熱 音 響 現 象 - Kansai U...熱 音 響 現 象 熱と音と流れの相互作用 杉本...

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熱と音と流れの相互作用 杉本 信正* 423 うのである.そこで,熱音響現象とは何かを改め て考えると,音の伝播においてエントロピーの変 化が重要な役割を演じる現象であるといってもよ い. 熱音響現象は古くから知られている.まず,熱 源から発生する音がある.熱音響現象として認識 されているかはともかく,誰でも知っている例は 雷鳴である.稲妻による放電発熱により空気が急 に膨張して音が発生する.同様に,スパーク放電 や,強力なレーザの照射に体う発熱でも音が発生 する2)几固体の温度が変化すれば,表面にでき る温度境界層の厚みが変化し,一般に音が放射さ れる.電話の発明で有名なベル(BeH)は,スロッ トのある回転円盤に太陽光を間欠的に当てると音 がすることを発見している4).これは光音響現象 でもある.ロケット発射時の轟音や溶接トーチ, バーナからも大きな音がする.燃焼の化学反応に よる発熱が音の原因であるが,それには同時に質 量の湧き出しを伴い,またエントロピーの非一様 性や乱れ(渦)を音源とする成分も含まれている. 水素バーナの火炎に管を披せて管を封じると, 美しい音(sweet tones)がすることをヒギンス (Higgins)が“singing name" として18世紀後半 に報告している1).また,両端が開いた管の中に 置いた網を加熱して網が管の下半分にくるように 立てると,音が発生する実験は容易にできる.こ れは,ライケ(Rりke)管として19世紀から知られ ている5).本質的に同じ現象はボイラ炉内やガス タービンの燃焼器内でも現れる6)~9). フラスコの球根部を加熱してスロート部に沿っ て急激な温度勾配ができると,内部の空気が自然 に振動し始め,音がすることも古くから知られて いる.この容器は,いまやヘルムホルツ共鳴器と 0368-5713/08/Y500/1論文/JCLS 1.はじめに 熱音響現象とは,その名が示すように,熱的要 因で音が発生する現象である.音とは,大気中を 伝播する空気の疎密波であり,圧力波でもある. 日常会話の音圧は大気圧に比べ実に1億分の1程 度しかなく,密度の変化量も空気の平均密度に比 べれば同程度に小さい.また,音の伝播に伴い誘 起される空気の速度も音速に比べれば同程度に小 さい. 圧力と密度が変化すれば,温度も当然変化する ものと考えられる.しかし,ニュートンはその変 化を考えずに音速を導出したため,実測値より遅 く一致を見なかったD.その後,ラプラスは等温 ではなく断熱的に変化が起きると考えて音速を導 出し,現在この仮定が正しいとされている.した がって,音の伝播に伴って温度も音圧とともに変 化するが,その大きさは空気の温度(絶対温度で 測った)に比べて1億分の1程度に過ぎない. 音圧が日常会話のレベルから次第に大きくな り,仮に10%変動したとすると,温度は10度弱変 化することになる.強い音でも断熱変化の仮定は 成り立つ一方,圧力と密度の変動量はもはや比例 しなくなり,温度の変動量も圧力のそれとは比例 しなくなる.この領域の音は非線形音波と呼ば れ,線形音波として扱われる普通の音と区別され る.変動量の大きさの違いこそあれ,音の伝播に は必ず温度の変化はつきものである. しかし,断熱変化を仮定するとエントロピーが 一定に保たれるので,密度は圧力だけで決まるこ とになり,この時点で温度やエントロピーといっ た熱的な側面が音の伝播の表舞台から消えてしま *大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻教授 (Nobumasa Sugimoto)

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  • 熱 音 響 現 象

    熱と音と流れの相互作用

     杉本 信正*

    423

    うのである.そこで,熱音響現象とは何かを改め

    て考えると,音の伝播においてエントロピーの変

    化が重要な役割を演じる現象であるといってもよ

    い.

     熱音響現象は古くから知られている.まず,熱

    源から発生する音がある.熱音響現象として認識

    されているかはともかく,誰でも知っている例は

    雷鳴である.稲妻による放電発熱により空気が急

    に膨張して音が発生する.同様に,スパーク放電

    や,強力なレーザの照射に体う発熱でも音が発生

    する2)几固体の温度が変化すれば,表面にでき

    る温度境界層の厚みが変化し,一般に音が放射さ

    れる.電話の発明で有名なベル(BeH)は,スロッ

    トのある回転円盤に太陽光を間欠的に当てると音

    がすることを発見している4).これは光音響現象

    でもある.ロケット発射時の轟音や溶接トーチ,

    バーナからも大きな音がする.燃焼の化学反応に

    よる発熱が音の原因であるが,それには同時に質

    量の湧き出しを伴い,またエントロピーの非一様

    性や乱れ(渦)を音源とする成分も含まれている.

     水素バーナの火炎に管を披せて管を封じると,

    美しい音(sweet tones)がすることをヒギンス

    (Higgins)が“singing name" として18世紀後半

    に報告している1).また,両端が開いた管の中に

    置いた網を加熱して網が管の下半分にくるように

    立てると,音が発生する実験は容易にできる.こ

    れは,ライケ(Rりke)管として19世紀から知られ

    ている5).本質的に同じ現象はボイラ炉内やガス

    タービンの燃焼器内でも現れる6)~9).

     フラスコの球根部を加熱してスロート部に沿っ

    て急激な温度勾配ができると,内部の空気が自然

    に振動し始め,音がすることも古くから知られて

    いる.この容器は,いまやヘルムホルツ共鳴器と

    0368-5713/08/Y500/1論文/JCLS

           1.はじめに

     熱音響現象とは,その名が示すように,熱的要

    因で音が発生する現象である.音とは,大気中を

    伝播する空気の疎密波であり,圧力波でもある.

    日常会話の音圧は大気圧に比べ実に1億分の1程

    度しかなく,密度の変化量も空気の平均密度に比

    べれば同程度に小さい.また,音の伝播に伴い誘

    起される空気の速度も音速に比べれば同程度に小

    さい.

     圧力と密度が変化すれば,温度も当然変化する

    ものと考えられる.しかし,ニュートンはその変

    化を考えずに音速を導出したため,実測値より遅

    く一致を見なかったD.その後,ラプラスは等温

    ではなく断熱的に変化が起きると考えて音速を導

    出し,現在この仮定が正しいとされている.した

    がって,音の伝播に伴って温度も音圧とともに変

    化するが,その大きさは空気の温度(絶対温度で

    測った)に比べて1億分の1程度に過ぎない.

     音圧が日常会話のレベルから次第に大きくな

    り,仮に10%変動したとすると,温度は10度弱変

    化することになる.強い音でも断熱変化の仮定は

    成り立つ一方,圧力と密度の変動量はもはや比例

    しなくなり,温度の変動量も圧力のそれとは比例

    しなくなる.この領域の音は非線形音波と呼ば

    れ,線形音波として扱われる普通の音と区別され

    る.変動量の大きさの違いこそあれ,音の伝播に

    は必ず温度の変化はつきものである.

     しかし,断熱変化を仮定するとエントロピーが

    一定に保たれるので,密度は圧力だけで決まるこ

    とになり,この時点で温度やエントロピーといっ

    た熱的な側面が音の伝播の表舞台から消えてしま

    *大阪大学大学院基礎工学研究科

     機能創成専攻教授

     (Nobumasa Sugimoto)

    sugimoto四角形

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  • 424 機械 の 研 究 第60巻 第4号 (2008)

    呼ばれているが,温度勾配がある場合には19世紀

    にそれを詳しく調べた研究者の名前に因んでソン

    ドハウス(Sondhauss)管と呼んでいる1o).レイ

    リー(Rayleigh)もまた発振のメカニズムを研究

    したが,定性的な説明に終わっている出.

     20世紀になると,低温物理学の発展により似た

    現象が発見された.一端が閉じた管の開放端を液

    体ヘリウムの表面に近づけて閉端を室温に保つ

    と,中の気体ヘリウムが振動し始める現象がタコ

    ニス(Taconis)らによって報告された12).これ

    はソンドハウス管と同様に,温度勾配のある壁面

    に気体が接していると不安定化し自励振動する例

    である.

     自励振動が発生すると,熱源として存在してい

    たエネルギーが気体の運動・ポテンシャルエネル

    ギーに形態が変換されたことになり,この作用は

    一種のプライムムーバ(原動機)とみることがで

    きる.また逆に,閉じた管の中の気体をピストン

    で強制振動させ共振させると,管の中央部がわず

    かではあるが冷える現象がメルクーリ(Merkli)

    とトマン(Thomann)によって見つけられた13).

    振動によって熱を汲み上げることから,これはま

    さにヒートポンプ作用である.温度勾配のある壁

    に接している気体では,粘性や熱伝導性による散

    逸効果を強く受けるので,断熱音波には見られな

    い現象が発生する.20世紀後半から,この現象を

    利用した熱機関が注目を浴びるようになり,多く

    の解説14尚21)でも紹介されている.最近では,

    熱音響現象といえばこれを指すようであるが,本

    来はもっと広い現象である.

     熱音響現象は,熱と音と流れが複雑に絡んだ非

    線形現象であり,流体力学の知識なしでこれを説

    明することは難しい.本橋では,現象の本質的な

    理解を目的に,まず熱源から発生する音の伝播に

    ついて述べ,次いで温度勾配下での散逸効果によ

    って発生する音について述べる.後者について

    は,解説21)に既に述べているので,併せて読んで

    頂ければ幸いである.

         2.音の伝播の基礎

     熱音響現象を説明する前に,音の伝播について

    簡単にまとめておく.現象は,ニュートン流体で

    フーリエの熱伝導則が成り立つ理想気体で十分説

    明できる.そこで,気体の運動を支配する流体力

    学の方程式を紹介することから始める.

     2.1 基礎となる方程式

     基礎方程式は次の連続の式,ナビエ・ストーク

    ス方程式およびエネルギー式である.

      回十ρ∇・1ク=O        (1)

    ρ回゜-∇7)十μ∠1r十

    しV

    μ十μ

    J

    ∇∇・『

      DSpT百 =だ∠IT十ゆ

    (2)

    (3)

    ここで,トを時間として,D/DCまラグ`ランジュ微

    分∂/∂ドr・∇を表し,ρ,lク,/),T,Sはそれぞれ気

    体の密度,速度ベクトル,圧力,温度,エントロ

    ピーである.また,μ,ら,たはそれぞれ第一,第二

    粘性率,熱伝導率であり,温度に依存するがここ

    では一定とする.ゆは粘性散逸関数である.エネ

    ルギー式(3)は,次の保存則から導かれる.

    一∂f

    土2

    1ド

    む・む十g

    j」

    十∇

    ρ仔r一反∇T一1ク(7

    j

    =0

                      (4)

    ここで.e.H(=r・r/2+/7).0はそれぞれ,比内

    部エネルギー,全エンタルピー,粘性応カテンソ

    ルで,ねは比エンタルピーである.

     これら流体の基本方程式に加え,理想気体の状

    態方程式が必要である.圧力を密度と温度で表現

    すると,すなわちボイル・シャールの法則は

    Z)_pl/’

    一一一Z)O p07`0

    (5)

    となる.ここで,添え字Oはある平衡状態での値

    を示し,

    り立つ.

      /)    -  一    一  7)0

    となる.

    気体定数を尺とすると7)o=尺po7`oが成

    圧力を密度とエントロピーSで表現する

    冊勺∩  (6)

    ただし,ららはそれぞれ定積・定圧比

    無で,7は比無比ら/らである.

     2.2 音の伝播

     音を特徴づける量として音圧と周波数かおる.

    以下の議論では,普通の音に限らず非線形音波も

    扱い,気体も空気に限らないことを断っておきた

    い.非線形音波でも誘起される速度は音速に比べ

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

  • 杉 本 熱 音 響 現 象

    るとまだ小さく,いい換えればその比で定義され

    る音響マッハ数は1より十分小さい.

     周波数は粘性や熱伝導性との関係で重要であ

    る.粘性の効果はレイノルズ数Reにより測られ

    るが,音の場合には,音速aoを代表速度,波長

    ao/ω(ωは角周波数)を代表長さにとり,動粘性

    率1ノ(=μ/ρ)によって定義される音響レイノルズ

    数削八ノωが用いられる.普通の音ではこの値は

    極めて大きく,1 kHz の音では106程度の大きさ

    になり,粘性は十分小さく無視できる.また熱伝

    尊|生は,プラントル数Pj洲μら,ノk=tノ/g;ただし

    μ万kZpcp)は温度拡散(または温度伝導)率で

    ある〕が普通の気体では大体1程度の値(空気は

    0.7)をとるので,熱伝導性と粘性による散逸効果

    は同程度であるとみなせる.

     以上の議論から,普通の音では非線形性や粘

    性・熱伝導性を無視しても差し支えない.物理量

    を一様な静止平衡状態での値(添え宇Oを付けて

    表す)と,それからの撹乱(以下,ダッシュを付け

    て表す)との和とおいて式(1)から式(3)に代

    人し,撹乱の二次項を無視すると以下のようにな

    る.

    倫十po∇゛c'ニ0

    poツダ

    ニー∇1)゛

    ∂y

    (刄

    =0

    (7)

    (8)

    (9)

    式(9)から,エントロピーは時間的に変化しな

    いことがわかる.初期にS'が空間内至るところ

    でOであれば,将来にわたっても変化しない.こ

    れよりが=(γ♪o/po)ρ'が成立する.係数

    n)o/poは,以下に見るように音速である.

     これら式からr'またはガを消去すると,次の

    波動方程式が導かれる.

    W

    W

    プ=引がまたは

    aO二

    ρ゛リ)0

    =引J『 (10)

    (H)

    425

     次に,音によって運ばれるエネルギーについて

    述べる.音のエネルギーは気体が振動する運動エ

    ネルギーと,気体の圧縮・膨張により蓄えられる

    ポテンシャルエネルギーの和である.最低次の運

    動エネルギー密度はpo r'・t,'Z2である.一方,ポ

    テンシャルエネルギーは熱力学の第一法則から求

    めることができる.断熱変化では,単位質量当た

    りの内部エネルギーgの増加dgはーがd(1/ρ)

    (Q吋)'dp'/司)に等しい.関係が=肩ρ'を用い,面

    をがで積分し,poを掛けると単位体積当たりの

    ポテンシャルエネルギー密度7)'2/2po肩が得ら

    れる.

     音のエネルギーを支配する式は,式(7)に

    1)″Zpoを掛けた式に,式(8)とr'との内債をとっ

    た式を加えることにより,次のように求められる.

    云十∇・7=0 (12)

    ここで,E=polダ゜が/2十が2/2po祠,ノニフ)Tであ

    り,それぞれ音響エネルギー密度,音響エネル

    ギーフラックス密度ベクトル(音の強度)と呼ば

    れる.この式は音のエネルギー保存を表している.

       3.熱源から発生する音

     3.1 発熱により発生する音

     気体内のある位置zに発熱源があるとすると,

    エネルギー方程式(4)の右辺に単位時間・単位体

    積当たりの発熱量9(z,0が付加されることにな

    り,式(3)の右辺にも(7が現れる.連続の式

    (1)の第一項は,状態方程式(6)を用いると,

    圧力とエントロピーの変化と関係づけることがで

    きる.

    面海

    防盲

    -蛍砂

    防百

    固二

    7)DI?

    a2

    D/)

    -胱

    ρ一

    DS

    7)胱

     (13)

    ただし,a(=石高‾に)は局所断熱音速であり,

    ρ,Sに依存する.この関係を用いると,連続の式

    1 1 DS

    三舟十∇・r=‾三千(勺)

    (14)

    ∂2『

    -∂戸

    で,音速aoは次式で定義され,

    =万万

    温度のみに依存し,その平方根に比例して速くな

    る.これが線形の断熱音速である.

       ρα2 DI

    と書ける.

     式(3)の右辺の熱伝導項と非線形項である粘

    性散逸関数をともに無視すると,DS/Dtこq!pT

    と近似でき,式(14)の右辺はqノcppTとなる.

    sugimoto四角形

  •  426

    微小撹乱を考えると,

     1 飽

    poa§&十∇・r'=

    機械 の 研究 第60巻 第4号 (2008)

    式(14)は

     Q

    CI)oT

    となり,波動方程式に熱源煩が加わる.

    ∂27)

    ∂戸aJしか'=poag公一

    cJ)T

    (15)

    (16)

    もし質量湧き出しがあれば,連続の式(7)の右

    辺に湧き出し項が付加され,そのときにも式

    (16)の右辺と同じ形で現れる.したがって,熱源

    項は質量の湧き出しと同じく単樹|生の音源の役割

    を果たす.なお,式(16)の右辺に∂/&があるの

    で,qノcppTのうち非定常成分が音の発生に寄与

    する.

     超過圧7)'は,式(16)のグリーン関数G(z,Z/,

    トr)=∂(トr-ぱーが/ao)/公司lz -uN を用い

    ると,積分形で表せる.熱源が境界のない自由空

    間内に置かれているとすると,Z)"は

    y内心

     にI

     ・p‘

    1 ∂

    m)は-z/ | ∂乙

    (7

    ら) ρΥ(畑

                       (17)

    で与えられる.ここで,y(z)は熱源が占める領

    域を表し,積分はその領域にわたるものとし,

    θ=トlz-£/|/αoである.熱源から十分離れた遠

    方場(IZ/けば|)では,

    Z)"ρO ∂

    セIJI∂f

    式(17)は

    F(y)ChpT(u.0)dz/

    る.放射が持続するには,/)'が正のときに熱が入

    り(9'>O),負のときに熱が出る(9'

  • I1II ・

    y

    ll

    ダ゜0

    レvjぺー

    S'=0

    杉 本

        O    が゜0

    図1 管の中の固有振動モード(実線および

       破線はそれぞれ圧力びと流速がの空

       間分布を表す.矢印はある瞬阻の流

       速ベクトルを示し,管の中央を境にそ

       の向きが変わる)

    に,両端が開いた管を鉛直に置いた場合を考え

    る.管内には,圧力が実線で示すように両端で節

    をもち,速度は破線で示すように両端で腹,中央

    に節をもつ固有振動モードがある.これを式で書

    けば,次のようになる.

    lj=-

    α

    ツ〕

    ρoao

    (22)

    ここでパは管の長さであり,J軸を管に沿って原

    点を下端にとる.また,びはJ軸方向の速度成分

    であり,αは任意定数,ω=παo//である.簡単

    のため,管の上下端では大気圧に等しいと仮定

    し,超過圧ガをOとする.

     網のような熱源をJ=Sに置くと,空気への熱

    伝達の時間変動成分は網を通過する速度に比例す

    ると考えられるが,重要なのは位相遅れを体うこ

    とである.後に述べるように,固体表面近くの気

    体の速度と表面からの熱流束との間には一種の履

    歴関係があり,振動する場合には,これは位相遅

    れとして現れる.そこで,網から空気へ伝達され

    る熱流束の変動成分9'を次のように仮定する22).

    Q’ニβが(工二s,t‾ts) (23)

    ここで,βは網と空気の温度差に比例する正の定

    数であり,らは時間遅れである.

    熱 音 響 現 象 427

    この熱源から音が発生するにはレイリーの条件

    (20)が必要であり,

    -p’ q’=

    し 21)

    α

    一〇ao

    Sln

    -p'(fは

    j

    sin (ωら)>027てS

    - /

                       (24)

    となる.位相遅れωらはO<ωら<πと考えられ

    るので,sin(ωら)は正となり,式(23)が正にな

    るには,s//は1/2より小さくてはならない.し

    たがって,網を管の下半分に置くと音が発生する

    ことになり,実験結果を一応説明できる.なお,

    網を逆に冷却するとβの値が負になるので,上半

    分に網をおくと,音の発生が予想され,実際音が

    する.

    温度勾配下の散逸効果により発生する音

     4.1 粘性・熱伝導性の役割

     いま注目を浴びている熱音響現象がこの場合で

    ある.散逸効果は音を減衰させるので,増幅は考

    えにくい.しかし,壁面に沿って温度勾配がある

    と,背後に熱流が存在するので,増幅が可能にな

    るのである.系は閉じておらず,開いている.

     この現象を説明するために,温度勾配をもつ管

    内の音の伝播を考える.管は十分な熱容量を有

    し,壁面温度は軸方向に非一様であるとする.重

    力を無視すると,静止平衡状態では圧力は至ると

    ころで一定値♪oをとる.軸方向に非一様な静止

    した気体の温度および密度を,それぞれ7こ(J),

    ら(J)とする.ここで,添え宇則ま平衡状態での

    値を意味し,Jは管に沿った座標である.気体の

    温度が断面にわたって壁面温度に等しくなるに

    は,温度勾配は適当に緩やかでなければならな

     壁面は滑らかで,そこでは気体の速度はOにな

    り,温度は壁面温度に等しくなるものとする.壁

    面での境界条件のために,粘性や熱伝導性の効果

    が無視できない拡散層が壁面に沿って出現する.

    拡散層は速度と温度に関してそれぞれ発達し,2

    重構造を有する.拡散層を一般に取り扱うことは

    解析を極めて複雑にし,本質を見失わせる恐れが

    ある.そこで,拡散層の厚さが管径に比べて「薄

    い場合」,「同程度の場合」,そして「厚い場合」に

    分けて考える.問題にする熱音響現象は,拡散層

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

  • (30)

    428 機械 の 研究 第60巻 第4号 (2008)

    の厚さが薄いか,同程度の場合である.本橋で

    は,簡単のため拡散層が薄く境界層として取扱い

    ができる場合について述べる.詳しくは文献21

    を参照されたい.同程度の場合でも,定性的には

    境界層の考えが適用できると思われる.

     境界層外部の領域を主流部と呼ぶ.圧力および

    流速はその断面にわたってほぼ一様であり,それ

    らの平均値をび(jrJ),が(JJ)で表す.しかし,

    境界層の厚みは場所や時間によって変化するの

    で,主流部の断面積は一定ではない.境界層は,

    その外縁で断面内向き速度ら(JJ)を通して主流

    に影響を与える.境界層の詳しい解析を行うと,

    ら(ヱパ)は以下に示すがの履歴積分で与えられ

    る21)'24).

    臨=,几Aj 半・ydハ∂‾1/2び

    7こ(士「

    ここで C,CTは次の定数であり

    C=1十7-1

    謳CTニ

    ∂ド1/2

     (25)

    士  

    1     (26)

    2居士肖

    ら(J)(=μ/ら)は勤粘性率である.非整数-1/2

    階の微分は, 以下の積分で定義される25).

    ∂‾1/2が  1  f び(工,T)

    ∂ド1 /2 ° Tjフ

    アームニ‾ydr (27)

     一方,壁面から気体に入る熱流来店も,同様

    に次の履歴積分で与えられる.

    肌=cD叫Teぶン‾ム回申レ計ごj

     ☆水谷レ」(28)

     係数ら石(=釈)/呪)は定数であるので,QJま

    らと同じ形で与えられる.特にC=2CTの場合

    には,Q。とらは完全に比例する.

     式(25),(28)は,がのいかなる形の微小撹乱

    に対しても成立する一般的な関係である.もし,

    u'が調和振動y“をしている場合には,その

    -1/2階微分は(1づ)e沁t!翁ふ‾=[(仙)‾1/‰白]と

    なり,履歴効果はらやQJこπ/4の位相遅れを生

    じさせる.これからも,前節での式(23)におけ

    る位相遅れが理解される.

     4.2 主流部に及ぼす境界層の効果

     主流部の音の伝播を考える.その断面は境界層

    によって変化することから,連続の式(7)を断

    面に わたって平均すると,次のようになる.

    ∂o’

    & ∂句汪 (ρμj')゜ ‾

    yipげbdsニ 2互らら

                       (29)

    ここで,jは主流部の断面積であるが,境界層が

    十分薄いので管の断面積で置き換えてもよく,沢

    は管の半径(または水力半径)である.

     一方,軸方向の運動方程式にはらは寄与しない

    から,式(8)のJ方向成分は成り立つ.この二

    つの式から,

      ∂2/)'-

    7)'に対する波動方程式は

    乱心ド

    ∂y

    盲ド

    牡2a汽/R∂‾1/2

    7?  ∂ド1/2

    言ブご訃,

    ∂戸

     十

    となる.ここで,ら(=毎元=訴)毀)は線形

    の局所断熱音速である.この式を用いると,静止

    平衡状態にある気体が不安定化し,振動が自然発

    生する臨界条件を求めることができる.また,強

    制振動により発生する音圧分布等を求めることが

    できる.この線形解だけで,4.3節で述べるエネ

    ルギーフラックスの時間平均値を求めることもで

    きる.

     ちなみに,境界層近似を用いずに式(30)に

    相当する圧力方程式の導出は,既にロット

    (Rott)26ド28)やホイートレイ(Wheatley)29),ス

    ウィフト(Swift)15)らによって行われている.そ

    の方程式を解くのは極めて難しいが,唯一温度分

    布がステップの場合には解けるので,ロットによ

    って臨界条件が求められている.ただし,熱伝導

    性があるにもかかわらず,不連続な温度分布を仮

    定できるかという問題点を含んでいる.しかし,

    矢崎ら3o)はこの臨界条件を実験によって確認し

    てお力,この検証結果がロットの仮定を支えてい

    る.ステップの場合以外には,解は数値計算に頼

    らざるを得ない.ロットは,臨界条件の導出にこ

    こで述べた境界層理論は使えないと考えたが,特

    異摂動法を用いると温度分布が滑らかな数物型の

    場合には解か求められ,臨界条件が導出できるこ

    とが最近示された31).

     次に,音のエネルギー方程式について述べる.

    連続の式が式(29)のように修正されることか

    ら,式(12)は以下のようになる.

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

  • ∂£

    ‾jバ‾

    ∂7

      一一  一心

    言p'≒

    杉冰

    (3D

    ここで,7=t)’u’であり,軸方向の音響エネルギー

    フラックス密度である.周期解を仮定して式

    (31)を一周期にわたって平均し,管の断面積を掛

    けると

    こ(リ2-  -/)ニ27rRt)冶b (32)

    となる.これから,主流部を軸方向に流れる平均

    音響エネルギーフラックスの変化率が,境界層が

               -主流部に対してする仕事率27てRp泌b

    えられる.

    によって与

     いま,角周波数ωで振動する定在波を考え,

    (7)’,ぜ]=(f)(J),じ(J)]y“とおく.ただ,し,

    /J)(jr),じ(,r)はそれぞれの複素振幅を表し,等式の

    右辺は実部をとるものとする.複素振幅じを式

    (8)から(f/らω)d程dJと表し,式(25)を用い

    ると

    ここらTy百ズンふミデ(一c十CTX)7)2    (33)

    となる.ここで,召は実数とし,χは次に定義され

    る温度勾配と圧力振幅勾配の積である.

    1 d7こ 1 (涯)

     =--χ 八dJ 一戸 dJ

    一ω2

    (34)

    熱 音 響 現 象 429

    (ω0を自乗すると2倍高調波cos(2ω1)/2と直

    流成分1/2が現れることからも容易に想像され

    る.非線形性を考慮すると,物理量の時間平均値

    は平衡状態での値に必ずしも等しくなくなり振幅

    の自乗程度の大きさの範囲で異なるようになる.

     連続の式(1)のρΓは,質量フラックス密度ベ

    クトルと呼ばれており,単位時間当たりに単位面

    積を通して輸送される流体の質量である.なお,

    「密度ベクトル」を以後省略して呼ぶことがある.

    質量フラックスの時間平均値は,r=r'とおいて,- 一一plクニρμダ十○″ U’ (35)

    となる.方程式(30)の線形解がから求められる

    ρ',r'を右辺に代入すれば,ρΥの二次項は正しく

           ー評価できるが,む'はOになり二次項を求めること

    ができない.そこで,式(30)で無視した非線形

    項を取り入れた高次の方程式が必要になる.しか

    し,管の一端が閉じていると,そこでは音響流は

               -Oであるので,連続の式d(ρΓ)/dJ=Oからr'の二

    次項を求め力くても節はOになることがわかる.

    もし,管路がループであればこの結果は使えず,

    音奔流はOにはならない.

     音響流と同じことが,エネルギー式(4)の∇

    のもとにあるエネルギーフラックス(密度ベクト

    ル)に対しても当てはまる.まずoHtクを分解す

    ると,ρ(r・r)r/2とρ削川こなる.振幅の二次項

    の範囲では,最初の項は三次になるので無視でき

    る.後者の項は・hニcpTなる関係を用いると,

    次の二次項を生み出す.

      - 一一  -  ρ/口々(ρげ'十ρΥ)恥十ρ訪T     (36)

     右辺の括弧の中の量は音響流による質量フラッ

    クスであり,エンタルピー恥がそれに伴って輸

    送されることを示している.一方,エンタルピー

    の撹乱は,熱力学の第一法則を用いると,圧力と

    エンロピーの撹乱とによって次式で関係づけられ

    る.

      h'=土が十TeS’        (37)   馬

    これより

      ρ訪Tニ♪T十ρ/らST      (38)

    と書ける.右辺の最初の項は,音響エネルギーフ

    ラックス(密度ベクトル)/にほかならない.第二

    項は,Tβ’が熱量であることに注意すると,移流

    により輸送される熱流束であり,ヒートフラック

     温度勾配がなければ(χ=O)がらは必ず負の値

    をとり,音響エネルギーフラックスは減少する.

    しかし,温度勾配があるとそれを正にすることが

    できる.壁面温度ちがJ軸の正の向きに増加す

    るとすれば,χの値を正にするには圧力振幅?も

    その向きに増加していなければならない.そし

    て,少なくともガとらがともに正,またはとも

    に負になる位相関係が必要である.境界層が主流

    部をピンチすることによって仕事をし,結果とし

    て主流部の音響エネルギーフラックスが増幅す

    る.エネルギー増幅は,適切な温度勾配と散逸効

    果がなければ起こらない.これが熱音響効果によ

    る増幅である.

     4.3 音響流と熱音響流

     これまでの議論では,音圧が十分小さいとして

    非線形性を無視してきた.音圧が大きくなると新

    しく非線形現象が現れる.その一つが,振動流か

    ら時間的に一定な流れが誘起される音響流であ

    る32).このような流れの出現は,例えば,cos

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

  • 430 機械 の 研究 第60巻 第4号 (2008)

    ス(密度ベクトル)Jと呼ぶ.これが熱音響流で

    ある.これに,本来の熱流ベクトルーた∇Tや粘

    性応力によるエネルギーフラックスayも加わる

    が,これらの寄与は小さい.以上をまとめると,

    エネルギーフラックスは,振幅の二次の範囲では

    エンタルピーフラックスに等しく,これは音響エ

    ネルギーフラックスとヒートフラックスに分ける

    ことができる.

     主流部で散逸効果を無視すると,圧力振幅ノ)と

    流速振幅じo=司(仔)/dJ)の位相は完全にπ/2異な

    るので,軸方向の平均音響エネルギーフラックスーノはOである.しかし,境界層による散逸を考慮

    すると.Pは式(30)を満たさなければならない

    ことから,μとじとの位相差がπ/2からわずかに

    ずれ,式(32)で与えられるノの変化を生み出す.

    境界層も含めた全断面を軸方向に流れる平均音響

    エネルギーフラックスfの変化率は,以下のよう

    に与えられる21).

    世心

    2作瓦石

    詣‾両肘

    パdP

    dJ

    匹n/`

    ω2

    主流部では,

     言十r'゜∇s戸0

    C十1十(CT

    寸・

    (39)

    (40)

    が成り立つので,エントロピーと流速との間の位

    相は完全にπ/2異なるために,温度勾配があって

    もヒートフラックスは時間平均すれば流れない.

    しかし,境界層の内部では熱伝導吐が本質的に重

    要であるので,式(40)の右辺がOでなくなり,

    ヒートフラックスが発生する.詳しい計算21)か

    ら,管の全断面(実質境界層を)通して軸方向に

    流れる平均ヒートフラックスフは  2瓦RCDTコ‾只ふ        (仔)

    匹 頴八肘ω2(瓦ド恥χ)フニ)石(肘)

    となる. ここで,らT戸肘/(γ-1)であり,KJ

    瓦7は以下のように定義される定数である.

    K7ニ

    KTニ

    (γ-1)(1十謳)

     毎(1十Pr)

     1十謳十Pr

    (1十Pr)( Pr十Pr)

    (42)

     管の全断面にわたって式(4)を積分し,時間

    平均すると次式が成立する.

    (43)

    ここで,壁から入る熱流をQ。(=一反∂7ソ前回o,

    nは壁面に垂直に管内向きにとった座標で,壁面

    をn=Oとする)とし,qは側面から流人する熱流

             -の時間平均値2万別貳である.

     以上の議論は,拡散層の厚さが管の半径に比べ

    て薄いとした場合に当てはまる.管の半径が小さ

    くなるにつれ,拡散層はもはや境界層とみなすこ

    とができなくなり,管の断面全体を埋め尽くすよ

    うになる.この場合でも,音の波長が管の径に比

    べて十分長ければ,拡散層の振舞いは境界層と同

    じ方程式で支配される.しかし,境界層外縁やそ

    こでの速度らという概念が薄れ,解析も複雑に

    なる.

     角周波数ωで振動する気体の粘性拡散層の厚さ

    は,勤粘性率陥を用いて石フこで見積もられる.

    一方,熱拡散層の厚さは,温度拡散(伝導)率

    らけた/以外)を用いてぶこフ‾ぶと見積もられる.

    プラントル数を0.7とすれば熱拡散層の方が若干

    厚いが,おおむね同程度であるので,両拡散層の

    厚さを粘性拡散層の厚さで代表させて議論する.

     管の半径を7?とすると,管の中に占める拡散層

    の割合は,次の厚さ比∂で評価される.

    ∂=

    瓦石

     7?

    毎こ巡7?

    (44)

    この比は,次のようにも解釈できる.粘性によっ

    て半径Rの距離拡散する時間は,晦の次元が

    [m2/s]であることから,7'=R2ハノeで見積もられ

    この時間を振動の周期ω‾1に対して比べる

    ∂とは

    ω77=

    ノ?2ω=δ‾2 (45)

         ジe

    なる関係がある.ここで述べた境界層理論は,∂

    の値が1より十分小さい場合である.熱音響効果

    を大きくするために半径を極端に小さくする

    (δ≫Dと,音速が極めて遅くなり,音が管の中を

    伝播できなくなる.実験で熱音響効果が顕著に現

    れるのはωΓの値が大体4/Pr位であることが知

    られており2o),このとき∂の値は0.4位である.

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

    sugimoto四角形

  • 杉 本

     4.4 熱力学的な解釈

     前項での議論は,空間に固定した座標系から眺

    めた,いい換えればオイラー的に見たエネルギー

    の流れである.これに対し,気体粒子(気体分子

    と混同してはならない)に着目したラグランジュ

    熱 音 響 現 象

    1)u

    的な見方をすれば,また遠った見方ができる33)1)o

     このためには,気体粒子の変位を考える必要が

    生じる.ある時刻け=Oとする)にJ=Xにいた

    粒子の現在の位置をJ=れX,t)とすると,基準

    位置からの変位はJ-X(=ど)となり,dど/dけむ

    を満たす.境界層内のJ方向速度の主流部からの

    偏差量を厚さにわたり平均(壁面に垂直にとった

    境界層座標についてOから無限遠まで積分して厚

    さにフ石で除す)すると,一汗1/2びが゛となる.

    これから,偏差量は主流速度に比べて位相が

    3π/4進むことがわかる.境界層内の速度は主流

    部速度と偏差量の和であるので,平均変位の複素

    振幅Ξ.は(1づ‾1/2)(らω2戸dPノdJとなる.添

    え字皿は厚みにわたる平均量を表す.

     境界層内の圧力は主流部の圧力に等しいことか

    ら` t)aUこ1)o+Pcos(ω0とおける.一方,比体積

    り(=1/ρ)は,境界層内の変位や密度撹乱の偏差量

    の平均から以下のように求められる.

    む肌ノ=

    ただし,

      召=

    1一一ら

    ―上敦

    [(1十召)cos(ω0十召sin((�)]

    CT-

    j〕 』

    (46)

    (47)

    431

    断熱関係

         亀ーゝ

    ち        ゝ%

             気Sゝゝ

                %ゝ4

                     ー                 Sーゝー

                        ゝ●ゝゝ

                           S

    見トポンプ(χ=02)

    へ      一

    `ヽヽ、   プライムムーバ

     ``ヽヽ、      (χ=2)

        ゝ4ゝS

         ゝゝ●ゝ      4ゝ4ゝ       ゝ

    1/ρ。 りαZj

    図2 境界層内の気体の平均圧力帳luと平均比体積

       リ。との間の関係〔矢印はサイクルの向きを指

       し,破線は散逸効果を無視した場合の断熱関

       係,細線は式(46)で召sin(ω0を無視した場

       合の関係を示す)

    召>O(χ=0.2)の場合であれば反時計回りに回る

    ので,気体粒子は外部に対して仕事をする,また

    はされることになる.前者のサイクルはまさにプ

    ライムムーバであり,後者はヒートポンプであ

    る.両作用の分かれ目になるχの値は

    (C-1)/(CT-1/2)であり,KJZKTより大きい.

    ちなみに,これらの熱力学的作用を実現する機械

    をそれぞれエンジン,冷凍機と呼ぶ.

     サイクル当たりの平均仕事と,既に求めたエネ

    ルギーフラックスとの関係について述べる.単位

    質量の気体が1サイクルについてする仕事の時間

    平均は,式(46)より

        `ぶalノフ)。ヱ=

    ω

    肘ぺ詣

    Gソ〕 』

    (48)

    となる. これは,また7Ud痢ノd目こ等しい.式

    (48)に密度を掛けて単位体積当たりの量に変換

    し,境界層の厚み百フこと管の円周2漬を掛け

    ると,管の単位長さ当たりのパワーになる.

     これは,全断面を通して流れる音響エネルギー

    フラックスfの空間的変化率df/dJに寄与する.

    音響エネルギーフラックスの発散は,連続の式を

    用いると

    ∇・(po=ρ

    ’/―ゆI、

    Dむ

    胱ー+

    土ρ (49)

    と書ける.右辺括弧内は単位質量当たりの量であ

    る.第一項を粒子の運動jr=J(Xパ)について平

    CX4

     a

    n乙e

     p

    である.求めたり.と7‰から時間を消去する

    と,境界層内の圧力と比体積の関係が求められ

    る.図2は,ヘリウム(7ニ1.67,Pr=0.678)に

    おけるχ=2とχ=0.2の場合の関係を示す.な

    お,図に用いた召/所司の値は等しくとった.

     主流部の気体粒子では断熱可逆変化が起こるの

    で,圧力と比体積の関係は直線である.圧力と密

    度の撹乱は線形の局所断熱音遠心を介して斤

    (lジで結ばれているので,比体積の撹乱は

    ーρソペとなる.したがって,気体粒子が外部に

    する仕事タ.(飴.の1周期にわたる積分値はOで

    ある.

     これに対し,境界層内では図2からわかるよう

    に楕円を描き,召<O(χ=2)の場合には時計回り,

    sugimoto四角形

  • 432 機械 の 研 究 第60巻 第4号 (2008)

    均したものが式(48)である.これにρを掛ける

    と,式(39)の右辺最初の二項であり,最後の項は

    r・∇/)からの寄与である.このように,オイラー

    的見方とラグランジュ的見方が結びつく.

     気体粒子の変化を熱力学的サイクルとして捉え

    ると,熱効率が考えられる.プライムムーバの場

    合,式(48)にらと2屈ソ石フ石を掛け,さらにJ

    方向の微小区間長さJjrを掛けると発生するパ

    ワーJ・z)が得られる.このとき,ヒートフラック

    スブは式(41)より,温度勾配を下り圧力の節に

    向かって流れる.パワー∠1・7='がyから変換された

    として,熱効率ηをJf/副で定義すると,ηは

    ηニ

    (γ-1)

    GTj 』

    ∠ぼ e-

    (瓦ドKTX)χ 八

                       (50)

    となる.本来エンタルピーフラックスに対して定

    義すべきであるが,音響エネルギーフラックスの

    値は十分小さい.微小区間両端での温度差J石

    の間で作動するカルノーサイクルの効率はj石

    /八である. したがって,右辺の∠ITeZTeの係数

    はカルノー効率に対する比である.この最大値は

    プラントル数の関数である.ヘリウムではχ=

    1.86で16%であり,定在振動型プライムムーバで

    は高々20%止まりである.しかし,プラントル数

    がOの極限では100%になることに注意したい.

     ヒートポンプの場合には,逆に外から与えたパ

    ワーがどれだけ低温から高温に流れるヒートフラ

    ックスに変換されたかを測る動作係数(COP :

    Coefficient of Performance)が万|∠μz)|で定義され

    る.ヒートフラックスは圧力の腹に向かって流れ

    る.カルノーサイクルの動作係数に対して,ヘリ

    ウムではχ=0.59で最大62%で,他の熱機関に比

    べるとこの比は大きく,これが期待される所以で

    ある.

     5.熱音響現象の熱機関への応用

     温度勾配下で振動する気体における散逸効果

    は,一種の熱サイクルを発生させることを見てき

    た.このサイクルは,「自然な」非可逆過程のも

    と,熱力学的変数の間の「自然な卦位相関係によ

    り形成されるので,ホイートレイ(Wheatley)は

    これを「自然なエンジン」(natural engine)と呼ん

    だ14)・29).確かに,従来の熱機関では,スターリ

    ングエンジンを含め適切な位相関係が外的につく

    られている.

     この考えのもとに全ての研究がこれまで進めら

    れてきたわけではないが,熱音響効果を増大させ

    るための様々な工夫がなされてきた.最初は,ソ

    ンドハウス管のスロート内に小さなガラス管を置

    くと音のレベルが増大することがわかった34).

    これから,管の中に薄い平板を積層したもの(ス

    タックと呼ばれる)や八二カム構造のものを挿入

    すると効果が高まることがわかった.スタックを

    用いると,一端が閉じた管で温度差200~400度

    程度でも音の発生が容易に確かめられる15).

     しかし,ヒートポンプ作用の確認は容易ではな

    い. ホイートレイの考えのもとにホフラー(Hof-

    ler)は,ソンドハウス管の端をスピーカで振動さ

    せ,スロート部に極めて密なスタックを用いて,

    室温から200 K程度まで冷却できることを1986年

    に学位論文で示した15)・35).気体には10気圧に加

    圧したヘリウムが使用された.また,ソンドハウ

    ス管のスロート部に二つのスタックを挿入し,一

    つには外から温度差を与えてプライムムーバ作用

    をさせて自励振動を発生させ,もう一つのスタッ

    クではヒートポンプ作用を発生させる実験が3気

    圧のヘリウムを用いて行われた15).

     ところで,スタックは,スターリングエンジン

    の再生器(蓄熱式熱交換器)に似ている36).再生

    器には細かい多孔質の充填材が使われており,目

    のサイズはスタックの間隔に比べれば極めて小さ

    い.熱音響現象の利用には,スタックの間隔が境

    界層厚さとおおむね等しい場合が最適である.こ

    の間隔の違いはスタックと再生器を通るエネル

    ギーフラックスに違いを与える.

     拡散層が薄い場合に限らず,スタックを通過す

    る音響エネルギーフラックスとヒートフラックス

    の時間平均量は

    訃卜 (5Dを満たす.気体が熱容量の大きな壁に接していれ

    ば,式(43)に示したように,右辺には壁からの

    ヒートフラックスが入るが,スタック白身に両端

    に取り付けた熱交換器以外に熱の出入りがないと

    すれば,局所的に右辺はOになる.関係式(51)か

    sugimoto四角形

  • 杉 本 熱 音 響 現 象

    ら,7+yがJによらず一定となり,音響エネル

    ギーフラックスの変化とヒートフラックスの変化

    が反対になる.

     一方,再生器では空隙が境界層の厚さに比べて

    極めて狭いために,気体は等温変化し,エントロ

    ピーは圧力と逆位相で変化する.また,粘性が支

    配的になり,音はもはや伝播できなくなり,流速

    と圧力の位相が定常流れのように等しくなる.も

    し定在振動であれば,圧力の位相と速度の位相は

    おおむねπ/2異なる.一方,スタック内では平板

    間隔が境界層の厚み程度になっても同位相にはな

    らなず,壁から離れた気体は断熱に近く,壁近く

    では等温に近い中間的な変化をする.この意味

    で,定在振動する熱音響エンジンとスターリング

    エンジンは異なる.

     再生器内の流れは等温的であるため温度の撹乱

    が起こらず,エンタルピーの撹乱が起きないので

    f十7=0 (52)

    となる.これから,音響エネルギーフラックスと

    ヒートフラックスの向きが反対になる.なお,式

    (51)では両者の和がOであるとはいえない.圧力

    変動の波長は十分長く,再生器内でも圧力は空間

    的にほぼ一様であり,通過する質量フラックス

    ρむも一様であることから,uZTが一様とみなせ

    る.これから,速度は空間的に温度が高い所で速

    くなり,音響エネルギーフラックスfは温度に比

    例することがわかる.両端の熱交換器の高温部と

    低温部の温度をそれぞれTH, TCとし,フラック

    スにも同じ添え宇を付けると, THノTC=THノTc

    =靭/匙となり,熱効率やCOPはカルノーサイク

    ルのものに等しくなる15).

     セパレー(Ceperley)37)'38)は,スターリングエ

    ンジンの本質は,再生器内の圧力と速度の時間変

    化が同位相で起こることに着目し,これと同じこ

    とが進行音波を用いればできると1979年に発表

    した.進行波を実現するには閉じた管では無理な

    ため,ループ管路を用いることが提案された.こ

    こでいう進行波とは,調和振動する速度変動のう

    ち,圧力と同位相の成分をもつ変動のことであ

    る.

     セパレーは実験的にこのアイデアを自ら実現で

    きなかったが,その後1998年,矢崎ら39)は内部

    に再熱器を配置して熱音響自励振動を発生させる

    433

    のに成功した.さらに,翌年スイフトやバックハ

    ウス(Backhaus戸o)は,矢崎らのアイデアを拡張

    し,ループ管に共鳴管を枝管として付け周波数を

    下げた場合を研究した.進行波型プライムムーバ

    は定在波型に比べ熱効率がよく,カルノー効率に

    比べ40%にも達し,他の内燃機関に匹敵する.ま

    た2002年には,矢崎ら41)は進行波を用いたヒー

    トポンプの作成に成功している.ループ管では閉

    管では発生しなかったゲデオン(Gedeon)流と呼

    ばれる音奔流が現れ効率を低下させので,それを

    取り除く研究も行われている42).

           6.おわりに

     熱音響現象自体は,古くから知られているわり

    には,これまで研究は活発であったとはいい難

    い.その理由は,現象自体,熱・音・流れが複雑

    に絡み,取扱いが難しいためであるが,学際的な

    分野に属することも一因として考えられる.しか

    し,最近は環境・エネルギー問題に関連して熱音

    響式熱機関の実用化に向け研究者の数は増え,世

    間の認識も高まってきている.そのせいで,熱音

    響現象=熱機関という誤った認識が広まってきて

    いることを危惧している.改めて熱音響現象は他

    にも多く存在することを強調したい.

     とはいっても,本橋もその説明に充てたために

    バランスを矢く結果になってしまった.燃焼によ

    り発生する音や振動においても解明すべき問題は

    多い9).

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    sugimoto四角形

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