COMSOL Multiphysicsによる計算科学工学 - JSCES · 2019-01-29 · Vol.23, No.3 2018 (19)...

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19Vol.23, No.3 2018 チュートリアル COMSOL Multiphysics による計算科学工学 –拡散、固有値、最適化(6) 橋口 真宜 3783 汎用マルチフィジックス有限要素解析ソフトウェアCOMSOL Multiphysics を取り上げて新し い計算科学工学の仕事の流れを解説していきます。今回は拡散、固有値、最適化を中心に解 説していただきます。なお、チュートリアル記事は1ページ目のみを本誌掲載し、続きは日 本計算工学会HP 上で公開していますので、そちらも併せてご参照ください。 1 拡散 今まで様々な分野での計算科学工学を見てきました。 そこでは現象の数学モデルを偏微分方程式の初期値・ 境界値問題によって表現し、解析的あるいは数値的に 解を求める手法が使われます。それらの基礎方程式に は頻繁に div ( -k grad) といった形の拡散項が出てきま す。grad の係数が一定の場合にはラプラシアン∇ 2 で表 現されます。実際に拡散を受ける対象は多数の原子、 電子、分子、イオンといった粒子群になり、拡散の具合 はそれらの運動をラグランジュ的に追跡することで把握 できます。良く知られた例として、水に浮かべた花粉の 動きがあります。これはブラウン運動と呼ばれており、 花粉の見せる動きは周囲の分子運動を反映した酔歩運 動です。当時は原子・分子の存在の確証がなかったの ですが、ブラウン運動によって原子・分子の存在を知る ことができることをアインシュタインが示しました。酔 歩運動では速度が不連続に変化するので微分不可能で あり、通常の数学は使えないので、確率過程(stochastic process)という特別の取り扱いをする必要があります。 一方で、それらの粒子群の挙動を偏微分方程式で現象 論的に扱う場合には、空間に検査体積を設定し、その境 界から検査体積内に流入してくる流束(フラックス)ベク トルの法線成分を境界で積分することで、拡散をモデル 化します。検査体積への流束の法線方向の出入りはガウ スの発散定理でdiv へ変換されます。良く出てくる流束 ベクトルには、熱に関するフーリエ則、化学種に関する フィック則、流体におけるニュートン粘性則などがあり ます。上述のミクロな粒子の挙動は熱伝導係数、拡散係 数、粘性係数といった輸送係数に繰り込まれています。 さて、マックス・プランクは溶鉱炉で溶けた鉄の温 度が一体何度であるかをその輻射光から知る方法につ いて研究をしていました。ウィーンの放射則は知られ ていましたが、可視光域では実験に合うが、赤外域で は合わない。一方、レイリー・ジーンズの放射則では 赤外域では合うが、振動数が高くなると破たんする。 プランクはエネルギーの最小単位を考えつき、3年間考 え抜いた末に、プランク分布を使えば全振動数領域に おいて実験値ときわめてよく一致することを示しまし [1] 。これが量子力学の幕開けとなりました。量子力 学ではとびとびのエネルギー準位を考えることの他 に、物体の粒子性と波動性の二重性を考慮する必要が あります。アインシュタインは波であると考えられて いた光の粒子性を示し、ド・ブロイはその逆である物 質 波(ド・ ブ ロ イ 波)の 概 念 を 提 唱、 そ れ を 受 け て、 シュレーディンガーがシュレーディンガ - 方程式を考案 して波動力学を構築、ハイゼンベルグの行列力学との 等価性も証明、といったことを経て、現在ではシュ レーディンガー方程式が各方面で成果を挙げていま す。シュレーディンガーは彼の著書「生命とは何か」で 分子生物学への道を開きました。 シュレーディンガー方程式は次の形をしています。 なんと、この式にも拡散項が出てきます。 続きは Web 日本計算工学会誌「計算工学(Vol.23, No.3)」 HP: http://www.jsces.org/activity/journal/ 筆者紹介 はしぐち まさのり 宮崎大学工学部卒、同大学院機械工学専攻修了、 九州大学工学部航空工学教室助手、マツダ(株)研 究開発本部空力実研課課長、計算流体力学研究所 部長、流体物理研究所部長、(財)濱野生命科学研 究財団事務局長を経て、現在、計測エンジニアリ ングシステム(株)第1技術部部長。元宮崎大学地域 共同研究センター客員教授、元法政大学非常勤講 師。日本機械学会認定計算力学技術者上級アナリ スト。日本機械学会畠山賞受賞。 趣味:トランペット 注.COMSOL, COMSOL Multiphysics, COMSOL Desktop およびLivelink COMSOL ABの商標または登録商標です。その他の製品名、サービ ス名、組織名は、各組織の商標または登録商標です。なお、本文中 ®マークは明記しておりません。本稿の説明は著者独自の考え に基づいており他を代表するものではありません。 2 2 2 i V t m ψ ψ = ∇+ / h =

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(19)Vol.23, No.3 2018

チュートリアル

COMSOL Multiphysicsによる計算科学工学–拡散、固有値、最適化(6)

橋口 真宜

3783

汎用マルチフィジックス有限要素解析ソフトウェアCOMSOL Multiphysicsを取り上げて新しい計算科学工学の仕事の流れを解説していきます。今回は拡散、固有値、最適化を中心に解説していただきます。なお、チュートリアル記事は1ページ目のみを本誌掲載し、続きは日本計算工学会HP上で公開していますので、そちらも併せてご参照ください。

1 拡散今まで様々な分野での計算科学工学を見てきました。

そこでは現象の数学モデルを偏微分方程式の初期値・境界値問題によって表現し、解析的あるいは数値的に解を求める手法が使われます。それらの基礎方程式には頻繁にdiv ( -k grad・)といった形の拡散項が出てきます。gradの係数が一定の場合にはラプラシアン∇2で表現されます。実際に拡散を受ける対象は多数の原子、電子、分子、イオンといった粒子群になり、拡散の具合はそれらの運動をラグランジュ的に追跡することで把握できます。良く知られた例として、水に浮かべた花粉の動きがあります。これはブラウン運動と呼ばれており、花粉の見せる動きは周囲の分子運動を反映した酔歩運動です。当時は原子・分子の存在の確証がなかったのですが、ブラウン運動によって原子・分子の存在を知ることができることをアインシュタインが示しました。酔歩運動では速度が不連続に変化するので微分不可能であり、通常の数学は使えないので、確率過程(stochastic process)という特別の取り扱いをする必要があります。一方で、それらの粒子群の挙動を偏微分方程式で現象論的に扱う場合には、空間に検査体積を設定し、その境界から検査体積内に流入してくる流束(フラックス)ベクトルの法線成分を境界で積分することで、拡散をモデル化します。検査体積への流束の法線方向の出入りはガウスの発散定理でdivへ変換されます。良く出てくる流束

ベクトルには、熱に関するフーリエ則、化学種に関するフィック則、流体におけるニュートン粘性則などがあります。上述のミクロな粒子の挙動は熱伝導係数、拡散係数、粘性係数といった輸送係数に繰り込まれています。さて、マックス・プランクは溶鉱炉で溶けた鉄の温度が一体何度であるかをその輻射光から知る方法について研究をしていました。ウィーンの放射則は知られていましたが、可視光域では実験に合うが、赤外域では合わない。一方、レイリー・ジーンズの放射則では赤外域では合うが、振動数が高くなると破たんする。プランクはエネルギーの最小単位を考えつき、3年間考え抜いた末に、プランク分布を使えば全振動数領域において実験値ときわめてよく一致することを示しました [1]。これが量子力学の幕開けとなりました。量子力学ではとびとびのエネルギー準位を考えることの他に、物体の粒子性と波動性の二重性を考慮する必要があります。アインシュタインは波であると考えられていた光の粒子性を示し、ド・ブロイはその逆である物質波(ド・ブロイ波)の概念を提唱、それを受けて、シュレーディンガーがシュレーディンガ -方程式を考案して波動力学を構築、ハイゼンベルグの行列力学との等価性も証明、といったことを経て、現在ではシュレーディンガー方程式が各方面で成果を挙げています。シュレーディンガーは彼の著書「生命とは何か」で分子生物学への道を開きました。シュレーディンガー方程式は次の形をしています。なんと、この式にも拡散項が出てきます。

続きはWebで日本計算工学会誌「計算工学(Vol.23, No.3)」HP:http://www.jsces.org/activity/journal/

筆者紹介

はしぐち まさのり宮崎大学工学部卒、同大学院機械工学専攻修了、九州大学工学部航空工学教室助手、マツダ(株)研究開発本部空力実研課課長、計算流体力学研究所部長、流体物理研究所部長、(財)濱野生命科学研究財団事務局長を経て、現在、計測エンジニアリングシステム(株)第1技術部部長。元宮崎大学地域共同研究センター客員教授、元法政大学非常勤講師。日本機械学会認定計算力学技術者上級アナリスト。日本機械学会畠山賞受賞。趣味:トランペット

注.COMSOL, COMSOL Multiphysics, COMSOL DesktopおよびLivelinkはCOMSOL ABの商標または登録商標です。その他の製品名、サービス名、組織名は、各組織の商標または登録商標です。なお、本文中に™、®マークは明記しておりません。本稿の説明は著者独自の考えに基づいており他を代表するものではありません。

<チュートリアル> 汎用マルチフィジックス有限要素解析ソフトウェア COMSOL Mul t iph ysi cs を取り上げて新し

い計算科学工学の仕事の流れを解説していきます。今回は拡散、固有値、最適化を中心に解説

していただきます。なお、前号よりチュートリアル記事は 1 ページ目のみを本誌掲載し、続き

は日本計算工学会 HP 上で公開していますので、そちらも併せてご参照ください。

COMSOL Multipysics による計算科学工学 –拡散、固有値、最適化(6) Computational Science and Engineering by using COMSOL Multiphysics

–Diffusion, Eigenvalue and Optimization (6)

橋口真宜 1.拡散 今まで様々な分野での計算科学工学を見てきました.そこで

は現象の数学モデルを偏微分方程式の初期値・境界値問題によ

って表現し,解析的あるいは数値的に解を求める手法が使われ

ます.それらの基礎方程式には頻繁に div ( -k grad・) といっ

た形の拡散項が出てきます。grad の係数が一定の場合にはラプ

ラシアン∇2で表現されます.実際に拡散を受ける対象は多数の

原子,電子,分子,イオンといった粒子群になり,拡散の具合

はそれらの運動をラグランジュ的に追跡することで把握できま

す.良く知られた例として,水に浮かべた花粉の動きがありま

す.これはブラウン運動と呼ばれており,花粉の見せる動きは

周囲の分子運動を反映した酔歩運動です.当時は原子・分子の

存在の確証がなかったのですが,ブラウン運動によって原子・

分子の存在を知ることができることをアインシュタインが示し

ました.酔歩運動では速度が不連続に変化するので微分不可能

であり,通常の数学は使えないので,確率過程(stochastic process)という特別の取り扱いをする必要があります. 一方で,それらの粒子群の挙動を偏微分方程式で現象論的に

扱う場合には,空間に検査体積を設定し,その境界から検査体 筆者紹介

はしぐち まさのり Masanori HASHIGUCHI 宮崎大学工学部卒,同大学院機械工学専攻修了,九州大学工学

部航空工学教室助手,マツダ(株)研究開発本部空力実研課課

長,計算流体力学研究所部長,流体物理研究所部長,(財)濱野

生命科学研究財団事務局長を経て,現在,計測エンジニアリン

グシステム(株)第1技術部部長.元宮崎大学地域共同研究セ

ンター客員教授,元法政大学非常勤講師.日本機械学会認定計

算力学技術者上級アナリスト.日本機械学会畠山賞受賞.

趣味:トランペット

積内に流入してくる流束(フラックス)ベクトルの法線成分を 境界で積分することで,拡散をモデル化します.検査体積への

流束の法線方向の出入りはガウスの発散定理で div へ変換され

ます.良く出てくる流束ベクトルには,熱に関するフーリエ則,

化学種に関するフィック則,流体におけるニュートン粘性則な

どがあります.上述のミクロな粒子の挙動は熱伝導係数,拡散

係数,粘性係数といった輸送係数に繰り込まれています. さて,マックス・プランクは溶鉱炉で溶けた鉄の温度が一体

何度であるかをその輻射光から知る方法について研究をしてい

ました.ウィーンの放射則は知られていましたが,可視光域で

は実験に合うが,赤外域では合わない.一方,レイリー・ジー

ンズの放射則では赤外域では合うが,振動数が高くなると破た

んする.プランクはエネルギーの最小単位を考えつき,3年間

考え抜いた末に,プランク分布を使えば全振動数領域において

実験値ときわめてよく一致することを示しました[1].これが量

子力学の幕開けとなりました.量子力学ではとびとびのエネル

ギー準位を考えることの他に,物体の粒子性と波動性の二重性

を考慮する必要があります.アインシュタインは波であると考

えられていた光の粒子性を示し,ド・ブロイはその逆である物

質波(ド・ブロイ波)の概念を提唱,それを受けて,シュレー

ディンガーがシュレーディンガ-方程式を考案して波動力学を

構築,ハイゼンベルグの行列力学との等価性も証明,といった

ことを経て,現在ではシュレーディンガー方程式が各方面で成

果を挙げています.シュレーディンガーは彼の著書「生命とは

何か」で分子生物学への道を開きました. シュレーディンガー方程式は次の形をしています.なんと,

この式にも拡散項が出てきます.

22

2i V

t mψ ψ

∂= − ∇ + ∂

/h= 2π 続きは Web で

日本計算工学会誌「計算工学(Vol.23, No.3)」HP:

<チュートリアル> 汎用マルチフィジックス有限要素解析ソフトウェア COMSOL Mul t iph ysi cs を取り上げて新し

い計算科学工学の仕事の流れを解説していきます。今回は拡散、固有値、最適化を中心に解説

していただきます。なお、前号よりチュートリアル記事は 1 ページ目のみを本誌掲載し、続き

は日本計算工学会 HP 上で公開していますので、そちらも併せてご参照ください。

COMSOL Multipysics による計算科学工学 –拡散、固有値、最適化(6) Computational Science and Engineering by using COMSOL Multiphysics

–Diffusion, Eigenvalue and Optimization (6)

橋口真宜 1.拡散 今まで様々な分野での計算科学工学を見てきました.そこで

は現象の数学モデルを偏微分方程式の初期値・境界値問題によ

って表現し,解析的あるいは数値的に解を求める手法が使われ

ます.それらの基礎方程式には頻繁に div ( -k grad・) といっ

た形の拡散項が出てきます。grad の係数が一定の場合にはラプ

ラシアン∇2で表現されます.実際に拡散を受ける対象は多数の

原子,電子,分子,イオンといった粒子群になり,拡散の具合

はそれらの運動をラグランジュ的に追跡することで把握できま

す.良く知られた例として,水に浮かべた花粉の動きがありま

す.これはブラウン運動と呼ばれており,花粉の見せる動きは

周囲の分子運動を反映した酔歩運動です.当時は原子・分子の

存在の確証がなかったのですが,ブラウン運動によって原子・

分子の存在を知ることができることをアインシュタインが示し

ました.酔歩運動では速度が不連続に変化するので微分不可能

であり,通常の数学は使えないので,確率過程(stochastic process)という特別の取り扱いをする必要があります. 一方で,それらの粒子群の挙動を偏微分方程式で現象論的に

扱う場合には,空間に検査体積を設定し,その境界から検査体 筆者紹介

はしぐち まさのり Masanori HASHIGUCHI 宮崎大学工学部卒,同大学院機械工学専攻修了,九州大学工学

部航空工学教室助手,マツダ(株)研究開発本部空力実研課課

長,計算流体力学研究所部長,流体物理研究所部長,(財)濱野

生命科学研究財団事務局長を経て,現在,計測エンジニアリン

グシステム(株)第1技術部部長.元宮崎大学地域共同研究セ

ンター客員教授,元法政大学非常勤講師.日本機械学会認定計

算力学技術者上級アナリスト.日本機械学会畠山賞受賞.

趣味:トランペット

積内に流入してくる流束(フラックス)ベクトルの法線成分を 境界で積分することで,拡散をモデル化します.検査体積への

流束の法線方向の出入りはガウスの発散定理で div へ変換され

ます.良く出てくる流束ベクトルには,熱に関するフーリエ則,

化学種に関するフィック則,流体におけるニュートン粘性則な

どがあります.上述のミクロな粒子の挙動は熱伝導係数,拡散

係数,粘性係数といった輸送係数に繰り込まれています. さて,マックス・プランクは溶鉱炉で溶けた鉄の温度が一体

何度であるかをその輻射光から知る方法について研究をしてい

ました.ウィーンの放射則は知られていましたが,可視光域で

は実験に合うが,赤外域では合わない.一方,レイリー・ジー

ンズの放射則では赤外域では合うが,振動数が高くなると破た

んする.プランクはエネルギーの最小単位を考えつき,3年間

考え抜いた末に,プランク分布を使えば全振動数領域において

実験値ときわめてよく一致することを示しました[1].これが量

子力学の幕開けとなりました.量子力学ではとびとびのエネル

ギー準位を考えることの他に,物体の粒子性と波動性の二重性

を考慮する必要があります.アインシュタインは波であると考

えられていた光の粒子性を示し,ド・ブロイはその逆である物

質波(ド・ブロイ波)の概念を提唱,それを受けて,シュレー

ディンガーがシュレーディンガ-方程式を考案して波動力学を

構築,ハイゼンベルグの行列力学との等価性も証明,といった

ことを経て,現在ではシュレーディンガー方程式が各方面で成

果を挙げています.シュレーディンガーは彼の著書「生命とは

何か」で分子生物学への道を開きました. シュレーディンガー方程式は次の形をしています.なんと,

この式にも拡散項が出てきます.

22

2i V

t mψ ψ

∂= − ∇ + ∂

/h= 2π 続きは Web で

日本計算工学会誌「計算工学(Vol.23, No.3)」HP:

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(19-2)計算工学

COMSOL Multiphysicsによる計算科学工学 –拡散、固有値、最適化(6)チュートリアル

Vol.23, No.3 2018

それでは、定常状態におけるこの方程式の有限要素解を求めてみましょう。(教科書は鈴木 [2]を参照)問題の設定は図1にあるように、質量mの粒子が一次元空間に設定された無限井戸型ポテンシャルの中で運動する場合の波動関数を計算します。数値解析においてはVerificationが重要です。そのために、解析解を導出してみます。井戸の中ではポテンシャルは0であり、次式を解きます。

22

2E

mψ ψ− ∇ =

この式は左辺の演算子が未知関数ψに作用した結果が自身のE倍になっていることを意味しており、固有値問題になります。さて、解きやすいように式を変形します。

2 2 0ψ λ ψ∇ + =

ここで、

22

2mEλ =

という関係を設定しています。すると、解は次のように記述できます。

( )x Asin x B cos xψ λ λ= +

境界条件としては、次のディリクレ条件になります。これは未知関数の連続性を確保するためです。

(0) ( ) 0aψ ψ= =

この条件を満たすことから次式を得ます。

0, B a nλ π= =

係数Aは規格化条件から決めることができます。よって、具体的な解の形を得ることができます。

2( ) =nn xx sin

a aπψ

2 2 2

2=2n

nEm a

π

ここで、nはn=1,2,3,…という離散的な数値しか許されません。つまり、この問題のように、束縛された状態にある量子の波動関数は、離散的な固有値、それに応じた離散的なエネルギー準位と波形(モード)を持つことが示されました。では、COMSOL Multiphysicsの係数形式PDE(偏微分方程式)インターフェースを利用して、この問題の有限要素解を求めてみます。

COMSOL Multiphysicsを起動します。モデルウィザードで空間1Dを選択、次のフィジックス選択に進み、数学のところへいき、図2のリストで係数形式PDE(c)をクリックし、追加ボタンをクリックします。スタディに進み、固有値を選択後、完了ボタンを押します。これでプロトタイプがモデルビルダーに構成さ

れます。デフォルト設定でほとんど完成しています。それに追加・修正する形で操作をしていくことになります。まず、図3に示すグローバル定義の下のパラメタで、ディラックの定数hD(プランク定数hPを2πで割り算したもの)、質量mをhD^2/2、井戸の幅aをpi(πを意味する)を入力します。ここで使われている_constの形の変数はCOMSOL Multiphysicsに用意されている物理定数です。Ctrl+スペースを押すと、画面に一覧表が表示されるので便利です。

ジオメトリ(図4)で間隔を選択し、右端点にaと入力し、1D空間を作成します。COMSOL Multiphysicsはこのようにパラメタでジオメトリ表現ができるので、大きさを変更するときなどに便利です。ではシュレーディンガー方程式の設定に入ります。係数形式PDE(c)の下の係数形式PDE1をクリックし、設定ウィンドウで、方程式セクションを開くと、方程

図1 無限井戸型ポテンシャル中の量子の運動

図2 PDEインターフェース

図3 グローバル定義の下のパラメタ設定

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(19-3) Vol.23, No.3 2018

COMSOL Multiphysicsによる計算科学工学 –拡散、固有値、最適化(6)チュートリアル

計算工学

式のテンプレートが表示されます。先ほど解きやすい形に変更した式を、係数を図5のように入力します。これでシュレーディンガー方程式の入力が完成しました。次は、境界条件です。係数形式PDE(c)を右クリックして、コンテクストメニューを表示させ、そこからディリクレ境界条件を選択します。グラフィックウィンドウに表示されている一次元空間の両端点をマウスで選択します。デフォルトで関数値を0に設定する内容になっているのでこれ以上の作業は不要です。ここまでで、偏微分方程式の境界値問題の定義が終わりました。固有値問題の解はモード形状のみに意味があり、その絶対値はそのままでは決まらないのは周知のとおりです。そこで規格化をします。それには、コンポーネント1の下の定義を右クリックし、コンポーネントカップリングを選択し、積分演算子(intop1( ))を1次元空間に割り当てます。同じ定義を右クリックし、変数を選択後、図6のように変数を定義します。

波動関数に相当する変数uを二乗したもの(conjは共役複素数)を空間で積分(intop1)した結果が1になるように係数Aを決めています。それを使って規格化された数値解がuNです。続いて、有限要素解析の準備をします。離散化するためのメッシュの作成です。メッシュを右クリックし、エッジを選択します。そのエッジを選択し、分布を追加します。分布はメッシュの粗密を制御できます。ここでは64個の等分割とします。先ほど導出した解析解ともしも一致しない場合にはこのところを調整するといった作業が生じます。図7に示すように、スタディ1の下にステップ:固有値があるのでそこをクリックして、設定ウィンドウにいきます。

スタディ1を右クリックし、計算をします。図8に計算結果を示します。図8(a)は固有値の結果です。ここではaをπに選んでいるので解析解はnです。図8(b)は波動関数の結果で、解析解は実線で、COMSOLの有限要素解は〇印で示しています。いずれも両者はよく一致しています。結果として、メッシュの調整は不要としました。数値解と解析解を比較するための描画を行う際に便利な方法を紹介します。固有値解析では複数個の固有値が一つのデータセット(結果の下に表示)に格納されます。それらを図8のように一つのグラフとしてプロットすることを考えます。そのためにはデータセットに格納されている固有値の番号を指定することになります。そのために、ここでは次のような関数を利用しています。いずれも1Dプロットグループのライングラフで使用しました。

図4 ジオメトリの作成

図5 係数形式PDEの設定画面

図6 解の規格化

図7 スタディ1の内容

(a) 固有値計算用のステップ

(b) 固有値探索部分の設定例

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(19-4)計算工学

COMSOL Multiphysicsによる計算科学工学 –拡散、固有値、最適化(6)チュートリアル

Vol.23, No.3 2018

解析解については、

数値解については、

としました。他のnについてはこれらを複製後、nを各々書き換えれば図8(b)のプロットが完成します。

COMSOL Multiphysicsの半導体モジュールはシュレーディンガー方程式のインターフェースが用意されています。本格的な計算を行うにはそちらを利用するのも良いでしょう。波動関数を利用して、運動量の2乗の期待値を計算することを考えてみます。理論式は以下の通りです。

22

0< >= ( )

a * dp i dxdx

ψ ψ−∫

この被積分関数の中には波動関数の空間2階微分が出てきます。もしも有限要素解を1次の形状関数で計算した場合には2階微分値は0になってしまいます。そのような場合には離散化次数を変更したうえで計算を行います。COMSOLは離散化セクションで形状関数の次数を変更できます。

図9には、座標、座標の2乗、運動量、運動量の2乗の各期待値を算出する場合の式の例を示しています。続いて、この定常解を使って、波動関数の時間変化を

調べてみます。説明をしやすくするために、解析解を使って話をします。すでに説明した定常状態の波動関数は固有関数であり、互いに直交します。そして、任意の状態を表す波動関数は定常状態の波動関数の線形結合で表現されます(任意のベクトルは基底ベクトルの線形結合で表現できます)。いま、初期状態が次式で与えられているとします。

02 3( )

2 2x xx sin cos

a aaπ πφ =

すると初期時刻 t=0では次式が成り立ちます。

0 1 1 2 2 3 3( ) ( ) ( ) ( )x c x c x c xφ ψ ψ ψ= + + +・・・

未定係数cを決めるには、固有関数同士の直交性を利用します。

0( ) ( )

a

m n m,nx x dxψ ψ δ=∫

ここでδm, nはクロネッカーのδです。初期時刻での関係式の両辺にm番目の波動関数を掛け算し、空間で積分します(ベクトル間の内積計算と同じ)。

0

1 2 2a

mx x m xsin sin sin dx c

a a a a aπ π π =+

この式では三角公式を利用してφ0を展開しています。この式でmを1,2,3と順に変えていくと、mが3以上ではcmは全て0になります。mが1と2ではcm=1/√2 に決まります。以上のことから、t>0での波動関数は、

1 1 2 21 1( ) ( ) ( ) ( ) ( )2 2

x,t x exp iE t x exp iE tψ ψΨ = − + −

となります。では、これをもとにCOMSOLで波動関数の時間発展を

可視化してみましょう。先ほどまで利用してきたモデルビルダの内容に追加をしていきます。コンポーネント1の下の定義をクリックし、変数を追加

します。そこに図10の内容を記述します。

図8 有限要素解と解析解の比較

(b) 波動関数の計算値(解析解:実線)

(a) 固有値の計算値(解析解nと一致)

図9 波動関数による期待値の計算式の設定例

図10 波動関数の時間発展を記述する変数の定義

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(19-5) Vol.23, No.3 2018

COMSOL Multiphysicsによる計算科学工学 –拡散、固有値、最適化(6)チュートリアル

計算工学

intop1(conj(wave)*x*wave)を記述し、解を更新することで結果を参照できます。解析解は次式で与えられます。

2 12

162 9a a E Ex cos t

π− < >= −

両者は図14のように一致します。

粒子はポテンシャルの中で往復運動をしています。ここでは無限井戸型ポテンシャルのある粒子の波動関数を見てきました。この束縛状態ではエネルギーはとびとびの値を持ちますが、ポテンシャルの大きさによってはトンネル効果が生じたり、階段型ポテンシャルでの散乱では連続的なエネルギーを持つことなど興味ある現象を数値的に解析できます。最近注目されているメタマテリアルなどでは周期構造を利用します。そのような系ではエネルギーの連続的な状態がある幅をもって存在するバンド構造が重要な事項です。COMSOL Multiphysicsには半導体モジュールがあり、その中にシュレーディンガー方程式を解くためのインターフェースがすでに用意されています。興味をもたれた読者は試してみるとよいでしょう [3]。シュレーディンガー方程式は、粒子の波動関数に関する空間2階の拡散項をもち、時間に関する1階の発展方程式です。この形は生物や化学反応系でみてきたものに近いのですが、シュレーディンガー方程式は時間微分項の係数に虚数が入っていることが大きな特徴です。つまり、粒子の波動関数は複素数であり、振幅と位相を持っています。位相が激しく変化する箇所では粒子同士の打消しが激しく生じ、位相がゆっくり変化する箇所では打消しが生じにくいので、位相の変化がゆっくりした箇所を運動軌跡として選択していくように見えることになります [4]。

2 固有値シュレーディンガー方程式は固有値問題を構成することを見てきました。このチュートリアルの連載の中で見てきた電磁波や光も境界条件を決める際に固有値問題を利用していました。今度は固体力学を見ていきます。COMSOL Multiphysics

は構造力学モジュールの中に、ソリッドモデルに加えてシェルモデル(2次元ではプレートと称している)を用意しています。板厚方向にメッシュを作成する必要が無いという利点があります。ここでは、シェルの振動問題を取り上げます。

COMSOLは単位系はSI単位系を利用していますが、利用者がSI以外でも単位に [ ]を付ければ自動的にSIに

グローバル定義の下のパラメタに図11を追加します。モデルビルダの rootを右クリックしてスタディ追加を選

択し、時間依存をスタディ2としてモデルビルダに加えます。スタディ2のステップ1:時間依存で図12の内容を設定します。COMSOLは解かないということも設定できます。ここでは係数形式PDEは解かないので図12のように計算対象のチェックを外しておきます。この機能はマルチフィジックスを連成したり、連成を切り離したりする際にも大変便利です。

図12 時間依存ステップの設定内容

それではスタディ2を右クリックして計算を実行します。計算結果は結果のデータセットの箇所にスタディ2/解2(sol2)として保存されます。計算が終了すると、デフォルトで1Dプロットグループ2が追加されます。その設定ウィンドウの式にwaveを設定します。そのライングラフを右クリックして複製を行います。複製されたライングラフに先ほどの初期値の式を記述します。プロットをクリックすると、図13のプロットを出力できます。

図13 波動関数の時間変化(初期分布:破線)

最後にこの波動関数によって粒子の位置座標の期待値を計算してみます。図10の下に変数名をxEとして、式に

図11 時間方向の可視化をするための定数の設定

図14 粒子位置の期待値の時間変化(実線:解析解)

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変換します。単位の整合性もチェックしてくれます。単位は数式のように記述します。厚み1[mm]、ヤング率72[Gpa]、密度2700[kg/m^3]、ポアソン比0.35の正方形板に対して固有周波数解析をしてみました。この問題の理論的な固有角周波数は次式で与えられています。

1/2 2 22

2 2mnm n

D m nh a a

ω πρ

= +

3

212(1 )EhD

v=

この理論解と比較して数値計算のVerificationを行います。単純支持の結果は図15に示す通りです。

このようにCOMSOLの有限要素解は理論解と一致しています。長方形板の全周固定、短辺支持の計算も行い、それらも理論解とよく一致することを確認しました。それでは、このシェルと圧力音響の連成した固有周波数解析を行なってみます。圧力音響の計算の正しさはすでに見てきたように確認しています。取り上げる問題は、空気の入った半径38[mm]、高さ

255[mm]の円筒容器の底面が振動版であるとしてシェルでモデル化し、その連成を解析します。図16にはモデル図、それを解析するためのCOMSOLモデルビルダ画面を図17に示しています。

このモデルは読者はCOMSOL社のホームページからダウンロードできます。モデルビルダ画面の表示が英語・日本語併記になっています。COMSOLに搭載されているアプリケーションライブラリは英語で記述されており、そこからファイルを開くと英語表記になっていますが読者が日本語環境で使用している場合には、モデルビルダのモデルツリーノードテキストボタンをクリックし、タイプを選択することでこのように英語・日本語併記ができます。もちろん、他の設定ウィンドウの内容はタイプを選択しなくても日本語になっています。

この解析をするにあたって、スタディで計算対象の選択を切り替えることで、シェルのみ、音響のみ、連成時というスタディを簡単に行うことができます。結果を図18に示します。半解析式および実験と比較していますが、COMSOL解はよく一致しています。続いて、周波数応答解析を行なった結果を図19に示

図15 固体力学における単純支持板の固有振動解析

図16 底面に振動板を有する円筒容器

図17 シェル-圧力音響連成時の固有周波数解析

図18 COMSOLの数値解と他の比較

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します。この場合、底面に面荷重を与えることで加振しています。音響単独の固有周波数がある2箇所においては、音響-シェル連成によって(637.1, 707.6)および(2623, 2697)の新しい共振が出現していることがわかりました。このように、固有周波数解析(固有値解析)を行っておき、それらが連成によってどのように影響を受けるかは周波数応答解析を行うことになりますが、共振を見出すには、分析する周波数の刻み幅を小さくしないと見落としてしまいます。一方で、小さな刻み幅は計算時間の長大化を招いてしまいます。そこで、振動解析と固有値の関係を分析してみます。時間依存の振動解析が次式で行われるとします。

M2

2 + = 0 M 2 + = 0

2

2 + −1 = 0

左辺第2項の係数行列の固有ベクトルPを求め、それを使ってその係数行列の対角化を行うと、変数変換u=Pvによって、

2

2 + −1 = 0

となります。Pは固有ベクトルであるので、次式を満たします。

−1 = Λ ここで、Λは対角行列。左からP-1を掛け、対角行列Λとの関係

Λ = −1 −1 を用いることで次式を得ます。

Λ =

2

2 + Λ = 0

つまり、新しい解ベクトルvはその成分しか含まない方程式に分解され、連立方程式を解く必要が無いので、短時間に容易に解を求めることができます。周波数領域では調和振動を仮定して、周波数領域で代数的に解きます。角周波数をωとすると、上式の場合では、

− 2 + Λ = 0 を解くことになります。

COMSOLはモーダル解析を行なえるようにしています。図20に結果を示します。3次元ソリッドモデルの加

振の例です。周波数応答解析に2分かかっていた計算がモーダル解析では11秒に短縮されました。固有値に対応する固有モードの直交性を活かすことでこのような解析が可能になっています。

3 最適化数学モデルが完成し、Verificationを終えたら次は最適化に進むとよいでしょう。COMSOLは最適化モジュールの中に図21に示すソルバーを用意しています。

図21 最適化モジュールのソルバー群

VerificationからValidationに進む際に、実験値を利用して材料特性のパラメタ推定が必要となってきます。これには定常あるいは時刻列での実験データをCSVファイルとして読み込み、最小二乗法によるパラメタ推定を行うことができます。その際、モデルは数式でも有限要素モデルでも利用できます。この方法は、リチウムイオンバッテリーの電気化学インピーダンス法にも応用できます。寸法最適化ではCOMSOLの備えている形状のパラメタ表現を利用したり、形状最適化では変形ジオメトリ(ジオメトリの変形に応じてメッシュ再構成)の利用などによって設定操作も簡単に行えます。もちろん、トポロジー最適化も可能です。図22に寸法最適化、形状最適化、トポロジー最適化の例を示します。寸法最適化という一見単純に見える方法でもうまく利用すれば、電気浸透流というマイクロ流体で重要な問題を簡単に解決できます。図23は流路のベジェ曲線を最適化することで化学種輸送の精度を大幅改善しました。マイクロ流路では化学種を輸送する際に大きな変形は避けたいものです。iPS細胞などはわずかな刺激にも反応して予期せぬ分化を生じることは良く知られ

図19 周波数応答解析結果図20 周波数応答解析におけるモーダル解析の例

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ています。最適化を行うには目的関数と設計変数を適切に設定する必要があります。自身の設定した設計変数範囲で目的関数が最大あるいは最小となるかが重要です。これはCOMSOLではパラメトリックスイープをすることで概観できます。必ずリハーサルをすることです。紙数の都合でこのあたりの手順まで十分に記載できませんので資料をぜひ参照してください [5]。最適化においては、いろいろな手法を試してみたくなります。その際、COMSOLのもつアプリケーションビルダーでメソッドエディタによって利用者独自のプログラム (Java)を記述できます。音叉は腕の長さを変更すると固有周波数が変わります。ここでは、周波数を指定して音叉の腕の長さを決めることを考えてみます [6]。固有周波数 fは腕の長さLの関数ですので f(L)と記述できます。指定周波数をftargetとすると、F(L)=f(L)-ftarget=0となるようなLを決めれば良いということになります。F(L)=0とするLを求めるルーチンはニュートン法がありますが、これはFの微係数も計算する必要が有るので、セカント法を考えます。すると、これは関数値F(L)のみの計算で済みます。メソッドエディタにおけるポイントとなる箇所のみ考え方を記述します。関数 fはLを設定して音叉の固有周波数計算を行う部分を記述します。CAEのシーケンスに沿って作成した高度なFEMの内容が runというたったの一行で参照されてしまうのは驚きでもあり、寂しさでもあります。

オブジェクト指向言語は予期できない境地へ急速に発展しています。設計思想の良さを反映しています。日本でのソフトウェアづくりにおいても重視すべきところであり、ぜひ参考にすべきところです。セカント法の適用は概略、次の通りです。

Lを指定してFEM解析を行なう関数は frequency(L1)といった箇所で利用されています。これらを含めて、アプリにしたものを図24に示します。ソフトウェアの使い方を知らなくても高度なマルチフィジックス解析や最適化計算をすぐに開始できます。

アプリは国内の大学の講義でも利用されるようになってきました [7]。著者も大学の講義の支援に呼ばれる機会も増えてきました。その際、ソフトウェアを立ち上げて利用手順から説明していくと時間も相当かかり、肝心の利用というところまで十分に到達できません。図25のようにそういった場面に必要な手順を整理し、だれでも5分程度でアプリを作成できる手順とひな形を開発してきています [8]。図26は著者の所属する会社で営業部員向けに音響の教育を行っている様子です。営業部員からのフィードバックでアプリの内容もいくつか改善されるという思

図24 アプリの例

図25 簡単かつ応用範囲の広いアプリ作成手順へ

図22 非一様分布荷重をもつ場合の最適化の例

図23 流路の寸法最適化による化学種輸送の改善例

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わぬフィードバックもありました [8]。新人の技術部員がCOMSOLサーバーというソフトをサーバー機にインストールしてくれ、そこでアプリを動かしています。大勢でアクセスすると運用方式によっては計算負荷も当然増えてきますが、今後、このような方式が研究開発や業務を根本から革新していくことと思います。

専門でない人たちから時間、場所に関わらず、新しいアイデアが提案されてくる可能性があります。100倍の薬品を投入してノーベル賞へつながった例は記憶に新しいと思います。専門の枠を超えて思い切ったチャレンジが必要とされていますが、アプリはその強力な道具になり得ます。経営側は自身の考え方を早急に革新する必要があります。社員に適切な道具と環境を積極的に用意し、誰もが解析やフィードバックを行なえる環境をトップダウンで構築すべきです。

4 あとがき今回で本チュートリアルの連載が終了となります。関係者の方々には自由な執筆をさせていただき感謝申し上げます。人生はあっという間に過ぎてしまいます。若い人たち

の参考になればと思い、思い出話をします。筆者はロボットをやりたかったのですが大学の先生方が流体関係が多く、流体を専攻することになりました。助手時代は航空分野でマッハ数10の弱電離極超音速流れの熱伝達問題の実験に取り組む過程で、可視化をする重要性に気付き、ランダムチョイス法で燃焼反応を伴う衝撃波の計算を独学開始しました。小口伯郎先生の極超音速強干渉理論やスチュワートソンのトリプルデッキ理論という美しいものに出会ったことも喜びでした。航空分野では人為的なモデル化をきらう傾向があり、これはとても勉強になりました。M社に入ってから空力開発を開始する中で、私の特命事項であった数値流体の準備をはじめました。PC、エンジンベンチのミニコンや、IBM大型計算機のメンテナンス時のフリー計算など色々な方々の協力を得てプログラム開発を行い、同僚と離散渦法の結果を国際会議で発表しました。そうしているうちにDNSを提唱する宇宙科学研究所桑原邦郎先生と出会い、スーパーコンピューティングを導入しました。それまで1か月くらいかかっていた計算が30分もかからず終了していくことを目の前にして、とても驚きました。その後

ごく短期間で自動車の空力計算が形状のデジタルデータさえあれば可能なところまで到達します。風洞実験との誤差は初めから10%程度に収まるという素晴らしい成果が出せました。その頃、欧米では誤差はとてつもなく大きいものでした。一方で、衝突開発が急務となっていた時期でもあり、そちらも支援することになりました。そのために、夕方まで衝突、夜は空力といった事もやりました。衝突では先輩の多賀宏二さんがその分野の計算のリーダーでした。この方は私がM社で計算を行なうためのPCを初めて導入してくれた人です。いろんな面で大変お世話になり感謝しています。私は流体の可視化の考えを活かして衝突実験にもいくつかアイデアを出しました。1000万円のカメラを車に溶接して衝突させたときは首を覚悟しましたが、そうはなりませんでした。そのおかげで肝心な部分の可視化ができ、性能が大きく改善されました。先行開発を加速するために横浜に模型風洞を建設し、そこで先行空力開発に携わりました。良い同僚に恵まれ、この風洞では全自動運転・データ自動計測を実現しました。おかげで、先行開発の質は格段に良くなりました。企画設計部やデザイン部のモデラーが風洞を動かして自分で実験できるようにもなりました。さらに、M社での最後の論文では画期的な発見をしました。その後、桑原邦郎先生と一緒に多方向風上差分による円柱まわりの計算やソフトの開発などを行いました。桑原先生の研究所には大勢の世界的な研究者や教科書の著者などが多く来所されており、大変勉強になりました。今井功先生が90歳になられても一番シャープな質問をされていたのは印象的でした。神部勉先生の流体関係のテキストに桑原先生と私でやった円柱の計算結果が引用されたことは大変な喜びでした。尾川茂さんと共同で神部先生の漸近展開理論に基づいて縦渦の空力騒音の数値解析も実現しました。その後、濱野生命科学研究財団の事務局長を経験します。ここでは研究者を事務局の立場から観察することができ、勉強になりました。fMRIのBOLD法の発見者でノーベル賞候補の小川誠二先生のもとで刺激を受けました。その後、現在の職場でCOMSOL Multiphysicsを扱うようになりました。それでBOLD法の数学モデルをCOMSOL Multiphysicsで計算して、大勢の医者の前で発表することも行いました。現在の会社に入社したのが50歳を過ぎてからでしたがMaxwell方程式やらなにやらと幅広い物理の勉強を始めることになり、今も継続中です。人生、勉強に終わりということはなさそうです。近頃、偶然にも明治大学の萩原一郎先生とお会いすることになりました。萩原先生は自動車開発でとても有名な方で東工大の先生にもなられた先生です。その先生が自動車会社に勤務されていたころの仕事の完成をいま再び目指していることを教えてくださいました。話はいろいろな計画に及びました。とても迫力のあるお話ぷりに私も大きな衝撃を受けました [9]。いろいろ思うことは、日本が世界を真にリードするとはどういうことだろうかという点です。

図26 KESCO営業部員向けの社内教育の様子

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Vol.23, No.3 2018

答えはありませんが、先生方も実践されているように、各人が自分で抱えた懸案事項を解決することに情熱を燃やし続けられるかどうかが重要ではないかと思います。時間が経過すると、学生のころに考えていた柔軟なロボットの実現例がどんどん出てきていることなど、昔はできにくかったことが出来るようになってくるといったことが起こります。従って、継続して情熱を持ち続けてとにかく勉強を続けていれば、必ず大きなチャンスが到来するはずです。今は難しくてもそのチャンス到来時にうまく解決できれば幸せではないかと思います。何かのヒントになればと思い、あとがきに替えます。

■参考文献[1] 花村克悟 , マックス・プランク(1858~1947)の功績 ,

J.HTSJ, Vol.48, No.205 (2009).[2] 鈴木克彦 , シュレディンガー方程式 , 共立出版 (2013).[3] https://www.comsol.jp/model/superlattice-band-gap-

tool-45281[4] 前野昌弘 , 量子場の理論入門 , http://www.phys.u-ryukyu.

ac.jp/~maeno/field.pdf.[5] 橋口真宜 , 米大海 , COMSOLを用いた最適化計算とパラ

メータ推定 , http://www.kesco.co.jp/ (2018).[6] https://www.comsol.jp/model/tuning-fork-8499[7] 高野直樹 , COMSOL Multiphysics&Application Builderを用

いた計算力学の研究と教育 , COMSOL カンファレンス東京 (2017).

[8] 橋口真宜 , 米大海 , フィジックス教育用のアプリ開発 , 第23回計算工学講演会 (2018).

[9] 萩原一郎 , 音 -構造振動の連成解析の基礎から応用セミナー, http://www.kesco.co.jp/ (2018).