資産税 引地 栄二 - 東京税理士会相談委員 所得税の申告期限...

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相談委員 所得税の申告期限 換価代金の取得割合の確定 未分割財産の譲渡 換価代金の取得割合の確定 未分割財産の譲渡 所得税の申告期限 換価代金の取得割合の確定 所得税の申告期限 未分割財産の譲渡 106 資産税 引地 栄二(日本橋) 取引相場のない株式の評価上、賃 借建物の内装設備を純資産価額に 計上すべきか 事例1 評価会社が有する賃借店舗の内装設備 (貸借対照表に建物附属設備として未償 却残高が計上されている)は、取引相場のない株式 を評価する際の純資産価額の計算上、資産として計 上する必要があるか。 なお、賃貸借契約書には『契約が終了した際は造 作を施す前の原状に回復して明け渡すか、設置した 造作を無償で賃貸人に渡さなければならない』旨が 記載されている。 回答 本事例の内装設備は、取引相場のない 株式を評価する際の純資産価額の計算 上、資産として計上する必要はない。 検討 取引相場のない株式を評価する際の純 資産価額の計算上、資産として計上する 金額は、課税時期における各資産を財産評価基本通 達に定めるところにより評価した価額とされている (評価通達185)。そこで、本事例の内装設備の財産 性について検討してみる。 附属設備としての評価 建物所有者が自己の建物に設置した内装設備につ いては、一般的には財産評価基本通達92(附属設備 等の評価)を用いて評価する。 しかし、本事例の場合は、賃借人が賃借店舗につ いて設置した内装設備であり、民法上、その内装設 備の所有権は建物所有者に帰属することになる。 (民法第242条) 不動産の所有者は、その不動産に従として付 合した物の所有権を取得する。ただし、権原に よってその物を附属させた他人の権利を妨げな い。 要するにこの内装設備は建物に従として付合した ものであり、付合させられた動産は不動産の所有者 のものとなるため、相続税の財産評価上、賃借人の 資産として計上しなくてよいことになる。 有益費償還請求権としての評価 次に、賃借人が支出した有益費(設置した内装設 備の経済価値)については、民法上、賃借人が建物 所有者に対し有益費償還請求権という債権を有する こととなる。 (民法第608条第2項) 賃借人が賃借物について有益費を支出したと きは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196 条第2項の規定に従い、その償還をしなければ ならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求に より、その償還について相当の期限を許与する ことができる。 賃貸借契約が終了したときには、賃借人がそれま でに支出した有益費について、賃貸人はその費用を 償還しなければならないことになっている。 しかしながら、本事例の場合には賃貸借契約書 で、 1.原状回復して明け渡す(この場合、有益費償還 請求権は消滅) 2.設置した造作を無償で賃貸人に渡す(この場 合、有益費償還請求権の放棄) のどちらかとされており、この特約において有益費 償還請求権は排除されており、これについても評価 しないこととなる。 裁決事例集 №39-380頁 最後に本事例に関しては裁決事例集 №39-380 頁が根拠となり有益な情報と思われるので、あえて その全文を掲載する。 有限会社の出資の評価に当たって、賃借人で ある評価会社が賃借建物に設置した附属設備 は、工事内容及び賃貸借契約からみて有益費償 還請求権を放棄していると認められるから、資 産として有額評価することは相当でないとした 事例 裁決事例集 №39-380頁 有限会社の出資の評価に当たって、賃借人で ある評価会社が賃借建物(工場)に施した附属 設備の工事内容は、壁及び床の断熱工事、塗装 工事、電気工事、水道工事、ホイストのレール 工事等であるが、これら附属設備は、賃借建物 の従たるものとしてこれに付合したことが明ら かであり、かつ、それ自体建物の構成部分とな って独立した所有権の客体とならないから、評 価会社の資産として計上することはできないと いうべきである。もっとも、そうすると本件建 物の所有者は、本件附属設備相当額を不当利得 する結果となるから、評価会社は、建物所有者 に対し有益費償還請求権を有するはずである。 本件賃貸借契約によれば、建物内部改造費、造 作、模様替えについて、借主は貸主に対してそ の買取り請求を一切行わないこと、原状回復は 借主の費用負担において行うことが定められて いるので、評価会社は、有益費償還請求権を放 棄したといえるから、本件附属設備の相続税評 価額の計算に当たり、有益費償還請求権を有額 評価することは相当でない。 平成2年1月22日裁決 未分割遺産を換価したことによる 譲渡所得の申告 事例2 被相続人は平成29年1月11日に死亡し た。その遺産についての相続人間での分 割協議が相続税の申告期限までに調いそうもなかっ たが、納税資金が不足している。 そこで遺産の中に複数の上場株式があったため、 相続人全員の合意のもと、とりあえずそれらを平成 29年11月2日に各相続人の譲渡代金の取得割合を定 めずに譲渡して相続税の納税資金を確保し、同月6 日に未分割の状況で相続税の申告納付を済ませた。 そして、分割協議は所得税の確定申告期限後の平 成30年4月6日に 無 事 に 調 っ た。そ の 分 割 協 議 で は、上場株式の譲渡代金は法定相続分とは異なる割 合で取得した。 この場合の上場株式の譲渡に対する所得税の申告 は、どのように行うのか。 回答 上場株式の譲渡時点である平成29年11 月2日では換価代金の取得割合が確定し ていないため、その上場株式の譲渡は各相続人の法 定相続分により行われたものとして平成29年分の各 相続人の所得税の確定申告を行う。 なお、平成29年分の所得税の申告期限後である平 成30年4月6日に調った分割協議により上場株式の 譲渡代金を法定相続分とは異なる割合で取得したこ とによる更正の請求及び修正申告をすることはでき ない。 検討 未分割財産の譲渡後、所得税の申告 期限後に換価代金の取得割合が確定した 場合(本事例の場合) 換価分割による譲渡所得の申告は、換価時に換価 代金の取得割合が確定しているものと、確定してお らず後日分割されるものにより異なる。 本事例を時系列で示すと次のようになる。 この場合において、 1.譲渡所得に対する課税はその資産が所有者の手 を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課 税するものであり、その収入すべき時期は、資産の 引渡しがあった日によるものとされていること 2.相続人が数人あるときは、相続財産はその共有 に属し、その共有状態にある遺産を共同相続人が換 価した事実が無くなるものではないこと 3.遺産分割の対象は換価した遺産(本事例の場 合、上場株式)ではなく、換価により得た代金であ ること から、譲渡所得は換価時における換価遺産の所有割 合(=法定相続分)により所得税の申告をすること になる。 そして、法定相続分により所得税の申告をした後 にその換価代金が法定相続分と異なる割合により分 割されたとしても、法定相続分による譲渡に異動が 生じるものではない(所得税の申告期限において法 定相続分による譲渡以外に申告の方法が不可能)の で、更正の請求及び修正申告をすることはできな い。 未分割財産の譲渡後、所得税の申告期限前に換 価代金の取得割合が確定した場合 これを時系列で示すと次のようになる。 この場合においても、上記と同様、原則として 譲渡所得は換価時における換価遺産の所有割合(= 法定相続分)により所得税の申告をすることになる。 ただし、所得税の申告期限までに換価代金が分割 され、共同相続人の全員が換価代金の取得割合に基 づき譲渡所得の申告をした場合には、その申告は認 められる。これは、具体的な取得金額が定まった以 上、上記と異なり法定相続分による譲渡以外に申 告の方法が可能であるから選択が認められる。 未分割財産の譲渡時に換価代金の取得割合が確 定している場合 これを時系列で示すと次のようになる。 この場合には、換価代金の取得割合を定めること は、換価遺産の所有割合について換価代金の取得割 合と同じ割合とすることを定めることにほかなら ず、各相続人は換価代金の取得割合と同じ所有割合 で換価したのであるから、その譲渡所得は、換価遺 産の所有割合(=換価代金の取得割合)に応じて申 告することになる。 <参考>国税庁ホームページの譲渡所得の質疑 応答事例「未分割遺産を換価したことによる譲 渡所得の申告とその後分割が確定したことによ る更正の請求、修正申告等」 注)内容は、平成30年2月19日現在の法令等 に基づいています。 本事例紹介は、会員の業務上の諸問題解決 支援の一環として掲載しています。文中の税 法の解釈等見解にわたる部分は、執筆者の私 見(参考意見)ですので、実際の申告等税法 の解釈適用に当たっては、会員ご本人の責任 において行ってください。 2018年〔平成30年〕 6 1 日〔金曜日〕 〔第三種郵便物認可〕 Volume No.737【10

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  • 相談委員

    所得税の申告期限

    換価代金の取得割合の確定未分割財産の譲渡

    換価代金の取得割合の確定

    未分割財産の譲渡 所得税の申告期限

    換価代金の取得割合の確定

    所得税の申告期限未分割財産の譲渡

    106資産税

    引地 栄二(日本橋)

    取引相場のない株式の評価上、賃借建物の内装設備を純資産価額に計上すべきか

    事例1評価会社が有する賃借店舗の内装設備(貸借対照表に建物附属設備として未償

    却残高が計上されている)は、取引相場のない株式を評価する際の純資産価額の計算上、資産として計上する必要があるか。なお、賃貸借契約書には『契約が終了した際は造作を施す前の原状に回復して明け渡すか、設置した造作を無償で賃貸人に渡さなければならない』旨が記載されている。

    回答本事例の内装設備は、取引相場のない株式を評価する際の純資産価額の計算

    上、資産として計上する必要はない。

    検討取引相場のない株式を評価する際の純資産価額の計算上、資産として計上する

    金額は、課税時期における各資産を財産評価基本通達に定めるところにより評価した価額とされている(評価通達185)。そこで、本事例の内装設備の財産性について検討してみる。Ⅰ 附属設備としての評価建物所有者が自己の建物に設置した内装設備については、一般的には財産評価基本通達92(附属設備等の評価)を用いて評価する。しかし、本事例の場合は、賃借人が賃借店舗について設置した内装設備であり、民法上、その内装設備の所有権は建物所有者に帰属することになる。

    (民法第242条)不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。

    要するにこの内装設備は建物に従として付合したものであり、付合させられた動産は不動産の所有者のものとなるため、相続税の財産評価上、賃借人の資産として計上しなくてよいことになる。Ⅱ 有益費償還請求権としての評価次に、賃借人が支出した有益費(設置した内装設備の経済価値)については、民法上、賃借人が建物所有者に対し有益費償還請求権という債権を有することとなる。

    (民法第608条第2項)賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第196条第2項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

    賃貸借契約が終了したときには、賃借人がそれまでに支出した有益費について、賃貸人はその費用を償還しなければならないことになっている。しかしながら、本事例の場合には賃貸借契約書で、1.原状回復して明け渡す(この場合、有益費償還請求権は消滅)2.設置した造作を無償で賃貸人に渡す(この場合、有益費償還請求権の放棄)のどちらかとされており、この特約において有益費償還請求権は排除されており、これについても評価しないこととなる。Ⅲ 裁決事例集 №39-380頁最後に本事例に関しては裁決事例集 №39-380

    頁が根拠となり有益な情報と思われるので、あえてその全文を掲載する。

    有限会社の出資の評価に当たって、賃借人である評価会社が賃借建物に設置した附属設備は、工事内容及び賃貸借契約からみて有益費償還請求権を放棄していると認められるから、資産として有額評価することは相当でないとした事例

    裁決事例集 №39-380頁有限会社の出資の評価に当たって、賃借人である評価会社が賃借建物(工場)に施した附属設備の工事内容は、壁及び床の断熱工事、塗装工事、電気工事、水道工事、ホイストのレール工事等であるが、これら附属設備は、賃借建物の従たるものとしてこれに付合したことが明らかであり、かつ、それ自体建物の構成部分となって独立した所有権の客体とならないから、評価会社の資産として計上することはできないというべきである。もっとも、そうすると本件建物の所有者は、本件附属設備相当額を不当利得する結果となるから、評価会社は、建物所有者に対し有益費償還請求権を有するはずである。本件賃貸借契約によれば、建物内部改造費、造作、模様替えについて、借主は貸主に対してその買取り請求を一切行わないこと、原状回復は借主の費用負担において行うことが定められているので、評価会社は、有益費償還請求権を放棄したといえるから、本件附属設備の相続税評価額の計算に当たり、有益費償還請求権を有額評価することは相当でない。

    平成2年1月22日裁決

    未分割遺産を換価したことによる譲渡所得の申告

    事例2被相続人は平成29年1月11日に死亡した。その遺産についての相続人間での分

    割協議が相続税の申告期限までに調いそうもなかったが、納税資金が不足している。そこで遺産の中に複数の上場株式があったため、相続人全員の合意のもと、とりあえずそれらを平成29年11月2日に各相続人の譲渡代金の取得割合を定めずに譲渡して相続税の納税資金を確保し、同月6日に未分割の状況で相続税の申告納付を済ませた。そして、分割協議は所得税の確定申告期限後の平成30年4月6日に無事に調った。その分割協議では、上場株式の譲渡代金は法定相続分とは異なる割合で取得した。この場合の上場株式の譲渡に対する所得税の申告は、どのように行うのか。

    回答上場株式の譲渡時点である平成29年11月2日では換価代金の取得割合が確定し

    ていないため、その上場株式の譲渡は各相続人の法定相続分により行われたものとして平成29年分の各相続人の所得税の確定申告を行う。なお、平成29年分の所得税の申告期限後である平成30年4月6日に調った分割協議により上場株式の譲渡代金を法定相続分とは異なる割合で取得したことによる更正の請求及び修正申告をすることはできない。

    検討Ⅰ 未分割財産の譲渡後、所得税の申告期限後に換価代金の取得割合が確定した

    場合(本事例の場合)換価分割による譲渡所得の申告は、換価時に換価代金の取得割合が確定しているものと、確定しておらず後日分割されるものにより異なる。

    本事例を時系列で示すと次のようになる。

    この場合において、1.譲渡所得に対する課税はその資産が所有者の手を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税するものであり、その収入すべき時期は、資産の引渡しがあった日によるものとされていること2.相続人が数人あるときは、相続財産はその共有に属し、その共有状態にある遺産を共同相続人が換価した事実が無くなるものではないこと3.遺産分割の対象は換価した遺産(本事例の場合、上場株式)ではなく、換価により得た代金であることから、譲渡所得は換価時における換価遺産の所有割合(=法定相続分)により所得税の申告をすることになる。そして、法定相続分により所得税の申告をした後にその換価代金が法定相続分と異なる割合により分割されたとしても、法定相続分による譲渡に異動が生じるものではない(所得税の申告期限において法定相続分による譲渡以外に申告の方法が不可能)ので、更正の請求及び修正申告をすることはできない。Ⅱ 未分割財産の譲渡後、所得税の申告期限前に換価代金の取得割合が確定した場合これを時系列で示すと次のようになる。

    この場合においても、上記Ⅰと同様、原則として譲渡所得は換価時における換価遺産の所有割合(=法定相続分)により所得税の申告をすることになる。ただし、所得税の申告期限までに換価代金が分割され、共同相続人の全員が換価代金の取得割合に基づき譲渡所得の申告をした場合には、その申告は認められる。これは、具体的な取得金額が定まった以上、上記Ⅰと異なり法定相続分による譲渡以外に申告の方法が可能であるから選択が認められる。Ⅲ 未分割財産の譲渡時に換価代金の取得割合が確定している場合これを時系列で示すと次のようになる。

    この場合には、換価代金の取得割合を定めることは、換価遺産の所有割合について換価代金の取得割合と同じ割合とすることを定めることにほかならず、各相続人は換価代金の取得割合と同じ所有割合で換価したのであるから、その譲渡所得は、換価遺産の所有割合(=換価代金の取得割合)に応じて申告することになる。

    <参考>国税庁ホームページの譲渡所得の質疑応答事例「未分割遺産を換価したことによる譲渡所得の申告とその後分割が確定したことによる更正の請求、修正申告等」

    注)内容は、平成30年2月19日現在の法令等に基づいています。本事例紹介は、会員の業務上の諸問題解決

    支援の一環として掲載しています。文中の税法の解釈等見解にわたる部分は、執筆者の私見(参考意見)ですので、実際の申告等税法の解釈適用に当たっては、会員ご本人の責任において行ってください。

    2018年〔平成30年〕6月1日〔金曜日〕 東 京 税 理 士 界 〔第三種郵便物認可〕 VolumeNo.737【10】