放送用語委員会1300回にあたって - NHK ·...

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90 DECEMBER 2007 平成19年10月11日(木)に放送用語委員会が開 かれた。今回は,1300回を記念した用語委員会1 用語委員会の歴史を振り返り,今後の委員会のあ り方について話し合った。 第 1 部 放送用語委員会 1300 回にあたって NHK放送文化研究所が事務局を担当する「放 送用語委員会」は,昭和9(1934)年に「放送用語 並発音改善調査委員会」として発足して組織的な 研究を始めて以来73年が経過し,今回をもって 1300 回の開催を数えることとなっ1 この間,用語委員会は, を保ちながら,放送用語に観 針を策定し,さらに個別の唯 検討を加えることなどによ1 の一貫性のある質の高い放 た。1300回を迎えた今回,委員会の歴史を振り 返り,あらためて今後の について考えた。 【放送用語委員会の役割】 1)放送における用語や表現の基本方針について 審議し,NHKとしての考え方を決め,放送 の制作にあたる関係部局に周知徹底すること 2)NHKの放送用語に関して外部識者の用語委 員から忌 きたん 憚のないご意見をいただき,現場の 代表である部内委員と考え方を交換して,日 常業務に反映させること 3)具体的に番組やニュースを題材に,個別の用語 や表現について議論を交わし,放送現場の用語 や表現に関する人材を育成していくこと 以上の3点は,NHKの放送のことばや表 日本語の話しことばの手本として視聴者に支持さ れ続けている現状からみ1 なく維持発展させていく。 【今後の放送用語委員会の方向性】 放送用語委員会の今後については,以上の 3 点 に加えて,次にあげる事項に重点的に取1 放送用語委員会(東京) 00 存在感を高める努力を1 ・日本語の話しことばの方向性を踏まえて伝統的な 表現を尊重しながらも,流布することばや,使い 方に「ゆれ」が生じている表現などについての調 査研究を機敏に実施して放送現場に提供し,視 聴者が親しみやすい活力のある放送を目指す。 ・用字・用語についての速報体制や放送用語デー タベース(イントラネット)の整備,放送現場 との連携,放送用語の研修などを充実させ,放 送用語委員会の決定事項を迅速に周知徹底する 方法を開発する。 【今後の用語委員会につ 井上由美子委員:NHKで使うことばが「放送用 語委員会」などをとおし1 一般の人に知られていない いることを伝えていけば,N1 の信頼も高まるだろう。 野村雅昭委員:放送用語委員会の歴史を振り返る と,「書きことば」からなんとかひとり立ちしよ うとする「話しことば」を追い続けてきた。「正 しい日本語・美しい日本語」ではなく,用語委員 会としては「書きことば」と「砕けた話しことば」 の間にあるような「整った抵 だと思う。これを実現させて「日本語のあり方」 にまで言及していく必要があ1 井上史雄委員: 「放送で使うことば」は,, 内部だけで決めるものでは1 本語の大きな流れの中で,その語についての位置 づけをしつつ,個々の事項を検討して決定する。 その際,決定する語の問題点1 識として持っておくことが大切だろう。また,外 部委員は決定したことに対1 き受けるいわば「汚れ役」でもあると思う。 水谷修委員: 独立した形で委員会が作ら1 そこで決まったことが社会に 少ないものだが,放送用語委員会は「話し1

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Page 1: 放送用語委員会1300回にあたって - NHK · この間,用語委員会は,放送現場と密接に連携 ... 日本語の話しことばの手本として視聴者に支持さ

90   DECEMBER 2007

平成19年10月11日(木)に放送用語委員会が開かれた。今回は,1300回を記念した用語委員会で,用語委員会の歴史を振り返り,今後の委員会のあり方について話し合った。第 1部 放送用語委員会 1300 回にあたって

NHK放送文化研究所が事務局を担当する「放送用語委員会」は,昭和9(1934)年に「放送用語並発音改善調査委員会」として発足して組織的な研究を始めて以来73年が経過し,今回をもって1300回の開催を数えることとなった。

この間,用語委員会は,放送現場と密接に連携を保ちながら,放送用語に関するNHKの基本方針を策定し,さらに個別の用語・表現にも詳細な検討を加えることなどによって,公共放送としての一貫性のある質の高い放送の実現に貢献してきた。1300回を迎えた今回,委員会の歴史を振り返り,あらためて今後の放送用語委員会の方向性について考えた。【放送用語委員会の役割】1) 放送における用語や表現の基本方針について

審議し,NHKとしての考え方を決め,放送の制作にあたる関係部局に周知徹底すること

2) NHKの放送用語に関して外部識者の用語委員から忌

き た ん

憚のないご意見をいただき,現場の代表である部内委員と考え方を交換して,日常業務に反映させること

3) 具体的に番組やニュースを題材に,個別の用語や表現について議論を交わし,放送現場の用語や表現に関する人材を育成していくこと

 以上の 3 点は,NHKの放送のことばや表現が,日本語の話しことばの手本として視聴者に支持され続けている現状からみても,今後も変わることなく維持発展させていく。【今後の放送用語委員会の方向性】

放送用語委員会の今後については,以上の3点に加えて,次にあげる事項に重点的に取り組んで,

放送用語委員会(東京)

放送用語委員会1300回にあたって

存在感を高める努力をする。・ 日本語の話しことばの方向性を踏まえて伝統的な

表現を尊重しながらも,流布することばや,使い方に「ゆれ」が生じている表現などについての調査研究を機敏に実施して放送現場に提供し,視聴者が親しみやすい活力のある放送を目指す。

・ 用字・用語についての速報体制や放送用語データベース(イントラネット)の整備,放送現場との連携,放送用語の研修などを充実させ,放送用語委員会の決定事項を迅速に周知徹底する方法を開発する。

【今後の用語委員会についての意見】井上由美子委員:NHKで使うことばが「放送用語委員会」などをとおして決められていることが一般の人に知られていない。ことばを大切にしていることを伝えていけば,NHKの放送に対しての信頼も高まるだろう。野村雅昭委員:放送用語委員会の歴史を振り返ると,「書きことば」からなんとかひとり立ちしようとする「話しことば」を追い続けてきた。「正しい日本語・美しい日本語」ではなく,用語委員会としては「書きことば」と「砕けた話しことば」の間にあるような「整った日本語」を目指すべきだと思う。これを実現させて「日本語のあり方」にまで言及していく必要があるだろう。井上史雄委員:「放送で使うことば」は,NHK の内部だけで決めるものではない。外部委員は,日本語の大きな流れの中で,その語についての位置づけをしつつ,個々の事項を検討して決定する。その際,決定する語の問題点は何なのかを共通認識として持っておくことが大切だろう。また,外部委員は決定したことに対しての責任の一部を引き受けるいわば「汚れ役」でもあると思う。水谷修委員:独立した形で委員会が作られた場合,そこで決まったことが社会に影響を与えることは少ないものだが,放送用語委員会は「話しことば」

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91DECEMBER 2007

【決定の理由】『新聞用語集』(2007年版)およびマスコミ他

社(新聞・通信各社)の用語集では,「編み物」をとっており,「編み○○」のものは,「編み上げ靴」「編み機」「編み針」「編み棒」「編み目」など,すべて「み」を送っている。「あみもの」以外の「編み○○」について,NHKでも「編み」と「み」を送っており,

「編物」のみ例外としている。「当用漢字表」の時代に許容として「編物」が認

められており,NHKでも昭和40年発行の『用字用語辞典』から「編物」を採用した。その後,「当用漢字表改訂音訓表」(昭和48年),「常用漢字表」

(昭和56年)では「編物/編み物」については触れられていない。「編物」を例外とする理由も乏しい。またそのほか,NHKの「ことばのゆれ調査」の結果から見ても「編物」が多いとは言えず,「編み物」としてもよいだろうと考える。【調査結果】*「ことばのゆれ」調査(平成 19 年 3 月 9 日~ 12 日実施)

Q. 漢字の書き方についてうかがいます。「かっこ」の中の 2 とおりの書き方についてもっともあてはまるものをお答えください。

・ 学校で「編物/編み物」を習う。 編物:29%,編み物:51%,どちらでもかま

わない:18%,わからない:2%・ 会社の帰りに「編物教室/編み物教室」に寄る。 編物教室:36%,編み物教室:41%,どちら

でもかまわない:21%,わからない:3%****************************

平成24年度の発行を目指す『アクセント辞典』についての報告をした。現行の『NHK日本語発音アクセント辞典』(平成10年度発行)を改訂するための手順や調査について説明し,今後は,「アクセント辞典改訂委員会(仮称)」を組織し,『NHK日本語発音アクセント辞典』の改訂作業・調査研究をすすめることが了承された。    山下洋子(やました ようこ)

に大きな影響を与えてきた。用語委員会としての今後のビジョンとしては「将来の日本語のあり方をどうするか」である。「話しことば」を大事にしながら,日本語を作り上げる,もっと広く言えば,日本文化や日本の社会を作り上げる仕事だと考える。そのために現場と文研のチームワークで組織的努力をすべきだ。杉戸清樹委員:どういった調査が必要かをしっかり考え,機敏に行えるようにして,充実させてほしい。単語についての調査も必要だが,もっと大きな単位のことばやフレーズについての調査をすすめるべき。例えば,地方の用語委員会でも「文の接続がおかしい」「連体修飾節が長い」など文の構造がおかしいといったことについてそのつど指摘はするが,調査で裏付けをとっておけば,もっときちんと指摘することができるだろう。用語委員会での委員の発言や指摘を支える情報が必要であり,それが調査である。 また,日本語を母語としない人たちに対する放送のことばをどうするかも今後の課題だと思う。清水義範委員:放送用語委員会で決まったことが放送にどう反映され,役立っているのか。周知徹底するために具体的に何をやるのか,「目的」を忘れてはいけない。荻野綱男委員:NHKが「ことばのゆれ」についての調査をし,放送でのことばの使い方を決めていくのは大切だし,興味深いことだ。今後は若い人たちのことばに対してアンテナを立てることも大切だろう。どういうことばがゆれているのか,変化している途中のことばを少し早めにキャッチして調査し,番組に反映させてはどうか。第 2部 用語の決定

第1294回放送用語委員会で決定が先送りされた「編物/編み物」の送りがなのつけ方について決定した。【用語の決定】

第 1300 回 放送用語委員会(東京)【開催日】 平成 19 年 10 月 11 日(木)【出席者】 水谷修 氏,井上史雄 氏,野村雅昭 氏 杉戸清樹 氏,清水義範氏,井上由美子 氏 荻野綱男 氏 原田豊彦放送総局長 榊原一 放送文化研究所長 ほか

「あみもの」の漢字表記を ○「編み物」 とする。なお,複合語(「編み物教室」など)も同様とするが,「○○編物教室」のように固有名詞と考えられるものは例外とする。