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1 四輪研修に参加して ~安全な運転をするために~ 大野 真(東京農工大学 工学部 機械システム工学科) ・はじめに 近年,交通事故を防ぐために自動車の安全技術は発展して いるが,ASV の理念にあるようにドライバを「支援」する位 置づけにある.最終的に操作を行い,運転をするのはドライ バであり,事故を未然に防げるかどうかはドライバにあると いっても過言ではない.つまり,個々の運転スキルの的確な 認識と安全意識の両立が安全運転には求められると考えられ る. そこで,筆者は,公益社団法人自動車技術会関東支部学生 自動車研究会主催の「プロドライバから学ぶ自動車安全運転 スキルアップ研修会」に参加してきたので,報告する.本企 画では,一般公道では試すことのできない危険を想定した場 面を実際に疑似体験することにより,車両の物理限界を体感 し,運転技術のスキルアップと安全運転に対する理解をより 一層深め,今後の自動車安全技術について検討することを目 的とするものである. 講習日時は 2012 12 9 日,10 日の一泊二日,場所は茨 城県ひたちなか市にある自動車安全運転センター安全運転中 央研修所にて行われた.参加者は自動車に興味があり,普段 から自動車に乗っていたり,自動車に関する研究を行ってい る学生が主であった. 1 教官の方々との記念撮影 今回の講習スケジュールは以下の通りである. 1 日目(晴天) ・入所式・オリエンテーション ・交通心理学(座学) ・日常点検 ・基本走行・スラローム走行 FF 車での走行,運転ポジションの習得 ・ブレーキング 乗用車の制動,6080km/h からの制動 バスの制動,6080100km/h からの制動 ・スキッド走行 ハンドルを切っても車両が外に膨らんでいく車両挙動の体験 ・教官を交えた懇親会 2 日目(晴天) ・運転適性検査 パソコンを用いた運転適性試験を実施 ・基本走行・スラローム走行 FR 車での走行,1 日目よりも高度な運転 ・スキッド走行 ハンドルを切っても車両が外に膨らんでいく車両挙動の体験 スピンの発生 スピンモードの回避体験 ・信号回避 操舵回避,人間の反応時間の限界を体験 ・危険予測 模擬市街地における危険の予測と回避 ・修了式 検討会,エバリュエーション 内容には座学もあるが,全体的には実技がメインであり,実際 に乗車して挙動を体験し,理解を深める講習スタイルであった. Motor Ring No.36 2013 自動車技術会 http://www.jsae.or.jp/motorring/

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四輪研修に参加して

~安全な運転をするために~

大野 真(東京農工大学 工学部 機械システム工学科)

・はじめに

近年,交通事故を防ぐために自動車の安全技術は発展して

いるが,ASV の理念にあるようにドライバを「支援」する位

置づけにある.最終的に操作を行い,運転をするのはドライ

バであり,事故を未然に防げるかどうかはドライバにあると

いっても過言ではない.つまり,個々の運転スキルの的確な

認識と安全意識の両立が安全運転には求められると考えられ

る.

そこで,筆者は,公益社団法人自動車技術会関東支部学生

自動車研究会主催の「プロドライバから学ぶ自動車安全運転

スキルアップ研修会」に参加してきたので,報告する.本企

画では,一般公道では試すことのできない危険を想定した場

面を実際に疑似体験することにより,車両の物理限界を体感

し,運転技術のスキルアップと安全運転に対する理解をより

一層深め,今後の自動車安全技術について検討することを目

的とするものである.

講習日時は 2012 年 12 月 9 日,10 日の一泊二日,場所は茨

城県ひたちなか市にある自動車安全運転センター安全運転中

央研修所にて行われた.参加者は自動車に興味があり,普段

から自動車に乗っていたり,自動車に関する研究を行ってい

る学生が主であった.

図 1 教官の方々との記念撮影

今回の講習スケジュールは以下の通りである.

1 日目(晴天)

・入所式・オリエンテーション

・交通心理学(座学)

・日常点検

・基本走行・スラローム走行

FF 車での走行,運転ポジションの習得

・ブレーキング

乗用車の制動,60,80km/h からの制動

バスの制動,60,80,100km/h からの制動

・スキッド走行

ハンドルを切っても車両が外に膨らんでいく車両挙動の体験

・教官を交えた懇親会

2 日目(晴天)

・運転適性検査

パソコンを用いた運転適性試験を実施

・基本走行・スラローム走行

FR 車での走行,1 日目よりも高度な運転

・スキッド走行

ハンドルを切っても車両が外に膨らんでいく車両挙動の体験

スピンの発生

スピンモードの回避体験

・信号回避

操舵回避,人間の反応時間の限界を体験

・危険予測

模擬市街地における危険の予測と回避

・修了式

検討会,エバリュエーション

内容には座学もあるが,全体的には実技がメインであり,実際

に乗車して挙動を体験し,理解を深める講習スタイルであった.

Motor Ring No.36 2013 自動車技術会 http://www.jsae.or.jp/motorring/

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・一日目

・座学(交通心理学)

座学は,運転するにあたって危険な状況に陥らない行動をと

るために心理学的観点から,運転状況に潜在する様々な危険に

ついて学ぶものであった.具体的な講義の内容としては,日ごろ

運転している中で,思い込みによる見落としなどの,誰にでもある

危険を知識として体系化し,学ぶことにより,ヒューマンエラーを防

ぐものであった.一番印象に残ったのは,「見ることと,気づくこと

は同じではない」という教官の言葉である.視野に入っていて,目

には見えていても,気づいていなければ人間は反応できないこと

を学び,「もしかしたら飛び出しがあるかもしれない」と考えながら

走行することで危険を防ぐ方法を習得した.

図 2 交通心理学

・実技(基本走行・ブレーキング・スキッド走行)

続いて,実技の開始である.一日目は,一般的なセダンタイプ

の FF 車を用いて実技を行った.今回の講習を担当した研修所の

教官は,元白バイ隊員や,プロのバスドライバから出向されている

方など,経歴は様々であるが,圧倒的に高い運転技術を持つ方

ばかりで,その運転技術に圧倒された.基本走行は,パイロンで

コースが設定されたスラローム走行にて実施された.教官から,ま

ず運転する際に最も重要なことは,「目視」であると教わった.目

視で確認して,初めて安全を確認することができることを,実際に

死角を体験し習得した.次に,運転する際には,ポジションがとて

も重要であることが身をもって実感できた.適切なポジションと,適

切でないポジションで走行を比較することにより,走行しやすさが

変化するだけでなく,安全にも大きな影響を及ぼすことを実感し

た.また,スムーズに走行することを心がけることにより,操作に余

裕が発生し,安全に運転することができた.

図 3 スラローム走行の様子

続いて,ブレーキングの体験を行った.日ごろの走行環境では,

なかなか急制動を発生させる場面はない.そこで急制動により,

ABS を作動させた.ABS を作動させるには,かなりの踏力でブレ

ーキを踏みこむ必要があることを体験し,また完全に車両が停止

するまでにかなりの距離がかかることを実感した.安全のために,

必ず急制動を行った経験があることが重要であることを学び,貴

重な経験となった.また,バスでの急制動を教官の方に実演して

いただき,同乗体験した.大型車であるので,制動距離が延びる

ことは予想できたが,減速開始時にはそれほど大きな減速加速度

を感じることはなかったが,停止する瞬間に大きな減速加速度を

感じたのは,意外な結果となった.

図 4 ブレーキングの様子

続いて,スキッド走行を行った.スキッド走行とは,特殊タイル路

面に水がまかれており,非常に滑りやすい状態のコースにおいて

走行することである.FF 車では,ハンドルを切っても車両が外に

膨らんでいく傾向の状態になりやすく,その体験を行った.このよ

うな滑りやすい路面を体験するのは,雪道ぐらいであり,参加者の

多くは雪道走行の経験がなかったので,貴重な経験となった.

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図 5 スキッド走行の様子

・懇親会

一日目の夜には,教官の方々を交えた懇親会が開催され,普

段あまり聞くことのできない興味深い話を数多く聞くことができた.

例えば,元白バイ隊員であった教官の話では,白バイ時代の警

察官としての安全運転への思いや,白バイ隊員の圧倒的な運転

練習量の話,「白バイ側から見た交通」の話など非常に興味深い

内容を分かりやすく,面白くお話ししていただき,非常に勉強にな

った.私にとってこの懇親会は,自動車に限らず,機械の技術者

を目指す者として知識や興味を深める大変貴重な機会となり、と

ても有意義な時間を過ごすことができた.

・二日目

・座学(運転適性検査)

運転適性検査(CRT 検査)というものを受けた.これは,1 人 1

人の反応や注意力の癖を測るものであり,操作への慣れや誤操

作の頻度などから,その個人の反応速度、集中力の範囲,集中

力の維持,動作の正確さ,情報処理の正確さなどが検査されるも

のである.実際の測定は、画面を見ながらボタンを押し,ハンドル

を操作するゲームのようなものを用いていたが,見た目のイメージ

よりも頭を使うので測定終了時には疲れを感じた.測定結果には

その人の運転に影響を与える癖とその内容が記されており,その

項目を意識することによってより安全な運転が可能になるという.

・基本走行

2 日目は,一般的なセダンタイプの FR 車を用いて実技を行っ

た.1日目のおさらいとして,1日目と同じコースを走行し,それぞ

れの運転感覚を再確認した.また,スラロームでのタイムアタック

を行うことによる焦り運転を体験し,運転は落ち着いて,スムーズ

に運転することで,初めて安全に運転できることがよくわかった.

また,定常円旋回時における,FR 車特有の現象である前輪の

リフトを教官の方に実演いただいた.理論では知っていたが,実

際に現象を確認することにより,より一層自動車に対する理解を深

めることができた.

図 6 教官の方の実演

・スキッド走行

走行コースは,1日目と同じものであった.1日目と異なるのは,

FR 車であり,サブテーマは FF 車と FR 車の比較を行うことであっ

た.ハンドルを切っても車両が外に膨らんでいく車両挙動はFF車

と同じであったが,アクセルオンによるスピンは FF 車との違いが

顕著に出ており,FF 車と FR 車の違いを体感することができた.

また,FR 車によるスピンモードの回避体験を行った.アクセル

コントロールによる姿勢維持がなかなか難しかったが,公道では

絶対行うことができない走行を体験することができて,いい経験と

なった.雪道におけるシミュレーションとして,スキッド走行は非常

に有意義なものであった.

図 7 ドリフト走行の様子

・信号を用いた緊急回避行動

この実技では,車速一定で車両を進入させ,出た信号の方向

にハンドルを切り,衝突を回避するというものである.ここでは,人

間の反応時間には限界があることを,身をもって実感した.ドライ

バは,認知,判断,操作の順を追って行動するが,いずれも人間

には限界が存在し,それを知ったうえで,対策を講じる必要性を

体験して知ることができた.

・市街地路における危険予測とシミュレーション

実技のまとめとして,市街地における危険予測を行った.これは,

模擬市街地路を利用して,右折車両と直進車両の事故,いわゆる

右直事故と呼ばれる典型的な事故パターンをもとに実際の市街

地を模擬したテストコース上での再現を見学した.二輪車は四輪

車よりは小さく,そして遅く見えると一般的に言われているが,そ

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れを実際に両者が走ってくる状況を見ることで,速度感の違いを

比べることができた.今まで意識したことはなかったが,実際に右

折待機車のドライバ視線として二輪車と四輪車が向かってくる状

況を見たところ,本当に二輪車は遅く見えてしまう.また,四輪車

運転時の右折時には小さい二輪車を見落としがちであるため,注

意が必要であることを実際に見ることで強く意識させられた.

以上で講習の内容を終了した.

図 8 模擬市街地路における右直事故の再現

・まとめ

筆者は,実際にこの講習を受講することによって,自動車に対

する安全への考えをより一層深めることができた.また同時に,自

動車を運転するのは楽しいことも再確認することができた.いろい

ろな点で,本企画に参加して,本当に良かったと思える企画であ

った.

今回,このような素晴らしい企画をして下さった公益社団法人

自動車技術会関東支部学生自動車研究会の皆様,また,講習を

して下さった自動車安全運転センター安全運転中央研修所の皆

様へこの場を借りて改めて心より御礼申し上げます.

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