新連載 今月の テーマ 養 液 栽 培 と はこのガラス温室では、 300...

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このガラス温室では、 300㎡くらいの広さ でトマトの養液栽培 が行われている。 今月の 今月の テーマ テーマ 手前のタンク には、暖房用 の重油が入っ ています。 37 2002.1.園芸新知識 1 並木 隆和 たかかず 昭和56年4月 京都府立大学農学部教授 平成8年4月 日本養液栽培研究会会長 平成10年3月 京都府立大学名誉教授 平成12年4月より現職 新連載 京都府農業資源研究センター所長 農学博士

Transcript of 新連載 今月の テーマ 養 液 栽 培 と はこのガラス温室では、 300...

  • このガラス温室では、300㎡くらいの広さでトマトの養液栽培が行われている。

    ここは大きなガラス温室、まばゆい日差

    しで、冬なのに汗ばむほどの暖かさです。

    人の背丈ほどに伸びたトマトの木が規則正

    しく並び、緑の葉をたくましく広げていま

    す。ピンクに色づき始めた大きなトマトが、

    収穫を待っています。黄色の花もたくさん

    見えます。足元を見ると、ビニールのシー

    トが一面に敷かれていて、土は見えません。

    どこかで、モーターの回る音がし始めま

    した。近くでも、水の流れるかすかな音が

    聞こえます。トマトの株元をよく見ると、

    トマトが植わっているのは土ではなく、褐

    色のグラスウールのようなもので、白いビ

    ニールのシートでくるんであり

    ます。畝のように長く続いたこ

    の白い袋(シート)と平行に、

    プラスチックのパイプが走って

    います。このパイプから、たく

    さんの細いチューブが枝分かれ

    していて、トマトの株元1本ず

    つに入っています。こうしてト

    マトに水を配っているのです。

    パイプをたどって、音のする方

    に行ってみましょう。床に頑丈な

    ポンプが据え付けてあります。大

    きなプラスチックのタンクが三つあって、

    養液栽培とはどんなもの?

    今月の今月のテーマテーマ

    手前のタンクには、暖房用の重油が入っています。

    372002.1.園芸新知識

    (1)

    並木な み き

    隆和た か か ず

    略 歴昭和56年4月 京都府立大学農学部教授

    平成8年4月 日本養液栽培研究会会長

    平成10年3月 京都府立大学名誉教授

    平成12年4月より現職

    新連載

    京都府農業資源研究センター所長 農学博士

  • パイプでつながっています。配電盤には、

    たくさんのスイッチやメーターが並んでい

    ます。ここで、自動的に水と肥料を混ぜて

    培養液をつくり、一定の時間ごとにポンプ

    でトマトの株元に送っているのです。

    温室の横には、資材を置いたり、収穫し

    たトマトを選別したりする部屋があります。

    そこには、大きな袋に入った肥料が積んで

    あります。畑や水田で使うのとは違う、養

    液栽培専用の肥料です。ここではまた、使

    う水をろ過したり、消毒することもありま

    す。こ

    のようにして、ここでは土を使わずに

    トマトをつくっているのです。

    「農業は土が基本」のはず…

    「米づくり、野菜づくりは、土づくりか

    ら」とか、「大地に根を張る」などといわ

    れるように、植物を育てるには、土を使う

    のが普通で、基本です。土があるから、植

    物は根を張って自分の体を支えることがで

    きます。土は水と肥料を含んでいて、いっ

    ときではなく、植物の根が吸収しやすいよ

    うにゆっくりと放出してくれます。根は、

    土から酸素も吸収します。土はまた、動物

    や植物の遺体を分解して肥料にしてくれる

    微生物を育てる働きも持っています。人は

    昔から、土で農作物をつくってきました。

    土から起こる問題

    経済活動として農作物をつくるためには、

    最良の条件を整え、最高の生産をあげなけ

    ればなりません。よい土をつくり、長くよ

    い状態に保つためには大変な苦労が要りま

    す。水や肥料が不足すれば、補わねばなり

    ませんし、水が多すぎれば、排水をよくし

    ます。かたくしまった土は、耕してやわら

    かくします。堆肥

    を十分に入れると、これ

    らのことに役立ちます。ですがそれは、電

    気や機械だけでは完全にはできず、人の労

    力をも必要とする作業です。

    エンドウやゴボウなどでは、一度つくる

    とあと何年もその土地ではよく育たない、

    「忌地

    (いやじ

    ともいう)」といわれる現象

    が起こります。

    土の中に肥料が多すぎて

    も、生育が悪くなります。

    特に、温室やビニールハウ

    スでは、収量をあげようと

    肥料をたくさん使うことが

    多いのです。根に吸収され

    ずに残った肥料が、雨水に

    よって洗われることがない

    ので年々たまっていき、肥

    料が多すぎることによる害

    がよく起こります。

    また、同じ野菜をつくり

    続けると、その野菜に付く

    病原菌が増えてたまってきます。土の中の

    病原菌を完全になくすのは、大変難しいこ

    とです。

    同じ場所で、同じ作物を続けてつくるこ

    とが原因で起こる、このような害・生育不

    ミツバの養液栽培スポンジでつくった苗を、手前の発泡スチロール板の穴に差し込み、培養液の上に置く。

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    イチゴの養液栽培(徳島市)

    重い土を使わないので台の上で栽培でき、収穫作業が大変楽になりました!

    収穫最盛期のトマト床に見える金属パイプは、湯を通しての暖房と、収穫作業に使う台車のレールを兼ねている(オランダ)。

  • 養液栽培用の肥料

    養液栽培では、畑や水田で使うのとは違う、養液栽培専用の肥料を使います。

    良を、連作障害といいます。その対策には、

    いろいろな方法があります。適正な量の肥

    料を使う、水を張って余分な肥料を洗い流

    す、牧草などを植えて余分な肥料を吸収さ

    せてその牧草を堆肥にする、農薬を使って

    病原菌を殺す、高温の蒸気で病原菌を殺す、

    夏に土を透明のシートで覆って太陽熱で病

    原菌を殺す、病原菌が入らないように地面

    から離した容器で栽培する…などです。余

    分な肥料や病原菌がたまる場所である「土」

    を使わない、というのも選択肢の一つです。

    土を使わないと

    土を使わずに農作物をつくる養液栽培は、

    連作障害の対策として有効な技術です。そ

    れだけではありません。土を使わないこと

    による、数々の利点があるのです。

    よい土をつくって維持するという努力が

    不要になる、重くて手足や衣服を汚しやす

    い土を動かすという作業がなくなる、野菜

    を植える場所が地面でなくてもよい、機械

    化・自動化がしやすくなる…ということか

    ら、作業が楽に、働く環境が快適になりま

    す。またそのために、生産の規模を大きく

    することもできます。

    また、水や肥料の与え方を正確にリアル

    タイムで調節できる、土から伝染する病気

    がなくなる、ということから、安定して野

    菜を生産することができます。

    さらに、病気の恐れが少なくなるので、

    結果的に農薬を使うことが少なくなります。

    我が国の農家では今、老齢化が進み、後

    継者が少ないのが悩みです。作業が楽で、

    知識や技術を要し、土ではなく機械を相手

    にすることで生産が安定する養液栽培は、

    若者に魅力的で、農業の後継者確保にも役

    立っています。

    養液栽培の歴史

    土を使わなくても植物が栽

    培できることは、古くから知

    られていました。植物生理の

    研究に、土を使わずに植物を

    栽培する必要があったのです。

    しかし、食べ物を生産すると

    いう実用的な目的で養液栽培

    を行うことは、ほとんど必要

    ありませんでした。

    第2次世界大戦中に、新鮮

    な野菜を得にくい所に展開し

    ていたアメリカ軍が、利用を

    始めました。終戦直後の昭和

    20年代、東京都の調布と滋賀

    県の大津で、アメリカ軍が野菜をつくって

    いたのを覚えている方がいるかもしれませ

    ん。あれが養液栽培だったのです。露地と

    ガラス温室で、どちらも大きな規模でした。

    土の代わりに小指の先ほどの小石(礫れきと呼

    びます)を使って、レタスなどの野菜をつ

    くっていました。

    やがて、我が国の経済力が回復・発展し

    て、食生活も変化・向上し、新鮮な野菜を

    一年中食べることができるようになりまし

    た。それには、野菜をガラス温室やビニー

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    太いパイプから枝分かれした細いチューブで、トマトの株元に培養液を送る。

    培養液を送るポンプあらかじめ濃度の高い原液をつくっておき、必要に応じて水と混ぜて培養液をつくり、トマトの株元に送る。すべてオートメーション作業。

  • ルハウスでつくる施設栽培が大きな役割を

    果たしたのですが、先ほど述べた連作障害

    が問題になってきました。その対策として、

    養液栽培がとりあげられたのです。アメリ

    カ軍の養液栽培を見ていたので、我が国で

    は同じように、礫を使う方法からスタート

    しました。

    その後、研究・開発が進んで、土の代わ

    りに礫などの固形培地を使う方法や、培地

    を使わずに肥料を溶かした水だけで栽培す

    る方法などが考案されました。

    養液栽培は今…

    施設栽培における先端技

    術として注目される養液栽

    培は、現在、全国で100

    0haあまりで行われていま

    す。この数字は今も増えつ

    つあるとはいえ、野菜の施

    設栽培の2%程度にすぎず、

    まだまだ野菜づくりの主流

    ではありません。ガラス温

    室やビニールハウスを建て

    なければならないのに加え

    て、養液栽培の装置には多

    額の費用がかかります。肥

    料代や電気代もかかります。

    今までの、土を使う野菜づ

    くりにはなかった、特別の

    知識や技術も必要です。よい技術だとはわ

    かっていても、簡単には取り組めないよう

    です。

    ヨーロッパでは、養液栽培が盛んです。

    オランダが先進国で、トマトやキュウリの

    70%以上を養液栽培でつくっています。近

    ごろ、南ヨーロッパでも増えていて、お隣

    の韓国では、特に最近、盛んになってきま

    した。養液栽培でつくられたトマトやカラ

    ーピーマン、バラなどが次々に我が国に入

    ってきています。

    養液栽培でつくったもの

    根にスポンジの付いたミツバを買われた

    ことがあるでしょう。あれが養液栽培の製

    品です。トマト、キュウリ、ピーマン、イ

    チゴなどの果菜が多いのですが、土でつく

    ったものと見分けがつきません。バラも養

    液栽培が盛んです。ミカンやブドウなどの

    果物、ハーブ、薬草、お茶なども養液栽培

    でつくることがあります。

    養液栽培でつくった農作物は、基本的に

    土でつくったものと違いはありません。外

    観はきれいで、大きさ・形がそろいます。

    養液栽培でつくるとストレスがなく、すく

    すくと育つので、早く大きくなりやすい、

    かたい筋などが入りにくい、香りはうすく

    なりやすい、といった傾向があります。味

    や栄養成分に違いはありません。

    40 2002.1.園芸新知識

    培養液の中にすくすくと伸びた白く健康なトマトの根。

    太いパイプから直接トマトの株元に培養液を吹きつける方法もある。

    キュウリの養液栽培

    家庭菜園ではプランターで養液栽培はいかが?