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121 Ⅷ.森林小流域の選定 「Ⅴ.2.SWATモデルの概要(3)森林域を対象にSWATモデルを適用するにあ たっての課題」で整理したように、SWAT モデルを日本の森林域に最適化するためには、森 林小流域に調査地を設定し現地調査を行うことが必要である。調査地の選定にあたっては、 SWAT モデル内で森林に関連したパラメータが現状でどのように機能しているかを整理する ために、パラメータの影響度合をある程度考慮しながら、試行的な SWAT モデルを実際に構 築・実行し、並行して、流域内の森林の特徴の整理結果から小流域を絞り込み選定するこ ととした。以上をフローとして示すと下図のとおりである。以下、図に沿ってそれぞれの 検討結果を詳述する。 図Ⅷ-1 森林小流域選定のフロー 1.森林におけるSWATモデル最適化 (1)SWATモデルにおける森林パラメータの整理・分析 森林小流域を選定する上で、どのパラメータを考慮すべきか確認するため、水収支 関連パラメータを分類・整理した(表Ⅷ-1-1)。なお、SWAT モデルの構築では、水 収支を検討・調整した後に水質を考慮することが推奨されているため、ここでは水収 支に関連したパラメータのみ整理している。また、水収支に影響するパラメータには、 HRU ごとに設定するものだけでなく、流域レベルで設定するパラメータ(.bsn)、支流域 レベルで設定するパラメータ(.sub)が存在するが、ここでは森林に注目しているため、 森林の種類ごとに設定が可能となる HRU レベルにおけるパラメータのみを整理の対象 とした。 上記に加え、森林の種類による違いがどのパラメータに反映されるか検討するため、 植物・作物パラメータの整理を行った(表Ⅷ-1-2)。森林の種類による違いは土地 利用データ上の違いとして設定することができ、土地利用データに対応する情報 は.crop データベースに格納されている。

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Ⅷ.森林小流域の選定

「Ⅴ.2.SWATモデルの概要(3)森林域を対象にSWATモデルを適用するにあ

たっての課題」で整理したように、SWAT モデルを日本の森林域に最適化するためには、森

林小流域に調査地を設定し現地調査を行うことが必要である。調査地の選定にあたっては、

SWAT モデル内で森林に関連したパラメータが現状でどのように機能しているかを整理する

ために、パラメータの影響度合をある程度考慮しながら、試行的な SWATモデルを実際に構

築・実行し、並行して、流域内の森林の特徴の整理結果から小流域を絞り込み選定するこ

ととした。以上をフローとして示すと下図のとおりである。以下、図に沿ってそれぞれの

検討結果を詳述する。

図Ⅷ-1 森林小流域選定のフロー

1.森林におけるSWATモデル最適化

(1)SWATモデルにおける森林パラメータの整理・分析

森林小流域を選定する上で、どのパラメータを考慮すべきか確認するため、水収支

関連パラメータを分類・整理した(表Ⅷ-1-1)。なお、SWATモデルの構築では、水

収支を検討・調整した後に水質を考慮することが推奨されているため、ここでは水収

支に関連したパラメータのみ整理している。また、水収支に影響するパラメータには、

HRU ごとに設定するものだけでなく、流域レベルで設定するパラメータ(.bsn)、支流域

レベルで設定するパラメータ(.sub)が存在するが、ここでは森林に注目しているため、

森林の種類ごとに設定が可能となる HRU レベルにおけるパラメータのみを整理の対象

とした。

上記に加え、森林の種類による違いがどのパラメータに反映されるか検討するため、

植物・作物パラメータの整理を行った(表Ⅷ-1-2)。森林の種類による違いは土地

利用データ上の違いとして設定することができ、土地利用データに対応する情報

は.cropデータベースに格納されている。

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さらに、土壌の物性情報が格納された、.sol データベース内の項目について表Ⅷ-

1-3に整理した。このデータベース内の情報は水収支だけでなく水質や土砂流出量

にも影響するため、森林小流域選定上も重要である。

これらの整理したパラメータは、SWAT が開発されたアメリカにおけるデータを元に

設定されたものである。SWAT の強みの一つとして、これらのパラメータがデフォルト

として設定されているため、データが不足していてもシミュレーションを実行できる

点がある。しかし、デフォルトのパラメータをアメリカ以外の地域に適用しても問題

がないかどうかは、対象地域で個別に検討する必要がある。日本において SWATを用い

た研究はまだ少なく、特に森林地域に着目した研究例はない。このことから、日本の

森林地域における適切なパラメータ値については、今後、既存文献収集などにより検

討していく必要がある。

また、今回整理した水収支関連パラメータに加え、水質や土砂流出に関連したパラ

メータについても今後整理を行う必要がある。

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表Ⅷ-1-1 水収支関連パラメータ

※SWAT Input/Putput Documentation Version 2012 参照

パラメータ名

データベース

最小値 最大値 デフォルト値 単位 定義・解説 影響する結果

SLSUBBSN .hru 10 150 50 [m] 平均斜面長 集中時間

HRU_SLP .hru 0 0.6 ※1 [m/m] 平均斜面勾配 側方流

OV_N .hru 0.01 30 ※2 地表面におけるマニングの N(粗度係数) 集中時間

LAT_TTIME .hru 0 180 0 [days] 側方流が流出するまでの時間。入力がなければ、土壌特性から計算される 側方流

SLSOIL .hru 0 150 50 [m] 側方流に寄与する平均斜面長。入力がなければ、SLSUBBSNと同値となる 側方流

CANMX .hru 0 100 0 [mm] 樹冠最大貯留量。葉面積の関数として変化する樹冠貯留量の最大値。 潜在蒸発散量、表面流量

ESCO .hru 0 1 0.95

土壌からの蒸発ファクター。土壌の深い層から低い層への水の移動しやすさを示し、数値が低いとより深い層からも蒸発する 潜在蒸発散量

EPCO .hru 0 1 1 植物の吸水ファクター。数値が高いとより深い層からも吸水される 潜在蒸発散量

SHALLST .gw 0 5000 1000 [mm] 浅層地下水の初期地下水位 地下水

DEEPST .gw 0 10000 2000 [mm] 深層地下水の初期地下水位 地下水

GW_DELAY .gw 0 500 31 [days] 土壌表層から地下水層に到達するまでの遅延日数 地下水

ALPHA_BF .gw 0 1 0.048 [1/days] 降水による供給がない状態での地下水の流出量(ベースフロー)を決定するファクター 地下水

GWQMN .gw 0 5000 1000 [mm] 浅層地下水が川へ流出する際の閾値 地下水

GW_REVAP .gw 0.02 0.2 0.02

地下水の再蒸発(土壌表層への水の移動)係数。地下水面が高い場合と、深く根を伸ばす植物が生育する場合に顕著となる。値が高いほど移動しやすい 潜在蒸発散量、地下水

REVAPMN .gw 0 1000 750 [mm] 毛管上昇が生じる浅層地下水の閾値 潜在蒸発散量、地下水

RCHRG_DP .gw 0 1 0.05 [fraction] 水が土壌表層から地下深層に浸透する割合 地下水

CN2 .mgt 35 98 ※2

カーブナンバー法により表面流出量を計算する際のパラメータ。 作物タイプと土壌の透水性(A~D)、土壌の湿潤状態から決定される 表面流量

SOL_Z .sol 0 3500 ※3 [mm] 土壌の層の厚さ(各層で設定) 土壌水

SOL_BD .sol 0.9 2.5 ※3 [g/cm3] 湿潤土壌容積 土壌水

SOL_AWC .sol 0 1 ※3 [mm/mm] 土壌の有効水分量 土壌水

SOL_K .sol 0 2000 ※3 [mm/hr] 土壌の飽和透水係数 土壌水

SOL_ALB .sol 0 0.25 ※3 湿潤土壌のアルベド 潜在蒸発散量

※1 入力がなければ、支流域の平均斜面勾配と同じ値となる

※2 SWATデータベース内から選択された作物タイプと土壌タイプにより決定

※3 SWATデータベース内から選択された土壌タイプにより決定

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表Ⅷ-1-2 植物・作物パラメータ

※SWAT Input/Putput Documentation Version 2012 参照

パラメータ名

畑 水田 常緑樹 落葉樹 混交林 単位 定義 影響する結果

BIO_E 33.5 22 15 15 15 [(kg/ha)/(MJ/m2)] 日射利用効率。日射に対してどれだけバイオマスを生産できるか 植物成長量

BLAI 3 5 5 5 5 最大葉面積指数。以下 5項目は葉面積発達指数を求めるためのパラメータ 植物成長量

FRGRW1 0.15 0.3 0.15 0.05 0.05 [fraction] 最適葉面積発達曲線上の第 1点上における植物の成長度 植物成長量

LAIMX1 0.05 0.01 0.7 0.05 0.05 [fraction] 最適葉面積発達曲線上の第 1点上における最大葉面積指数割合 植物成長量

FRGRW2 0.5 0.7 0.25 0.4 0.4 [fraction] 最適葉面積発達曲線上の第 2点上における植物の成長度 植物成長量

LAIMX2 0.95 0.95 0.99 0.95 0.95 [fraction] 最適葉面積発達曲線上の第 2点上における最大葉面積指数割合 植物成長量

DLAI 0.64 0.8 0.99 0.99 0.99 [fraction] 葉面積が減少し始める時の、成長期の経過割合 植物成長量

CHTMX 1 0.8 10 6 6 [m] 最大樹冠高 植物成長量

RDMX 2 0.9 3.5 3.5 3.5 [m] 根の最深長。樹木では常に最深長で設定される 植物成長量

T_OPT 30 25 30 30 30 [℃] 植物の最適温度 植物成長量

T_BASE 11 10 0 10 10 [℃] 植物の成長に必要な最低気温 植物成長量

USLE_C 0.2 0.03 0.001 0.001 0.001 土壌浸食の計算式(USLE)に使われるパラメータ Cの最小値。作物の成長に伴い値が変化する。栄養塩の流出量にも間接的に影響する 堆積物

GSI 0.00

5 0.00

8 0.002 0.002 0.002 [m/s] 最大気孔コンダクタンス。蒸発散量の計算に使われる。以下 2項目も同様 植物成長量

VPDFR 4 4 4 4 4 [kPa] 気孔コンダクタンス曲線上の第 2点上における飽差 植物成長量

FRGMAX 0.75 0.75 0.75 0.75 0.75 [fraction] 気孔コンダクタンス曲線上の第 2点上における最大気孔コンダクタンス割合 植物成長量

WAVP 8.5 5 8 8 8 [fraction] 飽差が 1単位増加したときの日射利用効率の減少率 植物成長量

CO2HI 660 660 660 660 660 [μL CO2/L air] CO2 の標高別大気濃度。気候変動時のシミュレーションなどに利用される 植物成長量

BIOEHI 36 31 16 16 16 [fraction] 日射利用効率曲線上の第 2点に相当する、バイオマスエネルギー比 植物成長量

RSDCO_PL 0.05 0.05 0.05 0.05 0.05 植物残渣の分解率 植物残渣

ALAI_MIN 0 0 0.75 0.75 0.75 [m2/m2] 休眠期における最小の葉面積指数 植物成長量

BIO_LEAF 0 0 0.3 0.3 0.3 [fraction] 休眠期に残渣物となるバイオマス(落葉)の割合。木のみに適用 植物成長量、植物残渣

MAT_YRS 0 0 30 10 50 [years] 成熟までの必要年数。木のみに適用

BMX_TREES 0 0 1000 1000 1000 [metric tons/ha] 森林の最大バイオマス

EXT_COEF 0.65 0.35 0.65 0.65 0.65 吸光係数

BM_DIEOFF 0.1 0.1 0.1 0.1 0.1 [fraction] 休眠期に枯れて残渣物となる地上部バイオマスの割合

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表Ⅷ-1-3 土壌パラメータ

※SWAT Input/Output Documentation Version2012(p301-316) 参照

項目 SNAM NLAYERS HYDGRP SOL_ZMX

ANION_E

XCL SOL_CRK TEXTURE SOL_Z1 SOL_BD1 SOL_AWC1 SOL_K1 SOL_CBN1 CLAY1 SILT1 SAND1 ROCK1 SOL_ALB1 USLE_K1

単位 (mm) (mm)

(Mg/m3 or

g/cm3)

(mmH2O/mm

soil)

(mm/hou

r)

(% soil

weight)

(% soil

weight)

(% soil

weight)

(% soil

weight)

(% soil

weight)

0.013(ton m2

hr)/(m3 ton cm)

定義

SWAT土壌

コード

層の数

(10層ま

で設定

可)

土壌の

透水性

(A~D)

根が伸長

可能な最

大深

アニオ

ン排除

土壌の

空隙率 土性

1層目の土

壌の厚さ

容積湿潤密度

(1.1~1.9) 有効水分

飽和透

水係数

有機炭素含

有率 粘土率

シルト

率 砂率 岩石率

湿潤土壌ア

ルベド

土壌流亡量計算に

用いる土壌係数

COVINGTO

N 3 D 1651 0.5 0.5 SICL-C-C 203.2 1.35 0.2 7.9 5.81 35 47.76 17.24 1.29 0.01 0.49

LIMERICK 3 C 1651 0.5 0.5

SIL-VFSL-VF

SL 127 1.3 0.21 12 2.03 7 71.07 21.93 0 0.01 0.49

MERRIMAC 4 A 1524 0.5 0.5

FSL-SL-GR--

LS-S 381 1.15 0.16 270 1.74 5 34.48 60.52 9.79 0.01 0.24

ONDAWA 3 B 1651 0.5 0.5

FSL-FSL-GRV

-COS 228.6 1.27 0.2 400 3.49 5 34.48 60.52 1.22 0.01 0.24

DUXBURY 4 A 1651 0.5 0.5

FSL-FSL-FSL

-GRV-COS 127 1.35 0.17 450 2.03 4 34.85 61.15 5.36 0.01 0.32

HINCKLEY 3 A 1651 0.5 0.5

GR--LFS-GR-

-LS-CB--COS 177.8 1.1 0.11 400 2.62 6 6.72 87.28 22.12 0.01 0.17

BUXTON 4 C 1651 0.5 0.5

SIL-SICL-SI

CL-SIC 203.2 1.05 0.22 6.5 3.2 22.5 52.72 24.78 1.01 0.01 0.32

CHOCORUA 3 D 1651 0.5 0.5

PEAT-HM-GR-

-S 203.2 0.3 0.25 230 9.88 10 45 45 0.63 0.01 0.01

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(2)既往データによる試行モデルの実行

森林小流域の選定において何を考慮すべきか把握するための前段階として、森林は

SWAT 上でどのように影響するのか確認することを目的とし、既往データを用いて試行

モデルを構築、実行した。使用したインターフェースは QSWATである。

試行モデルの構築に使用したデータは以下の通りである。

1)DEMデータ

アメリカ地質調査所の公開データから取得した30mメッシュDEMデータを利用した。

(https://earthexplorer.usgs.gov/)

国土地理院が公開している 10mないし 5m のメッシュ標高データも利用可能である

が、データ量が大きく計算効率が悪いため、今回は使用しなかった。次年度にモデル

構築する際にはこれらの高精度 DEMデータを使用することも検討する。

2)土地利用データ

国土数値情報 土地利用細分メッシュデータ(100mメッシュ)を利用した。

SWAT データベース内の作物タイプとの関連付けは表Ⅷ-1-4の通りである。森

林は、単一の土地利用と位置づけられており、樹種等で細分はされていない。

表Ⅷ-1-4 土地利用種割り当て表

LANDUSE_ID 国土数値情報 SWAT_CODE SWATでの定義

100 田 RICE Rice

200 その他の農用地 AGRL Agricultural Land-Generic

500 森林 FRST Forest-Mixed

600 荒地 BSVG Baren or sparsly vegetated

700 建物用地 URHD Residential-High Density

901 道路 UTRN Transportation

902 鉄道 UTRN

1000 その他の用地 URHD Residential-High Density

1100 河川地及び湖沼 WATR Water

1400 海浜 WATR

1500 海水域 WATR

1600 ゴルフ場 PAST Pasture

3)土壌データ

国土数値情報 20万分の1都道府県土地分類基本調査を利用した。SWATデータベ

ース内の土壌タイプとの対応付けは以下の表Ⅷ-1-5の通りである(土壌の物性パ

ラメータは表Ⅷ-1-3を参照)。また、対応付けのために参考にした文献収集値を

表Ⅷ-1-6に示す。参考にした文献は以下の通りである。

・土壌情報閲覧システム(http://agrimesh.dc.affrc.go.jp/soil_db/)

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・森林水文学 : 森林の水のゆくえを科学する 森林水文学編集委員会(2007)

・管理放棄人工林を主体とする御手洗水試験流域における土壌の性質と

水分保持能久米ら(2008)

・佐賀平野の水田土壌 江藤(1994) 低平地研究 No.3 March 1994

・九州に分布するテフラ由来土壌の硬化特性 (1)阿蘇火山西方に分布する「ニ

ガ土」の断面形態、一般的理化学性および鉱物学的特性 久保寺・山田(1995)

ペドロジスト第 39巻 第 2号

表Ⅷ-1-5 土壌コード対応表 国土数値情報土壌分類 SWAT土壌コード

グライ土 COVINGTON 赤黄色土 LIMERICK 褐色森林土 MERRIMAC 褐色低地土 ONDAWA 黒ボク土 DUXBURY 未熟土 HINCKLEY

灰色低地土 BUXTON 泥炭土 CHOCORUA

表Ⅷ-1-6 文献収集値

TEXTURE SOL_Z1 SOL_AWC1 SOL_K1 SOL_CBN1 CLAY1 SILT1 SAND1

グライ土 300 0.079 2.4

赤黄色土 159 0.095 1.6

褐色森林土 200 0.074 200~ 2 15~30 27~41 30~50

褐色低地土 198 0.122 1.1

黒ボク土 240 0.146 4.3 34.9 30.4 34.6

未熟土 GR 181 0.064 2.3

灰色低地土 162 0.11 1.9 29.5 47.8 22.7

泥炭土 PEAT 148 0.117 3.7

4)気象データ

農 業 技 術 環 境 研 究 所 の モ デ ル 結 合 型 作 物 気 象 デ ー タ ベ ー ス

(http://meteocrop.dc.affrc.go.jp/)を利用した。これは、降水量や気温などのア

メダスデータに加え、通常では観測していない相対湿度や日射量についてもアメダス

データから推定して求めているデータベースで、SWAT に必要な気象データを全てそ

ろえることができる。今回の試行モデルでは 2005年から 2016年までのデータを使用

した。

5)作業内容

「Ⅴ.解析に使用する流出モデルの選定(2)SWATモデルの実行手順」で示し

たように、SWAT では DEM データを読み込むと自動的に支流域が計算される。今回は

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試行的にモデルを構築することが目的のため、支流域を細かく分けることはせず、デ

フォルトのまま支流域を作成した。その結果、29 の支流域に分割された。なお、計

算時間を考慮すると、解析のスケールに係らず慣例的に 20-30の支流域数がよいとさ

れている。

図Ⅷ-1-1 菊池川流域の支流域区分

試行モデルに使用した土壌データ、土地利用データの分布図を以下に示す。傾斜は

0-20%とそれ以上に分類した。また、各支流域での面積割合が土地利用、土壌でそれ

ぞれ 10%以下の HRUは削除した(QSWATマニュアル p28参照)。

以上の設定により、試行モデルを作成した。

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図Ⅷ-1-2 土壌分布図

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図Ⅷ-1-3 土地利用図

4)結果

シミュレーションの実行結果を図Ⅷ-1-4及び表Ⅷ-1-7に示す。数値は、流

域全体での年平均値である。

図Ⅷ-1-4では、水収支を構成するそれぞれの因子について年平均の水の流れが

示されている。主な水の流れを概念的に示すと以下の式のようになる。

降水量(Precipitation) = 表面流量(Surface Runoff) + 地下浸透量(Lateral

Flow + Return Flow + Recharge to deep aquifer) + 蒸発散量(Evaporation and

Transpiration)

地下浸透量には図中で示された側方流量と地下水流量、地下深層流量を含んでいる。

また、図中の値はそれぞれの項目における年平均値であるため、厳密には個々の値と

合計値は一致しない。

表Ⅷ-1-7で森林と他の土地利用とを比べると、森林は表面流量・蒸発散量が少

なく、地下浸透量が多く推定されていることがわかる。

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図Ⅷ-1-4 流域全体における年平均水収支

表Ⅷ-1-7 土地利用種別の年平均水収支

面積 (km2)

降水量 (mm/年)

表面流量 (mm/年)

地下浸透量 (mm/年)

蒸発散量 (mm/年)

畑 155.58 2,461.90 778.19 1,086.39 548.41

都市部 96.51 2,467.25 1,460.71 360.27 607.78

森林 540.82 2,461.60 174.70 1,756.45 492.31

水田 178.91 2,333.71 911.89 802.83 567.45

全体 978.37 2441 532.48 1354.91 528

5)試行モデル全体での森林の影響

上記試行モデル結果において、SWAT 上で推定される全体の水収支内と森林の水収

支及び他の土地利用における水収支の傾向が示された。ただし、現段階ではキャリブ

レーション・バリデーションといった作業を行っていないため、試行モデルの結果は

実際の流量とは乖離している。あくまで、SWAT 内での森林の扱いを調べるための定

性的な結果であることに注意が必要である。しかしながら、この結果を一応の前提と

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した上で、森林の存在が流域全体に与える影響度合いを大まかに確認することを目的

とし、試行モデルにおいて森林の存在がシミュレーション結果にどう影響しているか

を確認することとした。すなわち、初期試行結果と、土地利用データの森林をすべて

農地に置き換えた場合の試行結果とを比較した。森林を農地に置換した場合の土地利

用図を図Ⅷ-1-5に示す。また、それぞれのモデルの試行結果を表Ⅷ-1-8に示

す。

表Ⅷ-1-8から、森林を農地に置換すると、流域全体で表面流量が平均約 300mm/

年増加し、地下浸透量が平均約 300mm/年減少していた。つまり、森林の存在は SWAT

において表面流量の減少、地下浸透量の増加等に影響を及ぼしており、試行モデルで

はその影響度合いは約 300mm/年程度となった。

図Ⅷ-1-5 森林を農地に置き換えた土地利用図

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表Ⅷ-1-8 初期試行モデルと森林を農地に置換したモデルの水収支結果

降水量 (mm/年)

表面流量 (mm/年)

地下浸透量 (mm/年)

蒸発散量 (mm/年)

初期試行モデル 2441 532.5 1354.91 528 森林を農地に置換 2441 846.2 1015.1 556.8

6)考察

以上の試行モデル実行結果を整理すると、既往の知見と整合する項目と整合しない

項目とに分けることが出来る。表面流量と地下浸透量については、森林は他の土地利

用と比べ表面流量が少なく、地下浸透量が多いと推定されており、これは既往の知見

と整合する。一方、蒸発散量に関しては、森林は他の土地利用よりも少ないと推定さ

れているが、これは既往の知見と整合しないと考えられる。たとえば、鈴木(1985)

2が全国 9流域の森林において推定した結果では、森林の蒸発散量は 770~1120(mm/

年)となっており、今回の試行モデルにおける森林地域の蒸発散量(492.31mm/年)

と大きく乖離している。

試行モデルで蒸発散量が少なく推定されている原因として、土壌のパラメータ設定

が影響していることが考えられる。今回の試行モデルでは、日本の土壌区分と、アメ

リカで構築された SWAT土壌データベースとを対応付けているため、シミュレーショ

ンの計算にはアメリカの土壌における物性データを使用していることになる。今回は、

一般に森林土壌は透水性がよいことから、土壌の透水性を優先的な選定条件として土

壌データを選んだ。しかし、選択した土壌データは、透水性はよいが砂が多い(60%

以上)土壌となっており、わが国の一般的な森林性土壌に比べると大きな違いがある

と考えられる。

以上のことから、蒸発散量が少なく推定された原因として以下のような仮説を考え

た。今回の試行モデルでは、実際よりも砂の成分が多いと想定される土壌データを用

いてシミュレーションを行った。そのため、雨水が植物に十分利用されないまま速や

かに地下に浸透してしまい、植物の利用できない地下水層まで到達し、結果的に蒸発

散量が既往の知見より少なくなってしまった、といったことが考えられる。この仮説

を検証するため、今後、SWAT モデル内での計算プロセスを詳細に確認する必要があ

る。

7)今後の課題

以上の考察から、日本の森林地域において SWATモデルを適用するには、まずは水

収支の推定結果、特に蒸発散量が何に影響されているか確認することが必要であると

わかった。特に、土壌パラメータが結果に強く影響していると想定されることから、

2鈴木雅一. "短期水収支法による森林流域からの蒸発散量推定."日本林學會誌 67.4 (1985):

115-125.

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土壌パラメータの設定を見直し、可能であれば日本の土壌物性データを利用し、計算

結果への影響を確認することが必要である。また、実測値と比較し感度分析を行うこ

とで、より詳細にどのパラメータが水収支に影響しているか確認することも重要であ

る。

なお、本来はパラメータ等の考察の以前に、各種実測値(降水量、流量など)とシ

ミュレーション結果を照らし合わせ、大まかに妥当性を評価しておく必要があるが、

今回は森林小流域選定のために試行モデルを作成することが目的であるため、その点

は考慮していない。次年度の事業において検討を行っていく予定である。

また、試行モデルで得られた結果を元に今後の解析・検討を進める上で、今回の結

果に安定性があるかどうかを確認しておく必要がある。つまり、今回の結果はシミュ

レーションでたまたま得られたもの、という可能性を排除し、安定して同じ傾向が得

られることを確認してから以降の解析を進めなければならない。たとえば、より長期

間の気象データを使い、2時期に分ける等した際の傾向が異なるかどうかや、支流域

スケールでシミュレーションした場合に全体の結果と傾向が異なるかどうか、といっ

た点を調べることで結果の安定性を担保できる。

8)森林小流域選定に向けて

森林小流域の選定における注意点として、特に土壌の分布に注意すべきであること

が以上の結果から挙げられる。複数の小流域を調査地として設定する際には、土壌の

違いによる影響と森林の違いによる影響が混合してしまうことを避けるため、出来る

だけ土壌条件が均質な調査地を選定するべきである。

(3)SWATモデルにおける森林区分の細分化

森林地域が流域全体の水収支や水質に与える影響を調べ、その結果を森林管理や森

林・林業政策に反映させるためには、森林という区分を目的別に細分して評価する必要

がある。たとえば、森林管理状態が流域に与える影響を調べたい場合は施業状況別に森

林を細分し、それぞれに適切なパラメータを与えることで評価ができる。また、樹種別

に森林を細分した場合は対象流域にとって適切な樹種構成を検討することもできる。し

かし、その前提として、SWAT 上で森林の区分を行ったことが結果に反映されるかどう

か、また、変化の度合いはどの程度か、ということを確かめなくてはならない。

そこで、森林の区分を樹種別(針葉樹・広葉樹)に分けると SWATモデル上でどのよ

うな影響があるか検証することを目的とし、初期試行モデル結果と、土地利用データに

森林簿データを組み込んだ場合の結果とを比較した。

1)方法

民有林・国有林それぞれの森林簿から林小班界のポリゴンデータを入手し、国土地

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理院の土地利用図(図Ⅷ-1-3)に上書きした。その後、ベクターデータからラス

ターデータに変換し、SWAT に新たな土地利用図として読み込んだ。民有林森林簿で

は「第 1樹種」フィールドを、国有林森林簿では「樹種細分」フィールドの値をセル

値として使用した。これらの樹種を「針葉樹」、「広葉樹」、「その他林地」に分類し、

それぞれに SWAT データベース内の作物タイプを便宜的に表Ⅷ-1-9のように割り

振った。

表Ⅷ-1-9 森林簿における樹種と SWATデータベース内作物タイプの割り振り

森林簿における樹種 SWATデータベース内の作物タイプ

針葉樹 常緑樹林

広葉樹 落葉樹林

その他林地(竹、計画対象外森林など) 混交林

また、未立木地や更新困難地には「荒地」の土地利用タイプを割り当てた。具体的

な樹種・土地利用種ごとの割り当てを表Ⅷ-1-10に示す。なお、森林以外の土地

利用には表Ⅷ-1-4と同じ割り当てを行った。

以上の作業を行い、森林簿データを組み込んで作成した土地利用図を図Ⅷ-1-6

に示す。この土地利用図と割り当て表を用いてシミュレーションの設定を行い、土地

利用以外は試行モデルと同じ条件で SWAT モデルを実行した。

表Ⅷ-1-10 樹種割り当て表

LANDUSE_ID 土地利用種 SWAT_CODE SWAT での定義

0 未立木地 BSVG Baren or sparsly vegetated

11 スギ FRSE Forest-Evergreen

18 ヒノキ FRSE Forest-Evergreen

22 アカマツ FRSE Forest-Evergreen

31 モウソウチク FRST Forest-Mixed

32 マタケ FRST Forest-Mixed

33 ハチク FRST Forest-Mixed

34 こさん竹 FRST Forest-Mixed

35 その他竹 FRST Forest-Mixed

41 クリ FRSD Forest-Deciduous

45 その他特殊林 FRSD Forest-Deciduous

50 その他針葉樹 FRSE Forest-Evergreen

51 未立木地 BSVG Baren or sparsly vegetated

52 未立木地 BSVG Baren or sparsly vegetated

55 未立木地 BSVG Baren or sparsly vegetated

56 未立木地 BSVG Baren or sparsly vegetated

60 クヌギ FRSD Forest-Deciduous

81 広葉樹等 FRSD Forest-Deciduous

82 その他広葉樹 FRSD Forest-Deciduous

91 更新困難地 BSVG Baren or sparsly vegetated

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LANDUSE_ID 土地利用種 SWAT_CODE SWAT での定義

92 更新困難地 BSVG Baren or sparsly vegetated

93 更新困難地 BSVG Baren or sparsly vegetated

94 更新困難地 BSVG Baren or sparsly vegetated

500 森林(計画対象外森林)

FRST Forest-Mixed

1110 スギ FRSE Forest-Evergreen

1210 ヒノキ FRSE Forest-Evergreen

1410 アカマツ FRSE Forest-Evergreen

1910 その他針葉樹 FRSE Forest-Evergreen

2030 クリ FRSD Forest-Deciduous

2090 イチイガシ FRSD Forest-Deciduous

2120 クヌギ FRSD Forest-Deciduous

2160 コナラ FRSD Forest-Deciduous

2380 ケヤキ FRSD Forest-Deciduous

2410 クスノキ FRSD Forest-Deciduous

2480 サクラ FRSD Forest-Deciduous

2520 カエデ FRSD Forest-Deciduous

2903 ヤマモモ FRSD Forest-Deciduous

2920 その他広葉樹 FRSD Forest-Deciduous

3101 マダケ FRST Forest-Mixed

3103 モウソウチク FRST Forest-Mixed

※「LANDUSE_ID」が 11~94の土地利用種は森林簿由来の民有林、0と 1110~3103の土地利

用種は森林調査簿由来の国有林データである。

※森林簿データは存在しないが国土数値情報土地利用データでは森林となっている場所は

計画対象外森林と考え(LANDUSE_IDは 500)、「混交林」として扱った。

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図Ⅷ-1-6 森林簿データを追加した土地利用図

2)結果

表Ⅷ-1-11に、初期試行モデルと、森林簿データを組み込み樹種別に分けたモ

デルの水収支の推定結果を整理した。それぞれのモデルの流域全体での水収支を比較

すると、森林が単一の場合(初期試行モデル)よりも森林を 3種類に区分した場合(森

林簿データ組み込みモデル)の方が、表面流量が少なく、地下浸透量と蒸発散量が多

く推定された。また、森林を区分したモデルにおける樹種別の水収支では、以下のよ

うにそれぞれ異なる水収支が表現された。

・表面流量: 広葉樹 > その他林地 > 針葉樹

・地下浸透量: 針葉樹> その他林地 > 広葉樹

・蒸発散量: 広葉樹> その他林地 > 針葉樹

表Ⅷ-1-11 初期試行モデルと森林簿データ組み込みモデルの水収支

降水量 (mm/年)

表面流量 (mm/年)

地下浸透量 (mm/年)

蒸発散量 (mm/年)

初期試行(森林 1種類) 2441 532.5 1354.91 528 森林簿データ組み込み(森林 3種類)

全体 2441 473.13 1385.5 561.5

針葉樹 2484.12 145.54 1771.67 538.60

広葉樹 2474.48 283.92 1591.94 566.81

その他林地 2421.90 209.63 1603.24 566.55

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3)考察

森林を細分することで、水収支は初期試行モデルから約±30~60mm/年の範囲で変

化があった。これは表面流量では約 1割の変化となり、今回の試行の範囲では少なく

とも森林の種類の細分化は SWATでの水収支の計算上影響を与えうるといえる。

森林を細分することにより蒸発散量は試行モデルよりも増加したが、「Ⅷ 1.(2)

既往データによる試行モデルの実行」で考察したように、森林域から発生する蒸発散

量としては依然として過小に評価されている可能性が高い。今回得られた水収支の推

定結果が妥当かどうかについては、次年度に実測値と比較し検証が必要である。

樹種別の水収支計算結果では、それぞれの樹種で異なる傾向が見られた。表面流量

と蒸発散量は広葉樹が最も多く針葉樹が少なかったのに対し、地下浸透量では反対に

針葉樹が最も多く広葉樹が少なかった。その他林地はいずれの項目でも中間的な傾向

を示していた。針葉樹と広葉樹はそれぞれの項目で正反対の傾向を示したことから、

針葉樹と広葉樹でパラメータが異なっている項目を抽出し比較・検証することで、ど

のパラメータがどのように水収支に影響を与えているか理解できると期待される。ま

た、樹種ごとに流量などの実測値と比較しパラメータを調整することでより現実に近

く精度の高い推定値を得ることができると考えられる。

ただし、上記の結果には森林の種類の違いだけでなく、土壌の違いによる影響が含

まれている可能性がある。たとえば、針葉樹の多い地域には褐色森林土が多く、広葉

樹が多い地域に黒ボク土が多い状況だったとすると、針葉樹と広葉樹の水収支の違い

が樹種によるものなのが土壌によるものなのかわからなくなる。そのため、土壌分布

条件が均一となるようなより狭いスケールで、森林の種類による影響を検証しなくて

はならない。

以上の考察を踏まえると、土壌条件が均一となるような地域において、針葉樹・広

葉樹それぞれが卓越する小流域を設定し、実測値を得ることで、森林域での水の流れ

をより詳細にシミュレーション可能となると考えられる。

2.森林小流域の選定

(1)流域内の森林の特徴の整理

「Ⅷ 1.(2)既往データによる試行モデルの実行」において示したように、既往の

DEMデータを用いて SWATの流域分割機能により菊池川流域内を 29の支流域に分割した。

支流域ごとの森林率を図Ⅷ-2-1に、支流域ごとの森林の特徴を表Ⅷ-2-1に示し

た。

「Ⅷ 1.(3)SWATモデルにおける森林区分の細分化」で検討したように樹種別

に分けてモデルを実行することを想定すると、どの樹種で構成される森林小流域で現地

調査を行うべきか考えておく必要がある。現地調査結果をなるべく広い範囲に反映する

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には、分布面積の多い樹種を選定することが望ましい。表Ⅷ-2-1の樹種別面積割合

を見ると、流域全体では、スギが 37.9%、広葉樹が 34.5%、ヒノキが 18.6%であり、

スギ・ヒノキを針葉樹として合計すると 56.5%となる。

図Ⅷ-2-1 各支流域の森林率

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表Ⅷ-2-1 各支流域の特徴

支流域 面積[m2] 森林率 国有林割合 林種別面積割合 樹種別面積割合 平均林齢

人工林 天然林 スギ ヒノキ 広葉樹 その他 人工林 天然林

1 23045400 60.1 0.6 77.5 8.0 41.8 32.2 10.3 15.8 53.1 58.7

2 43245000 63.8 8.1 81.6 11.7 56.1 21.2 15.1 7.4 52.8 58.1

3 57748500 57.0 22.2 76.0 19.6 33.6 32.9 28.2 5.3 50.8 58.2

4 25988400 53.3 2.1 46.6 43.6 35.5 6.6 47.9 10.0 48.5 56.2

5 29038500 58.0 0.0 56.9 28.0 44.9 10.4 29.2 15.3 51.9 56.6

6 70414200 54.1 6.8 66.3 29.5 49.6 13.4 31.8 5.2 51.2 52.2

7 23967900 61.1 35.2 81.3 17.3 36.5 31.9 29.4 2.2 48.0 48.2

8 28053900 55.7 83.4 75.6 19.6 20.0 28.1 46.8 5.1 36.1 73.5

9 29038500 38.2 10.2 56.4 34.1 29.4 22.6 37.7 10.3 51.5 59.8

10 25553700 46.3 0.0 40.6 51.2 37.5 2.9 51.3 8.2 53.8 61.6

11 22683600 49.7 3.4 76.4 16.7 50.1 24.8 17.9 7.3 50.0 56.2

12 30517200 54.9 0.0 71.2 23.5 46.5 13.2 33.2 7.2 50.7 53.3

13 25955100 53.7 0.2 49.4 38.8 39.2 9.0 39.4 12.4 53.9 64.6

14 39579300 51.4 5.2 72.4 23.7 39.1 28.5 27.7 4.7 53.4 43.3

15 23932800 17.5 0.0 33.7 63.6 15.5 16.6 65.1 2.8 58.4 48.8

16 56633400 22.2 5.3 34.6 44.5 21.4 12.3 44.9 21.3 55.1 59.8

17 49437900 49.8 2.5 61.7 25.0 19.5 36.8 30.1 12.4 57.9 52.0

18 15823800 41.6 27.2 78.8 19.4 39.4 24.8 33.5 2.2 49.4 48.5

19 19606500 46.9 1.5 62.5 30.8 36.9 12.5 41.3 9.3 50.6 52.8

20 46414800 53.1 2.2 69.8 25.4 44.7 21.2 27.5 6.6 53.3 59.7

21 7435800 13.0 0.0 35.1 52.9 24.9 8.1 55.1 12.0 50.3 50.9

22 88679700 12.6 4.3 23.4 48.5 15.3 6.6 49.6 28.5 54.8 56.7

23 27560700 9.2 0.0 35.6 45.9 31.5 3.3 46.7 18.5 54.3 56.3

24 71455500 15.2 0.8 39.7 44.4 31.7 6.3 45.1 16.8 56.1 62.0

25 41573700 46.1 0.1 54.6 39.3 49.2 4.6 40.1 6.1 53.7 59.2

26 18008100 36.3 0.0 55.2 39.3 52.7 1.1 40.7 5.5 53.6 60.9

27 3489300 37.9 0.0 28.9 66.7 28.1 0.8 66.7 4.5 53.5 62.0

28 32571900 36.7 0.0 24.1 71.1 16.9 3.8 73.3 6.0 52.0 64.2

29 916200 5.4 0.0 34.1 44.5 34.1 0.0 43.1 22.8 77.0 61.5

流域全体 978369300 41.4 9.3 62.0 29.7 37.9 18.6 34.5 8.9 52.8 58.1

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(2)森林小流域の候補地抽出

ここでは、これまでに整理した、支流域の特徴、試行モデルの結果を踏まえ、森林

小流域の調査地を設定するのに適切な支流域を絞り込む。支流域の選定基準は以下の

ように設定した。

○支流域選定基準

• 支流域内の森林率が高いこと(表Ⅷ-2-1 各支流域の特徴)

森林率の低い流域では森林以外の影響を受けることが懸念されるため。

森林率の上位 3流域は、高い順に支流域 2、7、1となる。

• 支流域内の土壌条件が均質であること(図Ⅷ-1-2 土壌分布図)

試行モデル検討結果より、土壌が異なると森林の違いによる影響にフォーカ

スすることができないため。

支流域 1、2は褐色森林土が主体。

阿蘇山付近では火山灰が影響し、異なる土壌が混在するため望ましくない。

そのため、支流域 7は候補から除外する。

• 流域内の水の流れがシンプルであること

菊池川流域南部では地質・岩盤の構造上、地下水が別流域へ流出している可

能性が高い。

竜門ダムでは、菊池川流域外から導水し、さらに流域南部へ送水をしている

ためシミュレーションでの再現が難しい。

⇒以上の選定基準から、支流域 1、2を選定した。

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図Ⅷ-2-2 選定した支流域位置

以下では、選定した支流域1、2からさらに小流域レベルで調査候補地を選定する。選

定の基準は以下の通りである。

○小流域選定基準

• 常時流水があり小流域(単位流域)内の林相(林種、樹種、林齢等)ができるだけ

均質であること

菊池川流域全体への汎用性を考慮し、人工林(≒針葉樹)主体、天然林(≒

広葉樹)主体の2箇所を選定する。

• 調査機器等の設置の制約が少ないこと

• 調査地までのアクセスがよいこと

⇒以上の選定基準から、候補地1、2を選定した(図Ⅷ-2-3、図Ⅷ-2-4、図Ⅷ-

2-5)。

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図Ⅷ-2-3 調査候補地位置

図Ⅷ-2-4 候補地1

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144

図Ⅷ-2-5 候補地2

(3)森林小流域の選定

候補地1、2周辺において現地踏査を行い、小流域として設定するのに適した場所

を検討した。現地踏査の結果、候補地 1 は、針葉樹が中心だが広葉樹が奥地に生育し

ており林相が必ずしも一様でないこと、調査地に到達するまでのアクセスに時間がか

かることから、候補地2内に森林小流域調査地の設定を検討することとした。以下の

図Ⅷ-2-6、図Ⅷ-2-7に候補地2内の小流域位置と空中写真を示す。

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図Ⅷ-2-6 候補地2小流域位置図

図Ⅷ-2-7 候補地2の空中写真画像

写真Ⅷ-2-1に小流域1の現地写真を示す。現場は道からすぐにアクセス可能で

あり、調査機器の設置にも問題がないと思われた。

写真Ⅷ-2-2に小流域2の現地写真を示す。地域の集会所からアクセス可能であ

り、立地条件は非常によかった。調査機器の設置を想定する地点はヒノキ・竹が生育

していたが、全体としては広葉樹の占める割合が多いと考えられる。

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写真Ⅷ-2-1 小流域1の現地写真

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写真Ⅷ-2-2 小流域2の現地写真

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選定した小流域1、2を含むように、支流域2を対象として DEMから SWATの流域分

割機能を用いてより詳細に区分した結果を図Ⅷ-2-8に示す。また、小流域1、2

に含まれる国有林の林小班を抽出し、SWAT の流域区分でクリップしたデータを表Ⅷ-

2-2にまとめた。

図Ⅷ-2-8 SWATによる流域区分

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表Ⅷ-2-2 抽出した国有林林小班データ

小流域 1

林小班名称 林種細分 林齢 樹種 面積(m2) 49_林班_い 1 単層林 43 ヒノキ 5412

49_林班_い 単層林 22 クヌギ 49238

49_林班_ろ 単層林 21 その他広葉樹 14811

合計

69461

小流域 2

林小班名称 林種細分 林齢 樹種 面積(m2)

48_林班_ち 天然生林 58 その他広葉樹 9744

48_林班_と 天然生林 39 その他広葉樹 1373

48_林班_い 単層林 52 その他広葉樹 18234

48_林班_ろ 天然生林 52 その他広葉樹 40569

48_林班_ほ 単層林 48 その他広葉樹 5142 48_林班_に 1 単層林 56 その他広葉樹 3280

48_林班_は 単層林 47 その他広葉樹 23456

48_林班_に 天然生林 56 その他広葉樹 3885

合計

105683

(4)森林小流域選定上の課題

SWAT によって小流域が含まれるように詳細に流域区分を行った結果、候補地2小流

域 1 の林相はヒノキ、広葉樹(クヌギ)の混交となった。候補地2小流域1の林相は

均質でなく、人工林(≒針葉樹)主体としての代表性があるかどうか疑問が残る。ま

た、支流域2ではスギの占める面積が高いが、候補地2の周辺にはスギが少ない(図

Ⅷ-2-9)ことから、今回の候補地ではスギの影響を十分に反映できない恐れがあ

る。それぞれの候補地の特徴を表Ⅷ-2-3にまとめた。

以上のことから、今年度に小流域の選定は行ったものの課題が残るため、次年度に

改めて小流域を検討し決定することとする。今回は林相がなるべく均質であること、

アクセスがよいこと、という条件で候補地を絞り込んだが、再度現地踏査を行い、SWAT

での流域区分を考慮しながらより最適な候補地を検討する予定である。

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図Ⅷ-2-9 候補地周辺の樹種分布

表Ⅷ-2-3 候補地別の状況

流域内の林相 調査機器設置 アクセス

候補地1 スギ・ヒノキ混交、最上流は広葉樹 ○ △

候補地2小流域1 ヒノキ、広葉樹混交 ○ ○

候補地2小流域2 その他広葉樹 ○ ○

3. 次年度に向けた課題

ここまでの検討を踏まえ、次年度に SWAT モデル構築と森林小流域の選定を行う上で、

取り組むべき課題について以下に整理する。

【使用するデータについて】

・小流域を対象とした解析を行う際は、必要に応じて高精度 DEM データを使用するこ

とを検討する。

【SWATモデルの構築について】

・「Ⅷ 2.(2)森林小流域の候補地抽出」で示したように、地質・岩盤やダムによっ

て水の流れが通常とは異なると考えられる地域では、モデル構築の段階でなるべく現実

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に近い設計となるよう考慮する必要がある。

【SWATモデル内のパラメータ値について】

・日本の森林地域における適切なパラメータ値について、既存文献収集を行う。デフ

ォルトのパラメータ値と比較し、適用しても問題がないかどうか検討する。

・水収支関連パラメータに加え、水質や土砂流出関連パラメータについて整理する。

・土壌パラメータの設定を見直し、可能であれば日本の土壌物性データを利用し、蒸

発散量など計算結果への影響を確認する。

・感度分析結果や既存文献から、調整するべき重要なパラメータの絞込みを行う。

・最下流での流量など実測データを用いてキャリブレーション・バリデーションを行

い、パラメータの調整を行う。

・樹種別推定結果の違いから、.cropデータベースのどのパラメータが結果に影響して

いるか検証する。なお、樹種別の推定は来年度の現地調査結果を用いて、再来年度に

検討を行う。

【シミュレーション結果の解釈について】

・キャリブレーションを行う前に、各種実測値(降水量、流量など)とシミュレーシ

ョン結果を照らし合わせ、大まかに妥当性を評価しておく。あわせて、雨水の土壌浸透

プロセスなど水収支がどのように計算されているか確認する。

・結果に安定性があるかどうかを確認しておく。より長期間の気象データを使い、2時

期に分けた際の傾向が異なるかどうかや、支流域スケールでシミュレーションした場合

に全体の結果と傾向が異なるかどうか、といった点を調べる。

【森林小流域の選定について】

・出来るだけ土壌条件が均質な調査地を選定する。

・針葉樹・広葉樹それぞれが卓越し、林相がなるべく均質となる小流域を選定する。

・針葉樹の卓越する小流域においては、なるべくスギを含むような小流域を設定する。

・上記の条件を満たしつつ、調査実施上の条件(調査地までのアクセス、機器設置許可)

も満たす調査地を選定する。

・SWATの流域区分を考慮した上で選定を行う。

以上の課題を踏まえ、次年度の作業を進めていく予定である。