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近年の練習船の現状と課題 誌名 誌名 水産工学 ISSN ISSN 09167617 巻/号 巻/号 533 掲載ページ 掲載ページ p. 165-169 発行年月 発行年月 2017年2月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

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近年の練習船の現状と課題

誌名誌名 水産工学

ISSNISSN 09167617

巻/号巻/号 533

掲載ページ掲載ページ p. 165-169

発行年月発行年月 2017年2月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

水産工学 Fisheries Engineering Vol. 53 No. 3, pp.165~169, 2017

[報文]

165

近年の練習船の現状と課題

~北海道大学水産学部~

木村暢夫*

Situation and Issue of Recent Training Ship

School of Fisheries Sciences, Hokkaido University

Nobuo KIMURA*

Abstract

New training ship “Oshoro Maru V”of School of Fisheries Sciences, Hokkaido University was

completed in July 28, 2014. The purposes of building were as follows; (1) development of human

resources playing activ巴 rolein the fisheries science, (2) utilization for interchange of personnel and

international collaborative research with domestic and foreign universities and research organizations,

and (3) contribution for the r巴constructionof th巴fisheriesresources and industry devastated by the

2011 Tohoku earthquake and tsunami. Based on fundamental concept as quiet floating campus with little

ship motions, the ship was designed and constructed as an ideal fishery training ship.

1 .緒扇

平成26年7月28日約31年にわたり活躍した北海道大学

水産学部附属練習船おしよろ丸(昭和58年竣工)に代わ

り,新おしょろ丸(l,598トン)が竣工した。明治42年

(1909年)竣工した初代忍路丸(162トン)から数えて5

代目となる車束習骨骨である1)~3)。

北海道大学は大学院に重点を置く基幹総合大学であり,

明治9年(1876年)創設以来,「フロンテイア精神」,「国

際性のi函養」,「全人教育」及び「実学の重視」という教

育研究に関わる基本理念を掲げ,国際的な教育研究の拠

点を目指して研鎗に励んできた。北海道大学水産学部は

この基本理念のもと,平成14年3月に海技免許状の取得

を目的とする特設専攻科を廃止して大学院重点化を加速

させ,旧来の「漁業」のための科学としての水産学から,

水圏の持続性を目指す「水産科学」に取り組む学際的教

育に転換した。これら理念を実践するおしょろ丸は,

「世界の水産・海洋分野で活躍する人材の育成」及び

2016年8月26日受付, 2017年1月25日受理

キーワード・練習船,洋上のキャンパス,電気推進

「海洋生態系の保全と食料資源の確保,持続可能な資源

管理」といった将来にわたる水産科学分野のニーズに対

応できる練習船として,平成24年度から代船建造を開始

した。

おしょろ丸の建造にあたっては,「水産科学」やその

関連分野の研究と実習に取り組む教育プラットフォーム

として,この分野で活躍する人材育成を目指し,国内外

の大学・研究機関との交流・国際共同研究等の推進を図

り,さらに東日本大震災で壊滅的被害を受けた現地水産

業の復興支援等に寄与することを目的した。基本となる

コンセプトは,「静かで揺れない洋上キャンパス」であ

る。そして,これらの目的を達成するため

-高い運動・耐航性能

-従来のおしょろ丸の流れをくむ観測や実習の利便性

を備える船型

-北海道近海からベーリング海,北極海を含む亜寒帯

水域における航行を考慮し, IC級耐氷構造

K巴ywords : training ship, floating campus. electric propulsion

*Faculty口fFisheries Sciences, Hokkaido University, Minato 3-1-1, Hakodate, Hokkaido 041-8611, Japan (北海道

大学大学院水産科学研究院 干(41-8611 北海道函館市港町3-1-1)

*Tel: 0138-40-8846, kimura@五sh.h口kudai.ac円j

本論は,平成28年度日本水産工学会春季シンポジウム「水産学の教育と研究に求められる練習(実習)船の現状

と課題」(平成28年6月,東京海洋大学)において講演された内容を取り纏めたものである。

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-環境負荷軽減に配慮し,より高い実習能力及び居住

等を備える漁業練習船として理想的な形を目指した。

さらにこれらの要件に対し歴代の練習船が受け継ぎ改

良を加えてきた学生実習の安全性に関する考え方に基づ

き,シンプルでオーソドックスを極めることで「革新的

な技術を使わず,革新的な船にするjことを目指した。

2.船体の機能及び特徴

1) 主要目

おしょろ丸の主要目は,全長78.27m,垂線開長70.00m.

幅(型)13.00m,深さ(型)5.80m,計画満載喫水(型)5.00m,

国際総トン数1.998トン(囲内総トン数1.598トン)で,

先代(おしょろ丸4世)と比べ総トン数で約200トン大

きくなった(Photo.1)。航海速力は約12.5ノット,電気

推進システムを採用し北極域までの広範囲な実習航海

を行うため航続距離は約10000海里,最大搭載人員は99

名, 1度に水産学部一学科の学生全員を乗船させるため

学生定員は60名とした。学生の居住環境の改善に配慮し,

特に最近急増する女子学生の居住・衛生区画を拡大 ・整

備した。

一般配置IZIをFig.lに示す。本船は,船首楼と長船尾楼

の聞に潟、携及び海洋観1≪U作業用甲板を設けたウエル甲板

船である。この特徴的な形状は,海洋観測や漁携実習の

利便性にこだわった形状であり,従来のおしょろ丸 (3世,

4世)の流れをくむ。一見オーソドックスにみえる船体

だが,船体随所に,教育・研究,安全性に関する配慮:を

行っている。

2) 低燃費妓術

環境負荷軽減は,海洋環境と生態系の関係を調査研究

する本船にとって不可欠な要件で, C02排出を抑え燃費

向上が図れる推進装置として,従来のデイーゼルエンジ

ンに変え電気推進装置を採用した。主発電機3基で発電

を行い,モーターとなる 2基の推進電動機を駆動し,減

速機を介して 1輸大直径4翼の可変ピッチハイスキュー

Photo l Training ship“Oshoro Maru V”

プロペラを回す。これまで,電気推進船は冗長性を考慮

し2軸化が主であるが,本船では燃料費削減を考慮しつ

つも航行区域拡大を目指し, l軸大直径化を選択した。

また,高速と低速の2モード切替方式の推進電動機を採

用することで,航走中,調査観i≪U・漁業実習中といった

状況に応じた適切なマネージメントが可能となった。そ

の結果,先代と比べ200トン大きくなっているにもかか

わらず,調査観測I時において約13%の燃費向上を可能と

した。

3) 船内静粛性

電気推進装置の採用は,船内静粛性を向上させた。本

船の食堂やキャピンなどの公室における騒音レベルは

44-59dBと極めて低く,居室においては3958dBと騒音

レベルがさらに低くなっており,十分な静粛性が確保で

きた。

船内騒音は,機関室近傍の学生居室において,推進機

の発進 ・停止に気づかないほど静かである。先代までは,

海洋観測や実習前にエンジン音が変わるためそれをサイ

ンに学生が準備して甲板へ飛び出して行った。また,寝

室でもデイ ーゼル機関独特のエンジン音を子守歌のよう

に聞いていたのが,今は懐かしいと話せるくらい静かな

居室環境である。学生食堂兼教室における授業も非常に

聞きやすくなり,まさに「静かな洋上キャンパス」とし

て十分な環境を備えている。

4) 水中放出雑音

低騒音タイプの主発電機を採用し,発電機等に対し適

切な防振支持,減速機下に鋼板配置,制振材配置等を行

う事で,エンジン音や船体振動の大幅な軽減を図った。

そして,プロペラは調査観測時にキャピテーションを発

生しない様設計することで,水中放射雑音の大幅な低減

を図った。この結果,新たに導入した高精度な魚群探知

機等の音響観測機器への影響が大幅に低減され,精度の

高いデータ収集が可能となり,同時に船内の静粛性も向

上した。

船首パルプ近傍では航定時に気泡が発生しやすく,調

査観測機器を集中配備した船底ソナードームへ流れて影

響を及ぼす可能性もあるため, CFD解析と回流水槽に

おける泡切れ性能試験を行い,造波抵抗低減を考慮しつ

つ船首船型とソナードームの改良を行った。その結果,

調査観測を行う際,音響観測機器に泡切れ影響は発生せ

ず,高精度の観測が可能となった。

5) 船体復原性と動揺特性

本船は,北太平洋からベーリング海,北極海を含む亜

寒帯 ・寒帯水域における航行を行う際の船体着氷を考慮

し上部構造も含め全て鋼製とした。当然,重心も上昇す

るが,船底外板の増厚や固定パラストの搭載等で重心高

さKGを5.0m程度に抑えた。そして,船幅増と船底傾斜

増等の工夫により先代とほぼ同じ横メタセンター高さ

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168 水産工学 Vol.53 No. 3

GM約l.5mと,十分な船体復原性を確保した。

また,航行中の船体動揺を軽減し居住性を向上させる

ため,大型のビルジキール,減揺タンクに加え,格納型

フインスタピライザーを搭載した。規則波中の横揺れ動

揺は, l.Omの波高に対し先代の同調時横揺れ角が13.0。

であったものが,本船では約10.0。と,約3.0。低減してお

り,良好な横揺れ動揺特性となった。さらに,今回装備

したフインスタビライザーを作動させることにより,波

高2.0mでーは, 12.0°から5.0。以下,波高4.0mでは, 30.0。か

ら12.0。と半分以下に横揺れが低減された。実際航海実習

では,船酔いする学生数は, 113~114に激減し,ベッド

から出てこられない激しい船酔い者の数も1/10程度に激

減し居住環境の大幅な改善が明らかとなった。

荒天下での操業限界については,実習回数がまだ少な

いため,はっきりとはしていなし、。現時点で, トロール

実習は,風速12.0m/s,波高3.5m,CTD観測は風速12.0m/

s,波高3.0mで実施しており,先代の操業限界であった

冬季の風速15.0m/s,波高5.0mよりも厳しい状況下でも

実習・調査が可能と推測される。

6) 漁掛及び観測・研究設備

漁i扮装置としては,先代と同様に, トロールウインチ

(ワープネットウインチ),延縄や流網を行うためのライ

ンホーラーやボールローラー, LED照明装置を備えた

イカ釣り設備等最新の漁扮装置を搭載し多様な漁業に

対応した。そして,これらの漁業実習を安全かつ効率的

に行うため,船首はウエルデッキを配置することで作業

性を向上させると共に,船尾は起倒式スリップウェイ装

置を採用し, Aフレームクレーンと合わせて使用するこ

とで,荒天下での実習の効率性を高めた。

観測・研究設備に関しては, 1,600GTという限られた

船体に,海洋環境から生物まで,ほぼありとあらゆる水

産資源・海洋計測に対応できる最新の海底地形探査装置

(探知距離5,000m以上), CTD測定装置(採水器24本掛

け),スキャーニングソナー(探知距離2,000m以上),

多層式超音波流速計,計量魚群探知機( 6周波数のスプ

リットビーム方式),最大探査水深500mのROV(遠隔

操作無人潜水機)等を詰め込んだ。

8,000mのCTDトラクションウインチ・観測ウインチ

を装備することで,観測可能な水深が拡大し海洋体積

の約95%まで調査可能となった。排煙や強風からの影響

の軽減するため,煙突や船橋等上部構造物の配置を調整

したウインドデイフレクタ付き目視観測台をコンパスデ

ッキに設け,ベーリング海や北極海といった厳しい環境

下での鯨,イルカ,海産ほ乳類や海鳥類の目視観測を可

能とした。また,端艇甲板上には研究目的に応じ交換可

能なコンテナ型実験室「コンテナラボ(クリーン,低温

( 30℃),ウエット,ドライ)」を装備し適切かつ最

新の装置を装備することで 将来にわたり先駆的な研究

を可能とした。

3.社会への貢献と波及効果

1) 洋上のキャンパス

札幌農学校教頭クラーク博士が,帰国に際し学生に残

したとされる「Boys,be ambitious!」は有名で3,札幌農

学校の開校式で唱えた「loftyambition (高遜なる大志)」

は北海道大学を支えてきた基本理念である。しかしク

ラーク博士が米国帰国後洋上大学の関学を企画するが失

敗したことはほとんど知られてない。洋上大学の関学は

教育者クラーク博士が目指した夢であったが,彼の教育

理念と洋上大学への夢は,現在北海道大学が実践してい

る多くの国際洋上プログラムへと進化し,おしよろ丸が

実践している。

2) 水産業の復興支援

おしょろ丸は,東日本大震災で壊滅的被害を受けた現

地水産業の復興支援を使命ととらえ,実施している多く

の実習航海に組み入れることで東北沿岸域から沖合での

水産資源調査を,先代から継続し積極的に実施してきた。

現在,年間41日間(平成27年度実績)の震災対応航海を

実施している。今後は,さらなる支援活動として,新た

に導入した海底地形探査装置やROV等最新機器を用い

て,沿岸の浅水域で海底地形調査を実施し,水産業の復

興に貢献して行きたい。

4.今後の展望

北海道大学水産科学研究院・水産学部における,第3

期中期計画(2016年開始)における教育研究では,「国

際的教育ネットワークの形成」と「フィールドにおける

教育研究の展開」,これら 2つを軸として今後の展開を

目指す。そして,中期計画実施のキーとなるのが「洋上

のキャンパス」としての練習船を活用したフィールド教

育研究である。また,北海道大学全体としても,「実学」

の実施において非常に期待されている。以下に,おしよ

ろ丸を活用した教育研究内容を示す。

-学部・大学院の専門教育における活用

・全学教育への貢献(1年次:フレッシュマンセミナ

.国際共同研究における利用

-おしょろ丸教育関係共同利用拠点(平成24年~)を

もとにした他大学への貢献(福井県立大学,北里大

学,北見工大,日本大学等)

これらに加えて,平成27年より北海道大学,国立極地

研究所及び海洋研究開発機構 (JAMSTEC)との協力で

北極域研究推進プロジェクト(ArCS)が開始された。

「環境変動と人為的インパクトに対する北極海生態系の

近年の練習船の現状と諜題~北海道大学水産学部~ 169

反応メカニズムの解明」を目指したプロジェクトで,北

海道大学では北極域研究センターを立ち上げ,積極的に

「我が国の北極政策(2015年)」への貢献を図る。おしよ

ろ丸も北極域の持続可能な活用と保全を目的とした研究

のため,平成29年より北極域における調査を開始する予

定である。世界でも希な耐対t構造を持つトロール船とし

ての特性を活かし,精密な音響データを併せることで極

域における海洋生物の解明に大きく貢献することが期待

される。

今後も,このように「洋上のキャンパス」として教育

研究を継続・進化させるとともに,将来にわたる多岐で

グローバルなニーズ、に対応する教育研究の高度化を推し

進めていくことになる。最後に,おしょろ丸に乗船した

学生・研究者が世界の水産・海洋分野で活躍することを

期待したい。

参考文献

1) 藤田良治,湯浅万紀子:学船北海道大学洋上のキ

ャンパスおしょろ丸,中西出版, 2014.

2) 木村暢夫, JI!端勉.北海道大学水産学部附属練

習船“おしょろ丸”,海洋水産エンジニアリング,

l18・63-78.2014. 3) おしよろ丸,シップ・オブ・ザ・イヤー2014,海

事プレス増刊号, 21: 2015.