上原記念生命科学財団研究報告集, 28...

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134. 四肢再生開始因子 FGFs の濃縮過程の解明 佐藤 伸 Key words:四肢再生,Syndecan,過剰肢付加モデル 岡山大学 異分野融合先端研究コア 緒 言 有尾両生類(イモリ・ウーパールーパー)は非常に優れた四肢再生能力を有する.彼らは文字通り,四肢を切断後に 失った部分を完全に元に戻すことができる.このような再生能力は古くから注目されており,広義の意味での四肢再生 研究は 300 年以上の歴史がある.ヒトにはない四肢再生能力の機構を解き明かすことで,人類にとって有益な知見を得 ることができるのではないだろうか?この観点に立って,四肢の再生能力の解明が現在を以て精力的に研究されてい る. 四肢再生研究は長い歴史があるが,再生機構の解明にはなかなかたどり着けなかった.その停滞を打破するため,我 々のグループは画期的な実験方法を構築・発展させてきた 1) .その実験方法は「過剰肢付加モデル」と呼ばれるもので あり,得られる表現型は図の通りである(図1). 図 1. 過剰肢付加モデルの概要と代表的表現型. (左)過剰費付加モデルにおけるオペ概要.(右)得られる表現型はもともとの腕からもう一本の新しい付加的な 腕が生えるというもの. 1 上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

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Page 1: 上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)...図2.過剰肢付加モデルにおける初期制御の概要. 1)Axolotlの通常皮膚. 2)皮膚損傷は表皮と真皮に損傷を与える.

134. 四肢再生開始因子 FGFs の濃縮過程の解明

佐藤 伸

Key words:四肢再生,Syndecan,過剰肢付加モデル 岡山大学 異分野融合先端研究コア

緒 言

 有尾両生類(イモリ・ウーパールーパー)は非常に優れた四肢再生能力を有する.彼らは文字通り,四肢を切断後に失った部分を完全に元に戻すことができる.このような再生能力は古くから注目されており,広義の意味での四肢再生研究は 300 年以上の歴史がある.ヒトにはない四肢再生能力の機構を解き明かすことで,人類にとって有益な知見を得ることができるのではないだろうか?この観点に立って,四肢の再生能力の解明が現在を以て精力的に研究されている. 四肢再生研究は長い歴史があるが,再生機構の解明にはなかなかたどり着けなかった.その停滞を打破するため,我々のグループは画期的な実験方法を構築・発展させてきた 1).その実験方法は「過剰肢付加モデル」と呼ばれるものであり,得られる表現型は図の通りである(図 1).

図 1. 過剰肢付加モデルの概要と代表的表現型.(左)過剰費付加モデルにおけるオペ概要.(右)得られる表現型はもともとの腕からもう一本の新しい付加的な腕が生えるというもの.

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 上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

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図 2. 過剰肢付加モデルにおける初期制御の概要.1)Axolotl の通常皮膚. 2)皮膚損傷は表皮と真皮に損傷を与える. 3)速やかに上皮が損傷部を被覆する. 4)移動性表皮が MMP を放出し,周囲の細胞外マトリックスを分解する. 5)細胞外マトリックスの分解が皮膚線維芽細胞の活性化を引き起こす. ⇒神経参加なしだと,このまま皮膚修復に向かう. 6)そこに神経が参加すると再生反応にシフトする.7)神経から FGFs が放出される(予測).放出された FGFs によって上皮が特殊化され AEC と呼ばれる再生芽特異的構造に変貌する. 8)AEC は FGFs を放出する. ⇒神経と AECによって局所的な FGF の高活性領域が形成されることが予見できる. 9)FGFs が周囲の皮膚線維芽細胞を再生芽に変貌させる. 10)再生芽細胞は FGFs に引き寄せられ,かつ分裂を刺激されどんどん集積する. 11)細胞の集積が再生芽形成につながる.

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 この実験系は,皮膚損傷後に神経を損傷部に配向させるということで再生反応を誘導するというものである.この実験から,皮膚損傷と神経の配向が四肢再生反応の惹起にとって必須な条件であるということが分かる.皮膚損傷から四肢再生開始までの一連の流れを図示する(図 2).皮膚損傷後,周囲の表皮が速やかに損傷面を覆う.損傷面を覆う表皮と損傷個所に集合するマクロファージ・好中球などの血球系の細胞らが発現するマトリックス分解酵素(Matrixmetalloproteinase:MMP)によって周辺のコラーゲンなどの細胞外マトリックスが分解される.その分解によって繊維芽細胞の活性化が起こる 2).ここまでは非再生環境と再生環境とで差はない.損傷個所に神経を配向させると,神経から放出される神経因子が上皮と周囲環境に働き掛け再生環境に転じさせる.反対に神経がなければ,真皮コラーゲン層の再構成が起こり傷の修復反応が進行する.これらの事象は神経から放出される因子が再生誘導物質として働いている事を意味していると考えられる.この神経因子の解明こそが,四肢再生研究の長い間のテーマである. 過剰肢付加モデルは,神経因子の特定に迫っている.事実,神経因子として FGF2&8 があり,皮膚修復反応を再生反応に向かわせることができるという事を報告した 2).また,FGF2&8 に加えて因子 G/B を足すことで再生反応の誘導だけではなく,四肢再生そのものを神経の参加なしで完遂させることにも成功している 3).これらの実験成果は神経因子の同定につながる強力な手掛かりになると考えられる.神経因子同定の研究から,一つの新たな疑問が生じた.それは,神経から放出された因子が再生環境下において長期的にかつ高濃度に留まる必要性があるという事である.つまり,神経因子として FGF2&8 放出されたのちに,局所的に細胞外で局所的に係留され,濃縮されることが予想される.これを可能にするメカニズムを追求することで,再生初期に起こる局所的な FGF2&8 活性のメカニズムに迫れると考える.本研究はこの点に焦点を当てた. 細胞外で FGFs を係留する分子としてはヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)が有名である 4).本研究では,四肢発生研究などで FGF シグナリングに関わる機能が良く研究されている Syndecan ファミリー遺伝子に着目し,その発現パターンと神経から放出される FGF の濃縮にかかわるかどうかの検証を行う事を目的にした.

方法および結果

1.Syndecan1~4 の単離と四肢再生における発現パターン Syndecan1~4 は Sal-Site(http://www.ambystoma.org/)にある Ambystoma mexicanum の断片的な DNA データベースから推定される配列を特定し,RT-PCR 法にて単離した.なお,RT-PCR に用いたサンプルは四肢再生芽と呼ばれる再生途中にあるサンプルを用いた.配列情報は Sal-Site に登録されている情報であるため,ここでは割愛する.Syndecan4 はその発現を解析した範囲での再生プロセスで確認することができなかった.以下に Syndecan1~3 の発現パターンを示す.解析は凍結切片に対する in situ hybridization 法によって行った(図 3).

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図 3. 非再生環境と再生環境における Syndecan の発現パターン.A~D)組織染色像(Eosin/Hematoxylin 染色).*は損傷を受けていない皮膚との境界面を示す.E~H)Syndecan1 の発現パターン.I~L)Syndecan2.M~P)Syndecan3.

 解析対象にしたサンプルは皮膚損傷後3日と 10 日のものである.Syndecan1~3 の発現パターンは損傷後3日では非再生環境(Wounded skin)と再生環境(Blastema)での差は特に観察できなかった.両者ともに上皮の第一層にやや強いシグナルを認め,間充織(真皮層など)側の細胞もまばらにシグナルを認めることができる.また,Syndecan2,3 は上皮や間充織に非常に微弱なシグナルを認める事ができた.10 日経過後は両者に大きな発現の差が観察できるようになった.10 日経過すると,非再生環境下では真皮層で真皮の再構成が始まり,コラーゲンの集積と再構成が行われる.対して,再生環境下では再生芽細胞と呼ばれる未分化な細胞が再生特異的な上皮直下に集積し,ドーム状の構造である再生芽と呼ばれる構造を形成する.この時,真皮の再構成は行われず,コラーゲンの蓄積も起こらない.Syndecan1 は非再生環境下においても上皮の基底層に発現をとどめているものの,間充織側に発現を示すシグナルはほぼ観察されない.対して,再生環境下では上皮・間充織側ともに強いシグナルを認めることができる.Syndecan2 と3 は非再生環境下ではシグナルを見ることはできないが,再生環境下においては間充織側の非常に強くシグナルを見ることができる.これらの観察結果は,再生芽細胞に神経と再生特異的な上皮からの FGFs が強く働きかけているというこれまでの研究と矛盾しない結果である.

2.神経から放出される FGFs を可視化する試み 最終的には Syndecan に相互作用する FGF を可視化し,その係留を観察したいと考えている.そのために,神経から放出される FGF の可視化をする必要があると考えている.そのため,有尾両生類の FGF2 と FGF8 の遺伝子全長を

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クローニングし,AcGFP との融合タンパク質を作製する事を計画した.FGF2 と FGF8 に関して(正しい配列が)クローニングされていないこともあり,全長を 5'RACE 法を用いてクローニングした.全長に AcGFP を融合させるため,Clontech から AcGFP-N1, AcGFP-C1 vector を購入し,融合タンパク質を作製した.FGF2 に関しては特定の分泌シグナル配列を有さないため,AcGFP を FGF2 の N 末,C 末それぞれに付加したものを作製した.FGF2 の C 末端側に AcGFP を付加した場合は AcGFP の蛍光を認めることができなかった.故に,FGF2 に関しては N 末端側にAcGFP を付加したもの,FGF8 に関しては N 末端側にシグナルペプチドがあるため,C 末端側に AcGFP を付加したものを作製し,使用した.現在その機能性などは評価中である. 神経から,これら可視化可能な FGFs が放出され濃縮することを観察するためには四肢に投射する神経に直接遺伝子を導入せねばならない.成体に対して四肢に投射する神経節にアクセスし遺伝子導入を行う事自体非常に挑戦的事項である.よって,まずパイロット実験として単純に GFP を発現させられる Vector を四肢に神経を投射する後根神経節(Dorsal Root Ganglia : DRG)に導入する事を試みた.侵襲の程度が強いため,腹側からのアクセスでは動物の致死率が非常に高く背側からの切開が適当であった.背側の一部を 1 cm 程度切開し,脊髄近くまでピンセット等でかき分けてゆく.各体節(脊柱骨)から両側に向かって太い骨が腹側に伸長しており,その根元に DRG が存在することが事前の解剖で明らかになった.DRG に DNA を微細ガラス管とガスインジェクターを用い注入した.注入後,電気穿孔法を用いて遺伝子の導入を試みた.20V, 10 回, 50 mS pulse という条件の元,電圧をかけ遺伝子導入を行った.結果,数は多くないものの DRG にある神経細胞とグリア細胞に GFP の導入が可能であると分かった(図 4).

図 4. DRG に対する遺伝子導入方法の確立.DRG に直接電気穿孔法にて遺伝子導入する実験方法を確立した.図は導入された GFP の蛍光を示す.

 本研究の期間内では,以上の結果を得る事しかできなかった.今後は,FGF-GFP の融合タンパク質の導入やその配向の観察,さらには定量的な計測などを行う事で目的とする,FGF の濃縮プロセスを明らかにすることができるようになるだろう.

考 察

 Syndecan1 の発現パターンは,再生環境下・非再生環境下ともに上皮の基底層に強く発現を認めることができた.これは,これまでの研究成果で,神経と接触する上皮の第1層(基底層)が神経因子を受け取り再生特異的環境を作り出しているという知見と矛盾しない.また,基部を覆う上皮は,初めは非再生環境・再生環境にかかわらず同じであり,状況に応じて(神経の配向の有無)再生因子を受容できるという知見にも矛盾しない 5).傷口を覆う上皮は,Syndecan1を基底層に発現する事で修復に向けたシグナル因子や四肢再生を促す神経因子を受け取りやすくしているものと考えられる.このような傷上皮の Syndecan 遺伝子の発現は高等脊椎動物では明らかになっていない.再生できる動物とそうでない動物では上皮の反応性に差がある事は議論されている.故に,高等脊椎動物の基部上皮における Syndecanの発現の差異を明らかにできれば,重要な論点を与えることができるだろう.また,Syndecan2, 3 に関しては再生初期には顕著な発現を見ることができなかった.故に,四肢再生誘導時に重大な役割を果たしている Syndecan としてはSyndecan1 という事を示唆するものと考える. 今後,神経から供給される FGF を可視化し,その可視化可能な FGF と Syndecan1 との関係性について研究を推進してゆきたい.現在のところ,再生環境下で局所的に FGF と BMP の活性が強く起こることが再生反応の引き金になっている事は別研究で明らかにできている.その研究とも関連させ,再生の開始機構を明らかにしてゆきたい.また,今後は非再生動物と再生動物間で,四肢切断後の反応において何が異なるのかを明らかにしてゆく計画である.

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共同研究者

本研究の共同研究者は,岡山大学異分野融合先端研究コア,研究員蒔苗亜紀である.本稿を終えるにあたり,本研究をご支援いただきました上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます.

文 献

1) Endo, T., Bryant, S. V. & Gardiner, D. M. : A stepwise model system for limb regeneration. Dev. Biol., 270 :135-145, 2004.

2) Satoh, A., Makanae, A., Hirata, A. & Satou, Y. : Blastema induction in aneurogenic state and Prrx-1regulation by MMPs and FGFs in Ambystoma mexicanum limb regeneration. Dev. Biol., 355 : 263-274,2011.

3) Makanae, A., Hirata, A., Honjo, Y., Mitogawa, K. & Satoh, A. : Nerve independent limb induction in axolotls.Dev. Biol., 381 : 213-226, 2013.

4) Matsuo, I. & Kimura-Yoshida, C. : Extracellular modulation of Fibroblast Growth Factor signaling throughheparan sulfate proteoglycans in mammalian development. Curr. Opin. Genet. Dev., 23 : 399-407, 2013.

5) Satoh, A., Hirata, A. & Makanae, A. : Collagen reconstitution is inversely correlated with induction of limbregeneration in Ambystoma mexicanum. Zoological Science, 29 : 191-197, 2012.

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