか

りだ。商店街の中に入っていくと、まちが押し出して

いるお菓子や、イベントの宣伝ポスターを発見した。

大通りから商店街の中へと入るにつれて、ポスターの

情報が狭くなっているように感じる。より内へのメディ

アというものを意識して掲示しているのだろうか。

 

私が一番気に入っているポスターは「大運動会」の

ポスターである。小学生が書いたのだろうか。手書き

でとても分かりやすく、親近感が湧く。まちの方にお

話を聞くと、ご家族や地域の方皆さんが運動会へ積極

的に参加されることが分かり、コミュニティの繋がり

が強いように感じた。

 

この次に見つけた「こども一一〇番の家」のポスター

は、横向きに貼られていたり、三分の一だけ曲がって

いたりと、少し雑な貼り方ではあるが、そこに生活感

を感じほっこりした。この系統のポスターは最近めっ

きり見なくなっていた。久しぶりに見つけた喜びと、

絵の違いが地域の差異を表していることが分かった。

 

今回の調査を通して、ポスターは市民にとっての情

報共有のツールであり、外部の人たちにとっては、今

のまちの動きや嗜好を知ることが出来るツールである

ことが分かった。ポスターはある意味まちの回覧板な

のかもしれない。

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|さみしげなスタンドサイン|伊藤圭  

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13 |場のチカラ プロジェクト

 

比美町商店街で見かけた眼鏡屋の置き型看板がさみ

しそうだった。僕の記憶が確かなら、看板に描かれて

いた眼鏡のイラストは、新橋駅近くの眼鏡屋の置き型

看板にも使われている。新橋のそれを思い出してから

もう一度看板を見ると、余計にさみしそうだった。氷

見の比美商店街は少々元気がなく、商店街を歩いてい

る人もいなければ、道路を走る車もない。しかし、多

くのお店は暖簾を下してはおらず、店前に置かれた看

板だけが異様な存在感を放っていた。

 

これら置き型の看板は、スタンドサインという名前

で親しまれているらしい。看板の中では小さな部類で、

文字通り道路に置いて機能する看板だ。特に商店街な

どの人通りの多い場所でよく使われ、近くを歩く人に

対してお店の存在を伝える意味が大きい。その置き型

看板が人通りの無い場所に並んでいる姿は、やっぱり

さみしげだ。しかも、看板にはランプの付いているも

のや、電自動式で看板の文字や模様が動くものなど、

凝ったデザインものがいくつかある。それらは、自ら

の持つエネルギーを持て余していた。

 

そんなことを考えながら、比美町商店街にある置き

型看板を探してみた。商店街を歩きまわっているうち

に、スタンドサインの定義がわからなくなってしまっ

たので「頑張れば一人で運ぶことができるサイズの置

き型看板」と決めた。意識して商店街を歩けば、本当

にたくさんのスタンドサインが目に入ってくる。地味

で簡素なものから凝ったデザインのもの、なんかいい

なと思わせる佇まいのものなど様々だ。五店に一店く

らいの間隔でそれを見つけることができた。

 

また、スタンドサインには常駐型と臨時型があると

いうこともわかった。常駐型は砂や塵を被っていた。

加えて海沿いの街ということもあり錆が目立つものが

いくつかあった。臨時型のものは、おそらく開店時の

み店頭に置かれていて、一見古いものであっても埃は

綺麗に拭き取られていた。さらに、もう使われていな

いであろう置き型看板も見つけることができた。それ

らは商店街の店舗と店舗の間の隙間に置かれていた。

役割を終えたものは潔く隙間に入っていて、不思議と

堂々としているようにも見えた。

 

この採集をしてからというもの、出かける先々でス

タンドサインが目に入ようになった。なぜだろう。僕

は、にぎやかな商店街のそれよりも、少しさみしそう

にしている田舎のそれのほうが好きだ。

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|店の扉|  此下千晴  

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15 |場のチカラ プロジェクト

 

氷見に降り立ち、駅の近くからずっと続く商店街を

歩いていた。平日の昼間だというのに、私たち以外の

人の姿は見当たらない。しかし、どこからか人の気配

を感じる。静かだけれど、シャッター商店街とは違う。

なぜか寂しさを感じなかった。

 

道に面しているひとつひとつの店や家を見ると、雰

囲気や店構えがばらばらで統一感は感じられない。し

かし、全ての店の入り口が同じ方向に開いているから

か、不思議な一体感はあった。私はこの、店の入り口、

つまり扉に着目することにした。

 

扉は、人の意思によって簡単に動かせる。開けば人

を受け入れることができるし、閉じれば拒絶すること

もできる。「営業中」の札がかかっていれば、客は安

心して店に入ることが許される。扉にその業界の組合

や証明書などのシールが貼ってあれば、信頼できる店

として認識することができる。扉がどうなっているか

によって、私たちは店主からのメッセージを受け取っ

ている。扉は単に物理的な人の出入り口というだけで

なく、店主と客のコミュニケーションの入り口として

の役割も担っている。

 

商店街の扉をいくつも眺めていると、どの店もガラ

スの面積が大きいことに気づいた。透明なガラス越し

に、外にいながらも店内の様子を窺い知ることができ

る。なるほど、店に入る前に中の様子を把握すること

ができれば、足を踏み入れる勇気も小さくて済む。ガ

ラスの面積を大きくデザインしているのは、客の心理

的ハードルを下げるための工夫なのだろうか。

 

町を歩いている途中、とある理髪店の前で足をとめ

た。店の扉に文字が書いてあり、気になったためだ。

字を読んでいると、ふと視線を感じた。店の中にいる、

店主らしき女性とガラス越しに目が合う。人の存在を

久しぶりに認識して、少し動揺した。こちらが軽く会

釈をすると、ふわりと微笑んでくれた。そのまま私は

立ち去る。会話はない。ただ、ガラス越しに目が合っ

ただけ。実際に店に足を踏み入れたわけではないのに、

私はその店に入ったかのような感覚を得た。ガラスは、

人と人の間に入り込んで、なんとも不思議な距離感を

作り出す。

 

道や町中に人がほとんどいないのにも関わらず、寂

しさを感じないのは、ガラス越しに人の気配を感じて

いるからなのかもしれないと思った。

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|フォント|  ジョイス・ラム  

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17 |場のチカラ プロジェクト

 「氷見」という地名をはじめて耳にしたのは、二年

前のことだった。能登半島の周辺を紹介するパンフ

レットの表紙においしそうな寒ブリが強く印象に残

り、変わった地名に魅せられ、いつか行ってみたいと

思っていた。

 

高岡駅からワンマン電車に乗り、終点の小さな駅を

出ると、濃い青色の「氷見駅」という文字がまず目に

入る。色もフォントも氷のようで、くっきりとした印

象を受ける。そこで、氷見駅からまんがロード沿いを

歩き、漁港までの道でフォントの採集を行った。

 

まず気になったのは、

氷見という地名が外の人に

とってあまり耳にしない地名だからなのか、観光客向

けのポスターには、上ではなく「氷」と「見」の間に、「ひ

み」というふりがながふってあることだった。なぜそ

こにふりがながあったのか気になり、考えた末に思い

浮かんだ理由は、左右の漢字それぞれに綺麗にふりが

なが与えられるためである。また、ぼんやりと考えて

気づいたことだが、「ひみ」というのは、「ひだり」と

「みぎ」の頭文字にもなり、左には「ひ」、右には「み」

がある言葉ということである。

 

その他に気になったのは、「氷見煮干」のフォント

である。特に、「氷」の左上の点はひとつのごつごつ

とした氷のように見える。フォントが全体的に太いか

らか、文字自体が固い氷のような印象を受ける。書体

の太さは、かき氷の旗に見られる「氷」の文字と共通

するので、暑い夏を思い出させる。

 

また、氷見駅ゆきのバス停で、「氷」の漢字の最後

のはらいは右上がりになってしまっている。さらに、

「氷」と「見」の間、「見」と「駅」の間の間隔も不揃

いで、しかも「見」という字の「目」の部分がやけに

大きく、全体的にバランスが整っていないが、なぜか

温かみを感じた。書体の色は駅で見たものと一緒の濃

い青色であった。この色は、ポスターや店の看板でも

よく見かける海の色であった。

 

公式のパンフレットなどは明朝体で書かれているも

のが多い気がした。駅を出て最初に目に入ったフォン

トも明朝体だったせいか、曲線的な柔らかいフォント

より、シャープでしっかりとした明朝体のほうが氷見

に合うと思った。漁師さんであったり、自分が取材し

た和船の大工さんであったり、自然とともに強く生き

ているイメージが明朝体のイメージと一致していると

思う。

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|青のまち|  中島さやか  

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19 |場のチカラ プロジェクト

 

氷見は青のまち。誰かがそう言っているのを聞いて、

言われてみれば、と思った。というのも、私が氷見に

着いて最初に抱いた印象ではなかったのだ。それほど、

青色はまちに馴染んでいた。そこで私は、氷見のまち

にあふれる青を採集することにした。

 

氷見に青が多い理由は、海が近いということがまず

思い浮かぶ。商店街や店の名前も、「潮風通り」といっ

たように海に関連するものが多く、まちが青と関連づ

けられるのも必然であるように思える。店の看板や通

りの名前が書かれた標識、マンホールやモニュメント

など、いたるところに青色が使われている。

 

それは一体なぜだろうか。考えてみると、いろいろ

な捉え方が浮かび上がった。たとえば富山銀行の看板

は、日本海に面した県の銀行ということで、半ば当然

のように青がイメージカラーに選ばれたのではないだ

ろうか。同じように「潮風通り」の看板も、海にちな

んだ名前であることが理由であるように思う。一方、

飲食店で出された割り箸の袋やアートNPOヒミング

の旗は、海を意識して色が選ばれたというよりは、青

という、まちの既存のイメージカラーに合わせるよう

に青が選ばれたような気がする。割り箸の袋もヒミン

グの旗も、まちに入ってきたのは富山銀行や潮風通り

よりもあとであるからだ。結果的に、商店街の青いイ

メージを強調させている。

 

それからもう一つ、「火気厳禁」表記は不思議だ。

一般的な「火気厳禁」の表記は、赤背景に白文字とい

うように、いかにも「火」や「危険」といったものを

連想させる色合いだ。しかし、氷見で見つけた表記は、

青背景に青文字だったのである。ここからは、「火気

厳禁」の表記の主旨である「火を近くに寄せないで」

という警告が、あまり全面に押し出されておらず、落

ち着いた印象を受けた。

 

まちのイメージを強調させるためにあえて青にされ

たものなのか。はたまた、「火」というイメージを払

拭し、「水」のイメージを持ってもらうためにわざわ

ざ変えているのだろうか。いずれにせよ、それが青で

あることによって、氷見のまちに溶け込んでいること

はたしかであった。

 

ところで青色には、時間の経過を遅く感じさせる効

果があるそうだ。なるほど、氷見での時間が関東と比

べてゆったりとしているように感じるのは、色による

ものもあったのかもしれない。

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|魚の造形物|小川健太  

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21 |場のチカラ プロジェクト

 

まず、私が声を大にして言いたいのは、氷見といえ

ば、「寒ブリ」のイメージが大きいということだ。ただ、

氷見はブリ、と限定的に述べているのではなく、氷見

を特徴付けるものとして、寒ブリの存在は絶大なもの

となっているということである。氷見に住む人々まで

も、外部から訪ねてきた私たちに街を紹介するときに、

第一声が「ブリ」という発言がとても目立っていた。

他にも、氷見イワシやたけのこ、氷見牛、ネギなど、

特産品はたくさんある。それにもかかわらず、ブリな

のである。

 

これは、氷見という地域が古くから水産資源に恵ま

れた土地柄であるとともに、漁業が盛んである伝統が

強いからであろうか。いや、それだけではないだろう。

街の中では、至る所に魚をモチーフとしたものがあっ

た。特に寒ブリをモチーフとした造形物は至る所に依

拠していて、見逃さずに街を歩けないほどである。氷

見をはじめて訪れた時から何度も目撃し、楽しみなが

ら街を歩いた。また普段から生活する人々から見ても、

その特徴的なモニュメントの多さには目に止まるそう

だ。私は思った。「これが影響をしているのではない

か。」と。

 

街をPRするためには、その地域の特色が濃く活か

されたものであることが多い。氷見でもブリをモチー

フとしたものが多くあるが、その特色が街の至る所に

強く出過ぎるあまりに街の人々が、氷見はブリである

という感覚を強めてしまったのではないだろうか。そ

れは人々が氷見という街の中で生活する中で、自然と

視覚で認識することによって、いつのまにか記憶に定

着し、氷見という街を、ブリを以て認識するようになっ

たのではないだろうか。このように思えてならない。

 

ここで描写を参考にしていただきたいが、特にブリ

の造形物が多いと感じたところは商店街のアーケード

などであった。これは人々が常日頃頻繁に利用する所

であるし、人々の目にとまるだろう。特にアスレチッ

クにあったものは特徴的であり、部分的には滑り台や

のぼり棒などの遊具であるが、全体として見ると、魚

になっていた。

 

ここまで魚というイメージが強いと、本来は違う意

図で作ったのかもしれない造形物でさえも「魚のモ

ニュメントなのではないか。」という錯覚を引き起こ

す。それほどまでに、氷見にはブリが溢れていた。

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氷見風俗採集| 22

|波|  齊藤崇  

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23 |場のチカラ プロジェクト

 

氷見の潮風通りを歩いていると、歩道と車道の間に

立つポールの先っぽに、波の模様が描かれていること

に気づいた。力強い波が描かれた小柄なポールが、一

列に並んでいる。こんなところに波が隠れていたのか、

と小さなこだわりに感心するとともに、そんな隠れた

波を見つけられたことが、なんだかとても嬉しかった。

もしかすると、氷見のまちなかには他にも波が隠れて

いるのではないだろうか。そう考えた僕は、波を探し

てまちを歩いてみることにした。

 

意識して探してみると、氷見のまちは実にたくさん

の波で彩られていた。潮風通りに軒を連ねる商店の看

板やのれん、地面や建物の壁面、さらにはマスコット

キャラクターの足元などに、波はひっそりと隠れてい

る。水しぶきをあげるリアルな波もあれば、可愛らし

くデフォルメされた波もあったが、どの波も丸みを帯

びていて、その形は氷見のまちの風景によく似合って

いるように感じた。

 

大きく文字が書かれた看板の端っこに、小さな波が

描かれたものを見つけた。文字だけでは寂しいからと、

波を描いたのだろうか。海らしく、氷見らしくしよう

と、波を描いたのだろうか。ほんの小さな波の模様だっ

たが、それが加わることで看板は一気に華やかになっ

ていた。

 

どうやら、波は主役として描かれることは少ないよ

うだ。だが、よくよく氷見のまちを見てみると、あち

らこちらに波が描かれていることに気づく。それは、

まるで主役を引き立てる名脇役のようにも見える。自

らの存在を主張しすぎず、でもいないとしっくりこな

いような。そんな波のさりげなさが、僕には愛おしく

感じられた。まるで四つ葉のクローバーを探すときの

ような気分で、僕はまちなかの波を探して歩いた。

 

氷見のまちの人びとは、何を思って波を描くのだろ

うか。氷見のまちを彩る波には、どんな思いが込めら

れているのだろうか。海のまち、氷見を表現したいと

いう思いが、氷見の人びとに波を描かせるのだろうか。

まちなかに描かれたたくさんの波を見ていると、氷見

の人びとが氷見に対して持っているイメージが垣間見

えるような気がした。

 

さりげなくまちを彩る波は、なんだかとても氷見ら

しかった。

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氷見風俗採集| 24

|氷見の穴|  笹野利輝  

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25 |場のチカラ プロジェクト

 

高岡駅前を見た時点でおおよその察しはついていた

が、案の定氷見はかなり田舎だった。私は町を歩いて

いると少しずつ焦り始めた。なぜならば明らかに人が

住んでいないような建物がそこら中にあったからであ

る。痛い程過疎化を感じることができた。せっかくも

こんなに町並みが美しい町なのに、過疎化が進んでい

く様子が見えてしまうのは悲しかった。

 

私は何が過疎化の雰囲気を漂わせているのかを考え

たところ、壊れている建物にあいている小さな穴が一

つの要素なのではないかと思った。目を凝らして見て

みると、人がいなさそうな建物には隙間や穴がたくさ

んあったのだ。そこで今回の風俗採集は「氷見の穴」

に決めた。

 

一番多かったのは壁にあいた穴である。トタンでで

きた壁と木でできた壁があったが、両方で穴は確認で

きた。トタンの壁は錆びて変形し、曲がった箇所にそ

のまま内側の骨組みが見える形で穴があいていた。も

ちろん錆で朽ち果て、あいてしまった穴もあった。木

の穴はトタンよりは少なく、なぜか玄関の扉の横の壁

に多かった。木が変形した様子はなかったため、きっ

と裏側で何かしらのパーツが外れて落ちてしまい、板

が傾いて隙間ができてしまったのではないだろうか。

この案件は比較的広い範囲で見受けられた。

 

二番目に多かったのは窓ガラスが割れている建物で

ある。時を経て自然に割れてしまったからか、それと

も一昔前のガラスは薄くて弱いからなのか、割れ目は

必ず窓枠の端から綺麗な曲線を描いて割れていた。こ

の案件は比較的栄えているエリアで見受けられた。階

数は関係なく、人為的に割られた様子もなかった。ガ

ラスの少し曇った汚れが妙にリアルだった。

 

少なかったが衝撃的だったのは、完全に建物の一部

が崩壊してできた穴である。上圧川を上流に歩いてい

くと、昔使っていたと思われる漁師の番屋があったが、

どうやら瓦の重さに絶えられず壁が崩れてしまい、大

穴があいてしまったようだ。しかも崩壊箇所は2つあ

り、直そうにも直せない状態だった。中は漁業用の

網や縄が半分腐った状態で高く積まれていた。粉々に

なった瓦を拾い上げると恐ろしく重かった。

 

出だしから終わりまで焦りっぱなしで、最後にはな

ぜか悲しくなってしまう採集ではあったが、現実を肌

で感じるためにも必要な採集ではなかったのかと思

う。

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氷見風俗採集| 26

|マンホール|田中優里  

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27 |場のチカラ プロジェクト

 

氷見駅で降りる。駅近くの植え込みには、ゆりが描

かれた側溝があった。氷見市の花はゆり。下を見なが

ら歩いていると、またゆりを見つけた。マンホールの

外側をゆりが囲っている。その内側には、海辺から見

た富山湾の景色。立山連峰がずっしりと佇んでいる。

この光景を見られたらいいなと淡い期待を寄せていた。

 

商店街に向かって歩いていくと、ひときわ目立つも

のがあった。それは、氷見ブリが描かれたカラーのマ

ンホール。緑、黄色、青で彩られたマンホールを見て、

つい足を止めてしまった。氷見ブリを囲むのは黄色い

浮きのついた網。これは定置網漁を表現しているそう

だ。スペースいっぱいに描かれた三尾もの氷見ブリを

見ると、港の方に足が向いてしまう。そして欲に負け、

魚市場の食堂できときとなお刺身を食べていた。

 

カラーのものは他にもあった。可愛い坊やがブリを

掲げて走っている絵柄。丸の中に「仕」と書かれてい

るので、どうやら仕切弁のようだ。その坊やの名前は

キットちゃん。ブリの後ろにはこれまた立山連峰。こ

れは、氷見市や市民のさらなる発展・生長を意味して

おり、その全体の形は氷見の「ひ」をイメージしている。

なんとも可愛らしいこのキャラクターは消火栓にも登

場していた。氷見市のもう一つのシンボルマークであ

る市章は、丸いマークから波紋が広がっているような

形をしている。これには「市名のヒミを象徴し、波高

き海に朝日の映える発展の市をあらわしたもの」とい

う意味が込められている。氷見市の二つのシンボルマー

クにはどちらも発展の意味が込められ、そして自然が

描かれている。氷見の方とお話をさせて頂く中でも、

彼らの「自然と共存し、地元の人からも、外からやっ

てきた人からも愛されるまちにしたい」という発展へ

の想いが温かく伝わってくる。市章はまるで、Wi-

Fiの扇マークにも見える。マンホールから、氷見の

人びとのこの想いを飛ばしているように思えた。

 

下を向いて歩いていると、氷見には道に捨てられた

ゴミがほとんどないことに気付く。煙草の吸い殻も、

ちり紙もペットボトルもない。氷見は豊かで美しい自

然があるだけでなく、まちのなかもとてもきれいだっ

た。マンホールに描かれている景観、想いは、氷見の

人びと一人一人に根付いていることを体感した。

 

帰りの氷見線の車内から、立山連峰を眺めることが

できた。マンホールに描かれていた、富山湾に浮かん

でいるように見える美しい光景を前に、息を飲んだ。

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氷見風俗採集| 28

|氷見を繋ぐ橋|龍山千里  

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29 |場のチカラ プロジェクト

 

氷見駅の北側に湊川と上庄川は流れており、そこに

十余りの橋がある。そのなかで駅から最も近い『栄橋』

は海の青に映える白色で、定置網をモチーフにした模

様をしている。さらに真っすぐ北へ進み、上庄川と海

の境に大きくまたがる『比美乃江大橋』は、漁師が

網を手繰り寄せる姿をイメージしたかたちなのだそう

だ。橋を見ていくと、いかに氷見の土地が海と深く結

びつき、人々がその恵みのなかで暮らしを営んできた

のかを感じることができる。

 

上庄川の上流にある『北新橋』は、今回採集したな

かで一番古い橋だった。真下には二艘の船が浮かんで

いて、船から出たロープが橋にしっかりと結ばれてい

る。川の両側にはたくさんの船が浮かんでいたが、そ

のなかでも橋の下は雨が降っても濡れないうえに風通

しが良く、船を乾かすのにちょうど良いのだという。

 

さらに上流へ進むと見えてくる『流慶橋』は両端に

小屋のようなものが建っていて、中心には大きなコン

クリートの柱がある。これは塩害を防ぐための塩止堰

で、日によって川の流れを調節している。採集日は雨

が降っていたので内陸部から海へ流れる水の量が多

く、堰は開いた状態だった。そのとき、歩きながらふ

と空を見上げると、川を注意深く見つめながら飛ぶ鳥

がいた。カワウといって、くちばしから体ごと川に突っ

込み、潜って獲物を捕まえる習性をもつ。堰に魚がた

まっているのを知っているようで、水面下のようすを

窺いながら橋の上を大きく飛び回っていた。

 

上庄川より駅の近いところを流れる湊川は、川が南

へ曲がる部分に『復興橋』という名の橋がある。昭和

十三年の氷見大火の時に焼かれてなくなった『中の橋』

の原型のかたちを復元して、焼け野原からの復興に向

けた願いを込めて名付けられたのだそうだ。

では今の『中の橋』はというと『復興橋』より一つ海

側にまたがっており、側面には大伴家持と藤の花が描

かれている。川の畔には歌碑があり「藤浪の 

影なす

海の 

底清み 

しづく石をも 

珠とそ吾が見る(

藤浪を映す海の底が清らかなので、沈んでいる石も私

は玉と見える)」と詠まれている。今から千年以上も

昔の時代を生きていた人の目に氷見の情景がこう映っ

ていたのかと、妙な実感が湧いた。

 

海と密接な関わりを持つ氷見だからこそ、橋にも

様々な思いが込められている。時間の積み重ねが色ん

なかたちで今に繋がっているのだと思った。

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氷見風俗採集| 30

|郵便受け|徳山夏生  

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31 |場のチカラ プロジェクト

 

何度も行き来した商店街から外れ、民家が建ち並ぶ

区画へと足を踏み入れた。地方の一戸建てというと、

どの家も大きく、庭を持つほど土地が広いという印象

がある。しかし、私が踏み入れた区画は家が密集し、

庭がないどころか、駅やスーパーが徒歩圏内にない地

域には欠かせないであろう自動車を停めるスペースす

らままならないようだった。この住宅地の様子は、私

が住む都心の住宅地と重なった。都心は土地が狭いた

めに庭や駐車スペースがない家も少なくない。

 

氷見の住宅地を歩いていると、ある家のドアに取り

付けられている郵便受けが目に付いた。その郵便受け

は全体が錆び付いていて劣化が激しく、配達された新

聞や手紙ははみ出し、左に二、三十度傾いていた。自

然と「この家にはもう誰も住んでないのだろう」とい

う思考が働く。別の場所に引っ越したのかもしれない

し、家の主が亡くなってしまったのかもしれない。そ

うして誰も住まなくなったあと、住所変更や退去の手

続きを踏む前の段階で配達された郵便物が今も残って

いるのだと推測される。はみ出した郵便物は日に焼け

て茶色く変色していたり、雨に濡れたのか、ふやけ、

インクが滲んでいるものもあった。採集した二十個の

郵便受けの内六個が、このように郵便物が溜まり、郵

便受けも郵便物も劣化している状態だった。

 

一方で、郵便物がきちんと回収されていると見られ

る郵便受けは十二個あった。中には空き家もあるかも

しれないが、「誰かが住んでいる可能性が高いのだろ

う」という思考が働く。残りの二個は郵便受けからは

み出さない程度に郵便物が溜まっており、見る限りで

は郵便物は綺麗な状態を保っていた。「二、三日くらい

不在なのかな」と思わせる郵便受けだ。

 

東京に帰ってきた翌日、私は自宅の周辺を散歩し、

郵便受けの様子を観察した。氷見と同じように二十軒

ほどの家の郵便受けを見て回ったが、どの郵便受けも

綺麗な状態を保ち、郵便物もきちんと回収されている

ようだった。普段住宅地を歩いている際、郵便受けの

状態によって不在状況を確認することはない。どの家

にも人々が住み、生活していることは当たり前で、わ

ざわざ認識するまでのことではなかった。氷見の住宅

地の郵便受けは、郵便物が溜まり、手入れされていな

いが故に目に留まりやすく、その家や住む人々の状

態を推測する術になるということに気づくことができ

た。

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氷見風俗採集

2014 年 12 月1日発行文と画 秋庭大志郎・深澤匠・檜山永梨香・細井美香・伊藤圭・此下千晴 ジョイス ラム・中島さやか・小川健太・齊藤崇・笹野利輝・田中優里 龍山千里・徳山夏生(掲載順)編集・発行 慶應義塾大学 環境情報学部加藤文俊研究室 http://fklab.net/ 〒 252-0882 神奈川県藤沢市遠藤 5322 デザイン棟B(ドコモハウス) Phone 0466-49-3619 Fax 0466-47-5041

目次

 

氷見の道しるべ

4

 

漁港の無用物

6

 

自転車

8

 

ポスター

10

 

さみしげなスタンドサイン

12

 

店の扉

14

 

フォント

16

 

青のまち

18

 

魚の造形物

20

 

22

 

氷見の穴 24

 

マンホール 26

 

氷見を繋ぐ橋

28

 

郵便受け

30