第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項...

18
1 第 15 章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1) 15.1 化学反応に対する磁場効果 私(著者の林久治)は 2002 年3月に理研を退職した。その後、2006 年に私は Magnetic field effects and CIDEP due to the d-type triplet mechanism in intra-molecular reactions」と題する解説を理研の坂口喜生博士と共同で発表した[1]。 [1]H. Hayashi and Y. Sakaguchi, Journal of Photochemistry and Photobiology C: Photochemistry Reviews, 6 (2005) 25–36. 解説[1]の最初で、林と坂口は、化学反応に対する磁場効果とそれに関連する 研究の歴史を紹介した。以下にその内容を年代順に簡単に紹介する。 1963 年:Fessenden らは CIDEP(和訳は化学誘起動的電子分極)を検出した。 1965 年:林久治・伊藤公一・長倉三郎は栗田雄喜生博士が測定したラジカル対ESR スペクトルに異常があることを発見した。林らはラジカル対機構を開発し、 この異常をラジカル対機構で理論的に解明した。(その詳細は次ぎのサイトをご 覧下さいスピン化学事始/f 1967 年:Bargon らと Ward らは独立に CIDNP(和訳は化学誘起動的核分極)を検出 した。しかし、CIDEP CIDNP の原因は未解決であった。 1969 年:Closs らと Kaptein らは独立に CIDNP がラジカル対機構で説明されること を発見した。同様に、CIDEP もラジカル対機構で説明された。 1976 年:林らはラジカル対を経由する反応が磁場効果を示すことを発見し、この磁 場効果をラジカル対機構で定量的に説明した。 1979 年:Steiner らは三重項エクサイプレックスを経由する反応で、d-型三重項機 による磁場効果を発見。なお、次節で d-型三重項機構を解説する。 1987 年:Serebrennikov と Minaev は d-型三重項機構による磁場効果と CIDEP を説 明するエレガントな論文を発表[2]。 [2]Yu. A. Serebrennov and B. F. Minaev, Chemical Physics, 114(1987)359-367. 1994 年:手老らは三重項エクサイプレックスを経由する反応で CIDEP を検出。 1995 年:坂口と林は triphenulphosphine の光分解反応で、磁場効果と CIDEP を検 出し、これらを d-型三重項機構で説明した。 本章では、密度行列ウィグナ-・エッカルト定理(今後は簡単のために W-E 定理と記載する)を用いて、論文[2]を解説する。 15.2 ラジカル対と三重項状態 次ページの図 15.2.1 で示すように、化学結合(X―Y)は原子Xに属する電子と 原子Yに属する電子が形成する結合性電子軌道(―)に、2ケの電子が互いのスピ ンを逆にして(↑と↓)入ることにより形成される。従って、1ケの化学結合の中 の2ケの電子は一重項状態である。このような化学結合を何らかの方法(例えば、 熱、光、放射線など)で切断すると、ラジカルX・とラジカルY・が対となって生 成する。このようにして生成したラジカル対(X・ Y・)は一重項状態であるの

Transcript of 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項...

Page 1: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

1

第 15 章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

15.1 化学反応に対する磁場効果

私(著者の林久治)は 2002 年3月に理研を退職した。その後、2006 年に私は

「Magnetic field effects and CIDEP due to the d-type triplet mechanism in intra-molecular reactions」と題する解説を理研の坂口喜生博士と共同で発表した[1]。 [1]H. Hayashi and Y. Sakaguchi, Journal of Photochemistry and Photobiology C: Photochemistry Reviews, 6 (2005) 25–36. 解説[1]の最初で、林と坂口は、化学反応に対する磁場効果とそれに関連する

研究の歴史を紹介した。以下にその内容を年代順に簡単に紹介する。 1963 年:Fessenden らは CIDEP(和訳は化学誘起動的電子分極)を検出した。 1965 年:林久治・伊藤公一・長倉三郎は栗田雄喜生博士が測定したラジカル対の

ESR スペクトルに異常があることを発見した。林らはラジカル対機構を開発し、

この異常をラジカル対機構で理論的に解明した。(その詳細は次ぎのサイトをご

覧下さいスピン化学事始/f)

1967 年:Bargon らと Ward らは独立に CIDNP(和訳は化学誘起動的核分極)を検出

した。しかし、CIDEP と CIDNP の原因は未解決であった。 1969 年:Closs らと Kaptein らは独立に CIDNP がラジカル対機構で説明されること

を発見した。同様に、CIDEP もラジカル対機構で説明された。 1976 年:林らはラジカル対を経由する反応が磁場効果を示すことを発見し、この磁

場効果をラジカル対機構で定量的に説明した。 1979 年:Steiner らは三重項エクサイプレックスを経由する反応で、d-型三重項機

構による磁場効果を発見。なお、次節で d-型三重項機構を解説する。

1987 年:Serebrennikov と Minaev は d-型三重項機構による磁場効果と CIDEP を説

明するエレガントな論文を発表[2]。 [2]Yu. A. Serebrennov and B. F. Minaev, Chemical Physics, 114(1987)359-367. 1994 年:手老らは三重項エクサイプレックスを経由する反応で CIDEP を検出。

1995 年:坂口と林は triphenulphosphine の光分解反応で、磁場効果と CIDEP を検

出し、これらを d-型三重項機構で説明した。

本章では、密度行列とウィグナ-・エッカルト定理(今後は簡単のために W-E定理と記載する)を用いて、論文[2]を解説する。 15.2 ラジカル対と三重項状態

次ページの図 15.2.1 で示すように、化学結合(X―Y)は原子Xに属する電子と原子Yに属する電子が形成する結合性電子軌道(―)に、2ケの電子が互いのスピンを逆にして(↑と↓)入ることにより形成される。従って、1ケの化学結合の中の2ケの電子は一重項状態である。このような化学結合を何らかの方法(例えば、熱、光、放射線など)で切断すると、ラジカルX・とラジカルY・が対となって生成する。このようにして生成したラジカル対(X・ Y・)は一重項状態であるの

Page 2: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

2

で、一重項ラジカル対と呼ばれる。室温の溶液中で生成した一重項ラジカル対は溶液かご内に暫く(通常は、数ナノ秒の間)滞在している。溶媒かご内の2ケのラジカル(X・とY・)は溶媒に溶け出して、散逸ラジカル(Free Radical とも云う)となる。

一重項ラジカル対内の2ケのラジカル(X・とY・:図 15.2.1 では作図技術の都合でX↑とY↓と記載した)は溶媒に溶け出す前に、再結合を起こして元の化学結合に戻ったり(Cage Recombination とも云う)、スピンが反転して三重項ラジカル対に変化したりする。林らはこのスピン反転速度が外部磁場により変化することを発見した。これが、ラジカル対機構である。

図 15.2.1 化学結合の切断とラジカル対の生成

化学で対象とする化学種(分子やイオン)は複数の原子が化学結合で化合物を形成している。従って、それらの殆どは室温では基底一重項状態にある(例外的に、酸素分子の基底状態は三重項状態である)。化学の本や論文の多くは基底一重項状態のことをS0 と表すので、本解説でもそのように記載する。図 15.2.2 で示すように、S0 状態に光を照射すると、最低励起一重項状態(S1)を生成することができる。S1 状態では、結合性電子軌道から電子が1ケ非結合性電子軌道に励起されるが、電子スピンの一重項状態は保存される。

図 15.2.2 化学種のS0状態、S1状態および、T1状態

S0

S1

T1

反応

スピン反転

光励起

蛍光

燐光 反応

無放射 失活 無放射

失活

化学結合の切断 スピン反転

X↑↓Y → 1[X↑ ↓Y] → 3[X↑ ↑Y] 化学結合 一重項ラジカル対 三重項ラジカル対

Page 3: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

3

Py Py kT

kT k–y

S1 状態に励起された化学種は図 15.2.2 に示すように、次ぎの諸過程により余剰エネルギーを失う。①蛍光を放射してS0 状態に戻る。②分子振動にエネルギーを配分して、無照射でS0 状態に戻る。③化学反応を起こし、異なる化学種に変化する。④励起状態のスピンを反転してT1 状態に変化する(この過程を、項間交差とも呼ぶ)。 以上のようにして、T1 状態に励起された化学種が生成される場合が少なからずあ

る。T1 状態は励起状態では最低のエネルギーを持ち、S0 状態とはスピン状態が異なる。従って、T1 状態は比較的に長寿命である(数秒の寿命を持つ場合もある)。T1 状態に励起された化学種は図 15.2.2 に示すように、次ぎの諸過程により余剰エネルギーを失う。①燐光を放射してS0 状態に戻る。②分子振動にエネルギーを配分して、無照射でS0状態に戻る。③化学反応を起こし、異なる化学種に変化する。

T1 状態は 1S の状態である。外部磁場がない場合でも、T1 状態は2ケの電子スピンのため3ケの準位( zyx ,, )に分裂している。この分裂をゼロ磁場分裂(ZFS, zero-field-splitting の略)と呼ぶ。この時、3ケの準位のエネルギー(X,Y,Z)次式で表される。 3/2,3/,3/ DZEDYEDX (15.2.1)

なお、T1状態の ZFS の説明を記載することは、本解説では長くなるので省略する。読者は必要に応じて「ESR の教科書」などで勉強して下さい。本解説では、T1 状態の ZFS が(15.2.1)式で表されることを一応認めていただいて、次に進みます。

(a) p-type TM (b) d-type TM

Triplet Polarization

Px Px k–

x

X = D/3 – E Y = D/3 + E Pz Pz Z = –2D/3 kT k–

z 図 15.2.3 T1状態の ZFS(ゼロ磁場分裂)と3準位の生成速度(Px, Py,および Pz)と消滅速度( kT,k–

x,k–

y ,および k–z)。

Page 4: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

4

T1状態の生成速度と消滅速度に関して、図 15.2.2 に示すように、2つの典型的

な型がある。その一つは p-型三重項機構であり、もう一つは d-型三重項機構であ

る。p-型三重項機構は Population type triplet mechanism (p-type TM)の訳で、図 15.2.2

(a)に示すように、3準位の生成速度(Px, Py,および Pz)は異なるが、消滅速度

( kT)は同一である。この場合は、第2周期元素(C,N,O,F など)を含む化学種の

T1 状態に対応しており、3準位の生成速度はスピンー軌道相互作用により異なるが、

3準位の消滅速度は反応などにより同一になる場合である。一方、d-型三重項機構

は Depopulation type triplet mechanism (d-type TM) の訳で、図 15.2.2 (b)に示すよう

に、3準位の生成速度(Px = Py = Pz)は同一であるが、3準位の消滅速度( k–x,k–

y ,および k–z)もスピンー軌道相互作用により異なる場合である。この場合は、第

3周期元素以上の重原子を含む化学種に適用できる。 本章では、T1状態の d-型三重項機構による化学反応の磁場効果と CIDEP の出現

機構を解説する。化学反応において、磁場効果や CIDEP を観測するためには、反応

容器を静磁場 B の中に置いて実験する。図 15.2.4 に示すように、静磁場の方向を

z’とすると、z’-軸に垂直に x’-軸と y’-軸を定義する。x’y’z’-座標系が実験室系である。

各々のT1状態における分子内座標系を xyz-座標系とすると、xyz-座標系は x’y’z’-座標系を立体角Ωだけ回転した位置にある。T1状態における分子内座標は実験室系で

自由回転しているので、立体角は時間により変化している。図 15.2.4 に示すように、

xyz-座標系から x’y’z’-座標系を見た立体角ΩをΩtと書くこととする。

私(林久治)の以前の解説「基礎から学ぶスピン化学」の第4章(スピン化学第

4章/f)で、次ぎのように解説した。 1種類の電子スピンが多数存在し、お互いに相互作用がない場合を考えてみよう。

均一磁場(B)存在下で、このような電子スピン1個のハミルトニアン( SH )は、

(4.4.1)式と (4.4.2)式より、次式で与えられる。

SH g B ( S / ħ) • B (4.4.4)

x’-軸

y’-軸

z’-軸

x-軸

y-軸

z-軸

B

Ωt

図 15.2.4 実験室系(x’y’z’-座標系)と分子内座標系(xyz-座標系)。外部

磁場Bは z’-軸の方向を向いている。立体角Ωtは時間により変化している。

原点O

Page 5: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

5

ここで、電子スピンの g - 値は、電子の存在する化学的環境で決定される。磁場の方

向を z-軸とすると、(4.4.4)式は、次のように書き換えられる。

SH g B ( zS / ħ) B (4.4.5)

本章(15 章)では、記載を簡単にするために、演算子 ˆ を と省略して記載し、

1とする単位系を便宜上採用する。磁場中のT1状態のハミルトニアンH は、ゼ

ーマン項 0H と時間に依存するスピン-スピン相互作用の項 )(1 tH との和となる

)(10 tHHH (14.4.1)

上の(4.4.4)式と(4.4.5)式より、磁場中のT1状態のハミルトニアンH は

0H g B S • B = g B zS B = )( BgS BBzB (15.2.2)

と表現される。ここで、T1状態の g-値は、簡単のために等方的であるとする。

解説「基礎から学ぶスピン化学」の第4章(スピン化学第4章/f)で、T1状態の

0H に対する固有関数 SMS, は次式で与えられる。

211,1 SMS (4.2.26a)

)(2

10,1 2121SMS (4.2.26b)

211,1 SMS (4.2.26c)

本章(15 章)では、簡単のために SMS, を m と記載する。

)1,0,1(,, mMSm S (15.2.3)

(15.2.2)式と(15.2.3)式により、 m の 0H に対する固有値 mE は

0H Bmm mEmEm , (15.2.4)

となる。 解説「基礎から学ぶスピン化学」の第6章(スピン化学第6章/f)で、2ケの電子ス

ピン( 1S と 2S )のスピンースピン相互作用 SSH は次式で与えられることを示した。

221

213

220 ))((34 rrg

H eeSS

rSrSSS (6.2.24)

ここで、 1とする単位系を採用しているので、γe = e / ( 2 me )= B = e / (2 me ) である。 「ESR の教科書」によれば、T1状態では2ケの電子スピン間に(6.2.24)式で表さ

れるスピンースピン相互作用 SSH があれば、T1状態における ZFS のハミルトニアン

)0( tZFSH は次式で表すことができる。

2222 ()3/()0( yxztZFS SSESSDH (15.2.5)

上式における xyz-座標系は分子内座標系を表し、実験室系である x’y’z’-座標系は立

体角Ωtで自由回転していると考えることが出来る。そういう意味で、 )( tZFSH が

Page 6: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

6

(14.4.1)式の )(1 tH に対応する。(なお、各々のT1状態の併進運動は本章の問題

には関係しないので、本章では考慮しない。) )(1 tH = )( tZFSH (15.2.6)

なお、 )( tZFSH の時間平均はゼロになるので、 0H に対して小さな摂動項と考えて

よい。

15.3 三重項状態の密度行列

14 章の「14.6 ランダム系における密度行列」で、 0t におけるNケの密度行列

の対角要素がゼロでない系の密度行列を求めた。

)(0)0()0( 1*

Nmmkkkkk (14.6.1a)

)(0)0()0(* nmnmnm (14.6.1b)

上式のような初期条件では、次式が近似的に成立する。

ktkRmtmdtd

kmk )()( ** , ktkRmtm

dtd

kmk )()( (14.6.12)

本節では、T1 状態に上式を適用して、 kk )0( から mtm )( を求める。今後は、

簡単のために行列要素と時間微分を次ぎのように略記する。

,)()( ntmtmn (15.3.1)

ntmdtdtmn )()( (15.3.2)

T1状態における 0H に対する固有関数と固有値を

)1,0,1(,, mMSm S (15.2.3)

0H Bmm mEmEm , (15.2.4)

と記載し、その密度行列の対角要素( )(),(),( 110011 ttt )を(14.6.12b)式より

求める式は、次ぎのようになる。

)()()(

)()()(

11

00

11

111011

100001

111011

11

00

11

ttt

RRRRRRRRR

ttt

(15.3.3)

次に、( )(),(),( 110011 ttt )を次のように変換して、( )(),(),( 321 tXtXtX )を

求める。

)()()()( 1100111 ttttX (15.3.4a)

)()()( 11112 tttX (15.3.4b)

)()( 003 ttX (15.3.4c)

上式において、 )(1 tX はT1状態の総量の時間変化であり、 )(2 tX は電子スピンの分極

(即ち、CIDEP 強度)であると考えることができる。 )(3 tX は変換( X )後の

第3番目の基底である。

Page 7: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

7

(15.3.3)式と(15.3.4)式を用いて、( )(),(),( 321 tXtXtX )は次ぎのように表

すことができる。

)()()(

)()()(

3

2

1

333231

232221

131211

3

2

1

tXtXtX

AAAAAAAAA

tXtXtX

(15.3.5)

もちろん、 ijA は mkR を用いて表すことができる。しかし、その解を求めることは後

回しにして、「 ijA が分かった」と仮定して論文[2]の方針を先に説明しよう。

ただし、( )(),(),( 110011 ttt )の初期条件は、次ぎの通りである。

3/1)0(),0(,)0( 110011 (15.3.6)

従って、( )(),(),( 321 tXtXtX )の初期条件は次ぎのようになる。

3/1)0(,0)0(,1)0( 321 XXX (15.3.7)

(15.3.5)式の両辺を積分すると、次式が得られる。

t

jj

ijii tdtXAXtX0

)()0()( (15.3.8)

T1 状態の寿命を T とすると、上式において Tt では 0)(tX i となる。従って、

Tt では t と置いてもよいので、次式が得られる。

0

)()0(0)0()( tdtXAXXX jj

ijiii (15.3.9)

一方、ラプラス変換は次ぎのように定義される。

0

)exp()()( dtisttXsX L (15.3.10)

従って、(15.3.9)式の右辺の積分は次ぎのように書き直すことができる。

)0(sX Lj

0

)( tdtX j (15.3.11)

(15.3.9)式と(15.3.11)式より、次式が得られる。

)0()0( ij

Ljij XXA (15.3.12)

上式より、 ijA の値が得られていれば、 )3,2,1(),0( jX Lj の値が求まることにな

る。密度行列法で特徴的なことは、 )(tmn の値を総て求めなくても、 )0(LjX の値を

求めるだけで、知りたい問題を解決できることである。従って、次節からは、本系

における ijA の値を求める手法を解説する。その前に、解説を少し加える。

今回の知りたい問題は、反応収量の磁場効果と電子スピンの分極(即ち、CIDEP強度)である。磁場存在下の反応収量を )(B と書くと、反応生成物はT1 状態から

生じるので、 )(B は )(1 tX の時間積分に比例する。

Page 8: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

8

CB)( )0,()( 10

1 sBXCdttX L (15.3.13)

上式で、比例定数をCと書き、磁場存在下における )0(LjX の値を )0,( sBX L

j と書い

た。反応収量 )(B の磁場効果 )(B を、次式で定義する。

)0(

)0()()( BB (15.3.14)

すると、磁場効果 )(B は(15.3.13)式と(15.3.14)式を用いて、

)0,0(

)0,0()0,()(1

11

sBXsBXsBXB L

LL

(15.3.15)

と表すことができる。 同様にして、CIDEP 強度Pは )(2 tX の時間積分に比例するので、

CBP )( )0,()( 20

2 sBXCdttX L (15.3.16)

となる。ここで、C は比例定数である。CIDEP 強度Pの絶対値を測定することは事

実上は困難で、また化学的にも意味がない。CIDEP 測定で重要な点は、各々のスペ

クトルの相対強度と、信号の位相が発光的( 0P )か吸収的( 0P )かである。

従って、 )0,(2 sBX L の値が求められれば充分である。

図 15.3.1 CIDEP スペクトルの例(坂口と林が測定)。本スペクトルでは、ラジカ

ル a とラジュカル b の吸収信号(Abs.)が観測されている。詳細は、解説[1]を参照

して下さい。

Page 9: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

9

15.4 A行列を求める(その1)

次節からは、本系におけるAの行列要素( ijA の値)を求める手法を解説する。A

行列は、(15.3.5)式により定義されている。A行列は、(15.3.3)式により定義

されているR行列から求められる。従って、本系におけるR行列を(14.6.12)式を

用いて求める。(ただし、本章では 1とする単位系を用いている。)

mtmdtdmtm

dtd )(ˆ)(ˆ *

k

kmmk diG )(exp)( mtm )(ˆ *

k

kmmk diG )(exp)( ktk )(ˆ * (14.6.12)

なお、 )(mkG は(14.5.7)式で次ぎのように定義されている。

mtHkktHmGmk )()()( 11 (14.5.7)

上記の(14.6.12)式と(14.5.7)式を用いて、( )(),(),( 110011 ttt )を求める

式は次ぎのようになる。

)()()(

)()(

)(

)()()(

11

00

11

11101011

10100101

11101110

11

00

11

ttt

DDDDDDDDDDDD

ttt

(15.4.1)

ここで、 mkD は次式で定義される。

kmmkmkmkmk diGD ,exp)( (15.4.2)

(15.4.1)式において現れるのは、 )( kmDmk のみである。これらの mkD におい

ては、 0mk である。図 14.5.1 における相関時間 C を用いて

)0,/1(),exp()()(2

1 CCCmk kkktHmG (15.4.3)

と仮定すると計算が簡単になる。この場合、 mkD の値は次ぎの積分で得られる。

2exp)(20

diGD mkmkmk dikktHm mkC )exp()exp()(0

21

dkktHm mkC ))(cosexp()(20

21 (15.4.4)

(15.4.4)式の右辺にある積分はラプラス変換の公式を用いると、

220))(cosexp(

mkC

CmkC k

kdk (15.4.5)

となる。従って、 mkD の値は次ぎのようになる。

上記の赤枠の部分の説明に間違いのあることに気付いた。17 章の始めに修正部分を

記載する。結果的には、(15.4.6)式は正しいので、安心して下さい。(2016 年7

月 15 日)

Page 10: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

10

mkD 22

21 )(2

mkC

C

kk

ktHm (15.4.6)

後で証明するように(例題 15.6.1 で証明する。)

111110011010 , DDDDDD (15.4.7)

であるので、(15.4.1)式と(15.4.6)式を用いると、次式が導かれる。

)()()()( 1100111 ttttX

)()()()( 00100110001111101110 tDDDDtDDDD

0)()( 1110111110 tDDDD (15.4.8a)

)()2()()()( 2111011112 tXDDtttX (15.4.8b)

100010110011003 )(3))()()(()()( DtDtttttX (15.4.8c)

従って、 )(1 tH = )( tZFSH に由来するA行列は、次式のようになる。

)()()(

300)2(0000

)()()(

3

2

1

1010

1110

3

2

1

tXtXtX

DDDD

tXtXtX

(15.4.9)

次節から、上式における2

1 )( ktHm の値をウィグナ-・エッカルト定理(今後

は簡単のために W-E 定理と記載する)を用いて求める方法を解説する。なお、A行

列は )(1 tH = )( tZFSH に由来する成分と、T1 状態の減衰に由来する成分とがある。

)(1 tH = )( tZFSH 成分の解説の後で、減衰に由来する成分の解説を記載する。

15.5 A行列を求める(その2)

先ず、(15.4.6)式における mtHk )(1 を求める。(15.2.5)式より分子内座標

系(xyz-座標系)における )0( tZFSH は次式で表すことができる。

2222 ()3/()0( yxztZFS SSESSDH (15.2.5)

図 15.2.4 に示すように、実験室系(x’y’z’-座標系)は分子内座標系(xyz-座標系)

に対して立体角度 t でランダムに回転していると考えられる。

)(1 tH = )( tZFSH (15.5.1)

先ず、分子内座標系(xyz-座標系)における )0( tZFSH を角運動の観点から考え

てみよう。既約テンソル演算子 ),( qkT を6章の(6.2.8)式で定義した。

),()(),(' pkTDqkTk

kp

kqp (6.2.8)=(7.1.1)

なお、 )(kpqD は回転行列である。(8.2.2)式により、2ケの既約テンソル演算子の

積を定義した。

Page 11: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

11

)(),,(),(,),( 2122111

2211 qqqqkTqkTkqqkqkqkTq

(8.2.2)

8章では、 (8.2.8)式と(8.2.9)式により、 (8.2.11)式が得られることを解説した。

)','(),(00'',][)0,0( )0(0

)'()( qkTqkTqkkqTTTq

kk (8.2.8)

)0(0

)()( ][ kk TT ),(),()12()1( 2/1 qkTqkTkq

qk (8.2.11)

例題 15.5.1 (15.2.5)式の )0( tZFSH は、 ),2( qZ と ),2( qS との積から生成され

る )0,0(T テンソルに比例している。ここで、 ),2( qZ は ZFS を与えるテンソルで、分

子内座標系(xyz-座標系)では対角化されている。 証明:6章の(6.2.8)式より、球関数 ),('MJY は既約テンソル演算子の一種である

ことを解説した。例題 1.2.3 には、 ),(mY の具体的な式を 2,1,0 まで記載した。

41),(00Y

rzY

43cos

43),(10

riyxeY i )(

83sin

83),(1,1

2

2222

202

165)1(cos

165),(

ryxzY

21,2)(

1615sincos

815),(

rziyxeY i

2

222

2,2)(

3215sin

3215),(

riyxeY i

従って、 ),2( qZ は2次の球関数を用いて次ぎのように書くことができる。

)2(6

1)0,2(216

5),( 2

222

20 yyxxzz ZZZZr

yxzY (15.5.2a)

0)(2

1)1,2()(1615),( 21,2 yzxz iZZZ

rziyxY (15.5.2b)

)(21)2,2()(

3215),( 2

2

2,2 yyxx ZZZr

iyxY (15.5.2c)

上式で、 ),,( zyxiZ ii は ),2( qZ テンソルの主値であり、非対角項 )( jiZ ij はゼロで

ある。主値は(15.2.1)式より、次ぎのようになる。

3/2,3/,3/ DZZEDYZEDXZ zzyyxx (15.5.3a)

)(0,0 jiZZZZ ijzzyyxx (15.5.3b)

従って、 ),2( qZ テンソルの各成分は次式のようになる。

EZZDZ )2,2(,0)1,2(,3/2)0,2( (15.5.4)

一方、(6.3.13)式より ),2( qS テンソルの各成分は次式のようになる。

Page 12: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

12

)3(6

1)0,2(),12(21)1,2(,

21)2,2( 222 SSSSSSSS zz (15.5.5)

(15.5.4)式と(15.5.5)式を用いると、 )0(0

)2()2( ][ TT は次ぎのようになる。

)0(0

)2()2( ][ TT ),2(),2()122()1( 2/12 qSqZq

q

),2(),2()5()1( 2/1 qSqZq

q

)2,2()2,2()1()0,0()0,0()1()2,2()2,2()1(5

1 202 SZSZSZ

2222 )3/(6

332

21

51 ESSSDSE z

)0(5

1)()3/(51 2222

tZFSyxz HSSESSD (15.5.6)

以上で、例題 15.5.1 は証明された。(Q.E.D.) 次に、(8.2.11)式と(15.5.6)式を用いて、実験室系(x’y’z’-座標系)における

)( tZFSH は次式のように書ける。

)( tZFSH ),2(),2()1( 2 qSqZq

q (15.5.7)

上式で、 ),2( qZ および ),2( qS と書いたのは x’y’z’-座標系におけるテンソルを意味

する。 ),2( qZ は2次の既約テンソルであるので、(7.1.1)式と同様に、分子内座標

系(xyz-座標系)からの回転行列 )( tkpqD で表すことができる。

),2()(),2('2

2

2 pZDqZp

tqp (15.5.8)

上式に、(15.5.4)式を代入すると、次式が得られる。

)]()([)(3/2),2(' 22

22

20 tqtqtq DDEDDqZ (15.5.9)

上式を(15.5.7)式に代入すると、次式が得られる。

)( tZFSH ),2()]()([)(3/2)1( 22

22

20 qSDDEDD tqtqtq

q

q

(15.5.10)

ktHm )(1 において、 Mm および Mk とおきかえて、上式を代入すると

MHMMtHM tZFS )()(1

MqSDDEDDM tqtqtqq

q ),2()]()([)(3/2)1( 22

22

20

MqSMDDEDD tqtqtqq

q ),2()]()([)(3/2)1( 22

22

20

MqSMqCq

q ),2()()1( (15.5.11)

Page 13: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

13

が得られる。上式で、{ }の中を )(qC と略記した。

ここで、いよいよ W-E 定理が登場する。7章における(7.1.13)式の定義より

'''),( MJqkTJM '''', )( JTJJMMJkq k (7.1.13)

となる。さらに上式をウィ-グナ-の 3-j 記号を用いて、次式のように再定義した。

'''),( MJqkTJM '''

')1( )( JTJ

MJ

qk

MJ kMJ (7.2.4)

(7.2.4)式を(15.5.11)式に代入すると、次式が得られる。

MJqTMJqCMHMq

qtZFS ,1),2(,1)()1()(

11121

)1)(()1( )2(1 JSJMqM

qC M

q

q (15.5.12)

1.3 節の文献[4]には JTJ k )( の公式(本章の最後に公式 15.1 として記載)

が 4,,0k まで記載されている。 2k では次式が与えられている。

2/1

)2(

6)32)(12)(12)(1( JJJJJJTJ (15.5.13)

上式で 1J の場合は、次ぎのようになる。

511 )2(T (15.5.13)

(15.5.13)式を(15.5.12)式に代入すると、次式が得られる。

MHM tZFS )(

MqMq

Mq 1215)1( )]()([)(3/2 2

222

20 tqtqtq DDEDD

(15.5.14)

問題 15.5.1 (15.5.13)式を証明せよ。

解答:(7.2.4)式より、次式が得られる。

1',1')0,2(1,1 MJTMJ 1111

02

11

)1( )2(11 T

1)0,2(1 MSM を(15.5.5)式より正直に計算すると、

6

11)3/(2311)0,2(1 22

2/1

SzSS

となる。公式 15.1 より、

301

02

11

11

11

02

11

となる。従って、(15.5.13)式が得られる。(Q.E.D.)

Page 14: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

14

15.6 A行列を求める(その3)

3章の(3.4.9a)式では、クレプシュ・ゴルダン係数に関する三角形関係を説明し

た。それによれば、(15.5.14)式において 3-j 記号がゼロでない値を持つには、 mkMMqMqM ,0 (15.6.1)

でなければならない。

上式の制限を考慮して、(15.5.14)式の各々の行列要素を計算してみよう。

kHm tZFS )(

kqmq

k 1215)1( )]()([)(3/2 2

222

20 tqtqtq DDEDD (15.6.2)

上式を用いると、(15.4.6)式により mkD の値は次ぎのようになる。

mkD 22

21 )(2

mkC

C

kk

ktHm (15.6.3)

例題 15.6.1 宿題であった(15.4.7)式を証明しよう。

111110011010 , DDDDDD (15.4.7)

証明: 10D に対しては、(15.6.2)式より 0)(1 tZFSH は次ぎのようになる。

0)(1 tZFSH )1( mkMMq

01

12

11

5 )]()([)(3/2 212

212

210 ttt DDEDD (15.6.4)

公式 15.1 より、3-j 記号の値は次式で表される。

01

12

11

)5()1)(2(6

)1(12

11

01

2

01

a

10/1)1)(2(6)1)(2)(3)(4(5 2/12/1 (15.6.5)

(15.6.4)式と(15.6.5)式より、次式が得られる。

0)(1 tZFSH105 )]()([)(3/2 2

122

122

10 ttt DDEDD (15.6.6)

(15.6.3)式と(15.6.6)式より、 10D は次式で表される。

10D22

122

122

10 )]()([)(3/2 ttt DDEDD 22BC

C

kk

(15.6.7)

なお、上式における2)(qC で表される項はランダム関数 )(qC の時間に関する2乗平

均である。

10D に対しては、(15.6.2)式より 0)(1 tZFSH は次ぎのようになる。

0)(1 tZFSH )1( mkMMq

Page 15: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

15

01

12

11

5 )]()([)(3/2 221

221

201 ttt DDEDD (15.6.8)

公式 15.1 より、3-j 記号の値は次式で表される。

01

12

11

10/101

12

11

(15.6.9)

従って、(15.6.7)式と同様にして、次式が得られる。

10D22

21221

201 )]()([)(3/2 ttt DDEDD 22

BC

C

kk

(15.6.9)

後で、次式が成立することを証明する。(例題 15.6.2 を参照)

2212

212

210 )]()([)(3/2 ttt DDEDD

2221

221

201 )]()([)(3/2 ttt DDEDD (15.6.10)

上式が成立すれば、 1010 DD が証明される。

同様にして、 10011010 DDDD が証明できる。証明は、(15.6.7)式と

(15.6.9)式と同様にできる。しかし、その証明を記載すると長くなるので、本解

説では省略する。是非、読者の方々は自分の手で証明して下さい。定義の通りに計

算すれば、出来るはずです。

次に、 1111 DD を証明してみよう。(15.6.2)式より 1)(1 tZFSH は

1)(1 tZFSH )2( mkMMq

1

122

11

5 )]()([)(3/2 222

222

220 ttt DDEDD (15.6.11)

公式 15.1 より、3-j 記号の値は次式で表される。

1

122

11

22

2)1(1

11

)5()2)(1)(2)(1(6

)1(2

21

a 5/1 (15.6.12)

(15.6.11)式と(15.6.12)式より、次式が得られる。

1)(1 tZFSH )]()([)(3/2 222

222

220 ttt DDEDD (15.6.13)

(15.6.3)式と(15.6.13)式より、 11D は次式で表される。

11D22

222

222

20 )]()([)(3/2 ttt DDEDD 22 42

BC

C

kk

(15.6.14)

後で、次式が成立することを証明する。(例題 15.6.2 を参照)

2222

222

220 )]()([)(3/2 ttt DDEDD

2222

222

202 )]()([)(3/2 ttt DDEDD (15.6.15)

上式が成立すれば、 1111 DD が証明される。(Q.E.D.)

Page 16: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

16

例題 15.6.2

例題 15.6.1 では、次式が成立することを仮定して解説を進めた。

2212

212

210 )]()([)(3/2 ttt DDEDD

2221

221

201 )]()([)(3/2 ttt DDEDD (15.6.10)

2222

222

220 )]()([)(3/2 ttt DDEDD

2222

222

202 )]()([)(3/2 ttt DDEDD (15.6.15)

ここでは、上式を証明してみよう。上式における )(2tpqD の時間に関するアンサン

ブル平均を位置に関する積分でおきかえることができる。

)()(*1)()(* 2222qppqtqptpq DDd

NdtDD (15.6.16)

上式で、 ),,( における微小体積 d と規格化定数Nは次式で表される。

dddd sin (5.2.1)

2)2(sin 2

0

2

0

2

0ddddN (15.6.17)

(4.1.12)式より、回転行列 ),,('J

MMD は次式のようになる。

),,('J

MMD ]exp[)(]'exp[ ' MidMi JMM (4.1.12)

なお、上式で )('J

MMd は次式のように定義されている。

JMJiJMd YJ

MM ]exp[')(' (4.1.13)

2

1 )( ktHm は次式の省略形であった。

mtHkmtHkmtHkktHmktHm )(*)()()()( 11112

1

(15.6.17)

5章の(5.2.7)式では、2つの回転行列の積の積分を解説した。2つの回転行列の積

の積分をIと書く。

)(*1 11'1

JMMDd

NI )(2

2'2J

MMD (15.6.18)

ここで、(5.2.3a)式と (5.2.3b)式を用いると、

)','(2)''(exp 21

2

012 MMMMid (5.2.3a)

),(2)(exp 21

2

012 MMMMid (5.2.3b)

となる。従って、積分Iは (5.2.7)式を用いて次ぎのようになる。

Page 17: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

17

)(*8

1 11'12

JMMDdI )(2

2'2J

MMD ),()','(),(12

1212121

1

MMMMJJJ

(15.6.19)

上式を(15.6.16)式に適用すると、

),(),(51)()(*1 22 qqppDDd

N qppq (15.6.20)

となる。上式を(15.6.10)式と(15.6.15)式の両辺に適用すると、

),(0)()(* 22 qqppDD qppq (15.6.21)

のような交差項はゼロになることが分かる。従って、次式が得られる。

51)]()([)(3/2

2212

212

210 ttt DDEDD )2

32( 22 ED (15.6.22a)

51)]()([)(3/2

2221

221

201 ttt DDEDD )2

32( 22 ED (15.6.22b)

51)]()([)(3/2

2222

222

220 ttt DDEDD )2

32( 22 ED (15.6.22c)

51)]()([)(3/2

2222

222

202 ttt DDEDD )2

32( 22 ED (15.6.22d)

上式を(15.6.7)式と(15.6.9)式に適応すると、ここでやっと(15.4.7)式が

完全に証明された。

10011010 DDDD )232(

51 22 ED 22

BC

C

kk )3(

152 22 ED 22

BC

C

kk

(15.6.23)

同様にして、(15.6.14)式を用いると次式が得られる。

1111 DD )3(152 22 ED 22 4

2

BC

C

kk

(15.6.24)

(Q.E.D.) 本章の解説は長くなってしまった。しかし、論文[2]の解説は未だ道半ばであ

る。残りは、章を改めて、16 章で解説する予定である。本章では、1.3 節の文献

[4]に記載されている公式を沢山使用した。それらの公式を次ぎのページに記載

する。

Page 18: 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項 …masaniwa.web.fc2.com/Chap15.pdf1 第15章 化学反応に対する磁場効果における三重項機構(その1)

18

公式 15.1 1.3 節の文献[4]に記載された公式で、本章で使用したもの。

文献[4]p.231 の(35)

2/1

)2(

6)32)(12)(12)(1( JJJJJJTJ

3章の (3.7.3b)式、 文献[4]p.50 の(2.30)

33

11

22

)1(33

22

11 321

mj

mj

mj

mj

mj

mj jjj

22

33

11

)1( 321

mj

mj

mjjjj

11

22

33

)1( 321

mj

mj

mjjjj

3章の (3.7.4)式、文献[4] p.51 の(2.31)

3

32

21

1)1(

33

22

11 321

mj

mj

mj

mj

mj

mj jjj

文献[4]p.63

)4)(3)(2)(1()(2 xxxxxxa とすると、以下の公式が成立する。

)32(

)2)(1)()(1(6)1(

22

2 2 jamjmjmjmj

mj

mj mj

)32(

))(1(6)12()1(

12

1 2 jamjmjm

mj

mj mj

)32(

)1(32)1(02

2

2

jajjm

mj

mj mj