第8回錯覚ワークショップ -...

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明治大学先端数理科学インスティテュート現象数理学研究拠点共同研究集会 「錯覚と数理の融合研究ワークショップ」 第8回錯覚ワークショップ アブストラクト集 主催:明治大学 先端数理科学インスティテュート 錯覚と数理の融合研究プロジェクト JST, CREST「数学」領域「計算錯覚学の構築」 時:2014年9月8日(月)、9日(火) 所:明治大学中野キャンパス6階研究セミナー室3

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明治大学先端数理科学インスティテュート現象数理学研究拠点共同研究集会

「錯覚と数理の融合研究ワークショップ」

第8回錯覚ワークショップ

アブストラクト集

主催:明治大学 先端数理科学インスティテュート 錯覚と数理の融合研究プロジェクト

JST, CREST「数学」領域「計算錯覚学の構築」

時:2014年9月8日(月)、9日(火)

所:明治大学中野キャンパス6階研究セミナー室3

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はじめに この錯覚ワークショップは、物事を実際とは違うように知覚してしまう錯覚を、五感に

関するものだけでなく、広告につられて必要のないものを買ってしまうなどの社会行動に

おけるものも広く含めて情報交換し、錯覚科学とでも呼ぶべき新しい学術領域の可能性を

模索しようという目的で始めました。そして、毎回10名前後の講師の先生をお招きして、

バラエティに富んだお話を伺ってきました。 最初は、明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)の主催でスタートし、途中

から、日本科学技術振興機構(JST)の CREST 事業「数学」領域の「計算錯覚学の構築」

プロジェクトとの共催の形をとっていますが、8 回目を迎えた今回は、MIMS が文部科学省

から「現象数理学」共同利用・共同研究拠点に認定されたことを受けて、明治大学現象数

理学研究拠点共同研究集会の一つとして開催することとなりました。 今回も、道路での錯覚を含む動きの錯覚、大隈錯視などの錯覚・錯視コンテストで発掘

された新しい錯覚から、似非科学、日本のヒットコンテンツ、錯覚ビジネスまで、錯覚の

多様な側面についてのお話を伺えることになりました。 この錯覚ワークショップでの情報交流を通して、錯覚という身近な現象を、文系・理系

を含む様々な立場から眺め、それらを融合して新しい科学を創設するきっかけの一助にな

ることを願っています。 2014 年 9 月 明治大学先 MIMS 錯覚と数理の融合研究プロジェクトリーダー JST, CREST「計算錯覚学の構築」チームリーダー 杉原厚吉

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プログラム

9月8日(月)

13:00-14:00 菊池 聡(信州大学・人文学部)

心理的錯覚としての「疑似科学」

14:00-15:00 一川 誠(千葉大学・文学部)

能動的観察におけるフラッシュラグ効果

15:30-16:30 志堂寺 和則(九州大学・大学院システム情報科学研究院)

錯覚と運転行動

16:30-17:30 星加 民雄(崇城大学・工学部)

縞パターンによる錯視とその表現効果

9月9日(火)

10:00-11:00 杉原 厚吉(明治大学・大学院先端数理科学研究科)

第 10回ベスト錯覚コンテスト参加報告

11:00-12:00 安田 孝(松山東雲女子大学・人文科学部)

Tilt blindness ~ 大隈錯視による傾き知覚の検討

13:30-14:30 吉田 正高(東北芸術工科大学・教養教育センター)

日本のヒットコンテンツにみる多様な錯覚効果について(1)―新たな研究の可能性を探る―

14:30-15:30 吉田 正高(東北芸術工科大学・教養教育センター)、

遠藤 雅伸(ゲームスタジオ)

対談:日本のヒットコンテンツにみる多様な錯覚効果について(2)―クリエイターからの提

言―

16:00-17:00 清水 洋信 (株式会社エス・デー)

錯覚ビジネスの現場 ~『トリックアート』の誕生から現状まで ~

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心理的錯覚としての「疑似科学」

菊池 聡(信州大学人文学部)

疑似科学 pseudoscienceとは、外見的には科学的な主張のようでありながら、実際には科学的方

法論が正しく適用されておらず、科学とは認められない主張や研究のことである。これらは単なる

非科学ではなく、科学と同じ経験的な方法を用い用語や概念なども類似している。ただし、誤った

科学的主張が、すなわち疑似科学ではない(結果として誤った正当科学は数知れずある)。疑似科

学の特徴は、個々の研究手法やデータの解釈法などの現場レベルから、探求の姿勢や知識を確立し

共有する過程に至るまで、いくつもの点で科学的方法論の適用を失敗していながら、それを問題と

していない点にある。そのため、正当な科学では誤りが方法論的にも制度的にも修正される仕組み

を持つのに対し、疑似科学は、批判や修正を受けつけずに誤りを再生産してしまうのである。

代表的な疑似科学として、欧米では創造科学やインテリジェントデザイン(ID)論、超心理学、精

神分析、占星術などが大きな論争となってきた。中でも、医療や健康法・健康食品などの形で疑似

科学が広まると深刻な問題を引き起こすが、この例としてホメオパシーなど一部の補完代替医療が

ある。日本に特徴的なものとしては、マイナスイオンや血液型性格判断、ゲーム脳などが広く浸透

している(脳神経科学会は脳ブームに伴って科学的根拠のない「神経神話」と呼ばれる疑似脳科学

が広まることを防ぐ研究指針を発表している)。また、大震災以降には地震の宏観異常予知や、放

射能除去を宣伝する食品や微生物などが知られるようになった。

何をもって疑似科学とするのか、すなわち科学と非科学の線引きをどう行うかについては、科学

哲学では、これを境界設定問題と呼んで議論が続けられてきた。その代表的な規準としては、科学

哲学者カール・ポパーが提唱した「反証可能性」がある。ポパーによると、科学的仮説は、それが

経験的方法で検証できるだけでは不十分で、誤りである可能性(反証可能性)を認めなければなら

ない。そこから、いかなる事実によっても反証できない理論や、反証に直面してもアド・ホック的

な解釈によって反証を無効にする態度こそ、疑似科学の特徴だとした。この規準は科学哲学の発展

に大きく寄与したが、理論としても、また実用上も多くの問題が指摘され議論が続けられた。現在

では境界を唯一の規準で明確に決定することはできないと考えられている。

そのため、現実に疑似科学を見分けるためにはいくつもの兆候を丁寧に考慮する必要がある。た

とえば、否定できないことへのアピール、立証責任の転嫁、検証の消極性、確率統計の軽視、発見

と正当化の文脈の混同、説明項の発見と被説明項の発見の混同など数多くの兆候が指摘されている。

方法論的に疑似科学を特定する試みが困難を伴う一方で、疑似科学を特徴付けるのはむしろ、疑

似科学の信奉の成立や、その維持における認知的錯誤(錯覚)にあると考えられる。これは、心理

学の領域では超常信奉 paranormal belief の一種として研究対象となってきた。典型的な例では、

直接的観察や体系化されない実験結果から、錯誤相関(幻相関)による関連性の錯覚が引き起こさ

れ、さらに予期の確証バイアスから、その錯覚は実証的裏付けを得て信念として補強されるという

一連の過程が、こうした超常信奉にはしばしば見られる。

ただし、このような共変の検出や、反証を避けて予期を確証する認知バイアスは、人の幅広い認

知過程で共通して働いている。正当な科学はこれらを排除すべきバイアスと考える一方で、日常の

認知においては適応的な役割を担った自然な心理過程を構成しているものだ。疑似科学も、このよ

うに適応的性格を持つ錯覚であるがゆえに、強固で抜きがたい信念となるのではないか。

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能動的観察におけるフラッシュラグ効果

一川 誠 (千葉大学文学部行動科学科教授)

錯視研究を含む,多くの視覚研究では,観察者の頭部は顎台によって固定され,観察者

からの働きかけによって刺激が変動するような状況は避けられてきた.しかしながら,日

常の知覚認知場面では,観察者が観察対象と能動的に交互作用させながら知覚認知が成立

している.このような観察における能動性が知覚認知に及ぼす影響を従来の受動的な観察

状況における視覚研究の成果から理解することは困難である.

我々は,観察者が能動的に操作するマウスに対応して視覚刺激の位置などが変動する状

況を用い,運動刺激の時空間特性に関する錯視であるフラッシュラグ効果を中心に,能動

的観察での知覚認知成立過程を調べる実験を実施してきた.フラッシュラグ効果とは,運

動刺激のそばで瞬間的に別の刺激を提示したとき,フラッシュが示された時点での運動刺

激の位置の見えが実際よりも運動の進行方向側にずれて見える錯覚である.このズレは時

間的にも空間的にも特定できることから,フラッシュラグ効果は視覚情報処理の時空間特

性を検討する研究において道具として用いられている.今回は,一連の実験的研究の結果

から理解された,観察の能動性が視覚情報処理に及ぼす影響やその基礎について紹介する.

実験では,観察者が机上のコンピュータマウスを能動的に前進方向・後退方向に操作す

るのに対応して正面のディスプレイ上で直線の軌道上を上昇・下降する運動刺激を提示し,

その傍にフラッシュを提示する能動条件を用意した.また,能動条件の全試行のマウスの

運動速度の平均値で運動刺激が定速で自動運動する自動運動条件を設けた.さらに,各試

行の運動の半分までは運動刺激の位置をマウス移動に対応させ,後半は自動運動に切り替

える半能動条件も設けた.これらの条件でのフラッシュラグ効果を測定したところ,自動

条件に比べ,能動条件と半能動条件でのフラッシュラグ効果が減少することが見出された.

また,手の運動方向と刺激の運動方向とが対応していないと,フラッシュラグ効果は減少

しなかった.また,観察者自身が刺激を動かしている自覚があったとしても,観察者が使

い慣れていない装置を用いた場合には,能動観察でのフラッシュラグ効果の減少が生じ難

く,むしろ大きくなることさえあった.

フラッシュラグ効果は視覚的錯覚であり,その減少は,刺激の時空間特性についての視

覚情報処理がより精確になったことを意味する.一連の研究結果は,能動的観察における

注意や触覚的情報や体性感覚情報により視覚情報処理が促進され,より精確になることで,

能動条件や半能動条件でフラッシュラグ効果が低減されたことを示唆している.また,こ

の能動的な操作に基づく視覚情報処理の促進に,手の運動と視覚刺激の変動との一貫性の

ある対応関係と,それについての学習が重要な役割を果たしているものと考えられる.

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錯覚と運転行動 志堂寺和則(九州大学院システム情報科学研究院) 極端に言えば、自動車の運転は連続する錯覚の中で運転をしていると言ってもいいのか

もしれない。街や田舎の風景には多くの錯視現象が潜んでおり、運転行動に少なからず影

響を及ぼしていることが多数報告されているが、交通を社会事象としてとらえると、ドラ

イバーが感じていること、考えていること、想定していることの多くは保証されていない

錯覚であることに気づく。 たとえば、交通事故を起こしたドライバーにその理由を尋ねてみると、急いでいたと回

答をするドライバーが多い。早く着きたいというドライバーの気持ちが急ぎ運転へと駆り

立てるのであろうが、多くの先行研究で急いでも思っているほどには早く到着しないこと

が報告されている。ところが、一般の人は統制された環境での比較実験を行えないため、

急いだ結果ぎりぎり間に合ったというような体験を何度かすると、利用可能性ヒューリス

ティックスの原理に従い、急ぐことでかなりの時間が短縮できるという確信へと変わる。 関連する事項であるが、交通事故を防止するために十分な車間を取るように指導すると、

車間をあけると割り込まれてしまって到着が遅れると反論をするドライバーも多い。実際

には他のドライバーの倍以上の車間で走行しても割り込んでくる車両は少なく、割り込ん

で来てもそういう車両のドライバーは他の車線が空いていればそちらへと出て行く。その

結果、割り込まれたことの影響は少なく、車間を十分にあけても到着に大きな遅れは生じ

ない。しかし、ドライバーにとっては、割り込まれたという印象は強いがその車両が出て

行ったということの印象は弱いようである。これは、追い抜かれたときのほうが追い抜い

たときより印象されやすいことと同じく、自分にとって損と思える事象が深い意味を持つ

損失回避性と関連している。割り込んだ車が他の車線に出て行った時の印象の希薄さは、

いつも走る通りの建物やお店が無くなった時にどんな建物あるいはお店だったか思い出せ

ない現象と通じるものがあるのかもしれない。いずれにせよ、割り込まれたという印象が

強く残る結果、上記のような反論が出てくるのであろう。 また、多くのドライバー(特に若い男性)は自分は運転がうまいと思っている。しかし、

若い男性は事故や違反が多く、これまた多くの研究で、それが過信であり、交通事故の原

因のひとつとなっていることが示されている。 このように、自動車運転場面においては、ドライバーがこうだと思い込んでいる事柄が

実際には正しくないことが沢山ある。今回は、このような自動車運転場面を中心に、ドラ

イバーが抱いている勘違い、錯覚について紹介をしたい。

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縞パターンによる錯視とその表現効果

星加民雄(崇城大学工学部) 1. はじめに

縞パターンによってできる身近な錯視の事例にモアレがある。2層の縞が重なることででき

る干渉縞と言われる縞であるが、工学の研究領域ではノイズとして捉えられ除去する技術に研

究の主眼が置かれることが多い。同様に印刷における版のズレによって生じるモアレも厄介な

対象となる。一方、錯視学や芸術表現の立場から見ると極めて魅力的な研究対象となる表現要

素である。本講演では、この縞パターンを3次元上での動きの錯視に活用した表現事例、およ

び道路上の盛り上がり効果に活用した錯視効果の2つの表現事例について解説する。

2.人間の眼は騙される

「人間の眼は騙される!」これは錯視の研究者の間で良く使われるフレーズであり、それこそ

が錯視の効果が顕著に現れた証でもある。私も同様に作品の前で鑑賞者が騙され楽しむ様を見

て高い評価を得ていることを実感する。「この作品ゆれ動いて見えるよ!」「地震だろうか ?」、あ

るいは作品の裏に回りながら「中にモーターでも入っているのだろうか? 」などと作品の前後

左右を動きながら鑑賞する観客が多いときは「大成功!」とひとりつぶやきながら自画自賛し展

示会場の空気感を楽しんでいる。鑑賞者の声は作品に対する評価でもある。

3.視点の移動に伴って動いて板がゆれ動いて見える錯視の表現効果

モアレは縞と縞とが干渉することで生じる第3の縞とも言われるものであり、それぞれの縞

が3次元上で重なった場合、視点の移動でモアレパターンが変化する。またそれぞれの縞の周

期を微妙に変えることで立体モアレができる。一方、縞パターンの上に縞パターンと同色の立

体物が存在すると、そのエッジ付近が互いに干渉し視覚的に融合することで動きを伴う錯視現

象が起きる。私の作品表現は、その特性を活用したもので、細かい縞パターンの上に複数の板

をドミノのように配置した作品である。ゆれ動いて見える要因は、垂直板のエッジ部分と縞パ

ターンとの視覚的融合である。鑑賞者の微妙な視点位置の変化で見かけの奥行き量が変化する。

板の奥行きが伸びて見えたり引っ込んで見えたりが繰り返されることで視覚的な動きの表現効

果を生む。縞幅の違い、板のサイズ、色、傾斜度等で動きの錯視効果の印象が異なる。 4. 縞パターンを活用したイメージハンプの盛り上がり効果と交通システムへの導入

現在、アート的表現から道路上への応用表現に向けた研究を行っている。アイディア展開の

段階では、縦、横の縞パターンの間隔や組み合わせパターン、および逆遠近法の活用等で盛り

上がり効果を演出することができることを確認している。さらに漸変的に配置した縞パターン

に加え、遠近法と逆遠近法を演出する縦線による道幅の誘導要素を配置することで、より盛り

上がり効果が増強することも検証できている。一般的に遠くに見えるものは手前よりも小さく

見える。下り坂には漸変的に縞幅を小さくし、また上り坂には遠くになるにつれ縞幅を広くし

ている。縦線を加えることにより道幅の視覚的印象は強調される。遠近法と逆遠近法は、より

遠くに見せたり迫ってくるように見せたりを視覚的に強調するための方法として活用している。

このことにより、錯視が効果的に働きアップダウンの効果がより強調される。この縦線の効果

はミステリーゾーンと言われる坂道錯視の効果と密接に関係していることも後の調査で判明し

ている。これらの視覚的効果に加え、音や衝撃などを付加することで速度抑制効果がさらに増

強することも明らかになっており、今後の展開として、動いている状態で錯視効果を演出する

ことの難しさは伴うが、一歩ずつ交通システムへの導入に向けた研究が進んでいる。

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第10回ベスト錯覚コンテスト参加報告

杉原厚吉(明治大学大学院先端数理科学研究科) 第 10 回目を迎えた今年のベスト錯覚コンテストの決勝戦は、5 月 18 日にアメリカ合衆

国フロリダ州セント・ピータースブルグ市の Trade Winds Island Grand Hotel で開かれ

た。同ホテルでその週に行われた Vision Science Society の年会のサテライトイベントと

いう位置づけである。 まず、投稿作品から一次審査でベストテンが選ばれる。投稿件数は公表されていないの

で不明だが、ベストテンの国別内訳は、アメリカ合衆国 6 件、オランダ、イタリア、フラ

ンス、日本が各 1 件であった。日本の 1 件は、私たち(小野隼、友枝明保、杉原厚吉)の

Pigeon Neck Illusion である。これは、等速で動いている図形が、縞模様の前では一瞬戻っ

て見えるという錯視で、その詳しい内容は第7回錯覚コンテストで紹介した通りである。 決勝戦では、ベストテンに選ばれたファイナリストが、それぞれ5分の持ち時間で自分

の錯覚作品を紹介し、その後、観客全員の投票で 1 位から 3 位が選ばれる。審査委員では

なくて、観客全員が選ぶところがミソで、単に作品が立派であるだけではなくて、観客を

いかに楽しませたかも投票に大きく影響する。実際、ファイナリストに届くプレゼンのイ

ンストラクションには、これは美と喜びの祭典であり、パーティであるから、学術発表を

するのではなくて、観客を喜ばせることを考えなさいと書いてある。 私たちのチームは、友枝が代表してプレゼンしたが、残念ながらベスト3には入らなか

った。 一位は、アメリカ合衆国ネバダ大学の Blair, Caplovitz and Mruczek の作品“The Dynamic Ebbinghaus”である。これは、エビングハウス錯視という古典的な錯視の動画版

で、動画にすると錯視量が大きくなるという発見が評価された。錯視量が多くなるのは、

周りを囲む円を連続的に大きくすると、必然的に中央の円から離れることになり、その結

果、エビングハウス錯視にデルブーフ錯視の効果が加わるためだと考えられる。 二位は、オランダルーベン大学の Vergeer を代表者として Anstis, van Lier との共同作

品”Flexible Color”である。これは、色調がなめらかに変化する紙面を黒い線で小さい領域

に分けると、それぞれの領域の色が一様に見え、しかも線の位置を動かすと色が変わって

見えるというものである。 三位は、アメリカ合衆国ライス大学の Orsten and Pomerantz の作品“A Turn in the Road”である。これは、3 本の道路の向きが、順序を変えると変化して見えるというもので、斜塔

錯視の動画版とみなすことができる。 その他には、顔を撮影する角度によって年齢が変わって見えるという指摘や、サッチャ

ー錯視の動画版など、顔に関する錯覚作品が3件含まれていることなどが、今年の特徴で

あった。

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Tilt blindness~大隈錯視による傾き知覚の検討

安田孝(松山東雲女子大学人文科学部) 我々は日常生活において、物体の傾き(垂直・水平)を多くの場合自然と判断している。

例えば壁に額を掛ける場面を考えてみると、我々は額のわずかな傾きに容易に気付くこと

ができることが分かるだろう。このことから、他の物体に対しても同様に精度の高い判断

ができると考えがちであるが、大隈錯視(Yasuda, Ueda, & Shiina, 2012)では、傾きの検

出に失敗する錯視現象(tilt blindness)が確認されている。 大隈錯視は、画像を傾けた際に、中の要素の傾きが異なって知覚される錯視錯視である。

大隈錯視では、銅像と講堂が同時に収められた画像全体を傾けると、講堂の変化(傾き)

と比較して、銅像の変化(傾き)は小さく知覚される。言い換えれば、大隈講堂の傾きは

画像全体の傾きに追随するが、大隈銅像の傾きは、画像全体の傾きにかかわらず一定であ

るように知覚される。この錯視現象は、生物としての要素を持つ物が配置された場合に特

に生じることが確認出来ている。 では、なぜこのような錯視が生じるのだろうか。正直なところ、まだその説明は明らか

ではないが、現時点で 2 つの可能性が考えられる。第 1 は、意味的な処理による可能性で

ある。つまり、以下のような解釈が画像を見たときになされている可能性である。「生物が

傾いた状態で静止するのは困難である。それに対し、建造物は(ピサの斜塔のように)傾

いた状態で静止することもありうる」。 第 2 は、画像の中心線を決めるのが困難であるために生じる可能性である。極端な場合、

我々は、球体の傾きを知覚する事ができない。これは、球体の中心線は、球体がどれほど

傾いても垂直に設定が可能だからである。これに対して多角形の場合は、対象の傾きと同

時に傾く中心線が設定できる。つまり、塔のような中心線の設定が容易な対象の場合は、

傾きの程度の検出がより正確に行われる。これに対して、生物のように輪郭が曖昧で、中

心線の設定が一意に定まらない対象の場合、傾きの検出が困難になる、ということである。 以上の可能性を検討するために、10 種類の日常的な物体の画像を刺激として用いた実験

を行った。その結果、弁別閾は、ドアのような直線成分を持つ刺激は傾きが正確に知覚さ

れる一方、波のように直線性を持たない物体は不正確になる傾向を示し、直線成分の有無

が tilt blindness に大きく関与する可能性が示された。さらに人の顔は、人物によって弁別

閾と傾き検出の傾向が異なる事が示された。このことから多くの物体については第 2 の仮

説で説明が可能である一方、顔のように同一カテゴリーでも異なる場合も確認された。 大隈錯視に見られる構図、つまり人物と建造物が含まれた構図は、数多の写真に含まれ

る。しかしこれまで同種の報告がなされていない。tilt blindness の要因を特定することで

我々の物体認知に関して新たな観点が示唆されると考えられるが、画像成分の観点からさ

らに検討を行う必要がある。

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日本のヒットコンテンツにみる多様な錯覚効果について

①新たな研究の可能性を探る 東北芸術工科大学 吉田正高

戦後の日本製コンテンツ(漫画、アニメーション、ビデオゲーム、ライトノベルなど)は、質量とも

に世界に類をみない蓄積を有し、我が国において独自の文化を構築している。海外では、早くから日本

を代表する文化として高い評価を得ていたコンテンツであるが、近年は国内でも改めて評価の機運が高

まり、それに伴って学術研究の対象となっていった。1990年代に入るとコンテンツ分野ごとに学会

が設立されはじめ、2000年代末にはそれらを引き受ける形で総括的な研究を目指した学術団体「コ

ンテンツ文化史学会」が設立された。

コンテンツの多くは「娯楽文化」の範疇で発展を遂げ、「おもしろさを享受させるための工夫」を常に

追求してきた。他方で、コンテンツは金銭的な価値を伴う「消費文化」であり、特定のマーケットにお

いてビジネスとして成立することが大前提という側面を有しているため、当然「売れるための多様な工

夫」が施されてきた。要するに、視聴者/体験者の興味関心を喚起するという点において、「絵空事であ

る作品世界への没入感の増大」が大きな命題となってきた点は、全てのコンテンツに共通する特質であ

るといえる。この「作品世界への没入感」に大きな関与をしているのが、「視覚効果」という物理的錯覚

と、「物語的演出」という心理的錯覚である。コンテンツの創作においては、様々なレベルで「錯覚」と

いう現象が応用されてきたのである。

従来の錯覚研究は、個別の学問領域ごとに進展をみせており、具体的には、心理学、社会学、経済学、

経営学、政治学、工学、応用数学等のさまざまな分野で多くの研究蓄積がなされてきたが、一方で学問

領域間を超えた統一的な理解が試みられたことはなかった。これはつまり、「錯覚とは個々の学問領域で

それぞれの手法を用いて処理されるべき課題」との認識があったからにほかならない。

一方、コンテンツ研究の進捗を鑑みると、①主として工学的アプローチを用いてシステムやテクノロ

ジーなど「ハード面」に関する課題の解決を試み、あるいは②人文科学的なアプローチを用いて物語や

ストーリーなど「ソフト面」に依拠した課題に迫る、という2点への偏重がみられ、コンテンツを魅力

的な存在にしている多様な錯覚的手法に対する研究は行われていないのが現状である。

報告者はこれらの点を考慮し、第3回の錯覚ワークショップにおいて、コンテンツ内で描かれた土地

へファンが実際に赴く、いわゆる「聖地巡礼」現象と、「場」に蓄積された歴史的特質との関係性につい

て心理的錯覚を用いて解説できないかという実験的な報告をし、また、昨年度の第6回の錯覚ワークシ

ョップでは、商業アニメーションに施された様々な工夫を「錯覚」という側面からの解明を試みた。

上記の報告を受け、今回の報告では、様々なコンテンツタイプを巻き込みながら成長をする「バーチ

ャルなアイドル」と「メディアミックス」の関係について、歴史的変遷を踏まえながら概観し、そこで

活用された多様な錯覚的手法の抽出を試みたい。

その上で、「コンテンツを多くの人間に享受させる錯覚的工夫」とヒットの関係性を解明するため、多

様な学問領域を総合した「錯覚科学」の確立に向けた提言を行いたい。

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日本のヒットコンテンツにみる多様な錯覚効果について

②クリエイターからの提言 ゲームクリエイター 遠藤雅伸

(聞き手:吉田正高)

我が国において商業的テレビゲームの黎明期から活躍するクリエイターである遠藤雅伸氏をお招きし、

彼が手がけた『ゼビウス』『ドルアーガの塔』(以上、アーケードゲーム)、『機動戦士Ζガンダム・ホッ

トスクランブル』『エアーズアドベンチャー』(以上、コンシューマゲーム)、『三国志年代記』(携帯アプ

リゲーム)など多くの名作ゲームや、スーパーバイザーをつとめた近年のアニメ版『ドルアーガの塔』

などのコンテンツを取り上げ、作中で「錯覚」を効果的に応用していると考えられる点について制作者

本人とディスカッションを行い、コンテンツと錯覚の関係について考えてみたい。

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錯覚ビジネスの現場 ~ 『トリックアート』の誕生から現状まで ~

清水洋信(株式会社エス・デー)

近年、個人の趣味・趣向が多様化する中で、レジャーや観光などの娯楽産業では、従来

の“受動型”の観光ではなく、自らが主役となる“体験型”を求める傾向が強くなってき

ている。その中で、自らの感性で楽しむことができる“錯覚”を用いた商品は、時代に適

しており、注目されている。

『トリックアート』は、㈱エス・デーの創業者である剣重和宗が 1980年代から描き始め

た体験型の芸術作品である。立体的に見える絵画(トロンプルイユ、だまし絵)を用いた

“いたずら”によって鑑賞者を楽しませるとともに、絵画と一緒になる体験をしてもらう

新しい遊び方を創造した。立体的に見える絵画に鑑賞者との接点を設けることで、鑑賞者

が絵画と一体化できる空間を作ることが『トリックアート』の特徴であり、鑑賞者のアイ

デア次第で十人十色な作品へと変化する、言わば、自分だけの体験を作品とすることがで

きることが魅力である。

弊社では、2次元から飛び出す構図や特殊遠近法、アナモルフォーズ(歪像画)を利用し

た作品、隠し絵やダブルイメージなど、絵画の技法を使った様々なトリックを創りだすこ

とで、鑑賞者の「意識の錯覚」を引き起こしている。近年は「逆遠近法」や「透視図法の

立体化」など、遠近感による錯視も取り入れ、錯覚をアートとして、そしてアミューズメ

ントとして提供することで、四半世に渡って事業を行っている。

弊社の『トリックアート』は一つの例であるが、現代のレジャー産業に求められている

“体験”を提供する手段として、錯覚を利用したアミューズメントは今後注目されるビジ

ネス分野であると考えられる。また、ファッションや調度品、広告などへ、錯覚を応用す

ることは新しいビジネスの種となってきており、インターネットが普及した現代では、こ

れらのアイデアはすぐに全世界に配信され、様々な商品が発売され始めている。

今後は、日本で花開いた【錯覚を使ったビジネス】を更に成長・発展させるために、産

官学が連携し、いち早く新商品、新分野を開発することが急務であると考える。加えて、

海外展開も視野に入れた知的財産保護のための効果的な権利取得を行うことも重要であろ

う。

Page 13: 第8回錯覚ワークショップ - cmma.mims.meiji.ac.jpcmma.mims.meiji.ac.jp/events/files/20140908.pdf · 第10回ベスト錯覚コンテスト参加報告. 11:00-12:00

明治大学先端数理科学インスティテュート現象数理学研究拠点共同研究集会

「錯覚と数理の融合研究ワークショップ」

第8回錯覚ワークショップ

アブストラクト集

2014年9月8日(月)、9日(火)

主催:明治大学 先端数理科学インスティテュート 錯覚と数理の融合研究プロジェクト

JST, CREST「数学」領域「計算錯覚学の構築」

所:明治大学中野キャンパス6階研究セミナー室3

問合せ先:明治大学 先端数理科学インスティテュート錯覚と数理の融合研究プロジェク

トリーダー 杉原厚吉 [email protected]