浅間山暫定緊急減災対策について ~~関係機関協議を中心 …1990...

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浅間山暫定緊急減災対策について ~~関係機関協議を中心に~~ 宮﨑 英樹 1 1 関東地方整備局 利根川水系砂防事務所 調査課 (〒 377-8566 群馬県渋川市渋川 121-1利根川水系砂防事務所では,浅間山の直轄火山砂防事業(火山噴火緊急減災対策事業)を平成 24 年度から着手しているが,現時点では,未だに施設設計を進めている段階で,事業用地の大部分 は未取得であり,直ちに本格的な工事を実施できる状況ではない。しかし,2015 年6月の浅間 山の噴火警戒レベルの引き上げとその後の2回のごく小規模な噴火は今後の中規模噴火のひとつ の予兆現象として考えたことから,急遽,今後の噴火に伴う土砂災害の発生(特に積雪期)に備 えるべく,暫定の減災対策施設の整備を行った。その整備にあたっては,多くの関係機関との協 議を要したことから,この関係機関協議を中心に暫定減災対策について報告する。 キーワード 安心・安全,火山噴火対応,緊急減災対策,融雪型火山泥流 1. はじめに 浅間山は,群馬・長野両県境に位置する標高 2,568 mの国内有数の活火山であり,火山噴火予知連絡会 における活火山分類で最も活動度の高いランクAに 分類され,気象庁が 24 時間体制の監視を行ってい る。 天仁元年(1108 年),天明3年(1783 年)には大 規模な噴火を起こし,明治後期から昭和 30 年代に かけては,中小規模の噴火が頻繁に起こっている。 近年では,2004 年,2008 年,2009 年に中小規模 の噴火があり,降灰,噴石等により交通や農作物に 影響をもたらした。 その一方で,浅間山周辺は風光明媚で夏季冷涼な 気候から避暑地として別荘地や観光地開発が進めら れてきた。また,地域一帯は上信越高原国立公園に 指定され,自然豊かな地域となっている。 2. 浅間山直轄火山砂防事業(火山噴火緊急減 災対策事業) (1)概要 1990 年の雲仙普賢岳, 2000 年の有珠山や三宅島, 2014 年の御嶽山,2015 年の箱根山,口之永良部島 など,火山噴火による災害が頻発している。我が国 では火山活動が活発で社会的影響の大きい 29 火山 に対して,火山砂防事業や火山噴火警戒避難対策事 業により噴火災害を軽減するための対策を実施して いるが,砂防堰堤等の整備率が低い現状下において, 火山噴火による溶岩流・火山泥流・土石流等の被害 を抑えることは困難である。 写真 1 積雪期の浅間山

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Page 1: 浅間山暫定緊急減災対策について ~~関係機関協議を中心 …1990 年の雲仙普賢岳,2000 年の有珠山や三宅島, 2014 年の御嶽山,2015 年の箱根山,口之永良部島

浅間山暫定緊急減災対策について

~~関係機関協議を中心に~~

宮﨑 英樹 1

1関東地方整備局 利根川水系砂防事務所 調査課 (〒 377-8566 群馬県渋川市渋川 121-1)

利根川水系砂防事務所では,浅間山の直轄火山砂防事業(火山噴火緊急減災対策事業)を平成 24

年度から着手しているが,現時点では,未だに施設設計を進めている段階で,事業用地の大部分

は未取得であり,直ちに本格的な工事を実施できる状況ではない。しかし,2015 年6月の浅間

山の噴火警戒レベルの引き上げとその後の2回のごく小規模な噴火は今後の中規模噴火のひとつ

の予兆現象として考えたことから,急遽,今後の噴火に伴う土砂災害の発生(特に積雪期)に備

えるべく,暫定の減災対策施設の整備を行った。その整備にあたっては,多くの関係機関との協

議を要したことから,この関係機関協議を中心に暫定減災対策について報告する。

キーワード 安心・安全,火山噴火対応,緊急減災対策,融雪型火山泥流

1. はじめに

浅間山は,群馬・長野両県境に位置する標高 2,568

mの国内有数の活火山であり,火山噴火予知連絡会

における活火山分類で最も活動度の高いランクAに

分類され,気象庁が 24 時間体制の監視を行ってい

る。

天仁元年(1108年),天明3年(1783年)には大

規模な噴火を起こし,明治後期から昭和 30 年代に

かけては,中小規模の噴火が頻繁に起こっている。

近年では,2004 年,2008 年,2009 年に中小規模

の噴火があり,降灰,噴石等により交通や農作物に

影響をもたらした。

その一方で,浅間山周辺は風光明媚で夏季冷涼な

気候から避暑地として別荘地や観光地開発が進めら

れてきた。また,地域一帯は上信越高原国立公園に

指定され,自然豊かな地域となっている。

2. 浅間山直轄火山砂防事業(火山噴火緊急減

災対策事業)

(1)概要

1990年の雲仙普賢岳,2000年の有珠山や三宅島,

2014 年の御嶽山,2015 年の箱根山,口之永良部島

など,火山噴火による災害が頻発している。我が国

では火山活動が活発で社会的影響の大きい 29 火山

に対して,火山砂防事業や火山噴火警戒避難対策事

業により噴火災害を軽減するための対策を実施して

いるが,砂防堰堤等の整備率が低い現状下において,

火山噴火による溶岩流・火山泥流・土石流等の被害

を抑えることは困難である。写真 1 積雪期の浅間山

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2007 年に,いつどこで起こるか予測が難しい火

山噴火に伴い発生する土砂災害に対して,緊急対策

を迅速かつ効果的に実施し,被害をできる限り軽減

(減災)するため「火山噴火緊急減災対策砂防計画

策定ガイドライン」が,国土交通省砂防部により策

定されたことを受け,当事務所では,「浅間山火山

噴火緊急減災対策計画」を策定し,平成 24 年度よ

り砂防事業に着手している。

この事業は,平常時に実施する「基本対策」と噴

火の前兆現象が確認され噴火までの期間に実施する

「緊急対策」を効果的・効率的に組み合わせて実施

する。これにより火山災害の特性を踏まえた臨機応

変な対策や自然環境・景観・施設利用上の有利性に

加え,災害を予想しながらの対策のため,想定され

る施設すべてを整備する場合と比較して事業費が経

済的になる等の特色を持っている。

事業計画の基本となる事象規模は 1901 年以降実

績最大である 1958年の噴火による 27万㎥の火砕流

であり,浅間山に 0.5 mの積雪があった場合に,そ

こから発生する融雪型火山泥流と噴火後の降雨によ

る土石流を数値シミュレーション等により,渓流ご

との計画規模を設定した。

この時の被害想定は,泥流等の氾濫範囲内にある

人口が約 21,500人,世帯数は約 8,000世帯,水田面

積は約 460ha,畑面積は約 1,110ha,被害額として

は人的被害を含めて約 1,100億円である。

平成 24 年度より施行された「浅間山直轄火山砂

防事業」の概要は以下のとおりである。

*対象渓流

群馬県:片蓋川,地蔵川,小滝沢,濁沢,赤川,

大堀沢東,大堀沢西,東泉沢

長野県:蛇堀川,船ヶ沢川西,船ヶ沢川東,濁

川,大日向川,千ヶ滝西沢,大窪沢川,

千ヶ滝沢川

*事業内容

砂防堰堤 27 基,導流堤 4 基,監視・観測機器*

全体事業費:約 250億円(予定)

*事業期間:平成 24~ 38年(予定)

(2)基本対策と緊急対策

平常時に実施する「基本対策」は,下流域に対し,

図 1 火砕流の堆積範囲と融雪型火山泥流の氾濫範囲図

(火砕流:27万 m3、積雪深:50cm)

最低限の安全の確保を図るという観点から,対象渓

流ごとに最低1基以上のコンクリート砂防堰堤を整

備。これにあわせて,緊急時に円滑に対策を実施す

るために,緊急時に整備する砂防堰堤等に活用する

コンクリートブロック(重量3 t)の製作・備蓄,

その用地取得,工事用道路の整備を行う。

噴火の前兆現象が確認され,噴火までの期間に実

施する「緊急対策」は,基本対策で平常時から製作

・備蓄していたコンクリートブロックを活用し,砂

防堰堤や導流堤を短期間で整備するものである。

3. 暫定緊急減災対策

(1)噴火警戒レベル引き上げと2回の噴火

2015 年6月 11 日,浅間山の噴火警戒レベルが1

から2に引き上げられ,その後,同月 16日と 19日

の2回にわたりごく小規模な噴火が発生した。

浅間山の直轄砂防事業(火山噴火緊急減災対策事

業)は,前述のように,噴火の前兆現象が確認され

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噴火までの期間に「緊急対策」としての砂防堰堤等

を整備するものである。しかし,平成 24 年度に事

業着手してから4年しか経過しておらず,現在は砂

防堰堤の施設設計を鋭意進めている一方で,緊急時

に整備する砂防堰堤等に活用するためのコンクリー

トブロックの製作・備蓄を進めている段階であっ

た。したがって,事業用地の大部分は未取得であり,

直ちに本格的な工事を展開できる状況となっていな

い。

そこで,現時点で最短でできる減災対策として「暫

定緊急減災対策」計画を緊急的に策定した。

(2)暫定緊急減災対策計画

暫定緊急減災対策は,浅間山の噴火警戒レベルの

上昇と2回の噴火現象が発生している状況を考慮

し,現時点において最短で実施可能なものとして,

以下を基本方針に施設配置を行った。

(a) これまでに備蓄してきたコンクリートブロッ

クを活用し,融雪型火山泥流等から被害を軽

減するもの(減災)

(b) 施設は緊急的に整備するため既存道路(主要

道や林道など)に隣接しアクセスが容易

(c) 暫定施設(撤去を前提)のため,施設用地は

借地等で対応

(3)協議を要する関係機関と内容

暫定緊急減災施設の施工位置は以下のとおりであ

る。

群馬県側:大部分が上信越高原国立公園の第1種

特別地域又は第2種特別地域内で民有

地となっている。

長野県側:大部分が上信越高原国立公園の普通地

域で、国有林野内となっている。また、

保安林に指定されている。

このような法規制等の状況から,施設施工にあた

っては,多くの関係機関協議が必要となった。対象

となる関係機関と主な内容は図 2のとおりである。

*群馬県側

①環境省(上信越高原国立公園)

・特別地域内における工作物の新築及び土地の

形状変更協議

・普通地域内における工作物の新築及び土地の

形状変更届

②群馬県(既設砂防施設管理者)

・施設施工にあたっての協力依頼

③嬬恋村・長野原町(地元自治体)

・施設施工にあたっての協力依頼

④地権者

・施設用地借地

図 2 施設施工までの関係機関協議の流れ〔長野県側・濁川を例に〕

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*長野県側

①環境省(上信越高原国立公園)

・普通地域内における工作物の新築及び土地の

形状変更届

②林野庁(国有林野,保安林)

・保安林内立木の伐採及び土地の形質変更承諾

書交付申請

・使用承認申請

③長野県(既設砂防施設管理者,保安林)

・施設施工にあたっての協力依頼

・保安林内作業許可申請

・保安林内立木伐採届

④軽井沢町・御代田町・小諸市(地元自治体兼水

道管理者)

・施設施工にあたっての協力依頼

・水道管位置確認のための試掘立会

⑤浅麓水道企業団・佐久水道企業団(水道管理者)

・施設施工にあたっての協力依頼

・水道管位置確認のための試掘立会

⑥施設計画地周辺住民

・施設施工にあたっての協力依頼

暫定緊急減災対策施設の施工のため,速やかに多

くの関係機関との協議や調整が必要となった。協議

と調整にあたっては,施設の必要性と緊急性につい

て説明するとともに,施工に必要な申請手続きにつ

いて確認を行った。

しかし,ごく小規模な噴火だけで実際に被害が発

生していない状況であったことから,相手側の理解

を得るのに大変苦労した。

結果として,法に基づく申請等は平常時と同様の

申請手続きを行うこととなった。それでも相手機関

の方の理解と協力のもと,平常時の手続きよりは短

い時間で許可等をしてもらったが,全体としては施

設施工までに思いのほか時間を要してしまった。

4. 成果と課題

浅間山の噴火後,関係機関との協議と調整及び各

種申請手続きを行い,その結果,無事,暫定減災対

策施設が完成した。これにより,想定される土砂災

害の発生による被害を出来る限り軽減(減災)する

ことが可能となった。

火山噴火は今後もいつ起こるか分からない。

被害が発生してからであれば,非常災害対応で各

種申請手続きが簡素化されることとなる。しかし,

土砂災害の発生による人命や財産の被害を出来る限

り軽減(減災)することが,火山噴火緊急減災対策

事業の本来の目的であることから,被害発生前でも

非常災害時と同等の対応が図られるように,関係機

関の理解が得られるよう協議や調整を密に行ってお

く必要があると思われる。

これまでも関係機関との協議や調整を行ってきて

いるが,土砂災害の発生による人命や財産の被害を

出来る限り軽減(減災)するための火山噴火緊急減

災対策事業への理解が深まるよう,引き続き対応を

図って参りたい。

写真 2 完成写真(群馬県側・東泉沢)

写真 3 完成状況(長野県側・蛇堀川)