筋横断面積を用いた介護予防システムの構築 ·...

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福元 清剛 工学研究科 助教 まず安全・簡便に筋の横断面画像が測定できるシステムの開発を行いまし た.開発したシステムでは人体に無害とされる超音波を用いています.このシ ステムでは超音波探触子がリンク機構の先端に取り付けてあり,身体表面に 沿って柔軟に移動させながら横断面画像を撮影することができます.座位や 仰臥位の姿勢でも測定に応じることができるため,高齢者や要介護者の測定 にも対応できます.システムの精度も高く,リンクの測定誤差は 1 mm 程度で す.また同一被験者の同一部位(大腿部)を開発した超音波システムと MRI で それぞれ撮影し,画像の比較検証を行った結果,本システムで得た筋横断面 積の妥当性を確認することができました.現在までに 1,000 名以上を測定し, 各 ADL(起立,歩行,走行,階段昇りなど)に必要な筋横断面積を示す ADL マ ップを作成しました.また要介護となる筋横断面積の閾値についても求め,健 常群と要介護群の境界が存在する可能性を示しました. ・ 超音波 ・ 肢体横断面画像 ・ 筋横断面積 ・ 高齢者 ・ 要支援・要介護 ■ キーワード 特筆すべき研究ポイント: 1. 従来,高齢者や要介護者の筋横断面積測定は医療機関や特定の施設 でしか実施できず,被測定者に大きな負担を強いる可能性がありまし た.このシステムでは対象者が誰であっても少ない負担で測定できま す. 2. 短時間に多くの測定データを集めることが容易であり,データベースの 作成も可能となります. 新規研究要素: 1. フィールドにおける筋横断面積測定を可能にしました.これにより寝たき りの方や要介護者であっても,養護施設や自宅での測定ができます. 2. 測定に危険性の伴う筋力ではなく,筋横断面積を測定することにより,よ り安全に評価を行うことができます. 従来技術との差別化要素・優位性: 1. X 線や強力な磁場を必要とせず,人体に無害とされる超音波を用いて, 肢体の完全な横断面画像を撮影することができます. 2. 専門的な知識や経験がなくても,少し練習するだけで横断面画像の計 測を行うことができます. ・ 人間工学 ・ 計測制御工学 ■ 技術相談に応じられる関連分野 筋横断面積を用いた介護予防システムの構築 現在,本邦は高齢社会を迎えており,それに伴う要支援・要介護高齢者の 増加が大きな社会問題となっています.要支援・要介護となる原因の約 30%は 日常生活動作(ADL)遂行能力の低下によるものであり,要介護を予防するた めには,ADL を自立して行えるだけの筋力を維持することがひとつの手段とし て考えられます.筋力を評価する方法として筋力測定がありますが,高齢者 にとっての筋力測定は,骨折や関節症の誘発,血圧の上昇といった問題があ ります.そこで筋力と高い相関関係にある筋横断面積を用いることで,安全に ADL 能力の評価ができる方法を確立できるのではないかと考えました.

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Page 1: 筋横断面積を用いた介護予防システムの構築 · 節の動作だけでなく,股関節や足関節などの動きと連携して遂行され,下腿(前脛骨筋や腓腹筋など)や臀部(大

福元 清剛

工学研究科 助教

研究の概要

まず安全・簡便に筋の横断面画像が測定できるシステムの開発を行いまし

た.開発したシステムでは人体に無害とされる超音波を用いています.このシ

ステムでは超音波探触子がリンク機構の先端に取り付けてあり,身体表面に

沿って柔軟に移動させながら横断面画像を撮影することができます.座位や

仰臥位の姿勢でも測定に応じることができるため,高齢者や要介護者の測定

にも対応できます.システムの精度も高く,リンクの測定誤差は 1 mm 程度で

す.また同一被験者の同一部位(大腿部)を開発した超音波システムと MRI で

それぞれ撮影し,画像の比較検証を行った結果,本システムで得た筋横断面

積の妥当性を確認することができました.現在までに 1,000 名以上を測定し,

各 ADL(起立,歩行,走行,階段昇りなど)に必要な筋横断面積を示す ADL マ

ップを作成しました.また要介護となる筋横断面積の閾値についても求め,健

常群と要介護群の境界が存在する可能性を示しました.

・ 超音波

・ 肢体横断面画像

・ 筋横断面積

・ 高齢者

・ 要支援・要介護

■ キーワード

セールスポイント

・ 特筆すべき研究ポイント:

1. 従来,高齢者や要介護者の筋横断面積測定は医療機関や特定の施設

でしか実施できず,被測定者に大きな負担を強いる可能性がありまし

た.このシステムでは対象者が誰であっても少ない負担で測定できま

す.

2. 短時間に多くの測定データを集めることが容易であり,データベースの

作成も可能となります.

・ 新規研究要素:

1. フィールドにおける筋横断面積測定を可能にしました.これにより寝たき

りの方や要介護者であっても,養護施設や自宅での測定ができます.

2. 測定に危険性の伴う筋力ではなく,筋横断面積を測定することにより,よ

り安全に評価を行うことができます.

・ 従来技術との差別化要素・優位性:

1. X 線や強力な磁場を必要とせず,人体に無害とされる超音波を用いて,

肢体の完全な横断面画像を撮影することができます.

2. 専門的な知識や経験がなくても,少し練習するだけで横断面画像の計

測を行うことができます.

・ 人間工学

・ 計測制御工学

■ 技術相談に応じられる関連分野

筋横断面積を用いた介護予防システムの構築

研究の背景と目的

現在,本邦は高齢社会を迎えており,それに伴う要支援・要介護高齢者の

増加が大きな社会問題となっています.要支援・要介護となる原因の約30%は

日常生活動作(ADL)遂行能力の低下によるものであり,要介護を予防するた

めには,ADL を自立して行えるだけの筋力を維持することがひとつの手段とし

て考えられます.筋力を評価する方法として筋力測定がありますが,高齢者

にとっての筋力測定は,骨折や関節症の誘発,血圧の上昇といった問題があ

ります.そこで筋力と高い相関関係にある筋横断面積を用いることで,安全に

ADL 能力の評価ができる方法を確立できるのではないかと考えました.

Page 2: 筋横断面積を用いた介護予防システムの構築 · 節の動作だけでなく,股関節や足関節などの動きと連携して遂行され,下腿(前脛骨筋や腓腹筋など)や臀部(大

イメージ図

今後の展望

今後はこれらの結果において有効性をいかに検証し,実用的な指標として発展させられるかが大きな課題で

あると考えています.これまで行ってきた研究の成果は数値的に算出されたものであり,実際に高齢者や要介護

者に対して適応したわけではありません.また,これまでの研究においては起立や階段昇りといった ADL に必要

な膝の屈伸動作を担う大腿部,特に膝を伸展させる大腿四頭筋に注目してきました.しかし下肢の ADL は膝関

節の動作だけでなく,股関節や足関節などの動きと連携して遂行され,下腿(前脛骨筋や腓腹筋など)や臀部(大

殿筋や大腰筋など)の筋横断面積と併せて複合的に ADL 能力との関係を検討することが重要であると考えてい

ます.また,対象者の測定姿勢や測定部位の変化に素早く対応するために,リンク機構を排して,3 次元位置セ

ンサを用いたマルチスキャン超音波システムの開発を目指しています.このシステムが完成すれば,ユーザビリ

ティの向上や測定時間の大幅な短縮が予想され,被測定者への負担も大きく減少すると考えています.

■ その他の研究紹介

・ 製品のユーザビリティに関する研究

・ 測定データの評価ソフトウェア開発

超音波システムの外観

超音波画像(組織境界) MR画像

皮下脂肪

超音波画像

(a) (b) 図 2:超音波システ

ムで測定された大腿

部の横断面画像と,

同一部位を MRI で測

定した画像の比較で

す.

システムでの測定風景

図 3:開発した超音波システムを用いて中高齢者を対象とした測定

会を実施しています.現在までに 1,000 名以上の方を測定し,得ら

れたデータから「脚年齢」を推定して,参加者にフィードバックを行っ

ています.

図 1:超音波システム

の外観と実際の測定

風景です.測定部位に

超音波探触子を当てな

がら測定を行います.