東京大学大学院 磯貝明 「セルロースナノファイバーの夢」 MBF ·...

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MBF 「セルロースナノファイバーの夢」 東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授 磯貝 明 171110 <磯貝 明 氏の略歴> <講演内容>: 期待される特性と課題解決に向けて 1954年: 静岡県生まれ 1980年: 東京大学農学部卒業 1985年: 同大学院で農学博士号取得 1994年: 東京大学准教授 2003年: 東京大学教授 現在: 同大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 製紙科学研究室(磯貝・齋藤・竹内研究室)の教授 2015年: スウェーデンのマルクス・ヴァレンベリ賞受賞 (高いエネルギー効率で新規ナノフィブリル化セルロースを製造する方法を発見した功績) 2016年: 本田賞受賞CNFの高効率な製造法の考案および製品への応用や将来における可能性の拡大に対する貢献) 2017年: 藤原賞受賞(完全分散化CNFの開発) ・昨日フィンランドから帰ったばかり。 *昨年ヘルシンキ工科大学から名誉博士のシルクハットをもらった。 ・某テレビ局でインタビューを受けたが、4時間撮って放送10分、 しかもなるべく大きいことを言ってくれと要望された 私としては、「鋼鉄の5倍以上の強度と、5分の1の軽さを 併せ持つ夢の素材」などと軽々に言いたくない ■ バイオマス(生物資源)利用の意義 *片平さんの紹介: 本日磯貝先生をお招きしたのは、たまたま今年の1月初めの早朝、車のラジオで某放送局のラジオ深夜便を 聞いていて、先生のセルロースナノファイバーの話に感銘を受け、どうしてもとの思いで直接研究室に電話、夏には研究室 でお話を伺って、HORIZONにインタビュー記事を載せると共に、今回お話して頂けることになった次第。 有限の化石資源 使い捨ての20世紀 循環型社会に向けて バイオマスを有効利用する21世紀 転換 完全分散TEMPO酸化 セルロースナノファイバー

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MBF「セルロースナノファイバーの夢」東京大学大学院農学生命科学研究科教授 磯貝 明 171110

<磯貝 明 氏の略歴>

<講演内容>: 期待される特性と課題解決に向けて

・1954年:静岡県生まれ・1980年:東京大学農学部卒業・1985年:同大学院で農学博士号取得・1994年:東京大学准教授・2003年:東京大学教授現在:同大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻

製紙科学研究室(磯貝・齋藤・竹内研究室)の教授・2015年:スウェーデンのマルクス・ヴァレンベリ賞受賞

(高いエネルギー効率で新規ナノフィブリル化セルロースを製造する方法を発見した功績)

・2016年:本田賞受賞(CNFの高効率な製造法の考案および製品への応用や将来における可能性の拡大に対する貢献)

・2017年:藤原賞受賞(完全分散化CNFの開発)

・昨日フィンランドから帰ったばかり。*昨年ヘルシンキ工科大学から名誉博士のシルクハットをもらった。

・某テレビ局でインタビューを受けたが、4時間撮って放送10分、しかもなるべく大きいことを言ってくれと要望された⇒私としては、「鋼鉄の5倍以上の強度と、5分の1の軽さを併せ持つ夢の素材」などと軽々に言いたくない

■バイオマス(生物資源)利用の意義

*片平さんの紹介:本日磯貝先生をお招きしたのは、たまたま今年の1月初めの早朝、車のラジオで某放送局のラジオ深夜便を聞いていて、先生のセルロースナノファイバーの話に感銘を受け、どうしてもとの思いで直接研究室に電話、夏には研究室でお話を伺って、HORIZONにインタビュー記事を載せると共に、今回お話して頂けることになった次第。

有限の化石資源使い捨ての20世紀

循環型社会に向けてバイオマスを有効利用する21世紀転換

完全分散TEMPO酸化セルロースナノファイバー

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■バイオマス系素材利用促進の背景◆バイオマス利用: 再生可能資源の利用、循環型社会基盤構築、化石資源の使用量削減、脱石油◆CO2固定・排出削減:地球温暖化防止、植物は大気中のCO2を固定、焼却時の排出ゼロ(カーボンニュートラル)◆生分解性: 廃棄物量の削減◆バイオマスの利活用を国家レベルで推進・政府目標: 新産業創出を、バイオマス利用で2020年までに5000億円規模(基本計画の閣議決定2010年)=炭素量換算で2600万トン分(現在の使用量の1割強増)

・既存の利用例: 木材製品、紙製品、綿製品、各種セルロース誘導体、液晶ディスプレイ*、プリント基板等*ex.フィルムベースのセルロース(∵色を変えない唯一の素材):問題はジクロルメタン(有機溶剤、毒性強い)を使う必要

⇒段ボール等の包装用を除き紙の使用量減少、情報媒体の変化もあって既存の利活用は減少の一途・新規: 発電所の燃料、バイオエタノール*等の液体燃料、バイオプラスチック材料、バイオナノファイバー、

自動車部材、各種分離膜等*バイオエタノールはセルロースを糖化して作るが、エネルギー収支を成立させるスーパー酵素が見つかってない(∵何万年もかけて、植物は酵素に対抗する術を身に着けた)

■木材の50%重量を占めるセルロースを先端部材に・従来はセルロースの化学反応や溶解処理に毒性の高い薬品や多量の有機溶剤が必要、さらに洗浄液が大量に必要⇒環境に悪い⇒液晶フィルム等用途が限られている

新しい炭素マテリアルストリームが必要

ところが・・・

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■植物の化学成分・ホロセルロース: 多糖、生分解性あり、酵素で生合成*キシリトールはオーストリアで白樺のヘミセルロースから作られた糖類*針葉樹のヘミセルロース⇒グルコマンナン

・リグニン: 芳香族、生分解性極めて低い、有機化学反応で生合成(ラジカルカップリング)、疎水性

⇒長い年月をかけて石炭(一部は石油)に

・副成分(10%): 薬や毒として抽出される*花王のアタックは少量のセルラーゼで汚れを除去する

■樹木セルロースの階層構造・樹木中のセルロースミクロフィブリルは、地球上で最大蓄積量・最大年間成長量のバイオ系ナノ素材・単繊維(パルプ)=ミクロフィブリルの束*“パピルス”は「紙」の語源だが、紙ではない(濾過作用で作られたものが紙の定義:中国が最初)

■バイオマスとしてのセルロースの長所と課題◆長所・地球上で最大年間生産量・蓄積量のバイオマス・循環型社会対応、環境適合性、再生産可能、コスト的優位性、生分解性、非可食性バイオマス◆課題・安定な結晶構造により反応性・溶解性が低い⇒化学反応、溶解-成型等の反応には不向き・バイオマス由来の素材の変動制御が困難⇒先端材料には不向き・従来の構造変換プロセスは環境負荷が大きい⇒変換プロセスを加えれば多くがカーボン放出?

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■バイオマスとしてのセルロースの長所と課題~続き◆パルプ化プロセス(木質バイオマス⇒セルロース)・ここは製紙会社が技術確立⇒低コスト=1kg60円(高純度CNTは300万円)

◆セルロース⇒繊維などへの変換プロセス・レーヨン(人工絹糸): 作るのに二硫化炭素使う⇒ H2S(硫化水素)発生(毒性強い)⇒日本メーカー(クラレ、東レ、テイジン、旭化成など)は全て撤退

◆セルロースのTEMPO触媒酸化反応の特徴(テトラメチルモルフォリンオキサイト)

・水系反応(pH6~10)・TEMPOは触媒量、安価なNaClOとNaOHが消費・高い位置選択性反応・温和な反応条件(常温常圧で<2時間)

◆TEMPO酸化セルロースの水可溶性・天然セルロース:微結晶粉末~ミクロフィブリル化セルロースまで全てが酸化処理後も水に不溶・再生セルロース:市販品(レーヨンなど)~液体アンモニア膨潤処理した天然セルロースまで全てが酸化処理後は

水に可溶

水媒体、環境低負荷型の酵素(生体)反応類似で、効率的な化学変換プロセスとなるブレークスルーが不可欠

<研究の経緯>・きっかけは1995年のオランダの「デンプンのTEMPO酸化」論文・1996年から院生の齋藤君(当時長髪・茶髪・ミュージシャン志望、現在は准教授)に研究テーマとして与えスタート・いくつか非常に面白い発見があって研究に熱が入った⇒修士課程修了時に東京大学総長賞を受賞・実は論文発表の2週間前に旭化成の小野さんに特許を書いてもらって申請⇒特許は旭化成に帰属(後に無償で東大に返還)

水TEMPONaBr

NaClONaOH

水洗濾過洗浄

TEMPOは回収再利用

(酸化後も元の繊維形状は変わらない)

◆セルロースのTEMPO触媒酸化処理プロセス・植物セルロース繊維 セルロース繊維/水分散液 90分程度撹拌 繊維状TEMPO酸化セルロース

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■ TEMPO酸化セルロースの構造と素材としての可能性◆構造: セルロースミクロフィブリルの表面に、カルボキシル基が規則的に高密度(元の170倍)で分布⇒ ミクロフィブリルの束(水素結合)の結合力が弱まる⇒軽微な解繊処理で3nmの超極細均一幅ナノファイバーへ完全分離、透明分散液に(∵可視光の波長より幅が小さい)

・どの植物からも、同じ均一幅のセルロースナノファイバーが得られる⇒先端材料素材に適している⇒製紙用で安価な針葉樹漂白クラフトパルプが効率的で最適・TEMPO酸化セルロースナノファイバー(TOCN)は、今までにない繊維幅/アスペクト領域をカバーする新しいバイオ系ナノ素材・TOCN1本の引張強度は、多層CNT(カーボンナノチューブ)と同等比重は鋼鉄の1/5で強度は5倍

◆可能性:水系でのイオン結合により、効率的に多様な表面ナノ構造改質が可能・表面疎水化スイッチ機能による有機溶剤中でのナノファイバー化*カルボキシル基の対イオンの選択により、透明でフレキシブルな表面疎水化TOCN-QAフィルムが得られる

・表面の金属イオン交換による湿潤強度・酸素バリア性の付与・TOCNの対イオン交換(Ag or Cu)で超消臭機能発現・応用分野: ナノエレクトロニクス、医薬品分野、燃料電池用セパレータ、

化粧品、分離膜、ナノ複合材料、etc.*ex. タイヤのカーボンブラックの代替⇒性能比較ではカーボンブラック<CNT<TOCN

・既実用化例: 大人用使い捨てオムツの消臭剤(日本製紙、他)かすれないボールペンインキ分散剤(三菱鉛筆、他)CNFをガスバリア容器に利用(凸版印刷)

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■ TEMPO酸化セルロースの構造と素材としての可能性~続き◆NEDOナノテク・先端部材実用化研究開発プロジェクト・テーマ:「セルロースシングルナノファイバーを用いた

環境対応型高機能包装部材の実用化技術開発」・ステージⅠ(2007年~2009年)目標:酸素透過度5以下、水蒸気透過度50以下・ステージⅡ(2010年~2012年)目標:酸素透過度1以下、水蒸気透過度10以下・克服すべき課題①製造の効率化、最適化による低価格でのナノファイバーの生産②触媒等の新規薬品およびナノファイバーの安全性③ナノファイバーの性能アップ(さらなるバリア性、耐水性など)・・・⑧TOCNの用途拡大

◆日本でのナノセルロースに関する最近のトピックス・2014年6月:「ナノセルロースフォーラム」設立(経産省と産総研主導のオールジャパンフレームワーク)

・2014年6月:「ナノセルロース推進関係省庁連絡会議」設置(経産省、農水省、文科省、環境省を横断)・2013年以降:日本製紙、第一工業製薬、星光PMC、スギノマシン、中越パルプ工業が各種CNFのパイロット生産開始

・2016年:王子HDがリン酸エステル化CNFのパイロット生産開始・2017年:日本製紙が年産500トンのCNF生産設備を導入

◆市場創成スケールアップ戦略とコストダウン・現状: 100kg/日、5千~1万円/kg

⇒ 2030年: 250t/日、<500円/kg

NEDOプロジェクトへの参加企業

市場創成スケールアップ戦略とコストダウン

日本製紙石巻工場

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<Q & A/Comment>片平:マルクス・ヴァレンベリ賞の受賞記者発表には2社しか来なかったとか。(∵同時に“忠犬ハチ公”の像の除幕式があった)その後専門家や海外の評判が高まり、今や4000社以上がCNFをオープンに研究している。また研究室が「磯貝・齋藤・竹内」と連名なのも大学では異例で、先生のお人柄が良く出ていて、素晴らしい。

Q: 私は文系なので理系の研究に感動しました。その熱意はどこにあるのか?またテーマである「夢」とは?A: セルロースに関して「何か良いモノづくりをしよう」とか「良い論文を書こう」とか思ってなかった。そもそも農学部にはそんな考えはなく、「私の学術分野で何か貢献できるものはないか」というモチベーション。「夢」は、そもそもCNFは偶然生まれたもので、目標のある課題設定型ではない。(課題設定して、限られたグループに多額の支援をすることによる問題も出ている)またCNFを拡げるには、CNTや光触媒とかと同様、企業の人のセンスが必要だと思っているので、大学では色気を出す研究はやってない。CNFは生まれたばかり、基礎的な課題解決は研究室、実用化は企業、との棲み分け。それで少しずつ身の回りの品が石油から循環型に変わって行けば・・・、と思っている。炭素繊維と同じなら実用化まで50年。

片平:賞を獲ると、あちこちから声がかかって、お金が集まってきたりとか大変ではないですか?A: 確かにあちこちから金が要らないか、とかオファーがあるが、断っている。ただ院生が活動できるだけのお金があれば十分。Q: 去年までゴムの開発をやっていて、今は新規事業の開発をやっている者ですが、天然ゴムでCNFの研究をされた事は?A: やってません。うちではゴムのエマルジョンと混ぜたら強くなることは確認。ポテンシャルはあるが、どうやって混ぜるかが課題。Q: 私はプラスチックとかを扱っていたので、安全性データを求められ、結構金がかかる。これはお役所で対応して貰えると助かる

のだが、いかがでしょうか?A: 経産省でISO同様、CNTの安全性をやっていたチームがCNFをやってくれているので助かる。しかし安全性の証明、特に健康食品は難しい。(∵これは「悪魔の証明」)ただ数年後にはレポートが出るハズ。

Q: 私は農学部の学生で先生の講義も受けた(成績は可でしたが)。先ほどこれからは企業がやっていく事の方が多い、との事でしたが、「学」の方の仕事との共通点は?

A: 植林すればサステイナブルと言う点で共感はしてくれるが、企業の方はシビア(コストメリット)。実際同様の研究をされている矢野先生も文字通り「矢の先生」(ぶすぶす矢が刺さる)で厳しいようだ。⇒森林の未利用資源がプラスに、さらにプラス技術で日本がリーダーシップを取れれば・・・、と思っている。

それにしても、先生が名誉やお金に無欲な事に感銘を受けました。やはりそういう人のところにセレンディピティは訪れるのですね。 CNFは脱石油の循環型社会、地球環境に貢献するだけでなく、荒廃した山林を救う(花粉症もなくなる?)素晴らしい素材。 ノーベル賞の予感が・・・。

<感想>