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233 E-journal GEO Vol. 12(2) 233-245 2017 地理教育総説記事 地方国立大学の社会科教員養成課程における 地理学的フィールドワーク教育の再構築に向けた一考察 A Reconstruction of Geographical Fieldwork Education for Undergraduate Teacher Training Programs in Social Studies at a Local National University 磯野 巧・宮岡 邦任 ISONO Takumi and MIYAOKA Kunihide 2017 7 14 日受付,2017 9 6 日受理) 本稿では,三重大学教育学部の開設科目である地理学野外実習を事例として,当該科目に関わる具体的な授業実 践の成果を報告し,地方国立大学の社会科教員養成課程における地理学的フィールドワーク教育の課題と改善点を 検討した.その結果,地理学野外実習に対する限定的な学生参加,実習科目の不足,自然地理学と人文地理学両分 野の意思疎通強化,成果報告方法の体系化が課題として導出された.今後の改善点として,実習科目の強化,分野 横断的な調査テーマの設定,講義科目の一部実習化を提案し,社会科教員養成課程に在籍するより多くの学生が地 理学的フィールドワーク教育を享受できるようカリキュラムを見直した. This study attempted to reconstruct a geographical fieldwork education curriculum for undergraduate teacher training pro- grams specializing in social studies through an analysis of the lesson Fieldwork Training in Geography in 2016, at Mie Uni- versity. The study results highlighted the following four challenges: 1limited participation in Fieldwork Survey Training in Geography; 2a lack of educational opportunities for enhancing geographical skill; 3the need for intensification of commu- nication with both physical and human geography divisions; and 4systemization of the method for submitting reports of the study region. In 2017, the authors initiated steps to improve the following three points of geographical fieldwork education in line with the fieldwork training conducted in 2016: 1reviving specific laboratory teachings that deal with the basic methods for geographical field surveys to create and enhance opportunities for geographical skill education; 2building collaboration between physical and human geography in general surveys and cross-sectoral themes set in the Fieldwork Training in Geogra- phy in 2017; and 3adopting an excursion experience for students majoring in social studies as well as geography as part of specific regular classroom lectures, such as introduction to physical or human geography. It would be desirable for geography teachers not only to acquire skills oin basic field survey methods but also cultivate a capacity for geographical thinking for un- derstanding specific regional phenomena through fieldwork in a variety of regions. This study suggests a renewed focus on ful- filling laboratory teaching opportunities to increase the significance of geographical fieldwork for students in social studies. キーワード : 地理学的フィールドワーク教育,地域調査,社会科教員養成課程,地方国立大学 Key words: geographical fieldwork education, field survey, undergraduate teacher training program in social studies, local national university I はじめに 近年,学校地理において地理的技能の育成が重要視 されている.とりわけ中学校社会科においては,「地 図の読図や作図などの学習を通して思考力や表現力等 の育成を図るとともに,世界の様々な地域の調査や身 近な地域の調査において,地図を有効に活用して事象 を説明したり,自分の解釈を加えて論述したり,意見 交換したりするなどの学習活動」が学習指導要領の目 標と内容の改訂に際して強調されている(文部科学省 2008b).その中で,「身近な地域の調査」の単元は, 平成 20 年版学習指導要領において「社会参画の視点 を取り入れた調べ学習を行うこと」と記載されてお り,地理的見方・考え方の養成に向けた体験的・作業 的学習の実践が求められている(竹内 2012).また, 身近な地域の調査は小学校中学年の学習単元にも含ま れており,そこでは地域学習を通した地域の社会的事 象や地理的環境の理解に主眼が置かれている(文部科

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地理教育総説記事

地方国立大学の社会科教員養成課程における 地理学的フィールドワーク教育の再構築に向けた一考察

A Reconstruction of Geographical Fieldwork Education for Undergraduate Teacher Training Programs in Social Studies at a Local National University

磯野 巧・宮岡 邦任ISONO Takumi and MIYAOKA Kunihide

(2017年7月14日受付,2017年9月6日受理)

本稿では,三重大学教育学部の開設科目である地理学野外実習を事例として,当該科目に関わる具体的な授業実践の成果を報告し,地方国立大学の社会科教員養成課程における地理学的フィールドワーク教育の課題と改善点を検討した.その結果,地理学野外実習に対する限定的な学生参加,実習科目の不足,自然地理学と人文地理学両分野の意思疎通強化,成果報告方法の体系化が課題として導出された.今後の改善点として,実習科目の強化,分野横断的な調査テーマの設定,講義科目の一部実習化を提案し,社会科教員養成課程に在籍するより多くの学生が地理学的フィールドワーク教育を享受できるようカリキュラムを見直した.

This study attempted to reconstruct a geographical fieldwork education curriculum for undergraduate teacher training pro-grams specializing in social studies through an analysis of the lesson “Fieldwork Training in Geography in 2016”, at Mie Uni-versity. The study results highlighted the following four challenges: 1) limited participation in Fieldwork Survey Training in Geography; 2) a lack of educational opportunities for enhancing geographical skill; 3) the need for intensification of commu-nication with both physical and human geography divisions; and 4) systemization of the method for submitting reports of the study region. In 2017, the authors initiated steps to improve the following three points of geographical fieldwork education in line with the fieldwork training conducted in 2016: 1) reviving specific laboratory teachings that deal with the basic methods for geographical field surveys to create and enhance opportunities for geographical skill education; 2) building collaboration between physical and human geography in general surveys and cross-sectoral themes set in the Fieldwork Training in Geogra-phy in 2017; and 3) adopting an excursion experience for students majoring in social studies as well as geography as part of specific regular classroom lectures, such as introduction to physical or human geography. It would be desirable for geography teachers not only to acquire skills oin basic field survey methods but also cultivate a capacity for geographical thinking for un-derstanding specific regional phenomena through fieldwork in a variety of regions. This study suggests a renewed focus on ful-filling laboratory teaching opportunities to increase the significance of geographical fieldwork for students in social studies.

キーワード:地理学的フィールドワーク教育,地域調査,社会科教員養成課程,地方国立大学Key words: geographical fieldwork education, field survey, undergraduate teacher training program in social studies, local

national university

I はじめに

近年,学校地理において地理的技能の育成が重要視されている.とりわけ中学校社会科においては,「地図の読図や作図などの学習を通して思考力や表現力等の育成を図るとともに,世界の様々な地域の調査や身近な地域の調査において,地図を有効に活用して事象を説明したり,自分の解釈を加えて論述したり,意見交換したりするなどの学習活動」が学習指導要領の目

標と内容の改訂に際して強調されている(文部科学省2008b).その中で,「身近な地域の調査」の単元は,平成20年版学習指導要領において「社会参画の視点を取り入れた調べ学習を行うこと」と記載されており,地理的見方・考え方の養成に向けた体験的・作業的学習の実践が求められている(竹内2012).また,身近な地域の調査は小学校中学年の学習単元にも含まれており,そこでは地域学習を通した地域の社会的事象や地理的環境の理解に主眼が置かれている(文部科

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学省2008a).身近な地域を理解するためには,地図の読み方や統計データの活用,フィールドワークの方法といった地理的技能の向上,具体的には地域調査の手法取得が不可欠である.地域調査の手法については,平成29年版学習指導要領においてその重要性や位置づけが強化されている(文部科学省2017).地域調査はデスクワークとフィールドワークの融合により成果を得られるものであり,地域調査の経験を踏むことで「地域を視る目」が養成されてくる(山下2003).中でも,フィールドワークは視聴覚教材を用いるよりも学習効果が高いことを井田ほか(1992)や小峰(1990)は言及しており,事実,学習指導要領においても体験的・作業的学習の観点からフィールドワークの実践が推奨されている.よって,学校地理を担当する教員は文献収集や地図の読解,統計データの活用などのデスクワークに加えて,観察や観測,聞取りなどの現地調査を通して身近な地域の地理的性格や課題を導出できるフィールドワーク技法を心得ていることが望まれる.地理教育にとってフィールドワークの実施が必要不可欠であることは,かねてから指摘されてきた(山内ほか1986).しかしながら,伊藤(2012)は十分な地域観察力やフィールドワーク技法を有する教員は少数であり,地域事象を教員自らが発掘して教材化することの難しさに言及している.このような状況に対して,宮薗(2015)は社会科教員自らが社会事象に関心をもつと同時に課題を設定・探求し,それを基にして児童・生徒が追求していきたくなる問いやテーマに組み替えて教材化・授業化する力こそが社会科教員の授業力・指導力向上の重要な構成要素であると論じている.そのためには,フィールドワークを通して地域社会の社会的事象に関わり,社会について学ぶことの魅力や必要性を実感的に体得できる機会を学部生のうちから育むことが必要となると述べている.高等教育機関における地理学的フィールドワーク教育の実践事例は,これまでに数多く報告されており,それらは地理学専門課程と教員養成課程を対象としたものに大別できる.前者に関する既往研究は,海外巡検による教育効果や留意点を具体的な行程記録から説明した兼子・呉羽(2015),大学教育におけるフィールドワーク実践の成果と課題を大学初年次生に対する

入門的フィールドワークの実践を通して検討した淡野(2016),大学院におけるフィールドワーク教育の実践からその方法と意義について論じた松井・兼子(2014)などがある.一方で,後者についてみると,地理学教室でカリキュラムとして位置づけられている野外実習授業の成果と課題を,具体的なフィールドワークの実施内容から詳細に報告した香川による一連の研究(2010; 2011

など)が代表的である.これらの研究は備忘録や将来的な野外実習授業を設計する際の参考資料として蓄積されたものであるが,教員養成課程での地理学的フィールドワーク教育に関する具体的な実践報告は,先述したものを除くときわめて限定的である.こうした背景のもと,本稿では地方国立大学の社会科教員養成課程に注目する.現在,多くの地方国立大学は地域に貢献する大学としての使命を担っており(山田ほか2016),教員養成課程は学校教員の育成という側面から優れた人材を地域に輩出することが求められている.その中で,社会科教員養成課程は学生の「地域を視る目」を涵養し,地域に根差した人材の育成を通して地域貢献を果たすことができる.こうした人材育成を実現するにはフィールドワークの実施が不可欠であり,カリキュラムに野外実習を含む地理学専攻が担う役割はきわめて大きいといえよう.しかしながら,地方国立大学を含む教員養成課程での実践報告は先述の通り僅少である.すなわち,全国各地の地方国立大学の社会科教員養成課程において,どういったカリキュラムのもとで,どのような地理学的フィールドワーク教育が展開し,いかなる教育効果と課題が存在しているのか,その実態は総じて不明瞭な状況にある.以上を踏まえて,本稿では三重大学教育学部社会科教育コースの開設科目である地理学野外実習における三重県熊野市での授業実践(2016年度)を事例として,地方国立大学の社会科教員養成課程における地理学的フィールドワーク教育の課題を整理・導出し,その再構築に向けた一改善案を提示することを目的とする.なお,本稿における地理学的フィールドワーク教育とは,地理学野外実習に関連した一連の指導機会のことを指す.

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II 社会科教育コース地理学専攻のカリキュラム

1. 地理学専攻の科目群と履修モデル社会科教育コースでは,1年次の12月頃に専攻分野の配属を決定している.その際に参考としているのが,教養教育科目の成績とコースの初年次教育としての必修科目である社会科入門において課している学力テストの結果である.社会科教育コースに入学する学生のほとんどが歴史学に興味をもっており,第一志望で地理学専攻に配属される学生の数は決して多くない状況にある.地理学概論(地誌を含む)と地誌学概論を社会科教育コースの必修科目として設定し,地理学専攻生でなくても地理学に関する基本的事項を最低限押えられるようにしている.地理学専攻については,将来学校現場において地理的分野についての授業対応ができるように,地理学に関する専門知識が涵養できることを目的に,教職科目の増加により教科専門に割くことのできる時間数が減少する中,人文地理学,自然地理学それぞれの分野において,基礎,応用,フィールドワークについて体系的に学習できるように工夫している

(表1).2年次の後期から人文地理学と自然地理学の概論を履修し,その後3年次にそれぞれの特論を履修する.また,コース設立当時に在籍した教員の専門分野に関わる都市地理学,水文学の概論および特論を,2年次後期から3年次前期にかけて履修する.3年次からは人文地理学演習,自然地理学演習(以下,地理学演習)という講義名でゼミナールを4年次にかけて開講し,卒業研究を行う.このようなカリキュラムの中で,専門学部と大きく異なることは,専門分野に関する講義数が圧倒的に少ないことである.人文地理学および自然地理学概論,特論で広く浅いかたちでそれぞれの専門分野を網羅的に講義することは可能であるが,さらに専門に特化した講義については,都市地理学あるいは水文学しか開講できていない状況において,関連する専門分野についてもうまく入れ込むかたちで講義の内容を工夫することを心がけている.また,これらの講義,演習については,小・中・高等学校の地理的分野の内容と関連づけることで,卒業研究を行うことの意義づけ,方向づけを行っている.これらの講義,演習のほかに,野外実習授業として,地理学野外実習を2年次および3年次に必修科目として設置している.

2. 地理学野外実習の概要地理学野外実習の目的は地域調査の手法取得であり,4年次の卒業研究に向けた基盤構築に主眼を置いている.それゆえ,本実習では3年生がリーダーとして地域調査の行程等を決定し,それを2年生がアシストする構造となっている.担当者は自然・人文地理学分野の教員2名である.標準履修年次は2・3年次であるが,今回は後述するジェネラル・サーベイ(概括的調査)の実施や調査補助の関係から,自然地理学分野の4年生と大学院生も参加した.実施期間は2016年8

月7日から11日までの4泊5日である.調査対象地域として選定したのは三重県熊野市で,ジェネラル・サーベイでは御浜町,紀宝町のほか,和歌山県新宮市と奈良県十津川村にも訪問した(図1).宿泊については,新宮市雲取温泉で1泊,熊野市の鬼ヶ城周辺で3泊滞在した.参加人数は自然地理学分野8名(2年生2名,3年生2名,4年生1名,大学院生2名,教員1

表1 地理学専攻の科目群(2016年度)Table 1 Geography Curriculum (FY 2016)

注:網掛けの科目は開講していない(2016年度現在).(卒業資格履修単位一覧により作成)

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名),人文地理学分野5名(2年生2名,3年生2名,教員1名),合計13名であった 1).両分野ともに1班ずつ,合計2班が編成された.三重大学教育学部社会科教育コースの地理学野外実習では,これまでに三重県内各地においてフィールドワーク教育を実施してきたが,調査対象の大半は北勢,中勢,伊勢志摩の各地域であった.2000年以降の調査対象地域をみると,大台町,藤原町(現いなべ市),南島町・南勢町(現南伊勢町),伊勢市・鳥羽市・度会町,紀北町,津市・亀山市となっており,それぞれの地域で2~3年度に渡って調査を行うかたちをとってきた.東紀州地域については,紀伊長島町(現紀北町)での経験を有するものの,当該地域以南での実施は今回が初の試みである.

III 地理学的フィールドワーク教育の実践

1. 地理学野外実習の事前指導主として地理学演習において,分野別に地域調査の構想,デスクワークによる情報収集,先行研究のレビュー,フィールドワークの遂行案を中心に発表を行った.また,地理学野外実習のオリエンテーションは地理学演習の時間帯に1回実施し,行程,宿泊施設,研究テーマと調査対象地域,携行品といった地理学野外実習に係る必要事項について学生指導を行った.大まかな行程は担当教員が決定し,地形図をはじめとする携行品や準備物の手配は学生が担当した.事前指導の一環として,今回は教員同行によるプレ調査を三度遂行した(5月7日,6月15日,7月23

日).その理由として,参加学生の大半が熊野市への訪問経験がなく,予備知識なしでは具体的な調査テーマを設定できないと判断したためである.こうした背景から,5月7日および6月15日は熊野市の実状を理解できるよう,概観観察や基礎的な資料収集を行った.その後,結果的に3年生自らが「柑橘栽培地域における地下水・河川水の現状(自然地理学分野)」と「中心商店街の現代的役割(人文地理学分野)」を調査テーマとして設定した.一方で,7月23日にはジェネラル・サーベイの実施に向けたプレ調査を行った.ジェネラル・サーベイは地域を全体的に俯瞰し,調査対象地域に関する具体的

なイメージを参加者で共有することを目的としており,その重要性は既往研究で認められている(松井・兼子2014).地理学野外実習にジェネラル・サーベイを導入するのは今回が初であり,教員同行のもと,具体的な巡検ルートや説明地点を選定した.その他,人文地理学分野はフィールドワークにて聞取り調査の実施を予定していたため,事前に教員が熊野市役所に赴き,関係各所に挨拶および調査協力依頼を行った.

2. 地理学野外実習の実施1)8月7日実施のジェネラル・サーベイ地理学野外実習初日はジェネラル・サーベイを実施した(図2).最初に訪問したのは,凝灰岩の大岩壁を有する鬼ヶ城である.ここでは大岩平や漁村景観,

図1 調査対象地域(2016年)Fig. 1 Study area (2016)

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熊野灘を観察した.その後は熊野市中心市街地へ移動し,記念通り商店街のファサードにみられる景観的特徴を確認した(図3).鬼ヶ城と記念通り商店街は人文地理学分野の学生が説明を行った.続く七里御浜,大前池,金山神社およびその周辺域では,それぞれ砂礫海岸の形成,潟湖の形状と植生,温州ミカンの農業景観,自然災害の痕跡について,自然地理学分野の学

生による説明があった.熊野市内最後の説明地点は丸山千枚田である.そこでは棚田景観の維持管理や住民による棚田活用の実態を,人文地理学分野の学生が解説した.丸山千枚田訪問後は,吉野熊野国立公園の一部を成す瀞峡に赴いた.瀞峡は上流から奥瀞,上瀞,下瀞と呼称される.今回は下瀞のみを訪問し,説明は人文地

図2 ジェネラル・サーベイの行程(2016年)注:熊野市中心市街地の地図は国土地理院発行の電子地形図25000を基に作成した.

Fig. 2 Itinerary of the general survey (2016)

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理学分野の教員が担当した.具体的には,瀞峡をめぐるツーリズムの性格や台風12号の被害状況,下瀞周辺域の交通史などを,地形図の読解や景観を通して概説した.下瀞を一通り散策した後は最後の説明地点である道の駅「瀞峡街道熊野川」に到着した.ここは2011年に発生した台風12号による甚大な洪水被害を受け既存施設が流出し,翌年に現施設が新設された場所である.敷地内には犠牲者の慰霊碑が建設されており,施設駐車場からは熊野川対岸で発生した土石流の痕跡を随所で確認することができる.これらの説明は自然地理学分野の2年生2名が担当した.彼らは7月23日に実施した第3回プレ調査に参加しており,道の駅の概況や説明板の記載内容,そこから観察できる景観を事前に確認していたため,当該地点の説明を任せることにした.ジェネラル・サーベイの全行程が完了した後は,初日の宿泊先である雲取温泉に移動した.夕食後にゼミを行い,学生ひとりひとりにジェネラル・サーベイの感想と翌日以降の意気込みを発表してもらった.前者については,とりわけ丸山千枚田や瀞峡,道の駅に関する内容が多く,学生の興味関心が熊野市だけでなく周辺地域まで幅広く及んだものと看取できる.

2)8月8~11日実施の分野別フィールドワーク8月8日から10日にかけて,日中は分野別のフィールドワークを実施し,夕食後に宿泊施設の大部屋でゼミを開催した.ゼミでは分野ごとに当日の調査成果や翌日の予定を発表し,それを基に質疑応答や議論を展

開した.11日は宿泊施設をチェックアウトした後,午前中のみフィールドワークを行った.自然地理学分野では,土地利用形態の地域的差異と河川水・地下水への環境影響について明らかにすることを目的として,この地域を代表する柑橘(温州ミカン)栽培地(金山地区)とその周辺地域を対象に栽培作物,投薬・施肥の状況,周辺河川水・地下水の測水・採水調査を行った.栽培地内では深度3 m程度の観測用井戸を掘削し,農業活動による栽培地内の地下水の物理化学的特徴に及ぼす影響について把握できるようにした.投薬,施肥の情報について,現地農家における聞取り調査を行った.土地利用条件の差異による周辺河川水および地下水への影響について比較を行うために,水田,山地,住宅地についても河川水,地下水・湧水の調査を実施した(図4).現地における測水調査は,水温,電気伝導度,pH

を測定し,井戸については水位,井戸深度も測定した.測水調査を実施した河川水・地下水について100 mlの採水を行い,後日,地理学実験室において主要溶存成分について分析を行った.ミカン栽培地における観測井戸掘削,河川水調査地点の選定については,教員が同行し確認と指導を行っ

図3 ジェネラル・サーベイの様子(2016年)(2016年8月筆者撮影)

Fig. 3 Scene during the general survey (2016)

図4 ミカン栽培地での観測井戸の掘削(2016年)(2016年8月三重大学教育学部学生撮影)

Fig. 4  Boring an observation well in a mandarin orange cultivation area (2016)

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た.人文地理学分野では,記念通り商店街をめぐる歴史的変遷と商業特性の分析を通して,当該商店街の現代的役割を明らかにすることを目的とした.研究方法は,①文献資料の収集,②熊野市中心市街地における土地利用調査,③行政機関や各商店への聞取り調査である.プレ調査の段階で①はおおむね完了しており,当該期間は②および③に関するフィールドワークを行った.土地利用調査では,最新版住宅地図の複写物と土地利用記入用紙を携帯し,それらを画板に固定して現地をくまなく歩き,土地利用の形態や特性を記録した(図5).土地利用調査は2名1組で実施し,1名が住宅地図に区画を書き込み,もう1名が記録用紙に必要事項を記入した.今回は学生4名全員が土地利用調査の実施経験を有していたため,教員によるデモンストレーションなしで土地利用調査を遂行することができた 2).聞取り調査は,以下のとおり実施した.第一に,熊野市役所水産・商工業振興課に対して実施し,熊野市の商業環境を取り巻く大まかな動向について訊ねた.第二に,熊野市記念通り商店街振興組合(以下,商店街振興組合)を訪問し,記念通り商店街をめぐる近年

の動向や商店街組織としての取組み内容を伺った.第三に,記念通り商店街の各店舗を訪問し,店舗経営や商店街振興組合主催行事への参加状況を把握した.熊野市役所については教員が事前訪問した際に調査協力を依頼しており,承諾を得ていた.同時に熊野市役所から商店街振興組合長の紹介を受け連絡先を確認し,それを基に学生が事前に訪問アポイントを調整した.また,商店街振興組合長には各店舗への訪問許可を求め,承諾を得た後に調査を遂行した.各店舗には調査票 3)に基づく聞取り調査を実施し,16の店舗から回答を得ることができた.なお,聞取り調査には教員も同行した.

3. 地理学野外実習の事後指導事後指導は主に地理学演習を通して実施し,フィールドワークによって得られた一次資料の分析結果や考察の方向性について議論した.自然・人文地理学分野ともに,学生自身が地図や図表を作成し,それらの分析を通して熊野市の地域的特色が理解できるよう心掛けた.最初に確認したのは,一次資料のデータ化に必要となる地理的技能である.地図や図表は,主にExcelや Illustratorといったソフトウェアを用いて作成する.とりわけ Illustratorを使用できる学生はほぼ皆無であったため,基礎的な操作方法から順を追って説明した.ある程度 Illustratorが使用可能になった段階で,実際に地図や図表を作成させた.自然地理学分野では,採水した試水の分析について,4年生が2・3年生に対してイオンクロマトアナライザの使い方,分離液の調合の仕方などを指導したり,後期の授業において物理化学データの処理方法を教授したりと,測水調査や化学分析で得られたデータを使い,作図ができる能力の涵養に努めた.この結果,研究に対する目的の設定,調査対象の設定,調査の企画,実施,事後の分析と作図による解析といった自然地理学に関わる一連の研究の流れを習得することが可能となった.たとえば,図6のように土地利用形態と水質組成の分布を組み合わせる図を作成することで,河川水や地下水の水質と人間生活の関係を考察できる土台を築くことが可能となり,卒業研究に向けて従来にない準備ができる環境を整えることができた.

図5 土地利用調査の様子(2016年)(2016年8月三重大学教育学部学生撮影)

Fig. 5 Scene during the land-use survey (2016)

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作図した図の解析については,ゼミや個人指導を通して継続的に指導を行っている.つぎに,人文地理学分野の学生が作成した図7を基に,事後指導で議論した内容を説明する.図7は記念通り商店街沿いの土地利用形態を示したものであり,店舗構成や商業集積の特性の可視化を試みた 4).記念通り商店街は木本高校と熊野市駅の中間に位置しており,駄菓子・菓子屋や習い事教室が複数立地することから,通学途中に記念通り商店街へ立ち寄る高校生が一定数存在すると考えられる.また,記念通り商店街

には制服,鞄,体操服といった学校生活の必需品を取り扱う店舗(衣類・呉服店,鞄・靴店,スポーツ用品店など)も揃っている.以上の分析結果より,記念通り商店街の現代的な役割を「児童・生徒の放課後の憩いの場」を提供する「地元学校と地域を結び付ける空間」と考察し,結論に向けた一つの方向性を導出することに成功した.

4. 地理学野外実習の成果報告例年,地理学野外実習の成果は三重地理学会 5)が翌

図6 土地利用図とヘキサダイヤグラム(2016年10, 11月)(現地調査により作成)

Fig. 6 Land-use map and hexadiagrams (October and November 2016)注:国土地理院発行の地形図25000分の1「木本」を基に作成した.

図7 熊野市記念通り商店街の土地利用形態(2016年)(現地調査により作成)

Fig. 7 Land use on Kinen-dori shopping street in the Kumano city center (2016)

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7月に開催する「地域調査報告会」にて公開発表を行っている.2017年度も7月に地域調査報告会が開催され,熊野市でのフィールドワーク成果の報告がなされた(図8).なお,図表の作成やパワーポイント資料のデザインといった発表スタイルについては,2017

年度前期の地理学演習で指導した.加えて,今回は報告書の作成と出前授業の実践に取り組んだ.ここ数年,地域調査報告会をもって地理学野外実習の行程は終了しており,その成果が活字化されることはなかった.しかし,学生の文章力強化や地域への調査成果の還元を図るため,今回からゼミ刊行物として地域踏査の報告書を作成するに至った.2017

年7月現在,学生は初稿の修正作業に従事している.つぎに,出前授業について説明する.三重大学教育学部では地域創生に関わる東紀州サテライト活動に従事しており,2016年度より木本高校の総合学習を活用した出前授業を定期的に開催している.その一環として,地理学野外実習の成果を出前授業にて報告した.受講者は高校3年生181名,講師は人文地理学分野の教員が担当した(図9).また,木本高校生の記念通り商店街の利用実態に関するアンケート調査を実施し,179の有効回答を得た.その結果,コンビニエンスストアを「よく利用する」「たまに利用する」と回答した生徒が80%以上を占めていたものの,他業種については「あまり利用しない」「利用しない」が大半であった(図10).しかし,放課後ないし部活動の帰りに駄菓子・菓子屋や喫茶・食堂を利用する生徒

や,部活動の備品を購入する目的でスポーツ用品店を訪問する生徒も一定数存在した.このことは,事後指導で結論づけた「児童・生徒の放課後の憩いの場」として側面を強調するものであり,フィールドワーク成果を検証するうえで示唆に富む結果であった.

IV 地理学的フィールドワーク教育の

再構築に向けた課題と改善点

ここでは IIIで検証した実践成果から,地理学的フィールドワーク教育の課題を導出・整理する.その上で,地方国立大学の社会科教員養成課程における地理学的フィールドワーク教育の再構築に向けて,三重大学教育学部による一改善案を提示する.

図10 木本高校生による記念通り商店街の利用実態(2017年)

(アンケート調査により作成)Fig. 10  Use of Kinen-dori shopping street by students of

Kinomoto High School in Kumano city (2017)

図8 三重地理学会における学生発表(2017年)(2017年7月筆者撮影)

Fig. 8 Conference presentation by students (2017)

図9 木本高校における出前授業の様子(2017年)(2017年5月木本高校教諭撮影)

Fig. 9  Lecture at Kinomoto High School in Kumano city (2017)

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1. 地理学的フィールドワーク教育の課題1)地理学野外実習に対する限定的な学生参加地理学野外実習初日はジェネラル・サーベイを実施した.社会科教育コースの学生は地理学,日本史,外国史,哲学・倫理学,政治学,経済学,社会科教育のいずれかのゼミに配属し,学生自身の専攻分野を主軸としつつ,教員免許状取得に必要となる授業を履修する.こうした状況下,多くの学生が概論や特論を履修する一方で,演習や実習,史料講読といった専門科目は所属ゼミの学生のみの受講となる場合が大半である.地理学野外実習も同様の傾向にあり,ここ数年は自然・人文地理学分野の学生しか履修していない.よって,社会科教員養成課程に所属していながらも,ほとんどの学生が地理学的フィールドワークに触れることなく大学を卒業して学校現場に入っている.

2)実習科目の不足2016年度の地理学専攻の科目群をみると,地理学演習と地理学野外実習を除きすべての授業が講義形式である.社会科教育コースの学生の大半は大学受験で地理を選択していないため,とりわけ概論は基礎学力の向上や地理的見方・考え方の醸成を図るうえで重要である.しかしながら,地理学専攻以外の学生を考慮すると,たとえ特論であっても学校地理の単元に即した講義内容とならざるを得なかった.また,地理学演習では地理学野外実習の進捗状況に関する議論で手一杯であり,文献講読やフィールドワーク方法論に言及するには至っていない.それゆえ,現行のカリキュラムではExcelや Illustratorを用いた製図作業やその解釈にあてがう時間を十分に確保することは困難である.地方国立大学の教員養成課程では教科専門に割くことのできる時間数が絶対的に減少しており,その中で自然・人文地理学の基礎を網羅的に扱うとなると,実習科目による地理的技能の涵養機会を拡充することは必至であろう.

3)自然・人文地理学両分野の意思疎通の強化かねてより自然・人文地理学の乖離が問題視されており(松井・兼子2014),この文脈において自然・人文地理学分野が別個に野外実習を実施する社会科教員養成課程も決して少なくない.三重大学教育学部では原則的に両分野合同で演習・実習を実施しており,地理学演習では分野を問わず学生間で活発な議論が繰り

広げられるものの,地理学野外実習では分野別の班構成となるため,両者間のコミュニケーションはいくぶん不足しがちである.このような状況下,2016年度の地理学野外実習ではジェネラル・サーベイを導入し,各分野の学生が互いのフィールドを観察する機会を設けた.その結果,急峻な地形条件を起源とする文化的景観(丸山千枚田)や凝灰岩の大岩壁と民族伝承の関係性(鬼ヶ城),観光資源としての性格をもつ砂礫海岸(七里御浜)など,自然・人文地理学の両側面から地域事象を説明することが可能となった.とりわけ小学校中学年で扱われる身近な地域の特色を自然・人文地理学の両視点から理解する能力は,初等教育に重点を置く地方国立大学において,今後ますます重要になると考えられる.将来的にはジェネラル・サーベイのみならず,調査テーマの設定においても両分野が歩み寄り,より総合的な視点から地域事象の理解に努める姿勢が必要になるであろう.

4)成果報告方法の体系化2016年度は学会発表に加えて報告書作成を試みた.地理学野外実習のオリエンテーション時に報告書作成の旨を学生に伝えておけば,目的意識をもって地域調査に取り組むことができるとともに,目に見えるかたちでの達成感を与えることができる.このように調査内容を精査・要約して論文を執筆する能力は一朝一夕に向上するものではないため,早期から調査成果を活字化する作業は学生の文章力強化の意も含め教育的意義が大きく,卒業論文を執筆する上でも大きく貢献するものと判断できる.よって,報告書作成は体系化すべき成果報告方法として,今後も継続して実施することにした.山下(2003)も言及するように,フィールドワークの協力者に調査成果を寄贈・公表することは,地域調査をする研究者だけでなく教員・学生の義務である.今後は刊行物として調査成果を公表するだけでなく,市民講座や大学の出前授業などを通して広く社会に情報発信・還元することが強く望まれる.

2. 地理学的フィールドワーク教育の改善これら地理学的フィールドワークの諸課題を踏まえ,2017年度は以下の改善策を講じている.まず,

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地理学専攻の科目である自然地理学実習と人文地理学実習を教員の負担覚悟で復活させた.この二つの実習科目は社会科教育コースの授業科目として設置されていたが,選択科目であること,修得単位数が1単位であること,教職科目が増加したことから,未開講の状態が長年続いていた.しかしながら,現行カリキュラムでは地理的技能の涵養機会が絶対的に不足しており,事実,2016年度はデスクワークによる情報収集や製図の方法を授業時間外に指導せざるを得なかった.また,個別指導となる場合がほとんどであり,学生の習熟度に大きな幅が生じていた.こうした状況下,地理的技能の統一的な涵養機会を設ける必要があると判断し,授業科目として設置済みの実習科目を復活させるに至った.実習科目では,景観観察,測量,聞取り調査,アンケート調査,土地利用調査といった,卒業研究で必要となるフィールドワークの調査方法と一次データの図表化方法および分析手法を取り扱う予定である.特に土地利用調査は地域理解において最も基本的かつ重要な調査手法であり,かつ現地での景観を正確に把握して地図作成能力を養成できるなど教育的機能も十分有しているため(松井・兼子2014),社会科教員養成課程において優先的に取り組むべき事項であると判断した.実習科目を復活させた背景には,地理的技能の涵養に加えて調査リテラシーの指導強化の意も含んでいる.地域調査に関する環境は年々厳しくなっており,とりわけ個人情報保護の徹底やプライバシーを重視する社会の到来によって,個人から各種情報を聞き取るスタイルのフィールドワークは困難になりつつある(松井・兼子2014).こうした状況下,調査公害を生み出すことなくフィールドワークを実施するには,野間ほか(2012)の指摘にある経験者に同行して現場で体得することが最も効率的かつ確実であろう.熊野市での実践経験を踏まえ,2017年度は調査テーマの設定とジェネラル・サーベイにおいて工夫を凝らした.班構成は人文地理学分野2班,自然地理学分野1班であり,それぞれ観光農園の経営戦略,歴史的町並みを活かしたまちづくり,水害史と地域防災を調査テーマに設定している.研究の視点をみてみると,地形条件を活かした果樹栽培,水害による都市構

造の変容,防災とコミュニティ活動といった分野横断的な内容を含むものとなっている.これまでに複数回プレ調査を行っているが,たとえば自然地理学分野の学生がまちづくり推進協議会への聞取り調査に参加したり,人文地理学分野の学生が果樹栽培地域の地形的特質について言及したりと,徐々に分野間のコミュニケーションを図りつつある.ジェネラル・サーベイについては,2年生の役割を強化した.2016年度は2年生に部分的に説明を任せていたが,予想以上に精緻な解説内容であったため,2017年度は全面的に2年生に託しても良いと判断した.その背景には3年生の負担軽減の意もあるが,2年生にも主導的な役割を負ってもらうことで,地理学野外実習に対する責任感と連帯感を涵養する狙いも含まれている.最後に,講義科目の一部実習化を挙げておく.上述した地理学的フィールドワーク教育の改善点は,主として地理学専攻の学生を対象とした内容となっている.しかしながら,先述の通り,地理学野外実習を履修する他専攻の学生はほぼ皆無であり,彼ら彼女らに地理学的フィールドワーク教育を提供する場も創出しなければならない.そこで,講義授業の履修者を対象とした野外巡検を企画し,主としてジェネラル・サーベイ形式で「地域を視る目」を養う機会を設けることにした.具体的には,当該講義1コマ分を野外巡検にあてがうといったものである.2017年度前期は都市地理学概論と人文地理学特論 IIの履修者を対象として,三重県北勢地域において日帰りの野外巡検を実施した.これによって,地理学専攻の学生だけでなく,より多くの社会科教育コースの学生や外国人留学生も地理学的フィールドワークに触れることができた.後期も三重県内にて同様の野外巡検を開催予定であり,今後も継続予定である.現状では社会科教育コースの学生のみを対象としているが,将来的には小学校教諭免許状の取得を目指す他コースの学生も参加できるよう調整したい.

V おわりに

本稿では,三重大学教育学部の地理学野外実習に関わる授業実践を通して,地方国立大学の社会科養成課程における地理学的フィールドワーク教育の諸課題を

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導出・整理し,その再構築に向けた一改善策を提案した.国立大学法人化による大学改革の流れを受けて,多くの地方国立大学は人材育成や課題解決から地域に貢献する大学を目指す改革案を検討している(山田ほか2016).中でも社会科教員養成課程は,冒頭に示したとおり,地域に根差したフィールドワーカーの育成が地域貢献へと寄与することになる.この文脈において,初等教育に重点を置く三重大学教育学部を例にみると,身近な地域,すなわち三重県内のローカルな地域を精緻に調査し,そこから地域課題を発見・解決できる人材を養成・輩出することが,地域圏大学としての存在意義を強調することに資するものと看取できる.今後は地方国立大学の社会科教員養成課程が担いうる役割をより広い視座から検討するために,地理学的フィールドワーク教育に関する同様の実態調査を蓄積させ,その地域性と一般性を明確化することが望まれよう.学校地理を担当する教員は基礎的なフィールドワーク技法を心得ていることが望ましく,フィールドワークを通して地域社会の諸事象を理解し考える能力を学部生のうちに育むことが必要である.しかしながら,地方国立大学ではカリキュラムの構造上,教科専門に割くことのできる時間数は限られている.こうした状況の中,少しでも多くの学生が地理学的フィールドワーク教育を享受するためには,講義科目の部分的な実習化や地理的技能の涵養機会を増設するなど,試行錯誤を繰り返しつつ工夫することが不可欠である.中でも講義科目における野外巡検の実施は,地理学専攻以外の学生がフィールドワークを介して身近な地域に親しむ格好の機会を提供するものとして汎用性に優れている.フィールドワークは地理学の醍醐味であり,その魅力を学生に伝えるには,何より学生自身がフィールドワークを経験できる実習科目の充実が不可欠であることを改めて強調しておきたい.そのためには,教員側も多少の授業負担義務超過を覚悟する必要があるだろう.そして,フィールドワークによって得られた知見を地域社会へ還元することも,とりわけ地方国立大学にとって重要な責務である.中でも出前授業や公開講座など高大接続による教育実践は,児童・生徒の知的関

心を高める手段として有用であり(文部科学省2009),教育学部による地域貢献という観点から非常に意義深いものである.本稿では,地域サテライト活動の一環としての出前授業について言及したが,その発展性や継続的実践に向けた議論を十分に行うことはできなかった.地域創生の動きが活発化する中で,多くの地方国立大学がサテライトキャンパスの設置に乗り出しており,地域拠点を活用した教育実践は今後ますます重要性を帯びるものと思われる.この点については,今後の課題として稿を改めて検討することとしたい.

謝 辞地理学野外実習の実施におきましては,熊野市役所,熊野市記念通り商店街組合,熊野市金山地区,三重県立木本高等学校の皆様には格別の御配慮を賜りました.末筆ながら記して感謝申し上げます.

注1) 今回参加した学生11名の基本属性をみると,出身地は三重県7名,愛知県2名,その他2名(うち1名は国外)であった.三重県出身者の内訳は,津市,四日市市,松阪市,桑名市,いなべ市,志摩市,南伊勢町(各1名)であり,熊野市を含む東紀州地域の出身者はいなかった.

2) 上級生の卒業研究の調査協力者として,土地利用調査に同行した.

3) 調査票は既往研究を参考にしながら,学生自身が考案・作成した.

4) 学生が作成したものを教員が修正を加えた状態で掲載している.

5) 三重大学教育学部社会科教育コース地理学専攻を主体とした組織である.毎年7月に地域調査報告会,2月に卒業論文・修士論文発表会を開催している.

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〈著者略歴〉磯野 巧(いその たくみ)

1987年神奈川県生まれ.日本学術振興会特別研究員(DC2),徳島大学地域創生センター助教を経て,現在,三重大学教育学部講師.博士(理学).観光地理学を専門とし,教育ツーリズムの継続的発展に向けた人材育成システムの構築やSIT(special-interest tourism)の地域受容基盤の形成を主な研究主題とする.宮岡 邦任(みやおか くにひで)

1967年埼玉県生まれ.三重大学教育学部教授.博士(理学).専門は水文学.現在は土地利用変化による地下水環境についての実態解明や影響評価を,三重県内やブラジル・ノスデルテにおいて行っている.主な著書『世界地誌シリーズ6 ブラジル』(共著,2013年 朝倉書店),『パンタナール』(共著,2011年 青海社),『三重学』(共著,2017年 風媒社)など.