原発性肺腺癌と鑑別を要した尿膜管癌肺転移の1例 - …848 症 例...

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848 ●症 要旨:症例は 58 歳男性.2006 年,尿膜管癌の既往があり,当院泌尿器科で尿膜管摘出術・膀胱部分切除 術・骨盤内リンパ節廓清を施行された.2009 年 4 月中旬,血痰・左胸痛を主訴に当院内科受診.造影 CT で左 S3 に径 4 cm 大の腫瘤影,右 S1・左 S10 に小結節を認めた.気管支内視鏡検査を施行したところ, 左 B3 入口部を閉塞する隆起性病変を認めた.細胞診では,高分化腺癌の疑いであったが,大小不同の核所 見を伴い,粘液産生を認め,原発性肺腺癌には非典型的な所見であった.経気管支肺生検で得られた組織か らも同様の腫瘍細胞を認め,既往である尿膜管癌の切除標本と類似した組織像を示していた.さらに,原発 性肺腺癌に特異的に発現する Thyroid transcription factor-1(TTF-1)と Surfactant precursor protein B (SPPB)に対する抗体を用いて免疫組織化学法を行ったところ,ともに陰性であった.以上の病理学的検 討より,尿膜管癌の肺転移と診断した.尿膜管癌は全膀胱癌の約 1% 程度と極めて稀な疾患であり,その 肺転移の症例は貴重といえる.我々は,原発性肺腺癌と鑑別を要した尿膜管癌の肺転移の 1 例を経験した ので,文献的考察を加えて報告する. キーワード:尿膜管癌,転移性肺腫瘍,原発性肺腺癌,免疫組織化学法 Urachal carcinoma,Metastatic pulmonary cancer,Primary lung adenocarcinoma, Immunohistochemical method 尿膜管は膀胱ドーム上部と臍帯の間に位置する胎児組 織であり,この尿膜管を起源とする尿膜管癌は,全膀胱 癌の約 1% 以下,膀胱に発生する腺癌の約 10% と極め て稀な疾患である .尿膜管上皮はいずれの上皮細胞に も分化する潜在性を有し,癌化した場合さまざまな組織 形態をとりうるが,その内訳はムチン産生型腺癌が多 .尿膜管癌は進行した病期で発見されることが多く, 5 年生存率は 5~16% と予後不良な悪性腫瘍である 外科的切除を施行された例でも再発率が 38~50% と高 く,そのほとんどが膀胱,腹壁など骨盤内の局所再発で ある.本症例は,外科的切除を施行した尿膜管癌が 3 年 後に再発し,局所再発を伴うことなく肺転移をきたした 非常に稀な症例であり,文献的考察を加えて報告する. 症例:58 歳,男性. 主訴:血痰,左胸痛. 喫煙歴:30 本! 日×32年間(50歳で禁煙). 既往歴:2006 年;尿膜管癌,2007 年;鼠径ヘルニア. 粉塵吸入歴:なし. 家族歴:特記事項なし. 現病歴:2006 年,当院泌尿器科で尿膜管癌と診断さ れ,尿膜管摘出・膀胱部分切除術(en bloc segmental re- section),骨盤内リンパ節廓清を施行された.膀胱頂部 に認めた腫瘍組織の切除標本から,Hematoxylin-Eosin (HE)染色で,クロマチンの増量,腫大,大小不同の核 所見を呈する腸上皮型の異型細胞が管状~融合腺管状・ 乳頭状構造を伴い浸潤増殖する像を認めた(Fig.1A,B). 免疫組織化学法では,CEA 陽性,cytokeratin(CK) -20 陽性(Fig. 1C,D),CK-7 陰性を示し,尿膜管癌に矛盾 しない所見であった .腫瘍は,膀胱壁外に浸潤を認め たことから Seldon 分類 Stage IIIA であり,ゲムシタビ ン(Gemcitabine;GEM)とシスプラチン(Cisplatin; CDDP)による術後補助化学療法を 2 コース施行された (GEM:1,000 mg! m 2 Day1,8,15+CDDP:70 mg! m 2 Day2) .その後外来で経過観察され,腹部 CT や膀胱 鏡検査などで再発を示唆する所見は得られず,3 年間再 発を認めなかった.2009 年 4 月初旬,咳嗽時に血痰と 左胸痛を自覚した.数日間症状が持続したため当科を受 原発性肺腺癌と鑑別を要した尿膜管癌肺転移の 1 例 竜野 真維 田村 志宣 谷口 文崇 安岡 弘直 那須 英紀 藤本 特三 〒6468588 和歌山県田辺市新庄町 46 番地の 70 1) 社会保険紀南病院内科 〒6418509 和歌山市紀三井寺 811 番地 2) 和歌山県立医科大学臨床検査医学 (受付日平成 23 年 4 月 4 日) 日呼吸会誌 49(11),2011.

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Page 1: 原発性肺腺癌と鑑別を要した尿膜管癌肺転移の1例 - …848 症 例 要旨:症例は58歳男性.2006年,尿膜管癌の既往があり,当院泌尿器科で尿膜管摘出術・膀胱部分切除

848

●症 例

要旨:症例は 58歳男性.2006 年,尿膜管癌の既往があり,当院泌尿器科で尿膜管摘出術・膀胱部分切除術・骨盤内リンパ節廓清を施行された.2009 年 4月中旬,血痰・左胸痛を主訴に当院内科受診.造影CTで左 S3に径 4 cm大の腫瘤影,右S1・左 S10 に小結節を認めた.気管支内視鏡検査を施行したところ,左B3入口部を閉塞する隆起性病変を認めた.細胞診では,高分化腺癌の疑いであったが,大小不同の核所見を伴い,粘液産生を認め,原発性肺腺癌には非典型的な所見であった.経気管支肺生検で得られた組織からも同様の腫瘍細胞を認め,既往である尿膜管癌の切除標本と類似した組織像を示していた.さらに,原発性肺腺癌に特異的に発現する Thyroid transcription factor-1(TTF-1)と Surfactant precursor protein B(SPPB)に対する抗体を用いて免疫組織化学法を行ったところ,ともに陰性であった.以上の病理学的検討より,尿膜管癌の肺転移と診断した.尿膜管癌は全膀胱癌の約 1%程度と極めて稀な疾患であり,その肺転移の症例は貴重といえる.我々は,原発性肺腺癌と鑑別を要した尿膜管癌の肺転移の 1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.キーワード:尿膜管癌,転移性肺腫瘍,原発性肺腺癌,免疫組織化学法

Urachal carcinoma,Metastatic pulmonary cancer,Primary lung adenocarcinoma,Immunohistochemical method

緒 言

尿膜管は膀胱ドーム上部と臍帯の間に位置する胎児組織であり,この尿膜管を起源とする尿膜管癌は,全膀胱癌の約 1%以下,膀胱に発生する腺癌の約 10%と極めて稀な疾患である1).尿膜管上皮はいずれの上皮細胞にも分化する潜在性を有し,癌化した場合さまざまな組織形態をとりうるが,その内訳はムチン産生型腺癌が多い2).尿膜管癌は進行した病期で発見されることが多く,5年生存率は 5~16%と予後不良な悪性腫瘍である3).外科的切除を施行された例でも再発率が 38~50%と高く,そのほとんどが膀胱,腹壁など骨盤内の局所再発である.本症例は,外科的切除を施行した尿膜管癌が 3年後に再発し,局所再発を伴うことなく肺転移をきたした非常に稀な症例であり,文献的考察を加えて報告する.

症 例

症例:58 歳,男性.

主訴:血痰,左胸痛.喫煙歴:30 本�日×32 年間(50 歳で禁煙).既往歴:2006 年;尿膜管癌,2007 年;鼠径ヘルニア.粉塵吸入歴:なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2006 年,当院泌尿器科で尿膜管癌と診断さ

れ,尿膜管摘出・膀胱部分切除術(en bloc segmental re-section),骨盤内リンパ節廓清を施行された.膀胱頂部に認めた腫瘍組織の切除標本から,Hematoxylin-Eosin(HE)染色で,クロマチンの増量,腫大,大小不同の核所見を呈する腸上皮型の異型細胞が管状~融合腺管状・乳頭状構造を伴い浸潤増殖する像を認めた(Fig. 1A,B).免疫組織化学法では,CEA陽性,cytokeratin(CK)-20陽性(Fig. 1C,D),CK-7 陰性を示し,尿膜管癌に矛盾しない所見であった4).腫瘍は,膀胱壁外に浸潤を認めたことから Seldon 分類 Stage IIIA であり,ゲムシタビン(Gemcitabine;GEM)とシスプラチン(Cisplatin;CDDP)による術後補助化学療法を 2コース施行された(GEM:1,000 mg�m2 Day1,8,15+CDDP:70 mg�m2

Day2)5).その後外来で経過観察され,腹部CTや膀胱鏡検査などで再発を示唆する所見は得られず,3年間再発を認めなかった.2009 年 4 月初旬,咳嗽時に血痰と左胸痛を自覚した.数日間症状が持続したため当科を受

原発性肺腺癌と鑑別を要した尿膜管癌肺転移の 1例

竜野 真維1) 田村 志宣1) 谷口 文崇1)

安岡 弘直2) 那須 英紀1) 藤本 特三1)

〒646―8588 和歌山県田辺市新庄町 46 番地の 701)社会保険紀南病院内科〒641―8509 和歌山市紀三井寺 811 番地2)和歌山県立医科大学臨床検査医学

(受付日平成 23 年 4月 4日)

日呼吸会誌 49(11),2011.

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尿膜管癌肺転移の 1例 849

Fig. 1 Microscopic findings of the urachal carcinoma with hematoxylin-eosin (HE) staining (A, ×40, B, ×100). Immunohistochemical findings of the primary tumor tissue were positive for CEA (C, ×100) and CK20 (D, ×100).

Fig. 2 Chest X-ray film on admission shows a mass shadow in the left hilum of the lung.

診,胸部レントゲンで左肺門部に異常陰影を認め,精査目的で入院となった.入院時現症:身長 162 cm,体重 50 kg,体温 36.3℃,

血圧 130�70 mmHg,脈拍 72 回�分,経皮的動脈血酸素飽和度 98%(room air).眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし,表在リンパ節触知せず,心雑音聴取せず,左前胸部よりラ音を聴取,腹部平坦・軟・圧痛なし,下腹

部に手術痕あり,四肢に浮腫なし,皮膚皮疹なし.血液検査所見:白血球,CRPは正常であり,貧血は

認めなかった.血液生化学所見に特記すべき異常は認めなかった.腫瘍マーカーではCEAが 18.6 ng�ml と高値であった(原発巣切除前のCEAは,17.7 ng�ml であり,術後より正常値となった).尿検査:血尿や粘液尿はみられず,特記すべき異常所

見を認めなかった.胸部レントゲン写真;左肺門部に突出する腫瘤影を認

めた(Fig. 2).胸腹部造影CT:左肺 S3 に均一な造影効果を伴う長

径 4 cm大の腫瘤影を認め(Fig. 3A,B),右肺 S1,左肺 S10 に小結節影を認めた(Fig. 3C,D).明らかなリンパ節腫脹は認めなかった.腹部・腸管・骨盤内には異常所見を認めなかった.臨床経過:左肺門部に長径 4 cmの腫瘤を認め,両肺

野に小結節影を認めたことから,原発性肺癌とその肺内転移を疑い,精査を開始した.気管支内視鏡検査を行ったところ,左気管支B3入口部を閉塞する,白苔を伴った隆起性病変を認めた(Fig. 4A).これをブラシで擦過し,検体を採取した.細胞診では高分化腺癌と診断されたが,細胞は大小不同の核を伴い,粘液の産生を認め,原発性肺腺癌として非典型的な細胞形態であった(Fig.4B).左気管支B3入口部の腫瘤に対し,経気管支肺生

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日呼吸会誌 49(11),2011.850

Fig. 3 Chest CT scan shows a 4-cm mass shadow in the left S3 (A). Enhanced CT scan shows a mass shadow in the left S3 (B). Chest CT scan shows nodular shadows in the right S1 (C) and the left S10 (D).

Fig. 4 Bronchofibroscopy revealed obstruction of the left B3 by a visible tumor (A). The cytological di-agnosis by Papanicolaou staining was high-grade adenocarcinoma (B×40).

検(Transbranchial Lung Biopsy;TBLB)を施行した.TBLBで得られた組織のHE染色では,クロマチンの増量,腫大,大小不同の核所見を呈する腺癌細胞を多数認め,尿膜管癌の手術標本と類似した組織像であった(Fig.5A).また,Alcian-blue 染色では,腫瘍細胞からの豊富なムチン産生を認めた(Fig. 5B).原発性肺癌に特異

性が高いとされるTTF-1 と SPPBに対する抗体を用いた免疫組織化学法を行ったところ,両者はともに陰性であった(Fig. 5C,D)6)7).さらに,原発巣と同様に免疫組織化学的に検討したところ,CEA陽性,CK-20 部分陽性(Fig. 5E,F),CK-7 陰性を示し,原発巣切除標本とほぼ一致した染色パターンを呈した4).これらの病理

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尿膜管癌肺転移の 1例 851

Fig. 5 Microscopic findings of the tumor tissue with HE staining (A, ×100) and Alcian-blue staining (B, ×100). Nuclear staining for TTF-1 (C, ×100) and cytoplasmic staining for SPPB (D, ×100) were nega-tive in the tumor tissue. In addition, immunohistochemical findings of the tumor tissue were positive for CEA (E, ×100) and CK20 (F, ×100).

所見から,尿膜管癌肺転移と確定診断した.治療として,進行膀胱癌に対する化学療法であり,2006 年に術後補助化学療法として行ったGEMと CDDPの併用療法を開始した5).化学療法 2コース終了後に撮影したCTでは,左 S3 の腫瘍に著明な縮小を認めた(Fig. 6B).さらに,両肺野の小結節も消失した.化学療法への反応は良好であったため,6コースを施行した.その後外来で経過観察したところ,約 1年間完全寛解

を維持した.2010 年 7 月,左肺 S3 に腫瘍の再発を認め,CEA8.5 ng�ml と上昇傾向を認めたため,化学療法を再開した.前回の化学療法施行中にGrade 2 の腎機能障害を認めたため,カルボプラチン(Carboplatin;CBDCA)と GEMの併用療法(GEM:1,000 mg�m2 Day1,8+CBDCA:AUC5 Day1)を 2次治療として選択した8).4コースを施行後にCTを撮影したところ,腫瘍はやや縮

小し,部分寛解と判断した.2011 年 1 月,腫瘍の再増大を認め,CEA41.9 ng�ml と上昇を認めたため,増悪と判断した.3次治療の化学療法としてテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(Tegafur-Gimeracil-Oteracil potassium;S-1)とイリノテカン(Irinotecan;CPT-11)の併用療法(S-1:80 mg�m2 Day1-14+CPT-11:150 mg�m2 Day1)を選択した9).現時点で 4コースを終了し,腫瘍径は縮小傾向を認め,CEAも 5.7 ng�mlまで低下,部分寛解の判定となっている.引き続き化学療法を継続していく方針である.

考 察

尿膜管は胎生期に退縮する胎児組織であり,成人では索状物となるが,部分的に上皮成分が残存することがあり,残存した尿膜管上皮細胞巣からは稀に悪性腫瘍が発

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日呼吸会誌 49(11),2011.852

Fig. 6 The serial findings of chest CT scans show a reduced shadow in the left S3. (A) On admission. (B) After 2 cycles of chemotherapy consisting of CDDP+GEM.

生する10).日本における膀胱癌の発生数は年間 8,000~9,000 人であり,尿膜管癌は膀胱癌の 0.55~1.2%を占める11).尿膜管癌の臨床症状の多くは,血尿,膀胱刺激症状などであり,約 80%が Sheldon 分類 StageIII 以上の進行癌として発見される1)3)12).そのため尿膜管癌の予後は不良とされ,5年生存率は 5~16%と報告されている13).尿膜管癌は局所再発の傾向が強いことから,診断時すでに膀胱や周辺臓器へ進行していることが予想されるため,多くの症例では尿膜管全摘・膀胱部分切除に加え,腹膜,腹壁の一部を臍とともに一塊として摘出するen bloc segmental resection や,膀胱全摘,骨盤内リンパ節郭清が施行される14).術後補助化学療法の有用性は確立していないが,浸潤傾向が強い症例では,手術操作によって腫瘍が散布される危険性が高いといわれる3)15).本例は膀胱壁外浸潤を認める進行癌であり,術後補助化学療法を追加された.手術を施行された症例でも術後高率に局所再発・転移を認め,特に膀胱内や腹壁など骨盤内に局所再発を認める例が多い.切除後の再発率は 40%で,その内訳として局所再発が 51.9%,次いで肺転移が22.2%と報告されている15).肺は比較的転移の好発する部位であるが,局所再発を伴うことなく単独で遠隔転移を生じる例は比較的稀であり,本例は局所再発を認めず,肺転移を伴った尿膜管癌再発例として,非常に稀な症例といえる1)13)16).本例は,臨床経過および初診時の画像所見から原発性

肺腺癌を疑われたが,気管支鏡検査で得られた擦過細胞診では原発性肺腺癌としては非典型的であった.尿膜管癌の手術標本とTBLBの標本でのHE染色像は,共に大小不同の核所見を呈する高分化腺癌を認め,類似していた.尿膜管癌の組織型は,ほとんどが腺癌であり,ムチンを産生するものが多く,大腸癌と類似した組織像をとることが知られている1)3).本症例のTBLBで得られた組織でも,Alucian-Blue 染色で特徴的な粘液産生像を認め,尿膜管癌を疑う所見であった.原発性肺腺癌と転移性肺腺癌の鑑別に際しては,原発性肺腺癌に特異性の高いTTF-1 と SPPBに対する抗体を用いた免疫組織化学法が有用である6)7).TTF-1 は甲状腺・肺・脳で認められる転写調節因子であり,SPPBは肺サーファクタントを構成する蛋白質の 1つである.TTF-1 は肺腺癌での感度が 75%と高率に陽性を示し,他の腫瘍では一部を除いてほぼ陰性となるため,原発性肺腺癌と転移性肺腺癌との鑑別において有用である.ただし甲状腺癌など一部の腫瘍では陽性となるため,SPPBをはじめとする補助的な染色法を組み合わせることにより,診断の確実性を高めることができる6)7).本例では,TTF-1,SPPBが共に陰性であり,転移性肺腺癌を示唆する結果であった.さらに,上皮系のマーカーであるCK-7 や CK-20 は,

腫瘍の原発臓器によって異なる発現パターンを示すことから,腺癌の鑑別において,これらに対する抗体を用い

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尿膜管癌肺転移の 1例 853

た免疫組織化学法がしばしば用いられる17). CK-7 は肺,膀胱,卵巣,膵,子宮内膜から発生する腺癌の多くで陽性,大腸癌では一般に陰性となる.CK-20 は膀胱や大腸から発生する腺癌の多くで陽性であり,一部の肺,精巣,子宮内膜,卵巣,乳腺を原発とする腫瘍でも陽性例がある17)18).一般的に,大腸癌はCK7 陰性・CK20 陽性,肺腺癌はCK7 陽性・CK20 陰性であることが多い.尿膜管癌は稀な疾患であるため,免疫組織化学法について検討された報告は少ないが,Gopalan らの尿膜管癌 24 例の報告では,CK20 陽性を全例に認め,CK7 はその半数程度しか認めなかった4).本例ではTBLBで得られた組織標本で,CK7 陰性・CK20 陽性を示し,これは原発巣と同様の染色パターンであり,尿膜管癌肺転移を支持する結果となった.また,Gopalan らは,類似した組織像をとる大腸癌と尿膜管癌の鑑別のため,β-Catenin や 34BE12 などの免疫組織化学法を行い,その陽性細胞の染色性で鑑別が可能であると報告している4).本例では,β-Catenin や 34BE12 などの免疫組織化学法は行われなかったが,原発巣の切除標本と転移性肺腫瘍のTBLB標本を病理学的および免疫組織化学的に比較検討した結果,尿膜管癌肺転移との診断に至ることができた.転移をきたした尿膜管癌に対して有効性とされる治療

法は確立されていないが,乳癌や消化器癌などの腺癌へ感受性のある 5-FUは,尿路系の腺癌に対しても有用性が期待されている19).西山らにより,メトトレキサート(Methotrexate;MTX),フルオロウラシル(5-fluorou-racil;5-FU),エピルビシン(Epirubicin;epiADM),CDDPを用いた多剤併用化学療法(M-FAP療法)の有効性が報告されて以来,CDDPや 5-FUを中心に様々な抗腫瘍薬を用いた化学療法や放射線療法などが試みられていたが,生存期間中央値は 1年余りと短かった3)20).しかしながら,それら報告の中には,GEMと CDDPを併用した化学療法によって治療され,4年以上の長期生存した例も含まれている3).近年の報告では,5-FUの誘導体である S-1 と CDDPの併用療法,CPT-11�5-FU�ロイコボリン(leucovorin)の多剤併用療法,パクリタキセル(Paclitaxel)単独療法など様々な化学療法が検討されており,症例報告ではあるが一部有用性が確認されている21)22).本症例は,術後 3年経過して再発を認めたが,化学療法を継続することで,初発から現在に至る 5年間の長期生存を得ることができている.尿膜管癌は,稀少疾患であり,かつ再発・再燃の可能性が高い予後不良な疾患であるが,抗腫瘍薬の特性・相乗効果・有害事象などを加味し,可能な限り化学療法をすすめていく方針である.謝辞:治療方針に関して貴重な助言を頂きました,財団法人佐々木研究所付属杏雲堂病院腫瘍内科 河野勤先生に深謝

いたします.

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日呼吸会誌 49(11),2011.854

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Abstract

A case of metastatic pulmonary cancer from urachal carcinoma that required differentiation fromprimary lung adenocarcinoma

Mai Tatsuno1), Shinobu Tamura1), Fumitaka Taniguchi1), Hironao Yasuoka2),Hideki Nasu1)and Tokuzo Fujimoto1)

1)Department of Internal Medicine, Social Insurance Kinan Hospital2)Department of Clinical Laboratory Medicine, Wakayama Medical University

A 58-year-old man was given a diagnosis of urachal carcinoma and underwent a partial cystectomy with en-bloc removal of the tumor and radical lymphadenectomy in 2006. In April 2009 he was admitted to our hospital be-cause of hemoptysis and left chest pain. Chest CT showed a 4-cm mass shadow in the left S3 and nodular shadowsin the right S1 and left S10. Flexible bronchoscopy demonstrated a tumorous lesion at the orifice of the left B3bronchus. Although the cytological diagnosis suggested high-grade adenocarcinoma, the tumor was producingmucin and consisted of cells with anisonucleosis, which is not typical of primary lung adenocarcinoma. We thenperformed immunohistochemical and histological examination of a transbronchial lung biopsy specimen. The his-tological findings of the specimen were very similar to those of the previously resected urachal carcinoma. In addi-tion, the tumor cells were negative for thyroid transcription factor-1 and surfactant precursor protein B, whichare specific to primary lung adenocarcinoma. We therefore diagnosed metastatic pulmonary cancer from urachalcarcinoma, which is a rare manifestation in bladder cancer. We report a rare case of metastatic pulmonary cancerfrom urachal carcinoma that required differentiation from primary lung adenocarcinoma in addition to a discus-sion of the literature.