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特集 富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015 61 京都伝統文書復元プロジェクトと それらを支えるデジタル印刷技術 A Project to Restore Traditional Documents of Kyoto and the Digital Printing Technologies That Make It Possible 日本の歴史と文化が集約され、国内外へ広くその価 値を発信し続ける京都。その中心に位置する富士ゼ ロックス京都を発端とした、“伝統文化の伝承”をテー マとしたCSR(企業の社会的責任)活動では、富士ゼ ロックスの複写機および周辺技術を使い旧家や神社 仏閣の持つ伝統文書を複製物として公開可能とし、ま た当時さながらの活用を実現することでその真価の 発揮を推進している。 当社の企業理念「知の創造と活用をすすめる環境の 構築」にも相通じる時を超えたコミュニケーション支 援活動は、地域の皆様のご協力により成り立ち、活動 の中で生まれる感動を共有することでさらなる進化 を遂げてきた。 本稿では、お客様の感動に呼応した限界を超える チャンレンジにより加速し続ける本活動について、そ の発端、コンセプト、製作工程や技術、および今後の 展開を紹介する。 Abstract The city of Kyoto is a rich reservoir of Japan’s history and culture, the value of which it continues to convey to the world. In a CSR project initiated by Fuji Xerox Kyoto with the theme of handing down traditional culture, Fuji Xerox’s copy machines and related technologies are being used to create reproductions of historical documents owned by old estates, temples, and shrines, enabling them to be put on public display or used as originally intended, thus allowing their true value to be appreciated. This project to promote communication across the ages is linked to our corporate mission of “building an environment for the creation and effective utilization of knowledge” and was made possible through the cooperation of the local community. Sharing the excitement born through this project with others has allowed further progress to be achieved. This paper introduce this project, which continues to gain momentum and overcome challenges while inspiring customers, explaining its inception, concept, processes and technologies used, and future plans. 執筆者 木村 秀貴(Hideki Kimuraデバイス開発本部 イメージングプラットフォーム開発部 Imaging Platform Development, Device Development Group【キーワード】 京都伝統文書、CSR、古文書、複製、復元、伝 統文書復元、古文書復元 Keywordstraditional documents of Kyoto, CSR, historical documents, reproduction of a document in its current state, reproduction of a document in a restored state, historical document reproduction, traditional document reproduction

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富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015 61

京都伝統文書復元プロジェクトと それらを支えるデジタル印刷技術 A Project to Restore Traditional Documents of Kyoto andthe Digital Printing Technologies That Make It Possible 要 旨

日本の歴史と文化が集約され、国内外へ広くその価

値を発信し続ける京都。その中心に位置する富士ゼ

ロックス京都を発端とした、“伝統文化の伝承”をテー

マとしたCSR(企業の社会的責任)活動では、富士ゼ

ロックスの複写機および周辺技術を使い旧家や神社

仏閣の持つ伝統文書を複製物として公開可能とし、ま

た当時さながらの活用を実現することでその真価の

発揮を推進している。

当社の企業理念「知の創造と活用をすすめる環境の

構築」にも相通じる時を超えたコミュニケーション支

援活動は、地域の皆様のご協力により成り立ち、活動

の中で生まれる感動を共有することでさらなる進化

を遂げてきた。

本稿では、お客様の感動に呼応した限界を超える

チャンレンジにより加速し続ける本活動について、そ

の発端、コンセプト、製作工程や技術、および今後の

展開を紹介する。

Abstract

The city of Kyoto is a rich reservoir of Japan’shistory and culture, the value of which it continues toconvey to the world. In a CSR project initiated by FujiXerox Kyoto with the theme of handing downtraditional culture, Fuji Xerox’s copy machines andrelated technologies are being used to createreproductions of historical documents owned by oldestates, temples, and shrines, enabling them to be puton public display or used as originally intended, thusallowing their true value to be appreciated.

This project to promote communication across theages is linked to our corporate mission of “building anenvironment for the creation and effective utilization ofknowledge” and was made possible through thecooperation of the local community. Sharing theexcitement born through this project with others hasallowed further progress to be achieved.

This paper introduce this project, which continues togain momentum and overcome challenges whileinspiring customers, explaining its inception, concept,processes and technologies used, and future plans.

執筆者 木村 秀貴(Hideki Kimura) デバイス開発本部 イメージングプラットフォーム開発部

(Imaging Platform Development, Device Development Group)

【キーワード】

京都伝統文書、CSR、古文書、複製、復元、伝

統文書復元、古文書復元

【Keywords】

traditional documents of Kyoto, CSR, historical

documents, reproduction of a document in its

current state, reproduction of a document in a

restored state, historical document

reproduction, traditional document reproduction

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京都伝統文書復元プロジェクトとそれらを支えるデジタル印刷技術

62 富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015

1. はじめに

1.1 発端

富士ゼロックス京都では、さまざまな社会貢

献活動を進める中、神社や仏閣、公家や寺院の

本山などが集積する日本の伝統文化の中心であ

る京都の社会と一体となり、地域のかたがたに

真にお役に立てる富士ゼロックス京都らしい地

域貢献とは何か、また社員一人ひとりが自主的

に取り組み、京都らしさを実感できるユニーク

な活動とは何かを模索していた。

そこへ、江戸中期創業の呉服商である「奈良

屋杉本家様」から古文書複製の相談があった。

杉本家に伝わる「歳中覚」(さいちゅうおぼえ)

は、江戸時代から続く京都の商売の習慣やしき

たりを書きとどめた備忘録であるが、経年劣化

による傷みもひどく、このまま使い続けると劣

化が進み貴重な情報の継承や実使用に支障をき

たす状況であった。原本は現状維持のために保

管し、その代わりとなる複製物を用いて古来同

様の実用を続けたいとのご要望をいただき複製

物の製作を手探りで開始した。活動の主旨に、

共感、ご賛同くださった地域のかたがたのご協

力を得ながら、試行錯誤の末、古来の伝統技法

と現代のデジタル技術を融合させた複製古文書

を完成することができた(図1)。

このような古文書こそ先人の工夫や美意識が

凝縮され、日本の伝統を形作ってきた文化財で

ある。これらを後世に確実に、正確に伝承する

ことこそ地域に密着した貢献活動となる。杉本

家様の複製物製作を通じてこう直感し本格的な

古文書複製活動を開始した。

1.2 進展

国宝や重要文化財などは、その希少性や歴史

的価値が広く認められており修復や保存のため

の環境が整っている。一方、地方の歴史・行政

資料などでは予算が付きにくく、まして個人所

有の家伝の品や収集品は金銭的な余裕がなく失

われていくものも多くある。これらはその地域

や所有者にとってかけがえのないものであり、

残したい・伝えたいという思いは国宝や重要文

化財となんら変わりはない。こうした切なる思

いを具現化するため、京都の老舗から始まった

本活動は、神社・仏閣、家元、宗派本山、資料館、

大学など関西を中心に日本各地へと広がった。鎌

倉時代から近代の文書まで時代背景の幅も広が

り、対応案件は延べ160件になっている(表1)。

1.3 真価の活用

古文書は希少性や価値の高さから、劣化・破

損の防止が最重視され、公開されず厳重に保管

されているもの、あるいは資料館や展示室のガ

ラスケースの中での観賞といった、限定的な形

での公開にとどまるものが大半である。本活動

を通じて、その所有者の多くのかたが古文書を

図1 杉本家様 「歳中覚」 Saichuoboe, a manuscript owned by the Sugimoto family

表1 作製した伝統文書(抜粋) A list of reproduced historical documents (abridged)

お客様方への納品時の様子を動画でご覧いただけます。

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京都伝統文書復元プロジェクトとそれらを支えるデジタル印刷技術

富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015 63

実際に手に取ってページをめくり、当時と同様

な本来の使われ方をしてこそ、その真の価値が

活きる、と思案されていることを知った。

少しでも多くのかたがたにこの真価の活用を

体感していただくために、我々は古文書複製を

通じた支援を進めてきた。同志社大学では大学

祭イベントとして「伊勢物語御歌かるた」の復

元品を使ったかるた競技のデモンストレーショ

ンが公開された。また大谷大学では関連する授

業の中で、複製した大般若波羅密多経を使い実

際に手に取りページをめくりながら経典を称え

る転読を実演している。

1.4 複製と復元

複製物の作成は複製と復元に大別され、用途や

ご希望に沿ってお客様に選んでいただく(図2)。

複製は、現状をありのまま忠実に再現するこ

とを基本とし、絵や文字の欠陥や消失、紙の変

色や経年による擦れや破れ、しみや汚れ、虫食

い跡まですべて原本どおり再現する。

復元は、原本が製作された当初の状態に修復、

補完したものを作製する。

お客様との協働調査を実施し、得られた歴史

的背景、画法・顔料、素材などの情報を根拠と

し、当時の色調再現、欠落した文字や絵図の修

復、色あせや汚れの除去を施した仕上げとする。

本活動は、復元が7割、複製が3割の実績と

なっている。

1.5 種類

通常の書籍から始まった複製活動であるが、

経験を重ね対応力が上がるにつれ口コミで広が

り依頼される対象物の形態は、巻物や掛け軸、

大判地図やかるたなど、多様性を増していった。

可能性のあるものには極力チャレンジするとい

う方針のもとで、対応する複製物はその形態の

幅を広げてきた。これまでに仕上げてきた古文

書の種類を下記の5種に大別している(図3)。

① とじ本

複数の紙を重ねて和とじなど日本古来の方法

でとじた冊子である。ひもとじ本、袋とじ本、

台帳、大福帳など。

② 折り本

糸などでとじることなく、紙を蛇腹など一定

間隔に折りたたんで作られた製本(方法)で

ある。長いものでは10mを超える。経典、書

道手本。

③ 一枚物

折りやとじがない平らな物である。手紙、戦

国時代の密書、仏教絵画、絵地図、幕府から

の奉書、証書、POP(Point Of Purchase)、

掛け軸など。

図2 複製と復元

(上:複製 下:復元 それぞれ左が原本) Reproduction of a document in its current state and in a restored state (top: current state, bottom: restored state; the original copy is on the left in both pictures)

図3 複製物の種類(左上:とじ本 左中:一枚物(設計図)

左下:その他(かるた) 右上: 折り本 右下:巻物)

Types of documents reproduced (Top left: bound books, middle left: single page (architectural plan), bottom left: other (karuta cards), top right: accordion fold book, bottom right: scroll)

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64 富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015

④ 巻物

いわゆる一般的な巻物であり、とじ本や折り

本より時代的に古く、金・銀・白など特殊な

色が使われている場合が多い。折り本よりさ

らに長く、30m以上の物もある。

⑤ その他

上記以外の特徴的な形態の物である。かるた

(百人一首)、短冊など。

2. 製作工程

製作工程はおおむね図4のようになる。古く

は一冊子にしても工程ごとの専門の職人が分担

して作り上げていた。本活動では、撮影や印刷

から製本、仕上げに関わるすべての工程をでき

る限り富士ゼロックスおよび関連会社の印刷関

連技術を用いることを基本としている。

2.1 調査

複製作業はまず原本の調査から始める。ここ

でいう調査とは、限られた原本の観察環境・条

件において複製物作成に必要となるできる限り

多くの正確な情報を得る作業である。表紙や本

文用紙の材質、厚み、色、風合い、表面性、質

感、継ぎ目、装丁の手法、とじ糸や飾りひもの

質感、種類、寸法など、あらゆる情報を確認す

る。これら現物の調査とあわせて、対象物の作

成された当時の時代背景や関連書物から得られ

る情報についても調査を進める。

対象となる原本は一定期間借用できる場合と、

指定文化財など持ち出しが不可能な場合にはお

客様先での閲覧、撮影のみとなる場合がある。

製作の段階で再確認が必要となった場合には再

度お客様にお願いして、再訪問・再調査を実施

し、可能な限り不安要素を解消しながら複製作

業を進めている。

2.2 原本のデータ化

複写機での出力には原本画像のデジタルデー

タが必要となる。デジタルデータの印刷と修正を

繰り返し完成度の高い複製物を作成していく。

デジタルデータの獲得手段として、手軽に安

定した高解像度データが得られる接触型のス

キャナーがあるが、多くの原本は経年劣化して

もろくなっているため、ガラス面に原本を押し

当てる必要がある接触型スキャナーは本工程に

は適さない。そこで我々は原本へ極力ストレス

をかけずにデータ獲得が可能なデジタルカメラ

を用いている。

デジタルカメラの撮影において、忠実再現の

ためには原本にはないノイズとなる要素を回避

した撮影方法が望まれる。面積がA3のコピー用

紙程度の場合でも、通常の撮影では周辺光量の

低下が起きるため原本の色を正確にデータ化で

きない。この解消のために望遠レンズを用いて

遠距離から絞りを大きくした条件で撮影する。

お客様先での限られたスペースで距離を得るた

めに、サンプルをなるべく床に近い高さに設置

しその上方からの撮影となる。また望遠による

焦点の甘さへの対応としては、RAWデータ(加

工する前の生の画像データ)をTIFF(Tagged

Image File Format)化するときに現像ソフト

で適度にシャープネスフィルターをかけている。

2.3 データ加工

撮影したデジタルデータに対し、市販のレ

タッチソフトを用いて加工を施している。

得られたデジタルデータを無加工で印刷する

と、印刷機の特性から得られる画質が原本と同

様にならない場合が多い。そこでデジタルデー

タに対し、コントラスト、色調、シャープネス、

ノイズなどの画像処理を施しながら印刷物を原

本に近づけていく。

調 査 製本・装丁デジタルデータ化 紙の選定 データ加工 色調整 プリント

図4 製作工程 The production process

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京都伝統文書復元プロジェクトとそれらを支えるデジタル印刷技術

富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015 65

また、紙の波打ちによるゆがみ、冊子の見開

きで湾曲している画像のゆがみなどの補正も行

う。復元の場合には、経年劣化して擦れたり消

失していたりする文字や絵図の修復、不要なし

み・汚れの除去などを行う。

原本は複写機での印刷が可能なサイズを越え

る場合も多く、複数ページにわたる場合にはそ

の面付けを実施する。原本に継ぎ目がある場合

は、複製物でも同じ場所に継ぎ目がくるように

画像をレイアウトする。

後述する特殊技法の再現に用いる特色トナー

を使う場合には、原本の画像からレタッチソフ

トを用いて特色部を抽出し特色トナー用画像を

作成する。通常のカラー画像からこの特色ト

ナー用画像を除いたものを最終的なカラー画像

とし、特色トナー用画像とあわせて特殊技法の

印刷を仕上げる。

2.4 忠実な色再現

複製物の色味をできる限り原本に忠実に再現

するため、我々が印刷市場向けプリンターの色

調整に用いているカラープロファイルを使った

カラーマッチング技術を応用した独自の手法を

用いている(図5)。

原本をデジタルカメラで撮影するときに、原

本と同等の撮影条件でプロファイル作成用の基

準印刷パターンチャートの印刷物(約1500色)

も撮影し、デジタルデータ化する。それととも

に、この印刷物を専用の測定器により測定する

ことで、デジタルカメラの色特性を表すカラー

プロファイルを作成する。

次に、基準印刷パターンチャートを複製物の

印刷と同様の条件、同様の和紙に複写機で印刷

する。この印刷物を専用の測定器により測定す

ることで、複写機の色特性を表すカラープロ

ファイルを作成する。

最後に、原本のデジタルデータが表す色をデ

ジタルカメラのカラープロファイルから特定し、

その色を再現できるように、複写機のカラープ

ロファイルで色変換処理を施して印刷すること

で、原本に近い色味を再現している。

2.5 和紙への印刷

2.5.1 紙の選定

古文書は、書籍や巻物をはじめ多様な形式を

持つが、その大半は和紙が用いられている。そ

の種類や特性は、非常に多岐にわたり、素材や

厚み、色や表面性など、時代背景や製作環境な

どにより各作品それぞれで千差万別である。こ

れら原本の質感、雰囲気をできる限り忠実に再

現するためには、原本と極力近似した和紙を吟

味、選定することが不可欠となる。原本から五

感を通じて得られる情報と、作成された当時の

文化や背景についての情報を合わせて最適な和

紙の選定を進めている。

京都を中心とした和紙専門店や問屋にご協力

いただき、各作品に最も適した和紙の探索を実

施している。探索は京都府内のみならず、必要

に応じて全国各地からサンプルを取り寄せて

行っている。2014年11月、ユネスコ世界無形

文化遺産として登録された和紙についても複製

物への採用実績がある。

(石州半紙:小倉百人一首手鑑/嵐山 時雨殿、

本美濃紙:俣賀家文書/花園大学、細川紙:徳

川家康 知行方目録/石清水八幡宮)

2.5.2 和紙と複写機

和紙は、構成する紙繊維の密度が低く通常の

コピー用紙に比べて電気的特性が大きく異なる。

加えて密度や厚みが不均一なため、コピー用紙

のように所望の量のトナーを紙に均一に転写す

ることが困難である。

また、厚く腰のある和紙では比較的問題ない図5 色調整フロー

The flow of color adjustment

プリンターのICCプロファイル

色管理チャートのプリント

色管理チャートの画像データ(CMYK)

プリント

撮影

測定

原本

画像データ(RGB)

色変換 +

複製

プリント

撮影

色管理チャートの測定データ(L*a*b*)

カメラのICCプロファイル

画像データ(CMYK)

色管理チャートの撮影データ(RGB)

(RGB→CMYK)

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66 富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015

が、薄手の場合には用紙の搬送性が著しく悪化

する。たとえ搬送できた場合でも、トナーを熱

で圧着する定着工程において、しわが発生する

頻度が著しく高い。

これらに対する改善策として、印刷前の和紙

に適度に均一な湿気を与えることで電気的特性

とその均一性を改善している。また、和紙を台

紙の上面に貼りつけて台紙とともに印刷するこ

とで用紙の搬送力を向上させ、さらに定着部の

機械的パラメーターを最適化することで、しわ

の発生を抑制している。

このとき、台紙上での最適なトナー転写性の

獲得のために転写パラメーターの最適化、およ

びしわ抑制のために、表面性、厚み、腰の強さ

を考慮した最適な台紙の選択、台紙への貼付方

法の最適化が必要となる。

2.6 特殊技法の再現

古文書には、長きにわたる先人の知恵と工夫

が多くの優れた絵画技法として表されている。

そのため通常の複写機でのカラー印刷による表

現範囲を超えている場合がある。古来のものと

は思えない繊細で優美なこれらの表現を疑似す

るために特殊なトナーを作製した。また種類の

増えたこれらのトナーすべてを一括で印刷可能

とするために、市販の複写機を改良した特別仕

様機を作製し、古文書複製専用機として稼働さ

せている。

● 雲母刷り(きらずり)

にかわやのりに雲母や貝の粉を混ぜたものを

画材として用いる技法であり、現代でいう

パール調の質感・光沢感が得られる。その独

特の艶と奥行き感により通常の絵の具では表

せない高級感のある仕上がりとなり、見る角

度によって光沢が変化するため作品に多面性

が備わる。また、画材を多量に盛って塗るこ

とで数10~数100μmの厚みが得られ立体

的な表現の幅を広げることができる。多様な

質感・立体感の獲得、また表装などの文様と

しても用いられたこの表現を複写機で再現さ

せるために透明トナーを用いている。通常の

カラ―画像用トナーは、微小な樹脂粒子に各

色の色材が内包されているが、透明トナーで

はこの色材がなく透明な樹脂のみによる構成

となる。デジタル加工により雲母刷り部分の

画像を作成し、透明トナーで印刷する。厚く

盛ってある部分の再現は、同様の画像の印刷

を繰り返し実施することで得られる(図6)。

● 金泥・銀泥

この金属の質感再現のために、当社独自開発

のゴールドトナー、シルバートナーを用いて

いる(図7)。このトナーを用いて複写機で印

刷するが、原本により近い金属質感を得るに

は印刷の最終工程である定着部で伝達可能な

熱量では不足している。そのため追加処理と

して定着部のみを独立で可動させる専用外部

定着機を用いて、所望の金属光沢感が得られ

るまで定着工程を繰り返す。このとき、繊細

な和紙へのしわ発生を抑制し、かつ十分な熱

量を伝達するために定着機の機械的パラメー

ターを最適化している。

(ゴールドトナー、シルバートナーは2015

年2月発売開始のColor 1000i Pressに導入

されている。)

図6 雲母刷り Kirazuri (printing with mica powder)

図7 ゴールドトナー(上半分は通常トナー) Gold dry ink (CMYK dry ink is shown at top)

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富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015 67

2.7 装丁

印刷した各ページを古文書同様の方法で製本

する(図8)。多様な形態の複製物を自作するた

めに、古来の装丁技術の習得、また近似の素材・

材料が必要となった。日本の伝統文化の中心で

あり関連する専門店、職人が集結している京都

という土地柄を活かし、近隣の和紙問屋や表具

店、画材商や製本職人のかたがたにご協力を依

頼した。本活動の主旨をご理解、ご共感いただ

いたかたがたのご尽力により、古来技法の習得

や素材の入手を実現することができた。また、

インターネットでの情報収集、専門講座の受講、

市販されている類似形態の古文書の分解調査な

どによりさらなる対応力強化、精度の向上を

図っている。

● 和とじ

日本古来の伝統的な冊子の製本手法。洋とじ

と異なりとじひもを隠さず種々の表現がなさ

れる。ひもの選定、専用ドリルでの穴空け、

針とひもによるとじ作業を実施する。

● 裏打ち

劣化や損傷によるきれつや分断などに対する

補強目的として裏面から補強用紙を接着する

古来技法。紙の接着面を十分に水でぬらした

うえでのりを引き、しわの出ないように伸ば

しながら仕上げる。虫食いなどによる穴や破

破損部についても原本やデジタルデータを元

に実際に同様の細工を施して再現する。

● 紙継ぎ

接合部の縁にする部分を湿らせて裂くことで

紙繊維を毛羽立たせ、双方の紙繊維をからま

せて低濃度の接着材で接合する。厚みのない

自然な仕上がりで接合可能となる。

● 折り本

長い紙を折りたたんで表紙を付ける、とじ目

のない製本技法である。

● 化粧断ち

製本した冊子の縁部を断裁する。専用の断裁

機を用いて仕上げている。

● 表装

布張り仕上げとなっている冊子の表紙や巻物

の端部については、原本と類似の生地を用い

たり、無地の布地に所望の画像を印刷したり

したものを用いて製本する。布地印刷は、布

地をスプレーのりで台紙に貼り付け所望の画

像を複写機で印刷することで実現している。

● 化粧箱

巻物やかるたなどでは、主となる文書を収納

するための化粧箱もあっての一作品となって

いる場合も多い。これらのご要望にも関連作

業を習得して実現している。

3. 機会の提供

富士ゼロックス京都は、大学コンソーシアム

京都のインターンシップ・プログラムに参加し

ている。伝統文書複製活動もそのメニューの1

つとしており、地元芸術大学などから毎年多く

の学生が参加している(図9)。参加した学生は、

これまで触れるとは思わなかった貴重な古文書

を手に取り、自らの手による複製物製作を通じ

て、先人の気持ちに触れお客様の感動を体感し

ている。遠い存在だった文化財との距離も縮ま

り、文化継承に対する意識やモチベーションを

高めている。このような、将来の伝統文化の伝

承をリーディングする人材の育成につながる活

動にも積極的に参画していく。

図8 各作業工程(左上:和とじ 左中:裏打ち 左下:紙継ぎ

右上:折り本 右中:化粧断ち 右下:表装) Various working processes (Top left: stitchingJapanese-style binding, middle left: adding a backing,bottom left: splicing paper, top right: folding a book, middleright: evenly trimming edges, bottom right: binding a book)

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京都伝統文書復元プロジェクトとそれらを支えるデジタル印刷技術

68 富士ゼロックス テクニカルレポート No.24 2015

4. 今後の展開

富士ゼロックス京都を発端とした伝統文書複

製活動は、2014年4月より当社の全社CSR活

動として新たなスタートを切った。横浜みなと

みらいに位置する、グループ全体の印刷・ドキュ

メント技術が集約したR&Dスクエアに新拠点

を開設し、さらなる地域貢献活動の拡充を進め

ている。新体制においては、現行の複製物作成

の精度向上、対応力強化に努めながら、文化継

承の新たなる展開を目指していく。同様の活動

を進める組織や団体との協業や情報交換にも積

極的に取り組み、活用の場を待ち休眠している

膨大なデジタルアーカイブの覚醒と真価の展開、

潜在するお客様ニーズの発掘および新たな表現

技術や付加価値の創造、提案を試みていく。

5. おわりに

「和食」、「和紙」のユネスコ文化遺産登録も

相次ぎ、2020年の東京オリンピックを控えて

いる昨今、日本の伝統文化は過去最も世界の注

目を集める時勢となっている。技術立国として

のイメージが強く定着している日本であるが、

伝統文化を学び尊ぶ日本人らしい精神性を世界

にアピールし、その魅力的な文化遺産を軸とし

た観光立国として世界的地位を確立するために

も、伝統文書の真価の活用は最も有効なコンテ

ンツの1つと考えられる。

また、日本同様に膨大な由緒ある伝統文化遺

産を持ちながら、その管理、活用に悩む国や地

域は世界中に数多く散在すると思われる。本活

動で得られた知見やノウハウを文化継承パッ

ケージとしてグローバルに展開することで、当

社の企業理念「世界の相互信頼と文化の発展へ

の貢献」を実践していきたい。

筆者紹介

木村 秀貴 デバイス開発本部 イメージングプラットフォーム開発部に所属

専門分野:画質設計

図9 インターンシップ活動風景 Interns at work

当社の伝統文書複製の取り組みの様子をご覧いただけます。

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テクニカルレポート

表紙写真について 富士ゼロックスの技術を結集し、総本山醍醐寺の重要文化財「醍醐花見短籍」を複製した写真です。「醍醐花見短籍」は、豊臣秀吉が 1598 年(慶長 3 年)3 月、1,300 人以上を招いて醍醐寺で行った歴史的に有名な花見において、和歌の会を催し各自短冊に和歌を記したものを、後に1冊の画帳に仕立てられたもので、歌131首からなる重要文化財です。

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富士ゼロックス テクニカルレポート 第 24号 2015年Fuji Xerox Technical Report No.24 2015

企画・編集 富士ゼロックス株式会社 R&D企画管理部 〒220-8668 神奈川県横浜市西区みなとみらい六丁目 1番 Tel. 045-755-9391

編集委員長 大西 康昭編集委員 相田 美智子/溝口 忠志/白附 好之/津田 大介/岩崎 栄介翻訳 中村 絵理子/田辺 愛子/小野 友季絵/アレクサ カウイング/福島 愛/清水 真希/出田 静編集デザイン 富士ゼロックスシステムサービス株式会社 コンテンツソリューションセンター(CSC)

発行日 2015 年 3月 5日発行人 大西 康昭発行所 富士ゼロックス株式会社 〒107-0052 東京都港区赤坂 9-7-3非売品 禁無断転載 本誌に関するお問い合わせは企画・編集までご連絡ください。 本誌は環境に配慮した森林認証紙(C2)を使用し、Color 1000 Press にて印刷しております。 本誌は弊社ホームページでも全文を公開しております。 (URL : http://www.fujixerox.co.jp/company/tr/index.html)