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子育ち・子育ての基本について考える−アタッチメントという視座から見る虐待−
基 調 講 演
講 師
遠藤 利彦(えんどう としひこ)氏
東京大学大学院教育学研究科 教授 東京大学発達保育実践政策学センター 副センター長
略 歴 昭和61年 東京大学教育学部卒業。平成 4 年 東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学 博士(心理学)。東京大学教育学部助手、聖心女子大学文学部講師、九州大学大学院人間環境学研究院助教授、京都大学大学院教育学研究科准教授、東京大学大学院教育学研究科准教授を経て、平成25年 4 月から現職。平成27年 7 月から東京大学発達保育実践政策学センター副センター長を兼務。
著書等 『喜怒哀楽の起源:情動の進化論・文化論』(単著)(岩波書店, 平成 8 年)『アタッチメント:生涯にわたる絆』(共編著)(ミネルヴァ書房, 平成17年)『甘えとアタッチメント』(共編著)(遠見書房, 平成24年)『「情の理」論』(単著)(東京大学出版会, 平成25年)『アタッチメントとレジリエンスのあわい』(単著)(子どもの虐待とネグレクト,平成28年, 17(3), 329-339)
プロフィール
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基 調 講 演
資料遠藤 利彦氏
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2016.11.19
子どもの虐待防止推進全国フォーラム in ふくい
子育ち・子育ての基本について考える
- アタッチメントという視座から見る虐待 -
遠 藤 利 彦
(東京大学)
•子育ち・子育てに「たった一つの理想型」はない
• なぜならば、子どもも親もみんな、元来、一人ひとり違うから、それぞれの親子が置かれた生活状況も異なるから
• 「基本」だけをおさえて、あとは一人ひとり高度に個性的な子どもに教えてもらいながら、また自分の個性を活かしながら、さらに親子が置かれた状況を現実的に見据えながら、「それぞれの形」を創っていくべきもの
• 「基本」の一つ=アタッチメント2
生涯発達における乳幼児期の布置
-縦断研究が示すアタッチメントの枢要な役割-
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•世界における長期縦断研究の実際
• アタッチメントの連続性・非連続性に関する30~40年に亘る長期縦断研究(米独中心)
• 遺伝と環境の相互規定的影響・エピジェネティクス等に関する双生児研究(欧米圏中心)
• 精神障害の発生に早期経験が及ぼす影響を問う発達精神病理学的研究(e.g. Dunedin)
• 特異な歴史的状況下に置かれた特定コホートの長期追跡調査(e.g. 大恐慌)
• 子どもを取り巻く家庭内外の保育も含めた環境全般の発達的影響を問う総合型縦断研究(e.g. NICHD)
• Natural Experiment:非定型的な養育環境に置かれた剥奪児に関する縦断研究(e.g. BEIP)
• Experiment:特定の早期介入の長期的効果の検証を目的にした追跡研究(e.g. Perry, Abecedarian・・・・) etc.
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Nelson, C. A., Fox, N. A., & Zeanah, C. H. (2014). Romania's Abandoned Children: Deprivation, Brain
Development, and the Struggle for Recovery. Harvard University Press.
BEIP(Bucharest Early Intervention Project)の中間的成果
・チャウシェスク政権が残した未だ癒えない深い爪痕・深刻な環境剥奪にさらされた遺棄児の心身発達のその後・知情意・人格・アタッチメント障害(RAD/DSED)等の指標・身体発育(FTT)・頭囲・脳神経・細胞(e.g. テロメア)等の指標・環境変化(施設→里親)がもたらす影響:ランダム割り当て・環境変化のタイミング・施設生活の長さ等と予後・里子は施設に残った子より発達は良好だが一般児には及ばない・全般的に斉一な遅滞・歪曲というよりは不均一な心身発達 etc.
◇乳児期のアタッチメントの剥奪→殊に自己と社会性発達に長期的ダメージ 6
ジェームズ・ヘックマン(労働・教育経済学:2000年ノーベル経済学賞)
・子どもに対する教育投資効果→乳幼児期への投資が最も効果的・就学後の教育の効率性を決めるのは、就学前の子育て・保育の質・乳幼児期への投資は大人になってからの15~17%の利益還元に通じる・ペリー就学前計画:乳幼児期の保育が40歳時の経済状態・幸福を分ける・特に恵まれない環境にある子にとって乳幼児期の保育はきわめて重要・それは「認知」以上に「非認知」能力を促すことを通して生涯発達に影響
◇家庭外の安定した大人との関係→「非認知」=自己と社会性の発達を補償
Heckman, J. J. (2013) Giving kids a fair chance. The MIT Press.
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基 調 講 演
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•子どもの発達と教育をめぐる世界的動向(e.g. OECD諸国の動き)
•見直されつつある「乳幼児期」の重要性
•生涯発達の基礎工事:高度な学校教育も確かな土台の上に積み上げられてこそ益をなす
•見直されつつある「非認知」の力の大切さ
• Well-beingに至る基礎工事:「認知」も「非認知」の支えがあってこそ長期・持続的に益をなす
• 「非認知」の中核→自己と社会性の力
•それを育む揺りかごとしてのアタッチメント7
• マシュマロ・テスト:ウォルター・ミッシェル 1970年~追跡調査• 幼稚園4歳児を対象
• 「1個、すぐに食べてもいいけど、15分待っていられたら2個あげるね」
• 1/3が待って2個もらう→その後の学業成績や社会的成功を長期的に予測
• 幼児期の「IQ」以上に「自制心」が重要
• 「異時点間の選択のジレンマ」(アリとキリギリス)
• それは社会性にも強く影響をもたらす:自己利益中心にばかり行動すると仲間の信用を失って長期的には集団の中で幸せになれない(「将来の影」)
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子育ち・子育ての基本は
アタッチメント
生涯発達の鍵となるアタッチメント
•子どもは容易に怖がる・不安がる存在
• そして泣きながら身近な誰かにくっつこうとする
• くっついて安全感・安心感に浸ろうとする
→ 「アタッチメント」
•一日に何回も繰り返される至極当たり前のこと
• しかし、これがいかに確実に安定して経験できるかが、生涯に亘る心身の健康な発達の鍵になる
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•Attachment = 何らかの危急時あるいは危機が予期された時に生じる恐れや不安等のネガティヴな情動を、特定他者への近接性の確保を通して制御・調整しようとする行為傾向(→心理行動/神経生理的制御機構)
• 一者の情動の崩れを二者の関係性によって制御
外界と内界の間にあって「緩衝帯」として機能
→ 特定他者への近接を通した「安全感」の回復・維持
→ 保護してもらえることへの確かな「見通し」
→ 「見通し」に支えられての自発的「探索」
→ 「一人でいられる能力」=自律性の獲得・拡張
「安全感の輪」(circle of security)
•安全感の輪
・・・→ 危機との遭遇
→ ネガティヴな情動経験(恐れ・不安・欲求不満等)
→ 「確かな避難所」への近接(アタッチメント)
→ ネガティヴな情動の調節 / 情緒的燃料補給
→ 「安全な基地」からの探索・遊び
→ 危機との遭遇・・・
• この輪がいかに自然にかつ確実に機能し得るか
→子どもの健やかな心身の発達のカギ
•子どもの成長=徐々にこの輪を広げること
一人でいられる時間の拡張12
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• アタッチメントとは恐怖管理・安全確保のための心身の仕組み(危機に際して特定他者に「くっつく」ことを通して定常状態に戻ろうとする)
•緊急反応状態(恐れ・不安)から平常状態への回復(ホメオスタシス)を可能にする中で、脳神経も含めた心身の健康な発達が支え・促される
•恐れ・不安時に特定他者に確実にくっつける経験を基に、その他者は「安全基地」化し、何かあった際にはそこに近接できるという見通しに支えられて、子どもは高度に自律的になり得る
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アタッチメントと脳・身体の発達
•恐れの状態→逃げるための緊急反応
•心臓・血管・内臓・脳神経系など、身体各所に大きな負荷→効率よく元通りにされないと形成途上の子どもの脳や身体の発達にダメージ
• 「隠れた影響経路」 (→hidden trauma : e.g. 被虐待児等)
アタッチメントが神経-生理学的側面に及ぼす影響e.g. HPA軸 (Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis)[視床下部-脳下垂体-副腎皮質系]
SAM軸 (Sympathetic-Adrenal-Medullary axis)[視床下部-交感神経-副腎髄質系]
海馬, 左半球, ミラーニューロン・・・/ 心血管・内臓・内分泌系・・・
ストレスセンサー / 恒常性 /概日リズム / 免疫機能 etc.
• 12・18カ月のアタッチメント→32歳時の身体的健康(Puig et al. 2013)
→成人期において幼少期の不安定群は安定群の4倍の身体症状を訴える
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アタッチメントが拓く心=自己と社会性の発達
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アタッチメント
感情の調節安全の感覚信頼感・自律性
子どもの自己と社会性
感情の映し出し共感性
心の理解能力
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アタッチメントと心の発達
アタッチメントの二重過程
• 感情の調節・立て直し子どもの崩れた感情をなだめ、回復させる→自他への基本的信頼+自律性・たくましさ
• 感情の調律・映し出し子どもの感情に寄り添い、映し出してあげる→心の理解能力・共感性・思いやり
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基本的信頼感と自律性・たくましさ
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•特定の他者に対するくっつき(近接)を通して、安全の感覚を回復・維持し、他者は基本的に誰でも自分を確実に保護してくれる、自分は確実に保護してもらえる・愛してもらえるという基本的信頼感=「愛の理論」を得る
•子は探索する中で自然に適度なネガィヴな感情を経験→自ら何とかしたいと思い、能動的にシグナルを送ることで他者を動かし感情を立て直す→それが自分にはできるという自信)→自律性・自己効力感・心のたくましさ
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基 調 講 演
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•主要な養育者との間で繰り返された関係性
→その後の個人特有の「対人関係テンプレート」
•主要な養育者によってなされたことを、基本的に、子どもは他の様々な対象にも期待し、行動する
•被虐待児における社会的情報処理の偏り
•他者の怒りへの過敏性(悲しみ/苦痛への相対的鈍感性)
•真顔を怒りと誤認識する傾向 etc.
→悪意のないところに悪意を読み取りがち
→対人関係トラブル・関係性の再演・再被害化19
• Johnson et al.(2007, 2010)による「愛の理論」(Gopnik, 2009)実験
• 12カ月児:secure / insecure アタッチメント
• 安定型の子ども:小○(子)の泣きに大○(親)が戻ってくることおよび小○が近接することを期待(そうでないと驚いて長く見る)
• 不安定型の子ども:小○(子)の泣きにかかわらず大○(親)は戻らないこと(回避型はさらに小○が距離を置くこと)を期待(そうでないと驚いて長く見る)
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Johnson, S.C., Dweck, C., Chen, F.S., Ok., S.J., Stern, H.L., & Barth, M.E. (2010). At the intersection of social and cognitive development: Internal working models of attachment in infancy. Cognitive Science 34(5), 807-825.
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ふるえながら泣き始める
「期待違反法」を用いた実験
• 養育者は、子どもの感情をただ立て直すだけでなく、自らが「社会的な鏡」となり(つい子どもと同じような表情や声の調子になるなどして)、子どもの様々な心の状態に調律し、映し出す
• ミラーニューロンの関与?
• また、子どもの心の状態に合致した発話を伴わせる→子どもは自分の心の状態に適切なラベルを貼りつけ、理解→さらに今度はそれを他者にもあてはめることで他者の心も理解
• 自身が共感され受容される中で共感性や思いやりが発達する
• 養育者は、子どもの感情をただ立て直すだけでなく、自らが「社会的な鏡」となり(つい子どもと同じような表情や声の調子になるなどして)、子どもの様々な心の状態に調律し、映し出す
• ミラーニューロンの関与?
• また、子どもの心の状態に合致した発話を伴わせる→子どもは自分の心の状態に適切なラベルを貼りつけ、理解→さらに今度はそれを他者にもあてはめることで他者の心も理解
• 自身が共感され受容される中で共感性や思いやりが発達する
心の理解能力・共感性・思いやり
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乳児 養育者
子どもは自分の身体や心の状態に、それらに合致した適切な言葉を貼り付けることができる
共感性と心の理解能力
子どもの動作や感情などに関わる発話
「痛いね」「可哀想」
「痛いの痛いの飛んでいけ」
共感性・心の理解能力
動作や感情などの発動
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• ミラー・ニューロン
サルの脳における風変わりなニューロンの発見
•意図的な行為や情動の発動に関わるニューロンが、他個体の同様の行為や情動を見聞きした際にも反応→他者の「心」を直接映し込む鏡
•他者の行動や意図・情動等の理解・推測
•原初的共感性および社会性の絶対的基盤
•模倣・言語・自己認識・自己意識等にも深く関与
• この機能不全→自閉症の中核的特徴か?24
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•共感・調律しつつ制御・調整することの意味
• 初めて注射される赤ちゃん(Fonagy, 2003)
①自らは何も動じず、赤ちゃんの気をすぐにそらそうとする母親
②赤ちゃんと同じような表情になりながら気をそらそうとする母親
③赤ちゃんの恐れや怒りに巻き込まれて動揺してしまう母親
→②の母親の子が最も泣き止むのが早く、容易になだめられた
•感情の「包容」=「α機能」(e.g. Bion)→乳幼児が自らの情動に翻弄されないように、それを包容し、それに意味を与えながら(=表情や言葉を通して映し出しながら)慰める
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•被虐待児:養育者の「α機能」の希薄さが、自
己の心や身体状態の覚知・言語化の困難さを招来しがち
•現に不適切な養育にさらされる中で「β要素」
(身体内部で生じていることそのもの)は潜在的に人一倍ネガティヴなものになる可能性。にもかかわらず、それを「つらい」と覚知し言語化できない→自らリスク回避的行動をとることができなかったり、他者から効率的に援助を引き出すことが難しくなったりする
→二重三重のトラウマに巻き込まれやすくなる26
•安定したアタッチメント関係の中で、子どもは感情の制御(立て直し)と感情の調律・映し出し・ラベリング(寄り添い)を経験する
• その確かな経験は、社会性=他者との関係を構築・維持し、集団の中で安定して生活する力、具体的には、子どもの自他に対する基本的信頼感および自律性や自己効力感、さらには自他の心身状態の的確な理解や共感性・向社会性などの発達に深く関わる
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養育者の関わり方から見る
アタッチメントの個人差
•子どもは養育者を選べない
•養育者の関わり方に応じてくっつき方を調整
アタッチメントのタイプ=環境に対する適応方略
•ストレンジ・シチュエーション法分離時の苦痛+再会時の怒り
A(回避), B(安定), C(アンビヴァレント)
organized ←→D(disorganized:無秩序)
D安定 D不安定29
分離場面で苦痛を示すか
養育者とスムーズに再会ができるか
NO
NO
YES
YES
A: 回避
B: 安定
C: アンビヴァレント
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無秩序・無方向型アタッチメント
•近年organized-disorganizedの軸に関心
• secure-insecureの軸は適応との関連が少
•非組織性(disorganized + unresolved)
→vulnerable:種々の精神病理との強連関年少臨床群におけるDの圧倒的多数
成人臨床群におけるU多数+F少数
•非組織性の個人が外傷的事象に遭遇した場合に、重篤な問題を呈する確率が高い
→特に解離性の諸障害(境界性の一部含む)
A 回避型
(シグナル最小化)
B 安定型
(シグナル最適化)
C アンビヴァレント型
(シグナル最大化)
D 無秩序・無方向型
Organized
(行動にまとまりあり)
Disorganized
(行動にまとまりなし)
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無秩序・無方向型の発生因
• ハイリスク群における “cannot classify”• Main & Solomonによる再検討 → “D”
• 被虐待、親の抑鬱、成長障害等との関連が示唆される• 特に被虐待群におけるDの存在→80%以上
• 虐待→“irresolvable paradox”養育者は安全基地であると同時に迫害対象でもある。[neglect→"防御・緩衝帯の喪失":カオス化+予測可能性の欠落(helplessness)]
• 養育者の“Frightened / Frightening” behaviors
• くっつきたいのか離れたいのか “どっちつかずのアタッチメント”
• 一部に遺伝的要因(DRD4)の関与を疑う向きあり(Lakatos et al.,2002)
• この特異な行動形態が虐待の発見・介入等に対して持つ潜在的意味は大
• security次元とorganization次元を独立と見なす
D secure ← "helpless-fearful" parent
D insecure ← "hostile-self-referential" parent
• "disorganized"から"controlling"への発達的移行
(victimにならないために親に主導権を与えない:役割逆転)
• “controlling / caregiving” :統制・世話
• “controlling / punitive” :統制・懲罰
• 親子関係におけるcontrolling→peer関係等にも波及
-------------------------------------------------
• 否認・侵入/関係性の再演/過覚醒・情動制御不全34
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•臨床的視座からのアプローチ
→アタッチメント障害
•DSM-5
RAD:反応性アタッチメント障害
Reactive Attachment Disorder
DSED:脱抑制性社交障害
Disinhibited Social Engagement Disorder
• RAD:反応性アタッチメント障害
(A)行動抑制・情動的引きこもり心的苦痛時でも養育者に慰撫を求めない、慰撫に反応しない
(B)持続的な社会的・情動的混乱:以下の少なくとも2つ①他者への社会・情動的反応の乏しさ ②ポジティヴ情動の少なさ
③説明不可能ないらだち・悲しみ・恐れ(非脅威的相互作用でも)
(C)極端に不適切な養育状況:以下の少なくとも1つ①社会的ネグレクト・剥奪(基本的な情動的欲求の持続的無視)
②安定したアタッチメントを阻む主要な養育者の頻繁な入れ替わり
③対象選択を阻む異常な環境(子に対して大人の数が極端に少ない施設等)
(D)基準(C)の養育が行動障害の原因をなす
(E)自閉症スペクトラム障害とは異質
(F)5歳よりも前に顕在 (G)最低9か月以上の発達年齢36
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• DSED:脱抑制性社交障害
(A)見知らぬ大人への近接・相互作用:以下の少なくとも2つ
①見知らぬ大人への近接・相互作用に抑制・遠慮がない
②過剰になれなれしい言語的・身体的行動
③探索で離れて行く際に大人を振り返らない
④見知らぬ他者から離れるのに躊躇が認められない
(B)基準(A)の行動が衝動性(e.g. ADHD)だけでは説明不可
(C)極端に不適切な養育状況:以下の少なくとも1つ①社会的ネグレクト・剥奪(基本的な情動的欲求の持続的無視)
②安定したアタッチメントを阻む主要な養育者の頻繁な入れ替わり
③対象選択を阻む異常な環境(子に対して大人の数が極端に少ない施設等)
(D)基準(C)の養育が行動障害の原因をなす
(E)最低9か月以上の発達年齢37
アタッチメントから問題形成への潜在的影響(Deklyen & Greenberg, 2008)
①情動制御プロセスへのネガティヴな影響(それに関わる生理学的機序の発達不全)
②特異な行動パターンの形成(例えば執拗な泣きや不従順など)
③社会的認知や対人的情報処理に歪んだバイアス(内的作業モデルの組織化の歪曲)
④他者との社会的関わりへの動機づけの低下(結果的に自ら社会化の機会を遠ざける)
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アタッチメントと不適切な養育・虐待
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アタッチメント理論から見る虐待
• 「児童虐待」 =「関係性の障害・混乱」
子どもは虐待行為以上にその背景たる関係性全般の歪曲によって傷つく
(“図”としての虐待行為 / “地”としての関係性)
• 受けた傷そのもの+それが癒されないことの傷
• あるネガティヴな出来事がトラウマ(心身の「傷」)になるか否かは、その出来事によるダメージ以上に、そのダメージあるいはそれによって生じた感情状態の乱れがその後、長く適切に制御されないままになる累積的な関わりの失敗によるところが大きい
• 感情の被制御不全→2つの道筋(「心理経路」・「脳神経経路」)を介して、その後の発達過程に長期的影響を及ぼす
• 「映し出し」の失敗→自他の心の理解能力の発達不全
→次なるトラウマに対する脆弱性40
• 「否認」( “not-me”の心理)
• 「侵入的想起」(フラッシュバック)
•対人関係のゆがみ・トラブル
•共感性・他者理解の問題
•関係性の再演(自傷・再被害化等)
•過覚醒・感情制御不全
•自己(の心の状態の)理解の問題
•有効な対処行動の不足 etc.41
•育児の質(虐待)に関わる要因
•養育者自身の要因
生育歴・性格・心身の病・障害・非血縁・年齢・・・
•子どもに関わる要因
気質・病気・遅滞・障害・容貌・性別・・・・・
•養育を取り巻く環境の要因
経済/就業状況・家族/配偶関係・結婚状態・
ストレス・サポート(無職・シングルのリスク)・・・42
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「虐待の世代間伝達」(30%前後?)
関係性の再演は自身の子にも及びがち
•早産・低出生体重等のハイ・リスク児
• 「ジョイントネス」の相対的希薄さが二次的・派生的に招来する種々の発達的問題への配慮
• Communicativeな外形の乏しさ(幼児図式・定位性・反応性・情動表出等の弱さ)
→錯覚の誘発性の低さ・「わかりにくさ」等
→社会的報酬の得難さ
→養育への動機づけの低下(→不適切な養育・虐待)
社会的刺激付与の不足(→二次的発達遅滞)
• ジョイントネスに焦点化した発達支援→ c.f. 「モニカ」の事例・Fraibergの実践
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ヒトの子どもはとにかく手がかかる(未熟で重い乳児・非常に長い子ども期)
→ヒトのもともとの子育ての形態は「集団子育て」→親は他の人から助けてもらうことを当てにして子育てをする→社会的サポートがいかに得られるかと育児の質は強く関連する
→「孤立した育児」状況が不適切な養育や虐待を招きがち
Intervention(介入)
• 「解決不可能なパラドクス」
• →「安堵」([-]要素の除去)≠安全・安心感
•危機状態からの救護
•新たな安全基地・避難所の確保
(救出後の環境再構築)
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Postvention(事後対応)
• 二重・三重のトラウマに対する配慮(悪しき関係は悪しき関係を呼び込みがち)
e.g. ルーマニアの孤児(“チャウシェスクの子”)→無差別的社交性 / 関係再現
• "earned secure"からの示唆:
反復性からの脱却異質な保護的関係の持続内省
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Prevention(予防)
• 虐待の予防:最も力点を置くべきところ
• 虐待に特化した情報提示・支援活動と同時に
いわゆる"ふつうの養育者"をターゲットにした情報・物質・社会情緒的支援
→最も効果的な虐待予防になり得る可能性
• 「望ましい養育者像」による呪縛からの解放
mother-blaming(不当な母親非難)に対する配慮
潜在的に"+"のものを豊かに持とうとし過ぎることの弊害に対する配慮
("両刃の剣"としての「母性愛信奉傾向」)
“あればあるほどよい”から“ほどほどにあればよい”ことへの価値観の転換
• 「育児の孤立化」を防ぐ地域社会・行政等による工夫48
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•両刃の剣としての「母性愛」信奉傾向
• 母性愛信奉→「完璧さ」へのこだわり
• 子どもの発達が養育者の期待に沿っている時、それは育児に好影響をもたすが、そうでない時、それは一気にネガティヴなものに転じる(時には虐待も)
• 母性愛信奉→時に子どもの発達に対する期待水準をいたずらに高め、「頑張りすぎる」傾向を生み出す
• しかし、子の発達は必ずしも期待には沿わないもの→自己効力感の低下「頑張ったのに何の甲斐もない」という感覚
→抑うつ・子に対する怒り・
育児に対する動機づけの揺らぎ(自罰→他罰)
•虐待は本当に増えているのか?
→「虐待件数」は確かに増加傾向の一途
• 「虐待」という言葉の社会への浸透
• 「虐待」という目で養育を見る見方の普及
→正負両面の影響
(+)虐待予防・早期介入等に一定の効果
(-)「虐待不安」ストレス・育児へのためらい
「虐待している・してしまうのではないか」「他人は虐待と見ているのではないか」という恐れが時に養育者を心理的に追い詰め、育児を臆病で窮屈なものにしてしまう
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情緒的利用可能性の大切さ
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•発達心理学における強調点の移行
「敏感性」→「情緒的利用可能性」
•情緒的利用可能性(emotional availability)
• 大人はいつも子どもの状態を気にかけて、その後ろを心配してついて回ったり、先回りしたりするのではなく、どっしりと構え、子どもが求めてきた時に「情緒的に利用可能な」存在であればいい
→アタッチメントの基本原則
• 逆に言えば、特に必要とされない時は、子どもの活動にあえて踏み込まない(侵害的でない)ことが重要
情緒的利用可能性
個人の特性としてではない二者関係の特質
養育者の側の要因
・敏感であること
・侵害的でないこと
・環境を構造化すること
・情緒的に温かいこと
子どもの側の要因
・応答的であること
・養育者を相互作用
に巻き込むこと
(養育者と子ども)
⇒子どもを主体とした概念
HIT
MISS
FALSE
ALARM
CORRECT
REJECTION
読み取り / 応答
内的状態 / シグナル
ありなし
あり
なし
敏感な読み取りと応答
情緒的利用可能性
侵害的でないこと
構造化(「黒子」)+温かい情緒的雰囲気(「応援団」)→発達の足場を築く
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