文学的文章教材を通して読解力を育成する指導に関する研究 ·...

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- 51 - 文学的文章教材を通して読解力を育成する指導に関する研究 下関市立内日小学校 教諭 長廻 研究の意図 2003年にOECDが実施した「生徒の学習到達度調査 (以下PISA調査)の結果から、日本の児童 の読解力低下が浮き彫りになった。PISA調査では読解力を「自らの目標を達成し、自らの知識と 可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考 する能力 と定義している。これらのことを受けて文部科学省は、平成17年12月に読解力向 (注1) 上プログラムをまとめ、国語科を中心として読解力の育成に取り組むことを示した。その中で、 読む力を高めるために、内容や作者の意図等について解釈させること及び内容や表現等について 評価しながら読ませることを重点目標の一つとして掲げている。 そこで、国語科の「読むこと」の指導において、PISA調査で示された読解の3つのプロセスで ある「情報の取り出し 「テキストの解釈 「熟考・評価」を重視した単元及び授業を構成し、各 プロセスに必要な能力を身に付けさせることが読解力の育成につながると考える。 さらに、小学校国語科においては、文学的文章教材を用いることが読解力を育成する上で有効 ではないかと考える。その理由は、第1に、文学的文章教材は、児童が登場人物に感情移入しや すい内容のものが多く、楽しみながら読めるため、学習意欲を喚起しやすいこと、第2に、文学 的文章教材は、児童が表現や叙述から様々な解釈をし、話合いを通して内容や表現等を多面的に とらえて評価することができること、この2点である。 以上のことから、読解の3つのプロセスを重視し、文学的文章教材を通して読解力を育成する 指導について研究を進めることとした。 研究の内容 (1) 読解力を育成する単元指導計画のモデルの作成 読解力を育成する単元指導計画のモデルを作成するために、PISA調査の問題及び結果を分析 、「 」「 した PISA調査では 読み取ったことを活用する際には 情報の取り出し テキストの解釈 「熟考・評価」の各プロセスが必要であるという考え方から、具体的に のような問題を用 表1 いて各プロセスに必要な能力を測定している。 表1 PISA調査(読解力)の問題(一部抜粋) 情報の取り出し テキストの解釈 熟考・評価 問4 「家はさらにきしみ、うめきながら、ようやくのこ 問5 この物語では、 問 7 「贈り物」の最後の とで泥の中からもがき出て、水に浮かび、コルクせん この女性がヒョ 文が、このような文で のように上下に揺れ・・・」(28~29行目)物語のこの ウに食べ物を与 終わるのは適切だと思 部分で、家に起きたのは、次のうちどのことですか。 えた理由を暗示 いますか。最後の文が A 家は、ばらばらにくずれ落ちた。 しています。そ 物語の内容とどのよう B 家は、水の上をただよい始めた。 れは何ですか。 に関連しているかを示 C 家は、すさまじい音を立ててカシの木の方へ倒壊し して、あなたの答えを た。 説明してください。 D 家は、川底に沈んだ。 のように、PISA調査で用いられた問題は、記述して答えるものも多く、本文を読んで理 表1 解するだけではなく、本文の内容を利用することや、本文の内容に基づいて自分の解釈や意見

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文学的文章教材を通して読解力を育成する指導に関する研究

下関市立内日小学校 教諭 長廻 修

1 研究の意図

2003年にOECDが実施した「生徒の学習到達度調査 (以下PISA調査)の結果から、日本の児童」

の読解力低下が浮き彫りになった。PISA調査では読解力を「自らの目標を達成し、自らの知識と

可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考

する能力 と定義している。これらのことを受けて文部科学省は、平成17年12月に読解力向」(注1)

上プログラムをまとめ、国語科を中心として読解力の育成に取り組むことを示した。その中で、

読む力を高めるために、内容や作者の意図等について解釈させること及び内容や表現等について

評価しながら読ませることを重点目標の一つとして掲げている。

そこで、国語科の「読むこと」の指導において、PISA調査で示された読解の3つのプロセスで

ある「情報の取り出し 「テキストの解釈 「熟考・評価」を重視した単元及び授業を構成し、各」 」

プロセスに必要な能力を身に付けさせることが読解力の育成につながると考える。

さらに、小学校国語科においては、文学的文章教材を用いることが読解力を育成する上で有効

ではないかと考える。その理由は、第1に、文学的文章教材は、児童が登場人物に感情移入しや

すい内容のものが多く、楽しみながら読めるため、学習意欲を喚起しやすいこと、第2に、文学

的文章教材は、児童が表現や叙述から様々な解釈をし、話合いを通して内容や表現等を多面的に

とらえて評価することができること、この2点である。

以上のことから、読解の3つのプロセスを重視し、文学的文章教材を通して読解力を育成する

指導について研究を進めることとした。

2 研究の内容

(1) 読解力を育成する単元指導計画のモデルの作成

読解力を育成する単元指導計画のモデルを作成するために、PISA調査の問題及び結果を分析

。 、 、「 」「 」した PISA調査では 読み取ったことを活用する際には 情報の取り出し テキストの解釈

「熟考・評価」の各プロセスが必要であるという考え方から、具体的に のような問題を用表1

いて各プロセスに必要な能力を測定している。

表1 PISA調査(読解力)の問題(一部抜粋)

情報の取り出し テキストの解釈 熟考・評価

問4 「家はさらにきしみ、うめきながら、ようやくのこ 問5 この物語では、 問7 「贈り物」の最後の

とで泥の中からもがき出て、水に浮かび、コルクせん この女性がヒョ 文が、このような文で

のように上下に揺れ・・・」(28~29行目)物語のこの ウに食べ物を与 終わるのは適切だと思

部分で、家に起きたのは、次のうちどのことですか。 えた理由を暗示 いますか。最後の文が

A 家は、ばらばらにくずれ落ちた。 しています。そ 物語の内容とどのよう

B 家は、水の上をただよい始めた。 れは何ですか。 に関連しているかを示

C 家は、すさまじい音を立ててカシの木の方へ倒壊し して、あなたの答えを

た。 説明してください。

D 家は、川底に沈んだ。

のように、PISA調査で用いられた問題は、記述して答えるものも多く、本文を読んで理表1

解するだけではなく、本文の内容を利用することや、本文の内容に基づいて自分の解釈や意見

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を論じることが求められている。そこで本研究では、本文の内容等を読み取り、自分の解釈や意見

をまとめることまでを読解の一連のプロセスとしてとらえた。その上で、国語科の文学的文章教材

の指導における読解の3つのプロセスを次のように定義した( 。表2)

表2 文学的文章教材の指導における読解のプロセスの定義

読解のプロセス 文学的文章教材の指導における読解の各プロセスの定義

情報の取り出し 目的に応じて本文から必要な情報を取り出し、まとめること。

テキストの解釈 作者の意図等を推論し、解釈をまとめること。

熟考・評価 登場人物の言動等を、自分の知識や経験と結び付けて評価し、自分の意見をまとめること。

この定義を基に 「読解力向上に関する指導資料 (文部科学省、平成17年12月)を参考にして、読、 」

解のプロセスに必要な能力及び各プロセスに必要な能力を育成する活動をまとめた( 。表3)

表3 文学的文章教材における読解のプロセス、必要な能力及びそれを育成する活動の関係

読解のプロセス 必要な能力 必要な能力を育成する活動

情報の取り出し ・目的に応じて本文の ・本文の内容にかかわる質問に答える。

情報を正確に取り出 質問例:どんなお話かまとめましょう。

す能力 登場人物がどんなことをしたのかまとめま

・取り出した情報をま しょう。

とめる能力 これはだれが言った言葉ですか。

場面の様子を図で表しましょう。

登場人物の気持ちが分かる言葉を抜き出しま

しょう。

・解釈の根拠を本文から挙げる。・意見の根拠を本文から挙げる。 等

テキストの解釈 ・本文の情報から推論 ・読んで想像したことを話し合い、解釈をまとめる。

する能力 ・各場面に題を付け、その理由をまとめる。

・自分の解釈をまとめ ・なぜ登場人物はそのように行動したのか、理由を推論

る能力 し、まとめる。

、・物語の山場や最も感動的な場面はどこか話し合い

解釈をまとめる。

・作者の意図をまとめる。 等

。熟考・評価 ・本文と自分の知識や ・物語の印象や面白いと感じた部分を話し合い、まとめる

経験とを結び付けて ・登場人物の言動を評価し、まとめる。

考える能力 ・登場人物について話し合い、多面的にとらえて評価す

・自分の意見をまとめ る。

る能力 ・物語の表現について評価し、その理由をまとめる。・物語の終わり方を評価し、続きの話を作る。 等

また、国語科の文学的文章教材の指導における、読解の各プロセス

の関係については、 のように 「テキストの解釈」は「情報の取り図1 、

出し」を経た上に成り立ち 「熟考・評価」は他の2つを経た上に成り、

立つものと考える。そのため 「熟考・評価」に必要な能力の育成にお、

いては、他の2つのプロセスに必要な能力を身に付けさせた上で指導

することが効果的であると考える。また、登場人物の言動等について

熟考し評価させるためには、その言動等についての深い解釈が必要に

なるため、単元を通して学習内容及び活動を関連付けて解釈を深めさ

熟考

評価

テキストの解釈

情報の取り出し

読解のプロセス

読 解 力

図1 読解のプロセスの関係

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せる指導が有効であると考える。

以上のことを踏まえて、文学的文章教材を用い

て読解力を育成する単元指導計画のモデルを作成

した( 。このモデルにおいては、第一次の表4)

学習では「情報の取り出し 、第二次の学習では」

「テキストの解釈 、第三次の学習では「熟考・」

評価」の各プロセスを重視し、それぞれのプロセ

スに必要な能力を育成する。

第一次の学習では、本文の行間に想像したこと

等を書き込む活動を通して内容を理解させ、解釈

や意見の根拠を本文から取り出しやすくさせる。

次に、書き込んだことを基に、2人一組で意見交

換をさせる。その際、意見の根拠を本文から挙げ

させることを通して 「情報の取り出し」に必要、

な、目的に応じて必要な情報を取り出す能力を育

成する。また、単元を通して効果的に学習内容及

び活動を関連付けるため 「情報の取り出し」に、

必要な能力を育成する活動だけでなく 「テキス、

トの解釈 「熟考・評価」にかかわる活動も行わ」

。 、 、 、せる 具体的には 本文の行間に 想像したこと

疑問に思ったこと及び登場人物等について評価し

たことを書き込ませながら問いをもたせる活動である。本文の行間に、想像したこと及び疑問に

思ったことを書き込ませる活動は 「テキストの解釈」のプロセスとかかわりが深く、登場人物、

等について評価したことを書き込ませる活動は 「熟考・評価」のプロセスとかかわりが深い。、

これらの書き込みを通して各児童がもつ問いは、第二次及び第三次の学習において追究する学習

課題へと発展する。

第二次の学習では、児童がもつ「なぜ~だろう」等の問いを基に、クラス全体で「テキストの

解釈」にかかわる学習課題を作成させ、その解釈を各自でまとめさせる。次に、全体で話し合わ

せ、再び各自でまとめさせる。話合いでは、表現や叙述から様々な解釈ができる文学的文章教材

の特徴から、本文を根拠にした複数の解釈が出される。児童は、互いの解釈の相違点を明らかに

しながら自分の解釈を見つめ直し、本文の内容について解釈を深めるものと考える。これらの活

動を通して 「テキストの解釈」に必要な能力を育成する。、

第三次の学習では、児童がもつ「~は正しいのだろうか」等の問いを基に、クラス全体で「熟

考・評価」にかかわる学習課題を作成させ、それについて各自で意見をまとめさせる。次に、全

体で話し合わせ、再び各自でまとめさせる。このように、第三次の学習活動の流れは、第二次と

同様であるため、児童は見通しをもって学習課題を追究し 「熟考・評価」に必要な能力を主体、

的に身に付けることができると考える。

(2) 「桃花片」を用いた読解力を育成する単元及び授業の構想

読解力を育成する単元指導計画のモデルを基に、第6学年の題材である「桃花片」の単元指導

計画を作成した(次ページ 。表5)

表4 文学的文章教材を用いて読解力を育成する

単元指導計画のモデル

・通読し感想を話し合う。

・行間へ書き込みながら問いを

もつ(想像、疑問、評価)。

・2人一組で意見交換をする。

・「テキストの解釈」にかか

わる学習課題を作る。

・自分の解釈をまとめる。

・話し合う。

・再度まとめる。

・「熟考・評価」にかかわる

学習課題を作る。

・自分の意見をまとめる。

・話し合う。

・再度まとめる。

第一次

第二次

第三次

学習課題例:なぜ登場人物はそのように行動したのか話し合おう。

学習課題例:登場人物をどう思うか話し合おう。

熟考・評価

取り出し

情報の

テキストの解釈

重視する読解のプロセス 主な学習活動

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表5 読解の各プロセスに必要な能力の育成を目的とした「桃花片」の単元指導計画(全14時間)

学習活動 読解力を育成するための支援重視する読解の

プロセス

、「 」第 ・全文を通読する。 ・全文を通読させ 物語全体や登場人物についてどう思うか

一 ・初発の感想をまとめ、話 等の視点で初発の感想を書かせる。

次 し合う。 ・教師が、本文の表現や叙述から想像したことや疑問に思った

・行間に書き込む。 こと、評価したことを、例を挙げて示すことにより、書き込み

の方法を理解させる。

・書き込みながら読み進めさせることにより、登場人物の言動

や心情について、次の2つの問いをもたせる。

①「なぜ楊は父親にひどいことを言うのだろう 「楊はどのよ」、

うな焼き物をめざしているのだろう」等の「テキストの解釈」

にかかわる問い

②「この楊の考え方は正しいのだろうか 「この態度は許され」、

るのだろうか」等の「熟考・評価」にかかわる問い

・2人一組で意見交換をす ・書き込んだものを基に、想像したことや問い等を2人一組で意

る。 見交換をさせることにより、解釈を深めさせ、自分と友だちの

感じ方の違いに気付かせる。

・解釈や意見の根拠を本文から挙げさせながら2人一組で意見

交換をさせる。

第 ・ テキストの解釈」にかか ・2人一組で意見交換をした際、解釈が分かれた問いを、全体で「

二 わる学習課題を作る。 発表させ、話合いを通して学習課題を作らせる。話合いでは、本

。次 文に根拠があるかどうかを基準に児童の問いを焦点化させていく

・本文から根拠を挙げなが ・なかなか自分の解釈がまとめられない児童には、楊と父親の

ら自分の解釈をまとめる 作った焼き物や言動の違いを手掛かりにして推論させる。。

・話し合う。 ・友だちの発言の要点等をメモに取らせることで、自分の考えと

の共通点や相違点を明らかにしながら聞かせる。

・再度自分の解釈をまとめ ・印象に残った友だちの解釈を想起させることにより、自分の解

る。 釈を見つめ直させた上で再びまとめさせる。

第 ・ 熟考・評価」にかかわる ・2人一組で意見交換をした際、評価が分かれた意見や問いを、「

三 学習課題を作る。 全体で発表させ、話合いを通して学習課題を作らせる。

・本文から根拠を挙げなが ・楊と父親の対立場面や最後の場面における楊の心情の変化等に

ら自分の知識や経験と結 着目させることで自分の意見をもてるようにする。

び付けて評価し、自分の ・陶芸家である楊や父親の立場で考えさせることや、家庭での親子

意見をまとめる。 の会話を思い出させること等から、自分の知識や経験と結び付け

P.56に示す本時案① 2/4 て考えさせ、根拠を挙げさせる。( )

・話し合う。 ・楊の態度について意見交換をさせながら、本文の解釈の分かれ

( ) 、 、P.58に示す本時案② 3/4 る部分や 楊の言動に対する評価が分かれる部分に焦点化し

話し合わせる。

・再度自分の意見をまとめ ・感心した意見等を想起させることにより、自分の意見を見つめ

る。 直させた上で今の意見をまとめさせる。

第一次の学習では 「情報の取り出し」に必要な能力の育成を重視するとともに 「テキストの解、 、

釈 「熟考・評価」にかかわる活動を行わせる。まず、児童自らに問いをもたせるために、本文の」

学習課題:楊の父親に対する態度をどう思うか話し合おう。

学習課題:楊と父親の焼き物に対する思いの違いを話し合おう。

情報の取り出し

テキストの解釈

熟考・評価

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行間に、次の3つの内容を書き込ませな

がら読み進めさせる。その内容は、第1

、 、に 本文の表現や叙述から想像したこと

第2に 本文の内容や表現から疑問に思っ、

たこと、第3に、登場人物の言動につい

て評価したことである( 。本文の図2)

表現や叙述から想像したことを書き込み

ながら読むことにより、黙読や音読をす

るだけでは気付かなかった表現のよさ、

作者の工夫及び登場人物の心情の変化等

を考えながら読むことになり、本文の内

容について解釈を深めることにつながる。また、内容や表現について疑問に思ったことを書き込み

ながら読むことで、自分の問いを意識するようになる。さらに、◎○△等の記号を用いて登場人物

の言動を自分の知識や経験と比べて評価し、その理由を書き込みながら読むことで、登場人物に共

感できる部分や共感できない部分を意識しながら読むようになる。以上のような、書き込みの活動

を通して、登場人物の言動や心情について、次の2つの問いをもたせるようにする。第1は 「な、

ぜ楊は父親に対してひどいことを言うのだろう 「楊がよいと思う焼き物はどのような物だろう」」

「 」 、 、「 」等の テキストの解釈 にかかわる問いであり 第2は この楊の考え方は正しいのだろうか

「この態度は許されるのだろうか」等の「熟考・評価」にかかわる問いである。さらに、児童の実

態を考慮し、書き込みの活動の際には国語辞典を傍らに用意させ、意味の分からない言葉を調べさ

せ、意味等も併せて書き込ませることにより、本文の内容を正しく理解させる。次に、書き込んだ

ことを基に、2人一組で意見交換をさせる。その際 「P.105に『厳しすぎる』とあるが、この言葉、

にはどんな意味が込められているのか知りたくなった」

「 『 、 』 、P.109に 楊は あっとおどろいた と書いてあるから

父親への気持ちは変わったと思う」のように、自分の意

見の根拠を、本文(具体的なページも付加)から挙げさ

せることを通して 「情報の取り出し」に必要な能力を育、

成する。また、登場人物の言動を評価しながら読み進め

させることにより、児童の作成する第二次及び第三次の

学習課題が、登場人物に着目したものになり、単元を通

して学習内容及び活動が関連付けられると考える。

第二次の学習では 「テキストの解釈」に必要な能力の、

育成を重視する( 。まず、各自がもっている「な図3)

ぜ~だろう」等の「テキストの解釈」にかかわる複数の

問いの中から、クラス全体で追究したいものを1つ選ば

せる。ここで選ぶ問いは、2人一組で意見交換をした際、

異なる解釈が生まれた問いの中から選ぶこととする。次

に、その問いを一人ひとりに発表させ、全体での話合い

により登場人物にかかわる「テキストの解釈」の学習課

題を作らせる。さらに、本文から根拠を挙げながら学習

学習課題:楊と父親の焼き物に対する思いの違いを話し合おう。

話合い

解釈をまとめる

再度解釈をまとめる

図3 「テキストの解釈」に必要な能力を育成する学習の展開例

テキストの解釈にかかわる各自の問い

・父親が楊に言った「厳しすぎる」の言葉にはどんな意味が込められているのか。心がこもっていないということだろうか。・桃花片の水滴が父親のものであったと気付いた時、楊はどう思ったのだろう。 等

学習課題についての各自の解釈

・楊の焼き物は、高貴な人のやかたを飾ったことが書かれているので、楊はすごいと言われる物を作りたいと思っている。それに対して、父親は暮らしに役立つ物が大事だと思っている。 等

学習課題について再びまとめた各自の解釈

・みんなの意見を聞いて、自分と同じだと思った。楊はきれいで華やかな物を作って、父親は心が落ちつく物を作っていると思う。2人とも作る物は違うけれど、焼き物に対する思いは強いことが分かった。 等

話合い

・・・楊はとてもかわいい。

・・・○大事そうに作業している。

・・・なぜうれしいのだろう。

名人になった気分かな。

・・・◎小さいのに手伝いをしてい

てとてもえらい。

・・・想像したこと

・・・疑問に思ったこと

・・・評価したこと

そひ

楊が長い運び板を小さなかたにのせ

て立つと、父親は、つり合いがとれる

ように気を付けながら、つちのままう

つわを並べていく。楊は、運び板をか

たにのせた自分のかげぼうしを見て、

うれしかった。

「桃花片」の本文をノートにはる片方のページに書き込む

図2 児童が書き込んだノート例

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課題に対する自分の解釈をまとめさせる。その後、全

体で話し合わせ、互いの感じ方の違いに気付かせ、自

分の解釈を見つめ直させた後、再び解釈をまとめさせ

る。

第三次の学習では 「熟考・評価」に必要な能力の育、

成を重視する( 。まず、各自がもっている「~は図4)

正しいのだろうか」等の「熟考・評価」にかかわる複

数の問いの中から、クラス全体で追究したいものを1

つ選ばせる。次に、その問いを一人ひとりに発表させ、

全体での話合いにより登場人物にかかわる「熟考・評

価」の学習課題を作らせる。さらに、学習課題とした、

登場人物の言動等について、本文から根拠を挙げなが

ら自分の知識や経験と結び付けて評価させ、自分の意

見をまとめさせる。その後、全体での話合いを通して、

第二次の学習でまとめた登場人物にかかわる解釈を更

。に深めさせ、登場人物を多面的にとらえて評価させる。その上で、再び自分の意見をまとめさせる

(3) 授業の実際

原籍校の第6学年の学級担任と協議を重ねた上で、読解のプロセスを重視した単元指導計画に

基づいて 「桃花片」の学習指導を行った(第三次の第2時及び第3時以外は原籍校の学級担任、

が実施 。)

第一次の学習では、2人一組で意見交換をする際、初めは活発な意見交換にならなかったが、

回数を重ねるごとに活発になっていった。その中で、本文から挙げる根拠も1つだけではなく、

多くの根拠を挙げる児童が増えてきた。これらの様子から第一次の学習指導が 「情報の取り出、

し」に必要な能力を育成する上で有効な指導であったと考える。

第二次の学習では、初めは、ほとんどの児童が楊の焼き物に対する思いを否定的に解釈してい

た。しかし、全体での話合いを経て 「楊も父親と同じように、いい焼き物を作りたいと思って、

いる」等、肯定的に解釈してまとめる児童も出始めた。このように楊の焼き物に対する思いにつ

いて解釈を深めることができたため、第二次の学習が 「テキストの解釈」に必要な能力を育成、

する上で有効な指導であったと考える。

以上の状況を踏まえて、授業実践を行い 「熟考・評価」に必要な能力を育成する指導の効果、

について検証した。

ア 本時案① 第三次 「熟考・評価」にかかわる学習課題について意見をまとめる(2/4)

(ア) ねらい 楊の言動について自分の意見をもち、根拠を挙げながらまとめることができる。

(イ) 展開 のとおり。表6

表6 授業実践①の展開

読解力を育成するための支援学習内容・学習活動 児童の姿

(※評価について)

1 本時の課題をつかむ。

2 自分の意見について根拠を挙げ ・楊はお父さんをにらみつけている ・学習課題についての自分の立場を

学習課題:楊の父親に対する態度についてどう思うか自分の意見をもとう。

図4 「熟考・評価」に必要な能力を育成する学習の展開例

学習課題:楊の父親に対する態度をどう思うか話し合おう。

話合い

意見をまとめる(本時案①)

学習課題についての各自の意見

話合い(本時案②)

学習課題について再びまとめた各自の意見

再度意見をまとめる

熟考・評価にかかわる各自の問い

・楊について△「なあんだ茶わんなの」から、楊は焼き物作りを甘くみていると思うが、それでいいのだろうか。・父親について◎「ぽとぽと汗を流しながら」から、焼き物作りに対する父親の一生懸命さはすばらしいと思うが、どうだろうか。 等

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てノートにまとめる。 けれどいいのかな。 線分図上に示させることにより、

・楊の態度について自分の意見を ・幼いころはよくお手伝いをしてい 自分の意見をもつ手掛かりにさ

もつ。 たのはえらいな。 せる。

≪否定的な意見≫ ・お父さんへの態度は悪いが、ほめ ・意見や根拠の述べ方を例示するこ

≪肯定的な意見≫ られたことが一度もないのなら仕 とにより、ノートにまとめやすく

≪ ≫ 方がないかな。 させる。どちらも含めた意見

・本文から根拠を探す。 ・ここで楊はお父さんのことを「ただ ・自分の意見の根拠を本文から探さ

の職人」と言っているぞ。 せ、意見を確かなものにさせる。

・知識や経験と結び付けて考え ・僕は、口答えしたらお父さんに叱 ・楊や父親の立場で考えさせること、

根拠を挙げる。 られるから、やっぱりしてはいけ や、家庭での会話を想起させるこ

ないことだと思うな。 と等から、自分の知識や経験と結

・意見をまとめる。 ・どの根拠から書いたら分かりやす び付けて考えさせる。

いかな。 ・発表することを意識してノートに

・根拠を挙げて気付いたけれど、最 まとめさせる。

初の意見から少し変わってきた ※楊の態度について評価し、自分の

ぞ。 意見をまとめることができたか。

(読む)

3 次時の活動内容を知る。 ・次は楊の態度について、たくさん ・ノートにまとめたことを基に、次

話し合おう。 時は話し合うことを告げる。

(ウ) 授業の様子及び考察

ほとんどの児童にとって、登場人物の言動について評価し、意

見をまとめる「熟考・評価」にかかわる活動に取り組むことは初

めてであった。そのため、どのような手順で自分の意見をまとめ

るべきか戸惑う児童が多いと考え、まず、線分図上に自分の気持

ちを表す位置を示させ( 、自分の立場を決めた上で意見をま図5)

とめさせる方法を提示した( 。児童は 「許せるけど、少し図6) 、

許せないかな 「いいところもあるけれど、悪いところもあるよ」」

等とつぶやきながら自分の立場を線分図上に表していた。次に、

提示したまとめ方の例を参考にして、本文から根拠を探しながら

意見をノートにまとめていた。さらに、全体への支援として、今

まで楊や父親と同じような経験があったかどうか、また、陶芸家

や、陶芸の美しさについて知っていることはないか児童に尋ね、

知識や経験を根拠に加えることで意見の説得力が増すことを伝え

た。その結果、家庭での親子の会話を思い出す児童や一生懸命作

る作品はどれも美しいのではないかと考える児童が出てきた。こ

のようにして、ほとんどの児童が、楊の態度と自分の知識や経験とを結び付けて考え、それらを

意見の根拠として挙げることができた( 。一方では、解釈に基づいて評価できているもの表7)

の、自分の知識や経験から根拠を挙げることができない児童もいた(次ページ 。表8)

表7 自分の知識や経験から根拠を挙げてまとめた意見

私は楊の態度が少し許せません。その理由は父親の

A 言ったことが当たっているのににらんだからです。父

さ 親が「おまえのつぼは厳しすぎるな」と言ったのは本

ん 当のこと(自分の思いを強く出しすぎているというこ

と)を分からせたかったんじゃないかなと思います。

私もお母さんをにらんだことがあるけれど、お母さんの言っていることが当たっていて、

本当は、自分で悪いって分かっているのににらんでしまいました。その後私は、やはりい

許せる 許せない

10/30

※○が自分の気持ちを表す位置※下に日付を記入

私(僕)は、楊の父親に対する態度

は許せる(許せない)と考えます。そ

の理由は三つあります。

一つ目は・・・だからです。

二つ目は・・・だからです。

三つ目は・・・だからです。

以上の理由から、私(僕)は、楊の

父親に対する態度は許せる(許せな

い)と考えます。

図6 意見のまとめ方の例

許せる 許せない

10/30

図5 自分の立場を決める線分図

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けないことをしたと思いました。だから私は、悪いことをしたのに反省していない楊の態

度も気持ちも許せません。

私は、楊が子どものころの態度はいいけど、大きく

B なってからの態度は失礼でよくないと思います。その

さ 理由は3つあります。

ん 1つ目は、楊の子どものころのことです。お父さん

が素焼きの器にうわ薬をかけているところを楊が見て

いる場面では、楊は「面白い 「お父さん、楽しそう」と思っていました。そう思ってい」

るということは、楊はお父さんの仕事ぶりを尊敬していると思うからです。

2つ目は、楊がお父さんに「お父さん、もっといいものが焼いてみたくないの」と何度

も言うようになったころのことです。このころから楊は 「お父さんはつまらない物ばか、

り作っている」と思い始めたと考えます。だからこれまでの楊の態度はよく、これからだ

んだん悪くなると思うからです。

3つ目は、楊が若者に成長したころのことです。お父さんは楊のために言った言葉なの

に、お父さんをにらんだり 「ただの職人のくせに」とひどいことを思ったりしていまし、

た。私も妹が歌を歌っていて歌詞を間違えていたので「違うよ」と言ったら 「うるさい」、

と言ってにらまれたことがあります。そのときは 「せっかく教えてあげたのに、なんで」、

と思いました。たぶんお父さんも「楊のために言ってあげたのに」と決していい気持ちは

しなかったと思います。そのお父さんの気持ちを考えると、成長してからの楊の態度は許

せないと思うからです。

表8 自分の知識や経験からは根拠を挙げずにまとめた意見

私は楊の態度は許せると考えます。楊はお父さんに

C 失礼な態度を取っているけれど、いいところもたくさ

さ んあると思うからです。例えば、P.103に「冬でも汗が

ん にじんでくる」とあるので、いい焼き物を作るために

努力している様子が分かります しかもP.104には 毎。 、「

日、楊は、ろくろの前に座り続けた」と書かれているので、お父さんの技術に少しでも近

付きたくて、必死で努力している様子が分かります。楊が失礼な態度を取ったのは、焼き

物に対する自分の思いが強かったからではないでしょうか。

イ 本時案② 第三次 話合いにより「熟考・評価」にかかわる学習課題を追究する(3/4)

(ア) ねらい 話合いを通して、楊の言動についてより深く考えることができる。

(イ) 展開 のとおり。表9表9 授業実践②の展開

読解力を育成するための支援学習内容・学習活動 児童の姿

(※評価について)

1 本時の課題をつかむ。 ・話し合う前に自分の意見をもう一

度確認させる。

2 楊の態度についてどう思うか話 ・僕は、楊の態度は悪いと考えま ・自分の意見や根拠をまとめたノー

し合う。 す。その理由は、父親の作る焼き トを見ながら、他者を意識して発

・前時にまとめた意見を発表す 物を見て「もっといいものが焼い 表させる。

る。 てみたくないの」と言っているか ・楊の態度について意見交換をさせ

らです。一生懸命作った父親に、 ながら、解釈の分かれる部分や、

言うべきではないと思います。 評価が分かれる部分について話し

・私は少し許せます。その理由は 合わせる。

父親は一度もほめたことがないと ・話合いを通して、楊の態度につい

書かれているからです。ほめられ て様々なとらえ方ができることや

たことが一度もなかったら私も反 同じ言葉からも様々な読取り方が

抗するかもしれません。 できることに気付かせる。

・友だちの意見に対して質問し、 ・○さんに質問します。楊の態度を ※聞き手を意識して話し、話し手の

話し合う。 許せるという意見ですが、いくら 意見をよく聞いて適切な質問をす

学習課題:楊の父親に対する態度についてどう思うか話し合おう。

許せる 許せない

10/30

許せる 許せない

10/30

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ほめられないからと言って親をば る等、楊の言動についてより深く

かにしてもいいのでしょうか。 考えることができたか (読む)。

3 次時の活動内容を知る。 ・次は、もう一度自分の意見を見直 ・今日の話合いを基に、次時はもう

してまとめよう。 一度自分の考えをまとめることを

告げる。

(ウ) 授業の様子及び考察

まず、前時にまとめた自分の意見を一人ずつ発表させた。発表の順序については、児童が線分

図上に表した立場を基に、最も許せないと評価した児童の意見から順に発表させることとした。

これは、立場の似ている児童から順に発表させることが、児童にとって聞きやすく、意見や根拠

をノートに整理しやすいと考えたからである。黒板には のような意見が並んだ。図7

次に 他者の意見について質問や感想を出し合い 互いの解釈や評価の相違点を明確にしていっ、 、

た( 次ページ 。図8・ 図9)

Aさんへの質問 Aさんの回答

楊と同じでお母さんをにらんだとある 私にも、楊と同じ経験がある。母親の言うことが当たって

が、なぜにらんだのか。どんな経験があ いるのに、そのときは指図されたくなくて、にらんだ。本

、 。るのか聞きたい。 当は自分が悪いと分かっていたけれど にらんでしまった

Bさんへの感想

妹ににらまれたというBさんの意見を聞いて、私も同じような

ことがあったのを思い出した。私はふろ掃除の順番を弟に教え

てあげたのだが、喜ばれず、逆に嫌な思いをした。

Cさんへの質問 Cさんの回答

父親の腕に近付きたいと言ったが、楊は 楊は父親を追い抜きたいと思っているかもしれないが、た

父親に近付きたいのではなく、追い抜き ぶんそれは無理だから、あきらめており、少しでも近付こ

たいと思っているのではないか。 うと努力していると思う。

Dさんへの質問 Dさんの回答

楊は父親のことをばかにしているのに、 楊は父親のことをばかにしていると思うが、心の中では、

なぜ 楊は父親を見習いたい思っている 父親から焼き方の技術等をいろいろ聞いて、参考にし、い「 」

といえるのか。 つか父親を超えるような名人になりたいと思っているので

はないか。

図8 他者の意見への質問と回答及び感想の一部

桃花片

岡野

薫子

学習課題(評価)

楊の父親に対する態度をどう思うか

話し合おう

許せない父

親は「ただの職人」

楊は違うのか

幼いころから才能があった

人に役

立つ物を一生懸命作ればいい

父親の言っていることが当たっている

私も母をにらんで反省した

幼いころ=尊敬している

「もっといいもの」

このころから

「お父さんはおかしい」と思い始めた

妹に教えてあげたのににらまれた

楊は高級な物をいい物と思っている

本当のよさが分かってない

にらんだ=反省していない

父親を認めていない

でも見習いたい

最後には二人とも同じところにたどり

着く

楊は父親の手伝いをしている

夜中に父親を泣いて探す=父親を大事

にしている

「冬でも汗がにじむ」=父親の技術に

少しでも近付きたいから

許せる

DさんCさん Bさん Aさん

図7 授業実践②における板書

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CさんやDさんは、楊の態度が許せる理由と

して 「楊は父親に少しでも近付きたいと思って、

いるから 「父親を見習い、超えるような名人に」

なりたいと思っているから」等を挙げた。父親

への態度は許せないが、上達するために毎日努

力している点は認められる行為であるととらえ

ていた。これらの発言を受けて、一人の児童が、

「最後に楊は父親を抜くと思う」と述べた。こ

の意見から、楊の態度に対する意見だけでなく、

楊と父親の生き方にかかわる意見が出始めた 楊。「

の進む道と父親の進む道は違うけれど、2人とも

それぞれの道を歩いていき、最後には同じところにたどり着くのではないか 「人それぞれ道があ」

るのだから、ゴールは2つあっていいのではないか 「あれだけ厳しく楊に言えたのは、父親も初」

めは楊と同じように華やかな作品をめざしたからではないか。だから楊も同じ道を歩んでいると思

う 「楊は父親を抜こうとしても抜けなかったと思う。焼き物のよさを知っている本当の名人は父」

親だと思うから」等である。本時の学習課題は楊の態度にかかわるものであったが、話合いは、楊

と父親の考え方や生き方にまで及んだ。楊の態度を評価させるためには、その態度の理由を推論さ

、 、 。 、せる必要があり その理由は 楊と父親の考え方や生き方と大いにかかわるものである そのため

この話合いは、楊の態度を多面的にとらえて評価させる上で効果的であったと考える。

、 、 、以上の話合いを踏まえて 次の時間に 同じ課題について再び自分の意見をまとめることを告げ

本時を終えた。次の時間にAさんやBさんがまとめた意見は以下のとおりである( 。表10)

表10 次の時間にAさんやBさんが再度まとめた意見

私は、楊の態度について昨日より許せる立場になり

A ました。その理由は、Cさんが言った「毎日ろくろの

さ 前に座り続けた」ことやDさんが言った「心の中では

ん 父親を尊敬している」ことを聞いたからです。楊は、

お父さんに近付きたくて、毎日ろくろの前に座り続け

たんだと思います。嫌な時もあったと思うけど毎日続けたのはえらいと思います。

、 。 、 「 、また 楊は父親を抜いていないと思います 理由は P.97で楊が ここまではいいのだ

ここまでは (ろくろで形を作るまでの工程はよく、その後の焼く工程はうまくいかない」

こと)と言っているので、父親の焼く技術を抜いていないのではないかと思います。

私は 楊の態度は子どものころはよくて 大人になっ、 、

B た時はあまりよくないと前の時間は思っていました。

さ しかし、今は少し変わりました。大人になった時の楊

ん の態度はあまりよくないところもあるけれど、最後に

桃花片の水滴(最も貴いとされるうわ薬を用いた、す

ずりの水入れ がお父さんの作った物だったと分かった時 お父さんへの思いが少し変わっ) 、

たのではないかなと思います。

なぜ自分の気持ちが変わったかというと 「楊はお父さんを抜いたか」ということを考、

えたからです。P.103のお父さんの言葉に「何かに使うからといって、値打ちは下がりはし

ないよ」とあることから、お父さんは焼き物とは何かということが分かっていると思いま

。 、 。す 私は焼き物とは何かということが分かったら もうそれ以上のものはないと思います

楊は桃花片の水滴がお父さんの作った物と知った時に、焼き物の本当のよさに気付いたの

ではないでしょうか。それから楊がどうなったかは、教科書には書かれていません。しか

し、おそらく楊は、今まで以上に立派な陶工になっただろうと私は思います。

図9 質問に答える児童

許せる 許せない

10/31 10/30

許せる 許せない

10/31 10/30

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の意見の変容は、話合いにおいて、楊の態度にかかわる表面的な意見だけでなく、焼き物に表10

対する楊の思いの強さや楊と父親のめざすものの違い等、楊の内面にかかわる意見が出された結果

によるものと考える。ほとんどの児童が、初めにまとめた自分の意見を見つめ直し、楊を多面的に

とらえた上で、評価をすることができた。

また、Cさんは話合いを踏まえて、自分の知識や経験とを結び付けた意見を次のようにまとめた

( 。表11)

表11 次の時間にCさんが再度まとめた意見

他の人のいろいろな意見を聞いたけれど私の意見は

C 変わりませんでした。理由は、楊の態度が許せないと

さ みんなは言っていたけれど、私は、楊のような態度を

ん みんなもすることがあると思うからです。例えば、一

生懸命描いた絵なのに、人から「全然だめだね」と言

われたら 「なんで、これがだめなんだよ」というふうに楊と同じ態度を取ると思います。、

だから、私はみんなの意見を聞いても「許せる」意見から変わりませんでした。

(※下線部は、Cさんの知識や経験とかかわりの深い部分である )。

から、話合いにより他者の知識や経験を聞かせることが、Cさんにとって、楊の態度と自分表11

の知識や経験とを結び付けて考える効果的な手だてになったと考えられる。

、 、 「 」以上のことから 本授業実践の 自分の意見を明確にもたせて話し合わせる指導は 熟考・評価

に必要な能力を育成する上で有効であったと考える。

さらに、本単元の学習指導では、単元を通して登場人物である楊にかかわる学習課題を追究させ

た。それにより、学習内容及び活動が関連付けられ、児童は、Dさんのように、楊についての解釈

を深めることができた( 。表12)

表12 Dさんの楊のとらえ方の変容

学習課題 感 想 等

初発の感想 初めて読んだので、意味がよく分かりませんでした。主人公の楊は、

若い人だと思ったけど、年寄りでした。とても難しいお話でした。

テキストの解釈 お父さんは、P.105の「生まれてきたつぼは、どれにもみんな性質があ

。 、 」 、第 の学習課題 るのだよ それを作った者の心 そのものといってもいい の部分から

二 とても焼き物を大切にしているのが分かります。楊は、P.100の「なあん

次 だ茶わんなの」と言っている部分から焼き物作りを少し甘くみていると

思います。でも楊は、焼き物を大切にしていないというわけではありま

せん。2人とも焼き物に対する思いは強いと思います。楊は華やかで高

級な物をよい物と思っていて、お父さんはそばに置いてあるだけで人を

和ませる物をよい物と思っていると考えます。

熟考・評価の学 私はいいところもあると思うけど悪いところもあると考えます。その

第 習課題 理由は2つあります。

三 1つ目は、楊は、お父さんに失礼な態度を取っているけれど、心の中

次 では見習いたいと思っていると考えるからです。P.107に、楊も父親みた

、 。いに気に入らない焼き物は はしから割っていく様子が書かれています

それほど焼き物に対する思いは強いので、お父さんを見習いたいと思っ

ているのではないでしょうか。

2つ目は、P.100の「なあんだ茶わんなの」と楊が言ったところです。

私は、茶わんはとても大切だと思います。楊は、宝物等のもっといい物

かと思ったようです。この時、楊は、お父さんと別の道を歩き始めたの

ではないでしょうか。たどり着くまでの道は違うけれど、最後には同じ

ところに着くと思います 「なあんだ茶わんなの」のころからお父さん。

に失礼なことを言い始めたけれど、その後、毎日ろくろの前に座って焼

許せる 許せない

10/30・31

第一次

楊と父親の焼

き物に対する思いの違いを話し合おう。

楊の父親に対する態度をどう思うか話し合おう。

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き物作りに励み、お父さんとは別の道を一生懸命に歩いているので、楊

の態度は、いいところもあると思います。

(※下線部は、Dさんの楊のとらえ方が分かる部分である )。

のように、Dさんは、初めは楊のことを 「年寄り」という外見的な印象でとらえてい表12 、

たが 「焼き物作りを甘くみている人」や「華やかで高級な物がよい物だと思っている人」と、

内面の分析を行い、さらに「心の中では父親を見習いたいと思っている人」や「父親とは別の

道を歩くけど最後には同じところに着く人」と志や将来の姿にまで思いが至るようになってい

る。このように、楊について解釈を深め、多面的にとらえて評価することができたことから、

単元を通して関連のある学習課題を追究させる指導は 「熟考・評価」に必要な能力を育成す、

る上で有効であったと考える。

3 まとめと今後の課題

本研究では、文学的文章教材を用いて読解力を育成する、読解のプロセスを重視した単元指導

計画のモデルを作成し、それを基に授業実践を行った。

第一次の学習における、本文から意見の根拠を挙げさせることを重視した活動は 「情報の取、

り出し」に必要な、目的に応じて本文の情報を取り出す能力の育成に効果的であった。第二次に

、 、 、おける 第一次の学習を生かした 本文から根拠を挙げながら自分の解釈をまとめさせる活動は

「テキストの解釈」に必要な能力の育成に有効であった。第三次の学習では、児童はそれまでの

学習を生かして、本文から根拠を挙げながら、解釈を更に深めた上で、自分の知識や経験と結び

付けて評価し、意見をまとめることができるようになり 「熟考・評価」に必要な能力の育成を、

図ることができたと考える。これらのことから 「情報の取り出し 「テキストの解釈」に必要な、 」

能力を身に付けさせた上で「熟考・評価」に必要な能力を育成する単元指導計画のモデルの有効

性が確認できた。

しかし一方で、児童は、本文から根拠を挙げながら自分の解釈や意見をまとめることはできた

が、解釈や意見を他者に分かりやすくまとめるという点においては課題が残った。したがって今

後は、読解のプロセスとともに、より分かりやすく意見等をまとめさせる指導も重視していきた

い。その上で、各発達段階における単元指導計画のモデルの有効性を検証し、改善を図り、更な

る読解力の育成に努めていきたい。

【引用文献】

注1 文部科学省 読解力向上プログラム http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku/siryo( ) 『 』

/05122201/014/005.htm 2005

【参考文献】

文部科学省 『PISA調査(読解力)の公開問題例』 http://www.ocec.ne.jp/linksyu/pisatimss/dokkairyoku.pdf 2005

文部科学省 『読解力向上に関する指導資料-PISA調査(読解力)の結果分析と改善の方向-』 2005

人間教育研究協議会 『いま求められる〈読解力〉とは』 金子書房 2006

有元秀文 国際的な読解力 を育てるための 相互交流のコミュニケーション の授業改革 どうしたらPISA『「 」 「 」

に対応できるか』 渓水社 2006

ベネッセ教育研究開発センター 『ベネッセ発小学生からの「考えて書く力 』 日経BP社 2006」

北川達夫 『図解フィンランド・メソッド入門』 経済界 2005