東京大学社会科学研究所パネル...東京大学社会科学研究所パネル 調査...

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東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト

ディスカッションペーパーシリーズ No.84

2014年 12月

日本の初期キャリア移動の構造に関するログリニア分析

――JLPS・SSM職歴データによる検討――

石田賢示(東京大学社会科学研究所)

本研究の目的は、「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」と「社会階層と社

会移動全国調査」の職歴データを用いて、学卒後の初期キャリア移動機会がどのように構

造化されているのかを、実証的に検討することである。非正規雇用の拡大にあらわれる雇

用構造の変化が生じているなかで、若年者の初期キャリア移動における上昇移動機会の構

造がどのようなものになっているか、またそれが以前の初期キャリア移動の構造とどのよ

うに異なっているのかを分析する。従業上の地位、職業大分類、SSM総合階層分類を用い

て、上昇移動に関する仮説についてログリニアモデルによる検証を行った。

分析の結果は以下の通りである。従業上の地位間の移動については、初期キャリア移動

のなかで非正規雇用や無業から正規雇用への移動経路は確認されなかった。職歴開始時の

地位が継続する傾向があり、それは過去と最近の初期キャリア移動で共通の結果である。

一方、職業大分類、階層分類の分析結果はそれとは異なっていた。先行研究で指摘されて

きた上昇移動経路が過去の初期キャリア移動では確認されたが、より最近の初期キャリア

移動では確認されないものが多かった。以上の分析結果は、労働市場の構造変動のなかで

初期キャリアにおける上昇移動機会の縮小が生じている可能性を示唆している。

【謝辞】

本研究は、科学研究費補助金基盤研究(S)(18103003, 22223005)の助成を受けたも

のである。東京大学社会科学研究所パネル調査の実施にあたっては、社会科学研究所研究

資金、株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。パネル調査データの使用に

あたっては社会科学研究所パネル調査企画委員会の許可を受けた。また、2005年 SSM日

本調査の使用にあたっては、2015年 SSMデータ管理委員会の許可を得た。以上のデータ

利用許可に対し、厚く御礼申し上げたい。加えて、本稿の分析にもとづく第 87 回日本社

会学会大会での報告にて、コメントを下さったフロアの方々にも記して感謝申し上げたい。

-1-

1. 問題の所在

本研究の目的は、「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(以下、JLPS と

記す)と「社会階層と社会移動全国調査」(以下、SSM と記す)の職歴データを用いて、

学卒後の初期キャリア移動機会がどのように構造化されているのかを、実証的に検討する

ことである。1980年代後半以降、パート、アルバイト、また派遣労働者に代表される非正

規雇用の規模が、特に若年層において拡大し、労働市場の周辺構造が変化してきたといえ

る。フルタイム労働者を中心とする正規雇用と非正規雇用の関係について、社会問題とし

て指摘されることがらの 1 つとして、両者間の移動障壁があげられる(佐藤 2009; 太郎

丸 2009a)。キャリアの初期段階で継続就業が可能な仕事を得られないことは、その後の

キャリアのみならず、社会、経済的生活の様々な局面に悪影響を及ぼすことが指摘されて

いる(山本 2010; 太郎丸 2011)。より最近の若年労働市場において、雇用形態間の移動

機会の構造がどのようになっているのかを明らかにすることは、周辺構造が変化した 1990

年代以降の若年労働市場の姿を意味づける作業において、重要なものの一つであると考え

られる。

その一方、従業上の地位の問題がクローズアップされるなかで相対的に見過ごされてき

た問題が、(伝統的な)階層移動機会の問題であるといえよう。世代間移動研究における蓄

積の厚さに比べると、世代内、ここでは個人のキャリアのなかでの階層移動機会に関する

分析の蓄積は相対的には薄い。しかし、先行研究からはさまざまな地位達成構造の姿が指

摘されている。本稿の分析でも用いる職歴データを用いて、自営層への移動がキャリアの

到達点の一つであることを発見した研究(原 1981)、昇進に関する社会学的、経済学的研

究(竹内 1995; 小野 1995)などが挙げられるだろう。これらの点は雇用形態、すなわち

従業上の地位の指標に着目していては見えにくいものであり、現代日本の初期キャリアに

おける地位達成構造を明らかにするうえで、伝統的な階層指標への着目は十分に意味のあ

るものと考えられる。

世代内における階層移動機会に着目することは、先行研究との接続以外にも実質的な意

味を持つ。世代内移動においては、職歴開始時の地位とその後の地位(たとえば初職と現

職など)の関係について、両者が対応づいていない、すなわち平等であるということには

あまり意味がなく、二つの時点間である地位から別の地位への地位達成(上昇移動)機会

が存在するのかが重要となる(安田 1971: 62-63)。報酬が地位に対して付与されるという

社会学的な視点に立てば(Granovetter 1981)、地位達成機会構造の変化は個人が保有で

きる社会経済的資源の質・量の変化、そしてその後のライフチャンスの変化に影響すると

予想される。仮にこれまでの先行研究で指摘されていた事務職から管理職への移動、また

自営開業などの地位達成機会が確認できなくなっているとすれば、将来のライフチャンス

-2-

(家族形成、自身の子どもへの教育投資や資産の形成など)の見通しも不確実になる可能

性がある1。このような背景により、今日的問題である従業上の地位間の移動のみならず、

伝統的な階層間移動を含めた多面的な検討が必要であり、また日本社会の理解に有益であ

ると考えられるのである。

以上の問題関心にもとづき、本稿では従業上の地位(雇用形態)、職業階層、および企業

規模の違いを考慮した総合階層指標の三つについて分析を行う。以下、これらの側面に関

する先行研究の知見を整理し(2節)、本稿で取り組むべき問いとそれに対する仮説を提示

する(3節)。分析の手続きについては 4節にて説明する。それらにもとづく分析結果の整

理と解釈を 5節で行い、本研究の結果に関するまとめを 6節で論じる。

2. 先行研究

(1) 非正規雇用の拡大とキャリアの不安定化

パートタイム労働を中心とする非正規雇用の拡大が 1980 年代後半以降に進み、若年者

の初期キャリアのあり方に影響を与えたという議論は、日本に限定されるものではない。

多くの産業社会において、キャリアの初期段階で雇用状態の不安定な仕事に就くことによ

り、その後の失業リスクが高まることや、安定した仕事(たとえばフルタイム雇用)を得

にくくなることが指摘されている(Blossfeld et al. eds 2005, 2008)。すなわち、不安定な

雇用としての非正規雇用と安定的な雇用としての正規雇用の間には、移動障壁が存在する

ということが議論されてきたといえる。

そのような移動障壁が生じる理論的背景として、人的資本論と労働市場の二重構造論の

二つが主要なものとして挙げられる。人的資本論の視座に立てば、要求されるスキルのレ

ベルが低い職について非正規化が進行するのであり、スキルレベルの低い職から高い職へ

の移動は容易ではない(たとえば、非熟練職から専門職への移動など)。また、非正規労働

の多くは周辺的業務と結びついているほか、労働時間、雇用期間も短いためにスキルが蓄

積されず、個人の労働市場における価値が高まらないことも、正規雇用への移動障壁の背

景として考えられるだろう2。ただし、この議論を敷衍すれば、スキルレベルの高い職につ

いては非正規雇用から正規雇用への移動障壁は非常に弱いか、存在しないということにな

るだろう。

1 例の 1つが賃金カーブであろう。賃金カーブは人々のライフステージ段階での収支に関

する予期の基礎になりうるが、その予期のベースとなる賃金カーブ、その根拠となる地位

達成の構造が変化すれば、そのような予期も信頼できるものにはならなくなるだろう。 2 ただし、非正規労働の基幹労働力化などの議論があるため、単純にスキルの問題として

一概に整理することはできないだろう(江夏 2008)。

-3-

一方、労働市場の二重構造論では、労働市場には内部労働市場と外部労働市場が存在し、

両者の間に移動障壁が生じると想定されることになる(Doeringer and Piorre 1971)。外

部労働市場における移動とその結果は、基本的には個人の労働市場価値に応じて定まる。

それに対し、内部労働市場における移動は組織内部の管理手続きや規則によってコントロ

ールされている。これが意味することは、組織内部の地位移動に関する管理手続き、規則

の対象とされていない者は、内部労働市場には入り込むことが困難だということである。

非正規雇用の多くはこれら諸規則の範囲外であり、基本的に時間給と個人の労働市場価値

の対応関係によって契約が成立している。日本では「正社員」や「正規職員」というメン

バーシップを得ている正規雇用労働者は主として内部労働市場のなかで、その他の非正規

雇用労働者は外部労働市場のなかで移動が生じると考えられるのである。

これらの理論的枠組みは必ずしも排他的関係にはないが、以上の論理から正規雇用・非

正規雇用間の移動障壁が説明されてきたといえる。そして、非正規雇用の規模が拡大した

1980年代以降の労働市場において、正規雇用・非正規雇用という軸による二重構造性がよ

り鮮明になったということが、近年の社会階層研究の到達点であるといえるだろう(佐藤

2009; Sato and Imai eds 2011)。

実証研究も、以上の議論にもとづき仮説が構築され、データ分析が行われている。キャ

リア移動を正規雇用・非正規雇用の軸でとらえるアプローチでは、Stepping-stone

Hypothesis(ここでは「踏石仮説」と表記)、Entrapment Hypothesis(ここでは「袋小

路仮説」と表記)という二つの仮説が検証されている。踏石仮説の要諦は、不安定な雇用

状態は労働市場の調整過程、すなわち一時的な労働力需給の変動により生じるものであり、

キャリアのなかで不安定雇用は解消されてゆくというものである(Scherer 2004;

McGinnity et al. 2005)。踏石仮説が依拠するのは主として人的資本論的発想であり、労

働力需給の問題がなければ、より良い条件の職を得られるかどうかは個人のスキル、生産

性に依存すると考えることになる。それゆえ、非正規雇用の仕事を得たことが直接に不安

定なキャリアに帰結するという予測には至らない。あるいは、何らかの形で非正規雇用か

ら正規雇用への移動経路が存在する、という予測が成り立つこととなる。

もう一つの袋小路仮説はより悲観的なものである。この仮説は労働市場の二重構造論に

主に依拠することとなる。先述の通り、非正規雇用労働者は正規雇用労働者に適用される

諸規則の範囲外となることが多い。それは組織内部における昇進、昇給の仕組みのみなら

ず、雇用保護に関する側面でも同様である。内部労働市場機構により正規雇用が保護され

る一方で、その対象外となる非正規雇用は正規雇用への移動が困難であり、非正規雇用の

仕事を転々とせざるをえない、もしくは無業(失業)のリスクが高まるという労働市場の

姿が想定されることになる。

以上の仮説は個人というよりも、労働市場の機会構造全体に関わるものなので、国際比

-4-

較分析を通じて検証がなされることが多い。踏石仮説が支持されるのは主としてアメリカ、

イギリス、あるいは北欧である(Blossfeld et al. eds 2008)。そもそもフルタイム労働者

の雇用保護、その他労働市場に対する諸制度の影響が弱い、あるいは再雇用に対する政策

支援が手厚いという条件の下では、非正規雇用あるいは失業状態になることが不安定なキ

ャリアに直結するわけではない3。それに対し、雇用に対する規制が相対的に強いオランダ、

ドイツなどは、初期の状態が後々に影響することが指摘されている(Blossfeld et al. eds

2008)。

日本社会を対象とした研究では、どちらかといえば袋小路仮説に沿った議論、結果が報

告されているといえるだろう。2005年 SSM若年調査データの分析から、初職が非正規雇

用の仕事であった者は現職でも非正規雇用になりやすいという結果が報告されており(佐

藤 2011)、別のデータを用いた類似の分析でも、同様の結果がみられる(太郎丸 2009b)。

マクロデータを用いたログリニアモデルにより、移動前の地位と移動後の地位のクロス表

における対角セルのパラメータを移動障壁の強さとしてなされた分析では、非正規雇用の

対角セルパラメータが正規雇用のそれに比して弱くはないという指摘もある(太郎丸

2009a)。ある時点から次の時点への移動ではなく、キャリアの期間全体を包含する分析(シ

ーケンス分析)の結果でも、1990年代前半にかけ、非正規雇用を中心とする不安定なキャ

リアのパターンが増加していることが報告されている(香川 2011)。

一方、キャリアのステージ、すなわち年齢や時間を考慮するような分析では、部分的に

踏石仮説が支持できるような結果も報告されている。初職、現職間の対応の分析では、初

職から現職に至るまでの時間が個人間で異なる。また、転職者を対象としているマクロデ

ータの分析では、それ以外の人々は分析には含まれない。パネルデータの利用は、これら

の問題にある程度対応できる。東大社研パネルデータを用いた先行研究では、20代の間は

非正規雇用から正規雇用への就業機会が高い、あるいは高まるが、30代以降は移動が困難

になるという結果が報告されている(中澤 2013)。また、家計研パネルデータを用いた若

年女性(25~34歳)を対象とした分析から、フルタイム就業確率の正規・非正規間格差は、

初職開始後 3年後には消滅してゆくという知見が得られている(前田ほか 2010)。これら

の知見は、初期キャリアのなかでも早い段階で、初期の不利がある程度挽回される可能性

を示唆しているといえる。

日本を対象にした分析では、データや方法により得られる結果が一貫しない面があり、

踏石仮説と袋小路仮説のいずれが妥当するのかについて、分析を蓄積する必要がある。ま

た、主として 2000 年前後の若年労働市場を対象として指摘されているこれらの知見が、

3 その意味するところが、そもそもフルタイム労働者のキャリアが相対的に不安定なアメ

リカ、イギリスと、セカンドチャンスへの支援がなされる北欧とでは、大きく異なり得る

ことには注意が必要であろう。

-5-

それ以前の初期キャリアとどのように異なるのかについては、検討の余地が残されている。

過去の初期キャリア移動と比較した場合に、より最近の移動機会をどのように特徴づけら

れるのか、という観点からの分析はあまりなされていない。後述する地位達成構造と同様

に、本稿の分析では二つのデータの結果を比較しながら議論を進める。

(2) 職業にもとづく階層的地位の移動

正規雇用・非正規雇用の区分に注目した研究に比べると、2000年以降に蓄積されたキャ

リア移動機会に関する研究のなかで、職業にもとづく伝統的な階層指標に依拠したものは

多くない。しかし、そのことは伝統的な階層指標が意味をなさないというわけではまった

くない。雇用の安定性が従業上の地位と密接に関係している一方で、個人が保有できる社

会経済的資源の水準はその個人の占める階層的地位の如何による。1 節で述べた通り、ラ

イフチャンスが階層移動の軌跡に対応付けられてゆくことを仮定すると、初期キャリアに

おける地位達成構造の解明は依然として重要な作業であるといえる。

世代内における地位達成構造の研究において打ち立てられた金字塔は、ブラウとダンカ

ンによる地位達成過程構造の研究であろう(Blau and Duncan 1967)。出身階層と到達階

層の間を教育達成が媒介するという知見から導き出される、教育機会が地位達成過程にお

いて重要であるというインプリケーションは、階層移動研究においてはもはや自明のもの

と表現できなくもない。地位達成過程の分析は日本を対象とした研究にも応用され、学歴

が初職の地位に、そして初職の地位が現職のそれに影響するという、逐次的な地位達成過

程の構造が示されてきた(富永・安藤 1977)。また、基本的にこの構造はより最近の分析

結果でも大きく変わってはいない(中尾 2011)。

しかしながら、地位達成過程の分析で検討されていることは初職・現職間での地位(ラ

ンク)の対応関係であり、地位の「来し方と行く末」を直接に検証するものではない。初

職から現職にかけては一定の移動過程がありうるため、地位達成の過程に踏み込んだ議論

を行うためには、職歴データの分析を要するのである。

この点について、世代内移動表やクラスター分析の手法により階層移動のネットワーク

構造を描出し、どのような移動が実際に生じているのかが明らかにされてきた。日本にお

ける世代内の階層移動構造において、事務、販売職といったいわゆるホワイトカラー職か

ら管理職への移動という、組織内での昇進と想定される上昇移動経路のみならず、熟練職

などのブルーカラー職から自営開業に至ることも、キャリアの到達点の一つであるという

知見が得られている(原 1981)。同様の分析は国際比較研究においてもなされており、制

度編成の違いから水平的、垂直的な階層移動構造の特徴を論じているものもある(Haller

et al. 1985)。自営開業と管理職への移動は地位達成の到達点であり、前者が主としてブル

-6-

ーカラー職、後者がホワイトカラー職と対応付けられている点は、日本の研究結果と同様

である。

方法論的により洗練されたものでは、パーソンピリオド形式のデータから生存分析、成

長曲線モデルを応用したものもみられる。1985年 SSM調査の職歴データを用いて行われ

た、職業をベースにしつつ企業規模を考慮した生存分析の結果から、キャリア移動におけ

る企業規模間差異を指摘したものがある(盛山ほか 1990)。また、主たる関心が世代間移

動におかれているが、キャリアの軌跡のなかで上層ホワイト層(専門・管理職)への移動

に対して前の地位が影響しており、ホワイトカラー職とそれ以外のブルーカラー職、農業、

自営層との間で地位達成の経路に差異のあることが示されている(石田 2008)。また、上

層ホワイト層への移動が 30代以降に生じてゆくという知見も得られている(三輪 2008)。

キャリアにおける階層移動に関する先行研究からは、到達階層に至る経路が階層間で異

なることや、初期キャリアの後半以降に上昇移動が生じるということが明らかになってい

る。しかしながら、階層移動のネットワークを描き出す研究における地位間のパスは度数

にもとづくものであり、分析自体は記述的なものである。また、多変量解析によるキャリ

ア移動の分析では、階層移動のネットワーク分析のように移動経路の多様性をある程度縮

減せざるを得ない。

どのような方法を用いるべきかは、その時々の検証課題に依存するが、本研究では先行

研究の知見を踏まえつつ、キャリアにおける階層移動の経路についてログリニアモデルを

用いて検討する。ログリニア分析を用いた世代内移動の先行研究では、初職・現職間のク

ロス表を用いた分析がなされており、中間階級の質的多様化を背景に階級構造の変化が論

じられている(Guveli and De Graaf 2007)。しかし、上述の通り初職・現職間の分析で

はその間に様々な移動が生じうるほか、両時点間に至る時間に関する考慮が不十分である

といえる。本稿の分析は、この点について一定の配慮を施しつつ分析を進める。

3. 検証すべき問いと仮説

先行研究を踏まえ、本研究では以下の問いに答えることを目的として実証分析を行う。

その問いは、「初期キャリア移動において上昇移動機会が存在するか」というものである。

そして、過去のデータ分析の知見が蓄積されている階層移動については、より直近のデー

タからも先行研究と同様の移動機会がみられるのかを検討する。

上昇移動機会は、検討する指標に応じて以下の通り定義する。まず従業上の地位に関し

ては、非正規雇用あるいは無業からの正規雇用への移動を、上昇移動機会とみなす。フル

タイム職の獲得は、社会、経済生活を送る上で重要な資源となるためである。

職業にもとづく階層変数については、管理職への移動を上昇移動としてみなす。企業規

-7-

模や従業上の地位を組み合わせた総合階層指標については、管理職への移動のほか、中小

企業から大企業への移動、そして自営への移動を上昇移動と定義する。

従業上の地位の移動については、踏石仮説と袋小路仮説にもとづく予測を立てる。踏石

仮説が正しければ、非正規雇用や無業から正規雇用への移動機会が存在することになる。

一方、袋小路仮説が正しければ、これらの移動機会は存在せず、非正規雇用や無業に滞留

し続ける可能性の高いことが予測される4。

職業階層の移動については、ホワイトカラー職(事務・販売)から管理職への移動が予

測される。企業間移動(転職)により管理職に抜擢されるようなケースもなくはないと思

われるが、これまでの社会学、労働経済学の蓄積からは、このような移動は主として組織

内部における昇進を中心とするものであると考えられる(竹内 1995; 中嶋ほか編著

2013)。したがって、ここでは便宜的にこのような移動の予測を内部昇進仮説と名付けて

おきたい。

職業階層を基礎としながら、企業規模や従業上の地位を考慮した階層的地位の移動に関

しては、(1)上述の昇進仮説が特に大企業においてあてはまる、(2)大企業から中小企業

への移動は生じるが、その逆は生じにくい、(3)管理職への移動機会が存在しない階層で

は自営開業という経路が存在する、という仮説を立てる。(1)は、先に述べた内部労働市

場の整備がとりわけ大企業組織において進んでいるということにもとづくため(石川・出

島 1994)、内部昇進機会の企業規模間格差仮説と名付ける。(2)は日本の労働市場が企業

規模によって階層化しているという労働市場の二重構造論にもとづくため、企業規模によ

る二重構造仮説と呼ぶこととする(石川・出島 1994)。最後に(3)は、管理職以外の到

達階層として自営層が存在するという先行研究の知見を踏襲するものであり、自営開業仮

説と記すこととする。

以上の諸仮説については、後述する JLPS と SSM の二種類のデータを用いることで、

初期キャリアの移動構造が過去と直近でどのように異なるのかも検討する。この点につい

て明確な仮説はなく、オープンクエスチョンである。しかし、非正規雇用の問題がその規

模のみならず、正規雇用との間に移動障壁が生じたことが 2000 年前後からのキャリア移

動構造における問題であるならば、直近の初期キャリアでは上昇移動機会がみられなくな

4 本稿では踏石仮説と袋小路仮説を対立する関係としてとらえているが、それは非正規雇

用の働き方である者が、正規雇用の職を望んでいるという前提を置いているためである。

その背後には、平均的には非正規雇用の処遇が正規雇用よりも低く不安定であることや、

マクロ統計からは非正規雇用の若年者の多くが正規雇用の職を希望しているということが

ある(総務省統計局 2009)。それゆえ、非正規雇用にとどまることはそこからの移動が(何

らかの事情により)できない状態であると解釈し、また正規雇用への移動が生じないこと

自体も社会経済的生活上のライフチャンスの多寡に影響すると想定している。しかし、上

記の説明は仮定のもとで可能なものの一つに過ぎないことには留意が必要だろう。

-8-

っていると予測できる。同様に、階層移動についても類似の結果を想定することができる

だろう。

4. データと方法

(1) 使用データ

以上の研究関心にもとづく問い、仮説について検証を行うため、本研究では JLPS若年・

壮年調査と SSM の職歴データを用いて分析を行う。JLPS 若年・壮年調査は 2006 年 12

月末現在で 20 歳~40 歳の男女を対象として行われた調査で、出生年で表せば 1966 年か

ら 1986 年生まれの者が対象となっている。2007 年に第一波調査(Wave1)が実施され、

職歴に関する情報は 2009 年の第三波調査(Wave3)でたずねられている5。JLPS におけ

る職歴の質問はカレンダー形式となっており、ある年の 4月、10月にどのような仕事をし

ていたかがたずねられている。分析に先立ち、各年 4 月時点での就業状況の情報を用い、

離学後からのパーソンピリオドデータを作成した。

この時期に生まれ、1980年代以降に働き始めた者の初期キャリアの特徴をとらえるため

に、本稿の分析では比較のため 2005年 SSM日本調査データも用いる。こちらは 1936年

から 1985 年の間に生まれた男女が対象となっている6。本稿ではこのうち、1965 年以前

に生まれた対象者に限定して分析を行う。それぞれのデータを別個に分析した結果を比較

することは、方法的には検討の余地が残されているが、ここではそのような方法で初期キ

ャリアの移動機会構造の変化について確認したい。

SSMの職歴情報は、従業先や従業上の地位、職業や役職が変化するごとに職歴段数を進

めることでたずねられているという点で、JLPS の職歴の質問とは構造が異なる。こちら

についても、分析に先立ち、当該職歴段数時の年齢を用い、初職開始からのパーソンピリ

オドデータを作成した。

なお、JLPS、SSMデータともに、初職開始後(JLPSの場合は離学後)11年目までの

情報を用いる。「初期キャリア」に関する厳密な定義は存在しないが、先行研究の多くでは

5~10 年までのキャリアを初期キャリアとしている。それらを参考にし、本稿の分析では

5 Wave1実施時の有効回収率は若年調査で 34.5%(3367/9771)、壮年調査で 40.4%

(1433/3549)である。標本抽出の設計、調査票については若年、壮年調査は共通である

ため、二つのデータセットを統合して分析を行う。なお、本稿で用いるWave3に回答し

ているのは、Wave1以降の追跡調査の中で回答を得られている 3607名である(若年 2443

名、壮年 1164名)。 6 正確には、2005年 9月 30日現在で満 20歳~満 69歳。なお、有効回収率は 44.1%であ

る(5742/13031)。

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10年経過後の 11年目までを初期キャリアとみなす。

(2) 使用変数

分析で用いるのは、従業上の地位、職業階層、および SSM 総合階層分類である。従業

上の地位は経営者・役員、正規雇用、非正規雇用、自営、無業の 5区分である。職業階層

は SSM 職業大分類を用い、無業を加えている。総合階層分類は先行研究を参考に(原・

盛山 1999)、300人以上の従業先規模と官公庁を大企業、それ未満を中小企業として指標

を作成し、無業も加えている。

これらの指標について、職歴開始時の地位とその後の地位の関連構造を明らかにするこ

とが、本研究の目的である。ここでの職歴とは従業先のことではなく、上記の三つの地位

指標について、その地位についてからの地位歴を指す。そして、本稿では一番目の地位歴

に分析対象を限定する。この場合、たとえば従業上の地位について、同じ正規雇用の地位

についている限り、転職が生じても地位歴は継続することになる。逆に、転職が生じない

場合でも、正規雇用から非正規雇用への移動が生じれば、そこで一番目の地位歴が終了す

ることになる。このように、地位の移動をイベントとみなすため、移動が起こった場合、

あるいは移動が起こらず観察が終了する場合、打ち切りが生じるデータ構造としている7。

表 1 従業上の地位の世代内移動表(11年目まで/一番目の地位歴)

a. JLPS男性サンプル b. SSM男性サンプル

職歴開始時地位

経営者 正規 非正規 自営 無業 計職歴開始時地位

経営者 正規 非正規 自営 無業 計

経営者 44 1 0 0 1 46 経営者 69 4 0 1 0 74

正規 19 7561 94 33 116 7823 正規 57 15009 56 153 72 15347

非正規 2 80 694 10 46 832 非正規 3 76 376 12 10 477

自営 0 5 4 212 1 222 自営 6 52 9 1404 2 1473

無業 0 13 8 1 29 51 計 135 15141 441 1570 84 17371

計 65 7660 800 256 193 8974

c. JLPS女性サンプル d. SSM女性サンプル

職歴開始時地位

経営者 正規 非正規 自営 無業 計職歴開始時地

経営者 正規 非正規 自営 無業 計

経営者 23 0 1 0 1 25 経営者 42 1 1 0 0 44

正規 2 5684 191 23 473 6373 正規 9 9413 162 147 1060 10791

非正規 1 116 890 5 116 1128 非正規 2 57 836 19 101 1015

自営 0 3 5 104 1 113 自営 2 18 13 1227 50 1310

無業 0 12 12 0 78 102 計 55 9489 1012 1393 1211 13160

計 26 5815 1099 132 669 7741

1年後の地位 1年後の地位

1年後の地位 1年後の地位

7 一番目の地位歴で、全体の観測数(スペル)の 8割前後がカバーされる。これは職歴開

始から 11年目までに限定していることによると思われるが、今回の初期キャリアの分析

については、一番目の地位歴のみで十分であると判断した。

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表 2 職業階層の世代内移動表(11年目まで/一番目の地位歴)

a JLPS男性サンプル b SSM男性サンプル

職歴開始時地位

専門 管理 事務 販売 熟練 半熟 非熟 農業 無業 計職歴開始時地位

専門 管理 事務 販売 熟練 半熟 非熟 農業 無業 計

専門 1764 1 13 9 4 6 1 1 18 1817 専門 1891 6 7 8 3 0 0 0 10 1925

管理 0 22 0 0 0 0 0 0 0 22 管理 0 36 0 0 0 0 0 0 0 36

事務 6 2 1149 30 8 5 2 1 21 1224 事務 13 19 3202 34 17 19 2 3 14 3323

販売 11 4 34 1512 28 13 8 2 39 1651 販売 4 11 46 2079 28 18 10 4 11 2211

熟練 11 1 19 38 1948 26 6 3 37 2089 熟練 9 6 25 34 3891 70 15 13 14 4077

半熟練 6 0 3 15 14 812 5 1 16 872 半熟練 1 3 24 30 54 1995 12 5 15 2139

非熟練 0 0 7 6 8 6 339 1 11 378 非熟練 0 1 8 9 27 23 578 5 10 661

農業 0 0 1 0 0 0 0 66 2 69 農業 0 0 7 3 14 18 7 922 4 975

無業 1 0 6 6 1 5 3 0 29 51 計 1918 82 3319 2197 4034 2143 624 952 78 15347

計 1799 30 1232 1616 2011 873 364 75 173 8173

c JLPS女性サンプル d SSM女性サンプル

職歴開始時地位

専門 事務 販売 熟練 半熟 非熟 無業 計職歴開始時地位

専門 事務 販売 熟練 半熟 非熟 農業 無業 計

専門 1710 35 15 2 0 2 129 1893 専門 1679 21 10 5 2 2 3 129 1851

事務 15 3654 59 14 11 6 306 4065 事務 15 4482 51 16 19 4 14 594 5195

販売 15 73 978 6 6 10 107 1195 販売 2 39 1278 12 15 6 5 148 1505

熟練 2 16 11 434 1 0 36 500 熟練 3 9 21 1187 17 1 2 80 1320

半熟練 1 8 10 5 283 1 24 332 半熟練 4 32 24 20 1836 10 16 171 2113

非熟練 0 5 2 0 1 134 17 159 非熟練 0 5 14 2 5 203 2 27 258

無業 4 10 10 1 0 0 83 108 農業 0 1 5 2 8 6 651 19 692

計 1747 3801 1085 462 302 153 702 8252 計 1703 4589 1403 1244 1902 232 693 1168 12934

1年後の地位 1年後の地位

1年後の地位 1年後の地位

表 3 総合分類の世代内移動表(11年目まで/一番目の地位)

a JLPS男性サンプル b SSM男性サンプル

職歴開始時地位

専門 管理 大W中小

W大B 中小B

自営W

自営B 農業 無業 計職歴開始時地位

専門 管理 大W中小

W大B 中小B

自営W

自営B 農業 無業 計

専門 1764 1 13 9 2 8 0 0 1 18 1816 専門 1891 4 6 5 2 0 5 1 0 10 1924

管理 0 22 0 0 0 0 0 0 0 0 22 管理 0 36 0 0 0 0 0 0 0 0 36

大W 10 2 1505 23 7 14 2 3 1 23 1590 大W 12 19 3192 29 17 14 12 4 2 10 3311

中小W 4 1 22 1001 9 29 6 0 1 30 1103 中小W 6 9 21 1638 8 30 22 8 5 13 1760

大B 8 1 18 10 876 30 0 3 1 15 962 大B 7 4 20 12 2101 47 1 4 2 6 2204

中小B 8 0 11 42 10 1857 3 15 4 49 1999 中小B 3 2 27 39 51 3770 18 67 16 28 4021

自営W 0 0 0 0 0 0 63 0 0 1 64 自営W 0 1 2 1 0 0 227 0 0 0 231

自営B 1 0 1 1 1 5 0 129 0 1 139 自営B 0 1 1 5 3 9 2 509 2 0 532

農業 0 0 0 1 0 0 0 0 66 2 69 農業 0 0 5 5 5 32 0 1 922 4 974

無業 1 0 8 3 1 8 1 0 0 29 51 計 1919 76 3274 1734 2187 3902 287 594 949 71 14993

計 1796 27 1578 1090 906 1951 75 150 74 168 7815

c JLPS女性サンプル d SSM女性サンプル

職歴開始時地位

専門 大W中小

W大B 中小B

自営W

自営B 無業 計職歴開始時地位

専門 大W中小

W大B 中小B

自営W

自営B 農業 無業 計

専門 1710 16 25 1 3 2 0 129 1886 専門 1679 8 14 2 5 9 2 3 129 1851

大W 14 2231 73 7 7 7 1 188 2528 大W 6 1976 45 4 11 11 1 2 257 2313

中小W 14 57 1955 5 24 12 2 195 2264 中小W 7 32 2590 7 25 34 4 14 365 3078

大B 1 10 7 236 6 2 0 13 275 大B 3 7 22 753 19 1 4 5 65 879

中小B 1 7 19 5 485 0 2 54 573 中小B 2 5 39 15 1707 7 30 12 152 1969

自営W 1 1 2 0 2 54 0 1 61 自営W 0 1 4 0 2 270 0 0 14 291

自営B 1 1 0 0 0 0 26 1 29 自営B 2 0 4 1 2 3 327 1 19 359

無業 4 10 9 0 1 0 0 83 107 農業 0 0 4 3 9 1 1 651 19 688

計 1746 2333 2090 254 528 77 31 664 7723 計 1699 2029 2722 785 1780 336 369 688 1020 11428

1年後の地位 1年後の地位

1年後の地位 1年後の地位

地位歴が開始してからの時間は、1~3 年目、4~6 年目、7~9 年目、10~11 年目の 4

区分を用いた。分析では地位歴開始時の地位、1 年後の地位、そして時間の三元表を用い

ることになる。時間の区分を細かくすることでクロス表のサイズとゼロセルの割合も大き

くなるため、上記の区分とした。表 1~表 3 は、時間をまとめた地位歴開始時の地位と一

年後の地位の二元表である(それぞれ従業上の地位、職業大分類、総合階層分類)8。

8 以下のログリニア分析では、開始時地位、一年後の地位、時間の三元表について、ゼロ

セルには定数の 0.5を割り当てた。この手続きは検証すべきパラメータを推定するために

便宜的にとったものであるが、ゼロセルの数が非常に多い場合には定数の代入により周辺

-11-

(3) 分析方法

ここまで説明した三元表について、本稿ではログリニアモデルを応用した分析を行う。

地位歴開始時地位を E、一年後の地位を A、時間を Tとし、この三元表を構成する各セル

の期待度数を次の式で表す。

本稿で注目するのは E と A の交互作用項であり、そのパラメータが時間 T により異

なるのか否かも検討する。EA の交互作用項は以下のデザイン行列により表現し、時間 T

を考慮する場合と考慮しない場合でのモデル全体の適合度も比較する。

表 4 従業上の地位に関するデザイン行列

職歴開始時地位経営者・役員

正規雇用

非正規雇用

自営 無業

経営者・役員 1 0 0 0 0

正規雇用 0 2 0 0 0

非正規雇用 0 6 3 0 0

自営 0 0 0 4 0

無業 0 7 8 0 5

1年後の地位

※SSMデータにおける1番目の地位については、7、8の

パラメータが含まれない。

表 4は従業上の地位の移動に関するデザイン行列である。踏石仮説が正しければ、特に

6 と 7 のパラメータが有意に正の係数となるはずである。関連する移動経路として、無業

から非正規雇用への移動についても検討する(デザイン行列中の 8)。一方、袋小路仮説が

正しければ、6、7、そして 8のパラメータは有意ではないことが予測される。

分布が大きく変わる可能性があるという懸念が生じる(Agresti 2013: 401)。本稿の分析

で用いるデータについては、サンプルサイズ、周辺分布について大きな変化が生じていな

いことは確認しているが、この点について検討の余地が残されている可能性は付記してお

きたい。

-12-

表 5 職業移動に関するデザイン行列

a. 職業移動のデザイン行列(1)

職歴開始時地位

専門 管理 事務 販売 熟練 半熟練 非熟練 農業 無業

専門 1 0 0 0 0 0 0 0 0

管理 0 2 0 0 0 0 0 0 0

事務 0 10 3 0 0 0 0 0 0

販売 0 11 12 4 13 14 0 0 0

熟練 0 0 0 0 5 15 0 0 0

半熟練 0 0 0 16 17 6 0 0 0

非熟練 0 0 0 18 19 20 7 0 0

農業 0 0 0 0 21 22 0 8 0

無業 0 0 0 0 0 0 0 0 9

b. 職業移動のデザイン行列(2)(女性サンプルでのみ検討)

職歴開始時地位

専門 管理 事務 販売 熟練 半熟練 非熟練 農業 無業

専門 1 0 10 0 0 0 0 0 0

管理 0 2 0 0 0 0 0 0 0

事務 0 0 3 11 0 0 0 0 0

販売 0 0 12 4 0 13 0 0 0

熟練 0 0 14 15 5 0 0 0 0

半熟練 0 0 16 17 0 6 0 0 0

非熟練 0 0 0 18 0 19 7 0 0

農業 0 0 0 0 0 20 0 8 0

無業 0 0 0 0 0 0 0 0 9

※SSMサンプルの1番目については、「無業」の行が含まれない。

1年後の地位

1年後の地位

※JLPS女性サンプルとSSM女性サンプルの1番目の地位については、「管

理」の行と列が含まれない。

※JLPS女性サンプルとSSM女性サンプルの1番目の地位については、「管

理」の行と列が含まれない。

※SSMサンプルの1番目については、「無業」の行が含まれない。

表 5は職業階層間移動に関するデザイン行列である。表 5aは 2005年 SSM日本調査の

職歴データの分析結果をもとに得られた男性の職業移動ネットワークを、表 5b は女性の

職業移動ネットワークを参考にした(渡邊 2011)。女性サンプルについては、表 5aと表

5bのモデルを推定する。内部昇進仮説が正しければ、表 5aの 10と 11のパラメータが有

意に正の係数となるはずである。

表 6は総合階層分類間移動に関するデザイン行列である。こちらについても先行研究を

参考にしながら作成し(盛山ほか 1990)、女性に関する結果が先行研究ではないため男女

両方にあてはめることとした。内部昇進の企業規模間格差仮説が正しければパラメータ 11

は正に有意だが、12は有意にならないはずである。企業規模による二重構造仮説が正しけ

れば、パラメータ 13、15が正に有意となり、パラメータ 14、16は有意ではないと予測さ

れる。また、自営開業仮説が正しければ、特にパラメータ 18と 20が正に有意な係数を示

すと予想される。

-13-

表 6 総合階層分類の地位移動に関するデザイン行列

職歴開始時地位

専門 管理 大W 中小W 大B 中小B 自営W 自営B 農業 無業

専門 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0

管理 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0

大W 0 11 3 13 0 0 17 0 0 0

中小W 0 12 14 4 0 0 18 0 0 0

大B 0 0 0 0 5 15 0 19 0 0

中小B 0 0 0 0 16 6 0 20 0 0

自営W 0 0 0 0 0 0 7 0 0 0

自営B 0 0 0 0 0 0 0 8 0 0

農業 0 0 0 0 0 0 0 0 9 0

無業 0 0 0 0 0 0 0 0 0 10

1年後の地位

※JLPS、SSMデータの女性サンプルの1番目の地位については、「管理」の行と列が

含まれない。

※SSMサンプルの1番目については、「無業」の行が含まれない。

5. 分析結果

(1) 周辺分布の比較

それでは、職歴データの分析結果を検討したい。まず、それぞれのデータの基本的な分

布を確認するため、一番目の地位歴開始時の地位と、11 年目の地位の分布を示す(図 1、

図 2、図 3)。ここでの 11年目時地位は、一番目の地位に限らず、職歴がとられてから 11

年目の情報を用いている。また、グラフは 11 年目地位の情報が得られている者のサンプ

ルから作成している。

図 1 の従業上の地位に関する分布をみると、JLPS サンプルにおいて非正規雇用割合の

増大が確認できる。職歴開始時の正規雇用割合は男女、JLPS・SSM の別なくほぼ等しい

一方、自営層の割合は JLPSのほうが小さい。

職歴開始時から11年目時地位にかけ、男性では非正規雇用割合が減少し、女性ではJLPS

サンプルで増加している。自営層の割合は男女ともに増大している。女性については、正

規雇用割合が大きく減少し、かわって無業の割合が大きい。

-14-

図 1 従業上の地位の周辺分布

図 2 職業大分類の周辺分布

次に図 2の職業大分類の分布を確認する。ログリニア分析では無業も含めるが、ここで

は無業を除いている。男性については、SSM サンプルに比べて JLPS サンプルでは農業、

事務職割合が小さくと専門、販売職割合が大きい。職歴開始時から 11 年目にかけて、周

辺分布については JLPS、SSM ともに大きな変化はみられないが、SSM サンプルでは管

-16-

出産による地位の移動の影響が考えられるため、解釈に注意が必要であろう。

(2) ログリニアモデルの推定結果

a. 従業上の地位間の移動

周辺分布の検討は、より詳細な分析に先立つ基礎的な作業として重要であるが、それの

みでは移動の構造を十分にはとらえきれない。そのため、地位間移動をログリニアモデル

により検討した結果が、以下に示される表である。

表 7 ログリニアモデルの結果(従業上の地位・男性)

L 2 df p BIC D

JLPS男性

Model1:独立モデル 5967.818 64 0.000 5385.142 0.200

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 68.817 59 0.179 -468.338 0.010

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 23.749 44 0.995 -376.841 0.003

Model4:踏石仮説(時間との交互作用なし) 65.879 56 0.172 -443.962 0.010

SSM男性

Model1:独立モデル 11550.692 48 0.000 11082.061 0.192

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 55.133 44 0.121 -374.445 0.005

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 28.536 32 0.643 -283.884 0.002

Model4:踏石仮説(時間との交互作用なし) 51.554 43 0.174 -368.261 0.005

表 8 ログリニアモデルの結果(従業上の地位・女性)

L 2 df p BIC D

JLPS女性

Model1:独立モデル 5062.846 48 0.000 4632.947 0.238

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 68.265 43 0.008 -316.853 0.012

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 35.039 33 0.372 -260.516 0.004

Model4:踏石仮説(時間との交互作用なし) 62.441 40 0.013 -295.808 0.012

SSM女性

Model1:独立モデル 11646.400 48 0.000 11191.090 0.273

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 44.915 44 0.433 -372.453 0.006

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 27.704 32 0.684 -275.836 0.003

Model4:踏石仮説(時間との交互作用なし) 43.447 43 0.452 -364.434 0.006

表 7、表 8 は従業上の地位間の移動に関する男性、女性それぞれの分析結果である。モ

デルの適合度、モデル間比較には、尤度比検定の結果と BIC の指標を利用する。Model1

の独立モデルは、EA の関連パラメータを考慮しないモデルである。地位歴開始時地位と

その後の地位が関連しないことを意味することになる。Model2の準独立モデルは、EAの

関連のうち対角セルのパラメータのみ考慮するものである。同じ地位にとどまり続ける場

合のみが考慮されており、ある地位から別の地位への移動は考慮されていない。Model3

-17-

は、対角セルパラメータを時間ごとに個別に推定しているモデルである。最後に Model4

は、デザイン行列に示されるパラメータをすべて推定した結果である。基本的には、職業

階層、総合階層分類についても同様の構成となっている。

男性サンプルの分析結果をみると、EA の関連パラメータの時間による違いを考慮しな

い Model2 では飽和モデルとの尤度比検定の結果が有意でない。時間による違いを考慮し

た Model3 と比較すると、BIC は Model2 の方が小さいため、Model2 を採択した。これ

について踏石仮説に対応するパラメータを推定したのが Model4 である。Model2 と

Model4の尤度比検定の結果は、SSM、JLPSサンプルともに有意ではなかった(SSMサ

ンプルの結果は 10%水準で評価すれば有意)。初期キャリアの構造は職歴開始時の地位で

ほぼ規定され、踏石仮説が想定するような移動経路は確認されないといえる。

女性サンプルの分析結果は、SSM サンプルでは Model2 が採択されるが、JLPS では

BICにもとづけばModel2、尤度比検定の結果にもとづけばModel3が採択される。Model3

について JLPS 女性サンプルと SSM 女性サンプルの結果をみると、対角セルパラメータ

の推移は類似していたため、JLPSサンプルについては BICの結果を優先することとした

(結果は割愛)。男性と同様、Model2に踏石仮説に対応するパラメータを加えて推定した

ものがModel4であるが、女性についてはModel2とModel4の尤度比検定の結果は JLPS、

SSMサンプルともに有意ではなかった。女性についても、男性同様の結果であるといえる。

b. 職業階層間の移動

次に職業階層間移動の分析結果について検討する。男性については表 9、女性について

は表 10にその結果が示されている。職業階層間移動の分析結果は、JLPSサンプルと SSM

サンプルで異なるものとなっている。男性についてみると、JLPS サンプルでは準独立モ

デルについて、BIC の結果から時間との交互作用を考慮しない Model2 が採択される。

Model4 は Model2 に職業移動のパラメータを追加したモデルであるが、尤度比検定の結

果は 5%水準で有意ではない(10%水準では有意)。上昇移動に関する仮説は、JLPS 男性

サンプルでは支持されない結果となっている。

一方 SSM男性サンプルでは、準独立モデル(Model2、Model3)と飽和モデルの尤度比

検定は有意であり、Model4と飽和モデルの尤度比検定は有意ではない。JLPSサンプルと

は異なり、SSMサンプルでは上昇移動に関する仮説が支持されている結果であるといえる

だろう。

女性についても、男性サンプルの分析結果とほぼ同様の結果であるといえるだろう。

JLPS 女性サンプルについては、Model2 が採択されることになるが、SSM 女性サンプル

では Model4 が 5%水準で有意ではない。また、先行研究で指摘された女性のキャリア移

動のモデル(Model5)を推定したところ、Model4のほうがより適合的であるという結果

-18-

であった。以上の結果から、過去の初期キャリア移動では男女ともに上昇移動の機会が存

在していたが、より最近の初期キャリア移動ではそれがみられなくなっている可能性が示

唆される9。

表 9 ログリニアモデルの結果(職業大分類・男性)

L 2 df p BIC D

JLPS男性

Model1:独立モデル 23714.415 256 0.000 21405.800 0.742

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 155.923 247 1.000 -2071.530 0.020

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 109.874 220 1.000 -1874.093 0.012

Model4:上昇移動仮説(時間との交互作用なし) 134.291 234 1.000 -1975.928 0.018

SSM男性

Model1:独立モデル 48235.705 224 0.000 46075.942 0.772

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 319.900 216 0.000 -1762.728 0.019

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 238.667 192 0.012 -1612.559 0.011

Model4:上昇移動仮説(時間との交互作用なし) 218.297 203 0.220 -1738.988 0.016

表 10 ログリニアモデルの結果(職業大分類・女性)

L 2 df p BIC D

JLPS女性

Model1:独立モデル 17039.526 144 0.000 15740.198 0.580

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 133.115 137 0.578 -1103.051 0.020

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 92.441 116 0.948 -954.239 0.012

Model4:上昇移動仮説1(時間との交互作用なし) 108.727 128 0.890 -1046.230 0.017

Model5:上昇移動仮説2(時間との交互作用なし) 111.677 127 0.832 -1034.258 0.017

SSM女性

Model1:独立モデル 34264.823 168 0.000 32673.881 0.673

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 250.227 161 0.000 -1274.426 0.019

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 218.803 140 0.000 -1106.982 0.015

Model4:上昇移動仮説1(時間との交互作用なし) 173.862 150 0.089 -1246.622 0.015

Model5:上昇移動仮説2(時間との交互作用なし) 203.168 150 0.003 -1217.316 0.016

c. 企業規模と従業上の地位を考慮した階層間の移動

総合分類指標による階層移動の分析結果に移ろう。男性、女性の分析結果はそれぞれ表

11、表 12に示されている。総合階層分類を用いた場合でも、JLPSサンプルと SSMサン

プルの結果が異なる。男性、女性ともに JLPSサンプルではModel2が採択されるが、SSM

サンプルでは Model4 が採択される。また、総合階層分類指標を用いた場合には、尤度比

検定、BIC、非類似度指数が一貫して Model4 を支持する結果となっている。職業階層移

動と同様に、過去から最近にかけて初期キャリア移動における上昇移動機会が縮小してい

る可能性が示唆される。

9 ただし、女性の場合はケース数の少なさから、管理職への移動パラメータの推定はなさ

れていないため、男性の移動構造と同一であるとはこの分析結果から論じることはできな

い。

-19-

表 11 ログリニアモデルの結果(総合分類・男性)

L 2 df p BIC D

JLPS男性

Model1:独立モデル 22572.389 324 0.000 19663.385 0.736

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 210.351 314 1.000 -2608.869 0.024

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 149.411 284 1.000 -2400.457 0.015

Model4:上昇移動仮説(時間との交互作用なし) 192.772 304 1.000 -2536.664 0.023

SSM男性

Model1:独立モデル 48667.124 288 0.000 45896.374 0.775

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 377.695 279 0.000 -2306.469 0.019

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 313.582 252 0.005 -2110.825 0.013

Model4:上昇移動仮説(時間との交互作用なし) 258.577 269 0.665 -2329.381 0.016

表 12 ログリニアモデルの結果(総合分類・女性)

L 2 df p BIC D

JLPS女性

Model1:独立モデル 17243.538 196 0.000 15487.361 0.635

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 194.524 188 0.357 -1489.972 0.024

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 141.839 164 0.894 -1327.615 0.015

Model4:上昇移動仮説(時間との交互作用なし) 174.734 180 0.597 -1438.081 0.022

SSM女性

Model1:独立モデル 33506.846 224 0.000 31412.852 0.717

Model2:準独立モデル(時間との交互作用なし) 276.363 216 0.003 -1742.846 0.021

Model3:準独立モデル(時間との交互作用あり) 241.421 192 0.009 -1553.431 0.017

Model4:上昇移動仮説(時間との交互作用なし) 192.204 208 0.777 -1752.219 0.017

以上の結果から、従業上の地位からは地位間の移動は明確に観察されなかったが、職業

にもとづく階層間の移動については仮説に沿った結果となった。また、SSM サンプルと

JLPS サンプルでは結果に違いがあり、方法論的に改善の余地はあるものの、上昇移動機

会の縮小傾向がうかがえる結果である。

d. 交互作用パラメータの推定結果

それでは、注目する地位間移動のパラメータについてどのような結果が得られたのであ

ろうか。表 13はその結果を示したものである。

従業上の地位については、SSM 男性については 10%水準では踏石仮説が支持されると

先に述べたが、非正規雇用から正規雇用への移動パラメータは、10%水準では正に有意で

ある。しかし、先にみた通りモデル全体の適合度を改善しているとは言いがたい。

職業階層については、JLPS サンプルでは販売から事務へ、半熟練から熟練への移動パ

ラメータが有意である。一方、SSMサンプルでは事務、販売職から管理職への移動が有意

であり、ブルーカラーについても熟練職への移動経路が有意である。以上より、当初の内

部昇進仮説は過去の初期キャリア移動において成り立っていたと結論付けられる。

-20-

表 13 個別のパラメータ推定値

従業上の地位

0.570 0.614 † 0.513 0.351

(0.464) (0.333) (0.529) (0.299)

0.091 -0.756

(0.703) (0.838)

0.045 -0.485

(0.595) (0.669)

職業階層

-0.076 0.944 **

(0.657) (0.343)

0.015 0.790 †

(0.549) (0.424)

0.508 † 1.029 ** 0.632 ** 0.474 *

(0.265) (0.274) (0.197) (0.220)

1.000 * 1.407 ** 1.528 ** 1.672 **

(0.403) (0.299) (0.510) (0.490)

0.686 1.330 ** 0.865 2.201 **

(0.478) (0.357) (0.769) (0.446)

階層総合分類

-0.130 1.415 **

(0.652) (0.359)

-0.540 0.666

(0.698) (0.422)

0.274 0.295 0.320 0.307

(0.285) (0.288) (0.214) (0.266)

0.328 0.695 * 0.427 * -0.101

(0.281) (0.270) (0.195) (0.198)

-0.153 0.816 ** 0.806 1.173 **

(0.370) (0.243) (0.508) (0.335)

0.759 ** 0.806 ** 1.176 * 1.249 **

(0.264) (0.240) (0.468) (0.285)

-0.067 0.524 -0.174 -0.256

(0.608) (0.373) (0.476) (0.364)

0.225 0.986 ** 0.215 0.442

(0.496) (0.313) (0.416) (0.272)

0.049 -0.178 1.404 † 1.106 *

(0.608) (0.543) (0.785) (0.548)

0.776 * 1.677 ** 1.126 † 2.282 **

(0.379) (0.279) (0.623) (0.326)

販売→事務

JLPS男性 SSM男性 JLPS女性 SSM女性

Coef. (S.E.) Coef. (S.E.) Coef. (S.E.)Coef. (S.E.)

非正規→正規

無業→正規

無業→非正規

事務→管理

販売→管理

※それぞれのModel4の推定結果

半熟練→熟練

非熟練→熟練

大W→管理

中小W→管理

中小W→大W

中小B→大B

大W→中小W

大B→中小B

大W→自営W

中小W→自営W

大B→自営B

中小B→自営B

** p < .01, * p < .05, † p < .1

最後に階層総合分類の結果であるが、SSMサンプルについては当初の仮説がほぼ支持さ

れているといえる。まず、管理職への移動は特に大企業ホワイトカラー職で顕著である。

また、企業規模間の移動については、ホワイトカラー職については大企業から中小企業へ

の移動は生じても、その逆は生じない。自営開業は、SSM男性サンプルでは中小企業から、

女性サンプルではブルーカラーで生じやすい。JLPS サンプルでは部分的に同様の結果が

得られているが、モデル全体の評価と同様、SSMサンプルの結果ほどに明確ではない。

-21-

6. まとめ

以上の分析結果をまとめると以下の通りである。周辺分布の変化からは初職が非正規雇

用であっても、キャリアの経過に伴い別の地位に移動が生じているように見えた。しかし、

ログリニア分析の結果からは、非正規雇用や無業から正規雇用への移動経路の存在は確認

できず、踏石仮説よりも袋小路仮説が妥当するといえる。ただし、職歴開始時の地位がそ

の後のキャリアをほぼ規定するという構造は、過去と最近の初期キャリアで違いはないと

結論付けられる10。

従業上の地位の移動からは、地位の閉鎖的な側面が強調されるようにも見えるが、職業

にもとづく階層移動の分析結果は、初期キャリアの移動機会について別の側面を示すもの

となった。ログリニアモデルの結果からも、先行研究で指摘されてきた上昇移動機会は確

認できたが、それは過去の初期キャリア移動においてである。より最近の初期キャリア移

動においては、想定される上昇移動は確認できなかった。本稿の分析結果にもとづく結論

は、日本の初期キャリア移動における上昇移動機会が近年にかけて縮小しつつあるという

ものである。

なぜ、機会の構造についてこのような変化が生じたのだろうか。本稿の分析から直接答

えを得ることはできず、この点については今後の課題となる。本稿では、いくつかの論点、

可能性について議論することで結語としたい。

第一の可能性として、非正規雇用層の拡大の影響が想定される。非正規雇用労働者につ

いては、職場で内部的に上昇移動を遂げてゆくモデルがあてはまらない。また、非正規雇

用の賃金は正規雇用のそれに比べて明らかに低く、自営開業のための準備も十分にはでき

ない可能性が高い。その結果、職業移動パラメータの効果に従業上の地位の影響が反映さ

れ、結果が攪乱されるということもありうる。従業上の地位により職業移動機会がどのよ

うに異なるかという点は、階層移動、階層構造の分析における従業上の地位のインパクト

を評価する上でも重要な課題となろう11。

第二の可能性は、正規雇用労働者における上昇移動メカニズムの質的な変化である。企

業の人事評価制度が変化し、少なくとも建前上は年齢主義から成果主義にシフトする流れ

が生じるようになったことは、先行研究が示すところである(久本 2008; 中嶋ほか編著

2013)。昇進、昇格の精選化が進むことにより、最近の若年層のなかでの上昇移動機会が

10 本来であれば、出生コーホートや労働市場への入職時期コーホートなどに区分した上で、

移動機会の構造分析を行うほうがより適切な手続きであり、二つのデータセットの分析結

果をつき合わせるだけでは十分な検討ができているとはいえないだろう。この点について

は、データの統合可能性などを検討し、分析の改善を進めることが課題である。 11 なお、本稿では JLPSサンプルについて、正規雇用に限定して職業移動の分析を行った

が、結果が変わることはなかった。

-22-

縮小している可能性があるだろう。あるいは、年齢主義の弱化により、安定的に保証され

ていた上昇移動機会が自明のものではなくなったことが、JLPS サンプルの分析結果に反

映された可能性も考えられる12。

それに関連して考えられる第三の可能性は、昇進、昇格の遅れである。上昇移動メカニ

ズム自体に変化がないとしても、そのタイミングが後倒しになっている可能性がありうる。

直接それを示すものとしてはやや不十分であるが、たとえば賃金構造基本調査の結果など

をみると、管理職(課長、部長級)の平均年齢が最近になるにつれて上昇していることが

わかる(図 4)。昇進タイミングの遅れについては、先行研究の間で必ずしも知見が一致し

ないが(小野 1995; 大井 2005)、上昇移動機会の縮小を説明する仮説の 1 つにはなりう

ると思われる。

図 4 部長・課長職の平均年齢の推移

(賃金構造基本調査より筆者作成)

以上の論点は現段階ではすべて仮説に過ぎないが、マクロな社会変動のなかで初期キャ

リアの移動機会に変化が生じているという可能性は、今後の研究で詳細に検討されるべき

点である。その際、これまで注目されてきた従業上の地位のみでは見えないキャリア移動

機会の構造を明らかにするうえで、従来から用いられてきた階層変数が依然として重要で

あることは、今後も考慮されるのが望ましい。

12 管理職者数、また雇用労働者に占める管理職割合が低下しているという周辺構造変動が、

組織内部のキャリア形成の仕組みに影響を与えているという可能性もある(山本 2014)。

-23-

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東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトについて

労働市場の構造変動、急激な少子高齢化、グローバル化の進展などにともない、日本社

会における就業、結婚、家族、教育、意識、ライフスタイルのあり方は大きく変化を遂げ

ようとしている。これからの日本社会がどのような方向に進むのかを考える上で、現在生

じている変化がどのような原因によるものなのか、あるいはどこが変化してどこが変化し

ていないのかを明確にすることはきわめて重要である。

本プロジェクトは、こうした問題をパネル調査の手法を用いることによって、実証的に

解明することを研究課題とするものである。このため社会科学研究所では、若年パネル調

査、壮年パネル調査、高卒パネル調査の3つのパネル調査を実施している。

本プロジェクトの推進にあたり、以下の資金提供を受けた。記して感謝したい。

文部科学省・独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究 S:2006 年度~2009 年度、2010 年度~2014 年度

厚生労働科学研究費補助金 政策科学推進研究:2004 年度~2006 年度

奨学寄付金 株式会社アウトソーシング(代表取締役社長・土井春彦、本社・静岡市):2006 年度

~2008 年度

東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト ディスカッションペーパーシリーズについて

東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクトディスカッションペーパーシリーズは、

東京大学社会科学研究所におけるパネル調査プロジェクト関連の研究成果を、速報性を重

視し暫定的にまとめたものである。