第22回 高校における 資質・能力の育成と学習評価...CONTENTS...

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CONTENTS 三田国際学園中学校・高等学校(私立) ······· ·p18 · 縦軸が教育理念、横軸が 21 世紀型スキルである学 校のルーブリックを作成し、全校で学びの方向性を 共有する。 学校のルーブリックをもとに、各教科や単元のルー ブリックを作成し、学習内容、評価の規準を定める。 ポートフォリオを活用。学習履歴の蓄積や学期末・ 年度末の振り返り、大学入試資料として使うだけで なく、例えば国語で学んだ知識や考え方を他の教科・ 教育活動で活用。 熊本県立熊本西高等学校· ································· ·p22 卒業後の進路は、4年制大学を中心としつつ、短期 大学、専門学校、就職と多様。そのため、高校教育 改革、高大接続改革への対応が難しい。 · 国語科では、「今日の一読」として毎朝1つの新聞 記事を配布。それを核に、各クラスでの授業改善や、 定期考査問題の作成に取り組む。 · 国語科の定期考査問題では、全学年全科目で「今日 の一読」の記事と関連させた問題を1題出題。 このコーナーでは高校教育の変化について、それらの背景にある社会の変化や政 策などを踏まえて高等学校における取り組みを紹介する。 ここ数年、高校教育は変化を迫られている。2021年度入試から実施される大学 入学共通テストでは、国語・数学で記述式問題が導入されるとともに、思考力・判 断力・表現力を発揮して解くことが求められる問題が従来より一層重視される。また、 2022年度以降、年次進行で実施される新学習指導要領では、高校で観点別学習状 況の評価が本格的に導入される。こうした動きを踏まえて、高校では思考力・判断力・ 表現力を育成し、定期考査等で評価する取り組みを始めたり、これまで以上に力を 入れて取り組んでいる。 そこで7・8月号では、4・5月号に続いて、「高校における資質・能力の育成と 学習評価」をテーマとした。今回は、学校のルーブリックを作成し、それをもとに して各教科・単元のルーブリック、授業・評価のルーブリックを作成している三田 国際学園中学校・高等学校と、国立教育政策研究所の「論理的思考」の教育課程研 究指定校事業に指定され、論理的思考力を育成する授業や定期考査の作問研究に取 り組んだ熊本県立熊本西高等学校の2校を紹介する。 高校における 資質・能力の育成と学習評価 第22回 変わる高校教育 Kawaijuku Guideline 2019.78 17

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Page 1: 第22回 高校における 資質・能力の育成と学習評価...CONTENTS 三田国際学園中学校・高等学校(私立)·········p18 縦軸が教育理念、横軸が21世紀型スキルである学

CONTENTS

●三田国際学園中学校・高等学校(私立)·········p18

◆·縦軸が教育理念、横軸が21世紀型スキルである学校のルーブリックを作成し、全校で学びの方向性を共有する。

◆学校のルーブリックをもとに、各教科や単元のルーブリックを作成し、学習内容、評価の規準を定める。

◆ポートフォリオを活用。学習履歴の蓄積や学期末・年度末の振り返り、大学入試資料として使うだけでなく、例えば国語で学んだ知識や考え方を他の教科・教育活動で活用。

●熊本県立熊本西高等学校···································p22◆卒業後の進路は、4年制大学を中心としつつ、短期大学、専門学校、就職と多様。そのため、高校教育改革、高大接続改革への対応が難しい。

◆·国語科では、「今日の一読」として毎朝1つの新聞記事を配布。それを核に、各クラスでの授業改善や、定期考査問題の作成に取り組む。

◆·国語科の定期考査問題では、全学年全科目で「今日の一読」の記事と関連させた問題を1題出題。

 このコーナーでは高校教育の変化について、それらの背景にある社会の変化や政策などを踏まえて高等学校における取り組みを紹介する。 ここ数年、高校教育は変化を迫られている。2021年度入試から実施される大学入学共通テストでは、国語・数学で記述式問題が導入されるとともに、思考力・判断力・表現力を発揮して解くことが求められる問題が従来より一層重視される。また、2022年度以降、年次進行で実施される新学習指導要領では、高校で観点別学習状況の評価が本格的に導入される。こうした動きを踏まえて、高校では思考力・判断力・表現力を育成し、定期考査等で評価する取り組みを始めたり、これまで以上に力を入れて取り組んでいる。 そこで7・8月号では、4・5月号に続いて、「高校における資質・能力の育成と学習評価」をテーマとした。今回は、学校のルーブリックを作成し、それをもとにして各教科・単元のルーブリック、授業・評価のルーブリックを作成している三田国際学園中学校・高等学校と、国立教育政策研究所の「論理的思考」の教育課程研究指定校事業に指定され、論理的思考力を育成する授業や定期考査の作問研究に取り組んだ熊本県立熊本西高等学校の2校を紹介する。

高校における資質・能力の育成と学習評価

第22回

変わる高校教育

Kawaijuku Guideline 2019.7・8 17

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田中潤 教頭

三田国際学園中学校・高等学校

学校のルーブリックをもとに、各教科・単元のルーブリックを作成し、それに基づいた授業・評価を行い、学校の教育理念を実現する

教育理念を縦軸、21世紀型スキルを横軸に据えた学びの方向性を共有するためのルーブリック

 三田国際学園中学校・高等学校の前身は、女子教育で

歴史と伝統を誇る戸板学園の戸板中学校・戸板女子高等

学校である。2015年4月1日、校名変更し、男女共学校

となった。「考える力」「英語」「サイエンスリテラシー」

「コミュニケーションスキル」「ICTリテラシー」の5つ

の力を伸ばすために、相互通行型授業など「世界標準」

の教育を実践している。

 三田国際学園中学校・高等学校の教育を語る上で欠か

せないのが、教育理念の「知好楽」と教育目標の「発想

の自由人たれ」である。『人生に於ける全てのことは知る

ことから始め、それを好きになり、最後に楽しむ境地に

至ったときこそ、 初めて自分のものになり、豊かなもの

になる』という意味の「知好楽」は孔子の教えに由来す

る。「知好楽」をグローバル時代の現代において、知を

Know、好をAct、楽をCustomに置き換えて、学習者が

学習に向かう姿勢を縦軸とし、21世紀型のスキルである

「Recognition」「Logical Thinking」「Creative Thinking」

を横軸としている<図表1>。

 そして、学校のルーブリックをもとに、各教科のルー

ブリック、単元のルーブリックを作成し、それらに基づ

き、学習内容や評価規準を定めている。<図表2>は、

2019年度の高1の『国語総合(古典)』の「桜と日本人

―JPOPから三大和歌集まで―」のシラバスから抜粋し

たものである。

 「このように設計された授業を受けながらルーブリック

にあるA1 〜 C3の活動を繰り返していけば、生徒はらせ

ん状に21世紀型スキルを身につけていくことができま

す」(田中教頭)。「らせん状といっても、A1からC3へと

上っていくのではなく、授業で初めからC3に該当する学

びをすることもあり、生徒は各段階を行き来しながら成

長していきます」と城野先生は話す。

 知識や思考の深まり、社会や日常とのつながりを大切にする「相互通行型授業」

 まず、どのような授業を行っているか、見てみよう。同

校では、アクティブ・ラーニング形式の「相互通行型授

城野大輔 先生

 東京都世田谷区に立地する三田国際学園中学校・高等学校は、完全中高一貫校である(一部国際生入試を除く)。創立以来の教育理念である「知好楽」を学びのステップとして位置付け、学校のルーブリックを作成した。学校のルーブリックを各教科・単元に落とし込み、学習内容・評価規準として活用している。ルーブリックを活用した教育について、教頭で学習・進路指導部長の田中潤先生と、高2学年部長の城野大輔先生に話を伺った。

<図表1>三田国際学園のルーブリック

A3 B3 C3

A2 B2 C2

A1 B1 C1

楽Custom

好Act

知Know

Recognition LogicalThinking

CreativeThinking

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業」を実践している。

 「相互通行型授業」<図表3>では、まず「トリガー

クエスチョン」と呼ばれる、単元のテーマを理解したり

興味関心を喚起したりするきっかけとなる質問から授業

が始まる。その後、教員が生徒に投げかける問いや課題

に対して生徒一人ひとりが自分の考えを構築し、それを

もとに生徒同士で議論を重ね、最後にグループでのプレ

ゼンテーションや個人でのレポート作成といったアウト

プットを行う。そして最後に再び「トリガークエスチョ

ン」に戻り、知識や思考の深まりを確認する。

 紹介する和歌の単元の「トリガークエスチョン」は、

「桜は本当に美しい? 桜の美しさとは何だろう?」であ

る。生徒はこの問いについて考えるために、2010年代の

JPOPから1930年代へ遡り、桜が登場する歌の歌詞を参

考にしながら、桜のイメージを探る。年代ごとに歌詞、

短歌、俳句を比較し、人々の思いの変遷を考察していく。

1930年代の歌詞になると、文末に「けり」「たり」「な

り」といった古語が使われるようになるので、ここで、古

文の助動詞について解説する。

 この後、『万葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』の三

大和歌集の内容を学習しつつ、江戸時代から奈良時代へ

と時代を遡り、徐々に古典学習の要素を強めながら、桜

がどのように詠まれていたかについて変遷を考察する。

考察の例としては、<資料>のように「東日本大震災か

ら生き延びた桜の写真を見て考え、さらに『古今和歌集』

の時代の人がこの写真を見たらどう考えるか、自分の考

えを説明する」といったものである。

 ちなみにこの授業を行う学年は決めておらず、学習者

のレベルに応じて考察のヒントとなる歌を示す、質問の

仕方を工夫するなどして、難易度を変えている。また、単

元の内容によっては、映画など映像作品や、ゲームなど

デジタルコンテンツも含めて考察するという。

 「このように、桜について古典だけでなく現在や未来を

含めて考察することは、昔から変わらない日本的なもの

Unit Standards 本単元の内容と評価規準

楽 A3 B3 C3

好 A2 B2 C2わからない単語と文法を調べ、自然な現代語に訳す。

和歌に込められている想いを分析し、歴史の変遷に伴って桜がどのように用いられているか考察する。短歌の解釈に根拠を持たせる。

現代の日本人の桜の捉え方について考察し、それが歴史的変遷のなかでどのようなものとして説明できるのか考察する。

「桜」の美しさについて改めて検討する。

知 A1 B1 C1正しく読み、くり返し用いられる助詞と助動詞、また基本的な自立語の意味を理解する。

三大和歌集の文学史的意義を知る。比喩(見立て)を理解する。

時代を経て「桜」に対する価値観が変わることに気づく。他者の意見の価値を見つけ、自分の意見と比べる。

Recognition Logical Thinking Creative Thinking

<図表2> 2019 年度 高1『国語総合(古典)』「桜と日本人—JPOP から三大和歌集まで—」

(シラバスより抜粋)

<図表3>論理的思考のプロセスをたどる相互通行型授業

step 1

授業のテーマ

step 2

共通知識の獲得

step 7

レポートの作成

step 3

トリガークエスチョン

疑問

step 4

自分の考えを構築

仮説

step 5

グループディスカッション

検証

step 6

教室全体で共有

結論

(三田国際学園中学校 学校案内より)

変わる高校教育 第22回 高校における資質・能力の育成と学習評価

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の見方、感じ方、考え方を知り、日本の文化の特質を理

解するといった、学習指導要領にある古典を学ぶ意義に

も通じます」(城野先生)

 また、田中教頭も「教科の内容について現在や未来の

社会・生活と結びつけて考察するのは、学んだ内容を生

きた知識や考え方とするためで、古典以外も同様です。

私も世界史で、農業の技術革新がどのように政治や経済、

ひいては歴史に影響を与えたのかについて時代を追って

考察し、最後に2050年までに起こりうる農業の変化が

未来の政治と経済にどう影響を与えるかについて考察す

る授業を行いました」と古典以外の他教科でも取り組ん

でいると説明する。

 さらに、シラバスの作成・活用にも工夫が見られる。

各単元のシラバスと授業計画は、例えば世界史が専門の

先生が地理のシラバス等を作成するなど、科目の専門が

異なる教員が作成している。さらに、シラバスだけでな

く、授業計画・プリント・定期考査の問題等を共有して

いる。

 「シラバスや授業計画は次の年に引き継がれる際、一度

分解されて再構築されます。専門が異なる教員が担当す

れば、その過程で公民の授業の中に歴史のエッセンスが

入るというように、異なる分野のものの見方・考え方が

入ります。また、共有については学校全体として教育の

質を担保するということと、働き方改革という面もあり

ます」(田中教頭)と説明する。

 ところで、同校の中学入試における「4科入試」では、

基本的な知識を問う問題を30%、応用力を問う問題を

35%、そして思考力を測る問題を35%出題している。そ

の理由として、「多様な生徒が共に学ぶことが、本校の教

育目標である『発想の自由人たれ』という育成の第一

<資料>国語演習 私たちにとって「桜」とは何だろう?

(国語演習プリントより一部抜粋)

――

写真は省略

――

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歩」との考えによるものです。本校は相互通行型授業を

行っていますので、生徒にも多様性があった方が学びの

幅は大きくなるはずです。そのため、いろいろな学習習

慣や考え方をもった生徒を採りたいため、このような入

試方式で中学入試を実施しています。入試問題も学校の

ルーブリックを参考に作成しています」(田中教頭)

ポートフォリオを教科間で活用

 同校では、生徒の評価や指導においてポートフォリオ

も活用している。ポートフォリオを学習履歴の蓄積や学

期末や年度末の振り返り、大学入試の資料として活用す

るにとどまらず、常にポートフォリオを参照しながら学

びを重ねていく。

 「ポートフォリオは、本来、作品を持ち歩くためのもの

です。ですから本校のポートフォリオも、国語で学んだ

知識や考え方を地理に転用する、教科で学んだことをゼ

ミ活動で応用するというように、教科間で持ち歩きなが

ら活用するというイメージです」(田中教頭)

 ポートフォリオについて、田中教頭はさらに「『学びの

アセスメント』として活用する際にも、“Assessment of

learning”,“Assessment for learning”,“Assessment as

learning”の3つがあり、本校では“for”と“as”に重きを

置いている」と話す。このためポートフォリオには、教

員が指定した事柄だけでなく、各自学んだことや考えた

こと、感じたこと、教科の内容に関して気づいたことや

自分の新たな「問い」を自由にまとめ、記録させること

を大切にしている。また、城野先生は「できれば達成度

だけでなく、生徒の成長や学びの深まりも評価したい」

と考えている。トリガークエスチョンについて何度も考

え自分の問いに取り組んだことを記録するのは、一人ひ

とりが自分の成長を可視化し、自分でふり返ることがで

きるようにするためでもある。

 また、ルーブリックを直接的に評価、特に評定に使う

のではなく、単元のシラバスで学習の目標とした知識や

論理的思考力などを、Can-Doリストのような形で具体

化し、発表の際のパフォーマンス評価として間接的に活

用している。

 というのもルーブリックやCan-Doリストを活用した

評価の難しさを感じているからだ。「一般的にはルーブ

リックとCan-Doリストが一致していることが多いので

すが、ルーブリックが生徒の可能性を規定してしまうこ

三田国際学園中学校・高等学校

◇所在地:東京都世田谷区用賀2-16-1

◇沿革:1902(明治35)年 戸板裁縫学校創立1916(大正5)年 三田高等女学校創設1937(昭和12)年 戸板高等女学校に改称1947(昭和22)年 学制改革により戸板中学校発足1948(昭和23)年 戸板女子高等学校発足2015(平成27)年 共学となり、三田国際学園中学校・

高等学校に改称

◇学級編成:各学年34クラス

◇生徒数:1,230名(男子554名、女子 676名)(2019年4月現在)

◇特色:高校は、文系・理系の国公立・難関私立大学をめざす「本科コース」、先端研究を行う国公立・私立大学や医歯薬獣医系の大学への進学をめざす「メディカルサイエンステクノロジーコース」、文系の国公立・難関私立大学や英語で学ぶ国際教養系大学への進学をめざす「インターナショナルコース スタンダード」、海外の大学への進学をめざす「インターナショナルコース アドバンスト」の4コースからなる。相互通行型授業のほか、ICT教育にも力を入れ生徒は1人1台タブレット端末を持ち、授業やオンライン学習システム「r-Test」で活用している。

◇卒業生の進路:2019年4月現在 卒業生141名・進路:4年制大学100名、短期大学3名、専門学校5名、そ

の他33名・合格者の内訳(現役生、延数): 国公立大学2名、私立大学

101名、短期大学3名、専門学校5名

とを懸念しています。ですから、ルーブリックからいく

つかの段階を経てCan-Doリストを紡ぎ出すという形で

作成し、定期考査やパフォーマンス評価に活用していま

す」(田中教頭)

  最 後 に学 校 ル ー ブ リ ッ ク の3 つ目 の「Creative

Thinking」の評価について、田中教頭は、「創造性につ

いて正答はありませんから、それを点数化して評価する

難しさを感じています」と語り、城野先生も「創造性や

成長の評価は客観性に欠けるとの指摘もありますが、ど

のような評価にもなにがしか主観は入りますし、生徒の

成長はその授業を担当する教員が最も良く理解していま

す。定期考査など時間に限りがある場面で評価するのは

難しい科目や単元もありますので、授業の中で評価する

方が適していると思いますが、手法はまだ模索中です」

と創造性の評価の難しさを話す。

 共学化以来、シラバスや授業、評価手法などについて、

実践しながら構築してきた三田国際学園中学校・高等学

校。田中教頭、城野先生ともに、「今後もさらなる改善を

重ね、教育目標である『発想の自由人』を育成していき

たい」と締めくくった。

変わる高校教育 第22回 高校における資質・能力の育成と学習評価

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多様な生徒が在籍する高校ならではの課題解決をめざす

 熊本市西部に立地する熊本県立熊本西高校は、1学年

普通科7クラス、普通科体育コース1クラス、理数科1

クラスが設置されている。普通科には各学年に2クラス

ずつ、特進クラスが設置され、2年次からは理系・文系

各1クラスずつに分かれる。クラス編成が示すように幅

広い学力層の生徒が在籍しており、進路も4年制大学を

中心としつつ、短期大学、専門学校、就職と多様である。

森山幹俊先生は、「本校のような高校は生徒の進路が多様

であるがゆえに、高校の教育改革、高大接続改革への対

応に難しさを感じています」と、課題を語る。

 特に大学入試については、推薦・AO入試による進学

を希望する生徒が7割程度、一般入試を受験する生徒が

3割程度いるため、教員はどちらの生徒にも対応しなけ

ればならない。「そうした中、教育委員会から国立教育政

策研究所の研究指定校の打診を受け、これを機に、これ

からの社会で必要な力であるとともに、大学入学者選抜

でも求められる論理的思考力の育成に、学校を挙げて取

り組むことになりました」(森山先生)

 研究事業推進体制としては、校内に、校長を筆頭とす

る研究推進委員会を設置して、研究の統括と、プロジェ

クトチーム・職員会議・各教科会への助言を行うことに

した。プロジェクトチームでは、教科別に研究内容の検

討および計画の立案を行った。さらに、職員会議と各教

科会、少人数の教員グループで、具体的な指導計画の立

案と実施、評価を担当した。校外からは、県の高校教育

課、県立教育センター、熊本大学から指導や助言を受け

るとともに、専門家を招聘して、アクティブ・ラーニン

グ(以下、AL)型授業やルーブリック等についての研修

を開催した。

 まず、同校では、全校生徒を対象とする「不足してい

ると思う力」等についての意識調査を行った。それらを

踏まえて、各教科で教員の話し合いを行い、論理的思考

力を「自分の考えを筋道立てて説明できる力」とし、そ

の上で、各教科で授業改善と論理的思考力を問う定期考

査の問題研究に取り組んだ。

大学のアドミッション・ポリシーを意識した記事選択で、大学と社会の関係を伝える

 授業改善について国語科の例を紹介しよう。全学年全

クラスで、森山先生が前任校から25年以上続けている

「今日の一読」を核に、論理的思考力を育成することにし

た。「今日の一読」は、森山先生が毎朝一般紙7紙に目を

通し、時折スポーツ新聞を含めて、1つ新聞記事を選ん

で、配布し、クラス全員で読む取り組みだ。

 「記事は、生徒に社会を知り、社会にある問題を考える

ために読んでもらいたいものを選んでいます。中でも、本

校の生徒が多く進学する大学のアドミッション・ポリ

シーの背景となっている社会現象を意識しています。生

徒には、こうしたことを伝え、社会と大学の勉強とのつ

ながりが意識できるようにしています」(森山先生)

 授業での記事の活用法は、学年やクラスにより異なる

が、森山先生の授業では、毎時間冒頭で生徒が記事を読

み、その後、指名された生徒が自分の意見を述べる、発

表した生徒の意見に対して別の生徒が意見を述べる、最

熊本県立熊本西高等学校

森山幹俊 先生

 熊本県立熊本西高等学校は、2017年度から2年間、国立教育政策研究所の「論理的思考」の教育課程研究指定校事業に指定され、「論理的思考力と表現力を育てるチーム西高としての組織的な取組に関する研究」という研究主題の下、論理的思考力を育成する授業や定期考査の作問研究に取り組んだ。その取り組みと成果・課題について、進路指導部主事で、研究推進委員会メンバーであった森山幹俊先生に、国語科の取り組みを中心に話を伺った。

新聞記事を読む「今日の一読」を核に読む力、書く力と論理的思考力を育成

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後に教員がコメントをする、とい

う方法を採っている。「例えば、

“ある飲料メーカーが、ゲリラ豪

雨が増えたことを受け、鉄道会社

と提携して駅の自動販売機の横に

企業名が入った傘を置き、貸し出

すサービスを始めた”という記事

を読みました。それをもとに、飲

料メーカーがアイデアを出して、

鉄道会社という他者との連携に

よって、人助けと宣伝を両立した

ことを話すとともに、大学入試で

も協働性として他者との連携や、

他者とお互いに知恵を出して工夫

して問題を解決することが求めら

れていることを伝えました」(森山

先生)

 また、記事を取り上げる場合、

思考力を問う問題として全学年全科目で必ず1題、「今日

の一読」で取り上げた記事と関連させた問題を出題する

ことにした。このために森山先生は、各学年の授業担当

者から各時期の単元・教材を聞き、その視点も踏まえて

記事を選んだ。定期考査問題は各学年で作成するが、記

事読解の問いに加え、教科書の文章と「今日の一読」の

記事を踏まえて意見を述べる記述式問題の解答字数を、

1・2年生は50字以上、3年生は大学入学共通テストの

国語の記述式問題の最も多い文字数と同程度の100 〜

125字程度とした。

 定期考査問題の例を紹介しよう。2018年度の3年生の

現代文の「日本語は非論理的か」という単元では、「今日

の一読」で取り上げたコミュニケーション力に関する記

事と関連させた問題を出題した。また、古典の韓非子の

法家思想の単元では、法律に関する新聞記事と関連させ

た問題を出題した。さらに資料やグラフを読み取る問題

として、企業が新入社員に求める力に関する調査結果の

グラフを掲載した新聞記事をもとに出題したこともある。

 ちなみに「今日の一読」については、他教科で、学級

日誌にその日のニュースについて書く欄を設け、「今日の

一読などを読んで思ったことを書きましょう」と書き添

えて活用している教員もいるなど、国語科以外の教科で

も活用されている。また、定期考査前や定期考査期間な

ど「今日の一読」が休みのときに「今日はないんですか」

<資料>熊本西高校「Self Check Note」

過去に取り上げた記事にも言及する。例えば、異常気象

に関して、 “北海道への台風直撃でジャガイモが被害を

受け、ポテトチップスが一部販売休止に追い込まれた”

という記事や、“さらなる地球温暖化に備えて暑さに強

い米の品種改良の研究が進んでいる”といった記事も

あったことに言及するほか、1つの現象だが多様な分野

が関連しており、幅広い知識を身につけることが大切だ

ということに気づくよう促している。

 今回の教育課程研究指定校事業では、国語科の教員全

員が「今日の一読」を活用したが、他の先生のクラスで

は授業の冒頭で「今日の一読」の記事についてグループ

で意見を交換させ、発表させるなど、それぞれ工夫した

授業を行ったという。

 その他の教科では、社会科と英語科による教科横断型

授業、地理での対話的な活動を通し、地図・資料・統計

の分析から地域社会を理解し地理的思考力を深める授業、

英語でのペアワーク等によって自分の考えを英語で表現

する活動などが行われた。

定期考査で、教材と関連する新聞記事をもとに論理的思考力を問う記述問題を出題

 教育課程研究指定校事業では、授業の改善のほか、定

期考査問題の研究にも取り組んだ。国語科では、論理的

変わる高校教育 第22回 高校における資質・能力の育成と学習評価

Kawaijuku Guideline 2019.7・8 23

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と聞いてくる生徒もいるなど、高校生活の一部として定

着している。「事業が終了した2019年度は、この取り組

みの定着に向け、教科会として改めて『今日の一読』の

活用法を考えているところです」(森山先生)

 

高校生活を記録するノートに新聞記事の批評欄を設け読むこと、書くことへの抵抗感の払拭をめざす

 生徒の記述力向上のために、定期考査での工夫のほか、

1日の活動を記録する「Self Check Note」を活用し

た取り組みも行っている。「Self Check Note」を1人1

冊配布して、その日のニュースや学習時間などを記入さ

せていた。論理的思考力の育成には、社会に目を向ける

ことや、自分の考えを文章として表現することが大切、と

いう認識をもと、2019年度から形式を改訂した。記入す

る項目は<資料>にあるように、毎日、新聞やインター

ネットなどで見たニュースの見出しを記入し、週の終わ

りにその中から1つニュースを選んで、120字程度で批

評を書く欄を設けた。書く内容については「感想不可」

と明記して、論理的に批評する力をつけようとしている。

 感想、質問などを自由に書くスペースもあるが、これ

について森山先生は「担任がコメントを返すことが大切

で、それがないと、生徒は本音や相談ごとを書かなくな

ります」と指摘する。「私が担任をもっていた時には、返

却時に書かれた事柄について感想を伝えるなど、生徒と

のコミュニケーションの材料としていました」

熊本県立熊本西高等学校

◇所在地:熊本県熊本市西区城山大塘5-5-15

◇沿革:1975(昭和50)年 開校1986(昭和61)年 理数科1クラスを設置1991(平成3)年  普通科内に体育コース1クラスを設置

◇学級編成:各学年普通科8クラス(うち体育コース1クラス)、理数科1クラス

◇生徒数:1,040名(男子599名、女子441名)(2019年6月現在)

◇特色:清・明・和の校訓のもと、文武両道の教育を行っている。なぎなた、女子柔道、陸上、水泳、ラグビー、ウエイトリフティングをはじめ部活動が盛んで、2019年第91回選抜高校野球では、野球部が21世紀枠での出場を果たした。2020年東京オリンピック・パラリンピック教育推進校にも認定されている。

◇卒業生の進路:卒業生316名(2019年3月)・進路:4年制大学178名、短期大学・準大学15名、高等看護

学校17名、専門学校73名、就職26名、その他7名・合格者の内訳(現役生、延数): 国公立大学25名、私立大学

236名、短期大学17名など

 今後の課題として、森山先生は、対

話的な授業を導入する際には、生徒に

話し合う学習態度が身についていない

まま行うとうまくいかない場合がある

こと、対話的な授業を実施するには一

定の教員の力量が必要だが、その力量

を一朝一夕に身につけるのは難しいこ

とを挙げる。

 ただし、そうした場合でも、まず日々

新聞記事のような文章に触れて読む、

それを通して社会と高校や大学での勉

強のつながりを知る、短い文章から始

め、論理的な文章を書く、という練習

の積み重ねが、生徒の論理的思考力の

着実な成長につながるといえる。

 一連の取り組みの結果、文章を読み、書くこと自体が

苦手だった生徒も、少しずつ読むこと、書くことに対す

る抵抗感が薄れ、「自分の考えを筋道立てて説明できる」

生徒の割合が着実に増えてきている<グラフ>。授業の

振り返りでも「以前より書けるようになったことが嬉し

い」といったコメントが増えたという。また「教科が

違っても学んだことは活かせるとわかった」などの意見

も多くあり、教科横断的な視点をもって、物事を見る力

の育成につながっている。

<グラフ>「自分の考えを筋道立てて説明できる」生徒の割合の推移

0% 20% 40% 60% 80% 100%

■当てはまる ■どちらかといえば当てはまる  ■どちらかといえば当てはまらない ■当てはまらない

2017年4月

7月

12月

2018年4月

7月

12月

11 45 38 6

13 44 36 7

13 44 37 6

14 45 37 4

17 44 34 5

21 44 31 4

2017、2018 年度生徒対象の授業アンケートより

Kawaijuku Guideline 2019.7・824