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Studies of Broadcasting and Media 災害時のデジタルメディア ─東日本大震災が示した災害時にソーシャルメディアと デジタルサイネージを活用する際の課題─ 関谷直也(東洋大学) 1 ソーシャルメディアを活用した緊急時の情報伝達 緊急時に被災地でソーシャルメディアを活用することの難しさ 緊急時に非被災地域でソーシャルメディアを活用することの難しさ ソーシャルメディアが活用された事例 今後の災害時のソーシャルメディアの活用 2 デジタルサイネージを活用した災害時の情報伝達 3 月 11 日以降のサイネージ デジタルサイネージが災害情報を放映した理由 デジタルサイネージを使って災害情報を配信することの難しさ 今後の災害時のデジタルサイネージの活用

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Studies of Broadcasting and Media

災害時のデジタルメディア─東日本大震災が示した災害時にソーシャルメディアと

デジタルサイネージを活用する際の課題─

関谷直也(東洋大学)

1 ソーシャルメディアを活用した緊急時の情報伝達緊急時に被災地でソーシャルメディアを活用することの難しさ緊急時に非被災地域でソーシャルメディアを活用することの難しさソーシャルメディアが活用された事例今後の災害時のソーシャルメディアの活用

2 デジタルサイネージを活用した災害時の情報伝達3月 11日以降のサイネージデジタルサイネージが災害情報を放映した理由デジタルサイネージを使って災害情報を配信することの難しさ今後の災害時のデジタルサイネージの活用

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関谷直也(せきや・なおや)

東洋大学社会学部メディア・コミュニケーション学科准教授1975 年新潟県生まれ慶應義塾大学総合政策学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科社会文化研究専攻社会情報学専門分野博士課程中退。日本学術振興会特別研究員DC1,東京大学大学院情報学環助手,東洋大学社会学部講師などを経て現職。東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会技術・調査参事,日本災害情報学会東日本大震災調査団団長など。専門:災害情報・環境情報の社会心理主な著書:『風評被害 そのメカニズムを考える』光文社新書,2011 /『「災害」の社会心理』KKベストセラーズ,2011 /『環境広告の心理と戦略』同友館,2009

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「東日本大震災では,ソーシャルメディアが使えた」とよく言われる。だが,それは本当なのであろうか。あまり知られていないが,東日本大震災において都内の帰宅困難者を対象としてデジタルサイネージを活用した情報伝達も行われた。近年,これら新たに利用されるようになってきたメディアは災害時には有効なのであろうか。デジタルサイネージやソーシャルメディアを用いたビジネス上のメディア

の展開そのものに関心がある人々にとっては,「震災では役に立った」という言説,記憶だけで十分かもしれない。だが,これらを活用して,住民,従業員,生徒の生命を救い,防災・減災にも役立てるための災害時の情報伝達を考えたり,新たな防災ツールを開発したりしようという視座からは,ソーシャルメディアやデジタルサイネージなどの新しいメディアが災害の局面でどのように活用できるのか,どのような欠点を持っているかをきちんと冷静に評価する必要がある。本論では,東日本大震災においてこれら新しいメディアがどのように活用されたのか,今後どのように活用すべきなのかについて論じていく。

1 ソーシャルメディアを活用した災害時の情報伝達

ソーシャルメディアとは,人々の情報のやりとりそれ自体がコンテンツとなって成立するメディアを指す。インターネットを用いて,ブログ,短文を投稿するミニブログ,テキスト,写真,リンク,チャット,動画などを共有するものをソーシャルメディアという。Twitterや mixi,Facebook,広い意味では YouTubeや USTREAMといった動画共有まで含む。本論ではこれらに加え,一般的なネット利用まで範ちゅうに含め,スマートフォンや携帯電話などを通じて利用することを前提で考察し,分析することにしたい。

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緊急時に被災地でソーシャルメディアを活用することの難しさ

①ソーシャルメディアによる情報発信の困難まず,そもそも情報伝達や情報収集において,インターネット,ソーシャルメディアが災害時に活用できるのかという点について考えてみたい。そもそも東日本大震災において「ソーシャルメディアが緊急時に活用できた」ということ自体が,ある意味「神話」である。もともと災害時に使うことを想定して作られていないソーシャルメディアが,災害時に活用できるかというと必ずしもそうではない。

2011年 4月,宮城県において避難所に避難した 20歳男女 451名を対象に,サーベイリサーチセンターが行ったアンケート調査では,「地震発生から数日間,情報入手の手段が限られる中で,災害に関する情報は主にどこから入手しましたか」との問いに対して,回答は,ラジオ 61.9%,新聞 31.0%,口コミ 29.0%,テレビ 13.3%,Twitterや SNSは,1.8%となっている(サーベイリサーチセンター,2011a)。

2011年 9月から被災地沿岸 54市町村 1万 601名を対象として行った国土交通省の第三次現況調査によれば,「大津波警報を知った媒体」としては,5,345人中,防災行政無線 51.9%,民放ラジオ 16.9%,NHKラジオ 11.4%に対し,インターネットは 0.2%にすぎない。「地震発生後から日没までの間,避難や津波に関する情報を得るのに次にあげる情報源はあなたにとって役にたったと思いますか」という問いについて,ラジオ 39.8%,近所や家族25.0%に対して,ホームページと回答した人は 0.3%,ソーシャルメディアと回答した人は 0.3%にすぎない(国土交通省都市局街路交通施設課,2012)。なお,震災時のソーシャルメディアの利用に関する調査のレビュー(堀川,

2012)によれば,ほかにも利用率が若干高く出ている調査結果はあるものの,これらはネット利用者に限定したウェブ調査であり,かつ津波被災地外の東北地方全体,被災県全域で行った調査であったり,関東在住者に行った調査であったりする。「利用した」,「役に立った」などさまざまな聞き方ではあ

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るが,いずれも多くて 1~2割の回答率であった。すなわち被災者にとって,直後の津波情報の伝達,その後の被災地向けの

情報としては,防災行政無線,ラジオ,ある程度時間が経過してからは新聞という電気によらないオールドメディアが役に立っていた。携帯電話やスマートフォン,PCを利用する Twitterや SNSなどのソーシャルメディアはもとより,テレビ,固定電話も含め電気を使うメディアは,あまり活用されていないのが実態である。

②ソーシャルメディアによる情報収集の困難では,ソーシャルメディアを活用して緊急時の被災情報の情報収集

4 4 4 4

は可能だったのであろうか。

Twitterが人命救助に役に立ったエピソードとしてよく引き合いに出されるのが,気仙沼市中央公民館に避難していた人の情報伝達の経緯である。そこに避難していた人からのメールでの連絡を元に,ロンドン在住の家族からその避難情報が Twitterで発信され,猪瀬直樹副知事(当時)が知るところとなって東京消防庁に伝わり,そこに避難していた 446名が救助されたというものである。猪瀬直樹副知事は Twitterの文章の 5W1Hがしっかりしているから信憑性があると判断したという。もちろん,救出自体は素晴らしい話である。だが,この Twitter活用事例を教訓として,次に生かすということは極めて困難である。その理由を挙げてみよう。第 1に,この気仙沼市は基地局が浸水を免れたという特殊な地域であったということである。停電と浸水によって津波の浸水区域の大部分は,浸水直後から数十日間,電話・ソーシャルメディアは不通であったが,気仙沼市はNTTドコモの基地局が若干高台にあり,直接的には津波の浸水を免れ,外部電源が途絶えても,非常用電源によって 10時 37分まで疎通が可能であった。被災地沿岸部で唯一,気仙沼市がソーシャルメディアを当日夜まで利用できたのは例外である。

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第 2に,平時と異なり,災害時に情報を基にして救助されるということ自体が困難なことである。例えば東京都では平成 25年現在,331台の救急車を有するが(東京消防庁,2013),これは 3万 9,984人に 1台の割合でしかない。消防・救急に関しては,平時に対応できる体制を考えているのであり(1),そもそも大規模な災害ではすべての救助・救急搬送要請に対応できるだけの十分な台数が用意されているわけではない。東日本大震災において,津波の襲来前であっても後であっても,多くの人は自力で避難している。また,多くのビルの高層階や避難場所に避難者,要救助者が残っていたが,その方々は救助情報がないまま警察,消防,自衛隊によって救助されている,もしくは自力で脱出しているという事実を直視する必要がある。地震直後に,消防庁長官が緊急消防援助隊の出動指示を行い,気仙沼市には東京消防庁,仙台市には横浜市消防局,大

おおつち

槌 町ちょう

には大阪市消防局,いわき市には静岡市消防局が救援に入った。東京消防庁は 12日未明から気仙沼市で救助・消火活動を開始し,4,600人を被災地消防機関と連携して救助している。自衛隊は約 2万人を救助している。これらは被災者からの救援情報がないまま行われているが,これは緊急事態の救助としては当然のことである。第 3に,救援情報に限らず,震災後,情報発信者や災害対応の責任者に対するメッセージは氾濫する。かつ,そこから事実を伝えている重要な情報を選別することは極めて困難である。気仙沼市危機管理課では,Twitterを用いて 10時 37分までに 62回発信を

行った。その間,フォロワーは増加していき,リプライ(返信)やダイレクトメッセージ(DM)などのさまざまな情報提供を受けたものの,それらを見たり返信したりする余裕はなかったという。

(1)消防法第 35条の規定で,「市町村に配置する救急自動車の数は,人口 15万以下の市町村にあってはおおむね人口 3万ごとに 1台を基準とし,人口 15万を超える市町村にあっては 5台に人口 15万を超える人口についておおむね人口 6万ごとに 1台を加算した台数を基準」とすることになっている。

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岩手県の Facebookを発信していた担当者によれば,この Facebookアカウントに対し大量の救助の要請もあったという。だが,そのメッセージは大量すぎて,それらの真偽を判断したり,事態を把握したりすることは困難であったという。情報が歪んで伝達されているものを連絡してくるもの,情報が古くなっているもの,匿名の悪意のリプライなども少なくなかったという。それは,救助情報に限定しても変わらない。気仙沼市と南三陸町を管轄する気仙沼・本吉消防本部において Twitterでの情報から覚知した救助事案は3月 20日までに 7件あった。消防本部としては,事案として覚知した以上は救助に向かう必要があり,消防力が低下している中でも救助・確認作業に向かった。だが 7件中 5件は誤報であった(2)。災害直後においては,通常の情報量とは比べ物にならないほどの情報が

入ってくる。ソーシャルメディアを利用した情報の収集は,救助情報のみならず,誤報との戦いやさまざまある雑多な情報の中から有用な情報を選別という困難な課題を抱えるのであり,そう簡単にはできないこと認識する必要がある。個々人の発信者のリテラシーを高めるのは重要であるが,全ユーザーのリテラシーを高めるというのは現実的ではない。直後の緊急時の情報発信にはさまざまな課題があり,現段階で克服しえるものとは言えない。現段階では,既存のソーシャルメディアは,人命にかかわるような救援情報,被害情報の収集には活用しがたいというのが現実である(3)。

③ソーシャルメディアの技術的課題──電気と通信の問題そもそもソーシャルメディアが利用できるか否かは,電気と通信の疎通に依存する。災害によって激甚な被害を受けるということは,電話や通信網に依存するソーシャルメディア,インターネットにとっては,停電,輻

ふくそう

輳,基

(2)気仙沼・元吉消防本部へのヒアリングによる。(3)なお,現在消防庁でLINEや Twitterを用いて119番通報を行うことを検討しているところであるが,最終的な運用策は公的にはまだ公表されていない。

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地局・中継局のトラブルなどによって,利用が困難になることを意味する。東日本大震災において津波の浸水区域の大部分は,数日間から数十日間,電話・ソーシャルメディアは不通であった。これは,個々の携帯電話の電池の枯渇や通信のふくそうだけではなく,通信事業者の直接的な被災が大きな要因として挙げられる。物理的に倒壊・流失・浸水を逃れた基地局も,非常用電源が枯渇し,自家発電装置なども燃料が切れ,多くの基地局が停波した。3月 11日ではなく,3月 12日から 3月 13日が停波局数のピークであることがそれを示している。ピーク時には通信回線は 190万回線が寸断し,被災基地局 1万 5,000局が停止している(総務省,2011)。先述の気仙沼市は例外であったのである。なお,Facebookや Twitterによる情報発信で有名になった岩手県庁や気仙

沼市の場合も,地震の揺れにより,庁内の LANおよびサーバーが使えなくなり,もともとのシステムでの情報発信ができなくなってしまったことも Facebookや Twitterを使った理由の 1つであった。その意味では代替手段,副次的な手段なのである。かつ,Twitterをはじめとするソーシャルメディアは,基本的には,若者

層,都市部において多くの人に利用されているメディアである。かつインターネット上においても利用率 2~ 3割のメディアである。メディアの実務に携わる人やマーケティング関係者には強い関心を引きつけるものの,決して頒布力を持ったメディアではないということを忘れてはならない。これを踏まえて震災時のメディア利用を考えなくてはならない。もちろん災害時に,あらゆる手段を使って 1人でも多くの人を救うという発想からすれば,意味があるツールかもしれない。広域災害であるほど利用者が少ないメディアでも有効な意味を持ちうるから,利用者が少ないからといって意味がない訳ではない。気仙沼市では「1人でも,救うために」可能性のある限りにおいて Twitterで避難に関する情報を発信し続けた。それによって助かった人が 1人でもいたかどうかはわからない。だが,現実的には地域外の人に気仙沼の状況を伝え,その後の支援を呼び込むという別の意味

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で,結果的に4 4 4 4

役に立ったと市の担当者は懐述している(杉本・古川,2011)。東日本大震災の被災者

4 4 4

の中でソーシャルメディアが役に立ったという人は極めて少ないという事実は認識しておく必要があろう。

緊急時に非被災地域でソーシャルメディアを活用することの難しさ

①ソーシャルメディアと流言震災後,特に,首都圏を中心として停電しなかった地域においては,

Twitterや Facebookなどが情報交換の舞台としてとりわけ注目が集まった。ネットの情報は広がるスピードが段違いに速い。同じ情報が一気に何百人,何千人単位で広がっていく。Twitterを例にとれば,1日の平均ツイート数は普段は約 1,800万件程度であるが,3月 11日当日は,約 3,300万件と増加し,また震災後は普段より平均 20%増加したという(NECビッグローブ,ibid)。この状況下で,Twitter,チェーンメールを通じて流言が広まっていくこととなった。地震発生後,首都圏で「コスモ石油精製工場が爆発事故を起こし,それが原因で有害化学物質を含んだ雨が降る。人体に危険なので,気をつけてください」という流言が広まっていった。ほかにも,「○○市で食料が不足しています。○○市に送ってください。このメールをなるべく多くの人に送ってください」などの情報が(虚偽のうわさや正しい情報が混在した状態で)Twitterやチェーンメールを通じてやりとりされた。サーベイリサーチセンターと筆者が行った調査(サーベイリサーチセン

ター,2011b)によれば,今回の災害で,最も流布したうわさは,先に述べた「有害化学物質を含んだ雨が降る」といううわさである。東京・千葉・埼玉・神奈川で 24.9%,特に石油精製工場の位置する千葉の人において 34.0%の人がこの情報を受け取っている。この情報が広がっていったのは,3月 11

日の地震直後である。なお,ある地域の 2割から 3割の人が,1日のうちに特定の流言を聞いたというような事例は過去にない。流言拡大の中核がネットであり,首都圏ではネットを使える状況であったからこその頒布力を示しているといえよう。緊急対応として情報伝達を行うというものから,不安な

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ためにコミュニケーションを取り合うという程度のものまで,ありとあらゆる情報のやりとりが活発化したのである。このコミュニケーションの活発化の原因は,「不安」と圧倒的な報道量にもかかわらず,信じるに足る「確定的な情報」を得ることができなかったからである。過去の研究知見をまとめると,流言が発生する主たる要因は「不安」である(川上,1997)。東日本大震災での不安とは,大地震,巨大津波,原発事故など自分たちに降りかかるハザードを恐れる不安だけではない。報道される原発と壊滅的な被災エリア以外の被害の全体像や安否がわからないことによる不安,被災者に食料・薬・医療が届かなければ助かるはずの人が命を落としてしまう,支援が届いているかどうかなどの不安も含んでいた(サーベイリサーチセンター,2011b)。また,いまひとつは「確定的な情報」の不足である。災害などの発生によってニュース欲求が高まっているにもかかわらず,災害などを原因として報道機関という制度的チャネルが麻痺したとき,供給されるニュースの量を人々のニュース欲求が上回るとき,すなわち情報が不足したとき,その隙間を埋めあわせるように流言が生じるとされる(タモツ・シブタニ,1985= 1966)。東日本大震災においては,メディアから大量の情報が報じられたものの,福島第一原子力発電所に関する情報を中心に,信じるに足る「確定的な情報」を人々は得られなかったのである。とはいえ,震災後に誤情報だけが増加したわけではない。平時と比べれ

ば,正しい情報も圧倒的に多く発信されている。人々が情報を入手しようとし,必要と思うから発信する,その結果として誤った情報も一定程度そこに含まれるということである。また,ソーシャルメディアの特性として,一度発信された情報がいつまでもネット上に残るため,正しい情報も誤った情報も,そして発信時には意味を持っていても時間が経過し「正しくなくなった情報」も,ない交ぜになって情報として蓄積されていった。このような状況で,流言飛語が相対的に増えたように見えていることにも留意する必要がある。

Twitterでは,直後,「#prayforjapan」という,人々が被災者を心配し,応

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援する気持ちを共有するつぶやきが行われたが,これが感情の共有という本来のソーシャルメディアの使われ方ということもできよう。「不安」によってコミュニケーションを活発化させ,感情を共有し,不安を緩和させようとしたのである(関谷,2012a)。そもそも,ソーシャルメディアの役割とは,何気ない友人の日常の様子を語り,情緒的な情報をやりとりして感情を共有し,心理的な充足を得たり,情報に対する渇望を潤すためのツールである。災害時に正確な情報をやりとりするためのツールではない。このことを認識しておくことが重要であろう。

②ソーシャルメディアと帰宅困難者2011年 3月 11日には帰宅困難者が問題となった。ただし,首都圏は停電

もせず,通信も使えたので,このときの問題は「自宅に帰れないこと」,その結果「困った」「大変だった」ということである。本質的な生命を脅かす防災上の課題とはいえない。だが,今後の災害を考えて検討しておこう。このとき首都圏では通信が通じた。とはいえ,インターネットが役立ったという人は多くはない。2011年 3月に行った調査では,首都圏の人に対する調査において,地震が起こってから 1時間以内に,情報を得るのに役立ったものは何かと聞いたところ,NHK(53.7%),民放テレビ(30.6%),インターネット(25.5%),携帯電話メール (19.9% ),携帯電話(19.8%),携帯電話のワンセグ機能(15.8%)が挙げられた(関谷・廣井,2011)(4)。この 3月 11日における帰宅困難の経験を前提に考えると,防災対策を誤っ

(4) なお,震災前,「帰宅困難者」問題として,災害時には家族を心配する人が多いので帰宅しようとするのだ,だから家族との安否確認が重要だ,といわれていた。だが,実際にはそれは重要ではなかった。帰宅しなかった人が「帰宅しない」と判断した理由は,「交通機関の復旧の目途が立たなかったから」がいちばん多く(77.2%),次いで「徒歩で自宅まで帰るのは難しいから」(48.9% ),「職場や家族と連絡が取れたから」(20.8% )であった。そして,今後,もし,このような状況になったとしたら知りたいこととして挙げられたことも,「公共交通機関の運行状況」(66.1%),「通行可能な道路情報」(46.4%),「地震規模や被害,余震に関する情報」(58.4%)と,交通情報と災害そのものの情報であった。帰宅をあきらめるためには,公共交通機関の情報こそが重要で,家族との安否確認の重要性は低かったのである。

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た方向に導く可能性がある。ポイントは「火災」と「群集雪崩」である。首都圏では大規模地震時には延焼火災が危惧されている。想定されている避難者,帰宅困難者の移動行動は基本的には,都心部から郊外へ向けての移動である。鉄道が停止した段階において帰宅を断念した人以外は,道路網を使って帰宅する。詳しく見ると,都心部では両方向,郊外では主に郊外方向に向かって道路は渋滞し,その方向に歩行者も動く。この帰宅する方向に火災が発生している場合は,人々(群集流)は逆方向に引き返すしかない。だが,逆方向に向かう動きが発生するということは,それとほぼ同じ人数だけ帰宅する方向に向かう人々(群集流)が存在し,それがぶつかることになる。交通整理もままならないので,混乱は長期化することも考えられる。そうまではいかなくても,大量の人がある 1か所に集まり動けなくなり,延焼火災に巻き込まれてしまったり,将棋倒しのようになり「群衆雪崩」が発生したりする可能性がある。かつ,ソーシャルメディアがこの混乱を助長する可能性もある。避難所情報が混乱を発生させる可能性も否めない。事実 3月 11日には,Twitterやメールなどで都心部の避難所情報が「拡散」され,本来,避難場所ではない特定の所(青山学院大学など)に帰宅困難者が集中するという現象が起きている。現在,避難所情報を示したり,さまざまな帰宅困難時に活用するアプリが開発されたりしているが,これらは特定の情報によって人々をある場所に集めてしまう可能性があることを示している。ソーシャルメディアが新たな危険を生む可能性も考慮しなければならない。特定の場所(避難場所)に人が集中すれば,群衆雪崩のような状況が起きる可能性もあるからである。

ソーシャルメディアが活用された事例

東日本大震災でソーシャルメディアが活用された事例というのは限られた場面である。もちろん先述したように,そもそも停電せず,疎通が可能な状況でのみソーシャルメディアは活用される。具体的にはどのような状況で活用されたのであろうか。

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①マスメディア情報の中継機能ソーシャルメディアは,マスメディアやほかのメディアとの連携が容易であり,この活用された例がいくつかある。第 1に,ソーシャルメディアはマスメディア発の情報を媒介するものと

して有効であったということである(NECビッグローブ,2011)。例えばTwitterでは,マスメディア発の情報が多く流通した。表 1は,震災 1か月後のツイートの中で被リンクされたドメインのランキングである。1位NHK,3位 asahi.com,4位 47NEWSと,基本的にはマスメディアの情報が引用され,ツイートされていることがわかる。2位には東京電力が上がっている。出所のしっかりした情報が,求められたのである。第 2に,特に映像を中心とした他メディアとの連動である。広島に住む

中学生 2年生が USTREAMで違法に NHKの実況中継を始めた。結果的には,これがきっかけとなってサイマルでのインターネット放送が始まった。NHKは午後 6時過ぎに正式に中継を許諾,午後 9時頃からは USTREAMで公式にサイマル配信を開始した。その後,ほかの放送局も同様に USTREAM

で配信を行った。ただ,被災地においてはテレビの視聴すらもままならない

表 1 Twitter で被リンクされたドメインランキング(NEC ビッグローブ,2011)3月 11日〜 4月 10日 被リンクドメインランキング〈引用の多かった代表的な記事〉

1 NHK:各放送局災害情報 http://www3.nhk.or.jp/

2 東京電力:計画停電グループ PDF http://www.tepco.co.jp/

3 asahi.com(朝日新聞社):〈福島第二原発 3号機,原子炉停止に成功 東電─東日本大震災〉 http://www.asahi.com/

4 速報─ 47NEWS(よんななニュース) http://www.47news.jp/

5 Google Person Finder(消息情報):2011 東日本大震災 http://japan.person-finder.appspot.com/

6 USTREAM:〈フリージャーナリスト─岩上安身によるUSTREAM〉 http://www.ustream.tv/

7 アメーバブログ http://ameblo.jp/

8 Googleマップ〈東京都内避難所〉 http://maps.google.co.jp/

9 Livedoorブログ:〈MIT研究者 Dr. Josef Oehmenによる福島第一原発事故解説〉 http://blog.livedoor.jp/

10 毎日 jp(毎日新聞) http://mainichi.jp/

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状況であったので,ましてインターネットでテレビ放送を見るという人は皆無であろう。主に,海外に住む日本人,日本に関心を持つ人が,ネットを介して震災に関連するニュースを視聴するというこの恩恵を受けたようである。また,ニコニコ生放送では原発事故,震災に関連する政府,東京電力などの記者会見についてほぼすべて生中継を行った。また YouTubeを使って支援物資,募金の呼びかけなどが行われた。なお,普段からネット上の情報は,人々のオリジナルな情報発信だけではなく,マスメディア発の情報が多いことは周知の事実である。このマスメディア情報をソーシャルメディアの利用によって広めていくというのは,もともとのソーシャルメディアの使い方の 1つでもある。つまり首都圏やそれ以外の被災がほとんどない地域,すなわち,東北地方以外の電気・通信の環境が平時に極めて近い地域では,通常の延長線上でソーシャルメディアが活用されたともいえるのである。

②被災地内から被災地外への情報発信,被災地外での情報共有ある程度時間が経過してから,被災地のローカルなメディアによる被災地外への情報発信,全国へ向けての情報発信も行われた。これは被災地の情報を得たいという人,被災地に関心のある被災地外の人にとっては有効であった。岩手県や気仙沼市のように被災自治体が,また被災地の地元テレビ,地元ラジオ,地元新聞社が Twitterや Facebook,YouTubeによって情報発信を行った。河北新報のように紙面を PDFで配信したり,ラジオ福島のようにUSTREAMで放送を配信したりといった例がある。Twitterや Facebook,ブログや USTREAMを活用した情報発信は現在でも継続的に行われている。また岩手県など自治体の情報発信やメディア発の情報がボランティアに

よって海外向けに翻訳された。これも被災地内から被災地外への情報発信の形態の 1つである。もちろん,ソーシャルメディアは双方向の情報のやり取りがそもそもの本来的な使い方であることは間違いない。だが,一方向的な情報伝達に使って

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ならないという決まりはない。ある程度の時間が経過するまでは,ソーシャルメディアはマスメディア的な一方向的な情報伝達として活用された。また,被災地発ではないが被災地外での情報集約に使われた例もある。被災地に家族・親戚がいる人を対象にしたアンケート調査では,利用した人に限定すれば「役に立ったメディア」としてソーシャルメディアが際立っている。特徴的なのが mixiである。1週間経った段階では,利用した人の95.7%の人が役に立ったと答えている。震災直後,被災地出身の人々の間でmixiのコミュニティが拡大し,地元の同窓の人々が集まって小学校区や中学校区の情報について情報を集め流通させたのだが,この結果はその証左である。いわば地元出身者の情報ハブとして機能を果たした。なお同じ調査において Twitterについても,利用した人を母数にすると 1

か月程度経った時点では,95%の人が役に立ったと答えている。ある程度4 4 4 4

,時期が経過した時点では4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4

,自分が知りたい被災地に関する情報や原発関連の情報など,個人個人にとって有用な情報を収集するツールとなっていった(関谷ほか,2012)。時間が経過したとしても,特定地域の詳細な情報をマスメディアでは得ることはできない。その情報の空白を埋めたのがソーシャルメディアであった。被災地に家族・親戚がいる人など細かい情報を得ようとする人にとってソーシャルメディアは役に立ったのである。とはいえ,ソーシャルメディアの利用者数はマスメディアと比べて,圧倒的に少ないことには変わりがないし,ゆえにグロスでの評価としては「役に立った」と回答した人の割合はマスメディアなどより,多いわけではない。このことにも留意すべきであろう。

③復旧期における被害情報の発信ある程度時間が経過して,電気,通信環境が平時に戻ってくるにしたがって,平時に近い形でさまざまなソーシャルメディアが活用可能になってくる。ある程度の生命の危機を脱し,復旧期,復興期になり,通常どおりの電気,

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通信手段が確保されれば,もちろん有効に活用可能である。大きな災害であれば,個人の安否情報や被害情報は確認できなくなる。そのようなときほど,集団での安否確認や組織としての被害情報を提供する仕組みが重要となる。ある企業,店舗,学校などがその地域の状況,社員,生徒の状況を伝えるという集団安否情報はつなぎ合わせると,その後の物資運搬や復旧支援を計画するための貴重な情報となる。ある程度,時間が経過してからは,正確・適切な被害情報・復旧情報,物資に関する情報などの開示はさまざまな意味で重要になる。東日本大震災では,被災状況,復旧状況の情報開示を初期段階から積極的に公表していった自治体,企業は少なかった。例外がライフライン企業である。特にライフライン企業はもともと市民のニーズに応える形で,災害時の被害情報(復旧情報)の開示に関して積極的であるが,東日本大震災においても同様であった。

2011年 3月 20日 NTTドコモは,東北地方のサービス復旧エリアを表示する地図「復旧エリアマップ」を公開している。復旧予定,ドコモショップの営業情報,無料携帯電話サービスや無料衛星携帯電話サービスなどの提供場所も確認できるというものである。また,先述したように,震災後,企業の情報提供として最も Twitter上で被リンクされたドメインは,東京電力の計画停電の PDFのリンクである。テレビ・新聞などの報道機関もライフラインの被害情報には強い関心を示すものの,被災規模が大きな災害が発生した直後においては,実際の人的・物的被害などが報道の中心となりやすく,細かい地域ごとのライフラインの状況を伝えることは難しい。まして一企業の被害情報や提供情報を細かく掲載することは困難である。自治体,企業などさまざまな組織は直後,被害も含め情報の確認に追わ

れる。そして確定したところから被害情報を提示していくのが通例であって,未確定な情報を出さないのが通例である。だが,本来はすぐに「未確認」「確認中」という情報を出した方がよい。数時間経過してから「数か所の被

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害が把握できた」という情報の出し方と,「現段階で未確認であって確認中」の状態から「数か所の被害が把握できた」という情報の出し方では,後者の方が実際に復旧活動が開始されたという意味で情報量が多く,また数時間広報のタイミングが早いという点で優れている。行政,企業が早い段階で被災地の情報をある程度開示していけば,どこがどれほどの被害を受けているか,どれだけの必要物資が必要か,どこに復旧支援に入るべきか,現地に行くことは可能か,などを判断する材料になる。ライフラインに限らず,スーパーやコンビニなど平時から人々の生活を支える「社会機能維持」にかかわる企業ほど,このような情報提供は極めて重要になる。

今後の災害時のソーシャルメディアの活用

これらを踏まえて,災害時におけるソーシャルメディアを用いた情報伝達についての示唆とは何であろうか。第 1に,そもそも情報を収集できない状況,情報をやりとりできない状況を想定しておくことである。通信が使える状況ならば,そもそも「大災害」ではない。阪神・淡路大震災や新潟県中越地震でもいちばん被害が大きな地域の震度,被害は把握できるまでは時間がかかっている。災害で甚大な被害を受ける地域においては,停電,ふくそう,ハード設備の被害によって,そもそもソーシャルメディアをはじめ,情報ツールが使えない可能性が非常に高い。東日本大震災ではソーシャルメディア上において流言や誤情報などが問題になったが,そもそもソーシャルメディアが首都圏や内陸部で利用可能だったのは,被災が軽微,もしくはほとんど被災してなかったからである。被災地外もしくは被災を免れた地域において PC,スマートフォンなどを通じたネットの活用,ソーシャルメディアの活用は当然有効である。そして被災した地域であっても時間の経過に伴い,電気・通信の状況が平時に近づけば近づくほど有効であることは間違いがない。

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逆に,激甚な災害を受ける被災地域において,災害直後はソーシャルメディアを活用すること,PCやネットの利用を大前提にすること自体がそもそも間違いなのである。それらが使えなくなったときに何が必要なのか,何を準備すればよいのかを考えるのが,本来の災害対応といえよう。第 2に,もしネット,ソーシャルメディアが可能であったとしても,流言など情報の混乱を前提としたうえでの活用を考えておかなくてはならないということである。大規模災害時に人々が不安になり,情報不足が発生し,情報,コミュニケーションのニーズが高まるのは東日本大震災に限ったことではない。先述したように,東京電力の計画停電に関する情報,NTTドコモの復旧情報など,ある程度正確性が必要な情報は,適宜ホームページで開示されていった。災害後は典型的であるが,混乱している状況における情報発信は,伝聞で改変されることの多い Twitterなどを用いるよりも,情報源やその根拠など詳細な情報を提供しうるホームページで情報を公開し,そこを参照させるようにソーシャルメディアで情報提供していくことが通例となってきている。そして,流言の発生は予測することもできない。コスモ石油のコンビナートが火災を起こすことは仮に予測できたとしても「有害物質の雨が降る」という流言が広まることまでは誰も予想できないのである。コスモ石油の流言も,コスモ石油が自社のホームページに打ち消し情報を提示し,それがマスメディアなどで報じられるたびに収束していった。ホームページを用いるなどし,淡々と情報を開示していくことである。いつの時代も,コミュニケーションツールがあってもなくても,流言は発生し,混乱が発生する。災害時の流言は,誰に否があるというものではない。災害に巻き込まれた人々の情報不足や不安に根本的な原因がある。それゆえに,流言を根本的に防ぐのは不可能であるということは歴史が証明している。流言発生を防ぐ方法がない以上は,これを前提として,惑わされないよう認識しておくことも重要である。

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2 デジタルサイネージを活用した災害時の情報伝達

デジタル・サイネージとは,デジタル化された屋外・店頭・公共空間・交通機関広告のことである。従来の屋外広告は,印刷・輸送に時間もかかること,直接人が張り替えなければならないことからすぐに広告を交換できず更新に時間とコストがかかる,結果としてある一定期間掲載されるという特徴があった。だが液晶パネルの普及とその価格の低下,またインターネットを活用した映像配信技術の進歩に伴って,画像・映像を屋外の広告コンテンツとして容易に配信することが可能となった。近年,さまざまなところに設置されてきている。デジタルサイネージは,主に 3種類に分けられる。1つ目は「大型ビジョン」系のデジタルサイネージである。都市部の大きなターミナルに設置されている。もともと駅前など公共性の高いところに設置されていること,放映する地域が固定されていることもあり,市町村など地元自治体からのお知らせや消防・警察からのお知らせなども放映される。

2つ目は「店舗」系のデジタルサイネージである。コンビニエンスストアやドラッグストア,病院などで展開されている。

3つ目は「交通」系のデジタルサイネージである。JR東日本を例にすれば,山手線,中央線快速,京浜東北線・根岸線など都市部の通勤型の電車車両のドアの上にあるモニター「トレインチャンネル」で,運行情報や独自番組,ニュースなどとともに広告を流している。また,駅や空港などに設置されている店舗型の広告に近い交通系の広告もある。近年はこれ以外にも,デジタルサイネージ一体型自動販売機(自動販売機の上部に液晶モニターを据えたもの)なども開発され,普及してきている。デジタルサイネージは企業ごとに設置・運営されているものの,それを超えた規格化やネットワーク化がなされてない。サイネージごとに広告配信,プログラム編成が行われており,放映の機材,配信の方法も多種多様である。

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これはもともとサイネージが組織的に設置されてきたのではなく,それぞれの地域,それぞれのビルの所有者にかかわりが深い企業がばらばらに設置したり,システムもベンチャー的に関発されてきていることに由来する。この急激に普及してきているデジタルサイネージであるが,震災後,大型ビジョンを中心に災害情報の伝達手段という意味で新たな展開を遂げてきている。これを筆者らの調査結果(関谷,2012b)を踏まえて論じていきたい。

3月 11日以降のサイネージ

2011年 3月 11日,多くのデジタルサイネージでは,急きょ放映内容を切り替え,これを用いた災害情報の伝達が行われた。多くのサイネージで行われた対応は,テレビ放送を放映するという対応であった。デジタルサイネージの所有企業で,3月 11日よりも前に災害時の対応を考えていた企業のほとんどが,NHKのニュースを流すことを考えていたようである。大型ビジョン所有企業 28社のうち 25.0%が NHKと災害時の覚書を交わしており,32.1%が NHKと受信契約を交わしていた(後者は必ずしも災害時だけの放映を考えているわけではなく,大きな出来事があったときや平時からニュースを放映するためである)。民放テレビと覚書を交わしているところはなかった。「アルタビジョン」のみが NHKとフジテレビを放映したという。また,いまひとつの対応は,行政情報を流すという対応である。足立区が所有する「あだちシティビジョン」では,もともと災害を想定し

緊急時には区役所から制御を行うこととしていたが,3月 11日はスクロールテロップを用いて文字情報で緊急情報の放映をはじめた。「【足立区地震情報16:15】駅前にいらっしゃる皆様へ。警察により千寿常東小学校と千寿本町小学校へ避難誘導しております。警察の指示に従ってください」など,区からのメッセージを定期的に放映した。また NHKニュースの放映も行った(5)。

(5)なお,鉄道会社からの情報がなかったために北千住駅西口にある千住ミルディス I番館の千住

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また「立川市役所から,駅前にあふれる帰宅困難者へ受入施設の案内」(アレアビジョン)「新宿区からの要請で,『駅情報』を放送」(アルタビジョン)したというサイネージもあった。いずれも時々刻々と状況が変化する帰宅困難者への対応を行うために,地域に設置されているメディアとして大型ビジョンを活用したのである。

3月 12日以降は多くのサイネージで普段と異なる対応がとられた(表 2)。流されたコンテンツとしては,「節電に関するもの」,「義捐金・募金に関するもの」「災害時の一般的な注意・啓発のメッセージ」「災害支援(募金,支援物資,ボランティア)」に関するコンテンツを流したところが多かった(表3)。また,震災以外のニュースや「赤い羽根」「献血」などあたりさわりのないコンテンツがあえて流されているものもあった。また 3月 12日以降,「自粛」「計画停電」などを理由として長期間,放映を中止したサイネージも多かった。「広告出稿のキャンセルが相次いだため」,

表 2 震災後にデジタルサイネージでとられた対応大型ビジョン (n=9)

屋内店舗型・自動販売機型のデジタルサイネージのみ(n=6)

駅に設置されているデジタルサイネージのみ(n=2)

複数設置(n=7)

合  計(n=47)

放映を中止した 5 5 1 3 14

放映時間を短縮した 9 4 1 4 18

電力ピーク時の放映を自粛した 3 1 0 1 5

音量を下げて放映した 4 1 0 1 6

あまり明るくない映像(黒い背景のコンテンツなど)を多用した 4 2 0 0 6

輝度を下げた 6 3 2 4 15

LEDは消費電力が少ないことをアピールした 2 0 0 1 3

その他 2 3 0 0 5

上記のようなことは行っていない(通常どおり放映した) 1 1 0 1 3

出典:関谷,2012b

区民事務所と電話をやりとりすることによって情報を収集したという。

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「『ヤシマ作戦』(6)などツイッターをはじめとしてデジタルサイネージが批判を受けたため」というものもあった(表 4)。なおその後,計画停電,電力削減のために各社は,「放映中止」「放映時間

表4 震災後にサイネージの放映を中止した理由(n=23)大型ビジョン (n=10)

屋内店舗型・自動販売機型のデジタルサイネージのみ(n=6)

駅に設置されているデジタルサイネージのみ(n=2)

複数設置(n=5)

合  計(n=23)

自粛として 9 2 2 3 16

広告出稿のキャンセルが相次いだため 2 1 1 1 5

計画停電対策のため 5 5 0 4 14

夏場の電力削減のため 2 3 1 0 6

「ヤシマ」作戦などツイッターをはじめとしてデジタルサイネージが批判を受けたため

2 1 0 0 3

その他 1 1 0 1 3

表3 震災後に流した普段とは違うコンテンツ(該当企業 n=32)大型ビジョン (n=16)

屋内店舗型・自動販売機型のデジタルサイネージのみ(n=7)

駅に設置されているデジタルサイネージのみ(n=2)

複数設置(n=7)

合  計(n=32)

災害時の一般的な注意・啓発メッセージを流した

6 1 0 1 8

災害時の地域の注意・啓発メッセージを流した

4 1 0 1 6

義捐金・募金に関するコンテンツを流した

6 3 0 1 10

災害支援(募金,支援物質,ボランティアなど)に関するコンテンツを流した

4 2 0 1 7

計画停電に関するコンテンツを流した

2 1 0 2 5

節電に関するコンテンツを流した 7 2 1 3 13

震災被害の情報を流した 2 0 0 0 2

放射線に関連する情報を流した 2 0 0 0 2

その他 3 3 0 2 8

災害に関するコンテンツは流していない

2 2 1 3 8

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の短縮」「輝度を下げた」「電力ピーク時の放映自粛」「あまり明るくない映像(黒い背景のコンテンツなど)を多用した」などさまざまな対応をとっている。

デジタルサイネージが災害情報を放映した理由

このように,3月 11日に急きょ,デジタルサイネージが災害に関連する情報の放映を行ったわけであるが,これが可能であったのはなぜだろうか。第 1の理由として,そもそもデジタルサイネージが,公共的な性格を帯びていることである。デジタルサイネージは,大型ビジョンを中心に公共空間においてメディアを設置し,普段から公共に有益な情報を伝達しているという意識がある。これは,①自治体がサイネージを所有している(ないしは設置に深くかかわってきた)ところがいくつかあること,②デジタルサイネージが原因で歩行者の滞留や音量などの面でトラブルが起こることも多く,サイネージ所有者が地元の自治体や警察など公的な機関と良好な関係を保つ必要などもあり,あえてそのようなメッセージを普段から放映するようにしていることなどを理由としている。よって普段から,一般的な広告以外にも「警察からのお知らせ」「自治体からのお知らせ」「公共広告」などの公共的な情報も多く放映している。ゆえに震災時に公共的な情報を放映するという点については,「広告」放映の契約の問題を除けば,ちゅうちょはなかったのである。これはデジタルサイネージのコンテンツと広告の主従関係が逆転している広告特性にも由来する。デジタルサイネージは広告だけを流すためのメディアである。だが広告だけを流していると人々に見てもらえなくなる。そのため人々の関心を引きつけるためにもともと広告以外の「ニュース」「天気予報」などのコンテンツも流し,結果として広告も見てもらうことを狙ってい

(6)テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』テレビ版第 5話,第 6話に登場する日本中を停電にして攻撃兵器の電力を集める作戦のこと。

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る。震災時のニュースや関連するコンテンツの放映もこの延長線上にある。第 2の理由として,広告復活のための「慣らし」(ないしは言い訳)とし

て震災に関連するコンテンツを流す必要があったことである。デジタルサイネージに限らず,災害時には「自粛」が大きく影響し,広告を出稿しにくい。これはテレビやラジオの CMが地震の直後,ACジャパンの広告に切り替えられ,徐々に通常の CMに戻っていったことと同様の対応である。上述した災害に関連する啓発,震災関連の義援金や支援物資に関連する呼びかけ,節電の呼びかけや「赤い羽根」「献血」など,あたりさわりのないコンテンツが放映されたのは,広告媒体としての価値を回復するよう「目を慣らす」ためでもあったのである。

デジタルサイネージを使って災害情報を配信することの難しさ

このように,3月 11日以降行われるようになったデジタルサイネージを使った災害情報の配信ではあるが,今後も行うことが可能かというと極めて難しい。根本的な問題は,デジタルサイネージはそもそも広告媒体であり,基本的に緊急時の情報伝達を考えてつくられたメディアではないということである。デジタルサイネージを用いて緊急時の情報伝達に活用するためにはいくつか乗り越えなければならない障害がある。第 1にハード,設備面の問題である。1つはコンテンツを配信するシステ

ムの問題である。そもそも,デジタルサイネージは緊急時の情報を放映することを考えて設計されたものではない。デジタルサイネージは,基本的には,サイネージに近い場所にあるサーバーにデータを蓄積し,遠隔地からネットワーク上で放映プログラムやコンテンツについて制御をしているというものが多い。また USBなどで直接データを持ち込んだりするという,そもそもネットワーク化されていないものもある。ゆえに,緊急的な情報配信については,設備面での変更が必要であったり,そもそも技術的に不可能なところも少なくない。仮に,最大どれくらいの頻度でコンテンツの更新が可能かという点につい

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ては,サイネージ所有企業60社のうち,「常時更新することが可能」50.0%,「数時間遅れで更新することが可能」 13.3%,「数時間に 1回程度更新することが可能」3.3%,「1日に 1回程度更新することが可能」16.7%,「数日に 1回程度更新することが可能」10.0%であった。急な映像の配信が難しい理由は,単にデータの蓄積型のサイネージが多いという点のみに限らない。例えば単に PCの画面を放映するというだけでもコンバーターを設置してスイッチャーで切り替えるか,静止画をMPEGやWMV形式に変換するなど,普段とは異なる作業が必要となるサイネージも少なくない。古い大型ビジョンを中心としてアナログとデジタルが混在していたり,映像形式もサイネージごとに異なっていたり,システムもバラバラなのである。また電車内のサイネージなどは車両基地や特定の駅で配信コンテンツを更新しているので,緊急的な情報の配信はそもそも困難である。単なるテレビ放送を放映するというだけでも難しいサイネージもある。

PCにデータを蓄積して映像を放映している店舗型のサイネージ,駅設置や自動販売機などのサイネージはすでにシステム的に地上波のサイマル放送がそもそも難しい。放映内容や配信システムを考えると規格化,ネットワーク化など技術面でさまざまな問題点があり,これを乗り越える工夫が必要である。災害時に有効なサイネージとそうでないものも峻別する必要がある。第 2に,停電対策である。そもそもデジタルサイネージは電源をビルの通常の電源に依存しているものが多い。そのため,緊急時の停電対策が極めて脆弱である。サイネージ用に自家発電機があるというサイネージは少ない。「ミントビジョン」(神戸新聞社)と,空港に設置されている「羽田空港レストルームチャンネル」(日本空港ビルデング株式会社),「フューチヤービジョン」(株式会社ビッグウィング)程度である。第 3に「人」の問題である。映像入力の切り替え,放映プログラムの変更,放映コンテンツを変更できる技術を持っているオペレーターは各社においても限られており,夜間や土日の急な放映内容の変更が困難であるということである。またそれらを行える PCや設備も社内に設置されているところが多

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いため,災害時に社員がたまたま社内にいる場合,社員の出社が可能である場合にしか緊急的な放送内容の変更は行えない。第 4に,これらの問題を改善するための金銭的な負担の問題である。そもそも,デジタルサイネージの事業者はベンチャー的に実施している事業者や小規模な事業者が多く,金銭的な余裕がなく,設備面や人員的な整備を行うとしても金銭的負担が大きな課題となる。これらに関しては,アンケート調査でも「夜間や祭日などの場合は,緊急時には情報を流せる体制にないので,そのことを考慮に入れてほしい」という回答が 72.3%と最も多く,次いで,「災害情報の配信,そのための設備,そのための補助などを提供してほしい」という項目が 51.1%として挙げられた。次いで,「非常用電源などの整備をしてほしい」(40.4%),「配信するコンテンツの形式を XML形式など整えてくれればよい」(31.9%)などの意見もあった。金銭面に関しては「情報発信主体に普段から他のコンテンツと同様の情報を流す契約をしてほしい」(31.9%),「情報発信主体に通常通りとまではいわないが,ある程度,平時から金銭的な契約がほしい」(17.0%)と平時の業務についての協力についての意見もあった。環境が整えば,配信は可能であり,それを支える技術面,金銭面,情報面でのバックアップ体制が現在,求められている重要であろうことが示唆される。東日本大震災では,上述のようにNHKの放送を放映するという手段をとったサイネージも多かったが,本来ならテレビは被災地全体の報道を行うので,できうるならばデジタルサイネージは別のものを流した方がよいのは当然である。デジタルサイネージは大型ビジョンを中心としてロケーションごとにローカルで,タイムリーな運用も可能なものも多いからである。これをどうするか,今後,考えていかなければならない。これらの緊急時の情報伝達を可能にするコンテンツ配信をも含めたシステ

ム開発と,それらを公的機関がどの程度サポートできるかという点が今後,重要となろう。

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今後の災害時のデジタルサイネージの活用

災害時のデジタルサイネージを用いた情報伝達は,従来のテレビ・ラジオなどマスメディア,またインターネットや携帯電話を用いたソーシャルメディアに次ぐ第 3の災害情報の伝達手段として活用しうると考えられる。東日本大震災を踏まえて改定された「東京都防災対応指針」には,「都は,鉄道事業者や業界団体などに対して,駅における情報提供体制の整備や予備電源の確保等の対策を要請し,情報提供機能の確保を促していく。また,大型ビジョンやデジタルサイネージを活用し,音声や文字による情報提供を実施するなど,災害時要援護者が情報を得やすい環境整備に向けた取組も行っていく」と定められた(東京都,2011)。デジタルサイネージに関連する業界団体であるデジタルサイネージコン

ソーシアムは,2013 年 6 月 12 日には運用人員の安全の確保,設備,電源,通信環境,コンテンツが確保されることを前提に,緊急対応を検討しておくことが望ましいとして,「災害・緊急時におけるデジタルサイネージ運用ガイドライン」を発表している(デジタルサイネージコンソーシアム,2013)。とはいえ,既述のように非常用電源,人員の問題を考えれば,予兆なく突発的に襲う「地震災害」においての活用は難しいのではないかと考えられる。だが,その一方で,停電の可能性が低く,また事前にある程度の予報などがあって災害発生までリードタイムがある災害,すなわち首都圏における荒川や利根川などが破堤した場合の大規模水害や台風,極端気象災害や,また事前啓発などにおいては「デジタルサイネージ」が情報手段として非常に有効であると考えられる。大規模水害が発生し,時間をかけて流下してくる間,浸水域が拡大する前の段階(避難の段階や浸水想定区域内に立ち入らせないようにする段階)では,下流部に位置する都市部では少なくとも浸水までは停電が発生しないと仮定されるので,これを用いた情報伝達が可能であろうと考えられる。また,デジタルサイネージは,比較的人通りの多い駅前などに設置されて

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いることから,屋外の多くの人々に対しての情報を伝えるには極めて有効なメディアである。帰宅困難者だけが問題になるような軽微な災害のときにも,屋外にいる人に災害情報を伝えるのに有効であると考えられる。デジタルサイネージの場合も,災害時の運用にあたってはソーシャルメ

ディアと同じ条件を持つ。地震時の場合は,3月 11日のように都市部での被災・停電が発生していない場合ならば活用可能であるが,被害が発生する可能性もあるので,必ずしも使える媒体とは限らない。またあらかじめ情報コンテンツを用意しておきコンテンツを配信する通信回線に問題ない場合に活用は限られる。

技術的には、ソーシャルメディアやデジタルサイネージなどを用いた災害時の情報配信は可能であり、今後、システム開発が進められていくものと考えられる。だが、本当に活用することを考えるのであれば、活用できる場面を限定して、現実的に活用可能な方策を考えるべきである。以下、重要な点を列挙する。第 1に、電気通信に依存するデジタルメディアの場合は、「停電」するか

否かに依存するという根本的な問題がある。そのため、地震災害の直後、激甚な被害を受ける地域では、活用できないという前提で議論を進めるということも極めて重要であろう。これは通信というだけではなくPCなども含めて活用できないと考えておくべきである。第 2に、活用できる災害をもう少し厳密に考えるべきである。特に大規模水害や台風などの水害の場合は、被害が拡大するまでの間は停電しない。ゆえに、水害時の情報伝達にはデジタルメディアは活用できるはずであり、これをまず優先的に考えるべきである。第 3に、場所の問題である。激甚な被災地では活用できないものの、停電が発生しないような軽微な被災地や、被害を受けていない地域ではデジタルメディアは活用しうる。よって、そもそも激甚な被害を受けていない地域で

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の帰宅困難者問題、被災地外での被災情報の集約、被災地外での被災地支援に関する情報についての集約などについては活用しうるであろう。第 4に、時期の問題である。ある程度、時間が経過し、電気・通信が復旧されれば、普段の使っているメディアとしてソーシャルメディアやデジタル機材を活用することができるようになってくる。その段階での活用は検討されるべきではあるが、ただ、いつからそれらを活用できるかということには前提条件をおくべきではない。例えば、筆者は、デジタルサイネージを活用した防災気象情報の伝達について社会実験を行っている(関谷・安本ほか,2013)。これは水害や極端な災害事象が発生する前段階、すなわち停電しないと想定される段階での情報伝達を意図して行っており、また緊急的な情報を割り込ませることを技術的に可能にするために行っている。災害時に活用可能な技術開発でなければ災害情報の技術開発としては意味がない。災害時に、人の命を救う、被害を軽減するなど現実的課題を解決するためならば、東日本大震災時の経験を冷静に分析し、「ソーシャルメディアは災害時に使えた」などという通俗的な理解や技術万能主義からの脱却がまず求められる。そして災害時に直面する課題に率直に向き合い、現実的に活用可能な技術開発を進めていかなくてはならない。

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