抗認知症薬の使い方再考...態を評価した neuropsychiatric...

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平成29年6月21日(水) 第50回 岬地区講演会 於:たちばな旅館2階会議室 <在宅療養支援診療所> 旭町内科ク リ ニ ッ ク 森 岡 明 日本内科学会総合内科専門医 日本認知症学会専門医・指導医 日本プライマリケア連合学会認定医・指導医 日本プライマリケア連合学会認定薬剤師研修指導医 厚生労働省認定認知症サポート医 日本心療内科学会登録医 日本糖尿病協会登録医 日本心身医学会代議員 抗認知症薬の使い方再考 地域包括ケアシステムの中での抗認知症薬の立ち位置

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平成29年6月21日(水) 第50回 岬地区講演会 於:たちばな旅館2階会議室

<在宅療養支援診療所>

旭町内科ク リ ニ ッ ク

森 岡 明 日本内科学会総合内科専門医 日本認知症学会専門医・指導医

日本プライマリケア連合学会認定医・指導医 日本プライマリケア連合学会認定薬剤師研修指導医

厚生労働省認定認知症サポート医 日本心療内科学会登録医 日本糖尿病協会登録医 日本心身医学会代議員

抗認知症薬の使い方再考 地域包括ケアシステムの中での抗認知症薬の立ち位置

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はじめに たとえば ここに“家にいるのに「家に帰る」と出ていく人”がいるとします。 この人を、私たちはどのように理解すればいいのでしょうか。 そもそも“家にいるのに(家にいる自覚がない)”とは、どのような事態なのでしょうか。 そしてまた、なぜ“「家に帰る」と出ていく ”のでしょうか。

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医学的解釈 ●脳の症状の総論的なこと 見当識障害 意識障害(脳の急性症状) 知的障害(脳の慢性症状) 大脳の後方・・外界の認識・情報入力 大脳の前方・・入力した情報処理と出力、情報に基づく行動 ●後方(入力)の障害例:アルツハイマー病の取り繕い応答 後方(入力)の障害を前方(出力)で補っている 幻視:レビー小体病 ●前方(出力)の障害例:前頭側頭葉変性症の環境依存的な脱抑制 後方からの情報入力を前方が適切に処理できない ●病変部位とはあまり関係しない一般症状 抽象的態度の障害、自動性・意図性能力の乖離、破局反応 病態失認、保続

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●からだの異変を医学的に分かり、同時にこころの世界を心理的に分かることが求められる。

●「われわれは自然を説明し、心的生活を了解する」(DILTHEY W.1883)という心身二元論によるこのような分かり方から認知症の方へのかかわりがはじまる。

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医学的解釈 “家にいるのに(家にいる自覚がない)”と いう事態そのものは、こころだけでは計り がたい現象であり、むしろからだに異変が 起きたと考えるのが自然。

心理的了解

“「家に帰る」と出ていく人”のこころは、そ の場に威圧されたとき、あるいは孤立を感 じたとき、人は「家に帰りたい」と思う。

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一般名 ドネペジル ガランタミン リバスチグミン メマンチン

商品名 アリセプト® レミニール® リバスタッチ®パッチ

メマリー®

イクセロン®パッチ

主な作用機序 コリンエステラーゼ阻害薬 NMDA受容体拮抗薬

適応症

AD(軽度~重度)、 AD(軽度~中等度) AD(軽度~中等度) AD(中等度~重度)

DLB

剤型

錠剤、口腔内崩壊錠 錠剤、口腔内崩壊錠 貼付剤 錠剤、口腔内崩壊錠

細粒、ゼリー、 液剤

ドライシロップ

投与回数 1日1回 1日2回 1日1回 1日1回

代謝、排泄経路 肝代謝 肝・腎代謝

肝代謝(エステラーゼ

腎排泄 により分解)

主な抗認知症薬 コリンエステラーゼ阻害薬(cholinesterase inhibitor:ChEI)

N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗薬

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メマリー

抗認知症薬の作用機序

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ドネペジル(アリセプト®)

●アルツハイマー型認知症(AD)の中でも意欲低下、特に「アパシー」と呼ばれるような無気力様状態の患者さんに主に使用。 ●診察室では、穏やかな態度で診察を受けられる患者さん。 ●もともと真面目、几帳面で、温和な「メランコリー親和型性格」の方に投与すると、易刺激性亢進・興奮などの有害事象が起きずにうまく導入できることが多い。 ●2014年に日本でレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)に関する効能・効果の承認を取得し、世界で初のADとDLBの治療薬になった。

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ドネペジル(アリセプト®)の処方例 81歳、男性、レビー小体型認知症 75歳頃より、夜中に大声をあげて手を振り回すなどといったレム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder:RBD)が出現。76歳より虫が見える、蛍光灯が落ちてくるなどの幻視が出現。 近医精神科クリニックで老年期精神障害と診断された。ここ2週間くらい前から「亡くなった妻が来ている」などと家族に訴えるため、心配した娘に連れられて当院受診となった。 初診時、近似記憶の障害はあまり目立たなかった。(遅延再生の課題で4/6、言語流暢性の課題で1/5、HDS-R 24点)が、幻視や手指模倣などの視空間認知機能低下、RBD、実体的意識性、便秘、起立性低血圧、失神のエピソード、嗅覚障害などを認めたためprobable DLBと診断し、ドネペジル(アリセプト®)を1回3㎎1日1回から開始した。 2週間後には、「頭がすっきりしている、ここ1週間くらい寝起きがいい」とのことで、1回5㎎、1日1回に増量、最終的には1回10㎎、1日1回に増量した。以前使用していたクエチアピン(セロクエル®)1回25㎎、1日1回)は中止でき、幻視はほぼ消失した。RBDに関しては、少し寝言を言う程度に減少した。また、囲碁クラブに参加するなど意欲や自発性の改善もみられた。

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ガランタミン(レミニール®)の処方例 88歳、女性、アルツハイマー型認知症(AD) 81歳頃より物忘れがみられ、徐々に進行。84歳時には、通帳や鍵などを置いた場所を忘れるようになったため、愛媛大学病院神経内科を受診したところADと診断された。この時からドネペジル(アリセプト®)開始(1日3㎎、1日1回)となり、最終的には1回5㎎、1日1回まで増量されていた。 87歳時には、火の不始末、弄便などがみられるようになったため、88歳時には施設入所となった。時間・場所の失見当識があり、易刺激性亢進・興奮がが強かったため、ドネペジルに代えてガランタミン(レミニール® )8㎎/日(1回4㎎、1日2回)を開始した。16㎎/日(1回8㎎、1日2回)まで増量した時点で情動はかなり安定し、帰宅願望もなくなり施設での生活がスムーズに送れるようになった。 使用のポイント 主に、落ち着きのなさや怒りっぽさが目立つ患者さんに使用。 ADのBPSDに対し、興奮/攻撃性、不安、脱抑制、異常行動に対して効果があることが報告されている。 ADはしばしば脳血管障害(ラクナ梗塞など)を伴う。ラクナ梗塞などの病変が加わることで認知機能の悪化が引き起こされる。 2011年のAmerican Heart Association/American Stroke Associationによるガイドラインでは、ガランタミンは脳血管障害に伴うADに対して有効性がエビデンスレベルAでクラスⅡa とされている。

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リバスチグミンの処方例 89歳、女性、アルツハイマー型認知症(AD) 85歳頃から物忘れ出現。近医内科でADと診断されていたが、もの盗られ妄想や易刺激性亢進などの精神症状が強くなり、87歳時に精神科病院を受診し、非定型抗精神病薬の処方を受けた。その後徐々に自発性が低下し通院困難となったため、88歳時から当院による訪問診療を開始。しかし、1か月後にはイレウスを発症し入院となった。病状改善後もほとんど食事がとれない状況が続いたため、輸液をしながら2週間で退院。入院先では、「認知症の終末期でもう看取りになるでしょう」といわれていた。 退院後は、意欲改善、食欲改善をねらってリバスチグミンの貼付剤(リバスタッチ®パッチ)を1枚4.5㎎、1日1枚から開始すると、1か月後から徐々に食事が摂れるようになり、2か月後には十分食事が摂れ、おしゃべりにも活気がでてくるなど著明な改善を認めた。

使用のポイント ADのなかでは、食欲不振や意欲低下がある患者さんに使用。 内服薬に心理的抵抗がある患者さんに喜ばれる場合もある。リバスチグミン投与により食欲や嚥下機能が改善される症例が報告されている。 食欲増進例では、ブチリルコリンエステラーゼ阻害作用による活性型グレリンの比率の増加が関与していると考えられている。 DLBに対するリバスチグミンのランダム化比較試験では、妄想、幻覚、無表情、うつ状態を評価したneuropsychiatric inventory(NPI)-4スコアの有意な改善が認められている。さらに、認知症症状を伴うパーキンソン病(PDD)に対しては、エビデンスレベルⅡ(Minds分類)の認知機能改善効果を示している。 DLBやPDDなどのαシヌクレイノパチーに対して、国内保険適応はないが効果が期待されている。

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メマンチン(メマリー®)の処方例 80歳、男性、アルツハイマー型認知症(AD) 77歳頃からもの忘れがl出現し、何度も同じことをくり返すことに家人が気づく。近医精神科でADと診断され、 ドネベジルやガランタミンなどのChEIが使用されたが、いずれ も悪心・下痢などの消化器症状のため中止。リバスチグミンの貼付剤は、保湿剤やステロイド軟膏処置をしても接触性皮膚炎を起こし、使用できなかった。当院では、メマンチン(メマリー®)を 5mg(1回5mg、1日1回)から開始。通常は1週間ごとに5mgずつ増量し、20mg/日を維持量とするが、本症例では副作用の発現に注意しながら1か月ごとに5mgず つゆっくりとした増量を行った。その後は、表情が明るくなって会話量が増え、今までうまくできなかった銀行キャッシュカードによる現金引き出しができるようになった。

使用のポイント ADのなかで,特に不安・焦燥・興奮が強い患者さんに使用。.ガランタミンよりBPSDの程度が強い人に対して用いる。ADの確定診断に自信がないときに、メマンチンから開始して様子をみるというやり方もある。 例えば、前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)は、ChEI使用により悪化する可能性がある一方で、最近のメタアナリシスでは,メマンチンがFTDの臨床全般印象度(clnical global impressions:CGI)をわずかではあるが改善させたとの報告もある。 また、ADに対しドネペジルにメマンチンを併用することにより、NPIスコアが改善され,BPSDの悪化が抑制されたという報告がある。 「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(平成27年度厚生労働科学特別研究事業)」のなかでは幻覚・妄想・攻撃性・焦燥などのBPSDに対してはメマンチンの使用をまず検討し、ChElは逆に増悪させることもあるので注意が必要であるとされている。 また、メマンチンはBPSDに対する効果のみが強調される傾向にあるが、海外における6つの二重盲検試験を解析すると3つの評価項目(言語,記憶,行為)においてメマンチン20mg投与群はプラセボ群よりも統計学的に有意な改善があった。

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抑制系

抗認知症薬とBPSDに対応する薬剤との関係

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認知症の進行と心理状態の変化

医療やケアのスタッフの役割: 周囲の人と本人との関係性の修復

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診断 困難例

認知症の人のステージとかかりつけ医

死 MCI~初期 中期 後期 終末期

早期診断と早期介入 BPSDと身体合併症への対応 終末期の看取り

地 域 包 括 支 援 セ ン タ ー

訪問介護 訪問看護

短期入所サービス 通所サービス

グループホーム・小規模多機能 等々

フォーマルな

地域資源

インフォーマルな地域資源 (家族会・認知症サポーター・市民後見人等)

さらに専門的な医療機関 認知症疾患医療センター など

(梶原診療所・平原佐斗司氏作図を改変)

病院・特養などの入院・入所施設

場合によって

外来 訪問診療

地域包括ケアシステムの中での抗認知症薬の立ち位置

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ご清聴ありがとうございました。

人は、他者から人として遇されなければ「人たる特性」をもつことができません。 あなたが、私を人として話しかけてくれることによって、私は人間となるのです。 (ユマニチュード入門:医学書院;イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ)