第5章 気象庁の取り組み第5章 気象庁の取り組み...

5
第5章 気象庁の取り組み 気象庁では、世界気象機関(WMO)を始めとする国内外の関係機関と連携し、地球温暖化に関する 観測・監視、その要因の解明や将来予測を推進しており、これらの最新の成果をもとに、地球温暖化の 緩和策・適応策の基礎となる地球温暖化に関する科学的知見の公表、普及を行っている。 5.1 長期的な観測の継続 5.1.1 大気・海洋を対象とした観測 気象庁では、地上における気圧、気温、湿度、風向・風速、降水量、日照時間などを観測し、気象庁 ホームページに掲載しているほか、報道機関などに提供している。観測データは国内外に提供され、日々 の気象監視・予測に加えて、地球温暖化などの気候変動の監視にも利用されている。 全国約1,300 か所の地域気象観測所(アメダス)において、降水量の観測を行っている。このうち約 850か所では、降水量に加えて、気温、風向・風速、日照時間の観測を、さらに、豪雪地帯などの約290 か所では積雪の深さの観測を行っている。また、全国約60ヶ所の気象台・測候所では、気圧、気温、湿 度、風向、風速、降水量、積雪の深さ、降雪の深さ、日照時間、日射量、雲、視程、大気現象等の気象 観測を行っている。雲、視程、大気現象等は観測者が目視によって観測しているが、その他は地上気象 観測装置によって自動的に観測を行っている。また、全国約90ヶ所の特別地域気象観測所では、地上気 象観測装置による自動観測のみを行っている。 また、大気の上空約30キロメートルまでの気温・湿度・気圧・風向・風速をラジオゾンデにより観測 するとともに、高さ約5キロメートルまでの風向・風速をレーダーの一種のウィンドプロファイラによ り観測している。 海洋については、海洋気象観測船や中層フロートなどによる観測を実施している。海洋気象観測船で は、北西太平洋全体の主要な海流を横切るように設定した航海コース(観測線)に沿って、海面から海 底付近までの海流や水温、塩分の高精度な観測のほか、海面付近や上空における気温や風向・風速、気 圧などの観測を行っている。中層フロートは、海面から深さ2000メートル付近までの水温・塩分を自動 的に観測する機器である。気象庁は、「アルゴ計画」という全世界の海洋をリアルタイムで監視する国 際的な観測計画の下、文部科学省などの関係省庁と連携して中層フロートによる観測を推進している。 また、全国13か所の検潮所に設置した精密型水位計により海面水位の精密な観測を行っている。 5.1.2 大気・海中の温室効果ガスの観測 気象庁は大気環境観測所(岩手県大船渡市綾里)、南鳥島気象観測所(東京都小笠原村)、与那国島 特別地域気象観測所(沖縄県八重山郡与那国町)において、温室効果ガス、オゾン層破壊物質、エーロ ゾル、降水・降下じん(大気中から地表に降下してくる微粒子)中の化学成分などを観測している。ま た、北西太平洋においては、海洋気象観測船の「凌風丸」と「啓風丸」により大気中と表面海水中の二 酸化炭素濃度を観測している。また、南鳥島までの上空で温室効果ガス濃度を観測している。これらの 温室効果ガスの情報は、温室効果ガス削減対策の計画策定や地球温暖化監視・予測等の基礎資料として 重要である。 気象庁は世界気象機関(WMO)温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)を運営しており、世界 中の温室効果ガスなどの観測データを収集・解析・提供しているほか、WMOが毎年の世界全体の温室 効果ガスの状況についてとりまとめている「WMO温室効果ガス年報」(URLは第6章に記載)の作成 に参画している(図5.1.1)。

Transcript of 第5章 気象庁の取り組み第5章 気象庁の取り組み...

Page 1: 第5章 気象庁の取り組み第5章 気象庁の取り組み 気象庁では、世界気象機関(WMO)を始めとする国内外の関係機関と連携し、地球温暖化に関する

第5章 気象庁の取り組み

気象庁では、世界気象機関(WMO)を始めとする国内外の関係機関と連携し、地球温暖化に関する

観測・監視、その要因の解明や将来予測を推進しており、これらの最新の成果をもとに、地球温暖化の

緩和策・適応策の基礎となる地球温暖化に関する科学的知見の公表、普及を行っている。

5.1 長期的な観測の継続

5.1.1 大気・海洋を対象とした観測

気象庁では、地上における気圧、気温、湿度、風向・風速、降水量、日照時間などを観測し、気象庁

ホームページに掲載しているほか、報道機関などに提供している。観測データは国内外に提供され、日々

の気象監視・予測に加えて、地球温暖化などの気候変動の監視にも利用されている。

全国約1,300 か所の地域気象観測所(アメダス)において、降水量の観測を行っている。このうち約

850か所では、降水量に加えて、気温、風向・風速、日照時間の観測を、さらに、豪雪地帯などの約290

か所では積雪の深さの観測を行っている。また、全国約60ヶ所の気象台・測候所では、気圧、気温、湿

度、風向、風速、降水量、積雪の深さ、降雪の深さ、日照時間、日射量、雲、視程、大気現象等の気象

観測を行っている。雲、視程、大気現象等は観測者が目視によって観測しているが、その他は地上気象

観測装置によって自動的に観測を行っている。また、全国約90ヶ所の特別地域気象観測所では、地上気

象観測装置による自動観測のみを行っている。

また、大気の上空約30キロメートルまでの気温・湿度・気圧・風向・風速をラジオゾンデにより観測

するとともに、高さ約5キロメートルまでの風向・風速をレーダーの一種のウィンドプロファイラによ

り観測している。

海洋については、海洋気象観測船や中層フロートなどによる観測を実施している。海洋気象観測船で

は、北西太平洋全体の主要な海流を横切るように設定した航海コース(観測線)に沿って、海面から海

底付近までの海流や水温、塩分の高精度な観測のほか、海面付近や上空における気温や風向・風速、気

圧などの観測を行っている。中層フロートは、海面から深さ2000メートル付近までの水温・塩分を自動

的に観測する機器である。気象庁は、「アルゴ計画」という全世界の海洋をリアルタイムで監視する国

際的な観測計画の下、文部科学省などの関係省庁と連携して中層フロートによる観測を推進している。

また、全国13か所の検潮所に設置した精密型水位計により海面水位の精密な観測を行っている。

5.1.2 大気・海中の温室効果ガスの観測

気象庁は大気環境観測所(岩手県大船渡市綾里)、南鳥島気象観測所(東京都小笠原村)、与那国島

特別地域気象観測所(沖縄県八重山郡与那国町)において、温室効果ガス、オゾン層破壊物質、エーロ

ゾル、降水・降下じん(大気中から地表に降下してくる微粒子)中の化学成分などを観測している。ま

た、北西太平洋においては、海洋気象観測船の「凌風丸」と「啓風丸」により大気中と表面海水中の二

酸化炭素濃度を観測している。また、南鳥島までの上空で温室効果ガス濃度を観測している。これらの

温室効果ガスの情報は、温室効果ガス削減対策の計画策定や地球温暖化監視・予測等の基礎資料として

重要である。

気象庁は世界気象機関(WMO)温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)を運営しており、世界

中の温室効果ガスなどの観測データを収集・解析・提供しているほか、WMOが毎年の世界全体の温室

効果ガスの状況についてとりまとめている「WMO温室効果ガス年報」(URLは第6章に記載)の作成

に参画している(図5.1.1)。

Page 2: 第5章 気象庁の取り組み第5章 気象庁の取り組み 気象庁では、世界気象機関(WMO)を始めとする国内外の関係機関と連携し、地球温暖化に関する

図 5.2.1 日本の年平均気温偏差の経年変化(1898~2012 年)

折れ線は各年の偏差。青の曲線は 5 年移動平均、赤の直線は長期的

変化傾向を表す。

5.2 観測成果の解析と気候変動の監視

5.2.1 気温・降水量の長期変化傾向の解析

気象庁は、地球温暖化による影響を検出するために、世界および日本の気温や降水量の経年変化を監

視している(URL は第 6 章に記載)。

なお、世界の平均気温は、全世界の千数百か所の観測所における

観測データや海面水温データから算出している。日本の平均気温は、

国内の気象庁の観測点のうち、長期にわたって観測条件に大きな変

化がなく、かつ都市化の影響が少ない17地点の観測データを選び、

算出している(図5.2.1)。

5.2.2 異常気象リスクマップ

地球温暖化に伴って異常気象の増加が懸念される中、異常気象の発生頻度等に関する、空間的・時間

的に詳細な情報が求められている。気象庁では、こうした要望に応えるため、全国各地における極端な

現象の発生頻度や長期変化傾向に関する情報をわかりやすい図表形式で示した「異常気象リスクマッ

プ」の提供を、平成18年度から開始した(URLは第6章に記載)。

気温(17地点)網走、根室、寿都(すっつ)、山形、石巻、伏木(高岡市)、長野、水戸、飯田、銚子、境、浜田、彦根、宮崎、多度津、名瀬、石垣島

図5.1.1(左)気象庁の温室効果ガス観測点

(右)WMO温室効果ガス世界資料センターがデータを収集している二酸化炭素の観測点

図 5.2.2 確率降水量の分布図

1976~2007 年のアメダス地点の 24 時間降

水量をもとに推定した確率降水量

Page 3: 第5章 気象庁の取り組み第5章 気象庁の取り組み 気象庁では、世界気象機関(WMO)を始めとする国内外の関係機関と連携し、地球温暖化に関する

平成18年度には、過去100年以上にわたる気象庁の観測データを用いて推定した全国51地点における

「100年に1回の大雨」やアメダスの観測を用いた「10年に1回の少雨」などを公表した。平成20年度に

は、全国約1,300のアメダス地点における30年に1回の大雨を示すリスクマップなどを追加した(図

5.2.2)。今後は利用者からの要望などを踏まえ、気温に関連した要素などを追加する予定である。

5.2.3 長期再解析計画

長期再解析とは、過去の観測データを、最新の技術を用いて解析することにより、過去の気象の状況

や大気の立体構造を一貫した品質で再現することである。気象庁と(財)電力中央研究所は、アジアで

は初めて1979年~2004年の26年間について長期再解析(JRA-25)を実施し、水平方向に120km間隔、

鉛直方向に高度50kmまでの40層の解像度で、気温、気圧、風、降水量、海面水温など100種類以上の

気象要素を6時間ごとに解析した。その成果は、国内外の研究者に公開され、過去の大気現象の詳細な

解析や、長期間にわたる気候系の変動の研究・調査に幅広く活用されている。

5.2.4 海洋の健康診断表

気象庁では、平成17年4月から、海洋の情報をとりまとめて「海洋の健康診断表」として定期的に気

象庁ホームページで発表している。この中では、地球環境に伴う海洋の変化や海域ごとの海水温、海面

水位、海流、海氷、海洋汚染などの状態、変動の要因、今後の推移の見通しなどについて、グラフや分

布図などを用いてわかりやすく解説している(URLは第6章に記載)。

5.2.5 二酸化炭素分布情報

二酸化炭素の観測点は図5.1.1のよう

に少ないため、これまで世界的な濃度分

布の状況はわからなかったが、解析手法

の発展によって観測データのない地域

の濃度の推定が可能になった。そこで、

気象庁は平成21年2月から二酸化炭素に

関する世界全体の分布情報「二酸化炭素

分布情報」を発表している(図5.2.3)。

二酸化炭素分布情報のページでは、過去

から現在にかけて二酸化炭素濃度が増

加している様子や、季節ごとの濃度分布

の特徴など、期間や地域の分布情報を選

択して閲覧することが可能である。また、

分布情報の着目すべき点も解説している

(URLは第6章に記載)。

5.3 地球温暖化の将来予測

5.3.1 地球温暖化予測情報

気象庁では、日本周辺の気候をきめ細かく再現できる気候モデルを用いて、今後の世界の社会・経済

動向に関する想定から算出された温室効果ガスの排出量の将来変化シナリオに基づき、将来の気温、降

水量等の気候変化を計算している。その結果を「地球温暖化予測情報」としてまとめ、平成25年(2013

年)3月には、地球温暖化予測情報第8巻を公表した。予測情報は、地球温暖化の影響等を評価する行政

図 5.2.3 二酸化炭素分布情報

1985~2011 年までの世界の二酸化炭素の分布情報を提供

している(年 1回更新。平成 25 年 3 月 13 日現在)

Page 4: 第5章 気象庁の取り組み第5章 気象庁の取り組み 気象庁では、世界気象機関(WMO)を始めとする国内外の関係機関と連携し、地球温暖化に関する

図 5.2.4 21 世紀末の日降水量 100 ミリ以上の変化

機関や研究機関に提供され、地球温暖化に

よる影響の評価や適応策の検討に活用され

ている。

第8巻では、新たに開発した詳細な気候モ

デルにより、今回初めて日本を対象とした

大雨や短時間強雨の発生頻度の将来予測を

行った(図5.2.4)。(URLは第8章に記

載)。

5.3.2 地球温暖化予測の研究

気象研究所では、地球全体の気候変化を

予測する全球気候モデルと、日本付近など

の気候変化を詳細に予測する地域気候モデ

ルを開発している。その成果は気象庁の発

表する「地球温暖化予測情報」に活用され

ているとともに、気候変動に関する政府間

パネル(IPCC)の第1 次~第4次評価報告書で引用されるなど、国際的にも大きな貢献を果たしている。

また、地球規模の気象をより高精度に予測するため、大気や海洋だけでなく、温室効果ガス、オゾン、

エーロゾル等の影響を導入した「地球システムモデル」を開発している。

さらに、海洋現象の理解・予測のための研究にも取り組んでおり、中小規模の乱れが海洋の平均的な

状態に及ぼす効果を調べて気候変動等の研究に用いる海洋・海氷モデルを高度化する研究や、海洋・海

氷モデルに観測データを取り入れるためのデータ同化技術を開発し、様々な領域(全球、北西太平洋、

赤道域等)に対する海洋変動を解析する研究を行っている。

5.4 地球温暖化に関する見解の取りまとめと分かりやすい情報提供

5.4.1 異常気象レポート・気候変動監視レポートなどの刊行物

気象庁では、気候変動に関する情報を提供する目的で以下のような資料を刊行している。

「異常気象レポート」:国内外の長期間の気候状態などに関する観測・監視結果や最新の予測結果など

を総合的に解析し、概ね 5年に 1回刊行。

「気候変動監視レポート」:世界と日本の気候、海洋および温室効果ガスとオゾン層等の状況について、

毎年のとりまとめを掲載。

「大気・海洋環境観測報告」:気象庁が実施している、大気および海洋での温室効果ガス、オゾン層・

紫外線、エーロゾル・大気混濁度、酸性雨、および海洋汚染に関する観測結果および解析結果について、

毎年のとりまとめを掲載。

5.4.2 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)への参画、評価報告書の日本語訳

気象庁は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の、主に第1作業部会(科学的根拠)の活動に積

極的に関与している。IPCCは平成19年(2007年)に気候変動の現状と予測に関する総合的な報告書であ

る第4次評価報告書を公表したが、気象庁は地球温暖化予測監視の結果を提供し、第4次評価報告書の

原稿執筆や査読を行うなど、その取りまとめに大きく貢献した。また、第4次評価報告書の日本語訳に

ついては、気象庁のほか関係省庁が分担して日本語訳を作成している。

Page 5: 第5章 気象庁の取り組み第5章 気象庁の取り組み 気象庁では、世界気象機関(WMO)を始めとする国内外の関係機関と連携し、地球温暖化に関する

5.4.3 各種講演など

気象庁では、気候変動に関する知識と理解を広めることを目的として、毎年、日本の主要都市数箇所

で、気候講演会を開催している。また、各気象台でも、部外からの要請にこたえて講演を行うとともに、

独自に講演会を開催するなど、気候変動に関する知識と理解を広めることに努めている。