第11回 情報格差(Digital Divide)とその克服(地 …情報化社会と経済...

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情報化社会と経済 IT 革命と情報化社会 第 11 回 情報格差(Digital Divide)とその克服(地域) 1、情報基盤戦略から利活用へ (1)ブロードバンド戦略と情報格差 日本経済の低迷が続いた 90 年代の後半から情報通信技術( IT Information Technology )とその投資( IT 投資)の遅れが要因であると認識されるようにな り、「 IT 革命」という言葉が強調されるようになった。そして 2001 年には政府に よって「 5 年以内に世界最先端の IT 国家となることを目指す」とした「 e-Japan 戦略」が発表され、超高 速ネットワークインフ ラの整備の他、電子商取 引の推進、電子政府の実 現などの政策目標が掲 げられた。その結果、ブ ロードバンド 1 を中心と したネットワークイン フラ(情報基盤)の整 備はこの数年間に急速 に進んだ(第 1 回参 照)。 一方、ブロードバンド戦略などの情 報化戦略、そして Web2.0 やユビキタス エコノミーの潮流も「民間活力」を中心 に進められているため、採算性のない 地域における情報インフラの格差やそ こから生じる経済格差、地域格差が心 配される。 1 光ファイバーや CATVADSL などの有線通信技術や、FWA(無線 LAN)、IMT-2000 (第三世代携帯電話の通信規格)といった無線通信技術をラストワンマイル(各家庭)ま で直接接続することによって実現される高速通信回線のこと。 55

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情報化社会と経済

IT 革命と情報化社会

第11回 情報格差(Digital Divide)とその克服(地域)

1、情報基盤戦略から利活用へ

(1)ブロードバンド戦略と情報格差

日本経済の低迷が続いた 90 年代の後半から情報通信技術(IT:Information Technology)とその投資(IT 投資)の遅れが要因であると認識されるようにな

り、「IT 革命」という言葉が強調されるようになった。そして 2001 年には政府に

よって「5 年以内に世界最先端の IT 国家となることを目指す」とした「e-Japan戦略」が発表され、超高

速ネットワークインフ

ラの整備の他、電子商取

引の推進、電子政府の実

現などの政策目標が掲

げられた。その結果、ブ

ロードバンド1を中心と

したネットワークイン

フラ(情報基盤)の整

備はこの数年間に急速

に進んだ(第 1 回参

照)。

一方、ブロードバンド戦略などの情

報化戦略、そしてWeb2.0 やユビキタス

エコノミーの潮流も「民間活力」を中心

に進められているため、採算性のない

地域における情報インフラの格差やそ

こから生じる経済格差、地域格差が心

配される。

1 光ファイバーや CATV、ADSL などの有線通信技術や、FWA(無線 LAN)、IMT-2000(第三世代携帯電話の通信規格)といった無線通信技術をラストワンマイル(各家庭)ま

で直接接続することによって実現される高速通信回線のこと。

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(2)ブロードバンド整備から利活用へ

ブロードバンドの基盤となる光ファイバー・ケーブルの敷設は NTT を含め

た民間企業が中心となる。一方、総務省では、2010 年度をターゲットとしたブロ

ードバンド・ゼロ地域の解消や、携帯電話不感地帯の解消といった、いわゆるデ

ジタル・ディバイドの解消の早期実現を図る「デジタル・ディバイド解消戦略」

を取りまとめている。

だが、IT 投資が経済成長につながるのであるとするなら、情報インフラの格差

克服だけが地域経済の活性化にはつながらない。むしろブロードバンド普及に

よる情報の一方的な需要者になることが、地域経済の空洞化、経済格差の拡大を

生み出すことにつながることが心配される。IT 革命やユビキタス・ネットワーク

と地域経済を考える際には、単に情報ネットワークインフラの普及だけではな

く、そのインフラの利活用の側面が重視される。

2.IT革命と地域経済

(1)電子商取引(eコマース)と地域経済

電子商取引は中小企業や地理的にハンディのある地方の企業がビジネス・チ

ャンスを拡大する可能性がある。楽天市場に見られるように、少ない資金で、ITの専門的知識がなくても e コマースを始められる可能性があるが、e コマースの

拡大は同時に競争が激化することも意味し、この分野で生き残っていくために

は耐えざる経営努力は不可欠である。

e コマースによって店舗開設は容易になったものの、実際には単に注文を得る

だけでなく、受注から納入、代金回収に関する体制が整っていないと苦情がすぐ

寄せられる。また SEO や SEM(第 10 回)などへの対応や、顧客情報を活用し

てマーケティングに生かすためのノウハウも高度な経営知識が求められ、顧客

ニーズの把握と在庫のコントロールも厳しい課題になっている。

(3)SOHOと地域経済

IT 革命による生産過程の情報化は生産のオンライン化、ネットワーク化と併

行した生産単位の小規模化:SOHO(Small Office Home Office)という企業

形態、労働形態を登場させた(第 10 回)。島根県においても県内全域に行渡る

高速インターネット環境を活用した SOHO によって地理的、年齢、性別、障害の

有無などによるハンディを克服し、ソフトウェア、コンテンツ制作などを中心に

知的資産・サービスを供給することが可能である。また、SOHO は県内にとどま

らずに全国市場に向けて展開、生産・供給し、島根県にとって貴重な「外貨」を獲

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得していく可能性も持っており、実際にも女性や高齢者、障害者、あるいは過疎

地域で SOHO を活用して仕事を獲得している事例は見られる。

さらに、SOHO を利用した女性の在宅での就労支援は、U・Iターンの促進に

もつながるものである。都会の教育機関や企業などでの就労でスキルを身につ

けながら、県内へのU・Iターンを希望している人は潜在的には数多くいると

考えられる。だが、県内での就労機会の少なさ、そして男女の賃金格差がその妨

げとなっている。女性単独、さらには夫婦そろってのU・Iターンを考えた場合、

SOHO の活用は県内の限られた就労機会の拡大と所得の補填の可能性を与え、

また身に付けたスキルを衰えさせることなく、将来の「職場復帰」にも活かすこ

ともできる。これは就業者数という数字だけには表れない雇用効果と所得効果

を生み出すものであり、また少子・高齢化の流れを押しとどめるものでもある。

SOHO は IT によって可能になる「企業形態」であり「雇用形態」であるが、IT自体の技術革新とサービスの普及・拡大を背景としており、これはネットワー

クの拡大とともに進む絶えざる技術革新と市場獲得の競争への対応も求められ

ることを意味している。だが、マイクロビジネスである SOHO の体制では日常的

な業務に追われ新しい技術に対応・教育に割く人員や時間はなく、その場その

場の対応でしのいで、系統的・戦略的な人材教育・育成が行えないというのが

実態である。特に SOHO は最先端の IT 技術を活用すると同時に、仕事の内容自

体もソフトウェア開発やデジタルコンテンツ制作を中心とした IT系の業務で

あり、教育と仕事を併行して行わないと時代の流れに追いつけない状況があり、

その点で働きながら学び、学びながら働き、技術力を向上させていくことが強く

求められている。

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「Will さんいん」http://www.will3in.jp/

「tm21」http://www.tm-21.com/

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(3)Web2.0とオープンソース・ソフトウェア(OSS)、Ruby

従来のソフトウェア開発の作業には膨大な時間、巨額の投資が必要であった。

そこでソフトウェアが簡単にコピーされるなら企業も望むだけの歳入を得るこ

とができなくなるので、企業は OS などのソース・コードの技術情報を隠すよう

になり、法的にコンピュータの内部情報は知的財産であるとして著作権で守ら

れようになる。

一方、Linux に代表されるオープンソース・

ソフトウェア(OSS)や、これによる新たな

ソフトウェアやシステムの開発はインターネ

ットも利用して自主的に参加する人材が集ま

り、自由に利用できるソース・コードと、迅速

な対応が可能となる。また統一した規格や標

準化もオープンな場で議論し、決めることが

可能である。これ自体Web2.0 的な開発スタイルであるが、Web2.0 のシステム自

体にも多くのオープンソース・ソフトウェアが利用されている。その中でも現

在もっとも注目を集めているのが Ruby on Rails である。

その基になった Ruby は、まつもとゆきひろ

氏(1965 -、松江市在住)により 1993 年に開発

されたオブジェクト指向スクリプト言語(プロ

グラム言語)であった。当初は一部の技術者の

間を除いては業務用には爆発的な普及はしなか

った。

それが、2005 年にデ

ンマークのプログラマ

である David Heinemeier Hansson により、Webアプリケーションフレームワーク(Ruby の多くの再利用可

能なコードがフレームワークにまとめられることによ

って開発者の手間を省き、新たなアプリケーションのた

めに標準的なコードを改めて書かなくて済むようにす

る)である Ruby on Rails(RoR とか単に Rails と呼ばれる)としてリリースされ、一気に注目を集めるように

なった2。

2 Ruby on Rails はアプリケーションの開発を他のフレームワークより少ないコードで簡単

に開発できるよう考慮し設計されている。Rails の基本理念は「同じことを繰り返さない」

(DRY:Don't Repeat Yourself)と「設定よりも規約」(Convention over Configuration)である。

「同じことを繰り返さない」というのは定義などの作業は一回だけですませろとの意味であ

る。

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 Ruby はまつもとゆきひろ氏が既存の言語を研究しつくして、理想の言語とし

て設計したプログラム言語である。Ruby on Rails を開発した Hansson が「美し

いコードを書けるから Ruby を選んだ」(Hansson氏インタビューによる)話

すように、技術者は仕事でもRuby で快適にプログラムを書きたいと考えていた。

そして今までに Ruby で開発されたソフトウェアの蓄積と、こられすべてがオー

プンソース・ソフトウェアとして公開されているため、業務用としても注目を

集めるようになったのである。

松江市ではオープンソース・ソフトウエアによる

地域振興施策「Ruby City MATSUE」プロジェクトを

進めており、2006 年 7月 31 日には松江駅前市に交流

開発拠点「松江オープンソースラボ」を開設した。

また、島根県の IT関連企業などは「しまね OSS(オープン・ソース・ソフトウエア)協議会」を

2006 年 9月 3 日に設立した。オープンソース・ソフ

トウエアに関わる企業や技術者、研究者、ユーザーの

交流によって技術力と競争力の向上を図ることを目

的にしている。

しまねOSS協議会ではこの「松江オープンソース

ラボ」で会合や講習会などに活用する予定であるが、協議会の成果はオープンに

することで地域の企業の競争力向上だけでなく、全国的な市場の創造,拡大を

目指している。

 

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3、情報化社会と地域

(1)パソコンボランティア活動、NPO法人

「プロジェクト23」はパソコン通信からインターネットの時代に変わりつつ

あった 1995 年に、しまねの高度情報化を推進するために設立されたパソコンボ

ランティア・グループで、定期的な会合や情報関連イベントへの参加、パソコン

についての講習会(朝日公民館などで実施)などを行ってきた。また「パソコン

の病院」はプロジェクト23が情報化の草の根

運動として始めた活動で、今までに 30 回以上

にわたって行われている。島根県内各地でも自

然的に発生したパソコンボランティア・グルー

プとも連携をとり、現在は活動は情報化支援関

係の活動は NPO法人「プロジェクトゆうあい」

に引き継がれている。

NPO法人「プロジェクトゆうあい」では、IT講習の指導者を育成を引き継ぐほか、障害者支

援機器の開発支援や町のバリアフリー情報提供

事業などの活動を行っている。

(2)高齢者・障害者のITの活用

 島根県でブロードバンドの基盤整備が進みな

がら、その普及率が低い要因として、過疎化・高

齢化率が高いことが高いことが考えられる。そ

んな中で IT講習の中で生まれた成果や、「島根

あいてぃ達者」などの取組みもあって、高齢者に

よるパソコン・グループの取組みも存在する。

その代表的はものがシニアネット浜田「ぴんぴ

んコロリ倶楽部」である。「ぴんぴんコロリ倶楽

部」では高齢者のパソコン講習や、ホームページ

作成の活動、テキストの作成などを行っている。

パソコンは高齢者にとってはまだまだ使いづら

いものであるが、受動的に習うのではなく、グル

ープを作って積極的に広めようという姿勢が、

活動を活発化し長続きさせていると考えられる。

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シニアネット浜田

「ぴんぴんコロリ倶楽部」http://fish.miracle.ne.jp/k-nagao/

「プロジェクトゆうあい」http://www.project-ui.com/

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(3)Web2.0時代の地域ネットワーク:地域SNS

 このようなブロードバンドの利活用を目指した地域での取組が Web2.0 やユ

ビキタスエコノミーという潮流の中でさらに発展していくために一つの方策と

して考えられるのは地域 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で

あろう。最初に紹介した SNS の仕組みを使って、行政と地域の住民が情報発信

を行うだけでなく、情報の交換を行いながら、これを地域の活性化に結び付けよ

うとしているのである。

 例えば熊本県八代市が勧める地域 SNSプロジェクト「ごろっとやっちろ」 で

は地域内コミュニケーションの促進を目的に地域ポータルサイトを運営してい

たが、2004 年末に SNS に模様替えした。参加者が約4倍の 2200人に広がり、書

き込みは 14倍になった。システムはすべて市職員の手作りである。

 そして、松江市ではRuby を使って地域 SNS「まつえ SNS」を構築、オープンソ

ースを活用した情報発信と地域活性化に取組んでいる。

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兵庫県地域 SNS ひょこむhttp://hyocom.jp/

ごろっとやっちろhttp://www.gorotto.com/

まつえ SNShttp://matsuesns.jp/