Ⅱ 基 礎 - 大阪大学PMT...

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Ⅱ 基 礎 第1章 測定原理 1.ポジトロンと消滅放射線 およそ 135 億年前に我々の宇宙は巨大なエネルギーの放出により創世され、その直後に は粒子と反粒子が同数存在したはずであるが、我々の知る現在の宇宙には反粒子から構成 される反物質はほとんどない。宇宙の進化に伴って「CP 対称性の破れ」という素粒子現 象によってアンバランスを生じたと考えられている。ポジトロンは言葉としてはポピュラ ーとなってきているが実は壮大な神秘につつまれた粒子である。ポジトロンはプラスの電 荷を帯びた電子(陽電子)であり、陽子過剰な比較的小さい核が陽子を中性子に替えて安 定状態に壊変する(β + 壊変)際に放出される。このポジトロンは、現宇宙を構成する安定 な粒子のひとつである電子とは反粒子の関係にある。粒子と反粒子が出会ってしまうと対 消滅という現象によって消滅し、消滅した質量に相当するエネルギーが放出される。この 関係はアインシュタイン博士の導き出した E=mc 2 という非常に簡潔な式で示される。この 式どおり、ポジトロンと電子が対消滅を起こすと 1022KeV というエネルギーが生じそれぞ 511KeV の一対のガンマ線(消滅放射線)が放出される。実際に人体に投与された 18 F では壊変に伴い放出されたポジトロンは 2mm 程度の飛程でエネルギーを失い消滅する。 また一対のガンマ線の放射角は厳密に 180 度ではなく揺らぎを持っているため前文の現象 とあわせて PET の空間分解能に限界がある原因となっている。 2.ガンマ線の計測 1)シンチレータ PET はポジトロン自体を検出しているわけではなく、消滅放射線を検出して画像化する 装置にほかならない。消滅放射線のエネルギーレベルのガンマ線は物質内を透過中に光電 効果やコンプトン散乱によってエネルギーを失い制動される。比重の高い物質ほどガンマ 線の阻止能力が高い。通常のガンマカメラや PET カメラで用いられているシンチレータは、 ガンマ線の放射線エネルギーをそのエネルギーに比例した強度の光エネルギーに変換す る重要な役割を持っている。通常のガンマカメラではタリウムをドーピングしたヨウ化ナ トリウム(NaI)の結晶をシンチレータとして用いているが、比重が小さいために消滅放 射線のようなエネルギーの高いガンマ線はシンチレータを突き抜けてしまい、有効な発光 ができずきわめて感度の悪い検出器となってしまう。

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Ⅱ 基 礎

第1章 測定原理 1.ポジトロンと消滅放射線 およそ 135 億年前に我々の宇宙は巨大なエネルギーの放出により創世され、その直後に

は粒子と反粒子が同数存在したはずであるが、我々の知る現在の宇宙には反粒子から構成

される反物質はほとんどない。宇宙の進化に伴って「CP 対称性の破れ」という素粒子現

象によってアンバランスを生じたと考えられている。ポジトロンは言葉としてはポピュラ

ーとなってきているが実は壮大な神秘につつまれた粒子である。ポジトロンはプラスの電

荷を帯びた電子(陽電子)であり、陽子過剰な比較的小さい核が陽子を中性子に替えて安

定状態に壊変する(β+壊変)際に放出される。このポジトロンは、現宇宙を構成する安定

な粒子のひとつである電子とは反粒子の関係にある。粒子と反粒子が出会ってしまうと対

消滅という現象によって消滅し、消滅した質量に相当するエネルギーが放出される。この

関係はアインシュタイン博士の導き出した E=mc2 という非常に簡潔な式で示される。この

式どおり、ポジトロンと電子が対消滅を起こすと 1022KeV というエネルギーが生じそれぞ

れ 511KeV の一対のガンマ線(消滅放射線)が放出される。実際に人体に投与された 18Fでは壊変に伴い放出されたポジトロンは 2mm 程度の飛程でエネルギーを失い消滅する。

また一対のガンマ線の放射角は厳密に 180 度ではなく揺らぎを持っているため前文の現象

とあわせて PET の空間分解能に限界がある原因となっている。 2.ガンマ線の計測 1)シンチレータ PET はポジトロン自体を検出しているわけではなく、消滅放射線を検出して画像化する

装置にほかならない。消滅放射線のエネルギーレベルのガンマ線は物質内を透過中に光電

効果やコンプトン散乱によってエネルギーを失い制動される。比重の高い物質ほどガンマ

線の阻止能力が高い。通常のガンマカメラや PET カメラで用いられているシンチレータは、

ガンマ線の放射線エネルギーをそのエネルギーに比例した強度の光エネルギーに変換す

る重要な役割を持っている。通常のガンマカメラではタリウムをドーピングしたヨウ化ナ

トリウム(NaI)の結晶をシンチレータとして用いているが、比重が小さいために消滅放

射線のようなエネルギーの高いガンマ線はシンチレータを突き抜けてしまい、有効な発光

ができずきわめて感度の悪い検出器となってしまう。

薄いシンチレータ 厚いシンチレータ

薄いシンチレータではエネルギーの低いガンマ線(青矢印)は制動され発光に寄与する

が、エネルギーの高いガンマ線(赤矢印)は突き抜けてしまい検出できない。右のように

シンチレータを厚くすると両者が検出できるが、シンレータが大きくなり解像度の点で不

利になる。 ポジトロン核種も扱えるハイブリッド型ガンマカメラでは NaI 結晶の厚みを1インチ程

度まで厚くすることで有効な阻止能を確保しているが、PET 専用機では BGO などのシン

チレータを用いる。これらのシンチレータは NaI に比較すると製造コストが高くつくが、

密度が高いためガンマ線の阻止能が高く検出器の小型化・高分解能化に貢献している。現

在 PET 機で汎用されている BGO は発光が弱く、蛍光減衰時間が長いため高い計数率で数

え落としが発生してくる弱点がある。これに対し近年製品化が進んだ GSO は発光がやや

強く蛍光減衰時間も短いので次世代の PET 用標準シンチレータとして有望視されている。

LSO も同様に有望視されているシンチレータであるが、GSO に比較してややエネルギー分

解能が劣るといわれている。 PET に使用されるシンチレータの物理特性

シンチレータ

GSO

ガドリニウムシリコン

オキサイド

BGO

ビスマスゲルマニウム

オキサイド

LSO

ルテチニウムシリコン

オキサイド

NaI

ヨウ化ナトリウム

密度 (g/cm3) 6.71 7.13 7.4 3.67

蛍光減衰時間 (ns) 30~60 300 40 230

蛍光出力 (相対値) 20 7~12 40~75 100

発光波長 λem (nm) 430 480 420 415

耐放射線強度

(gray) 106 102-3 105 10

吸湿潮解性 なし なし なし あり

融点 (℃) 1950 1050 2050 651

2)半導体検出器 半導体検出器はガンマ線を検出するもうひとつの方法である。シンチレータ式がガンマ線

から光学・電気的変換を経て信号として検出するのに対し半導体検出器はガンマ線のエネ

ルギーを直接電気信号として検出するので、感度が高く、エネルギー分解能も非常に優れ

ているという特徴がある。様々な素子が発明されているがカドミウムテルル(CdTe)半導

体がその優れた性能からイメージング装置として開発されている。素子自体も非常に小型

化ができるため解像度も上げやすく次世代のガンマ線・X 線イメージングシステムの要と

目されているが、非常に高価であることが問題である。 半導体検出器の原理 放射線 電子 正孔 半導体検出器内に入射した放射線は電離作用により電子と正孔を対で生成する。電子と

正孔は検出器の両端にかけられた高電圧によりそれぞれ陽極、陰極に引き寄せられ電流が

生じる。一対の電子と正孔が生じるエネルギーは非常に小さいため高いエネルギー分解能

を有する。 3.信号の増幅と計数 1)光電子増倍管 光電子増倍管(photomultiplier tube : PMT)はシンチレータで生じた非常に微弱な光を検

出可能な電気パルスとして取り出す超高感度、超高速応答増幅器である。PMT の検出面に

入射した光子は光電子をはじき出し光電子は電極間で加速されながらダイノードとの衝

突を繰り返しさらに多数の二次電子を生みだすことを繰り返し、結果的に1個の光子から

100万個程度の二次電子が増幅生成される。結果的に光子の量に応じた強さの電流パル

スが得られる。

光電子増倍管の構造(浜松ホトニクス資料より抜粋) 2)前置増幅器 PMT から得られた電気パルスは比較的大きな電流パルスであるためこの信号を大きく

A

増幅する必要はないが、出力インピーダンスが高いので電圧パルスとして変換して取り出

す必要がある。前置増幅器(プリアンプ)は高感度、低ノイズの高インピーダンス増幅器

であり、次の2つの目的を持っている。第一はガンマ線のエネルギーに応じた PMT から

の電流パルスをそれに比例した電圧パルスに増幅することである。第二の目的は PMT の

感度の調整である。PMT は同一のロットであってさえも一本一本感度が大きく異なり、ま

た使用に伴い次第に劣化するため定期的に前置増幅器の利得(ゲイン)を調整して全 PMTの検出感度を一定に保ってやる必要がある。 3)波高分析器(マルチチャンネルアナライザ)・ディスクリミネータ 前置増幅器から出力された電気パルスは1個1個の光子のエネルギーに比例した電圧

を持ったパルスとなっている。したがって、個々のパルスの電圧を調べることで入射した

ガンマ線のエネルギーを測定することができる。マルチチャンネルアナライザはガンマ線

エネルギーを広範囲に検出し、各エネルギーレベルの光子数を計数することができる。す

なわちガンマ線のエネルギーと強度分布を描くこと(ガンマ線スペクトロメトリー)がで

きる。 しかし前置増幅器からの出力パルスにはガンマ線による実信号のほかに、宇宙線がシン

チレータをヒットする非常に高い電圧のパルスや PMT 自体から発生する低い電圧のノイ

ズなどが混在している。ディスクリミネータは適切な範囲内の電圧のみを選択することに

より上記のようなノイズを除去する働きをしている。 ディスクリミネータの作動概念 4)コインシデンス(同時計数)回路 消滅放射線は 180 度反対方向に放出される一対のガンマ線であることを利用して、対向

する2つの検出器が同時にガンマ線を検出(同時計数)した際に有効な壊変があったとす

ることでノイズのきわめて少ない良好な検出系を構築できる。さらに PET は数多くの検出

器の中から同時計数した一対の検出器を見いだすことでイベントの起こった場所をそれ

らを結ぶ線上に同定することができる。PET のコインシデンス回路では 初のガンマ線の

検出をトリガーにして 12 ナノ秒程度のタイムウインドウを設け、この中に入ってきた信

号をコインシデンスとしている。

エネルギー

UL

LL

宇宙線

PMT 暗電流

計数範囲

検出器ユニット 赤:シンチレータ 緑:PMT

(島津製作所の HP より抜粋) 5)アナログ-デジタルコンバータ アナログ-デジタルコンバータ(AD コンバータ)はその名のとおり、電圧、電流など

のアナログ信号をデジタル信号に変換する道具または回路を表す。その性能はデータが何

bit で表されるか、1秒間に何回データがとれるか(サンプリングレート)で表される。PETはその検出系がもともと光子の検出という非連続的な量子信号の計測に相当するのでデ

ジタル処理に向いている。すなわち、光子を検出した検出器の番号(位置)、時間、光子

のエネルギーがわかれば 低限の PET スキャナとして機能できるのである。従って前置増

幅器からの信号を AD コンバータを使ってデジタル化してしまえば後はすべてデジタル処

理が可能である。このような考えのもとに行われるスキャンモードがリストモードである。

リストモードでは PET スキャナすべての検出器の検出イベントが時系列に沿って記録さ

れるモードである。このモードではスキャナにコインシデンス回路を組む必要がなく、撮

影後にコンピュータ内でコインシデンスを計算することができるため装置のコストを抑

え、かつ様々な解析的画像処理が可能である。欠点はデータ容量が巨大で、かつ演算処理

の負担が大きいことであったが、10年ほど前には信じられないほどの巨大な容量の記憶

装置とスーパーコンピュータ並みの演算能力を持つマイクロプロセッサが安価に手に入

るようになったため現在では全く問題とならない。

第2章 サイクロトロン PET 検査で使用される放射性薬剤は、陽電子放出核種 11C、13N、15O、18F で標識された

ものであり、その半減期は も長い 18F でも 109 分と短く、現段階では自施設で医療用サ

イクロトロン(ベビーサイクロトロンともいう)を用いて製造されている。 1.基本原理 ・ サイクロトロンの原理は 1929 年、カリフォルニア大学 Lawrence,E.O.で見いだされた

1)もので、直流電磁石と高周波電場を用いて荷電粒子(陽子または重陽子)を加速する

装置である。1) ★ ポイント (図Ⅱ.2.1) サイクロトロンの も基本的な原理は「等時性」である。

qvB = mv2/r -------------- (1) q(荷電)、m(質量)、 (1)式より角速度 w、回転周期 T は次の通りである。 w = v/r = qB/m ---------------------------- (2) T = 2πr/v = 2πm/qB = 2π/w ---------- (3) 仮に B や q/m が変化しないと仮定すると、角速度または回転周期は、荷電粒子の速度(エ

ネルギー)によらず一定であることを示している。

図Ⅱ.2.1 サイクロトロンの基本原理

2)荷電粒子の加速原理

図Ⅱ.2.1 サイクロトロンの加速原理

・ 荷電粒子は 180 度回転するごとにディ電極とダミー電極を通過し、そのつど電場によ

り加速を受けて運動エネルギーを獲得し、回転周期を一定に保ちながら軌道半径を増

大させていく。 ・ 終的には、加速可能な 大半径に達し、ビーム取り出し装置によって磁場の外部へ

引き出し利用される仕組みになっている。2) ● メモ 加速の手順 1) 一様な磁場の中で設置されている状態で、ディ電極に高周波電圧をかけることで荷電

粒子は引き出される。 2) ディ電極とダミー電極を通過する。その間に荷電粒子は電場により加速を受ける。 3) 180 度回転運動を行い、再びディ電極とダミー電極間に入ってくる。その間に位相は

180 度進行し、方向が逆転する。 4) 荷電粒子は逆転した電場によりさらに加速される。 5) 一回転後、三度電極間に入ってきた時、電場の向きも一周期を経て元に戻っているた

めに、粒子は加速を受ける。 ★ ポイント

加速される荷電粒子の 大エネルギーは次式で表される。 E0 = 1/2 ×mv2 = 1/2× (q2B2r0

2)/m ---------- (4) B2r0

2/2 は K 値と呼ばれ、サイクロトロンの加速能力を示すパラメータである。 K 値は取り出し半径と磁束密度によって決まる。 よって式 4 は次式で表される。

E0 = K・q2/m ------------------- (5) K 値は MeV で表現され、サイクロトロン選択の目安となる。

3. AVF サイクロトロン ・ 医療用サイクロトロンの荷電粒子の加速は、AVF(azimuthally varying field:方位角方

向変動磁場)を用いた方法で行われ、AVF サイクロトロンと言われる。 ・ AVF サイクロトロンは「等時性」と「収束力」の両方を兼ね備えている。 ・ 加速粒子の軌道に沿って磁場の強弱をつけることで、収束力をつける。3) ・ 磁極面にセクタで山と谷をつくることで、磁場の強度比は約 2 倍程度になっている。

・ 磁場に強弱があるために軌道は円軌道にはならない。 ● メモ 「収束力」とは、加速粒子が決められた軌道から離脱しないように磁場中心面に引き寄

せる力のことである。

図Ⅱ2.3 AVF サイクロトロンの磁場構造

4. サイクロトロンの構造 ・ サイクロトロンは正に帯電した荷電粒子を加速する正イオン加速型、と負に帯電した

荷電粒子を加速する負イオン加速型がある。 ・ 今日のサイクロトロンは効率の点からその大半が負イオン加速型である。

図Ⅱ.2.4 負イオン型サイクロトロンの構造

① イオン源

・ サイクロトロン磁極中心付近に位置し、荷電粒子を発生させる。 ・ イオン源は、水素または重水素ガスが導入されたコーンに対しフィラメントを用いた

熱陰電子衝撃型、電極の放電による冷陰電極イオン源がある。

図Ⅱ.2.5 イオン源

② ビームの取り出し ・ ビームの取り出し方法は、正イオン加速型サイクロトロンのデフレクタ電極を用いる

方法と負イオン加速型サイクロトロンの荷電変換法がある。 a) デフレクタ電極を用いる方法

・ 静電型デフレクタで強い電場を作り、電場の力でビームを外側へ出す方法である。

図Ⅱ.2.6 デフレクタ電極による方法

・ 図に構造を示す。デフレクタ電極には、負の直流電圧がかかり、セプタムは、薄い金

属板でできた電極でデフレクタ電極、セプタム間には強い電場がかかる。(約 100kV/cm程度)磁気チャンネルにより、水平方向の広がりを 1~2cm に抑制される。サイクロ

トロンから取り出せるビーム電流量の上限は、イオン源の能力かまたは、セプタムの

能力で決まる。 ・ ビーム取り出し口(半径)付近では、ビーム効率は 60~70%である。

● メモ ビーム効率とは、サイクロトロン内部のビーム電流量に対してターゲット装置上に得

られるビーム電流の割合である。 問題点としてデフレクタ電極、セプタムなど大きな構造物が荷電粒子の軌道上に位置する。

また、これら構造物の放射化がある。 b) 荷電変換による方法負イオン加速型サイクロトロンで用いられる方法で、負に帯電

した荷電粒子を正イオン(陽子)に変換してビームを取り出す方法を荷電変換法とい

う。4) ・ ビームの取り出しはフォイルストリッパーと言われる装置を使用するため磁気チャン

ネルが不要である。 ・ フォイルストリッパーは小さい構造物であるために、荷電粒子の軌道上に 2 ヶ所(2

ポート)設けることができ、同一加速で同時にビームの取り出しを 2 ヶ所で行うこと

が可能である。 ・ ビーム効率は 90%以上である。 ・ 荷電粒子はフォイルストリッパー内の薄い炭素膜に衝突するため、デフレクタ方式に

比べて放射化しにくい利点がある。 ・ 問題点としては、正イオン加速型よりも加速空間を一桁以上高真空に保つ必要がある。

(真空度:1.0e-6Torr 程度)重陽子になると負イオンを大量に得ることが困難。フォイ

ルストリッパーの損傷が著しいなどがある。

図Ⅱ.2.7 荷電変換方式フォイルストリッパー

・ 負イオン(陽子 1 つと電子 2 つ)に帯電した荷電粒子から電子 2 つを剥ぎ取るために

通過させる炭素の薄い膜のことである。

図Ⅱ.2.8 フォイルストリッパー

③ ターゲット ・ ターゲットは、目的の核種を製造する容器であり、

気体用、液体用がある。 ・ ターゲットは He ガスや循環水により冷却される仕組みになっている。

図Ⅱ.2.9 ターゲットの種類と構造

・ サイクロトロンに装着されているターゲットを示す。住友製 HM18 のサイクロトロン

は一つのポートに 4 つのターゲットの装着が可能である。

図Ⅱ.2.10 ターゲットボックス

5. 核反応 ・ 核反応は、荷電粒子が加速されターゲットに照射されることで引き起こされる。 ・ 核反応の型は次のように表される。

A(a、b)B A:ターゲット核(標的) a:入射粒子 b:生成軽粒子 B:生成核

・ 核反応の際には反応エネルギーが生じ、それが正負かで発熱反応と吸熱反応に分けら

れる。 ・ 反応エネルギー(Q)は次のように表される。

Q=(MA+Ma)C2-(MB+Mb)C2

M:質量 ・ 吸熱反応の際、入射エネルギーがしきい値以上でなければ反応しない。入射エネルギ

ー(E)と反応エネルギー(Q)は次式で表される。 E=(MA+Ma)/MA×Q

・ ポジトロン核種の核反応を表に示す。

核種 核反応 反応しきい値

(MeV) 11B(p,n)11C 3.0 11C 14N(p,α)11C 3.1 12C(d,n)13N 0.3 13N 16O(p,α)13N 5.5 14N(d,n)15O 0 15O 15N(p,n)15O 3.7 18O(p,n)18F 2.6 18F 20Ne(d,α)18F 0

表Ⅱ.2.1 ポジトロン核種の核反応

6.収量 ・ 収量はビームの照射条件、照射時間などサイクロトロン稼働条件により非常に影響を

受ける。また、ターゲット物質の純度、合成(反応試薬)などにも大きく影響を受け

る。 ・ 18F-FDG の収量を例にあげると、合成収量を安定するように努めても図のように収量

は常にバラつきが生じる。

図Ⅱ.2.11 FDG 合成量の推移

・ FDG の合成は1回合成で多人数投与分を合成するため、特に収量は厳密に予測しなけ

ればならない。

・ 終的な収量は、各合成段階でおよその見当をつけることは可能である。その例を次

に示す。

図Ⅱ.2.12 合成時のパラメータと収量の関係

・ 目的とする収量を得るまでにトラブルを引き起こす要因は数多く存在する。これらの

要因を注意深く観察し、いち早く異常を把握することでトラブルを未然に防ぐ、もし

くは検査への影響を 小限に抑えることが可能である。 ・ FDG 合成時のトラブルの可能性を各段階ごとに、また正常検定終了時の何分前にその

現象が見られるかを示した。 ・

図Ⅱ.2.13 FDG 合成時のトラブルの可能性

6. その他の装置

① 冷却システム ・ サイクロトロンから発生する熱を冷却するシステムでイオン濃度が低く放射化しに

くい純水を一次冷却水とし、その熱を逃がすために市水を用いた二次冷却水で構成さ

れる。 ・ 一次冷却水はステンレスの配管等からのイオン混入が考えられるため、絶えずイオン

濃度を低く抑えるためにフィルターによってろ過されている。

図Ⅱ.2.14 冷却システム

② 放射性薬剤の供給に使用される装置 a) 放射能濃度安定化装置 ・ 15O 標識の脳血流、酸素代謝、血液量の測定(Steady-state 法)に使用される。 ・ サイクロトロン室内 15O 標識ガス合成装置から送られてくる放射性ガス(C15O2、

15O2、

C15O)を時間あたりの放射能を一定に制御する装置である。

図Ⅱ.2.15 放射能濃度安定化装置

b) 15O-水捕集装置と 15O-水注入装置 ・ 15O-水による脳血流の測定に使用される。 ・ 水捕集装置内に生理食塩水が入った捕集バイアルをセットしておく。 ・ サイクロトロン室で作られた 15O-水は水蒸気として水捕集装置内に運ばれ、捕集バイ

アルを通過することで瞬時に置換され 15O-水となる。

図Ⅱ.2.16 水捕集装置と水注入装置 ・ 自動注入器へ移送され、ドーズメータで放射能をリアルタイムで測定し注入のタイミ

ングが計られる。 ・ 操作はリモートコントロールにて行われる。 8.施設 ・ サイクロトロン室は四方 1.5m 以上のコンクリートで遮蔽されている。

・ サイクロトロンが搬入されている様子を示す。

図Ⅱ.2.18 サイクロトロン搬入口の入り口

・ 施設はサイクロトロン搬入口を残してほぼ完成している。

図Ⅱ.2.19 サイクロトロン搬入

・ サイクロトロンは予め組み立てられた段階で搬入される。 ・ 医療用サイクロトロンの大きさは、人間の背丈よりやや大きい程度で比較的コンパク

トである。

図Ⅱ.2.20 サイクロトロン搬入

図Ⅱ.2.21 搬入後のサイクロトロン

・ 搬入口はサイクロトロンが搬入された後、閉じられる。

図Ⅱ.2.22 PET 施設の平面図

9.サイクロトロンの種類 種 類 用 途 自己遮蔽 主な Tracer

陽 子 10MeV

18FDG を中心に使用する ユ-ザ-向

(既設建物への導入) 有

18FDG,13NH3 (11C-化合物)

陽 子 12MeV 重陽子 6MeV

18FDG,13NH3

以外に 15O ガス,15OH2O を使用する

クリニカル ユ-ザ-向

18FDG,13NH3, 15O ガス,15OH2O,

11C-化合物,etc

陽 子 18MeV 重陽子 9MeV

FDG(NH3)の 大量生産,

11C 化合物の比放射能を要す

る等研究中心

18FDG,13NH3, 15O ガス,15OH2O,11C

化合物, F2 からの化合物

表Ⅱ.2.2 サイクロトロンの種類と用途

CYPRIS MINITrace

HM12 HM18 CYCLONE18/9

CYCLONE 10/5

RDS111

仕様

加速粒子 H- H-, D- H-, D- H-, D- H-, D- H-

加速エネルギー

(MeV)

p10 p12, d6 p18, d10 p18, d9 p10, d5 p11

大ビーム電流

(μA)

p50 p80, d30 p70, d50 p80, d35 p60, d35 p50/80

ビームポート数 5 2 8 8 8 2

消費電力(kW) 30 60 90 60 40 35

収量

F-理論収量

(GBq/μA)

4.4 5.5 7

自己遮蔽 標準 可 なし 標準

大きさ(m) 3.5x2.05x2.1 4.2x4.5x2.7

重量(t) 46 62 24 13 36

設置面積(m) 4.5x5.5x2.2 4.5x4.5x2.7 5x5x2.7 φ2.0x2.22 φ1.54x1.9 6.7x7x3

本体室壁厚(m) 0.4 1.2 1.5

図Ⅱ.2.23 サイクロトロンの種類

図Ⅱ.2.24 自己遮蔽型サイクロトロン

1) 熊谷寛夫(編):実験的物理学講座、vol.28、p.339、共立出版、東京(1980) 2) 藤居一男:放射線医学体系 特別巻6 ポジトロンCT(別冊)、p.53、中山書店(1989) 3) Thomas,L.H.:The paths of ions in the cyclotron. Physical Rev.54:580(1938) 4) Wieland,B.W.:A negative ion cyclotron using 11 MeV protons for the production of

radionuclides for clinical positron tomography. Proceedings of the first workshop on targetry and target chemistry、 p.119、DKFZ、Heidelberg(1985)