生涯学習社会における協調自律学習開発の ... ·...

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─ 59 ─ 教育学部論集 第17号(2006年3月) 生涯学習社会における協調自律学習開発の基礎研究 (1) 西之園晴夫・望月紫帆 生涯学習社会においては,従来の個人的な教養や資格取得に対応するだけでなく, 変動と多様化を迎えて専門職能の育成など高度職業教育を必要としている。この場合, 従来の講義方式では多様化に対応できず,ゼミ方式の少人数方式では教育コストの面 で多人数教育には望めない。そこで多人数でありながら,協調と自律を目指した自主 学習システムを開発しているが,その方法論ならびに佛教大学で276名の多人数授業 を実施したときの成果を報告している。 キーワード 生涯学習社会,多人数教育,協調学習,自律学習,教育技術 はじめに わが国の明治期には欧米の科学技術を導入することが文明開化として,政府にも民衆によっ ても広く受け入れられ積極的に進められた。しかしその過程においても伝統的な技(わざ)の 文化は保持され,外国から移植された技術に改良が重ねられ,日本の風土や資源,民衆の生活 に合致したものが根付いていった。このような伝統は第二次世界大戦後の復興の過程において も継承され,そのことが独創的な技術を産み,現在の最先端の技術開発として花咲いている。 安易な輸入技術に頼ることなく,身近な開発から始めた技術がその後に開花したのである。そ のとき同時並行的に検討されてきた技術に関する哲学的思索は,これらの技術開発の支柱と なった。教育の分野においても同様であり,海外の教育に見られるさまざまな技術を無批判に 導入しても,学校や大学において定着することはない。 一方,現在の電子機器での最先端技術は,ケータイ(Keitai)の高度な性能にみることがで きる。ここでのケータイとは,ノート型パーソナルコンピュータ(PC),電子手帳(PDA), 携帯電話,インターネットに接続できるゲーム機などが含まれる。これらの機器は超小型であ るが通話,メール,インターネット,カメラなどのコミュニケーション機能や,商品,自動販 売機,案内板などのチップの検知機能をもっており,従来の電子機器の教育利用とはまったく 異なった世界が開けつつある。その世界は,子どもも大人も自らの意思で学ぶことを計画し, 〔抄 録〕

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教育学部論集 第17号(2006年3月)

生涯学習社会における協調自律学習開発の基礎研究(1)

西之園晴夫・望月紫帆

 生涯学習社会においては,従来の個人的な教養や資格取得に対応するだけでなく,

変動と多様化を迎えて専門職能の育成など高度職業教育を必要としている。この場合,

従来の講義方式では多様化に対応できず,ゼミ方式の少人数方式では教育コストの面

で多人数教育には望めない。そこで多人数でありながら,協調と自律を目指した自主

学習システムを開発しているが,その方法論ならびに佛教大学で276名の多人数授業

を実施したときの成果を報告している。

キーワード 生涯学習社会,多人数教育,協調学習,自律学習,教育技術

はじめに

 わが国の明治期には欧米の科学技術を導入することが文明開化として,政府にも民衆によっ

ても広く受け入れられ積極的に進められた。しかしその過程においても伝統的な技(わざ)の

文化は保持され,外国から移植された技術に改良が重ねられ,日本の風土や資源,民衆の生活

に合致したものが根付いていった。このような伝統は第二次世界大戦後の復興の過程において

も継承され,そのことが独創的な技術を産み,現在の最先端の技術開発として花咲いている。

安易な輸入技術に頼ることなく,身近な開発から始めた技術がその後に開花したのである。そ

のとき同時並行的に検討されてきた技術に関する哲学的思索は,これらの技術開発の支柱と

なった。教育の分野においても同様であり,海外の教育に見られるさまざまな技術を無批判に

導入しても,学校や大学において定着することはない。

 一方,現在の電子機器での最先端技術は,ケータイ(Keitai)の高度な性能にみることがで

きる。ここでのケータイとは,ノート型パーソナルコンピュータ(PC),電子手帳(PDA),

携帯電話,インターネットに接続できるゲーム機などが含まれる。これらの機器は超小型であ

るが通話,メール,インターネット,カメラなどのコミュニケーション機能や,商品,自動販

売機,案内板などのチップの検知機能をもっており,従来の電子機器の教育利用とはまったく

異なった世界が開けつつある。その世界は,子どもも大人も自らの意思で学ぶことを計画し,

〔抄 録〕

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生涯学習社会における協調自律学習開発の基礎研究(西之園晴夫・望月紫帆)

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学ぶことの意味を意識しながら活動し,自分で学習環境を構成することができる。現状の学校

や大学の教育が前提としているように,教授者が教育の目標と内容と環境を決定する方式とは

全く異っている。学習者が必要なときに必要な内容を学習するのであるから,学習者が自らの

学習環境を構成することができる。したがって,生涯学習社会においてはこのような情報通信

技術を活用した学習形態が極めて重要になり,そのための教育技術を開発する必要がある。

 

1.「技術としての教育」の研究法

 教育技術についてはかならずしも明確な概念規定はないが,もっとも狭義には授業中の説

明,発問,指示,板書などの臨場の学習指導において適用される行為を意味している。従来は

教育理念の立場からみたときの教育技術を検討することが多かったが,これは「教育における

技術」であるといえる。一方,広義には授業や研修などの設計技術や分析技術をも含んでお

り,さらに教育研究に適用される技術も含めることができる。とくに教師の主観や経験は教育

技術においてきわめて重要な役割を果たしている(海後,1939)。この点についてこれまでの教

育工学では教師の主観を扱う枠組みが弱い。それにたいして技術については三枝(1951)の「客

観的規則性に基づく判断力過程」という定義があり,判断力を技術の本質と規定している。図

1に示すように教育技術はさまざまな視点から研究することができるが,これは「技術として

の教育」の研究を前提としている(三枝,1995)。この立場からは教育技術を特殊なものとは見

なさず,医療技術,看護技術,醸造技術などさまざまな技術のなかの1分野であると考えるこ

とができる。とくに重要なのは授業を設計あるいは実施する人の経験に着目して,そこでの暗

黙知を明示化するための研究方法である(ポラニー,1996 野中他,2003)。図1中段の個人的

知識から共有可能な知識へと転換するプロセスである。さらに教育理念あるいは教育的規範

から教育方法を演繹的に展開したときの判断を明示化する研究の枠組みも重要である(黒田,

熟練的技術

暗 黙 知

形態知(図形,記号などで表現)

形式知(命題,数式などで表現)明 示 知 科学的研究

未経験技術

教育的規範 実践的三段論法 学 習 指 導

他の実践事例の適用(優れた実践家,研究先進校など)

新しいアイディア知識創造固有性 特有性

個人的知識

共有可能な知識

合理的知識 科学的知見の応用(心理学,認知科学,社会学など)

学習指導の実践

教育技術開発

図1 知識としての教育技術を研究する方法の枠組み

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教育学部論集 第17号(2006年3月)

1992)。このほかにも科学的知見を適用す

ることもあれば,他の教師の経験を試行す

ることによって知識化することも可能であ

る。

 現在の教育では教育目標を達成すること

が主な関心事であるので,図2(a)のよう

な手順として表現することができる。すな

わち教育目標や指導内容から授業を設計す

るのである。それに対してケータイやイン

ターネットの利用が日常化し,メディアを

とくに意識することのない環境では,学習

者のニーズや学習目標から展開することが

可能である。そこで協調自律学習のための

心理的シンボル学習環境を開発するために

は,図2(b)に示すような手順として設計

することとする。この場合には当然のこと

ながら学習することについては学習者に主

導権があるので,これを教育目標との関連

でどのように組織するかということが問題

になる。とくに私立大学において多人数教

育は経営上不可欠であり,避けて通ること

はできない。しかも従来の大学では特に能

力が優れて学習意欲のある学生に教育する

ことが前提とされ,新しい知識は大学教育

によって提供されるような社会状況であっ

たが,現在ではこれらの前提が成り立たな

くなっている。したがって主体的な学習を

設計するためには学生に学習権の意識をもたせることが大切である。また多様なニーズをもっ

た学生が集まっていると想定すべきであり,それにともなって学生個人の学習目標もまちまち

である。

 そこで,つぎの2つの作業仮説を想定しながら授業を設計し,組織的に改善する方法を開発

している。

仮説1:�学習者の内的条件を整えることができるならば,外的条件が不十分であってもその困

難を克服して協調自律して学習することができる。

図2 自律協調学習の設計の枠組

教育成果

指導者の経験

学習権様なニーズ学習目標

学習開発

実践知

学習成果

学習管理 自律協調学習

経験知

(b)学習者主導の授業設計の枠組み

教師の経験

教育目標指導内容 教授法

省 察

実践知

指導技術

分析と解釈

省 察 分析と解釈

授業実践

経験知

(a)教師主導の授業設計の枠組み

先読み

先読み

図3 モデルと経験則を導出する手続き

分 析

イメージ コード/カテゴリー

総合化概念 分析概念

モデル

教授・学習総 合

経験則(命題)

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生涯学習社会における協調自律学習開発の基礎研究(西之園晴夫・望月紫帆)

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仮説2:�学習過程ならびに学習環境は,基本理念,隠喩,イメージ,モデルおよび命題の集合

体として記述できる。

教育技術の研究では,設計と実施と分析の循環的な過程としてとらえているが,シンボルによ

る授業の表示はすでに報告した(Nishinosono,1978)。図3に示すような研究の枠組みにおい

て総合と分析との2つの側面から吟味することによってモデルと命題として経験則を明示化す

ることができる。このときに従来の心理学研究にみられたように一つあるいは少数の命題につ

いて実証的にその妥当性と信頼性を証明するというのではなく,授業のような人工的構築物に

ついての知識は数多くの命題の集合体として表現されることを前提としている。たとえば飛行

機は無数の仮説命題として記述されているという考え方である

2.仮想と実態からみた学習環境

 従来の教育工学の研究では,物理的な

学習環境を整備することによって教育効

果を高めることができると仮定している

が,ここではむしろ学習者のメンタルモ

デルとしての学習環境を操作することに

よって学習効果を上げることができると

仮定している(ジョンソン=レアード,

1983)。

 これまでの研究成果を継承して,2005

年度春学期に右のような授業を実施した。

 このときの授業はつぎの5段階で設計し評価している。

①基本理念:授業として実現したい目的,目標,形態について記述する。

②隠喩と相似 (メタファーとアナロジー):喩えや相似性で他の技術から借用して枠組みを示

唆する。

③ イメージ: 基本理念を実現するための枠組を具体的に表現する。教師は授業について独自の

イメージをもっている(秋田,1998)。

④モデル:設計するときのガイドとして参照する枠組み。

⑤命 題:判断と状況を文章で記述する。

 この授業では,多人数の受講者が自律的かつ協調して学習することによって,一人ひとりが

充実したレポートを作成できるとともに,教育実践に求められる能力を習得していくことを基

本理念とした。

 以上のような枠組みであるが,具体的にはつぎのようになっている。

実施された授業の概要授業科目:教育方法学(2005年度春学期)実践目的:知識創造型の授業,プロジェクト方式受講者数:276名で44チーム編成,11学習集団で運営授業時間:金曜日3時限(12:50-14:20) 使用教室:大講義室(4人掛けの机×4脚×30列)     図書館と学習室 教材教具:印刷教材とケータイ(教室内 ),     図書館,インターネット     大学のデスクトップ PC と学生自前の PC 授業形態 : チーム学習と個人学習の統合

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教育学部論集 第17号(2006年3月)

① 基本理念:多人数授業において協調学習と自

律学習の学習形態をとりながら,未来の学校

を構想し,そこでの学習指導についての考え

を展開できる。

② 隠喩(メタファー):この授業では醸造技術

とパラグライダー技術をメタファーとしてい

る。コース全体の教育技術は金工や木工など

の加工技術ではなく,生化学的な反応である

醗酵に応じて対応する醸造技術がメタファー

である。特にコースの後半は降下するだけの

パラシュートから発達し,滑空するがしだい

に降下する座布団型のグライダー,そして上

昇気流を利用して長距離飛行できる飛行翼型

(2003年で400Km 以上)の現在のパラグラ

イダーがメタファーである。この間に2回の

ブレイクスルーがある。

③ イメージ:メタファーをさらに具体的に表現

したもので,中間発表がチーム学習による協

調学習の成果となり,さらに後半の目的は一

人ひとりが自律しながら協調して学習できる

ことである。それをイメージ図として示した

のが図5である。まず学生の問題意識から

出発し,チーム討議を重ねながらチーム発表

の準備をして中間発表へと進む。後半は個人

の調査とチームによる情報収集を図りながら

チーム討議を継続し,個人でレポートを作成

する。

④ モデル:さらに具体的に授業の設計を実施するときに必要となる各要素を決定するためのテ

ンプレートである。この授業での学ぶ意味は2020年のときの自分を想定して学校を構想する

ことであり,学習成果は中間発表と最終リポートならびに教育実践能力の自己評価結果であ

る。この場合,用いたのは図6に示すような MACETO モデルである。

 醸造技術を隠喩として図4のように表し(西之園,1981),その後さらに図5に示すようなイ

メージへと発展した。この図に示すように学生の問題意識を出発点としてチームでの討議と個

人の情報収集を経て中間発表を実施し,それ以降は個人に分かれてレポートを書いていくが,

授業実践している教師

自分をコントロールしている教師

図4 醸造技術をメタファーとしたイメージ(西之園,1981)

中間発表

個人の調査

チームの発表

情報の収集

チーム討議

学生の問題意識

情報情報

提出

テーマ: 知識社会での学校・園の教育を創る

報告書

コースの概要

単位修得自律協調学習チーム学習

図5 協調自律学習のイメージ

外的条件

内的条件

学習事象

A:活動

C:内容

E:環境

T:用具

O:成果

M:意味

図6 授業設計のための MACETO モデル

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生涯学習社会における協調自律学習開発の基礎研究(西之園晴夫・望月紫帆)

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その段階でも協調学習が維持されるよう

に配慮した。

 このような過程を設計するときに参照

したのが図6に示している MACETO モ

デルである。この図で「M:意味」を

もっとも重視し,つねに学習成果を意識

して充実感や達成感が味わえるように

配慮した。この段階が示しているよう

に,環境はむしろ最後に配慮されるもの

であって,とくに学習者が認知する心理

的学習環境を重視しているので,図式に

よって学習環境の説明を行った。すなわ

ちメンタルモデルとして意識される学習

環境を表現した。さらに判断し認識した

ことを命題として表現したものの一部を

表1に示している。

 教育技術は,医学や工学の分野などと

比較すると合理的明晰さが発達していな

いために,不合理さが目立ち混乱してい

る。しかし,教育では一般の工学とは

違って主観が重要であり客観性のみでは判断できない。そこでメタファーの組織論にみられる

まったく どちらかといえば どちらかといえば 非常に あてはまらない あてはまらない あてはまる あてはまる1 2 3

熱心な聴講

居眠り等しなかった

講義に集中

欠席しなかった

遅刻・途中退場しなかった

4

西之園先生平均他科目平均(選抜)

1 2 3 4

内容がよく理解できた

内容に興味が持てた

履修によって興味が増した

総合的に満足している

西之園先生平均他科目平均(選抜)

図7 大学の教授法開発室による授業評価の結果

表1 授業設計での判断命題の一部

自己評価ならびにチーム内での相互評価を信頼度の高いものにするためには,評価基準を明確に示して,長期にわたって評価を繰り返し実施して習慣化することが重要である。

「教える教育」においては教育目標と指導計画が重要であり,教育成果はテストによって評価され,「学ぶ教育」においては,学ぶ意味から出発し学習計画が重要であり,学習成果はポートフォリオによって評価されることを対比することは,両者の特徴を理解するのに有効である。

 授業の最終目標を明確にするためには,最終のレポートのテーマと評価基準と評価方法をコースの早い時期に提示することが有効である。

方略 A:学習内容と方法を学習者にまかせて自由度を大きくすると,学習成果(最終作品,報告書,レポートなど)は優れたもの(独創的な作品やレポートなど)と劣ったもの(おざなりなレポートなど)との格差が大きくなる。

方略B:学習内容と方法の自由度を小さくすると平均的な学習成果が期待できるが独創的成果は少なくなる。

方略C:独創的な学習成果を期待しながら,劣った学習成果の数を少なくするためには , 学習過程に特別の内容と方法の配慮が必要である。

評価対象となる最終レポートの作成を,教師への報告というよりも社会的に通用する報告書作りという枠組みで進めたほうが,レポート作成に真剣に取り組む。

学習設計の指導にあたっては,絵,イメージ,概念(キーワード)と図式表示,モデル化,仮説命題の生成という系列によって指導することによって,仮想授業の設計能力を形成することが可能である。

主体的学習を回復するためには,学習内容を習得するような授業(教科教育)の設計に先立って,主体的な学習活動が成立するような授業(調べ学習,総合的学習,あるいは学校行事など)の枠組みを適用することに集中するのが有効である。

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教育学部論集 第17号(2006年3月)

主観性と革新性とを導入している(高橋,1998)。教員養成

では実習は実施されているが,体系的な技術の教育は行わ

れていないので,その教育は今後の課題である。

 現在の教師教育にとってもっとも重要なことは,学習者

が主体的に学習するような授業を設計し実施することがで

きることを実体験することである。総合的な学習と基礎基

本の学習とは相反するものではなく,統合されるべきもの

であり,そのためにも主体的な学習が望まれる。そこでこ

の授業ではチームによる協調学習と個人による自律学習と

を統合させた学習を実現しているが,そのことについての

受講者の評価は図7のようになった。この授業と受講者が

140名以上の他の8科目とを比較したものであり,このよう

な形態の多人数授業が十分に成立するものであることを示

すことができた。

3.結論

 現在,大学教育の授業を遠隔教育として配信することが

試みられているが,その大部分は従来の知識伝達型の講義

形式である。しかしケータイなどのユビキタス ICT の出現

は,これまでとは全く異なった教育の可能性を示唆してい

る。そこでまず新しい概念に基づく授業を実現し,それを

遠隔地に配信するという方略が可能である。2005年度春学

期の授業では276名の学生を44チームに分けて実施し,11の

学習集団として管理して期待した学習成果が得られた。

 日本もまた,世界的な教育競争の渦中にある。このとき

少数精鋭で対応しようとすると,少数の学習者に成功感と,

多くの学習者に挫折感を味あわせることになる。このこと

は全体としての能力の低下を招き,環境に恵まれない学習

者は学習意欲を失って,変動と多様性の社会に対応できな

くなる危険がある。幸い印刷教材とケータイは誰でも入手

でき,どこでも利用できるメディアであり、多人数でも実

現できる(Nishinosono, 2004)。自律協調学習を設計し実施

できるような高度の教育専門職を育成する必要があるか,

(a)最初の一斉指導

(b)チーム学習の開始

(c)教室外での主体的学習

(d)チーム毎の知識創出

(e)チーム毎の発表準備

(f)チーム毎の発表 図8 多人数授業の風景

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この場合でも多人数授業による養成制度を実現することが肝要である。このような形態の授

業については,組織シンボリズム(高橋,1998)の視点から検討することがこれからの課題で

ある。

〔注〕(1)本論文は中国広州で日中教育工学研究交流会(2005.11.21-23)が開催された際に「学習環境デザイ

ンと協調自律学習と遠隔教育」と題して発表したものに本学における事例をさらに詳しく紹介したものである。

〔参考文献〕秋田喜代美(1998) 「授業をイメージする」,朝田匡他編著『成長する教師』金子書房,東京ジョンソン = レアード,P.N.(1983) 『メンタルモデル−言語 ・ 推論 ・ 意識の認知科学』(海保博之監

修,AIUEO 訳,1988),産業図書,東京海後勝雄(1939) 『教育技術論』(復刻版,1978)日本図書センター,東京北川敏男(1969) 『情報学の論理』講談社現代新書,東京黒田亘(1992) 『行為と規範』剄草書房,東京西之園晴夫(1981):『授業の過程』第一法規西之園晴夫(2004):知識創造科目開発における教育技術の研究方法 ‐ 教員養成における問題解決能

力を育成する授業開発の事例 ‐『日本教育工学会論文誌』27(1), pp. 37-47Nishinosono, Haruo(1978)Two Symbol Systems for Designing Instructional Process, Educational

Technology Research Vol. 2, No.1, Tokyo, pp. 9 -17

Nishinosono, Haruo(2000) Integration of Working, Learning and Researching in Schools, Proceeding of

SITE 2000 - February 8 ‐ 12, 2000 San Diego, California, pp. 2445- 2450

Nishinosono, Haruo(2001) How Can We Share Teaching Experiences in Different Countries through ICT?

- Concepts, Models and Propositions for Instructional Design and Analysis, Proceeding of SITE 2001 -

February 8 ‐ 12, 2001 Orlando, Florida, pp.1159-1164

Nishinosono, Haruo(2002a) Instructional Development for Knowledge Creation in Large-scale Classes, Proceeding of SITE 2002 - March 18 ‐ 23, 2002 Nashville, Tennessee pp. 2558-2562

Nishinosono, Haruo(2002b) A Smooth Road from Conventional Teaching to Distance Learning in Teacher

Education, Educational Perspectives, College of Education, University of Hawaii, pp.37-44

Nishinosono, Haruo (2004): Universal and Ubiquitous Learning in ICT Society for Enhancing the Right to

Learn, SEAMEO-UNESCO Education Congress and Expo - Adapting to Changing Times and Needs,

Bangkok Thailand

Nishinosono, Haruo & Shiho Mochizuki(2005a):Metaphor, Image, Model and Propositions for Designing

Autonomous Learning, EDEN2005, Annual Conference, 20-23 June 2005, Helsinki, pp.41-47

Nishinosono, Haruo, Shiho Mochizuki & Hitoshi Miyata (2005b):Problem-Solving Approach in

Instructional Technology for Large-size Class, International Journal of Web-Based Communities (in

print)

野中郁次郎,紺野登(2003) 『知識創造の方法論─ナレッジワーカーの作法』ポラニー,マイケル(1966) 『暗黙知の次元』(佐藤敬三訳,1980) 紀伊国屋書店,東京,原著 Michael

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教育学部論集 第17号(2006年3月)

Polanyi “The Tacit Dimension”, Roultledge & Kegan Paul Ltd.

三枝博音(1951)『技術の哲学』岩波書店三枝博音(1964) 「つくる技術としての教育」(原題)が「人間をつくる技術としての教育」として『技

術思想の探求』(復刻版,1995) に掲載されている,こぶし文庫,東京高橋正泰(1998):『組織シンボリズム−メタファーの組織論−』,同文館出版

〔付記〕本研究は平成16年度の特別研究費による成果である。

(にしのその はるお 教育学科)

(もちづき しほ NPO 法人学習開発研究所)

2005年10月19日受理