第5章...

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─ 42 ─ 1 クレジット・デフォルト・スワップ (1) 概要 クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)とは、一方当事者(プロテクションの買い手) が他方当事者(プロテクションの売り手)に対してプレミアムと呼ばれる費用を支払う代わり に、契約期間中に参照組織(Reference Entity)について、倒産(Bankruptcy)、不払い(Failure to Pay)、リストラクチャリング(Restructuring)等のクレジット・イベント(Credit Event) が発生した場合には、クレジット・イベントにより生じた損失の補償を受けることができると いうクレジット・デリバティブ契約の一種である (1) (2) 市場規模 CDSの市場規模につき、代表的な統計であるBISの統計では、2010年12月現在での名目元本 残高は29.9兆米ドルであるとされている。同統計によれば、2008年12月は41.9兆米ドル、2009年 6月は36.1兆米ドル、2009年12月は32.7兆米ドル、2010年6月は30.3兆米ドルとされており、残 高は減少傾向にあることが分かる (2) (1)河合祐子・糸田真吾『クレジット・デリバティブのすべて[第2版]』(財経詳報社、2007)7頁。 CDSはクレジット・デリバティブの中でも最も代表的なものであり、全てのクレジット・デリバティ ブの98%がCDSであるとの見方も示されている(Henderson, Regulation of credit derivatives: to what effect and for whose benefit? Part5, [2009]7 JIBFL 413, 413.) (2) http://www.bis.org/statistics/otcder/dt1920a.pdf プレミアム プロテクションの買い手             プロテクションの売り手     補償 参照組織 第 5 章 クレジット・デフォルト・スワップ

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1 クレジット・デフォルト・スワップ(1) 概要

 クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)とは、一方当事者(プロテクションの買い手)

が他方当事者(プロテクションの売り手)に対してプレミアムと呼ばれる費用を支払う代わり

に、契約期間中に参照組織(Reference Entity)について、倒産(Bankruptcy)、不払い(Failure

to Pay)、リストラクチャリング(Restructuring)等のクレジット・イベント(Credit Event)

が発生した場合には、クレジット・イベントにより生じた損失の補償を受けることができると

いうクレジット・デリバティブ契約の一種である(1)。

(2) 市場規模

 CDSの市場規模につき、代表的な統計であるBISの統計では、2010年12月現在での名目元本

残高は29.9兆米ドルであるとされている。同統計によれば、2008年12月は41.9兆米ドル、2009年

6月は36.1兆米ドル、2009年12月は32.7兆米ドル、2010年6月は30.3兆米ドルとされており、残

高は減少傾向にあることが分かる(2)。

(1) 河合祐子・糸田真吾『クレジット・デリバティブのすべて[第2版]』(財経詳報社、2007)7頁。CDSはクレジット・デリバティブの中でも最も代表的なものであり、全てのクレジット・デリバティブの98%がCDSであるとの見方も示されている(Henderson, Regulation of credit derivatives: to what effect and for whose benefit? Part5, [2009]7 JIBFL 413, 413.)

(2) http://www.bis.org/statistics/otcder/dt1920a.pdf

                   プレミアム

    プロテクションの買い手             プロテクションの売り手    

                    補償

                   参照組織

第5章 クレジット・デフォルト・スワップ

� 森 下 哲 朗

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 なお、これらの数字はグロスでの名目元本額を示したものであり、実際にクレジット・イベ

ントが発生した際にやり取りされる額とは異なる点には注意が必要である。たとえば、

Lehman Brothersを参照するCDSのグロス元本は4000億ドルであったとされるのに対して、実

際にプロテクションの売り手が買い手に払う額は60億から80億ドル程度とされる(3)。また、

ISDAのホームページ上で紹介されているCDSの代表的な清算・決済機関である米国のDTCC

(Depository Trust and Clearing Corporation)の統計においても、グロスでの名目元本残高が

25.5兆米ドルであるのに対し、ネットでの名目元本残高は2.3兆米ドルであるとされている(4)。

(3) CDSの機能

 CDSの利用目的としては、信用リスクのヘッジのほか、信用リスクへの投資、トレーディン

グが挙げられている(5)。

 本報告書のテーマである信用補完という観点からは、CDSの買い手による信用リスクのヘッ

ジのためのCDSの利用が重要である。貸出債権や社債等を保有し、債務者の信用リスクを抱え

ている債権者が、当該債務者についての信用リスクを第三者に移転することによってヘッジし

ようと考えた場合の方法としては、債権譲渡、契約上の地位の移転、保証、損失補償、リスク・

パートアウト、保険、信用状などが考えられる。CDSは、プロテクションの買い手がプロテクショ

ンの売り手に対して、契約により、債務者に対する信用リスクの全部又は一部を移転すること

によって、信用リスクの管理を可能にするための手段である(6)。

 債権譲渡や契約上の地位の移転においては、債権や社債といった原資産を第三者に移転する

ことを要するが、CDSでは原資産を移転せずに信用リスクのみをヘッジすることができるとい

う点にCDSを利用する魅力があるとされる(7)。また、特に貸出債権との関係では、我が国では

ローン債権のセカンダリー市場が発展しておらず、CDSが信用リスクヘッジに意義を有すると

いう指摘もなされる(8)。

 保証との違いについては、①債務者による不払いの他にも、格付けの引き下げやリストラク

(3) クレジット市場研究会「CDS市場統計の見方」NBL893号34頁(2008)(4) http://www.isdacdsmarketplace.com/market_statistics(5) 河合・糸田・前掲注1、22頁以下。(6) Henderson, supra note 1, at 413. ISDA Japan Credit Derivatives Committee: Research Working Groupが

作成し、東京金融取引所が運営するJ-CDS (Japan Credit Default Swap Market)と題するホームページのQ&Aの頁(http://www.j-cds.com/jp/faq/index.html)で公表されている「2011年版クレジットデリバティブに関するQ&A」(以下、「Q&A」として引用する)のQ3-1「CDSにはどのような利用法があるのでしょうか」に対する回答も参照。

(7) 河合・糸田・前掲注1、23頁。(8) 河合・糸田・前掲注1、26頁。

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チャリング等がクレジット・イベントとして設定されるのが通常であること、②プロテクショ

ンの買い手は参照債務を自身で保有している必要がないこと(保証の場合には、保証債権者が

保証契約の対象となっている債権を保有している)、③後述するように現金による決済が可能

なこと(この場合、代位は発生しない)、④現物決済の場合であっても、プロテクションの買

い手は売り手に対して、もともと買い手が持っていたのとは異なる債権を引き渡すことも可能

であること(9)、⑤信用リスクを抽象化して取引するという性格のため、流通性が高いこと(10)、

等が挙げられている。

 損失補償やリスク・パートアウトについては、原資産の移転という問題は生じないが、やはり、

保証について指摘される②や⑤といった違いは指摘することができ、そうした点が、信用補完

手段としてのCDSの魅力となっているといえよう。

 なお、CDSと保険との違いについては、CDSを保険と同様の規制に服させるべきかどうかと

いう観点から、激しい議論の対象となっており、後述する。

 銀行は、1990年代から、自己資本比率の改善やポートフォリオ管理のためにCDSを活用して

きたとされる(11)。わが国の自己資本比率規制では、自己資本比率改善のためのCDSの利用に関

して、契約内容(クレジット・イベントの内容等)、契約の方式(文書による)、クレジットの

売り手に関する要件等について、細かなルールが定められている(12)。

 なお、ある企業を参照企業とするCDSの価格は当該企業の信用力についての市場参加者の評

価を示すものとして、企業の信用リスクの透明化にも寄与するといった機能も指摘されてい

る(13)。

 他方で、信用リスクに投資をしようと考える者にとっては、CDSの売却は、信用リスクに対

する投資の選択肢を広げることになる(14)。しかも、貸出債権や社債に投資しようとした場合に

は、最初に元本相当額を支払う必要があるが、CDSの場合にはそのような資金は不要であ

る(15)。CDSの買い手にとってみれば、優れた信用力を有する相手が売り手でなかったとしたな

らば、いざというときに補償を受けられないため、誰もがCDSの売り手になれるというわけで

(9) 以上につき、Philip Wood, Set-Off and Netting, Derivatives, Clearing Systems 2nd ed. (2007), at 207. (10) 河合・糸田・前掲注1、10頁。(11) クレジットマーケット研究会「銀行によるCDSの利用」NBL897号45頁(2009)(12) 「銀行法第14条の2の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適

当であるかどうかを判断するための基準」(平成18年金融庁告示第19号)を参照(たとえば、標準的手法との関係での118条以下)。

(13) Q&AのQ3-1「CDSにはどのような利用法があるのでしょうか」に対する回答を参照。(14) 信用リスクへの投資という観点から、CDSと社債の購入を比較したものとして、河合・糸田・前掲注

1、11頁以下。(15) 河合・糸田・前掲注1、14頁。

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はない。しかし、CDSの売り手として通用する一定の信用力を有する者であれば、規制等によ

る外的な制約がない限り、手許に資金がなくても、CDSの売り手となることによって、信用リ

スクに投資することができる。従って、適切な規制等による外的な制約か、しっかりした内部

管理体制かのいずれかがない場合には、短期的なプレミアム収入の誘惑から、節度を欠いた

CDSの売り取引を行ってしまう危険性を孕んでいる(16)。

(4) 契約

 CDSの契約は、ISDAのマスター・アグリーメントに、2003年版のISDA Credit Derivatives

Definitions等を組み合わせて行われる(17)。

 Credit Derivatives Definitionsは、10章からなり、①一般的な定義、②一般的条件(Reference

Entity、 Reference Obligation、 Obligation、 Deliverable Obligation等、基本的な用語に関する定

義)、③決済のための条件、④クレジット・イベント、⑤固定金額、⑥決済に関する一般的な

用語、⑦現金決済に関する用語、⑧現物決済に関する用語、⑨追加的な表明と当事者の合意、

⑩更改、について規定している。

 2009年3月、及び、2009年7月には、決定委員会(Determination Committee)制度の整備や

オークション決済制度の標準化、等を内容とする定義集の大改正(3月のものをビッグバン(Big

Bang)、7月のものをスモールバン(Small Bang)と呼んでいる)がなされ、2003年版の定義

集に追加され、その内容を改めるものとしての2009 ISDA Credit Derivatives Determination

Committees and Auction Settlement Supplementが作成されている(18)。

(5) クレジット・イベント

 CDSの契約がなされたとしても、クレジット・イベントが発生しなければ、プロテクション

の売り手による買い手に対する補償は発生しない。このため、CDSにおいて重要なのは、何が

クレジット・イベントであるか、そして、そのクレジット・イベントが実際に発生したのかど

うかという点である。典型的なCDSでは、①倒産(bankruptcy)、②支払不能(failure to pay)、

(16) ただし、この点はCDSに限ったことではなく、ヘッジ目的以外のデリバティブ、典型的にはオプションの売り取引に共通する点である。

(17) 河合・糸田・前掲注1、219頁以下。(18) Henderson, Credit derivatives and the “Big Bang”: Part 1, [2010] 2 JIBFL 94, 94ff. なお、Big Bangの

時点で既に締結されていたCDS等との関係では、2009 ISDA Credit Derivatives and Auction Settlement CDS Protocolのもとで、既存の契約についても新制度が適用されることを望む当事者が

“adherence letter”をISDAに提出するという方法が採用され、2000を超える当事者からadherence letterが提出された。

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③リストラクチャリング(restructuring)の3つが選択されるとされる(19)。クレジット・イベ

ントが発生すると、プロテクションの買い手はプロテクションの売り手に対して、クレジット・

イベントが発生したことを通知するとともに(Credit Event Notice)、クレジット・イベントが

発生したことを確認するための公開情報の通知(Notice of Publicly Available Information)を

行う(20)。後にみるように、クレジット・イベントに該当する事実が発生したかどうか、適切な

通知がなされたかどうかを巡って、法的紛争に至ることもある。

 2009年のビッグバンでは、クレジット・イベントが発生したかどうかの認定に関して、

ISDAのもとに組織されるDetermination Committee(決定委員会)が、これを決定するための

手続が整備された(21)。決定委員会は、アメリカ、欧州・中東・アフリカ、日本、日本を除くア

ジア、オーストラリア・ニュージーランドの5つの地域ごとに設置され、15名の議決権を有す

る委員(委員は、グローバルなディーラー8社、当該地域のディーラー2社、ディーラー以外

の委員5社から構成される)及び議決権を有しない3社から成り(22)、2009年のビッグバン・プ

ロトコルの解釈に関する問題や、CDS市場一般に関する契約解釈の問題等のほか、個別のCDS

について、クレジット・イベントが発生したかどうかを決定する(23)。具体的には、当事者から

クレジット・イベントが発生したかどうかに関する質問がISDAに対して行われ、決定委員会

の少なくとも1社(匿名の質問の場合には2社)が決定委員会で議論することが必要であると

同意した場合には、決定委員会による議論を行い、議決権を保有する委員のうちの8割がクレ

ジット・イベントの発生に賛成した場合には、クレジット・イベントの発生が認定されること

となっている(24)。決定委員会の決定の結果はISDAのホームページ上で公表されている。

 本稿執筆時点(2011年10月末時点)で注目を集めているのは、2011年10月27日に欧州域内の

銀行が保有するギリシャ国債の元本の50%をカットすることについて、EU当局と国際金融協会

との間で合意が整ったと報道されたことに伴い、これがギリシャ国債についてのクレジット・

イベントとなるか、という問題である。この点に関して、ISDAの弁護士が、任意に合意され

たものである以上、クレジット・イベントには当たらないと述べたと報道され、CDSの存在意

(19) クレジット・イベントについての詳細は、河合・糸田・前掲注1、252頁以下を参照。(20) 河合・糸田・前掲注1、248頁以下。(21) Henderson, supra note 18, at 95ff. (22) Henderson, Id., at 95. なお、Q&AのQ2-4「CDSに関連する新聞記事などで「DC」や「決定委員会」

などの用語を目にしますが、それらは何なのでしょうか?」に対する回答を参照。(23) Henderson, Id., at 95ff.(24) 決定委員会の手続について、詳しくは、Q&AのQ2-5「クレジットイベント認定の過程について教え

てください」に対する回答を参照。

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義を問う声があがったとも報道されている(25)。この問題については、ISDAも慎重に対応して

おり、ISDAのホームページ上でQ&Aを掲載しているが、10月31日にISDAが公表した声明では、

現時点での報道によれば、欧州における取り決めは任意のものであり、全ての国債債権者を拘

束するものではないので、既存のCDS契約のもとでのクレジット・イベントを構成しないよう

に思われるが、欧州での取り決めに関する現在入手可能な情報は、クレジット・イベントが発

生したかどうかの決定についての要求を受け入れるかどうかを決定委員会が決めるのには不十

分である、といった趣旨の説明がなされている(26)。

(6) 決済

 クレジット・イベントが発生すると、プロテクションの売り手と買い手との間で決済

(Settlement)が行われる。クレジット・イベントが発生した際の決済には、現物決済、現金決

済、オークション決済がある(27)。

 現物決済(Physical Settlement)とは、クレジット・イベント発生時に、プロテクションの

買い手が売り手に対して参照組織が債務者となっている債権(債券、株式、金銭債権等)を引

き渡し(引渡しの対象となりうる債権のことを「引渡可能債務(deliverable obligation)」といい、

どのような債権を引渡可能債務とするかは契約で定められている)、売り手は買い手に対して

債権の額面額を支払うというものである(28)。これに対して、現金決済(Cash Settlement)にお

いては、プロテクションの買い手による売り手に対する債権の引渡しは行われず、債権の評価

を個別にディーラーに問い合わせて時価を決定したうえで、プロテクションの売り手が買い手

に対して、債権の時価と額面額の差額を支払う(29)。オークション決済では、ISDAに設けられ

た決定委員会(Determination Committee)が主催する入札手続に従って、全ての市場参加者

との関係で一律の価格が決定され、その価格に従って、債権の引渡し、あるいは、価格と額面

の差額による現金決済が行われる(30)。

(25) 10月28日付のロイターのホームページ上での報道(http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-23872320111028)による。

(26) ISDAのホームページに公表された2011年10月31日付の声明による(http://www2.isda.org/news/isda-statement-on-cds-credit-event-process)。

(27) Q&AのQ1-5「CDSの基本的用語について簡単に説明してください(クレジットイベント決済)」に対する回答を参照。

(28) 河合・糸田・前掲注1、10頁。また、Q&AのQ1-2「典型的な現物決済型取引の構成を、具体例を挙げて説明してください」に対する回答を参照。

(29) 河合・糸田・同上、10頁(30) オークションの具体的な手続については、Q&AのQ2-7「「オークション」の具体的なプロセスを教

えてください」に対する回答を参照。

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 かつては、現金決済は、市場価格決定の困難さから、現物決済に比べるとあまり普及してお

らず、現物決済が主流であった(31)。しかし、現物決済には、①事務手続きが煩雑である場合が

あること、②プロテクションの買い手が現物を保有していない場合には、決済に際して買い手

が当該現物を市場から調達する必要があるが、クレジット・イベントを機に当該現物を調達し

たいと考える買い手の需要が急増し、当該現物の価格が急騰してしまうという事態が考えられ

ること、から、2005年頃より次第にオークション決済が導入されるようになった(32)。

 そして、2009年には、オークション決済を標準的な決済方式として導入する、いわゆるビッ

グバンが行われ、現在では、2009 ISDA Credit Derivatives Determination Committees and

Auction Settlement Supplementにおいて定められたオークション決済の手続によって決済が行

われることが一般化している(33)。ビッグバンが必要であった理由としては、もともとCDSが相

対取引で行われるものであったことから、「同一銘柄を参照するCDSであっても、各CDS取引

間でクレジットイベントの認定タイミングや最終価格にずれが生じうる」ものであったこ

と(34)、決済時に当事者間で契約解釈の違いが生じうること、決済時に引き渡される引渡可能債

務の流動性や譲渡性に懸念があったこと(35)、等が挙げられている。2009年のビッグバンは、こ

うした懸念に対応し、決済に関する標準化と市場の透明性や流動性の向上を実現したものとし

て評価されている(36)。

(7) 担保

 CDSのプロテクションが実際に意味を持つためには、クレジット・イベントが発生した際に

プロテクションの売り手が決済にかかる債務を履行してくれることが必要であるが、そうした

債務を担保するため、CDSの取引においても、他のデリバティブ取引と同様、Credit Support

(31) フェリム・ボイル&フェイドリム・ボイル『はじめてのデリバティブ』(日本経済新聞社、2002)230頁。Q&AのQ1-5「CDSの基本的用語について簡単に説明してください(クレジットイベント決済)」に対する回答を参照。

(32) Q&AのQ1-5「CDSの基本的用語について簡単に説明してください(クレジットイベント決済)」に対する回答を参照。なお、河合・糸田・前掲注1、320頁以下も参照。

(33) オークションの具体的な手続については、Q&AのQ2-7「「オークション」の具体的なプロセスを教えてください。」に対する回答を参照。

(34) Q&AのQ2-1「2009年に用語定義集の大改正があったと聞きましたが、どういった改正があったのでしょうか?またなぜ大改正が必要だったのでしょうか?」に対する回答を参照。

(35) Q&AのQ2-6「クレジットイベントが発生した際に行われる「オークション」とは何ですか?」に対する回答を参照。

(36) Q&AのQ2-1「2009年に用語定義集の大改正があったと聞きましたが、どういった改正があったのでしょうか?またなぜ大改正が必要だったのでしょうか?」に対する回答を参照。

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Annexを用いた担保取引が行われる場合がある(37)。担保取引との関係では、mark-to-marketで

CDSを評価し、CDSの価値が一定水準以上になるとプロテクションの買い手が売り手に対して

担保提供を要求することができると規定されることが多いが、この場合、参照組織の信用状態

の変化に伴ってCDSの価格が上昇すると、プロテクションの売り手は突然に多額の担保の提供

を求められることになりかねない。これが、プロテクションの売り手の手許流動性を失わせ、

破綻の一因となることもあり得る(38)。なお、本来は取引をより安全なものとするはずの担保取

引が、デリバティブの評価額の変化によって、一方当事者に対して突然に巨額の追加担保の差

し入れを求めることとなり、当該当事者の破綻の要因となりうるといった事態は、CDSのみな

らず他のデリバティブとの関係でも存在する問題であり、特に、長期間に及ぶスワップやオプ

ション取引などとの関係でより重要である。

2 保険との違い CDSと保険はどのように違うのか、という問題は、CDSを保険と同様の規制に服させるべき

かどうかといった問題と関係し、激しく議論されてきた。

 この問題に関して、ISDAは、1997年、英国弁護士(QC)であるPotts氏に対して、クレジット・

デリバティブが保険契約であるかどうかについての意見を求めた。Potts氏は、ある契約が保険

であるためには、支払いが支払いを受ける者自身について生じた損失や損害に対して行われる

ものである必要があるが、クレジット・デリバティブの場合には、①支払義務は支払いを受け

る者自身が損失・損害を被ったり、そうしたリスクを負っていたりするかということには関係

なく生じるものであること、②支払いを受ける者の権利は当該者が被保険利益を有するかどう

かとは関係なく行われること、から、保険契約とは異なる、と結論づけた。このようなPotts

Opinionを受け、その後の実務においては、「プロテクションの買い手がCDSのもとでの支払い

(37) デリバティブ取引全般について、担保取引が増加し、また、担保の質に対する要求も厳しくなってきている(Acharya, Shachar and Subrahmanyam, Regulating OTC Derivatives, in Acharya, Cooley, Richardson & Walter ed., Regulating Wall Street-The Dodd-Frank Act and the New Architecture of Global Finance (Wiley, 2011), at 385ff.)。

(38) 金融危機におけるAIGとの関係で、AIGの破綻の原因はCDS取引にあるという見方について、CDSを行っていたAIG FPは資本もあり、また、損失も、売却していたCDSについてクレジット・イベントが発生したことによるものではないのであって、そのような見方は当たらないとしたうえで、AIGの場合の問題は流動性の枯渇にあり、本文に述べたような理由からCDSや他のデリバティブにおけるMTMによる担保取引が、流動性枯渇に寄与した(contribute)といった見解も示されている

(Henderson, Regulation of credit derivatives: to what effect and for whose benefit? Part 6, [2009] 8 JIBFL 480, 482ff.)。

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を要求するに際しては、参照資産を保有していたり、実際の損失を被ったりする必要はない」

旨の条項を規定するケースが増加したとされる(39)。また、ISDAは、CDSに関する米国の訴訟

である後述のAON Financial Products, Inc et.al, v Societe Generale, 476 F.3d 90 (2nd Cir., 2007)

において、amicus curie briefを提出しているが、このamicus curie briefでは、“CDSs do not,

and are not meant to, indemnify the buyer of protection against loss. Rather, CDSs allow parties

to “hedge” risk by buying and selling risks at different prices and with varying degrees to

correlation.”と主張し、判決もこうしたISDAのamicus curie briefを引用しながら、CDSは保険

ではない、と結論づけた。

 これに対し、ニューヨーク州保健監督局は、2008年9月に、Circular letter No.19を出し、プ

ロテクションの買い手が参照資産を保有している場合のCDSを保険であるとし、保険業の免許

を有する者でなければ販売してはならないとする新しい規制を2009年1月から導入することを

提案した。しかし、連邦レベルでの規制に向けた検討の開始を受け、その動向を見ることとし、

新たな規制の導入は無期延期することとされた(40)。結局、米国においては、Dodd-Frank法の

722条(b)、767条により、CDSを保険として規制してはならないという条項が盛り込まれると

いうかたちで決着した(41)。

 このような議論は解釈論としては重要なものかもしれないが、今後のCDSやデリバティブの

あり方を議論するうえでは、あまり生産的なものではないと思われる。保険との比較を論じる

のではなく、むしろ、デリバティブそれ自体として望ましい規制のあり方を考えればよい。と

はいえ、保険との比較という観点からすれば、支払いを受ける者が損害・損失を受ける場合を

デリバティブの対象とすることができる(従って、保険契約で実現できることをデリバティブ

は実現できる)のであるから、保険についてなされている規制がデリバティブについては全く

不要、というのは、少なくとも保険と同じ機能を果たすようなデリバティブとの関係では、説

得力を欠くように思われる(42)。

(39) Ng, Credit default swaps, guarantees and insurance policies: same effect, different treatment?, [2010] 11 JIBFL 664, 665.

(40) Juurikkala, Credit Default Swaps and Insurance: Against the Potts Opinion, at 14ff.(2011) (available at http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1775852).

(41) たとえば、Dodd-Frank法767条は、Securities Exchange Act of 1934のSection 28(a)を改正し、(4)として“A security-based swap may not be regulated as an insurance contract under any provision of State law.”との規定を設けた。

(42) Juurikkala, supra note 40, at 7ff. Juurikkala, Id., at 9ff.では、さらに、保険においては支払いを受ける者が損失を被っていることは必須の要素ではないこと等を挙げ、Potts Opinionを批判している。

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3 クレジット・デリバティブを巡る訴訟 わが国では、クレジット・デリバティブ契約に直接関係する訴訟事例は見当たらないようで

あるが、米国では幾つかの訴訟が存在する。

 ① Eternity Global Master Fund Limited v Morgan Guaranty Trust Company of New York

and JP Morgan Chase Bank (375 F.3d 168 (2nd Cir., 2004))

 原告はアルゼンチン債に投資するにあたり、リスクをヘッジするために、2001年10月に被告

と3件のCDSを締結した。当事者はISDAマスター契約を締結するともに、コンファメーショ

ンでは1999年ISDA Credit Derivatives Definitionsに依拠することを明記し、Credit Eventとし

ては、“Repudiation/Moratorium”, “Restructuring”などが合意されていた。2001年11月1日、

アルゼンチンは、voluntaryベースで、アルゼンチン債をより低利な担保付ローンまたは担保付

債に交換することを発表し、さらに、11月19日には、公式に“voluntary debt exchange”を発

表した。11月2日、原告は被告に対しCDSに基づく支払いを求めたが、被告はアルゼンチンが

発表した債務の交換はクレジット・イベントに該当しないと返答した。さらに、11月30日には、

原告は改めて被告に対してクレジット・イベントに該当すると通知したが、被告は改めて、ア

ルゼンチンの状況は“Restructuring”に該当しないと主張した。結局、12月24日、アルゼンチ

ンが支払停止を宣言したため、被告は“Repudiation/Moratorium”というCredit Eventに該当

するとして3件中2件について支払いを行ったが、原告は、被告の債務不履行(Restructuring

に該当する事情があったのにCredit Eventの存在を認めることを拒み、直ちにスワップを清算

することを怠った)による損害賠償等を主張して訴訟を提起した。

 第一審は、アルゼンチンによる任意の債務交換はRestructuringに該当しなかったとしたが、

控訴審は、債務交換に参加した債権と参加しなかった債権のそれぞれについて、Restructuring

に該当する事情の有無を検討する必要があるとして、差し戻した。

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 ②AON Financial Products, Inc et. al, v Societe Generale, 476 F.3d 90 (2nd Cir., 2007)

 フィリピンにおけるコンドミニアム建設案件に関し、Bear Sterns International(BSIL)は、

事業主体であるEcobel Landに対して9.3百万米ドルを融資した。Ecobelは期日である2000年7

月に、BSILに対して10百万米ドルを返済しなければならないこととされていた。BSILはEcobel

のリスクを担保するために、フィリピンのGovernment Service Insurance System (GSIS)の発

行するsurety bondを取得した。GSISの設立根拠法では、フィリピン政府がGSISの債務の履行

を保証する旨が規定されていた。BSILはGSISのリスクをヘッジするため、1999年2月4日に

Aonとの間でCDSを締結した。そこでは、クレジット・イベントの一つとして“Failure to

Pay”が規定され、“the failure by GSIS to make, when due, any payments under the Obligations

for whatever reason or cause”とされていた。BSILは対価として425千ドルを支払った。Aonは、

このリスクをヘッジするため、1999年2月9日にSociete Generale(SG)とCDSを締結した。

このCDSでは、クレジット・イベントとして、“Failure to Pay” “Sovereign Event”, “Cross

Default”が規定されていたが、このCDSの参照組織はフィリピン政府とされていた。同様に、

参照債務についても、BSILとAonのCDSではGSISのsurety bondとされていたのに対して、Aon

とSGのCDSではフィリピン政府債とされていた。このCDSのプレミアムとして、Aonは328千

ドルを支払った。2000年3月、EcobelがBSILからのローンについてデフォルトしたが、GSISは

surety bondは正当な権限に基づき発行されたものではない、と主張して、BSILから債権を譲

り受けたBankers Trustee Companyに対する支払を拒んだ。このため、BSILはAonに対して、

CDSに基づく支払いを求めた。Aonは、GSISによるこのような理由での不払いはクレジット・

イベントに該当しないとして争ったが、イリノイ州裁判所は、“Aon bore the risk of non-

payment by GSIS, for ‘whatever reason or cause’ including a justifiable refusal to pay”として、

AonにCDSの支払を命じた。そこで、AonはSGに対してCDSに基づく支払いを求めて訴訟を提

起した。

 第一審は、クレジット・イベントが発生したとしたが、控訴審は、①AonとSGのCDSにおけ

るSovereign eventを文字通り読むならば、フィリピン政府による作為不作為がGSISによる

surety bondの支払いを妨げたということが必要であるが、そのような事情は認められないこと、

②AonとSGのCDSにおけるFailure to Payは参照組織であるフィリピンが支払いを行わなかっ

BSIL Loan Ecobelsurety bond

GSISAon

SG

CDS(GSIS)CDS

(フィリピン)

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たことを意味するが、GSISはフィリピンの定義には含まれないこと、を挙げ、いずれのクレジッ

ト・イベントも発生していなかったとして、第一審の判断を覆した。

 ③ VCG Special Opportunities Master Fund Limited v CITIBANK, 594 F.Supp. 2d 344

(District Court for the Southern District of New York, 2008)

 2006年9月、原告は被告に対してMillstone III CDOというCDOについてのCDSを売却した。

契約では、“Floating Amount Event”が発生した場合には、原告は被告に対して“Floating

Amount”を支払うことが合意されていた。また、Credit Support Annexを締結し、契約締結

時に一定額の担保を提供した。2007年8月になって、被告は原告に追加の担保の差入れを3回

要求し、原告はそれに応じた。また、2008年1月には、被告はFloating Amount Eventが発生

したと通知した。原告が、被告の追加の担保要求やFloating Amount Event発生の通知は不当

なものであると主張して、訴訟を提起したところ、被告はサマリージャッジメントによる訴え

の棄却を求めた。

 裁判所は、Floating Amount Eventの1つであるWritedownが生じたことは明らかであると

してFloating Amount Eventの通知が不当であったとの原告の主張を退けるとともに、追加の

担保要求も契約に従ったものであるとした。後者の点については、仮に契約との間に齟齬があっ

たとしても、原告は被告の要求に応じて担保を提供したのであるから、今になって異議を述べ

ることは許されないとした。結局、被告によるサマリージャッジメントの申立てを容れ、原告

の訴えを棄却した。

 ④ DKR Soundshore Oasis Holding Fund v Merrill Lynch International, 914 N.Y.S.2d 145

(Supreme Court of New York, Appellate Division, 2011)

 ドイツ銀行とリビエラ社との間で日本のアーバン社の債務を対象資産とするCDSが締結され

た。クレジット・イベントの1つとしては、1億円以上のアーバン社の非劣後債務がリストラ

クチャリングされることが規定されていた。2008年6月6日、リビエラ社はドイツ銀行に対し

て、クレジット・イベント通知と、公開情報通知を行った。このうち、公開情報通知については、

原告が雇用するアナリストである日本人の宣誓供述書が添付されていた。その後、6月12日に

本CDSは原告と被告との間の契約に更改され、7月2日、原告は被告に対して本CDSに基づく

現物決済を要求した。これに対して被告は、リビエラ社による6月の通知は、リストラクチャ

リングがあったかどうかを合理的な者が判断できるようなものではなかったと主張した。そこ

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で、原告が被告による債務不履行を主張して訴えを提起した。被告が、サマリージャッジメン

トによる訴えの棄却を申し立てた。第一審の判事はISDAの定義集によれば、クレジット・イ

ベント通知はクレジット・イベントについて合理的な詳細情報を含むものでなくてはならず、

また、公開情報通知はクレジット・イベントが発生したことの決定に関連する事実を合理的に

確認できるようなものでなくてはならないが、リビエラ社による通知は、クレジット・イベン

トが発生した日も、また、アーバン社がリストラクチャリングした金額も述べておらず、曖昧

な通知であって、クレジット・イベント通知や公開情報通知としては不十分であると述べて、

被告の申立てを認めた(43)。これに対して、Appellate Divisionは、サマリージャッジメントにお

いては、裁判所は訴状で主張されている事実を正しいものとしたうえで判断しなければならず、

原告の主張を前提にすると、本件ではリビエラ社による通知が不十分なものとは言い切れない

として、サマリージャッジメントの申立てを退けた。

4 CDSの規制(1) 金融危機とデリバティブの規制

 CDSが金融危機の元凶の1つであったかどうかはともかく、金融危機の過程で世界を代表す

る金融機関を含む多くの当事者が、CDSをうまく使いこなせなかったことは確かであると思わ

れる(44)。また、CDSが広く用いられるようになったことにより、CDSの契約当事者の一社が破

綻すると、その破綻が他の当事者に伝播するというリスクも強く認識されるようになった(45)。

 こうした認識を前提に、CDSを含むデリバティブの規制の見直しが行われている。たとえば、

2009年9月のピッツバーグ・サミットの首脳宣言では、「店頭デリバティブ市場の改善:遅く

とも2012年末までに、標準化されたすべての店頭(OTC)デリバティブ契約は、適当な場合に

(43) この決定について、曖昧な通知では不十分であること、適切な通知をする義務はプロテクションの買い手にあること、売り手の側には不適切な通知について調査をする義務はないこと、等を示したものであり、ISDAの定義集を正しく解釈したものとして評価する見解も示されていた(Willkie Farr & Gallagher LLP, Important decision in Credit Default Swap Litigation) (available at http://www.willkie.com/files/tbl_s29Publications%5CFileUpload5686%5C3314%5CImportant%20Decision%20in%20Credit%20Default%20Swap.pdf#search='important decision in credit default swap litigation' (2010)

(44) たとえば、Q&AのQ7-5「CDSの残高が非常に巨額であることが、世界的な信用危機の主たる要因であったと聞きましたが、この点について見解を教えてください」に対する回答を参照。

(45) 深尾光洋「信用不安の元凶はCDS」経済産業研究所金融研究報告(http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/fukao_m/08.html)では、「多くの銀行や投資銀行は、信用デリバティブ(派生商品)取引を通して、相互に巨額の信用リスクの連鎖を保有していた」「AIGが政府から支援を得られなかった場合、同社からリーマンなど経営悪化企業の信用保証を買っていた大手投資銀行などが損失保証を喪失し、連鎖的な経営危機に陥る可能性もあった」と指摘する。

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は、取引所又は電子取引基盤を通じて取引され、中央清算機関を通じて決済されるべきである。

店頭デリバティブ契約は、取引情報蓄積機関に報告されるべきである。中央清算機関を通じて

決済がされない契約は、より高い所要自己資本賦課の対象とされるべきである。我々は、FSB

とその関連メンバーに対して、実施状況及びデリバティブ市場の透明性を改善し、システミッ

ク・リスクを緩和し、市場の濫用から守るために十分かどうかにつき、定期的に評価すること

を要請する」との宣言がなされ(46)、2010年6月のトロント・サミットでも、「我々は、遅くと

も2012年末までに、標準化されたすべての店頭デリバティブ契約について、適当な場合には、

取引所又は電子取引基盤を通じて取引し、また、中央清算機関(CCPs)を通じて決済すると

いう我々のコミットメントを再確認する。店頭デリバティブ契約は、取引情報蓄積機関(TR)

に報告されるべきである。我々は、国際基準に則した中央清算機関や取引情報蓄積機関の設立

に向けて取り組むとともに、あらゆる関連情報への各国規制当局・監督当局によるアクセスを

確保する。さらに、我々は、証券金融や店頭デリバティブ取引におけるヘアカット設定や証拠

金の慣行に関し、景気循環増幅効果(プロシクリカリティ)を抑制し金融市場の強じん性を向

上させる政策措置を追求することに合意した」との宣言が金融セクター改革の一部としてなさ

れている(47)。

 CDSを含めたデリバティブの規制について、包括的な規制強化の枠組みを示したのが米国の

Dodd-Frank法である(48)。Dodd-Frank法のもとでは、

 ① 監督当局が清算機関での決済が適切であると認めるデリバティブについての中央清算機関

(CCPs)を通じた決済の義務付け

 ② 清算機関を通じて決済されないデリバティブについての、リスク削減のための資本や担保

についてのルールの策定

 ③ すべてのデリバティブ取引についての情報収集機関への報告と、そうした情報の当該機関

から監督機関への提供

 ④当事者が保有できるポジションについての上限の設定

等の規制手段が提示されている(49)。また、市場参加者を、スワップ・ディーラー(swap

(46) http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/g20/0909_seimei_ka.html(47) http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/g20/toronto2010/annex2.html(48) Dodd-Frank法におけるデリバティブの規制については、松尾直彦『Q&A アメリカ金融改革法 ドッ

ド=フランク法のすべて』(金融財政事情研究会、2010)210頁以下、Davis Pork法律事務所のメモランダム(http://www.davispolk.com/files/Publication/2dc37740-a633-40e2-95f6-738d3498d096/Presenta tion/PublicationAttachment/155f05f5-30d8-4492-80f3-63f689771af2/Dodd-Frank.Memo.OTC.Derivatives.JPN.sep10.pdf)を参照。

(49) Acharya, Shachar and Subrahmanyam, supra note 37, at 370ff.

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dealer)、主要参加者(major participant)、エンド・ユーザー(end-user)、金融機関(financial

entity)に分け、各当事者の属性に応じて、各種の規制手段の適否を仕分けている(50)。

(2) 清算機関

 上記のうち、様々な国で最も具体化が進んでいると思われるのは清算機関の利用に関する制

度整備である(51)。わが国においても清算機関の利用に関する金商法改正が2010年5月に行わ

れ(52)、また、2011年7月からは、日本証券クリアリング機構によってCDS取引の清算業務が開

始されている(53)。わが国の新しい法制においては、わが国における取引規模が多額であって、

その取引の清算を清算機関に集中させることによって決済リスクを減少させることがわが国の

市場の安定に必要と考えられる取引について、清算機関への清算の集中を義務付けることとさ

れている(金商法156条の62)。対象となる取引としては、円金利スワップ取引のプレーン・バ

ニラ型であって、取引規模の大きい金融機関同士の取引が予定されており、清算機関としては、

日本国内の清算機関を利用する方法、国内の清算機関と外国清算機関との連携による方法、日

本の当局の免許を受けた外国清算機関を利用する方法のいずれかが選択できるが、清算要件が

わが国での企業の破綻要件と密接に関連している取引等については、クレジット・イベントの

認定にあたって国内清算機関が関与する必要があること等から、国内清算機関における清算が

義務付けられている(54)。

 清算機関を利用することについては、①取引当事者の信用リスクの中央清算機関への一元化、

②マルチラテラル・ネッティングによるリスク削減、③情報収集の促進、等のメリットが存在

する(55)。

 他方で、清算機関の利用については、デメリットも指摘されている。そのうちの一つは、清

算機関の破綻リスクである。CDSについては、他のデリバティブとは異なり、プロテクション

(50) Peterman, Tarbert & Sun, The Dodd-Frank Act and Credit Derivatives: A Market Transformed, at 1ff. (available at http://www.weil.com/files/Publication/322a598a-722d-4d09-872c-b6456dac5828/Presentation/PublicationAttachment/8afd1bdf-69d1-403d-8113-c241e1e002f5/the%20dodd%20frank%20act%20and%20credit%20der.pdf#search='doddfrank act market transformed')

(51) 片山謙「店頭デリバティブ清算機関の整備動向」資本市場2011年5月号17頁。(52) 詳しくは、和仁亮裕「デリバティブ規制の見直し」金融法務事情1903号51頁以下(2010)を参照。(53) 平野剛「CDS取引清算制度の概要と今後の展望」資本市場2011年10月号26頁。(54) 高橋洋明・矢原雅文「『金融商品取引法等の一部を改正する法律』の概説」金融法務事情1901号95頁

以下(2010)。(55) Kress, Credit Default Swaps, Clearinghouses, and Systemic Risk: Why Centralized Counterparties Must

Have Access to Central Bank Liquidity, 48 Harvard Journal on Legislation 49, at 65ff. (2011); Henderson, The New regime for OTC derivatives: Central Counterparties Part 3, [2011] 6 JIBFL 335, 338.

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の売り手が負担する債務の額は、クレジット・イベントが発生すると、突如に想定元本額の

100%近くにまで増加しうる(Jump to Default Riskと呼ばれる)。この結果、予め提供を受けて

いた担保では到底カバーできないような額まで債務が増加することが考えられるが、集中決済

機関を用いた場合には、そうした多額の債務を抱えたクレジットの売り手に対する信用リスク

は、集中決済機関が単独で抱えることになる(しかも、クレジット・イベントが発生しやすい

景気悪化局面では、プロテクションの売り手の信用状態も悪化しがちである)(56)。しかし、万

が一にも清算機関が破綻するようなことがあれば、当該清算機関を通じて清算を行っている多

くの当事者に影響が及ぶ。この結果、清算機関について“too-big-too-fail”とでもいうべき状態

が発生しうる(57)。さらに、一定の場合に日本国内の清算機関の利用を義務付けることについて

は、国内清算機関の経営を安定的に行えるほどの規模の取引量が存在しているかどうか疑問で

あること、CDS取引は国際的に行われており、全ての取引について外国清算機関の利用が認め

られないことは不都合であること等の問題点も指摘されている(58)。

(3) CDSとソブリン債務

 欧州委員会(European Commission)は、2010年9月、空売り及びCDSに関する規則案を公

表し(59)、2011年11月、この規則は欧州議会によって採択された(60)。この規則は、2008年以降の

金融危機やその後のソブリン危機の過程で、株式・国債の空売りや、ソブリン債務に関する

CDS取引が、これらの価格のスパイラル的な下落を加速し、金融市場の安定等を損なう一因と

なったという認識に基づき導入されたものである(61)。

 CDSのうち、本規則における規制の対象となるのは、プロテクションの買い手がソブリン向

け債権等を保有することなく行われるソブリンCDS取引であり、一般に“naked sovereign

CDS”と呼ばれるものである。本規則は、naked sovereign CDSの取引を一般的に禁止しよう

とするものである。

 まず、本規則4条1項は、①ソブリン向け債権(sovereign debt)についてのロング・ポジショ

ンを有する者が発行体によるデフォルト・リスクをヘッジする場合、あるいは、②ソブリン向

(56) Acharya, Shachar and Subrahmanyam, supra note 37, at 383ff.; Kress, supra note 55, at 75ff. (57) Kress, supra note 55, at 72ff. 和仁・前掲注52、58頁も同様の懸念を示す。(58) 和仁・前掲注52、58頁以下。(59) Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on Short Selling and certain

aspects of Credit Default Swaps, Com (2010) 482 final(60) http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?type=TA&reference=P7-TA-2011-0486&language=EN(61) Regulation on Short Selling and Credit Default Swaps-Frequently asked questions (http://europa.eu/

rapid/pressReleasesAction.do?reference=MEMO/11/713)

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け債権の価格に連動して価値が変動する金融資産や負債を有する者が当該金融資産等の価値下

落リスクをヘッジする場合、のいずれにも当らずに4 4 4 4 4 4 4 4 4

ソブリンCDS(ソブリン発行体(sovereign

issuer)についてのクレジット・イベントやデフォルトにより支払等がなされるCDSを指す。

本規則2条(h))を保有する場合には、“uncovered position in a sovereign credit default

swap”を有する、と規定する。なお、本規則で、ソブリン発行体とされるのは、EU、加盟国、

加盟国の省庁やSPV、加盟国が連邦国家である場合の州等である(本規則2条(i))。

 そして、本規則14条1項は、自然人・法人は、上述のuncovered position in a sovereign

credit default swapを持つことにならないような場合に限って、ソブリン発行体の債務に関す

るCDS取引を行うことができるとする。逆にいえば、ヘッジ対象となる資産を有しない場合に

はソブリン発行体の債務に関するCDS取引を行うことはできない、ということになり、naked

sovereign CDSを一般的かつ永久に禁止するものである。

 但し、こうした一般的な禁止が、ソブリン債市場の流動性に悪影響を及ぼす場合もあるので

はないかという観点から、例外的な取扱いも認められている。すなわち、各国の当局は、客観

的な指標によれば、ソブリン発行体による借入コストが増加したり、ソブリン発行体の新規の

債務発行能力への悪影響が生じていたりする等、そのソブリン債市場が正常に機能しておらず、

かつ、こうした禁止がソブリンCDS市場に悪影響を与えていると考える場合には、この禁止を

一時的に停止することができるとされている(14条2項)。但し、禁止を一時的に停止する場

合には、事前に欧州証券市場機構(European Securities and Market Authority:ESMA)及び

他の当局に通知せねばならず、また、当初12カ月を超えるものであってはならない(但し、更

新は可能)(14条2項)。なお、禁止が一時的に停止されている間にnaked sovereign CDSを一

定量以上保有した者は、当局に対して通知しなければならないとされている(8条)。これは、

取引の透明性を確保するための規定である。

 本規則の施行は2012年11月が予定されている。

おわりに 金融危機後、CDSの取引量は減少したとはいえ、依然として巨額のCDSが取引されている。

CDSを適切に利用することには多くのメリットが存在する一方、使い方を誤った場合には、取

引当事者のみならず、広く社会に大きな負担を強いる可能性がある。もはや、CDSを知らなかっ

た時代には戻れない。そうであるならば、金融市場のプレーヤーがCDSを良く理解し、節度を

もって、より良くCDSを使いこなすことが重要である。

 どのような使い方が、節度をもって、より良くCDSを使いこなすことに当たるのか、逆に、

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どのような使い方が、節度をわきまえない、不適切な使い方に当たるのか。節度をもって、よ

り良くCDSを使いこなすためには何が必要なのか。各プレーヤーが、過去の失敗例から学び、

また、自身の能力を冷静かつ客観的に見極めたうえで、改めてこれらの問いに対する答えを求

め、実践することが重要である。