性的虐待を受けた子どもの心のケア...3 終章...

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性的虐待を受けた子どもの心のケア ~彼らの生活する保護施設から考える~ 20427222 国際学部国際学科 牧田ゼミ 古谷郁美

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性的虐待を受けた子どもの心のケア ~彼らの生活する保護施設から考える~

20427222 国際学部国際学科

牧田ゼミ 古谷郁美

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目次

■ はじめに P4

■ 第 1 章 子どもに対する性的虐待の概要 P6

第 1 節 子どもに対する性的虐待の定義 P6 第2節 子どもに対する性的虐待の歴史 P7 第 3 節 性的虐待加害者 P8 第 4 節 性的虐待が子どもに与える影響 P9

■ 第 2 章 性的虐待を受けた子どもたちへの取り組み P12

第 1 節 法的取り組み P12 第 2 節 児童相談所 P13 第 3 節 保育園 P14 第 4 節 カウンセラー、精神科 P15

第 5 節 NPO P17 ■ 第 3 章 性的虐待を受けた子どもたちの生活する施設の現状 P18 第 1 節 NPO 法人 子どもセンターてんぽ P18 第 2 節 子どもたちの生活環境と子どもたちの様子 P19 第 3 節 退所した子どもたちの行き先 P20 第 4 節 相模原児童相談所 P21 第 5 節 子どもたちの生活環境と様子 P22 第 6 節 退所した子どもたちの行き先 P22

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■ 終章 性的虐待を受けた子どもの心のケアをするために… P24 ■ 参考文献リスト P25 ■ 付録 P27

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性的虐待により傷ついた子どもの心のケア

古谷郁美 20427222

はじめに

「性的虐待」という言葉をきいたとき、一体どのようなイメージを持つだろうか。おそ

らく多くの人々は、その言葉に含まれるあまりにも重く、暗いイメージに思わず目を背け

たくなるであろう。また、このようなことが実際に起こっているということは認識してい

ても、なんとなく自分からは遠く離れた存在であり、関わると自分の気がめいってしまい

そうだからといったような理由や、そのようなことを取り上げるのはタブーであるといっ

たような理由で知らず知らずのうちにその問題から、離れていってしまうのだろう。 ところが、今日の社会では「性的虐待」は決して我々から遠い存在ではなく、無視する

ことのできない問題である。周知のとおり、連日のようにテレビや新聞のニュースに虐待

の記事が掲載され続けている。また、インターネットや週刊誌などの上で「性」の対象と

して子どもが扱われていることは多くある。カナダ政府委員会のレポートによると現在の

社会において、性的虐待被害者は女性で 2 人に 1 人、男性で 3 人に 1 人といわれており、

そのうちの 80%が子どもであるとされている。しかし、これはあくまで警察や児童相談所

に届出があったものをデータにしているものである。性的虐待の多くは子どもが届出を拒

否したり、親による揉み消しなどで表面化しないことが多い。つまり、実際に発生してい

る性的虐待はこの数よりもはるかに多いことが予測されるのである[北山 1994:] また、多く場合被害を受けた子どもは周りの社会の環境により第 2 の被害を受ける。第

1 の被害は、もちろん性的虐待を受けたこと自体である。では、第 2 の被害はどういった

ことか。彼らは、誰にも相談できず自分を恥ずかしい汚れた存在だと感じてしまう。そし

て、そのために自分はもう結婚できないと信じ込んでしまったり、または性的虐待を受け

たことにより発生する精神症状の異変―うつ状態や恐怖症、摂食障害など―をひとりで抱

え悩み続けることとなるのである。つまりそれは、性的虐待について話すことをタブーと

考える社会の構造や、被害者を支えるサポーターが不足していること (父娘間の性的虐待

であったときの母の子どもに対する対応など)である。また、国の体制や法律の整備が不十

分であることなどの被害者を取り巻く環境の問題である。被害者が性的虐待の記憶から立

ち直るには、彼らを取り巻く環境が適切なものであり、また信頼をおけるサポーターがい

ることが必須条件である。では、現在の社会では性的虐待被害者に対してどのような取り

組みがなされているのだろうか。被虐者たちを取り巻く、精神医学、法整備、国際社会、

家庭環境、NGO 活動などさまざまな面からこの問題を考察してゆきたい。

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では、ここでなぜ筆者がこの性的虐待という問題に興味を持ったのかということについ

て述べようと思う。筆者は、2006 年 8 月にカンボジアの CCASVA という NGO で 2 週間

ボランティア活動をした。CCASVA はカンボジアの大学生が立ち上げたローカル NGO で

ある。主な活動はストリートチルドレンの保護、彼らの住むセンターの運営、ストリート

でのストリートエデュケーション、薬物使用防止セミナーなどである。2 週間通して毎日

CCASVA の所有するセンターに通い、そこで生活する子どもたちに音楽や日本語を教えた

り、遊んだりして過ごしていた。そのセンターで生活する子どもの大半はストリート出身

のいわゆるストリートチルドレンであった。また、女の子の大半は性的虐待の被害者であ

り、その事実を知ったとき筆者はかなりの衝撃を受けた。なぜならば、彼女たちは非常に

明るく元気いっぱいで、決してそのような悲惨な体験をしたようには見えなかったからで

ある。著者がカンボジアを去る 2 日ほど前に、センターに新しい女の子が入所してきた。

彼女もまた性的虐待被害者であった。一見、彼女もそのような体験をしたようには見えず、

おとなしい子どもであった。しかし、最終日の夜にみなでお別れパーティーを行っている

とき彼女は突然怒り出し、嘔吐をし、最終的には泣き出してしまった。その泣き方も、何

かにすがるような泣き方であり、クメール語を話すことのできない筆者は、ただただその

子の隣にいて背中をさすったり抱きしめてあげることしか出来なかった。その後、彼女は

センターで生活するほかの子どもたちに精神安定の薬をもらい落ち着きを取り戻した。 筆者は、自分が彼女に対して何も出来なかったことにまず葛藤を覚えた。そして、こう

いった状況において、第 3 者として彼らに出来ることは何であるかを考察する必要性を感

じた。そこで、他の子どもたちのように、彼女自身もいずれは立ち直ってゆくのだろう。

しかし、子どもたちがそのような悲惨な体験からどのように立ち直るのか想像がつかない。

よって、彼らが社会復帰できるようになるまでには、どのような環境を整えることが必要

であり、また現在どのようなことが実際に行われているのかを調べ、よりよい方法を考察

する必要性を感じたのである。

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第 1 章 子どもに対する性的虐待の概要

1 子どもに対する性的虐待の定義 子どもに対する性的虐待の問題を考えていくにあたって、性的虐待がどういうものであ

るかということを明確にすることは非常に重要なことである。そこで、論文を進めていく

前に冒頭で定義について述べる必要があると感じた。性的虐待に関する文献は、多く存在

する。そのため、定義もさまざまなものが存在するがここではその多くの中からいくつか

取り上げ、最終的に筆者なりの定義を提示する。 まず、第 1 の定義として以下のものをあげる。

性的虐待とは、子どもが行われていることが何であるかを認識しているか否かに関

わらず、子どもないし青少年を、性行為に参加するよう強要し、あるいは誘惑するこ

とである。行為には、挿入(たとえば強姦ないし獣姦)および挿入をともなわない行為を

含む身体的接触が含まれる。また、子どもがポルノ素材を見ること、あるいは制作に

関与すること、もしくは性行為を見ること、あるいは子どもに性的に不適切な方法で

行為するよう奨励するなどの、非接触行為も含む[ブライアン 2002:157]。 定義からも明らかなように、性的虐待といっても性行為そのもののみを表しているのでは

ない。その中には、嫌がる子どもの身体に触れることなどがあげられる。また、この定義に

おいては、子どもがポルノ素材を見ること自体も虐待であるとされている。それでは、今の

日本の状況はどうであろうか。街中のコンビニエンスストアには、ポルノ雑誌が平然と並ん

でいる。また、電車の車内の中吊り広告には性的な意味を含むもの、つまり子どもにとって

有害な言葉の並んだものを多く目にすることができる。また、現在はインターネット技術の

普及により、子どもでも簡単にポルノサイトを見ることが可能である。上記の定義に従えば、

これらはすべて性的虐待に当たる。つまり、多くの子どもは無意識のうちに性的虐待を受け

ていることとなるのである。 もうひとつの定義としてあげられるのは、以下のものである。

性的行為に同意できる年齢以下の子どもは、次の場合、性的に虐待されたと解され

る。すなわち性的に成熟した人物が、故意にもしくはその子どもとの関係で通常の社

会的、あるいは特定の責任を放棄することによって、性的に成熟した人物の性的満足

をもたらすことを目的とした、性的性質の行為に子どもを関わらせ、あるいは関わる

ことを許可した場合である。この定義は、それが性器接触、もしくは身体的接触を含

むか否か、あるいは短期的に認識可能な有害な結果があるかどうかとは関わりがない

[ブライアン 2002:158]。

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第 2 の定義として特徴的なことは、性的虐待に関する年齢が記されていることである。

確かに「性的行為に同意できる年齢」という非常にあいまいな表現を用いているが、この

定義は私たちに性的虐待と年齢の関係を考えることの重要性を提示してくれている。性的

行為がどのようなものか分からない幼い子どもの場合、自分が虐待されているのかどうか

さえ理解していない場合が多い。被害者たちの様々な手記の中でも、虐待されていた当時

は自分の身に何が起こっているかわからず、その行為は普通のことだと考えていたと書か

れている場合が多い。しかし、その後の人生の中で自分の行われていたことが普通ではな

かったことに気付き、ひどく傷ついてしまうということも多いようだ。つまり、年齢とい

うのは非常に重要な要素となり得るのである。 以上 2 つの定義を考慮したうえで、筆者なりの定義を提示するならば以下のようになる。

性的虐待は、身体的接触の有無に関わらず、子どもに対して大人が性的に逸脱した行為 1

を行うこととする。また、その行為を受けたために、その後の子どもの健全な日常生活に

支障をきたし、子どもが子どもらしく生きることを妨害する行為のことをさす。また、こ

の論文で取り上げる子どもの年齢としては、3 歳から 16 歳の子どもとする 2。 2 子どもに対する性的虐待の歴史 子どもの性的虐待が、重大な社会問題であると注目され始めたのは最近である。ところ

が実際のところ、この犯罪は古い時代から存在しているものであった。しかし、多くの場

合は社会が性的なことを公にすることをタブー視していたことや、家庭内の近親姦などの

場合は、なおさら家庭内のいざこざの問題などとして扱われてしまっていたのである。で

は、以下で欧米を中心に大まかではあるが、性的虐待の歴史的流れを見ていこうと思う。 古代ヨーロッパから中世ヨーロッパにおいては子どもの性的虐待に関する書物などは存

在していない。唯一明らかなことは、多くのローマ人やギリシャ人の間では、厳格な近親

姦のタブーが存在したということである。また、市民 3としての権利を所有している少年に

対して性的虐待が行われていた場合は、刑法犯とされたのである。しかし、女子に対する

性的虐待についての表記がないことや、明確な証拠文がないこと、また、家庭内での性的

虐待はタブーであった。つまり、存在していないとされていたが、性的虐待の存在がゼロ

であったとは断言することはできないのである[ブライアン 2002:33-57]。 1870 年から 1991 年にかけて、性的虐待に関する対応には、明らかな変化が生じている。

この頃になると、今までは無視されていたと考えられる家庭内の性的虐待についてもスポ

1 性的に逸脱した行為 一般的に認められている社会規範に逸脱した性行為 2 子ども 一般的に子どもというと 18 歳未満の人をあらわす。しかし、性的虐待においては 3 歳から 16 歳までの間

に被害にあった子どもが後々の精神障害や社会生活に問題をきたす子どもが多いことから 3 歳から 16歳までとする。

3 市民 古代ヨーロッパにおいて市民は国を構成する重要な存在であった

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ットが当てられるようになって来たのである。NSPCC に、家庭内の性的虐待が公表され、

多くの市民に性的虐待が実存するものであるということが提示された。しかし、大半の市

民にとって、このような問題は存在を否定したいものであったために、あまり注目されな

かったのである。彼らの見解では、これらは知性の低い貧困層が行うものであると考え、

重要視されることはなかったのである。その一方で、子ども買春についての情報に対して

は、多くの市民が強い関心をよせた。そのために、イギリスでは少女が性交に同意できる

年齢を、13 歳から 16 歳に引き上げるということが、法律として可決されたのである[ブラ

イアン 2002:65-69]。 1908 年には、近親姦法が制定された。しかし、この法のために性的虐待の検挙数が著し

く増加したということはなかった。しかし、この法律が制定されたことにより、かつては

存在すら無視されていた近親姦が公に犯罪であるとされたのである[ブライアン 2002:70]。 しかし、だからといって性的虐待が人々の間で完全になくなったわけではなく、世界大

戦の戦間期にもその存在は健在であった。1987 年まではイギリスでさえ性的虐待に関する

認識は低いままであった。しかし、その後、性的虐待を発見する医学的、心理的方法など

が導入されたことにより性的虐待は注目を浴び、かなり幼い子どもまでが被害にあってい

ることが明らかになったのである[ブライアン 2002:75]。 性的虐待への社会の関心が増大したことにより、性的虐待への対応も様々に増えてきた。

つまり、性的な問題はどの地域においても社会的タブー性が強い。しかし、存在している

ことは確かであり、それを明らかにしてゆくことが重要なのである

3 性的虐待加害者 被害者に関する多くの書籍がある一方で、加害者に関する文献はあまり多くはない。し

かし、性的虐待を考えるうえで加害者について知ることも重要であろう。では、このよう

な罪を犯す加害者とはどのような人物なのであろうか。 まず、答えを先に述べてしまうのであれば、彼らの多くはごく普通の人間である。彼ら

は、仕事をし、家族を持ち、安定し権限のある地位を持っているものもいる。しかし、私

たちが誰でも所有している支配的心理が、他人よりも少し強い場合などがあるのである。

また、加害者の中には自らも幼いころに虐待されていた経験を持つことも多い。以下で、

彼らがどのような人物であるか詳しくみていくこととする。 性的虐待を行う人々に共通していることは多い。それは、第1に非常に支配に対する固

執が強いということである。彼らが性的虐待をなぜ子どもにするのかということの理由に

も、この傾向は当てはまる。なぜなら、特に幼い子どもの場合、大人の力に逆らうことは

出来ず、非常に受身的で抵抗することもない。また、父親や親類が加害者の場合、子ども

は自分にとって大切な存在である人々を失いたくないと感じ、静かに虐待を受け入れるこ

とも多い。また、身体的虐待と性的虐待を同時に受けている子どもの場合、性的虐待のほ

うが、身体的虐待よりもまだましであると考え、抵抗しないということもあるようだ。こ

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のように、自分に抵抗することなく、従順な家来のような存在を作ることで彼らは安心と

満足感を得るのである。しかし、その一方で、加害者は自分の行ったことが世間に知られ

たくないという意識も持っている。そのために、子どもを脅し、時には暴力を用いて沈黙

を守らせるのである[パメラ 2006:57-71]。 次に挙げられることとしては、彼らは子どもに性的虐待を与えているときに、罪の意識

が存在しないということである。その行為に及んでいないときは、自分の行っていること

に対して罪悪感を覚える人も存在する。しかし、性的虐待を行っている時点ではその行為

を子ども自身も喜んでいるのだという解釈をする者も多い。また、その子どもと自分は愛

し合っていたと考える者や、中には自分の行ったことは子どもの性教育の一環であったし、

時には子どもから誘ってきたなどと、不合理な言い訳をする者もいる。つまり、彼らの理

論から言えば自分に近づいてきた子どもが悪いのであり、その子どもたちを守れなかった

周りの大人が悪いということになるのである[パメラ 2006:57-71]。 第 3 の特徴としては、再犯性が高いことが挙げられる。彼らは、一度知ってしまった快

楽を逃すまいと考え、日常的に犯罪を繰り返す。近所の子どもに性的虐待を繰り返してき

た男は、何度も行為をやめようと考えたが、子どもを見るたびにどうしても欲求をとめる

ことが出来ず犯罪を繰り返していた。人がタバコを吸うと止められないことと同様に、快

楽に対する制止が弱い人間の特徴的な悲しい性質ともいえるであろう [パメラ

2006:377-419]。 以上が性的虐待者の特徴である。彼らの中には、自分の行為を正当化し、平然と裁判や

警察の取調べに臨むものもいる。しかし、刑務所内でのカウンセリングなどを経験するこ

とで自分の行った罪の重さを理解し、その罪を償い、もう一度一からやり直そうと努力し

ている者も存在する。被害者同様に、彼らもまた第 3 者の援助を必要としており、私たち

も彼らの心の問題に向き合ってゆかねばならないのである。 4 性的虐待が子どもに与える影響 性的虐待を受けることにより、子どもは一体どのような影響を受けるのであろうか。第 4節では、性的虐待が子どもに与える影響について考えていきたい。まず、性的虐待を受け

たことによって出来た心の傷は擦り傷や切り傷のように、短期間で治るようなものではな

い。つまり、子どものころに受けた傷は、大人になったとしても継続して残っていくもの

なのである。また、中には大人になってからのほうが大きな影響がでる場合もある。 性的虐待を受けた事が与える影響の中には、虐待を受けてすぐに現れる短期的影響と、

虐待を受けて少し時間がたって継続して現れてくる長期的影響が存在する。短期的影響の

場合、症状はあまり長く継続することはない。では、まず短期的影響からみていくことと

する。 短期的影響の主な症状としては、自分の身に起こったことへの恐怖心、うつ、引きこも

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り、希死念慮 4、外部の存在への怒り、攻撃、低い自尊心、自分は恥ずかしい存在であると

考えることなどがあげられる。その他にも、身体的には睡眠障害や摂食障害や、認知障害、

発達の遅れなども挙げられる。特に、引きこもりは、若いころに虐待された子どもに多く

見られる症状のようである。また、摂食障害は自分の体を醜く太らせることで、もう被害

を受けることがなくなるのではないかというような考え方がもととなっていることがある。

一方で、低い自尊心は彼らが成長するにつれて、その思いが強くなる傾向が強い。また、

攻撃性などは、性的虐待よりも、身体的虐待のほうが顕著に現れるものである。そのため、

一部の専門家の中には、これらの症状と性的虐待の直接的結びつきを否定する者もいる。

彼らの主張によると、これらの症状は性的虐待ではない、他の外部ストレス要因によって

引き起こされるものであると考えることも出来るからである。しかし、このような症状が

現れることと性的虐待を受けたことの関わりは、必ずしも否定は出来ないことである [ブラ

イアン 2002:313-321]。 では、長期的影響はどのようなものであろうか。影響の内容としては、短期的影響と一

致する部分もある。しかし、長期的な影響のほうが短期的影響よりも強くその症状を感じ

ることがあるようである。例えば、睡眠障害などは、虐待されていない人の 3 倍体験し、

悪夢、恐怖、不安は 2 倍体験するといわれている。また、長期的影響の特徴的なものとし

て、再被害の可能性の高さが挙げられる。ラッセルの調査によれば、子どものころに虐待

された女性のうち、65%の人が再び強姦未遂に遭遇したり、38~48%の女性が夫やパートナ

ーから身体的暴力を受けているという事実が存在する。そのため、更に自尊心の低下を招

いてしまうのである。また、子どものころに性的虐待を受けた人々は性的困難を訴えるこ

とが多い。それは、性行為を行う状況におかれることで、パートナーに対し非常に恐怖を

感じ、かつてのトラウマが再現されてしまうといったことがあるようだ。そのため、性的

虐待を受けた人の中にはPTSD5を訴える人も多い[ブライアン 2002:321-326]。 さまざまな影響の中で、性的虐待を受けたことにより生じるものとして最も結びつきが

強いと考えられるものとしては、性的逸脱行為が挙げられる。つまり、彼らの中には売春

婦となってしまう人や、その後の性生活においての乱交が繰り返されてしまう人も存在す

るのである。特に売春婦の中には、幼いころに性的虐待を受けていたという女性が少なく

ない。その理由としては、やはり低い自尊心が挙げられる。また、彼らの中には自分は汚

れてしまっていて、結婚が出来ないと信じ込んでしまっている人もみられるのである。 このような影響をもたらす要因として様々なことが挙げられる。第 1 に、年齢の問題で

ある。虐待が開始された年齢が 7 歳から 13 歳の間であった子どもの場合、彼らの長期的、

短期的影響は悪いとされている。その一方で、それより以前に虐待された子どもや、それ

以降に虐待された子どもは彼らに比べると影響が少ないとされている。特に幼い子どもの

場合は、上述したように、自分が何をされているのかということに対しての認識がそれほ 4 希死念慮 死にたいと思う気持ち、自殺願望 5 PTSD(心的外傷後ストレス障害) 命の危険を感じるような重篤なストレスを受けた後に、強いトラウマとなって障

害が残ること

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ど強くない。ゆえに、抵抗することも少なく、トラウマへの影響も比較的少ないとされて

いる。また、悪影響を強く与える要因として挙げられるのは、虐待期間が長期にわたるこ

と、性的虐待に身体的暴力が伴った虐待であった場合、加害者が親しい関係であった場合

などが挙げられる。特に加害者は、親戚のおじさんから虐待を受けるよりも、実父から虐

待を受けた場合のほうが悪影響を与えるとされている[ブライアン 2002:327-333]。 また、そのような虐待が起きた場合に、周りの大人や社会の反応がどのようなものであ

るかということも重要である。もし、父-娘間の虐待の場合に母親が、娘のことを否定し

たり、拒絶すると事態は悪化していく。また、警察や専門家などがこれらの問題への介入

を拒み続ければ、虐待は長期化し、更に悪影響を与えることとなるのである。 以上のように、性的虐待を受けることはさまざまな面で子どもを脅かしてゆく。では、

このような状況から子どもを守るために私たちにはいったい何ができるのであろうか。こ

れらの問題に対する取り組みについては、第 2 章で述べていくことにする。

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第 2 章 性的虐待を受けた子どもたちへの取り組み

1 法的取り組み 性的虐待を受けた子どもたちにとって、彼らを保護する法律が整備されていることは重要

である。彼らを保護するための法律はさまざま存在するが、現時点ではその内容は決して十

分なものであるとは言えないことが多い。いくつかの法律を例に以下で見ていくこととする。 性的虐待を取り締まる国際的な法律としてあげられるのが、子どもの権利条約である。子

どもの権利条約は、さまざまな面において子どもの権利について定めた著名な国際法である

ことは、周知のとおりであろう。子どもの権利条約の中には、加盟国が子どもの性的搾取や

虐待を防止するための多国間あるいは 2 国間での積極的な措置が求められている。特に、

児童買春に関しては、子どもの権利条約の中にこの問題に特化した議定書が定められており、

子どもの商業的性的搾取の問題についての国際的関心の深さがうかがえる[ロジャー

2001:42-75]。 子どもの権利条約第 19 条では、性的搾取・虐待被害児への同条約加盟国の保護責任が記

載されている。また、第 39 条では被虐待児の社会復帰促進のための制度や体制を整えるこ

とが、加盟国に義務付けられている。一見、これらの条約から考察すると子どもの虐待に

関する取り組みは、多くの国で行われているような印象を受ける。しかし、たとえ多くの

国が、子どもの権利条約を批准していたとしても、現実ではあまり十分な取り組みがされ

ていない現状がある[ロジャー 2001:274]。 その理由として、国際法の前提条件があげられる。つまり、国際法は国家と国家の間に

結ばれる「公」の法律であって、その国内で個人の犯した「私」的な罪には、適応されな

いということである。そのため、特に「私」の要素が強い性的虐待などの問題に国際法が

関与することは容易ではない。ところが、国際法の中で、例外的に人権を重篤に脅かす犯

罪などの場合は、「私」の事件であっても、国際法が介入する余地があるとされている。つ

まり、性的虐待が重篤な犯罪であるとされれば国際法である子どもの権利条約において法

の制裁がかけられることも可能であるということなのである [ロジャー 2001:276-297] 。 性的虐待に関する国内の法律としてあげられるのは、児童虐待防止法である。この法律

は、2000 年 5 月に議員立法によって成立した。法律の中の虐待には、もちろん性的虐待も

含まれている。この法律の成立により、保護者の親権を制限するができるようになり、被

虐待児を保護者から離すことができるようになったのである。また、子どもとの接触時間

の長い教師や、虐待を発見できる可能性を持つ医師などに、虐待の早期発見、通告の義務

が課されたのである。同法律はその後も改正され、2004 年には虐待を人権侵害とするなど

の新しい法案も盛り込まれた [田上 2000:75-78] 。 しかし、いまだ同法律にはさまざまな課題が残されているため 2007 年の改正に向けて、

現在も国会で審議がなされている。その一例として、親権における民法との関わりである。

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特に、性的虐待の場合その犯罪の密室性から事件の事実性を立証する唯一の手がかりは、

子どもの証言であることが多い。その子どもの証言を得るためには、親から引き離すこと

は絶対条件である。なぜなら、親と生活している子どもに性的虐待についての話を聞いた

としても、親がそのような事実はないと言い張る場合がある。また、子どもの中には、親

のことをかばい事実を話さないこともある。そのため、親から引き離し子どもに対して、

安心できる環境を作って事実を話すことの意義などについても話すことが必要なのである。

しかし、現在では児童虐待防止法と民法の関わりから、親権を容易に手放させることは難

しい。そのために、虐待の長期化を招いてしまうこともある。そのような状態を打破する

ためにも、更なる改正は必須条件であるといえるであろう [毎日 2006] 。 2 児童相談所 児童相談所(以下、児相)は、1946 年の児童福祉法の成立、施行に基づいて行政機関とし

てスタートした。児童相談所の主な役割は、全般的な子どもに関する問題の解決であり、

相談・措置、判定、一時保護などの部門が存在している。児相が対処すべき問題は、時と

ともに変化してきており、創設当初は戦災浮浪孤児への対処であった。しかし、平成に入

り児童虐待の問題が社会的にもクローズアップされ始め、児相にもその問題への取り組み

の必要性が求められてきた [岡田 2001:6-18]。 児相に寄せられる児童虐待の事例には、身体的虐待、ネグレクト 6や性的虐待などさまざ

まなタイプがあり、それぞれに特徴がある。保護された割合については、以下の表に表わ

しておく。表から見ると、性的虐待の割合は、ほかに比べると決して多いとは言えない。

そのため、一見しただけでは、児相での性的虐待の問題性は明らかにはならないであろう。

しかし、問題の複雑性では性的虐待がもっとも深いとされていることが事実である [岡田

2001:18] 。 表 1 虐待内容別相談件数 性的虐待を受けた疑いのある子どもが児相に現われた場合、

まず初めに行うのは性的虐待があったという事実性の確認で

ある。児童福祉士やカウンセラーなどにより、性的虐待の事実

性の確認が取れ、本人が帰宅を拒否した場合は児童福祉法 33 条により、一時保護が行われる。その後、保護者の同意が 求められると推測できるのならば、保護者に児童養育施設入所の同意書に署名をさせる必

要がある。しかし、もし保護者から施設入所への同意が得られないと判断された場合、児

童福祉法第 28 条により家庭裁判所への施設入所への申し立てをすることとなる。また、保

護者からしつこく引き取り要求などがあった場合は、児童福祉法 33 条の 6 により親権者変

更の申し立てを行うこともある。ところが、多くの場合は親戚関係などの問題により代理

親権者が見つからない場合がある。そういった場合、児童相談所長が個人的に代理親権者

6 ネグレクト 子育ての放棄、子どもの遺棄。あるいはその子の存在を無視し衣食住を与えないなど愛をかけないこ

身体的虐待 46.1

ネグレクト 37.7

性的虐待 3.5

心理的虐待 12.8

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となることもある(全国的にも極めて少ないケース)。 その他にも、子どもが望んだ場合は里親を探したり、学校への復帰などを支援すること

もある。もちろん、児相にいる間、さらには児相を出て行った後も、精神的な援助が行わ

れる [岡田 2001:152-170] 。 以上のように、児相では子どもを親から離すためのさまざまな努力が行われている。し

かし、行政機関である児相はやはり国の法律に基づいた対応が主なものとなる。そのため

すべての対応までにかなりの時間を要する。また、児相に勤務する職員の多くは特別な資

格を持つものではなく、地方公務員である。そのため最大 3 年で転勤になることが多く一

貫した対応をすることが困難であるなど多くの問題点が挙げられているのも事実である。

3 保育園 児童虐待を発見できる場所として、保育園の存在があげられる。被虐待児が保育園に在

園している場合、自宅の次に長い時間生活するのは保育園である。また、唯一外界との接

触がなされ、虐待の可能性を察知できる場所とも言えるであろう。 そのため、保育士らも虐待についての知識を持つべきであるとされ、保育園勤務者を中

心に『保育と虐待対応事例会議研究会』が発足した。ここでは、保育園での虐待に対する

取り組みが審議され、以下の 3 点が取り上げられた [名古屋 2004:1-5] 。

①虐待の気づき、早期発見 ②虐待を受けた子どもの行動特徴を理解した保育と、親への子育て支援 ③関係機関との連携のあり方[名古屋 2004:3]

これらには、虐待 4 種類すべてが含まれている。しかし、特に性的虐待の場合、身体的

虐待やネグレクトよりもはっきりした身体的な外傷などが見当たらないため、発見が遅れ

ることが多い。そのため、保育園において性的虐待を受けている子どもたちが出すサイン

を、周りの保育士などが敏感にキャッチし対応を進めてゆくことが重要なのである。 これは、保育園のみならず幼稚園でも同様のことが言える。しかし、子どもの在園時間

が保育園に比べて比較的短い幼稚園ではなかなか難しいことであろう。 以下に、性的虐待を受けた子どもが、表わす主なサインをあげる。 ①人目を引きたがる行動 ⑤血のついた下着 ②年齢のレベルを超えた遊び、語彙、絵 ⑥膣からの分泌 ③片親に執着する ⑦強迫的なマスターベーション ④夜尿症や指しゃぶりへの退行 ⑧着替えの時、下着を脱ぎたがらない [柳下 2007]

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子どもの行動や様子にこれらの状態が見受けられた場合、性的虐待を疑うべきである。

また、保育園では対応しきれない場合は児相に相談するなど、早急に何らかの措置を取る

べきである。 4 カウンセラー、精神科 性的虐待を受けた子どもから事件の事実性などを確認する際、精神科的用法として、面

接が行われることが一般的である。しかし、面接と言っても大人が行う面接では、子ども

から事実を聞きだすことは非常に困難である。それは、何度も述べてきていることである

が、性的虐待を受けた子どもは、その事実を他者に話すことを嫌うためである。子どもの

中には、事実を話せば自分の愛する家族がバラバラになってしまうのではないか、このよ

うな恥ずかしい話はしてはいけないのではないかなどという懸念が存在するためである。 また、多くの子どものボキャブラリーの中には、自分の体験してきたことを表現する語

彙が存在していない。そのため、子どもと面接を行う場合は描画療法 7、箱庭療法 8、夢診

断 9など、言語を介さないさまざまな方法が用いられる。これらは、子どもの想像力の豊か

さをうまく利用した画期的な方法であるといえよう。しかし、言語に比べると彼らが何を

訴えたいのかを理解することが困難であることは明らかである。つまり、このような方法

を行うにあたっては、面接の仕方から、診断まで細部にわたって十分な知識と注意が必要

となるのである。 面接にはさまざまな方法があると上記した。ここでは、その中でも最近注目されている

「アナトミカル・ドルを使った面接法」というものを取り上げる。 「アナトミカル・ドル」とは、性的虐待を受けた疑いのある子どもたちから話を聞く際

に使われる「人形を用いた面接法」のことをあらわす。この方法は、1976 年にアメリカで、

ヴァージニア・フリードマンとマルシア・モーガンによって開発された方法である。アナト

ミカル・ドルによる面接法は現在、全米では 50 州、その他にも海外の多くの国で実際の面

接の現場や、性的虐待の予防プログラムのワークショップなどに使用されている。日本で

は、トロル 10という会社が輸入販売しており、最近は警察からも購入の要請が来るように

なるなど、日本での認知度も高まってきているという[西澤 2003:1-12]。 しかし、この人形を使用するに当たってはさまざまな注意を払わねばならない。面接者

の使い方によっては、事実とは反する情報を言うように子どもをコントロールしてしまっ

たり、あるいは性的虐待の 2 次被害を招きかねないからである。アナトミカル・ドルを使

用するのは、あくまで子どもが自身の性的虐待を説明するのに困難を生じた際に使用する

7 描画療法 子どもに絵を描かせることでその子どもの精神状態をみる。高度な技術が必要。 8 箱庭療法 箱の中に自由に動物や人間、家などを配置することにより、その位置関係や向きなどによって、精神

状態を見る 9 夢診断 見た夢を診断することで、その人の無意識下にある問題などを見る 10 トロル 児童書、パペットなどを取り扱う会社。保育関連のセミナーなどにも積極的に参加している。

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ひとつのツールであるということを忘れてはならない。また、裁判で証言するための正

確な情報を得るための面接であるという大前提も忘れてはならない[西澤 2003:52-76]。 以上のことからも明らかなように、アナトミカル・ドルは重要な面接ツールであるため、

そのサイズから素材までしっかりと定められている。下記のように、アナトミカル・ドル

自身にも、さまざまな既定がある一方で、使用法にも十分な注意が払われる必要がある。

まず、アナトミカル・ドルを利用する前に子どもとの間に十分な信頼関係を作ること。彼

らのバッググラウンドについての情報を得ること。そして、その会話の中で子どもの口か

ら性的虐待をほのめかす言葉が出るまでしっかり話を聞くことである [西澤

2003:24-51] 。 このように、子どもが自発的に発言をしたところで初めてこの人形の使う意義が発揮さ

れるのである。アナトミカル・ドルを利用することにより子どもたちにとって、本来は口

に出すことの難しい言葉を口にせずに表現でき、後々の裁判の重要な証言になるというこ

とも考えられる。そのため現在では多くの警察関係者が、この人形を使うようになってき

た。 しかし、この人形を使いこなすにはかなりの訓練が必要とされており現在の日本ではそ

のような訓練を受けた人は、皆無に等しいといっても過言ではない。その一方で、便利な

道具である人形のみが先歩きしているという現状は、紛れもない事実である。この人形を

使うには、まだまだ課題が残っているといえるであろう [西澤 2003:1-5] 。

表 1 アナトミカル・ドルの規定

[西澤 2003:14-17]より著者作成

アナトミカル・ドルの規定

成人人形 子ども人形

サイズ 身長 50cm

ウェスト 20cm

身長 40cm

ウェスト 20cm

開口部

口・肛門

ヴァギナ(女)

*大きさはペニスが

入るくらい

口・肛門

ヴァギナ(女)

*大きさはペニス

が入るくらい

性的特徴 バランスよく配置 バランスよく配置

身体 柔らかくて

壊れにくい

柔らかくて

壊れにくい

肌の色 白・褐色(薄・濃) 白・褐色(薄・濃)

安全性 ボタン・ワイヤー× ボタン・ワイヤー×

顔・髪の毛 ごく自然なもの ごく自然なもの

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5 NPO イギリス、アメリカなどの欧米諸国では性的虐待を受けた子どもたちに対するさまざま

な取り組みが行われているが、日本ではまだまだ十分な取り組みはされていない。 現在、日本において、性的虐待などを受けた子どもたちが行くことのできる NPO が運営

するシェルターは、全国で東京のカリヨン子どもセンター、名古屋のパオ、横浜のてんぽ

の 3 箇所のみである。年々、性的虐待や、身体的虐待などにより傷ついた子どもたちの数

は増える一方で、全国に 3 箇所という数は不十分であろう。 子どもたちが助けを求めたいと思っても、行く場所がなければ子どもたちは、自分たち

の置かれている劣悪な状況から抜け出すことは決してできない。自分のおかれている状況

からぬけだすことで、子どもたちは心の傷を乗り越える一歩を踏み出すことができるのに、

そのような状況から抜け出すことができないのであれば、法律上でどんなに虐待に関する

ものが増えたとしても、無意味ではないか。まずは、子どもたちが安心して心を落ち着か

せることのできる場所を作ることが必要であり、NPO などの活動が全国に広まってゆくべ

きであろう。

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第 3 章 性的虐待を受けた子どもたちの生活する施設の現状

第 2 章で述べたように、性的虐待を受けた子どもたちに対するさまざまな取り組みがな

されている。しかし、それは文献などの紙面上での記載であり、実情とは異なる部分があ

るのではないかと著者は考えた。子どもたちが虐待の傷を乗り越え次のステップに進む中

で、保護施設での生活のあり方が重要であると著者は考える。そこで、NPO と児童相談所

を比較し、現状を考察してゆく。

1 NPO 法人 子どもセンター 「てんぽ」 NPO 法人子どもセンター「てんぽ」(以下、てんぽ)は、児童虐待や非行により居場所

のなくなってしまった子どもたちに対して生活する場所を提供し、社会生活復帰への道し

るべを作ることを目的として 2007 年 4 月に開設された。てんぽは、子どもの権利に関心の

ある弁護士、児童相談所、児童福祉施設の人などが中心となり設立され、現在は弁護士と

常勤のスタッフ 1 名、非常勤のスタッフ 1 名、日勤、夜勤のボランティアスタッフにより

運営されている。 子どもたちの多くは、保護された児童相談所からの一時保護委託 11や役所を通しての弁

護士や裁判所などにてんぽを紹介されて来所する。受け入れ年齢は 15 歳から 20 歳までと

しているが、さまざまな子どもたちの状況などに応じて受け入れ年齢の外の子どもでも受

け入れる体制はできている。子どもの滞在期間は 2 ヶ月を目安としており、その間に子ど

もの担当弁護士 12と、てんぽを出た後のことについて話し合い次のステップを話し合って

ゆくこととなる。基本的には、滞在期間 2 ヶ月とされているが、さまざまな子どもの状況

により、滞在期間の変更は考慮されている。 てんぽでは、子ども担当弁護士以外に常勤、非常勤のスタッフとボランティアにより運

営されている。スタッフは主にてんぽ内の事務作業を始め、子どもたちの衣食住にかかわ

る全般のことを行っている。子どもたちにとっては、一番身近な存在であり、いわばてん

ぽにいるときの母親、父親役を担っているといっても過言ではない。一方、ボランティア

は夜勤としててんぽで活動しており、スタッフが帰宅した後のお留守番をする。ボランテ

ィアは、あくまでボランティアであり子どもたちと他愛のない話をしたり、一緒にご飯を

食べ、TV を見たりして過ごす。 ボランティアは、子どもたちのケースワークを主導しないというのが、てんぽでの鉄則

である。なぜならば、彼らの親代わりを勤めるのは担当弁護士であり、ボランティアの無

11 一時保護委託 一時保護とは、児童福祉法に基づき、保護を要する児童に所定の福祉措置が取られるまでの

間、一時的に児童相談所長が行う保護であり、それを委託されること 12 子どもの担当弁護士 1 人の子どもにつき、2 人の担当弁護士がつく。てんぽ滞在中は、この担当弁護士が彼

らの親代わりとなる。現在、てんぽの子ども担当弁護士に登録している弁護士は総勢 36名。子どもとの相性などを考慮しつつ弁護士は配属される。

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責任な発言などに子どもが振り回され、彼らの道を誤ったものにしないためである。私

は、夜勤のボランティアとして活動 13をしている中で、ただ単に子どもと話しているだけ

で何か私の存在意義はあるのだろうかと感じた。しかし、多くの子どもたちはつらい虐待

などの経験から、人との距離をうまくとることができない状況にある。その中で、私のよ

うなボランティアの存在は多くの人とコミュニケーションをとり、うまく自分と相手との

距離を作り上げる練習になるのだろうと感じた。また、スタッフや担当弁護士には言えな

いような愚痴や、悪いこと 14などを、思わずぽろっともらしてしまうということもある。

そのような意味でも、多くの人間とかかわることのできるボランティアの制度は、必要な

ものであろうと考え直した。 しかし、その一方で多くの人が出入りすることで、子どもがストレスを感じることもあ

るのではないか。例えば、いってきますと朝出かけた時に言った人が、ただいまと帰る頃

にはおらず、話などもいちいち一から話さねばならない。そのような中でうまく適応でき

る子どもは良いが、適応できない場合は逆にそれをストレスと感じてしまうのではないか。

確かに、常勤のスタッフ 15の配置などにより、すべてボランティアというよりは断然良い

環境であろう。また、物質的な人材不足というのも大きな問題であろう。しかし、子ども

の心の安らぎを提供する場所であるならば、あまり多くの人が出入りする環境は、逆に子

どもの心を不安定にさせる要因となり得るのではないか。 てんぽ設立の背景には、弁護士の方が仕事をしてゆく中で虐待を受けた子どもたちの中

に、自分の居場所を失っているケースと多く遭遇し、現在の日本には、そのような子ども

たちが居場所を求められる場所がないということがきっかけである。日本の法律上では、

民法上では 20 歳を成人としている一方で、児童福祉法では 18 歳という年齢で表記されて

いる。つまり児童福祉法をもとに活動を行う児相の保護管轄にある子どもの年齢は 18 歳ま

でとされておりそれ以上の子どもは、保護され、安心できる居場所がない。18 歳くらいの

年頃の子どもは、法の上では「子ども」という枠を卒業してしまう。しかし、実際は精神

的にも社会的にもまだまだ未熟で、誰かの手を借りなければ生きてゆくことは難しい。そ

のような子どもたちが居場所もなく、お金もないという状況に置かれてしまうと、自分の

体ひとつで収入を得ることのできる売春などに走ってしまうのである。 そのような子どもを増やさず、虐待により傷ついた子どもの心をさらに傷つけないた

めにもこのようなシェルターの果たす役割は大きいであろう。しかし、現在の日本にはこ

のようなシェルターは 3 箇所しか存在せず、全く不十分な状況にある。 2 子どもたちの生活環境と子どもたちの様子 てんぽでは、それぞれの子どもに一部屋ずつ部屋が与えられ、自室には必ず鍵をかける

ことになっている。これより、子どもには守ることのできるプライバシーの範囲ができ、

13 2007 年 8 月より、月に 2 回から 4 回 夜 20:00~翌朝 8:00 まで 14 悪いこと 例えば、喫煙など。 15 スタッフ 担当弁護士主導の下、お互いに分担し、ケースワークに参加している

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心の安定を求めることができるであろう。特に、性的虐待を受けたことのある子どもの場

合などは、自分のプライバシーの世界の境がわからない場合がある。幼い頃に毎日のよう

に父親が自室に勝手に入って来て、性的虐待を行っていた場合などは特にそうである。そ

のような子どもたちにとっては、自分を守ることのできる空間があり、そこを利用するこ

とによって、自分の世界と他人の世界というものを区別することができるようになるので

はないか。 一方で、個人の部屋を持つことにより、スタッフの目の届かないところに子どもが行く

ことで、さまざまな問題も生じる。例えば、喫煙をしてしまったり引きこもってでてこな

くなってしまったり。このようなことは、共同生活を強いられる児童相談所の一時保護施

設などでは難しい。しかし、てんぽのように個室が与えられている場合、このようなこと

が可能になってくるのである。 また、てんぽでは生活している人数が少ないため、一人ひとりにじっくりと目を向ける

ことができる。そのため、多くの集団で生活している児童相談所の子どもたちに比べると、

幾分か顔も心も穏やかであるように感じた。心に傷を負った子どもたちと向き合う場合、

その子どもと 1 対 1 でじっくり向き合い信頼関係を結ぶことが必要不可欠であると考える。

てんぽでは、なんども担当弁護士と会話をする中で、その信頼関係を作り出すことが可能

であろう。 てんぽで生活する子どもたちと、児童相談所などで生活する子どもたちの様子を比べる

と、精神的に落ち着いているように筆者は感じた。その要因として考えられる大きな理由

は、自分の安心できる居場所があるということではないか。今まで、彼らにはほっと一息

つける安心できる場所がなく、そのためにさまざまに傷ついてきた。その中で、てんぽに

は、自分の部屋があり、いつも自分の話を聞いてくれるスタッフ、親代わりとしてしっか

り後ろ盾をしてくれる弁護士の存在など、彼らを支えてくれる要因がある。そのような場

所で生活することによって、子どもたちは自分たちの身に起きたことを整理し、次のステ

ップに進むことができるのであろう。 3 退所した子どもたちの行き先 てんぽで生活する子どもたちは、2 ヶ月の間に次の行き先を決めることとなる。彼らの多

くは、てんぽ滞在中にアルバイトを始めたりすることで次のステップへの準備を始める。

子ども担当弁護士と定期的に話し合いをした中で、彼らはそれぞれの行く先を決めること

になる。行き先は、子どもたちそれぞれにより異なるが住み込みの就職をしたり、自立援

助ホーム 16に行ったりする。また、中には親元に戻る子どもたちもいるようである。 てんぽは、基本的に退所した子どもたちについては自らが連絡をしてこない限りコンタ

クトを取らないということになっている。それは、てんぽが一時的な避難所としての性質 16 自立援助ホーム 一般夫婦などの家庭に何人かの子どもたちが共同生活をし、自分たちの働いたお金で格安

の家賃を払い、それを貯金とし、ある程度貯金がたまったら、そのお金とともに退所し、自立

してゆくことを援助するところ

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を持っているためである。また、子どもたちが望まないのに積極的にかかわるのは、親切

の押し売りであるという考えを持っているためである。しかし、親元に戻った子どもの場

合、虐待の再発が起こる可能性は高いと筆者は考える。そのような状況に置かれてしまえ

ば、てんぽ滞在中に心の傷が少し良くなっていたとしても、その傷を悪化させる可能性は

高い。そのようなことを防ぐためにも、すべての子どもたちの退所後のケアを行うのはそ

の必要性がないとしても、せめて親元に帰った子どもたちに関する継続的なケアが必要で

あると考える。 4 相模原児童相談所 最近では、児童相談所に多くの被虐待児が保護されてくる。彼らは、児相内の一時保護

所で共同生活を行うこととなる。児相では、被虐待児の保護はもちろんのこと、その親た

ちに対してもケアを行っている。児相内には、児童福祉司や臨床心理士といわれる専門家

が勤務しており、児相の職員と専門家と親と子どもが、全て協力し、相互作用しあって問

題解決に向けて行動してゆくのである。 特に、親に対しては児相の職員や児童福祉司が、協力し合い子どもたちへの虐待行為を

なくすために、子育ての仕方から、悩みの相談などまで幅広くケアをしてゆく。一方で、

子どもたちには臨床心理士によるカウンセリングや、メンタルフレンド 17との交流の中で

対人関係の作り方を学ばせてゆく。虐待を受けた子どもの場合、極端に他人に依存してし

まったり、またはその逆であったりと、他人との距離関係がうまくはかれない子どもが多

い。そのため、まずはゆっくり時間をかけて自己と他人との関係作りをしてゆくことが必

要不可欠なのである。 相模原児童相談所内では、2 歳から 18 歳までの子どもを受け入れている。一時保護所で

生活している子どもの多くは虐待により保護されたケースが多いが、児相に通いでケアを

求めてくる子どもたちの中には不登校、発達障害、情緒障害あるいは親の病気などさまざ

まなバックグラウンドをもつ子どもたちがいる。そのような、さまざまな状態の子どもた

ちを同時にケアしてゆかねばならない児相内の職員の負担は計り知れないものであろう。 また、それぞれの子どもは愛情に飢えてきた子どもが多く、職員の愛を自分だけが独り

占めしたいという強い欲求を持っている。そのため、それぞれが自分に目を向けてもらえ

るように勝手な行動を起こす。筆者も、一時保護所の学習の時間のボランティア 18を行っ

たが、それぞれの子どもが自分の欲求を同時に求め、自分に何とか目を向けさせようと必

死なため、学習どころではなかった。しかし、このような行動を子どもが起こすのは当然

のことであり、むしろ自然なことであるといえる。本来ならば、親に対してこのような行

動をとり、親からの愛情を受ける中で自己を抑制することなども学んでゆく。しかい、愛

17 メンタルフレンド 子どもの話し相手、遊び相手になり、継続的に関係を持つことで他人とのかかわり方を身に

つけるお手伝いをする。ペースは、月に 1~2 回。1 人の子どもに対して 1 人のメンタルフレ

ンドがつく。大学などで心理を専攻している学生などのボランティアにより構成される。 18 2007 年 12 月より 隔週 1 回 朝 10:00~12:00 主に、テキストの丸付けなど

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を受けてこなかった子どもの場合、その愛情や、他人との接し方が分からず、とにかく自

分への愛情を確保しようということに躍起になってしまうのである。 5 子どもたちの生活環境と様子 相模原児童相談所内の一時保護所で生活する子どもたちには、4 人 1 部屋という割り当て

がされている。男女は廊下を挟んで左右に分かれているが、簡単に行き来できる距離にあ

る。4 人 1 部屋という割り当ては、そのときの子どもの状況などにより臨機応変に変更され

ている。精神状態がかなり不安定な子どもが入所した場合などは、その子どもと同じ部屋

になることでほかの落ち着いていた子どもたちの精神状態が不安定になることもある。そ

のため、子ども同士の相性や、状況に応じて 1 人に対して 1 人部屋を用意したり、さらに

精神状態が不安定な場合などは職員が付きっ切りでいるということもあるようである。 一時保護所は、共同生活の場であるため食事なども当番制である。また、学習をする時

間なども設けられており日直のような制度もあり小さな学校のような役割もある。しかし、

多くの子どもたちが自分のやりたいものをやるという勉強スタイルであり、その進度やや

る気の具合などもまちまちで、中には暴れだす子どももおり、決して勉強に向いた環境で

あるとは言えない。また、一時保護所内ではやっていけても、いざ普通の学校へ戻った場

合、周りの進度についてゆけず子どもたちが困ってしまうのではないかという懸念もある。 児童相談所でも、てんぽ同様一時保護所内での滞在期間は基本的に 2 ヶ月となっている。

もちろん、子どもの状況などにより不十分であればさらに 2 ヶ月更新され、まだ足りなけ

ればさらに 2 ヶ月とされている。しかし、さまざまなタイプの子どもたちが生活する中で 2ヶ月で心のケアを行うというのは困難に感じる。てんぽのように、一対一で今後について

考えてゆくのではない。多くの外部からの刺激を受けることで、不安定な子どもの心はさ

らに不安定になることは、避けられないであろう。 以上で述べたように、児童相談所内出生活する子どもたちはてんぽで生活している子ど

もたちに対して、かなり激しい。言動や態度、感情の浮き沈みなどもかなり激しくかなり

幼稚な面も見られる。確かに、同年代くらいのこと関係を持ち、多くの人と出会う中で対

人関係を形成するのには適した場所であるかもしれないが、ゆっくり心のケアをし、傷を

乗り越えてゆく場所としての役割はかなり困難なものであると考える。 6 退所した子どもたちの行き先 児童相談所を退所した子どもたちの行く先もてんぽ同様のものが多い。相談所職員や児

童福祉士などのケアのより、親が虐待の再犯性が少ない場合であれば、親元に帰る。一方

で、親側の改善が見られない場合は自立援助ホームや里親などの制度を利用することもあ

る。児童相談所の場合、親と子どもの包括的なケアを行っているため退所後も定期的に親

子関係の調査や追跡を行う。そのことにより、親側がまた虐待を行う危険性も減り子ども

の側も 1 人で我慢しなくても良いという安心感が生まれるのである。

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先にものべたが、このような継続的なケアは性的虐待などを受けた子どもたちの心のケ

アを行ううえで必要不可欠である。特に性的虐待の場合、心に負う傷は深く短期間でそれ

を乗り越えることは困難であり、逆にさらに子どもたちの心を傷つける可能性もある。そ

のようなことを防ぐためにも、親子を巻き込んだ継続的なケアは重要なものであると考え

る。

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終章 性的虐待を受けた子どもたちの心の傷をケアするために

以上のように、さまざまな文献やボランティア活動を通じて性的虐待を受けた子どもが

その心の傷を乗り越えるために必要なケアは以下の 5 点であると筆者は考える。 第1に、安心できる自分の場所を確保すること。何度も述べてきたように、子どもたち

が自らの身に起こったことを整理し、心の傷と向き合ってゆくためにはそのほかの日常生

活で不安があっては難しい。まずは、その不安を取り除き自分と向き合うことのできる場

所を作ることが必要である。 第 2 に、精神科医や心理カウンセラーなど専門知識を持った人のケアが必要であるとい

うこと。心の問題は素人が下手に手を出せば、さらに悪化しかねない。また、特殊な薬を

服用することにより症状が改善される場合などもある。そのような場合は、専門家の適切

な処方が必要である。 第 3 に、対人関係の構築である。精神科医や心理カウンセラーなどの知識がない人でも

彼らの話を聞いてあげたり、一緒に遊んだりすることで対人関係を作る練習台になってあ

げることはできる。心に傷を持った子どもは、うまく対人関係が築けず、自らのプライベ

ートな部分は、どこで他人と自分の距離のとり方が分からない子どもが多い。しかし、今

後自らの身を守るためにも、社会生活に復帰するためにも、自らの力で対人関係を構築す

る力をつけることは必須であろう。 第 4 に、性教育、売春などの防止のための指導である。性的虐待を受けた子どもの場合、

性に関する考え方がゆがんでしまうことが多い。自分はもう穢れていて、普通の仕事はで

きないから売春婦になるなどという考えを持つ人も少なくない。しかい、それでは自らの

傷口に塩をすり込むようなものであり、何の解決にもならない。彼らが余計に傷つくだけ

である。2 次被害を生み出さないためにも、このような指導は必要である。 第 5 に、退所後の継続的なケアである。いくら、シェルターや保護所内で心の傷がケア

されたとしても社会復帰した中で再発したら、以前以上に彼らの心は傷ついてしまう。そ

れでは、いつまでたっても前へ進むことはできない。彼らが、新しい一歩を踏み出すため

にも、定期的に彼らの様子を見、カウンセリングを続けてゆく中で長期的にケアしてゆく

必要があるのである。 性的虐待に関する問題は、あまり表にされることはない。しかい、現実に多くの子ども

たちが傷つき、彼らは大人になっても苦しんでいる。そのような人々を生み出さないため

にも、私たちは性的虐待の存在を認識し、被害者を支えてゆく体制などを構築せねばなら

ない。また、彼らを理解し、彼らを支えてゆくよう努力せねばならない。

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参考文献

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大沼保昭(2005)『国際条約集』有斐閣 仙波純一(2002)『精神医学』放送大学教育振興会 Shurts, D Pamela(2006)『9 人の児童性虐待者』牧野出版 渋井哲也(2003)『出会い系サイトと若者たち』洋泉社 思春期青年期ケース研究編集委員会(2000)『虐待と思春期』岩崎学術出版社 田上時子(2000)『知っていますか?子どもの虐待 一問一答』解放出版社

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Terr,Lenore(2006)『恐怖に凍てつく叫び:トラウマが子どもに与える影響』金剛出版 徳重篤史(1989)『子どもの性』同朋舎出版 友田明美(2006)『いやされない傷:児童虐待と傷ついていく脳』診断と治療社 若林慎一郎,本城秀次(1987)『家庭内暴力』金剛出版 Wright,Lawrence(1999)『悪魔を思い出す娘たち:よみがえる性的虐待の記憶』柏書房 児童相談業務研究会(2001)『児童相談所 汗と涙の奮闘記』都政新報社 Zulliger,Hans(1978)『遊びの治癒力』黎明書房

参考 HP トロルHP (2007,1,23)http://www.troll-ren.jp/ 子どもセンターてんぽ HP(2007,12,23)http://www3.pala.or.jp/tempo/ 愛知弁護士会 HP(2007,12,23)http://www.aiben.jp/page/library/kaihou/1807pao.html カリヨン子どもセンターHP(2007,12,23)http://www.h7.dion.ne.jp/~carillon/

参考資料

柳下明子(2006)講演会資料 毎日新聞 (2006)

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付録 以下の付録部分では本論では取り上げることのできなかった、子どもセンターてんぽの

より詳しい情報を書くことにする。 1 てんぽでの子どもたちの生活 てんぽには、子どもたちそれぞれに 6 畳ほどの居室が用意されており居室内にあらかじ

め用意されているのは、洋服ダンスとベッドのみである。テレビなどは、共同スペースの

リビングにあり、食事も皆で 1 つのテーブルを囲むスタイルをとっている。また、お風呂

は 2 つあり、それぞれ男女別に分けられている。今までに、男子 2 名、女子 4 名が利用者

として来所した。その時の子ども同士の相性や状態などにより、男子と女子を異なる階に

したり、子どもたちの間の部屋にボランティアスタッフが宿泊するなどの部屋割りを行う。

子どもたちは自室の鍵を自ら管理するが、携帯電話は外出時にスタッフルームからスタッ

フに出してもらったり、現金は必要に際して、その都度スタッフに申告することとなる。 子どもたちの中には、学校に通う子どももいるが、一日をそれぞれ思い思いに過ごす。

TV を見たり、音楽を聴いたり、DVD を見たりなど。そのようにして、ゆっくりとした自

分の生活リズムを作り、自分の気持ちを落ち着かせた上で、アルバイトを探したり就職先

を考えたりする。つまり、てんぽでの生活期間は次のステップへの架け橋であり、自分を

落ち着かせる場所でもある。 以下の表は、ある子どもの一日のスケジュールをあらわしたものである。

筆者作成 てんぽ滞在中の子ども・スタッフの活動の一例

在学中・仕事中の子ども 学校などがない子ども スタッフ・ボランティア

6:00~7:00 起床・朝食 就寝 朝食準備

8:00 登校・出勤 起床(早い子) 引継ぎ

午前中 外出 起床(遅い子) 家事・事務作業など

昼食 外出 スタッフとともに昼食 昼食準備

午後 外出 自由時間 家事・自由時間

19:00~20:00 帰宅してれば夕食 夕食 夕食準備・引継ぎ

22:00 門限 自由時間 自由時間

23:00 就寝 就寝 就寝

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以上のように、学校や仕事がある子どもとない子どもでは、時間の使い方に差があるが、

夕食はなるべく皆でとるというのは非常に良い点であろう。また、私が特に重要な時間で

はないかと考えるのは、夕食後である。その時間は、リビングにしか TV がないため、たい

ていの子どもたちとスタッフやボランティアの間に会話が生まれる。そのような他愛のな

い会話の中に、今、彼らが考えていることや悩んでいることを見出すことができるのであ

る。 もちろん、見ず知らずの他人がともに生活し、共に語り合う中で、さまざまなギャップ

が出てくるのは確かである。子どもたちにとっても、たくさんのボランティアの中には気

の合う人と合わない人がおり、気の合わない人と過ごすのは、逆に苦痛になってしまう。

と、子どもが漏らしているのを聞いたことがある。しかし、今後社会に出てゆく中で、さ

まざまな人と出会い、気が合わないと感じた中でも上手くやってゆくスキルを身につける

ことは重要である。特に、虐待などを受けた子どもは、他人との距離のとり方があまり上

手ではない。その他人との距離のとり方を練習する時間として、夕食後の 2 時間弱を利用

するのは彼らにとってもプラスになるであろう。 2 ボランティアをして感じたこと 以前、子どもたちの会話の中で自分たちが援助交際を行っていたとき、自分の値段はい

くらだったかという話を聞いたことがあった。おそらく年も近かった私であったから、思

わずもらしてしまった会話の内容であろう。彼らの話を聞いている中で、まだほんの 10 数

年しか生きていないのに、彼らは私には決して想像することのできないさまざまな経験を

して、ここまで生き延びてきたのだということを実感した。まだまだ、甘えたい盛りの頃

に親に見捨てられ、暴力を振られ、彼らには無条件に愛されるという感情が足りないので

はないかと感じた。それは、ほんの些細な約束を覚えていたり、会話の中で話していたこ

とを覚えていただけですごく喜ぶという彼らの行動に現れているのではないか。自分のこ

とを気にかけてくれる誰かがいる。ということを肌で感じるだけで、1 人で懸命に生きてき

た彼らの心は幾分楽になるのだろうと感じた。 援助交際のことを笑い話のように話す彼らは、たくさん傷ついたであろう。しかし、生

きてゆくためにはその方法しかなく、彼らはその時に感じた心の傷を一生背負ってゆかね

ばならない。私たち大人は、決して子どもたちにこのようなつらい経験をさせてはならな

い。最近では、虐待の件数が増えている。つまり必然的に、このような思いをする子ども

の数も増加しているのである。子どもは親を選べない。だからこそ、親は子どもを大切に

し、愛する義務があると私は考える。