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整備新幹線向け析出強化型銅合金トロリ線

電線・ケーブル

1 はじめに

電気鉄道の電車はトロリ線からパンタグラフのしゅう動部分を介して電力の供給を受けている。近年，鉄道輸送力の増強が進められている中，電車の運行速度が高まり，パンタグラフの移動速度が架線の波動伝搬速度（架線が振動を伝える速度）に近づくことで離線（トロリ線とすり板が瞬間的に離れる現象）が増加し，安定した集電が困難となる問題 aや，列車本数の増加，運行が高密度化することでトロリ線の著しい摩耗や負荷電流の増加を招いている b。これらの対策として，波動伝搬速度を向上させ離線を生じ難くする目的として軽量で高強度なトロリ線が望まれており，また導電率，振動疲労特性，耐摩耗性や耐熱性の向上が求められている。そこで我々は，これらの要求を満たすトロリ線として，析出強化型銅合金の Cu-Cr-Zr合金を素材に用いた PHC

トロリ線（Precipitation hardened copper alloy Trolley

Wire）を開発した。本報では，このたび整備計画にある東北新幹線（八戸～新青森）および九州新幹線（博多～新八代）への採用が決まり納入を開始した整備新幹線向けPHCトロリ線について紹介する。

2 整備新幹線の概要

新幹線とは，国民経済の発展および国民生活領域の拡大ならびに地域の振興を図る目的に「全国新幹線鉄道整備法」に基づき建設され，主たる区間を列車が時速 200 km以上の高速度で走行できる幹線鉄道である。図 1には現在営業している線路及び基本計画ならびに整備計画路線を示す。

ここで整備新幹線は，北海道新幹線（新青森～札幌），東北新幹線（盛岡～新青森），北陸新幹線（高崎～大阪），九州新幹線（博多～鹿児島中央，新鳥栖～長崎）の 5線路が該当する。この中で，東北新幹線（盛岡～八戸：96 .6 km），北陸新幹線（高崎～長野：117 .4 km），九州新幹線（新八代～鹿児島中央：126 .8 km）の計 340 .8 kmが開業区間であり，北海道新幹線（新青森～新函館：148 .8 km），東北新幹線（八戸～新青森：81 .8 km），北陸新幹線（長野～金沢：228 .0 km，福井駅部：0 .8 km），九州新幹線（博多～新八代：130 .0 km，武雄温泉～諫早：44 .8 km）の計634 .2 kmが現在の着工区間である c。

図 1 新幹線の路線図（営業・整備計画・基本計画）Track chart of the Shinkansen

図 1 新幹線の路線図（営業・整備計画・基本計画）Track chart of the Shinkansen

整備新幹線向け析出強化型銅合金トロリ線Precipitation-hardened Copper Alloy Trolley Wires for the New Shinkansen Lines

三菱マテリアル株式会社堺工場

三菱マテリアル株式会社堺工場

ケーブル事業部電線システム部

ケーブル事業部電線システム部

ケーブル事業部電線システム部

長　俊之 大戸　路暁 細川　浩一 橋本　幸治 林　隆行■ T. Cho ■ M. Ohto ■ K. Hosokawa ■ K. Hashimoto ■ T. Hayashi

整備計画にある東北新幹線 (八戸～新青森 )および九州新幹線 (博多～新八代 )へのPHCトロリ線の採用が決まり納入を開始した。その整備新幹線向けPHCトロリ線について紹介する。〔キーワード〕トロリ線，銅合金，耐摩耗性，整備新幹線

We have started the delivery of Precipitation-Hardened Copper alloy (PHC) trolley wires for the new Shinkansen lines, Tohoku Shinkansen

(between Hachinohe and Shin-Aomori) and Kyushu Shinkansen (between Hakata and Shin-Yatsushiro).

This article introduces the PHC trolley wires used in the new Shinkansen lines.

〔Key words〕 Trolley Wire, Copper Alloy, Abrasion Resistance

三菱電線工業時報

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第 105号 2008年 10月

3 トロリ線の特徴

PHCトロリ線の特徴については過去報じている dが，改めてその特徴を述べるとともに，硬銅トロリ線およびすず入り銅合金トロリ線との特性の比較を表 1に示す。

a 『高強度』：引張強さ 531 MPa以上。b 『高導電性』：すず入り銅合金トロリ線と同等以上の導電率。

c 『高耐熱性』：軟化温度は 400℃以上と，硬銅線トロリ線に比べて 200℃程度高い。

d 『優れた耐摩耗性』：摩耗量は硬銅・すず入り銅合金トロリ線の 1 /2以下である。

e 『優れた耐食性』：主成分は銅（99 .2％以上）であり，純銅と同等の耐食性を有する。

f 『優れたリサイクル性』：銅が主体の単一構造であり，リサイクルが容易である。

表 1 PHCトロリ線の特性Properties of PHC trolley wires

トロリ線特　　性

硬銅トロリ線すず入り

銅合金トロリ線析出強化型銅合金トロリ線

GT

110 mm2

GT-SN

110 mm2

GT-PHC

110 mm2

引張荷重 kN 　≧ 38 .2 ≧ 40 .2 ≧ 59 .0引張強さ MPa （≧ 344） （≧ 362） （≧ 531）伸　　び ％ ≧ 3 .0 ≧ 2 .8 ≧ 2 .0導 電 率 ％ ≧ 97 .5 ≧ 70 .0 ≧ 76 .0質　　量 g/m 987 .7± 2％ 982± 2％ 991 .0± 2％曲　　げ 回 ≧ 8 ≧ 8 ≧ 8

耐 熱 性％

（kN）―

≧ 90 .0（注 1）（≧ 36 .2）

≧ 90 .0（注 1）（≧ 53 .1）

焼鈍軟化特性

―

0

100

200

300

400

500

600

加熱温度〔℃〕×（１時間保持）

引張強さ〔Mpa〕

GTGT-SNGT-PHC

0 100 200 300 400 500 600 700 800

高温引張特性

―

0 100 200 300 400 500 600 700 800加熱温度〔℃〕×（10分間保持）

GTGT-SNGT-PHC

0

100

200

300

400

500

600

引張強さ〔Mpa〕

耐摩耗性（注 2）

― 1 1 .4 3 .2

注 1） 加熱条件 GT-SN:300± 10℃× 2 h，GT-PHC：400℃± 10℃× 2 h

注 2）GTを 1としたときの摩耗量の比率の逆数

表 1 PHCトロリ線の特性Properties of PHC trolley wires

トロリ線特　　性

硬銅トロリ線すず入り

銅合金トロリ線析出強化型銅合金トロリ線

GT

110 mm2

GT-SN

110 mm2

GT-PHC

110 mm2

引張荷重 kN 　≧ 38 .2 ≧ 40 .2 ≧ 59 .0引張強さ MPa （≧ 344） （≧ 362） （≧ 531）伸　　び ％ ≧ 3 .0 ≧ 2 .8 ≧ 2 .0導 電 率 ％ ≧ 97 .5 ≧ 70 .0 ≧ 76 .0質　　量 g/m 987 .7± 2％ 982± 2％ 991 .0± 2％曲　　げ 回 ≧ 8 ≧ 8 ≧ 8

耐 熱 性％

（kN）―

≧ 90 .0（注 1）（≧ 36 .2）

≧ 90 .0（注 1）（≧ 53 .1）

焼鈍軟化特性

―

0

100

200

300

400

500

600

加熱温度〔℃〕×（１時間保持）

引張強さ〔Mpa〕

GTGT-SNGT-PHC

0 100 200 300 400 500 600 700 800

高温引張特性

―

0 100 200 300 400 500 600 700 800加熱温度〔℃〕×（10分間保持）

GTGT-SNGT-PHC

0

100

200

300

400

500

600

引張強さ〔Mpa〕

耐摩耗性（注 2）

― 1 1 .4 3 .2

注 1） 加熱条件 GT-SN:300± 10℃× 2 h，GT-PHC：400℃± 10℃× 2 h

注 2）GTを 1としたときの摩耗量の比率の逆数

4 トロリ線の仕様

整備新幹線の電車線は，架線構造が高張力のシンプル架線で断面積 110 mm2のトロリ線を採用しており，トロリ線の架線張力は 19 .6 kNであることから，これに用いるトロリ線の特性は，高強度であることが要求される。表 2には整備新幹線に適用される PHCトロリ線の仕様を示す。これより，PHCトロリ線（GT-PHC110 mm2）は，

59 kN以上の強度で 76％以上の導電率を有したもので，張力 19 .6 kNで架線された場合にトロリ線の波動伝播速度は時速 500 kmを超えることになる。なお，架線された PHCトロリ線は，表示プレートに刻印された線種・サイズにより識別できるようにしている。

5 PHCトロリ線の品質管理

整備新幹線向けのトロリ線は，高強度を有する特性が求められ，この要求に応じる PHCトロリ線は，図 2に示

表 2 整備新幹線向け PHCトロリ線の仕様Specifications of PHC trolley wires for the new Shinkansen lines

仕　　　　様種　　類 みぞ付析出強化型銅合金硬銅品名記号 GT-PHC公称断面積 110 mm2

成分

Cr 0 .25～ 0 .45 wt％Zr 0 .05～ 0 .15 wt％Si 0 .01～ 0 .05 wt％Cu 99 .20 wt％以上

性能

導 電 率 76％以上引張荷重 59 .0 kN以上伸　　び 2 .0％以上

試験

曲げ試験 8回以上

耐熱試験加熱条件：400± 10℃× 2時間

引張荷重の低下率が加熱前の 10％以下成分確認試験 荒引材 1条毎に 1箇所以上横断面組織確認試験

トロリ線で荒引材 1条毎に 1箇所

寸法

A 12 .34 mm± 1 .0％

ＡＦＲ

ＲＲ

Ｂ

ＣＤＥ

Ｇ

Ｈ

B 12 .34 mm± 2 .0％C 6 .58 mm（参考値）D 7 .27 mm± 2 .0％E 9 .75 mm± 2 .0％F 1 .7 mm（参考値）G 27°（参考値）H 51°（参考値）R 0 .38 mm（参考値）

質　量 991 .0 g／m± 2 .0％

荷造りおよび表示

荷造 木製ドラム／横巻

表示

品名記号，種類，条長，正味質量，総質量，ドラム番号製造年月，製造社名，

巻方，ドラム回転方向

表示プレート（標識）

ＰＨＣ１１０

０７ ０９

製造年月社章

線種

表 2 整備新幹線向け PHCトロリ線の仕様Specifications of PHC trolley wires for the new Shinkansen lines

仕　　　　様種　　類 みぞ付析出強化型銅合金硬銅品名記号 GT-PHC公称断面積 110 mm2

成分

Cr 0 .25～ 0 .45 wt％Zr 0 .05～ 0 .15 wt％Si 0 .01～ 0 .05 wt％Cu 99 .20 wt％以上

性能

導 電 率 76％以上引張荷重 59 .0 kN以上伸　　び 2 .0％以上

試験

曲げ試験 8回以上

耐熱試験加熱条件：400± 10℃× 2時間

引張荷重の低下率が加熱前の 10％以下成分確認試験 荒引材 1条毎に 1箇所以上横断面組織確認試験

トロリ線で荒引材 1条毎に 1箇所

寸法

A 12 .34 mm± 1 .0％

ＡＦＲ

ＲＲ

Ｂ

ＣＤＥ

Ｇ

Ｈ

B 12 .34 mm± 2 .0％C 6 .58 mm（参考値）D 7 .27 mm± 2 .0％E 9 .75 mm± 2 .0％F 1 .7 mm（参考値）G 27°（参考値）H 51°（参考値）R 0 .38 mm（参考値）

質　量 991 .0 g／m± 2 .0％

荷造りおよび表示

荷造 木製ドラム／横巻

表示

品名記号，種類，条長，正味質量，総質量，ドラム番号製造年月，製造社名，

巻方，ドラム回転方向

表示プレート（標識）

ＰＨＣ１１０

０７ ０９

製造年月社章

線種

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整備新幹線向け析出強化型銅合金トロリ線

す製造工程および品質管理項目が適用される。

PHCトロリ線は，析出強化型銅合金を素材に用いており，無酸素銅に Cr，Zr，Siを添加し鋳造・圧延した後に熱処理して得られる荒引材を，途中に皮剥を施しながらトロリ線形状に仕上げるが，その過程には固溶した合金元素を析出分散させる熱処理が含まれる。ここで仕上がったトロリ線を注文に応じた条長に計尺しながら出荷ドラムに巻き取り，梱包・印刷表示を行い，PHCトロリ線は完成する。なお，この一連の製造工程の中で，荒引材圧延工程，伸線工程及び仕上げ製品の計尺巻替工程においては，渦流探傷による欠陥探索を実施している。図 3は計尺巻替工程での渦流探傷装置を示す。この計尺巻替における渦流探傷装置は，欠陥検出信号の位相を回転させることによりノイズ信号と分離し，従来の渦流探傷装置に比べ高精度で欠陥探索可能な回転位相型を用いている。

GT-PHCトロリ線

Cr＝0.25～0.45 wt％Zr＝0.05～0.15 wt％Si＝0.01～0.05 wt％

◆温度◆速度◆成分

渦流探傷装置

渦流探傷装置

渦流探傷装置

◆温度◆時間 ◆外観

◆寸法（皮剥量）

■外観■寸法■引張試験■導電率■巻き量

◆温度◆時間◆外観

■外観■寸法■引張試験■導電率

■外観■寸法■引張試験■導電率■耐熱性■曲げ■質量

◆表示内容◆荷姿外観

◆条長◆質量

◆温度◆外観◆巻き量

電気銅

鋳 造

圧 延

熱処理

荒引材

伸 線

皮 剥

伸 線

熱処理

伸 線

トロリ線

計尺巻替

梱包表示

図 2 PHCトロリ線の製造工程・管理項目Manufacturing process and the management of PHC trolley wires

GT-PHCトロリ線

Cr＝0.25～0.45 wt％Zr＝0.05～0.15 wt％Si＝0.01～0.05 wt％

◆温度◆速度◆成分

渦流探傷装置

渦流探傷装置

渦流探傷装置

◆温度◆時間 ◆外観

◆寸法（皮剥量）

■外観■寸法■引張試験■導電率■巻き量

◆温度◆時間◆外観

■外観■寸法■引張試験■導電率

■外観■寸法■引張試験■導電率■耐熱性■曲げ■質量

◆表示内容◆荷姿外観

◆条長◆質量

◆温度◆外観◆巻き量

電気銅

鋳 造

圧 延

熱処理

荒引材

伸 線

皮 剥

伸 線

熱処理

伸 線

トロリ線

計尺巻替

梱包表示

図 2 PHCトロリ線の製造工程・管理項目Manufacturing process and the management of PHC trolley wires

6 トロリ線の納入

整備新幹線の計画線路で，着工区間の一部工区は，トロリ線の架線工事が始まっている。ここには，前述 4項に記す品質管理の下，製造された PHCトロリ線が納入されている。図 4 -1～ 4 -3には PHCトロリ線の架線状況を示す。

図 3 渦流探傷装置Eddy Current Flaw Detectors

図 3 渦流探傷装置Eddy Current Flaw Detectors

図 4 -1 PHCトロリ線の架線状況① Installed PHC trolley wires (Part I)

図 4 -1 PHCトロリ線の架線状況① Installed PHC trolley wires (Part I)

図 4 -2 PHCトロリ線の架線状況② Installed PHC trolley wire (Part II)

図 4 -2 PHCトロリ線の架線状況② Installed PHC trolley wire (Part II)

三菱電線工業時報

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第 105号 2008年 10月

7 む す び

当社は整備新幹線の仕様に適合し，適正な品質管理の下に製造した PHCトロリ線の納入を開始した。今後も，計画通りに工事が進捗・完遂するように万全の体制で臨む所存である。

謝　辞本トロリ線の開発にあたり，御協力頂いた（財）鉄道総合技術研究所殿，ならびに仕様設定において御指導頂いた（独）鉄道建設・運輸施設整備支援機構殿に深く感謝の意を表明する。

参考文献a 鉄道総合技術研究所編．電車線とパンタグラフの　特性.研友社, 1993.

b 岩瀬．集電技術アラカルト．研友社, 1998, p.26～28.

c 独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構のHP.

d 長沢ほか．析出強化型銅合金トロリ線の開発（第二報）．三菱電線工業時報．（95）, 1999, p.33～39.

PHCトロリ線

図 4 -3 PHCトロリ線の架線状況③ Installed PHC trolley wire (Part III)

PHCトロリ線

図 4 -3 PHCトロリ線の架線状況③ Installed PHC trolley wire (Part III)