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高分子材料には,混合,加熱,光照射などにより組成が変化 したり,分子構造が変化するものがあります。その変化は数秒 で終わるものもあれば,数時間かけてゆっくり進行するものも あります。これらの組成や分子構造の解析には FTIR が有用であ り,ソフトウェア Labsolutions IR におけるタイムコース測定プ ログラムでは,その試料のピーク変化を経時的に追跡できます。 このプログラムは,緩やかな反応の追跡に適しています。 ここでは,タイムコース測定プログラムにより,塩化ビニル 樹脂系接着剤の硬化過程を測定した事例をご紹介します。 S. Iwasaki 今回の試料は,熱可塑性樹脂である酢酸ビニル - 塩化ビニ ル共重合樹脂を有機溶剤(アセトン,シクロヘキサノン等) に溶解した接着剤で,塩化ビニルパイプ等の接着に使用され ているものです。有機溶剤が揮発することで硬化し,完全に 硬化するまでに 20 分程度かかります。 塩化ビニル樹脂系接着剤の概要 Summary of Polyvinyl Chloride Adhesive Bond 今回の測定には Specac 社製ダイヤモンド ATR 装置 (Golden Gate Diamond ATR) を用いました。外観図を Fig. 1 に示します。 この試料測定部はダイヤモンドとタングステンカーバイトディ スクの高温ろう付けにより構成されているために接着剤等の測 定に有効です。プリズムが接着剤等で固定されている ATR 装置 ではその接着剤が溶媒によって溶解したり,また硬化後の接着 剤を除去する際にプリズムを破損する恐れがあります。 分析条件を Table 1 に示します。測定間隔の設定は Fig. 2 に 示す時間設定画面から行います。塩化ビニル樹脂系接着剤の硬 化には 20 分間程度かかるため,ダイヤモンドディスク上に試 料を滴下した時間を 0 秒とし,30 秒毎に 1 回測定を行うよう設 定し,1800 秒間(30 分間)測定しました。 タイムコース測定により,一定の間隔で測定した ATR スペク トルを Fig. 3 に示します。ここでは 2000 ~ 550 cm -1 の領域を 示します。3D グラフで表示されており,XY 軸は時間(sec)と 波数(cm -1 ),Z 軸は吸光度(Absorbance)を示します。これ により,試料の反応過程を経時的に観察することができます。 次 に, 測 定 開 始 直 後(0 分 ),5 分 後,15 分 後,30 分 後 の ATR スペクトルの重ね書きと 2000 ~ 550 cm -1 の領域の拡大図 を Fig. 4 に示します。これより,1708,1357,1219 cm -1 付近 のピークは測定開始から徐々に小さくなっており,この成分は アセトン等由来のピークと考えられます。参考までに,アセト ンの ATR スペクトルを Fig. 5 に示します。上記 3 つのピーク 波数はほぼ一致していることが分かります。また,試料中の有 機溶剤が揮発するとともに,空気中の水分が吸収されるため, O-H 伸縮振動のブロードなピーク(3398 cm -1 付近)が出現し タイムコース測定プログラム Time-Course Analysis Program ます。さらに,塩化ビニル樹脂由来の 692,609 cm -1 付近の C-Cl 伸縮振動のピークは徐々に大きくなっています。 Fig. 1 ゴールデンゲートダイヤモンド ATR 装置の外観 Golden Gate Diamond ATR Accessory IInstrument : IRAffinity-1, Golden Gate Diamond ATR Resolution : 4.0 cm -1 Accumulation : 10 Apodization : Sqr Triangle D e tec t o r : D L ATG S Table 1 装置および分析条件 Instrument and Analytical Conditions Fig. 2 時間設定画面 Parameter Settings Screen Fig. 3 タイムコース測定の 3D 表示 3D Time-Course Measurement Graph Application News No. A455 FTIR による塩化ビニル樹脂系接着剤のタイムコース測定 Time-Course Analysis of Polyvinyl Chloride Adhesive by FTIR 光吸収分析 Spectrophotometric Analysis LAAN-A-FT042

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高分子材料には,混合,加熱,光照射などにより組成が変化したり,分子構造が変化するものがあります。その変化は数秒で終わるものもあれば,数時間かけてゆっくり進行するものもあります。これらの組成や分子構造の解析には FTIR が有用であり,ソフトウェア Labsolutions IR におけるタイムコース測定プログラムでは,その試料のピーク変化を経時的に追跡できます。このプログラムは,緩やかな反応の追跡に適しています。

ここでは,タイムコース測定プログラムにより,塩化ビニル樹脂系接着剤の硬化過程を測定した事例をご紹介します。

S. Iwasaki

今回の試料は,熱可塑性樹脂である酢酸ビニル - 塩化ビニル共重合樹脂を有機溶剤(アセトン,シクロヘキサノン等)に溶解した接着剤で,塩化ビニルパイプ等の接着に使用されているものです。有機溶剤が揮発することで硬化し,完全に硬化するまでに 20 分程度かかります。

■塩化ビニル樹脂系接着剤の概要Summary of Polyvinyl Chloride Adhesive Bond

今回の測定には Specac 社製ダイヤモンド ATR 装置 (Golden Gate Diamond ATR) を用いました。外観図を Fig. 1 に示します。この試料測定部はダイヤモンドとタングステンカーバイトディスクの高温ろう付けにより構成されているために接着剤等の測定に有効です。プリズムが接着剤等で固定されている ATR 装置ではその接着剤が溶媒によって溶解したり,また硬化後の接着剤を除去する際にプリズムを破損する恐れがあります。

分析条件を Table 1 に示します。測定間隔の設定は Fig. 2 に示す時間設定画面から行います。塩化ビニル樹脂系接着剤の硬化には 20 分間程度かかるため,ダイヤモンドディスク上に試料を滴下した時間を 0 秒とし,30 秒毎に 1 回測定を行うよう設定し,1800 秒間(30 分間)測定しました。

タイムコース測定により,一定の間隔で測定した ATR スペクトルを Fig. 3 に示します。ここでは 2000 ~ 550 cm-1 の領域を示します。3D グラフで表示されており,XY 軸は時間(sec)と波数(cm-1),Z 軸は吸光度(Absorbance)を示します。これにより,試料の反応過程を経時的に観察することができます。

次 に, 測 定 開 始 直 後(0 分 ),5 分 後,15 分 後,30 分 後 のATR スペクトルの重ね書きと 2000 ~ 550 cm-1 の領域の拡大図を Fig. 4 に示します。これより,1708,1357,1219 cm-1 付近のピークは測定開始から徐々に小さくなっており,この成分はアセトン等由来のピークと考えられます。参考までに,アセトンの ATR スペクトルを Fig. 5 に示します。上記 3 つのピーク波数はほぼ一致していることが分かります。また,試料中の有機溶剤が揮発するとともに,空気中の水分が吸収されるため,O-H 伸縮振動のブロードなピーク(3398 cm-1 付近)が出現し

■タイムコース測定プログラムTime-Course Analysis Program

ま す。 さ ら に, 塩 化 ビ ニ ル 樹 脂 由 来 の 692,609 cm-1 付 近 のC-Cl 伸縮振動のピークは徐々に大きくなっています。

Fig. 1 ゴールデンゲートダイヤモンド ATR 装置の外観Golden Gate Diamond ATR Accessory

IInstrument :IRAffinity-1,GoldenGateDiamondATRResolution :4.0 cm-1

Accumulation :10Apodization :SqrTriangleD e tec t o r :D L ATG S

Table 1 装置および分析条件InstrumentandAnalyticalConditions

Fig. 2 時間設定画面Parameter Settings Screen

Fig. 3 タイムコース測定の 3D 表示3D Time-Course Measurement Graph

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No.A455FTIR による塩化ビニル樹脂系接着剤のタイムコース測定Time-Course Analysis of Polyvinyl Chloride Adhesive by FTIR

光吸収分析Spectrophotometric Analysis

LAAN-A-FT042

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3100-01301-560-IK2013.2

初版発行:2013年2月

■ 2D タイムコースデータによるピーク変化の解析2D Time-Course Analysis

Fig. 4 ATR スペクトルの重ね書き(上図)とその拡大図(下図)FTIR Spectra and Expanded Region from 2000 cm-1 to 550 cm-1

600800100012001400160018002000

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8Abs

1708.93

1357.89

1219.01

692.44

609.51

500750100012501500175020002500300035004000cm-1

cm-1

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8Abs

3398.57

1708.93

1357.89

1219.01

692.44

609.51

― 0 分 ― 5 分 ― 15 分 ― 30 分

Fig. 5 アセトンの ATR スペクトルATR Spectrum of Acetone

750100012501500175020002500300035004000cm-1

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6Abs

1708.93

1357.89

1219.01

タイムコース測定では,測定の際,目的ピークの吸収の変化をグラフ(2D タイムコースデータ)として表示することも可能です。選択された

波数での吸収の変化を表すグラフを SAC(Selected Absorption Curve)と呼びますが,ここでは,Fig. 4 で変化が顕著であった 1708 cm-1 付近,1219 cm-1 付近,609 cm-1 付近の 3 つのピーク面積値に注目しました。それぞれの演算結果を Fig. 6 に示します。横軸は時間(sec),縦軸はピーク面積値を示します。

1708 cm-1 付近(ベースライン:1800-1550 cm-1)の C=O 伸縮振動のピークについては,一旦面積値が大きくなり,その後徐々に小さくなります。これは,時間とともに酢酸ビニル樹脂由来の 1740 cm-1 付近や低波数側におけるピークの裾が大きくなる一方で,揮発によりアセトン由来のピークが徐々に小さくなることによります。

1219 cm-1 付近(ベースライン:1300-1150 cm-1)のピークについて

は,アセトン等の有機溶剤が揮発しピークが小さくなる一方で,酢酸ビニル - 塩化ビニル共重合樹脂由来の C-H 変角振動のピークが時間とともに大きくなる過程が見られます。

このように,1708 cm-1 や 1219 cm-1 付近のピークについては,2 つの要因によって面積値が増減する過程が見られますが,塩化ビニル樹脂由来の 609 cm-1 付近(ベースライン:663-580 cm-1)の C-Cl 伸縮振動のピークについては,時間とともに大きくなっています。

そこで,609 cm-1 付近の C-Cl 伸縮振動のピーク面積値を用いて測定開始時を反応率 0 % とし,30 分後を硬化反応の終わりとして,硬化反応率を計算しました。硬化反応に伴って増加する 609 cm-1 付近の C-Cl伸縮振動のピーク面積を At とし,未硬化物(0 分)の 609 cm-1 付近におけるピーク面積を A0,硬化物(30 分)の 609 cm-1 付近におけるピーク面積を A30 とした場合,硬化の反応率 X(%)は以下の計算式により求められます。

X(%)=(At-A0)/(A30-A0)*100この演算結果を Fig. 7 に示します。以上のように,2D タイムコース

データでは,ピーク高さだけでなく,ピーク面積値やピーク比,また,ここで示すような複雑な演算結果の表示も可能です。これらの 2D タイムコースデータは測定中に表示できることはもちろん,測定終了後に3D データから抽出することも可能です。

Fig. 6 各ピーク面積値の 2D タイムコースデータ2D Time-Course Graph of Peak Areas

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800sec

0.0

2.5

5.0

7.5

10.0

12.5

15.0

17.5Arb.Units

Peak Area 1219 cm-1付近

Peak Area 1708 cm-1付近

Peak Area 609 cm-1付近

Fig. 7 塩化ビニル樹脂系接着剤の硬化反応率Reaction Rate of Polyvinyl Chloride Adhesive

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800sec

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100%

■まとめConclusion

ここでは,FTIR による塩化ビニル樹脂系接着剤のタイムコース測定をご紹介しました。今回のように,緩やかに反応が進む試料の測定にはこのタイムコース測定が有用であり,ピーク高さ,ピーク面積の他,反応率等の様々な解析に対応しています。

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