個別案件を起点とした汎用商品化のHCDプロセスを具現化する個別案件からデザイナーが参画しHCDプロセス[2]...

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個別案件を起点とした汎用商品化の HCD プロセス 帳票処理業務システム開発を通じたデザイン活動 The Human-Centered Design Process to Make a General-Purpose Product based on Individual Cases 松林 景子 蓮池 公威 Keiko Matsubayashi Kimitake Hasuike 富士ゼロックス株式会社 ヒューマンインターフェイスデザイン開発部 Abstract: Fuji Xerox commercialized a system totally supporting a business process about business form processing from designing business forms, OCR reading and entering data after collecting business forms, visualizing progress, checking inadequate documents, printing various notices, to managing an account book. This article reports a process that has extracted messages and business models from system construction and its operation and brought the general-purpose product to market by the participation of designers in individual cases to perform the HCD process. Key Word: Human-Centered Design, Business System, Design Practitioner 1 . 近年、帳票の電子化が進んでいるが、官公庁や企業では依然と して、手書きの紙帳票の管理やシステムへの入力に多くの時間と 労力が費やされている。富士ゼロックスではこのような業務に対 応するため、手書き用帳票の設計から、印刷、帳票回収後のデー タのOCR読み取り・入力、進捗状況の可視化、書類の不備の確認、 各種通知文書等の印刷、台帳管理まで、帳票処理に関する業務プ ロセスをトータルにサポートするシステムを汎用商品化した[1]。 この商品化に至る過程では、最初に官公庁向け帳票処理業務の システムの概念モデルが構想され、そこから個別案件での具現化 とモデルの修正を経て商品化を果たした。本稿では、概念モデル を具現化する個別案件からデザイナーが参画し HCD プロセス[2] を実践することにより、システム構築と運用からメッセージと業 務モデルを抽出し、汎用商品化を実現したプロセスを報告する。 2 . 本活動のプロセスを三つに分けて説明する(図1)。 ステップ 1: 営業、企画、デザイン部門による検討で、帳票処 理システムの概念モデルを仮説した。 ステップ 2: 先行案件として自治体 I 市の「ふるさと納税」業 務の個別システム開発をおこなった。クライアントの業務フロー の可視化やプロトタイプの提示をしながらシステムを構築し、概 念モデルの妥当性を検証した。 ステップ 3:個別案件を元に汎用商品化を検討するにあたり、他 の業務や帳票を分析することで、官公庁の多様な帳票処理の業務 モデルを抽出し、Web UI ベースのオンプレミスサービスをリリ ースした。その後、商品のバージョンアップで、操作性を向上し 機能をシンプル化したクラウドサービスを開発した。 3 . 3 - 1 . I 市の「ふるさと納税」業務は、当時年間 3,500 件以上の手書 き帳票による申請を Excel 台帳へ入力し、納付書や証明書への差 し込み印刷、申請者への送付を手作業でおこなっていた。申請件 数の増加に対応するためシステム化が検討されたが、全体の業務 フローや社内外とのシステムのやりとりを把握しているユーザ ーが不在だった。そこで、デザイン部門が中心となり全体像を仮 説・可視化し、それを元に役職や担当範囲の異なる複数人にイン タビューし、それぞれから得られた情報を再構成していくことで、 大きく 5 つのフローで成り立っていることが分かった。(図 2) 抽出したフローをベースに、時間が多くかかる手作業や人的ミ スのリスクを減らすための仕組みを検討し、スキャンした申込書 を OCR で読み取り、認識結果をユーザーが確認した上でデータ化 し、一覧するシステムを構想した。 1: 概念モデルから汎用商品化へ至る 3 ステップ 2: クライアントの現状の業務フローと構想したシステム 126 BULLETIN OF JSSD 2018 日本デザイン学会 デザイン学研究

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個別案件を起点とした汎用商品化の HCD プロセス 帳票処理業務システム開発を通じたデザイン活動

The Human-Centered Design Process to Make a General-Purpose Product based on Individual Cases

松林 景子 蓮池 公威

Keiko Matsubayashi Kimitake Hasuike

富士ゼロックス株式会社 ヒューマンインターフェイスデザイン開発部

Abstract: Fuji Xerox commercialized a system totally supporting a business process about business form processing from designing business forms, OCR reading and entering data after collecting business forms, visualizing progress, checking inadequate documents, printing various notices, to managing an account book.

This article reports a process that has extracted messages and business models from system construction and its operation and brought the general-purpose product to market by the participation of designers in individual cases to perform the HCD process.

Key Word: Human-Centered Design, Business System, Design Practitioner

1.はじめに

近年、帳票の電子化が進んでいるが、官公庁や企業では依然と

して、手書きの紙帳票の管理やシステムへの入力に多くの時間と

労力が費やされている。富士ゼロックスではこのような業務に対

応するため、手書き用帳票の設計から、印刷、帳票回収後のデー

タのOCR読み取り・入力、進捗状況の可視化、書類の不備の確認、

各種通知文書等の印刷、台帳管理まで、帳票処理に関する業務プ

ロセスをトータルにサポートするシステムを汎用商品化した[1]。

この商品化に至る過程では、最初に官公庁向け帳票処理業務の

システムの概念モデルが構想され、そこから個別案件での具現化

とモデルの修正を経て商品化を果たした。本稿では、概念モデル

を具現化する個別案件からデザイナーが参画し HCDプロセス[2]

を実践することにより、システム構築と運用からメッセージと業

務モデルを抽出し、汎用商品化を実現したプロセスを報告する。

2.プロセスの概要

本活動のプロセスを三つに分けて説明する(図1)。

ステップ 1: 営業、企画、デザイン部門による検討で、帳票処

理システムの概念モデルを仮説した。

ステップ 2: 先行案件として自治体 I 市の「ふるさと納税」業

務の個別システム開発をおこなった。クライアントの業務フロー

の可視化やプロトタイプの提示をしながらシステムを構築し、概

念モデルの妥当性を検証した。

ステップ3:個別案件を元に汎用商品化を検討するにあたり、他

の業務や帳票を分析することで、官公庁の多様な帳票処理の業務

モデルを抽出し、Web UI ベースのオンプレミスサービスをリリ

ースした。その後、商品のバージョンアップで、操作性を向上し

機能をシンプル化したクラウドサービスを開発した。

3.個別案件を通じたデザイン活動

3-1.クライアントの業務フローの明確化

I市の「ふるさと納税」業務は、当時年間3,500件以上の手書

き帳票による申請をExcel台帳へ入力し、納付書や証明書への差

し込み印刷、申請者への送付を手作業でおこなっていた。申請件

数の増加に対応するためシステム化が検討されたが、全体の業務

フローや社内外とのシステムのやりとりを把握しているユーザ

ーが不在だった。そこで、デザイン部門が中心となり全体像を仮

説・可視化し、それを元に役職や担当範囲の異なる複数人にイン

タビューし、それぞれから得られた情報を再構成していくことで、

大きく5つのフローで成り立っていることが分かった。(図2)

抽出したフローをベースに、時間が多くかかる手作業や人的ミ

スのリスクを減らすための仕組みを検討し、スキャンした申込書

をOCRで読み取り、認識結果をユーザーが確認した上でデータ化

し、一覧するシステムを構想した。

図 1: 概念モデルから汎用商品化へ至る 3 ステップ

図 2: クライアントの現状の業務フローと構想したシステム

126 BULLETIN OF JSSD 2018 日本デザイン学会 デザイン学研究

3-2.プロトタイプの提示を通じた発見

構想したシステムの具現化に向けて、最初に、研究部門で開発

された ORC技術[3]を使ったプロトタイプを作成した。この技術

では、OCRの認識結果をユーザーが確認・訂正するUIとして、「✓」

や「1」などの特定の記入領域を複数帳票を横串で抽出し、認識

結果と該当部分のスキャン画像を羅列することで、効率的に確

認・訂正作業ができる「横串ビュー」(図3)を提供していたが、

このプロトタイプをクライアントに提示していく中で、文字単体

を確認するのではなく、その文字が帳票のどの項目に該当する内

容なのか、帳票のコンテキストを把握しながら確認・訂正できる

「帳票ビュー」も必要であることが分かった。業務と帳票の性質

によって、「横串ビュー」と「帳票ビュー」を使い分けることに

よって、幅広い業務に対応できるようになった。

また、帳票に不備があった場合の表示方法、同姓同名の場合の

表示の区別、UI 上で確認したいステータスの状態など、プロト

タイプで業務フローの流れを具体的に提示することによって、不

明点の洗い出しと、クライアントとの実現イメージの共有をおこ

なった。

4.汎用商品化に向けたデザイン活動

4-1.業務モデルの抽出

個別案件を通じて、当初の概念モデルがより確かなものとなり、

更に幅広い業務に適応できる汎用商品化が検討された。「ふるさ

と納税」業務以外にも対応した業務モデルの抽出をおこなうため

に、多くの事例を集めることが必要となった。そこで、デザイン

部門が講師となって営業や SE向けに、インタビュースキルを身

につけためのHCD講座(HCDの基本的な考え方、インタビューの

役割について理解し、演習で体感する講座)を開設し、業務モデ

ルを抽出できるメンバーを増やしていった。教育を受けた各メン

バーが自治体に赴き、介護認定・児童手当・アンケートなどの業

務フローのヒアリングと帳票を分析したことで、官公庁の多様な

帳票処理業務の業務モデルを抽出することができた。

4-2.個別案件の運用から見えた改善点

個別案件では業務フローを見える化し、作業が完了すると次の

作業に移行するUIを提示していたが、幅広い業務を考慮すると、

書類の不備による帳票の差し戻しが多く、フローが足かせになっ

てしまうケースがあることが分かった。また、OCRの認識結果の

チェック作業において金額にはミスがあってはならないが、アン

ケートなどでは結果の概要だけが分かればよく、確認・訂正作業

という工程が不要なケースもあることが分かった。以上から、商

品版では汎用性をあげるため業務フローの行き来は自由とし、作

業の実施日時によるソート/フィルターで各フローのアイテムを

分かるようにした(図 4)。その後、バージョンアップで処理機

能をクラウド化する一方で、OCRの認識結果を確認・訂正するUI

の操作性を上げるため、確認・訂正をする部分だけクラウド連携

した Windows アプリケーションにし、Web UI では実現が難しか

った操作を実現した。この結果、一覧できる表示量が増え、スキ

ャン画像を見やすい表示サイズに簡単に変更、キーボード操作で

確認・訂正作業ができるようになった。逆に機能面においては、

過剰な機能をシンプルにしたクラウドサービスとなった。

5.まとめと今後の課題

本活動では、個別案件から業務モデルを抽出し、より多くの業

務と帳票の多様性に対応したシステムの汎用商品化までをおこ

なった。その中で、デザイン活動の三つのポイントを確認した。

一つめは、業務フローの全体像など把握されていないものに対

して仮説を立て、可視化することによって議論をする土壌をつく

ったこと。二つめは、プロトタイプを提示することで、クライア

ントや営業、SE、開発者が具体的に一連の業務の流れをイメージ

することを可能とし、不足している情報や検討すべきことを抽出

したこと。三つめは、デザイナーがおこなっていることを他のメ

ンバーを巻き込み、共にできるようになる教育の場を提供したこ

とである。

ビジネス上の課題として、官公庁では業務改善として費用を投

入することが難しく、規模の小さい自治体では導入できないこと

もあった。一方で、商品をリリースしたことによって製造業や金

融などの業種でも同様のニーズがあることが分かってきた。この

ように他の業種にも広げていくため、さらに業務モデルと UIの

検討を進めていく。

参考文献

[1]帳票入出力・台帳管理支援ソフトウェア「ApeosWare

RecordLink」

https://www.fujixerox.co.jp/product/software/aw_record_li

nk/index.html

[2]蓮池公威, 田丸恵理子, 戸崎幹夫, HCD の実践とエスノグラ

フィックアプローチ,日本デザイン学会誌デザイン学研究特

集号通巻70 号, 2011, pp.24-29.

[3]小山 俊哉, 宮本 真一, 矢田 伸一, 木村 俊一, 榊原 崇晃

「帳票データ入力システム FormDataEntry®」富士ゼロックステ

クニカルレポート No.25, 2016, pp.82-90

図 4: 業務フローの UI の工夫 図 3: OCR の認識結果を確認・訂正する UI

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