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- 73 - 特別支援学校における個に応じたカリキュラム・マネジメントの充実に関する研究 -本人・保護者とともにつくる「かなえるシート」の活用を通して- 山口県立周南総合支援学校 教諭 西田 舞子 1 研究の意図 (1) 研究の背景 これまで、私の指導経験において「今、行っている授業は本当に児童生徒の自立と社会参加 につながっているのか」「本人や保護者は、この授業について、どのように理解し、どんな思 いをもっているのか」などと悩むことが多かった。その原因として、個別の教育支援計画や指 導計画の作成段階で、児童生徒にとっての自立や社会参加につながる学習内容の十分な把握や、 学習のねらいやめざすところのしっかりとした共通理解が本人・保護者とできていなかったこ とが考えられる。 今回の学習指導要領の改訂では、新しい時代に必要な資質・能力を子どもたちに育む「社会 に開かれた教育課程」実現のために、カリキュラム・マネジメントの推進が求められている。 特別支援教育においては、「自立と社会参加に向けた教育の充実」という観点から、カリキュ ラム・マネジメントを行うことを規定している。このことは、障害のある子どもが自己のもつ 能力や可能性を最大限に伸ばし、自立と社会参加に必要な力を培うことができるよう、個に応 じたきめ細かな指導及び評価をより一層充実させることの重要性を示すものである。 この改訂は、私と同様の悩みを感じている教師にとって、これまでの指導及び評価の改善を 行う際の大きなきっかけになると考えている。 (2) 研究テーマ設定の理由 本研究を行うにあたり、現状把握のた めに県内の総合支援学校教員を対象とし て、自立活動に関するアンケート調査を 実施したところ、個別の教育支援計画や 指導計画作成に関する様々な課題(表1が挙がった。 これらの課題解決のためには、本人・保 護者から具体的な願いや将来像を十分に 引き出して個別の教育支援計画や指導計画に反映させることや、その願いを達成するための具 体的な学習に、本人・保護者とともに取り組むことができるような、個に応じたカリキュラム の充実が必要であると考えた。 そこで、本研究では、本人・保護者の将来的な願いを具体的に引き出しカリキュラムに反映 するためのツールとして「かなえるシート①」を、また本人・保護者や関係機関とともに学習 目標や具体化した学習内容、成果を共有するためのツールとして「かなえるシート②」をそれ ぞれ作成する。そして両シートを「カリキュラム・マネジメント-三つの側面-」(次頁図1からのアプローチを行う際に活用することで、本人の将来の自立と社会参加に必要な力を培う ことができると考え、テーマの設定に至った。 本研究における「個に応じたカリキュラム・マネジメントの充実」の概要を図1に示す。 表1 個別の教育支援計画や指導計画作成に関する課題

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特別支援学校における個に応じたカリキュラム・マネジメントの充実に関する研究

-本人・保護者とともにつくる「かなえるシート」の活用を通して-

山口県立周南総合支援学校 教諭 西田 舞子

1 研究の意図

(1) 研究の背景

これまで、私の指導経験において「今、行っている授業は本当に児童生徒の自立と社会参加

につながっているのか」「本人や保護者は、この授業について、どのように理解し、どんな思

いをもっているのか」などと悩むことが多かった。その原因として、個別の教育支援計画や指

導計画の作成段階で、児童生徒にとっての自立や社会参加につながる学習内容の十分な把握や、

学習のねらいやめざすところのしっかりとした共通理解が本人・保護者とできていなかったこ

とが考えられる。

今回の学習指導要領の改訂では、新しい時代に必要な資質・能力を子どもたちに育む「社会

に開かれた教育課程」実現のために、カリキュラム・マネジメントの推進が求められている。

特別支援教育においては、「自立と社会参加に向けた教育の充実」という観点から、カリキュ

ラム・マネジメントを行うことを規定している。このことは、障害のある子どもが自己のもつ

能力や可能性を最大限に伸ばし、自立と社会参加に必要な力を培うことができるよう、個に応

じたきめ細かな指導及び評価をより一層充実させることの重要性を示すものである。

この改訂は、私と同様の悩みを感じている教師にとって、これまでの指導及び評価の改善を

行う際の大きなきっかけになると考えている。

(2) 研究テーマ設定の理由

本研究を行うにあたり、現状把握のた

めに県内の総合支援学校教員を対象とし

て、自立活動に関するアンケート調査を

実施したところ、個別の教育支援計画や

指導計画作成に関する様々な課題(表1)

が挙がった。

これらの課題解決のためには、本人・保

護者から具体的な願いや将来像を十分に

引き出して個別の教育支援計画や指導計画に反映させることや、その願いを達成するための具

体的な学習に、本人・保護者とともに取り組むことができるような、個に応じたカリキュラム

の充実が必要であると考えた。

そこで、本研究では、本人・保護者の将来的な願いを具体的に引き出しカリキュラムに反映

するためのツールとして「かなえるシート①」を、また本人・保護者や関係機関とともに学習

目標や具体化した学習内容、成果を共有するためのツールとして「かなえるシート②」をそれ

ぞれ作成する。そして両シートを「カリキュラム・マネジメント-三つの側面-」(次頁図1)

からのアプローチを行う際に活用することで、本人の将来の自立と社会参加に必要な力を培う

ことができると考え、テーマの設定に至った。

本研究における「個に応じたカリキュラム・マネジメントの充実」の概要を図1に示す。

表1 個別の教育支援計画や指導計画作成に関する課題

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カリキュラム・マネジメント

-三つの側面-

1.教科等横断的な視点でみる目

標達成に必要な教育内容の組織

的な配列 【アプローチ1】

図1 本研究における「個に応じたカリキュラム・マネジメントの充実」の概要図

個別の教育支援計画

個別の指導計画

授業及び評価

個に応じたカリキュラム

本人

将来の自立と社会参加へ

カリキュラム・マネジメント

-三つの側面-

2.教育内容の質の向上に向けた

一連の PDCA サイクルの確立

【アプローチ2】

本人の生活の質的な向上

カリキュラム・マネジメント

-三つの側面-

3.教育内容と、教育活動に必要

な人的・物的資源等の効果的な

組み合わせ 【アプローチ3】

個に応じたカリキュラム・マネジメント

「かなえるシート①」

願いや将来像の具体化と

カリキュラムへの反映

「かなえるシート②」

家庭や関係機関等との学

習目標や具体的な学習内

容、成果の共有

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2 研究の内容

(1) カリキュラム・マネジメント-三つの側面-からのアプローチ

ア アプローチ1「教科等横断的な視点でみる目標達成に必要な教育内容の組織的な配列」

(ア) 「かなえるシート①」の作成と活用

本研究における、「個に応じたカリ

キュラム・マネジメント」の流れを図2

に示す。

まず、アプローチ1への活用のため

のツールとして、「かなえるシート①

(以下、シート①)」(次頁図4)の作

成を行う。年度当初に作成することで、

個別の教育支援計画や指導計画の補助

的シートとして、具体的な将来像をよ

り明確にし、カリキュラムへの反映に

活用することができると考える。

作成手順及びそれぞれの項目の留意点については、図4のとおりである。

本研究の対象者は、小学部第6学年のダウン症のある男児(以下、本児)とその保護者

である。図4の手順で話合いを行い、本児については「ゴール(1年後)」を、「一人で

ドラッグストアに行く」(図3)とした。本児が「将来の休日の楽しみ」として挙げたの

はゲームセンターだった。し

かし、本児も保護者もそこに

行った経験がないため、まず

は、本児が保護者と一緒によ

く利用しているドラッグス

トアを目標にすることに

なった。

その後、【手順③】【手順

④】【手順⑤】に沿って話合

いを行い、【主な教育内容】

に、「自立登校」や「コミュ

ニケーション手段の拡大」等

を設定した。これが、シート

①の本児・保護者の具体的な

願いから導き出していった、目標達成に必要な教育内容である。

「自立登校」に関しては、道路歩行に関する話合いの際に、保護者から「学校に一人で

登校させてみたい」という希望が出てきたので、内容設定に至った。

また、本児はある程度の理解言語はあるが、言葉として発することが難しく、主な手段

は身ぶり手ぶりのみである。一人でドラッグストアに行き買物をするためには、自分で判

断し行動する力や、誰にでも伝わるコミュニケーション手段が必要だという話合いから、

「コミュニケーション手段の拡大」という内容設定に至った。

図2 本研究における「個に応じたカリキュム・

マネジメント」の流れ

図3 導き出した本児の1年後の目標と必要な教育内容

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つ よ み

好きなこと

とくいなこと

ぼくの・わたしの

ゆめ実現へ!

~「かなえるシート①」

○○○

○○○

○学部

○年

あなたの夢・きぼう・のぞむ生活・のぞむ姿

はじめの一歩(人・物・場)

学 校

家 庭

利用している福祉・医療

(例:デイサービス・リハビリ・役所など)

放課後等デイサービス

地域資源

(例:バス、電車などの公共機関、近所の店など)

利用する店舗等の関係者、地域の人

作成日:H

.

.

図4

「かなえるシート①」作成手順及び留意点

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(イ) カリキュラムへの反映

前項の教育内容を、主とし

て領域・教科を合わせた指導

である、生活単元学習で取り

扱うことにし、「ぼくらおつ

かいセブンレンジャー」とい

う単元設定を行った。週予定

を図5に示す。

この単元への参加のため

に、自立活動の時間の指導で

は、コミュニケーション方法

の学習を行った。国語では、

商品と文字表記のマッチング学習を行うなど、教科の学習とも関連した内容を取り入れた。

「自立登校」については、日常生活の指導と、本児の日常的な登下校の段階的な指導や

支援を関連付け、校外へ買物学習する際の、交通ルールの理解とその定着を図った。

このように、生活単元学習を中心にし、他の学習活動と関連させることで、本児が目標

達成を確実に行えるような学習環境の調整や改善を行った。

イ アプローチ2「教育内容の質の向上に向けた一連のPDCAサイクルの確立」

本研究では、一連のPDCAサイクルを、「本

人を中心として、シート①から導き出した

【主な教育内容】に関する学習を、後述する

「かなえるシート②」(次頁図7)を使用し、

学校と家庭が共通に取り組むことで、生活の

質的な向上へと結び付けていく一連の学習

スタイル」と考えている(図6)。これまで

は、学校のみで回っていたPDCAサイクルが、

学校と家庭の両方の場で共通して回ること

で、学んだことが本人の生活の豊かさにつな

がるものになることを意図している。

(ア) 「かなえるシート②」の作成と活用

個別の指導計画を作成後、本人・保護者に「かなえるシート②(以下、シート②)」を

提示し、最初の短期目標を設定する。作成手順及びそれぞれの項目の留意点については、

図7のとおりである。

シート②は、共通の目標や内容を可視化し、共有することで家庭との連携が図りやすく

なることを意図しているが、本人はもちろん保護者にとって負担になるものは継続しにく

い。あくまで、本人の生活の中で自然に考えられ、特別な場を設定しなくても日常生活の

中で取り組める目標や内容になるようにした。

最初の学習内容である「自立登校」については、シート②において、「道の端っこを歩

く」という短期目標を設定し、校内の廊下に三角コーンを置いて、「端」を確認するとこ

ろから始めた。目標を達成するごとに本児・保護者と一緒に達成を喜び、徐々にステップ

図5 週予定

月 火 水 木 金

1 日常生活の指導

2 国語 生活単元学習 「ぼくらおつかい

セブンレンジャー」

5 自立活動

図6 本研究における一連の PDCA サイクル

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図7

「かなえるシート②」作成手順及び留意点

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アップを図っていった。校舎内から学校敷地内、そして学校敷地外へと、少しずつ歩く距

離が伸び、自分で安全確認を行うことができるようになるなど、確実に目標を達成してい

くことができた。取組を始めて2か月後には、横断歩道や信号がない場所も自分で安全を

確認し、渡ることができるようになった。半年後には、自宅から学校まで約20分の距離を

毎日歩いて登校できるようになった。

「コミュニケーション手段の拡大」については、「『○○がほしい、探している』を伝

える」という目標を設定し、まずは、その内容をイラストと文字で示したカードを使って、

相手に自分の要求を伝えることから始めた。保護者との話合いの中で、今後本児のコミュ

ニケーション手段の一つとして、タブレット端末等の機器を活用することが考えられるだ

ろうということが挙がった。その願う姿をめざして、まずは、カードによるコミュニケー

ションにより、伝わる楽しさや有用感を味わうことから始めてみようということになった。

生活単元学習「おつかいセブンレンジャー」では、身ぶり手ぶりでは伝わらない相手に

対し、カードを見せたら「伝わる」という経験を積み重ねたことで、「伝わらない時には、

カードやタブレットを使ってみよう」と自己判断し、選択した手段でコミュニケーション

をとることができるようになってきている。

(イ) 教育内容の質の向上に向けた三つの工夫

本研究では、一連のPDCAサイクルの中で、教育内容の質の向上に向けて、三つの工夫を

行った。

a 生活単元学習の単元構成

生活単元学習「ぼくらおつかいセブンレンジャー」では、教室での買物学習と校外店

舗での買物学習とを交互に仕組む単元構成を行った。交互に仕組むことで、教室で練習

したことに校外で挑戦したり、校外での挑戦から得た課題を教室で練習したりできるよ

うにし、本児が目標と成果を振り返りながら、学習を進めていくことができるようにし

た。また、教師は、本児への支援の手立てを振り返り、本児の実態に合った道具の検討

など、手立ての調整や改善を繰り返しながら、次の学習への準備を行うように留意した。

b 各教科等との関連

アプローチ1でも述べたように、生活単元学習と自立活動、国語、日常生活の指導な

ど、各教科等と関連付けた学習を設定し、実施した。教科等横断的な視点を踏まえ、各

教科等との関連を図り総合的に学習を進めていくことで、確実に目標を達成することが

できるようにした。

c 家庭生活への般化

シート②を家庭と共有し、家庭でも共通の目標で買物を行い、学校と家庭の両方で取

組を進めることができるようにした。このことは、確実に自分の生活へと結び付けるこ

とで、生活の質的な向上につなげたいと意図したものである。

家庭での取組の実際として、本児と保護者が毎週日曜日を「おつかいチャレンジ日」

として設定し、取組を継続している。商品が見つからない時には、カードやタブレット

端末内にある商品画像を店員に見せて尋ねるようになっていることから、コミュニケー

ション手段が拡大して、生活に根付いてきていることがうかがえる。

ウ アプローチ3「教育内容と、教育活動に必要な人的・物的資源等の効果的な組み合わせ」

シート①において、本児を取り巻く人的・物的資源を挙げていく際には、本児の将来のラ

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イフスタイルを想像することから話し合い、今後生活していくと思われる地域資源をどのよ

うに利用し、どのような生活を送ることが本児にとって幸せな生活であるかを保護者と一緒

に考えた。今回は、保護者と本児から挙がった「平日は寮みたいな所でサポートを受けなが

ら働いてほしい」「休日は働いたお金でゲームをしたい」(図3)という将来像を踏まえて、

本児の医療、福祉サービス、生涯教育、職業、公共施設、利用店舗等を挙げていった。

生活単元学習における校外学習の場の設定にあたっては、本児が生活圏内でよく利用して

いる店舗の中からいくつかを選択した。休日に家庭でも取り組むことができるように、また、

店員を始めとする地域住民に、本児を知ってもらえるようにすることを意図した。

家庭や関係機関等との連携の際には、シート②を用いることで、目標や方法、手立て等を

同一にして、進めていくことができるようにした。そうすることで、本児が学校で学んだこ

とと、自分の生活が結び付いていることを実感することができ、より主体的に学びを深めて

いくことができると考えた。以上のように、本児の生活の質的な向上に結び付くことができ

るよう「人的・物的資源等の効果的な組み合わせ」を考えて、学習設定を行った。

(2) 結果と考察

ア 「かなえるシート」について

(ア) 「かなえるシート」ワーク実施におけるアンケート結果

小学部から高等部までの原籍校教員を対象に、自主研修会という形式でシート①のワー

クを実施(11月30日)した。16人の教員が参加し、主に現在担任や担当をしている児童生

徒を想定して作成に取り組んだ。ワーク実施後の感想や意見を表2に示す。

表2 「かなえるシート」ワーク実施後の感想や意見

【よいと感じた点や肯定的な意見】

・シートがあることで、直接保護者と話し合うよい機会になる。

・1枚でいろいろなことが把握でき、本人・保護者と将来に向けての展望を共通理解

することができる。

・自分である程度シートを作成することが可能な児童生徒であれば、自己見つめに活

用することができる。また、本人の願いや希望と保護者のそれとのズレを修正する

手段として有効である。

・めざす姿をイメージしての計画立案や目標決めができると思う。

・保護者だけでなく、児童生徒を取り巻く教員や関係機関等とのケース会議にも役立

ちそうである。

・特別支援学校以外でも活用できそうである。

【難しいと感じた点や課題点】

・保護者や教員の意図や意見の押し付けにならない工夫が必要である。

・特に重度重複障害のある児童生徒の場合には、本人の願いになっているかの検証が

難しい。本人の思いをどう上手く抽出するか、保護者の希望との違いが明確になる

かが疑問=「保護者の希望をかなえるシート」にならないだろうか。

・シートの作成で終わらぬよう、継続した評価や見直しが行える工夫が必要である。

・児童生徒の家庭状況によっては活用できると思うが、協力的ではない場合は負担に

なると感じる。

・個別の教育支援計画や指導計画の一部分になってくると思うので、効果的に取り込

んでいけるとよいのではないだろうか。

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(イ) 「かなえるシート」の有効性に関するアンケート結果

小学部から高等部までの原籍校教員を対象に、両シートに関して以下の目的及び項目で

アンケートを実施した(11月22日~12月3日)。結果を表3、表4に示す。

a 「かなえるシート①」に関して

目的:個別の教育支援計画や指導計画の作成及び授業計画の立案への有効性の評価

表3 「かなえるシート①」に関するアンケート結果(回答者数39人)

(1.思わない 2.あまり思わない 3.やや思う 4.そう思う)

質問項目 1 2 3 4

①本人・保護者との共通理解に役立つと思うか。 0 1 15 23

②本人・保護者の具体的な願いや思いを引き出す際に役立つ

と思うか。 0 2 13 24

③本人の生活の質的な向上(生活の豊かさ)に結び付く学習

目標や学習内容を設定する際に役立つと思うか。 0 2 19 18

④家庭や関係機関等との連携に役立つと思うか。 0 3 20 16

⑤「かなえるシート①」を使ってみたいと思うか。 1 3 28 7

(※単位:人)

b 「かなえるシート②」に関して

目的:本人・保護者との学習目標や内容、成果の共有及び保護者や関係機関等との連

携への有効性の評価

表4 「かなえるシート②」に関するアンケート結果(回答者数39人、うち無効回答者数1人)

(1.思わない 2.あまり思わない 3.やや思う 4.そう思う)

質問項目 1 2 3 4

①本人・保護者との学習目標の共有に役立つと思うか。 0 2 15 21

②家庭との連携した取組に役立つと思うか。 0 2 17 19

③関係機関等との連携した取組に役立つと思うか。 1 1 23 13

④本人の自己理解や主体的な学習参加の促進に役立つと思

うか。 0 2 22 14

⑤「かなえるシート②」を使ってみたいと思うか。 1 4 28 5

(※単位:人)

シート②に関しては、表5のような感想や意見が挙がった。

表5 「かなえるシート②」に関する感想や意見

【よいと感じた点や肯定的な意見】

・具体的な取組目標を意識したり共有したりする上で、とても役立つと思う。

・本人の立ち位置が、自分自身だけでなく、保護者や他機関にもつかみやすいと思う。

・児童生徒の実態や保護者の願いなど、学校での指導の基になるべきところが明確であ

り、それを基に学習計画の立案という、当たり前だけど、とてもよい流れだと思う。

【難しいと感じた点や課題点】

・シート①同様、「大人がさせたいこと」の色が強くなってしまわないようにすること

が大切だと思う。

・客観的に生徒の将来を見据えて関係機関と連携することに意義があると思うが、シー

ト活用の理解を得て、協力してもらえる努力が必要である。

・それぞれの家庭環境によって、役立つかどうかは違いがあると思う。

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(ウ) 「かなえるシート」についての考察

アンケートの質問項目に対する約90%の肯定的な回答から、シートの活用は、冒頭で

述べた表1の課題解決の一助となり、「個に応じたカリキュラム・マネジメント」の充

実を図る際に有効であることがうかがわれる。肯定的な意見の内容からも、シート作成

の際に意図した、「本人の将来を保護者とともに考え、取り組んでいくこと」「生活の

質的な向上及び将来の自立と社会参加につながる学習を提供すること」の具体的ツール

としての有効性が教師に伝わったものとして捉えられる。このように、具体的な願いや

将来像、それに向かうための目標や内容が可視化された媒体があることで、本人・保護

者がそれらを意識しやすくなるとともに、教師側のカリキュラム作成の考え方の変容を

促すことができたと考えられる。

一方、課題点の内容にあるように、児童生徒の障害種や実態、家庭環境によっては、

保護者とともに取り組んでいくことが難しい場合があるかもしれない。まずは、教師が

「ともに」という姿勢で保護者と接し、「将来の自立と社会参加」という視点をもった

話合いから始めてみることができれば、その難しさを解消するための第一歩になる可能

性はあると思われる。その手立てとして、この「かなえるシート」は、十分にその役割

を果たすことができるのではないかと感じた。

イ 「個に応じたカリキュラム・マネジメント」実施後の変容

(ア) 本児及び本児の生活

本児及び本児の生活については、表6のような変容が見られた。

表6 本児及び本児の生活の変容

保護者へのア

ンケートより

・目標に対して、意欲的・主体的に取り組もうとする姿が見られる。

・「平日は学校→放課後支援、休日→おつかいチャレンジをする日」とい

う新たな生活パターンが、自然と本人の中に確立した。

・シート活用前:これまでは、ただ曖昧に「自分でやる」「ついてこない

で」と、漠然と目の前のことをやろうとしていた。

→シート活用後:(手話を用いながら)「一緒にやって」「見ていて」

と、シートの目標を確実に達成しようとするように感じる。「確実に」

という意識の芽生えとともに、それを見極めてくれる人の存在を求めて

いるように感じている。

・できるようになったことを含め、以前とは違った「一人でできる」とい

う自信や「任せて」という意識が芽生えた。

担任及び同学

習グループ教

員 へ の ア ン

ケートより

・注意をした時や依頼をした時など、素直に行動することが増えた。

・クラスのために率先して仕事をすることが増えた。

・身に付けたことを友達や教員、保護者にも教えようとする姿が増えた。

・落ち着いて行動する場面が増えた。

・「(カード)手伝って」を習得後、要求や報告をする場面が増えた。

筆者による本

児の行動観察

より

・自己選択した手段による、意欲的なコミュニケーションの姿が見られる

ようになってきた。

・主体的に思考判断して行動する姿が増えた。

(イ) 保護者の意識

保護者の意識については、表7のような変容が見られた。

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表7 保護者の意識の変容

保護者への

アンケート

より

・これまでは、ただ毎日を楽しく過ごしてくれれば…と思っていたが、

将来を考えるきっかけになった。

・シートがあることで、自分自身も目標を意識するようになった。

・自分一人だと「まあいいか」と思ってしまうのが正直なところだった

が、教員が一緒に取り組んでくれることはとても心強いと感じた。

・初めて我が子が一人で買物をすることができた日は感動し、そのこと

をきっかけに「本人だけで、買物をする日を作らなければ!」という

意識が芽生えた。

筆者が感じ

た保護者の

意識の変容

・「次はこうしてみたい」「こっちのやり方を試してみたいのだけど、ど

う思うか」など、具体的な提案や相談が出てくるようになった。

・(自立登校の取組と関連した、本児と地域住民とのエピソードを伝え

た後)保護者自ら積極的に地域住民に挨拶をしたり、話しかけたりす

る姿が見られるようになった。

(ウ) 本児の変容についての考察

授業において、本児は、学ぶ内容が分かり「やってみたい、やってみよう」と思い、

挑戦を繰り返しながら、達成感を得ることを積み重ねた。そして、学校で学習したこと

を家庭生活へと広げていくことで、本児の生活が豊かに変容していった。そうすること

で、自分に対する自信が芽生え、その自信が自身の生活を安定させ、周囲への心配りや

積極的な思考判断のある行動につながった。本児のこのような変容や成長の評価を家庭

と共有することで、保護者の意識や考え方にも影響を与えていると考えた。

また、教師は、将来について本児や保護者とより深く話し合う機会が増えたことで、

将来像の具体化とその共有ができた。そして、自ずと「生活に結び付く学習」「自立と

社会参加につながる学習」という思考が働いた。そうすることで、目標や内容の精選や

焦点化が行いやすくなり、授業改善に結び付いた。本児の変容や成長の喜びを家庭と共

有することで、教師側にも影響を与えていると考えた。

このように、「個に応じたカリキュラム・マネジメント」の充実には、マネジメント

の手順や流れの整理、学校と家庭間でのカリキュラムの共有はもちろんのこと、何より

も本児の目標達成や変容、成長を保護者とともに喜び合うことが必要不可欠である。こ

うした取組の共有が、学校と家庭だけでなく、本児を取り巻く地域や社会に広がること

で、本児の日常生活が一層充実していくことを実感することができた。

3 研究のまとめと今後の課題

(1) 研究のまとめ

「個に応じたカリキュラム・マネジメント」を行う際、「かなえるシート」を本人・保護者

とともに作成し、活用することで、教育支援計画や指導計画の補助的シートとして、具体的な

将来像をより明確にし、カリキュラムに反映できることを実感した。また、計画を充実させる

ばかりでなく、日々の学習活動の充実のための有益なツールにできるという手応えも感じた。

このように、「かなえるシート」を活用し、「カリキュラム・マネジメント-三つの側面-」

からアプローチを行うことで、教師の「個に応じたカリキュラム」へのマネジメント力の向上

を促すとともに、本人の生活の質的な向上につながる学習を行うことができ、このことは「個

に応じたカリキュラム・マネジメント」の充実につながったという成果として捉えている。

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また、本研究では個に焦点をあてて、カリキュラム・マネジメントに取り組んだ。そうする

ことで、本人を中心として、多くの関係者とカリキュラムを共有し、各所での役割分担も明確

にしながら取組を進めていくことができ、本人の生活の質的な向上につなげていくことができ

た。今回の学習指導要領において求められている「社会に開かれた教育課程」のための「カリ

キュラム・マネジメント」の理念を実現するのは、このような取組ではないかと考えている。

学校は、「どのように保護者や地域と『社会に開かれた教育課程』を共有しながら進めていく

のか」を一人ひとりの教師が意識し、追究していく必要があることを理解することができた。

(2) 今後の課題

課題は次の二つである。

一つ目の課題は、「かなえるシート」の目標を、個別の教育支援計画や指導計画の目標へと

関連付け、一貫性のある「個に応じたカリキュラム」にするためのさらなる検討である。本研

究は年度途中からの取組であり、支援計画や指導計画とのシートの関連性や反映の方法の整理

が不十分だったためである。今後は、年度当初にシートを作成し、年間を通じてマネジメント

に取り組みながら、課題解決を図っていきたい。その際には、ティーム・ティーチングのよさ

を生かして、複数でシートの作成に携わったり、教育計画を立案したりする。そうすることで、

シートの様式のみならず、マネジメントの方法の改善ができ、よりよい個に応じたカリキュラ

ム・マネジメントに取り組むことができると考えている。

二つ目の課題は、関係機関等との連携の在り方の検討である。今回の取組においては、自然

発生的なつながりや連携が多かった。支援体制のより一層の充実を図っていくためには、今後、

関係機関等とのネットワーク構築を意図的、計画的に行っていく必要がある。そのために尽力

していきたい。

【参考文献】

・文部科学省、『小学校学習指導要領解説 総則編』、東洋館出版、2017

・文部科学省、『特別支援学校教育要領・学習指導要領解説 総則編(幼稚部・小学部・中学部)』、開隆堂出版、

2018

・文部科学省、『特別支援学校教育要領・学習指導要領解説 自立活動編(幼稚部・小学部・中学部)』、開隆堂

出版、2018

・文部科学省、『特別支援学校教育要領・学習指導要領解説 各教科等編(小学部・中学部)』、開隆堂出版、

2018

・山口県教育委員会、『特別支援教育における「個別の指導計画」作成のために」』、2009

・山口県教育委員会、『「個別の教育支援計画」Q&A 及び記入例』、2007

・山口県教育委員会、『自立活動の指導の手引き』、2013

・厚生労働省、『いかにして自立を支えるか?自立支援のための仕組みづくりをめざして』、一般社団法人『民間

事業者の質を高める』全国介護事業者協議会、2014

・土井勝幸、『ケアプランに活かそう!自立に向けた、生活に基づくリハビリテーション』、一般社団法人 日本

作業療法士協会、2015

・徳永亜希雄、『特別支援教育におけるICF及びICF-CYの活用に関する研究』、独立行政法人 国立特別

支援教育総合研究所、2012

・横須賀市 障害とくらしの支援協議会 こども支援連絡会事務局、『サポートブック』