スギ花粉由来エアロゾルって、どうなっているの?tanaka/lab/AcidRain/第34...Rain...

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34 回酸性雨問題研究会シンポジウム-大気エアロゾルとその植物・人間へのインパクト- 埼玉大学・王青躍 1スギ花粉由来エアロゾルって、どうなっているの? 埼玉大学・工学部・環境共生学科 王 青躍 1. はじめに 花粉症といえば、アメリカのブタクサ花粉症、ヨーロッパのイネ科花粉症、日本のスギ花粉症 と合わせて世界三大花粉症と呼ばれるまでになっています。日本の場合、スギ花粉症の有病率は 人口の約 16 %を占め、特に都市部では約 20~40 %の発症率を有する疾患となっています。スギ花 粉症は 1964 年に日本で初めて発症が確認され、それ以降、発症者は増加し続けており、近年日本 でのスギ花粉症発症の低年齢化も進んできております。スギ花粉の飛散時期は関東地方では 2 中旬から 4 月くらいまで飛散しています。また、ヒノキ花粉は 4 月から 5 月まで飛散しており、 スギ花粉飛散期の終わりの方はヒノキの飛散期と重なることがあります。スギ花粉とヒノキ花粉 のアレルゲン物質は交叉反応性を持っているといわれています。これは、スギ花粉とヒノキ花粉 のアレルゲンの構造が似ているためスギ花粉アレルゲンの抗体がヒノキ花粉のアレルゲンに反応 して花粉症症状を引き起こす、またその逆もあるともいわれています。そのため、スギ花粉症患 者の中には長期にわたって花粉症症状が緩和されない方も多く見られます。 スギ花粉の粒径を見てみるとその大きさは 30 μm 程(1)ですが、花粉症発症の原因物質は 花粉粒の中に存在するアレルゲン物質であり、特にスギ花粉のアレルゲン物質は Cry j 1 Cry j 2 2 種類が多く存在しています。Cry j 1 は主にスギ花粉の最表層を構成する花粉外壁およびユー ビッシュ小体に、Cry j 2 は花粉内部のデンプン粒に局在しています。スギ花粉症発症率の増加要 因は、戦後に植林されたスギが大量に花粉を飛散させるといわれる 30 年生以上に成長してきたこ と、住環境の清潔化によりアレルゲンへの抵抗力が低下してきたことなどと共に大気汚染物質の 増加も原因の一つとされています。スギ花粉への大気汚染物質の影響は、スギ花粉アレルゲン含 有粒子の微小粒子への移行やスギ花粉アレルゲンの汚染物質による修飾(変性)等が報告されてお り、スギ花粉由来エアロゾルの性質を変化させている可能性があります。 拡⼤ スギ花粉 デンプン粒 ユービッシュ⼩体 拡⼤ 10 μm 1.0 μm イメージ 1. スギ花粉

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第 34 回酸性雨問題研究会シンポジウム-大気エアロゾルとその植物・人間へのインパクト- 埼玉大学・王青躍

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スギ花粉由来エアロゾルって、どうなっているの?

埼玉大学・工学部・環境共生学科 王 青躍

1. はじめに

花粉症といえば、アメリカのブタクサ花粉症、ヨーロッパのイネ科花粉症、日本のスギ花粉症

と合わせて世界三大花粉症と呼ばれるまでになっています。日本の場合、スギ花粉症の有病率は

人口の約 16 %を占め、特に都市部では約 20~40 %の発症率を有する疾患となっています。スギ花

粉症は 1964 年に日本で初めて発症が確認され、それ以降、発症者は増加し続けており、近年日本

でのスギ花粉症発症の低年齢化も進んできております。スギ花粉の飛散時期は関東地方では 2 月

中旬から 4 月くらいまで飛散しています。また、ヒノキ花粉は 4 月から 5 月まで飛散しており、

スギ花粉飛散期の終わりの方はヒノキの飛散期と重なることがあります。スギ花粉とヒノキ花粉

のアレルゲン物質は交叉反応性を持っているといわれています。これは、スギ花粉とヒノキ花粉

のアレルゲンの構造が似ているためスギ花粉アレルゲンの抗体がヒノキ花粉のアレルゲンに反応

して花粉症症状を引き起こす、またその逆もあるともいわれています。そのため、スギ花粉症患

者の中には長期にわたって花粉症症状が緩和されない方も多く見られます。

スギ花粉の粒径を見てみるとその大きさは 30 μm 程(図 1)ですが、花粉症発症の原因物質は

花粉粒の中に存在するアレルゲン物質であり、特にスギ花粉のアレルゲン物質は Cry j 1 と Cry j 2

の 2 種類が多く存在しています。Cry j 1 は主にスギ花粉の最表層を構成する花粉外壁およびユー

ビッシュ小体に、Cry j 2 は花粉内部のデンプン粒に局在しています。スギ花粉症発症率の増加要

因は、戦後に植林されたスギが大量に花粉を飛散させるといわれる 30 年生以上に成長してきたこ

と、住環境の清潔化によりアレルゲンへの抵抗力が低下してきたことなどと共に大気汚染物質の

増加も原因の一つとされています。スギ花粉への大気汚染物質の影響は、スギ花粉アレルゲン含

有粒子の微小粒子への移行やスギ花粉アレルゲンの汚染物質による修飾(変性)等が報告されてお

り、スギ花粉由来エアロゾルの性質を変化させている可能性があります。

拡⼤ スギ花粉

デンプン粒

ユービッシュ⼩体

拡⼤10 μm

1.0 μm

イメージ

図 1. スギ花粉の構造

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花粉症などのアレルギー反応は、以下の反応で引き起こされます(図 2)。まず体内に入ってき

たアレルゲンを T リンパ球が認識し、B リンパ球が抗体を作る。その抗体(IgE など(免疫グロ

ブリンの一種))が肥満細胞(マスト細胞)や好塩基球、好酸球という白血球に結合する。この状

態が、そのアレルゲンに感作された状態です。そこに再度アレルゲンが侵入し、抗体に結合する

と、これらの白血球がヒスタミン、セロトニンなどの化学伝達物質を放出します。これらの物質

の作用により、血管拡張などが起こり、粘膜の腫れ、かゆみなどの症状があらわれます。これら

の症状はアレルゲンの性質によってかわり、アレルゲン物質が高分子量(約 2500 以上)、組成が

複雑、形状が粒子状などの場合、そのアレルゲン性は増加するといわれています。こうしたアレ

ルギー反応は、ある物質と同時に投与されるとその影響が促進されることがあります。

こうした物質をアジュバントといい、アレルギー症状の促進作用をアジュバント効果と呼びま

す。アジュバント自体はそのアレルゲンの抗体とは反応性を示しません。本来アジュバントは、

ワクチン投与の際、同時に投与することで少量の抗原量でも効果をたせるといった免疫分野で利

用されました。しかし、近年、大気汚染物質がアジュバント効果を持つことが報告されています。

2. スギ花粉と大気汚染物質

東京都市部に飛来するスギ花粉の発生源は周辺の山間部ですが、上空を数百 km も移動し都市部

へと移流してきます。都市部に移流してきたスギ花粉は、さまざまな大気汚染物質と接触し変性

したりまた付着した大気汚染物質と同時に人体の内部に吸引されたりすることで、アジュバント

効果を引き起こすと考えられています。アレルギー反応へのアジュバント効果を引き起こす物質

は自動車排ガス、土壌粒子(黄砂など)、金属粒子、芳香族炭化水素などいろいろと研究され報告

されています。実際に、埼玉大学にて捕集した大気中のスギ花粉を走査型電子顕微鏡で数千倍に

拡大して観察した画像では、さまざまな粒子がスギ花粉の表面に付着しているのが見られました

(図 3)。そのため、スギ花粉に大気汚染物質が付着した複合体のエアロゾルは、スギ花粉症状を

悪化させるため、都市部でのスギ花粉症有病率の増加を引き起こす原因の一つと考えられていま

図 2. アレルギーの発症メカニズム(鈴木順子, 青野治朗, 2009, くすりの作用と効くし

くみ事典, 永岡書店, 68-69.)より引用.

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す。

3. スギ花粉アレルゲン物質の微小粒子化

近年都市部でスギ花粉を原因とする花粉喘息の発症が観察されるようになっています。喘息は

微小粒子によって発症していると考えられており、スギ花粉のような粗大粒子では喘息を引き起

こさないと考えられていました。しかし、実際に、Cry j 1 および Cry j 2 は大気中で< 1.1 μm に高

い割合で存在していることが我々のフィールド調査・計測から確認されており、さらに都市部で

は山間部よりも多くの Cry j 1 が< 1.1 μm に存在すること(図 4)が報告されています。スギ花粉

アレルゲン含有粒子の微小粒子への移行の原因は、花粉表面からの Cry j 1 含有ユービッシュ小体

の剥離、花粉粒子が高湿度や降雨によって水分を吸収、膨潤して破裂することで花粉内部の Cry j

2 の大気中への放出などが考えられています。

3.1. スギ花粉粒への高湿度による影響

スギ花粉粒は細胞壁に囲まれており、非常に強固な構造をしています。しかし、大気汚染物質

との接触によって細胞壁に亀裂等が生じると、そこから水分を吸収し、内部の細胞膜が膨張する

ことで、内部から破裂することが考えられています。我々の走査型電子顕微鏡による調査では(図

図 4. 2006年度におけるCry j 1濃度の山間部と都市部での比較(M: 山間部, R: 都市部道路端, W: 平日, H: 休日)3).

M. W. R. W. R. H.Cry

j 1

con

cen

trat

ion

(n

g/m

3)

Po

lle

n c

ou

nt

(co

un

t/cm

2/4

6h

)

M. H.

3.3~7.0 m

> 7.0 m

< 1.1 m

pollen count

M: Mountain area

R: Roadside

H: Holiday

W: Weekday 0

0.01

0.02

0.03

0.04

0.05

0.06

0.07

0.08

0

10

20

30

40

50

60

3/24, 27 3/24, 273/21, 25 3/25, 26

19,00021,000300200Traffic density (car/day)0000Rain (mm/47 h)

52381537Airborne pollen count (count/cm2/46 h)

n.d. means below the detection limit.

Pollen count

: Standard deviation

Pollen surface

Particles Particles

図 3. 埼玉大学で捕集されたスギ花粉上に大気中の粒子が付着している様子 2).

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5)、相対湿度 100 %に達してから約 4 分程度にスギ花粉が破裂し、スギ花粉内部の細胞を放出し

た様子が観察されました。湿度 100 %に達した直後(図 5A)および破裂直前(図 5B)の花粉粒

の粒径を比べると、湿度 100 %に達した直後では花粉粒径が 26.37 μm であるのに対して、破裂直

前では 32.56 μm とスギ花粉粒が膨張していき、やがて破裂していくのがわかります。

3.2. スギ花粉粒への降水による影響

都市部では降水後の晴れ日に微小粒子となったアレルゲン粒子の存在割合が高くなることから、

降雨がスギ花粉アレルゲン含有微小粒子の発生に影響していると考えています。降雨によるスギ

花粉アレルゲン含有粒子の微小粒径への移行メカニズムは、降雨との接触によるアレルゲンの溶

出やユービッシュ小体の剥離が考えられています。図 6 は降水を模擬した溶液にスギ花粉が接触

した画像(図 6D)及び溶液に接触しなかったスギ花粉の画像(図 6B)を示しています。溶液と

接触したスギ花粉からは表面に付着していたユービッシュ小体の剥離が見られたのが観察されま

した。

スギ花粉由来エアロゾルの放出過程は以下のイメージ図(図 7)で表すことができ、すなわち、

高湿度・降水による破裂、アレルゲンの溶出、ユービッシュ小体の剥離などから理解できます。

図 6. 模擬降雨に接触したスギ花粉と接触しなかったスギ花粉における構造の変化.

図 5. スギ花粉の高湿度条件下における形態変化の様子.

B

ED F

10 m

A C

10 m 10 m

10 m 10 m 10 m

26.3726.37 mm32.56 32.56 mm

0 sec 191 sec 231 sec

249 sec 254 sec

B

ED F

10 m

A C

10 m 10 m

10 m 10 m 10 m

26.3726.37 mm32.56 32.56 mm

0 sec 191 sec 231 sec

249 sec 254 sec

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⾬滴との接触【拡⼤図】

<降⽔と花粉との接触によるアレルゲン含有粒⼦の⽣成過程>

花粉の破裂

ユービッシュ⼩体の剥離花粉壁⾯からの成分溶出

アレルゲン含有粒⼦

Cry j 1アレルゲン含有粒⼦の⽣成要因

Cry j 2 アレルゲン含有粒⼦の⽣成要因

アレルゲン含有粒⼦の発⽣ 花粉喘息の発症etc…

剥離溶出放出

降⽔(⾬、霧等)との接触

花粉⾶散地(発⽣源)

アレルゲン含有粒⼦の⽣成機構イメージ】

図 7. スギ花粉由来エアロゾルの放出過程

スギ花粉アレルゲンの溶液中での溶出挙動は、降雨中のイオン濃度が高いとアレルゲンの溶出

量も多くなります(図 8)。降雨中のイオン濃度は、都市部のような大気汚染物質が大気中に多く

存在する地域では雨が降り始めると大気中の大気汚染物質が取り込まれ、降雨中のイオン濃度が

上昇するため、スギ花粉アレルゲンのスギ花粉からの溶出は、都市部のような大気汚染物質を多

く含む「汚れた雨」によって促進され、微小粒子の発生に寄与していると考えられます。

さらに、近年では、スギ花粉飛散期と重なるように東アジア大陸から長距離輸送されてくる黄

砂が観察されるようになっています。黄砂は中国の工業地帯などを通り、大気汚染物質を表面に

吸着させて輸送されてくるため、黄砂が降雨に取り込まれるとイオン濃度が数倍に上昇すること

もあります。また、スギ花粉は接触する溶液の pH が高い(塩基性なっていく)と、花粉粒が破

裂し、内部の Cry j 2 を含むデンプン粒を放出すると考えられており、我々が実際に捕集した降雨

中のスギ花粉の破裂割合と降雨の pH との相関にも良い相関がありました(図 9)。

0

25

50

75

100

3 5 7 9 11

Bur

st ra

tio

of p

olle

n (%

)

pH

y = 15.0x - 50.6R = 0.61, p < 0.1, n = 21

図 9. 降雨中のスギ花粉破裂割合と pH の相

関関係 図 8. イオン濃度の変化による Cry j 1 溶出濃度

の変化 4).

0

200

400

600

800

UPW 80 150 500 1500

Elu

ted

Cry

j 1

co

ncen

trat

ions

(n

g/m

g)

Ion strengths (mI)

KNO3

NH4NO3

Ca(NO3)2

KNO3

NH4NO3

Ca(NO3)2

ABallpark Cry j 1 content in cedar pollen

0

200

400

600

800

UPW 80 150 500 1500

Elu

ted

Cry

j 1

co

ncen

trat

ions

(ng

/mg)

Ion strengths (mI)

NH4ClNH4NO3(NH4)2SO4(NH4)2C2O4

NH4NO3

NH4Cl

(NH4)2SO4

(NH4)2C2O4

B

n.a.

Ballpark Cry j 1 content in cedar pollen

NH4NO3

NH4Cl

(NH4)2SO4

(NH4)2C2O4

0

200

400

600

800

UPW 80 150 500 1500

Elu

ted

Cry

j 1

co

ncen

trat

ions

(ng

/mg)

Ion strengths (mI)

NH4ClNH4NO3(NH4)2SO4(NH4)2C2O4

NH4NO3

NH4Cl

(NH4)2SO4

(NH4)2C2O4

B

n.a.

Ballpark Cry j 1 content in cedar pollen

NH4NO3

NH4Cl

(NH4)2SO4

(NH4)2C2O4

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4. スギ花粉アレルゲン物質の修飾・変性

スギ花粉アレルゲンは大気汚染物質と反応し、

タンパク質の変性を引き起こすことも懸念され

ています。図 10 に様々な大気汚染物質と反応

させたスギ花粉抽出物中のタンパク質の分子量

分布の変化を示しました。大気汚染物質として

知られている Peroxynitrite (aq)(Line 2)と H2O2

(aq)(Line 5)をそれぞれ加えたサンプルは、ス

ギ花粉アレルゲン溶液(Line 1)よりもバンド

が全体的に薄く、タンパク質濃度が低かったで

す。さらに、分子量約 44 kDa と 41 kDa(2 本の

バンド)は Cry j 1、約 37 kDa は Cry j 2 に相当

するため、スギ花粉アレルゲンの修飾が示唆さ

れました。HNO3 (aq)(Line 3)と H2SO4 (aq)(Line

4)をそれぞれ加えた場合は Cry j 1 と Cry j 2 に相当するバンドが検出されませんでした。この結

果から、液相中均一反応を想定した反応場、すなわち、スギ花粉飛散期の都市部環境中(降雨また

は高湿度)において、スギ花粉アレルゲンが修飾される可能性が考えられます。

5. おわりに

スギ花粉と大気汚染物質の影響は非常に多岐にわたっており、アレルゲンの微小粒子化による

スギ花粉由来の喘息を引き起こし、アレルゲンの変性による花粉症症状の悪化や、アレルゲン物

質の修飾・変性等を引き起こします。スギ花粉と大気汚染物質に関する研究はまだまだ未知なる

事が沢山あり、研究に尽きない分野です。私自身もスギ花粉症患者であり、こうした研究は早急

に解明し、医学・薬学的な研究の一助として情報を提供していきたいと思っています。

【参考文献】

1) 鈴木順子, 青野治朗, 2009, くすりの作用と効くしくみ事典, 永岡書店, 68-69. 2) Wang, Q., Gong, X., Nakamura, S., Kurihara, K., Suzuki, M., Sakamoto, K., Miwa, M., Lu, S., 2009,

Air pollutant deposition effect and morphological change of Cryptomeria japonica pollen during its transport in urban and mountainous areas of Japan, Environmental Health Risk V, Biomedicine and Health, 14, 77-89.

3) 栗原幸大, 王青躍, 桐生浩喜, 坂本和彦, 三輪誠, 内山巌雄, 2007, 埼玉県都市部、道路端およ

び山間部におけるスギ花粉アレルゲン含有粒子状物質の飛散挙動に関する研究, 大気環境学

会 42 (6), 362-368. 4) Wang, Q., Nakamura, S., Gong, X., Lu, S., Nakajima, D., Wu, D., Suzuki, M., Sakamoto, K., Miwa,

M., 2010, Evaluation of elution behavior and morphological change of Cryptomeria japonica pollen grain and release of its daughter allergenic particles by air polluted rainfall, Air pollution XVIII, Ecology and the Environment, 136, 185-197.

(花粉研究の詳細 http://park.saitama-u.ac.jp/~wang_oseiyo/index-j.php を参照してください。)

114.084.7

47.3

31.3

25.7

1 2 3

MolecularWeight(kDa)

4 5 6

ca. 26.0

ca. 37.0

ca. 25.0

ca. 45.0 & 42.0

図 10. SDS-PAGE によるスギ花粉抽出物と

大気汚染物質を反応させた後の抽出

物の分子量分布の違い. Line 1: スギ花粉抽出物(JCPE), Line 2: JCPE + Peroxynitrite aq, Line 3: JCPE + HNO3, aq, Line 4: JCPE + H2SO4 aq, Line 5: JCPE + H2O2 aq, Line 6: 分子量マーカー.