第1ユニット報告(1) 国際井上円了研究について - Toyo...

3
9 国際哲学研究4号 2015 第1ユニット報告(1) 国際井上円了研究について 三浦 節夫 1 井上円了研究の「これまで」 「明治青年の第 2 世代」の代表者の一人である井上円了に関する研究は、日本社会が大転換した戦後になっても 本格的な取り組みはなかった。この間に関する経過について、筆者はすでに「井上円了に関する研究史」 (1) とし て発表したことがある。そのため、詳細はそちらを参照していただくとして、ここでは簡潔に述べることとした い。 円了は安政 5 年(1858)に生まれ、大正 8 年(1919)に中国・大連での講演中に倒れて客死した。関係者はその 急死に驚いたが、6 月 6 日の死去から 3 ヶ月後の 9 月 4 日に『井上円了先生』という追悼集を刊行した (2) 。そのた めに、同書の多くは円了の関係者の追悼文であったが、「井上円了先生行状一斑」、「甫水井上円了先生譜略」、「井 上博士著作目録」、「井上円了博士全国巡回講演統計」、「井上円了博士巡講踏跡図」という生涯と著作についてのま とめが掲載されている。これが、井上円了に関する初めての研究であった。 その後、円了が創立した東洋大学では、昭和 12 年(1937)に『東洋大学創立五十年史』が出版されたが、すで に時代は戦争体制にあり、そのいわゆる「時局」の観点から円了の思想が執筆されたものであり、生涯についても とくに資料にもとづいて書かれていなかった。戦後になり、東洋大学は昭和 42 年(1967)に『東洋大学八十年史』 を出版したが、円了の生涯と思想については五十年史の枠組みと大きく異なるものではなく、ほぼ踏襲した内容に とどまっていた。昭和 31 年(1955)に「学祖研究室」が設立されたが(戦時下から創立者の円了を「学祖」と呼 ぶようになった)、「学祖研究室は当初は意欲的で勢いもありましたが、やがてしりすぼみになっていったというの が、当時の状況ではなかったかと思います。」、「学祖研究室の時代というのは客観研究という段階ではなく、学祖 への関心の種を蒔こうとしたものであったと思います。七十周年記念事業のために設立されたものですから、その 中からいろいろな事業の企画は生まれたのですが、学祖に関する研究というにはほど遠かったように思います」と 言われている (3) その他、戦後には、哲学、仏教、妖怪学の分野から専門家が部分的に取り上げる程度で、それらの記述の基礎 は、大正 8 年の追悼集の『井上円了先生』を使ったものであった。つまり、戦後になっても、円了の客観的学術的 研究は行われず、死去後に出版された『井上円了先生』が基本データになっているという状態であった。 戦後、東洋大学は戦前の文化系単科大学から複数の学部を擁する総合大学となり、創立者の建学の精神が薄れて いくという状況であった (4) 。その後、昭和 42 年(1967)から昭和 52 年(1977)までの「大学紛争」を経験した 東洋大学は、その間から大学再建のために、新しい「大学のあり方」を精神的物質的にも追求しなければならない という問題意識を部分的に持つようになった。 こうした問題意識から、昭和 53 年(1978)に「井上円了研究会」という研究プロジェクトが設立された。この 研究会は三つの部会から構成され、第 1 部会は仏教、インド哲学、第 2 部会は西洋思想、第 3 部会は社会学、哲学 の関係者で、「井上円了研究」を取り組むことになった。研究費は大学が設立した「井上円了記念学術振興基金」 から、毎年 1,000 万円、10 年間で 1 億円が提供されることになった。当時の東洋大学としては破格の研究資金で あった(この他に、「井上円了の書」研究グループも設立され、5 冊の研究成果を発表している。また、東洋大学 100年史の編纂も始められた)。 全体シンポジウム

Transcript of 第1ユニット報告(1) 国際井上円了研究について - Toyo...

  • 9国際哲学研究4号 2015

    第1ユニット報告(1)国際井上円了研究について

    三浦 節夫

    1 井上円了研究の「これまで」

     「明治青年の第 2 世代」の代表者の一人である井上円了に関する研究は、日本社会が大転換した戦後になっても

    本格的な取り組みはなかった。この間に関する経過について、筆者はすでに「井上円了に関する研究史」(1)とし

    て発表したことがある。そのため、詳細はそちらを参照していただくとして、ここでは簡潔に述べることとした

    い。

     円了は安政 5 年(1858)に生まれ、大正 8 年(1919)に中国・大連での講演中に倒れて客死した。関係者はその

    急死に驚いたが、6 月 6 日の死去から 3 ヶ月後の 9 月 4 日に『井上円了先生』という追悼集を刊行した(2)。そのた

    めに、同書の多くは円了の関係者の追悼文であったが、「井上円了先生行状一斑」、「甫水井上円了先生譜略」、「井

    上博士著作目録」、「井上円了博士全国巡回講演統計」、「井上円了博士巡講踏跡図」という生涯と著作についてのま

    とめが掲載されている。これが、井上円了に関する初めての研究であった。

     その後、円了が創立した東洋大学では、昭和 12 年(1937)に『東洋大学創立五十年史』が出版されたが、すで

    に時代は戦争体制にあり、そのいわゆる「時局」の観点から円了の思想が執筆されたものであり、生涯についても

    とくに資料にもとづいて書かれていなかった。戦後になり、東洋大学は昭和 42 年(1967)に『東洋大学八十年史』

    を出版したが、円了の生涯と思想については五十年史の枠組みと大きく異なるものではなく、ほぼ踏襲した内容に

    とどまっていた。昭和 31 年(1955)に「学祖研究室」が設立されたが(戦時下から創立者の円了を「学祖」と呼

    ぶようになった)、「学祖研究室は当初は意欲的で勢いもありましたが、やがてしりすぼみになっていったというの

    が、当時の状況ではなかったかと思います。」、「学祖研究室の時代というのは客観研究という段階ではなく、学祖

    への関心の種を蒔こうとしたものであったと思います。七十周年記念事業のために設立されたものですから、その

    中からいろいろな事業の企画は生まれたのですが、学祖に関する研究というにはほど遠かったように思います」と

    言われている(3)。

     その他、戦後には、哲学、仏教、妖怪学の分野から専門家が部分的に取り上げる程度で、それらの記述の基礎

    は、大正 8 年の追悼集の『井上円了先生』を使ったものであった。つまり、戦後になっても、円了の客観的学術的

    研究は行われず、死去後に出版された『井上円了先生』が基本データになっているという状態であった。

     戦後、東洋大学は戦前の文化系単科大学から複数の学部を擁する総合大学となり、創立者の建学の精神が薄れて

    いくという状況であった(4)。その後、昭和 42 年(1967)から昭和 52 年(1977)までの「大学紛争」を経験した

    東洋大学は、その間から大学再建のために、新しい「大学のあり方」を精神的物質的にも追求しなければならない

    という問題意識を部分的に持つようになった。

     こうした問題意識から、昭和 53 年(1978)に「井上円了研究会」という研究プロジェクトが設立された。この

    研究会は三つの部会から構成され、第 1 部会は仏教、インド哲学、第 2 部会は西洋思想、第 3 部会は社会学、哲学

    の関係者で、「井上円了研究」を取り組むことになった。研究費は大学が設立した「井上円了記念学術振興基金」

    から、毎年 1,000 万円、10 年間で 1 億円が提供されることになった。当時の東洋大学としては破格の研究資金で

    あった(この他に、「井上円了の書」研究グループも設立され、5 冊の研究成果を発表している。また、東洋大学

    100 年史の編纂も始められた)。

    全体シンポジウム

  • 10 全体シンポジウム「国際化とは何をすることなのか~東洋大学国際哲学研究センターの「これまでとこれから」~」

     この 10 年間で、主に活動したのは第 3 部会で、高木宏夫(社会学)と飯島宗享(哲学)がリーダーとなって、

    基本資料の収集と公開、現地調査、個人研究、総合研究を展開した。第 3 部会の業績として、機関紙『井上円了研

    究』第 1 号─第 6 号、『井上円了研究』資料集第 1 冊─第 3 冊、『井上円了関係文献年表』、『井上円了の思想と行

    動』が研究成果として出版された。これによって、井上円了研究の客観的学術的基礎は形成された(第 1 部会から

    『井上円了の学理思想』、第 2 部会から『井上円了と西洋思想』がそれぞれ 1 冊出版された)。

     このような成果を踏まえて、東洋大学は昭和 62 年(1987)に創立 100 周年を迎えた。その記念事業として、『井

    上円了の教育理念─新しい建学の精神を求めて』と『井上円了選集』第 1 巻─第 3 巻が刊行された。とくに新書版

    で書き下ろしされた『井上円了の教育理念』は、円了の生涯と建学の歴史をまとめたもので、学内外に配布され

    て、新たな「井上円了像」を印象づけたと評価され、現在でも大学の新入生に配布されて、「井上円了の入門書」

    と位置づけられている。

     その後、東洋大学は平成 2 年(1989)に、「井上円了研究」を恒常的機関として法人立の「井上円了記念学術セ

    ンター」を設立した(5)。このセンターでは、機関紙『井上円了センター年報』が刊行され、また『井上円了選集』

    全 25 巻、『東洋大学百年史』を出版した。このような研究活動により、内外から新しい「井上円了研究」が発信さ

    れるようになった(「井上円了記念学術センター」は平成 26 年(2014)3 月で廃止され、新たに教学立の「東洋大

    学付属井上円了研究センター」が新設され、「井上円了研究」は継続されることになった)。

    2 「井上円了研究」の「これから」

     すでに述べたように、東洋大学よる客観的学術的な「井上円了研究」はすでに 35 年以上の歴史を持つように

    なった。そして、平成 24 年(2012)9 月に、国際哲学研究センター内に、「国際井上円了学会」が設立され、「井

    上円了研究の国際化」が取り組まれることになった。初代会長の竹村牧男(東洋大学学長)は、「これまでの大学

    内の井上円了研究から国際的な井上円了研究に発展させるには、より客観的学術的な研究が求められる。その中に

    は、批判的な「井上円了研究」も含まれるが、これらの問題提起を受け止めて、新しい国際的な「井上円了研究」

    を進めなければならない」と述べている。この研究の国際化はまだ始まったばかりであるが、海外研究集会、学術

    大会、機関誌『国際井上円了研究』の刊行を柱とした活動が行われている。すでに、中国の王青、台湾の佐藤将

    之、 ア メ リ カ の Greon Kopf、William Bodiford、John Maraldo、 フ ラ ン ス の Frédéric Girard、Eddy

    Dufourmont、メキシコの Agustin Jacinto Zavala、ドイツの Rainer Schulzer などの研究発表があり、新たな研究

    視点が提起されるようになった。今後もグローバルな視点から「井上円了研究」がなされることになるであろう。

    東洋大学内の井上円了研究センターの活動とこの「国際井上円了学会」の活動が両輪となって、世界的に広がって

    いくことが期待されている。

    1 拙稿「井上円了に関する研究史」(『国際哲学研究』1 号、2012 年)95-99 頁。2 『井上円了先生』東洋大学校友会、大正 8 年 9 月。3 天野才八「学祖研究室について」(『井上円了研究』第 7 号、1997 年)153-159 頁。4 拙稿「東洋大学おける「建学の精神」継承の問題点」(『井上円了の思想と行動』東洋大学、1987 年)193-238 頁。5 拙稿「東洋大学井上円了記念学術センター」(全国大学史資料協議会編『日本の大学アーカイヴズ』、2005 年)参照。

  • 執筆者一覧(五十音順)

    国際哲学研究 4号

    石原 悠子 コペンハーゲン大学主観性研究センター博士課程一色 大悟 東京大学大学院人文社会系研究科特任研究員岩井 昌悟 東洋大学文学部准教授江藤  匠 東洋大学非常勤講師大西 克智 熊本大学文学部准教授オバーグ、アンドリュー 東洋大学国際地域学部講師金子 智太郎 東京芸術大学助教姜  文善 東国大学校仏教学部教授佐藤  厚 専修大学特任教授ジーク、ウルリッヒ マールブルク大学教授白井 雅人 東洋大学国際哲学研究センター研究助手ジラール、フレデリック フランス東方学院教授ソーニー、ルゥイトガード インスブルック竹中 久留美 東洋大学大学院文学研究科哲学専攻 博士後期課程竹村 牧男 東洋大学長永井  晋 東洋大学文学部教授藤井 千佳世 日本学術振興会特別研究員堀内 俊郎 東洋大学国際哲学研究センター研究助手沼田 一郎 東洋大学文学部教授三浦 節夫 東洋大学ライフデザイン学部教授宮本 久義 東洋大学文学部教授武藤 伸司 東洋大学国際哲学研究センター研究助手村上 勝三 東洋大学文学部教授モロー、ピエール = フランソワ フランス高等師範学校リヨン校教授渡辺 章悟 東洋大学文学部教授渡辺 博之 東洋大学非常勤講師

    2015 年 3 月 31 日発行

    *本書は、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の一環として刊行されました。

    編 集

    発行者

    印刷所

    東洋大学国際哲学研究センター運営委員会

    (菊地章太(編集委員長)、伊吹敦、大野岳史)

    東洋大学国際哲学研究センター(代表 センター長 村上勝三)

    〒112-8606 東京都文京区白山 5-28-20 東洋大学 6 号館 4 階 60466 室

    電話・FAX:03-3945-4209

    E-mail : [email protected]

    URL : http://www.toyo.ac.jp/rc/ircp/

    株式会社さとう印刷社