脳神経外科の患者さんをケアするには,疾患とその治療につ...

1
症 例 経蝶形骨洞手術の模式図 トルコ鞍 蝶形骨洞 けいちょうけいこつどう 蝶形骨洞手術とは,鼻孔もしくは上口唇下を切開し蝶形骨洞を経由することによりトルコ鞍 あん 底部から腫瘍を摘 出するもので,下垂体腺腫の標準治療である。1960 年代に C クッシング ushing の流れをくむ H ハーディー ardy が経蝶形骨洞手術に顕微 鏡と術中透視を導入し,微小腺腫や下垂体を温存する選択的腺腫除去の概念を導入して,今日の経蝶形骨洞手術の 基本を完成させたため,「Hardy術」ともいう。最もよい適応となるのは下垂体腺腫で,最近は頭蓋咽頭腫や鞍結節 部の髄膜腫などに応用が進んでいる。 まつお・たかゆき:1989 年 長崎大学 医学部卒業。1990 年 公立みつぎ総合 病院,1991 年 佐世保市立総合病院, 1995 年 長崎大学医学部 脳神経外科 助 手,1998 年 十善会病院,1999 年 長 崎大学医学部 脳神経外科 講師を経て, 2012 年より同 准教授。日本脳神経外 科学会専門医,日本神経内視鏡学会技 術認定医,日本がん治療認定医,日本 がん治療認定医機構暫定教育医。 執筆松尾孝之 トルコ鞍底 脳神経外科疾患の病態・治療・術後ケア ナースが知りたい! 主要症例で学ぶ 348 BRAIN Vol.3 No.4 July&August 2013 経蝶形骨洞手術 第17 回 BRAIN Vol.3 No.4 July&August 2013 349 脳神経外科疾患 病態・治療・術後ケア 経蝶形骨洞 手術 ナース知りたい! 主要症例で学ぶ 連載 第17 回 はじめに 脳神経外科の患者さんをケアするには,疾患とその治療について知らないと始まらない! 基本中の基本の症例を通して,ナースが知っておくべき知識を実践的かつビジュアルに解説します。 企画林 健太郎(長崎大学 脳神経外科) 症例提示 症例 31 歳,男性 既往歴 特記事項なし 現病歴 視野の狭窄を自覚し,近医 眼科を受診。両 りょうじそくはんもう 耳側半盲を指摘され て頭部 CT を施行され,トルコ鞍部 腫瘍の疑いで脳神経外科外来紹介と なった。 検査所見 頭部 MRI( 図1 )では, トルコ鞍内から鞍上部に伸び,造 影効果を認める腫瘍性病変が視神 経を上方に圧排しており,下垂体 腺腫を疑った。視野検査では両耳 側半盲を認めた( 図2 )。下垂体 ホルモン基礎値はすべて正常範囲 にあり,非機能性下垂体腺腫によ る視神経圧迫が両耳側半盲の原因 と考えられた。 治療 非機能性下垂体腺腫であり,両耳 側半盲を認める。大きな下垂体腺腫 であるため,内視鏡下経蝶形骨洞法 による手術を全身麻酔下に行った。 右鼻孔よりアプローチし,両側自 然孔を利用して蝶形骨洞前壁を切除 して蝶形骨洞内に入ると,トルコ鞍 底を確認することができる( 図3 -A)。トルコ鞍底の骨を除去し硬膜 を切開すると,柔らかい下垂体腺腫 を認め,これをキュレッテージし, 摘出した(図 3-B)。摘出後は鞍内 には上方に鞍隔膜,後方に正常の下 垂体が確認できた(図 3-C)。 術後 MRI では,下垂体腺腫の全 図1 来院時頭部MRI所見(ガドリニウム造影) 図2 来院時視野検査所見 A トルコ鞍底の確認 A 冠状断面 B 矢状断面 90 105 120 135 75 60 45 255 270 285 210 195 180 165 150 225 240 300 30 15 0 345 330 315 10 10 10 10 20 20 20 20 30 30 30 30 40 40 40 40 50 50 50 60 90 105 120 135 75 60 45 255 270 285 210 195 180 165 150 225 240 300 30 15 0 345 330 315 10 10 10 10 20 20 20 20 30 30 30 30 40 40 40 40 50 50 50 60 70 2 2 0 0 10 0 10 10 0 20 0 20 0 0 0 0 2 2 0 0 0 0 10 10 1 0 0 2 2 I-4e B 下垂体腺腫の摘出 C 摘出後 図3 経蝶形骨洞手術の術中所見 A:蝶形骨洞内からトルコ鞍底部を見たところ。 B:鞍底部硬膜を切開後,腫瘍のキュレッテージ。 C:摘出が完了し,鞍隔膜および正常下垂体が確 認できる。 キュレット 鞍隔膜 正常下垂体 下垂体腺腫

Transcript of 脳神経外科の患者さんをケアするには,疾患とその治療につ...

Page 1: 脳神経外科の患者さんをケアするには,疾患とその治療につ …基本を完成させたため,「Hardy術」ともいう。最もよい適応となるのは下垂体腺腫で,最近は頭蓋咽頭腫や鞍結節

症 例

経蝶形骨洞手術の模式図

トルコ鞍

蝶形骨洞

 経けいちょうけいこつどう

蝶形骨洞手術とは,鼻孔もしくは上口唇下を切開し蝶形骨洞を経由することによりトルコ鞍あん

底部から腫瘍を摘出するもので,下垂体腺腫の標準治療である。1960 年代に C

ク ッ シ ン グ

ushing の流れをくむHハーディー

ardy が経蝶形骨洞手術に顕微鏡と術中透視を導入し,微小腺腫や下垂体を温存する選択的腺腫除去の概念を導入して,今日の経蝶形骨洞手術の基本を完成させたため,「Hardy 術」ともいう。最もよい適応となるのは下垂体腺腫で,最近は頭蓋咽頭腫や鞍結節部の髄膜腫などに応用が進んでいる。

まつお・たかゆき:1989 年 長崎大学医学部卒業。1990 年 公立みつぎ総合病院,1991 年 佐世保市立総合病院,1995 年 長崎大学医学部 脳神経外科 助手,1998 年 十善会病院,1999 年 長崎大学医学部 脳神経外科 講師を経て,2012 年より同 准教授。日本脳神経外科学会専門医,日本神経内視鏡学会技術認定医,日本がん治療認定医,日本がん治療認定医機構暫定教育医。

執筆●

松尾孝之

トルコ鞍底

脳神経外科疾患の病態・治療・術後ケアナースが知りたい!

主要症例で学ぶ

348 ・ BRAIN Vol.3 No.4 July&August 2013

経蝶形骨洞手術第17回

BRAIN Vol.3 No.4 July&August 2013 ・ 349

脳神経外科疾患の病態・治療・術後ケア

経蝶形骨洞手術

ナースが知りたい!主要症例で学ぶ

連載

第17回

はじめに?

脳神経外科の患者さんをケアするには,疾患とその治療について知らないと始まらない!基本中の基本の症例を通して,ナースが知っておくべき知識を実践的かつビジュアルに解説します。

企画●林 健太郎 (長崎大学 脳神経外科)

症例提示

症例 31歳,男性既往歴 特記事項なし現病歴 視野の狭窄を自覚し,近医眼科を受診。両

りょうじそくはんもう

耳側半盲を指摘されて頭部CTを施行され,トルコ鞍部腫瘍の疑いで脳神経外科外来紹介となった。検査所見 頭部MRI( 図1 )では,トルコ鞍内から鞍上部に伸び,造影効果を認める腫瘍性病変が視神経を上方に圧排しており,下垂体腺腫を疑った。視野検査では両耳側半盲を認めた( 図2 )。下垂体ホルモン基礎値はすべて正常範囲にあり,非機能性下垂体腺腫による視神経圧迫が両耳側半盲の原因と考えられた。

治療

 非機能性下垂体腺腫であり,両耳側半盲を認める。大きな下垂体腺腫であるため,内視鏡下経蝶形骨洞法による手術を全身麻酔下に行った。 右鼻孔よりアプローチし,両側自然孔を利用して蝶形骨洞前壁を切除して蝶形骨洞内に入ると,トルコ鞍底を確認することができる( 図3

-A)。トルコ鞍底の骨を除去し硬膜を切開すると,柔らかい下垂体腺腫を認め,これをキュレッテージし,摘出した(図 3-B)。摘出後は鞍内には上方に鞍隔膜,後方に正常の下垂体が確認できた(図 3-C)。 術後MRI では,下垂体腺腫の全

図1 来院時頭部MRI所見(ガドリニウム造影)

図2 来院時視野検査所見

A トルコ鞍底の確認

A 冠状断面 B 矢状断面

90105120135 75 60 45

255 270 285

210

195

180

165

150

225 240 300

30

15

0

345

330

315

10

10

1010

20

20

2020

30

30

3030

40

40

4040

50

505060

90105120135 75 60 45

255 270 285

210

195

180

165

150

225240 300

30

15

0

345

330

315

10

10

1010

20

20

2020

30

30

3030

40

40

4040

50

5050 60 702200 1001010020020

00

002200001010100 22

I-4e

B 下垂体腺腫の摘出

C 摘出後

図3 経蝶形骨洞手術の術中所見A:蝶形骨洞内からトルコ鞍底部を見たところ。B:鞍底部硬膜を切開後,腫瘍のキュレッテージ。C:摘出が完了し,鞍隔膜および正常下垂体が確認できる。

キュレット

鞍隔膜

正常下垂体

下垂体腺腫