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5厚生経済学の新構想 序数主義・集計主義・厚生主義を超えて 整序的な目標=権利システム 権利の整序化システム

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第5章厚生経済学の新構想

序数主義・集計主義・厚生主義を超えて

整序的な目標=権利システム権利の整序化システム

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1. はじめに

アローの社会的選択理論個人的選好順序を集計して社会的選好を形成するプロセス・ルールの形式的構造に関心

個人的・社会的先行の対象・性質・根拠などは分析の対象外

定義域は抽象的普遍集合

嗜好・判断・評価の区別なし

アローの問題意識政治的決定(投票メカニズム)と経済的決定(市場メカニズム)の統一的理解

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ロールズの正議論社会的基本財(自由・機会・経済財・自尊など)の分配方法に関する基本原理(正義の基本原理)とその導出手続きが分析の対象

無知のベール(公正な手続き的条件)

正義の原理:基本的諸自由の平等

機会の平等な保障

経済財の格差的分配

ロールズの枠組みの特徴個人的判断に基づく社会的選択プロセスが対象

正義の基本原理の選択限定

(定義域は社会上体の不変集合ではなく正義原理のクラス)

個別利害に対する私的関心(選好)を排除

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センの社会的選択理論アロー流の公理主義的アプローチの批判的検討広範な適用可能性を持つ

個別の問題が持つ豊かな内容的差異を捨象

政治的・公共的判断の問題と利害調整的問題を区別すべき

社会的選択の情報的基礎質的に異なる選好を区別する理論が必要

事実的・経験的に持つ選好

反省的・規範的に再構成する選好→メタ選好

分析を特定の主題に限定しないロールズの構成主義的方法に懐疑的

厚生経済学の新構想

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センの方法論的枠組み

社会的評価の情報的基礎社会的評価形成の倫理的条件

c.f. ロールズの無知のベール制度設計のために要請される情報的素材

公正分配ルール←人々の境遇を記述する多様な情報

序数主義・集計主義・厚生主義・帰結主義などの哲学的考察

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2. 序数主義・集計主義を超えて

例: A=(99,1), B=(51,49), C=(50,50)R1:A,B,CR2:C,B,A個人間比較が不可能なら社会的選択は不可能

功利主義:可測かつ個人間比較可能な効用

個人の多様性の認識

個人間比較の視点ーー功利主義に対する評価

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3. 厚生主義を超えて:価値の多元性

功利主義の特徴

帰結主義:帰結に基づいて行為を選択する

厚生主義:厚生の観点から帰結を評価する

功利主義に対する批判

効用という単一の価値に還元・集計

価値の多元性を考えない鈍感性

経験的厚生と追及すべき価値とを混同

厚生以外の価値をあらかじめ道徳理論の情報的基礎から排除

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ロールズの功利主義批判自由の価値は何ものにも還元し得ない他人の自由の剥奪から得られる快楽それ自体が不正センのコメント:そのような快楽は社会的に考慮されるべきではない,あるいは他の快楽と同格性を持たないとするだけで厚生主義を退けるのに十分

スキャンロンの功利主義批判緊急性と効用を区別.福祉は何者にも還元しえない緊急性を持つ.効用に優先すべき福祉は嗜好や関心から独立に決められるべきセンのコメント:福祉を個人の関心から完全に切り離すのでなく,客観的要因と個人的関心の両方から規定する.福祉の関心は他の関心とは同格性を持たないとすれば厚生主義を退けることができる

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厚生主義を改善する代替的方法

効用による評価効用=価値を持つことの必要条件とする道徳的価値の認可条件の1つ↓

評価形成の非連続性効用がゼロになったとたんに価値喪失

効用に支援された道徳

連続性を保証

認可条件より強く厚生主義より弱い

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4. 整序的な目標=権利システムノージックの帰結主義批判帰結主義では」権利の内在的価値が認められない

制約基底的な義務論

いかなる社会目標にも優る権利の優位性を主張

センのコメント:非帰結主義かつ帰結感応的な道徳理論はある

権利に対する関心,権利の帰結諸権利の相対的重み付けの情報的基礎として無視できない

整序的な目標=権利システムの構想<目的論>対<義務論>,<目標基底性>対<権利基底性>を超越する分析視角

個人の諸権利を他の社会的目標に先立つ優先的価値を持つとしあらゆる社会的価値の重みを整序するようなシステム

権利の優先性の程度←倫理的作業

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5. 個人の選好と権利の私的交換

価値の擬似市場的な交換システム他の権利・価値との関係で自由尊重主義的権利にいかなる重みを与えるか

善の概念・人生計画に応じて異なる選好

→権利と経済的価値の交換

センの否定的応答自由主義的権利の私的交換に公的執行力を与えてよいか

権利自体の不可侵性を脅かす

権利の政治的意義は権利の私的効用を凌ぐ

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6. 権利の社会的選択

センの立場

人々の関心から独立に(宗教的教義,政治的権威,社会的慣習などにより)権利を特定化することは拒否

ロールズの政治的構成主義も拒否「公正な手続き(初期状況の公正性+道徳的人格)→正義原理」というモデル・ビルディングの手法

公正な手続きが正義原理の内容を決め,正当性を与える

では,公正な手続きの正当性は?

権利の社会的決定の公正な手続きをも内生的に組み込む一般的枠組みを構想

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個人的選好→多様な関心社会的目標の制約条件として考慮すべき(事実的選好)

権利のもたらす帰結の評価には本人自身の評価が参照されるべき(慎慮的判断)

権利の特定化・重み付けには本人が社会的にカウントされるに相応しいと判断する選好を基礎とすべき(公共的判断)

c.f. ハーサニーの主観的選好と倫理的選好ロールズの合理的自律と完全な自律

センは二分法を否定個人の選好・判断を多層的に捉える

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7. 事実的選好と倫理的な社会選択ルールハーサニーの分類主観的選好=実際に表明する選好倫理的選好=他者の位置に置かれる可能性が等しい確率で存在すると予想したときにもつ選好

功利主義=すべての構成員の等しい関心に対して等しい重みを与える

衡平性:立場の想像上の交換

普遍化可能性:類似の状況では類似の判断を

ハーサニーの定理倫理的選好=期待効用を最大化する選好→功利主義の正当化

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センの批判主観的選好を立場の交換により倫理的選好に変換する論法

事実的選好を当為確率で形成することは正当化困難

普遍的衡平性→規範的基準(人々は受容するか?)個人的価値の捉え方

個人的選好=社会的選好と主張する個人↓↑

個人的選好が公共政策の基礎としてカウントされることを拒否する個人

公共政策の基礎となることを望む選好と実際の選好を区別すべき

センの提案社会的選択ルールを選ぶことを要請されたとする

彼が選ぶルール=倫理的な社会的選択ルール(選好の集計)社会的選好=彼の倫理的選好ハーサニーの倫理的選好は等確率の集計という特殊なもの

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8. 価値の整序化システムとその決定手続き

倫理的選好

主観的選好

社会的決定手続き

対象:権利の特定化重み付け

討論を通じる個人的選好形成

決定すべき公共政策の基礎として適切な判断か?人々の倫理的な判断から社会的決定をすること社会的集計ルールも人々の判断から決定すること

倫理的判断の内容は問題次第倫理的判断を形成しうるか通常の選好との連続性・断絶性 c.f. 選好構造多層化の試み

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9. 自己利益最大化の仮定を超えて:行為の動機の重層性

合理的な愚か者選好=構成=評価=選択

↓↑

存在・意識を規定する相互依存関係

自己の価値・評価システム

他者に対する当為的関心同感・コミットメント

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同感苦境に喘ぐ他者との想像上の境遇の交換によって他者の痛苦を経験し救助的行動の動機となる感情

両者(救助する人される人)の厚生を高める

コミットメント引くに惹かれぬ義務感からある行為を選択すること

厚生低下の可能性は熟知の上

道徳原理に対するコミットメント不正義・責務の感覚に裏付けられている

自己犠牲

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アダム・スミスの道徳感情論

人間性・同感自己利益の延長に発露する行為主体の経験的感情

寛大・正義・適宜性反省的・熟慮的推論を伴う理性的営み

公平な観察者の感情

⇒スミスは両者の統合を図る人間性と正義との適宜性合理的個人=他者との関連の中に自分を正しく位置づける

⇒当為的関心

公共から切り離された存在ではない

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スミス vs カント,ロールズ,アロー

公対私

カント,ロールズ,アロー自立的個人から相互性・公共性がどう形成されるか問題

スミス他者との相互依存関係性の認識,公共性の獲得は,存在論的事実の問題

獲得のプロセスそのものは分析の対象として設定されていない

セン両者の比較は行わない

スミスの経験的確からしさを検討

コミットメントの領域を誇示と社会をつなぐ中間的集団に設定

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10. おわりに資源分配の方法の選択平等な処遇よりも人々の非対称的な利害こそ情報的基礎として重要

序数性・個人間比較不可能性の否定

c.f. 功利主義の役割

情報的基礎の取り扱い相互に還元できない(同格性を持たない)個人の多様性

厚生・自由・権利などの価値の多元性

選好構造の多層性

操作的難点(論理的緻密性の低下)