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2 Ⅰ 総 論 1 1 はじめに 救急医療に関する卒後初期研修において達成すべき重要な行 動目標は,以下の 2 点を中心に知識,思考過程,技能を身につ けることといっても過言ではない。 ①救急患者の病態を把握し,不安定な場合には, 呼吸・循環を安定化する能力 一見安定しているように見えて,実は重篤であ る(もしくは後に重篤化する)症例を見落とさ ない能力 ①については標準化された研修コースを必要に応じて受講 し,実際の臨床例をある程度経験することが習得への道筋とし て示されている。しかし,②については,見逃し症例を集めた 教科書等は存在するが,達成するための標準化された教育方法 は,残念ながら現在のところ確立されていない。また,患者や 救急隊からの診療依頼を断らないでできるだけ多くの救急患 者の診療を行い社会のお役に立とうとする態度を支えるもの としても,前述の①と②の能力が必要とされる。 2 ABCDE アプローチ 上述した①の行動目標において,不安定な場合とは,命を脅 かすような,気道,呼吸,循環,中枢神経系ならびに体温の急 性異常を伴うということである。こういった救急患者の初期診 療において守るべき原則を表 1 に示す。 1 救急患者へのアプローチ A

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2  Ⅰ 総 論

1救急患者へのアプローチ

1 はじめに救急医療に関する卒後初期研修において達成すべき重要な行動目標は,以下の2点を中心に知識,思考過程,技能を身につけることといっても過言ではない。

①救急患者の病態を把握し,不安定な場合には,呼吸・循環を安定化する能力②�一見安定しているように見えて,実は重篤である(もしくは後に重篤化する)症例を見落とさない能力

①については標準化された研修コースを必要に応じて受講し,実際の臨床例をある程度経験することが習得への道筋として示されている。しかし,②については,見逃し症例を集めた教科書等は存在するが,達成するための標準化された教育方法は,残念ながら現在のところ確立されていない。また,患者や救急隊からの診療依頼を断らないで,できるだけ多くの救急患者の診療を行い,社会のお役に立とうとする態度を支えるものとしても,前述の①と②の能力が必要とされる。

2 ABCDEアプローチ上述した①の行動目標において,不安定な場合とは,命を脅かすような,気道,呼吸,循環,中枢神経系ならびに体温の急性異常を伴うということである。こういった救急患者の初期診療において守るべき原則を表1に示す。

1 救急患者へのアプローチ

A

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� Ⅰ 総 論  3

1救急患者へのアプローチ

表1 初期救急診療の原則①生命に関わることを最優先すること②生理学的徴候の異常をまず把握すること③細部の診断に固執せず病態の把握に努めること④迅速性(時間)を重視すること⑤不必要な侵襲を加えないこと

上記を達成するために考えられた方法がABCDE アプローチである。ABCDE アプローチの Aは「Airway」すなわち気道,Bは

「Breathing」すなわち呼吸もしくは換気,Cは「Circulation」すなわち循環で,酸素が体内に入り運搬される順番である。最も緊急性が高いのは,このABCの経路が破綻もしくは不安定な場合である。Dは「Disability」もしくは「Dysfunction�of�CNS」で,これは生命に関わる中枢神経系機能のことである。Eは「Environment」で,環境による体温変化のことである。こじつけの感はあるが,不安定な救急患者を診たら,A気道→B呼吸→C循環→D意識→E体温の順に患者を観察していけば,緊急性の高い病態を,見落とさず順に把握することが可能となる。ABCを評価していく過程で異常があれば,正常に戻すための蘇生を直ちに開始する。蘇生とは,比較的簡単に行える支持療法で,気管挿管,胸腔穿刺・ドレナージ,急速輸液などの医療行為をさす。また,診療中の患者の様態が急変したときも直ちにABCDEアプローチを開始する。

第1印象(迅速評価)ABCDEアプローチの最も簡略化されたものであり,通常30秒以内で行う。すなわち,A:息づかい・呼びかけに対し会話可能か否か(このとき Dも確認できる),B:胸郭の動き・呼吸数(30回/分以上か10回/分未満か)・努力性か否か,C・E:皮膚色調・冷感/熱感・橈骨動脈を触れるか否か,を迅速に把握し,安定(ABCDE に全く異常がない)か?不安定(ABCDEに異常がある)か?を判断する。不安定な場合は,周囲の医療従事者に緊急事態であることを

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22  Ⅱ 手技編

3胸骨圧迫

⃝�5〜6cm(成人の場合)の深さ,1分間に100〜120回,“Full�recoil”

⃝中断は10秒以内。⃝�心停止かどうか判断しかねたら迷わず胸骨圧迫を!

適 応⃝すべての心停止症例。

禁 忌⃝患者家族の希望のない場合。

必要物品⃝感染防御のための手袋⃝背板⃝タイマー(時間計測のため)

手技の実際:成人の場合

心停止の判断

⃝患者の反応がなければ正常な呼吸の有無を確認し,同時に頸動脈で脈拍の有無を確認する(10秒以内で)。心停止直後などではあえぐような呼吸(死戦期呼吸)が認められることがあるが,正常な呼吸でなければ “呼吸なし” とみなす。

3 胸骨圧迫

�A�

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� Ⅱ 手技編  23

3胸骨圧迫

胸骨圧迫部位と姿勢

⃝正常な呼吸がなく,頸動脈で脈拍を触知しなければ,心停止として胸骨圧迫から心肺蘇生を開始する。

⃝両手を重ねるようにして手掌基部で胸骨の下半分を圧迫する。

胸骨圧迫の実際

⃝深さは胸郭が5〜6cm沈む深さで。⃝圧迫と圧迫の間には胸郭が完全に戻る(Full� recoil)ようにする。⃝圧迫のテンポは1分間に100〜120回とする。⃝2分間を目安に胸骨圧迫を交代する。

ベッドが柔らかいときは背板を挿入する。圧迫部位

救助者の腕と患者の胸郭が垂直になるように心がける。

垂直

救助者が疲労し適切な胸骨圧迫ができないようであれば,より早期に交代する。その際には中断時間が可能な限り短くなるように素早く行う。

Full recoil

5~6cm

100~120回/分

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26  Ⅱ 手技編

4圧迫止血法

⃝滅菌ガーゼ⃝タニケット(血圧測定用のマンシェットで代用できる)

手技の実際⃝感染症の有無にかかわらず,すべての止血手技の前提として,できる限りの自身の感染防御(ディスポ手袋,マスク,ガウン,ゴーグルなど)をすることが必要である。

直接圧迫止血法

⃝直接圧迫止血法はすべての外出血に対して第一選択の止血法であり,最も簡便で頻用される止血法である。出血部位を特定し,その上に滅菌ガーゼを置き圧迫することにより止血を得る。圧迫の強さは止血状態を確認し調整し,出血が持続している間は圧迫を継続する。圧迫を解除することなく,少なくとも数分は圧迫を行うようにする。血液がガーゼ全体から滲み出るほど濡れたガーゼは止血効果が弱く,新しいガーゼに交換する。

止血帯止血法

⃝四肢からの激しい出血がみられ,直接圧迫止血法や間接圧迫止血法で止血が困難な場合,止血帯止血法を行う。⃝出血部位より中枢側にタニケット(あるいは血圧測定用のマンシェット)を巻き加圧を行い,動脈を閉塞させ末梢側の止血を得る。加圧は収縮期血圧の2.5倍以上を必要とする。末

写真 1 直接圧迫止血法

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� Ⅱ 手技編  27

4圧迫止血法

梢の組織障害を来すことがあるので,必ず駆血開始時間を記録し,30分ごとに1分間は駆血を解除する。

コツとピットフォール⃝出血量が多い場合には,止血をすると同時に呼吸・循環の評価を必ず行い,酸素投与や末梢静脈確保し細胞外液の投与(場合によっては輸血療法の考慮)を行う。⃝止血帯止血法を用いなければ止血困難である出血は,速やかに上級医の応援を依頼する。⃝止血帯止血法を用いた止血の場合,緊縛の程度が弱いと緊縛した部分より末梢のうっ血を来すことにより,逆に出血量が増えてしまう結果となることがあり,注意を要する。⃝床や布に広がる30cm四方の出血は100mLの出血量と計算する。

 

先輩からのアドバイスここで示した止血法は病院内だけではなく,院外でも活用することができ,確実に習得してほしい手技である。院外ではディスポ手袋の代わりにコンビニのビニール袋に手を入れ創部に触れることにより,血液からの感染防御をするなど工夫をすることができる。

写真 2 止血帯止血法

マンシェットを用いた止血帯止血法(圧が抜けないようにドレーン鉗子を使用している)

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174  Ⅲ 症状・病態編

A頻度の高い症状

動悸とは“自分自身の鼓動が自覚される状態”である。必ずしも,不整脈を呈しているとは限らず,狭心症や心不全症状と紛らわしい場合もある。

ABCDEアプローチ&蘇生

A用手的な気道確保を行い,不十分であれば気管挿管の準備もしておく。

B 低酸素血症の場合は,十分な酸素投与を行う。

C循環動態が悪い場合は,静脈路を確保して,除細動器の準備をする。

D頻脈で意識障害を伴っている際は電気ショックの適応となる。徐脈の際は経皮ペーシングが必要となる。

E 体温を測定して,低体温の場合は保温に努める。

病歴と身体診察

病歴聴取

⃝病歴のみで動悸の原因を特定することはできず,心臓性か非心臓性かを特定することも困難である。病歴聴取のポイントを表1に示す。

身体診察

●バイタルサインの測定⃝体温:発熱に伴って洞性頻脈となり,動悸として自覚される

場合がある。⃝血圧:著明な高血圧によって動悸を自覚する場合がある。⃝脈拍:頻脈だけではなく,徐脈でも動悸として自覚される場

合がある。⃝意識:意識が悪い場合は不整脈に伴って循環動態が不安定に

20 動 悸

A 頻度の高い症状

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� Ⅲ 症状・病態編  175

20動 悸

なっている可能性があり,注意を要する。⃝呼吸:不整脈によって循環不全を来して呼吸回数が上昇して

いる場合やパニック障害などで過換気を来している場合などがある。

●頭頸部の診察⃝眼瞼結膜を観察して貧血の有無を調べ,甲状腺の腫脹や圧

痛,眼球突出の有無を観察する。●胸部の診察

⃝心拍のリズムとともに,過剰心音・心雑音など,器質的心疾患の存在を示唆する所見の有無を確認する。また,心拍と脈拍が一致しているかを確認するため,聴診と脈拍の触知を同時に行う。呼吸不全を来している場合には,ラ音の有無に注意して聴診する。

●四肢の診察⃝心不全に伴う浮腫や甲状腺機能亢進症に伴う手指の振戦など

の有無を観察する。

表1 動悸を主訴とする患者の病歴聴取ポイント問診項目 主な内容

動悸の性状 規則的 or 不規則,速い or 遅い,起こる状況,持続性 or 非持続性

随伴症状 失神や胸痛,呼吸困難,めまい,発汗など既往歴 心疾患(冠動脈疾患,心不全,先天性心疾患,心筋症など)

の病歴,精神科疾患(不安,抑うつ,外傷後ストレス障害,パニック障害など),その他(貧血,甲状腺機能亢進症,低血糖など)

家族歴 心臓突然死内服薬 QT延長を来す薬剤,抗不整脈薬,カフェイン,抗コリン薬

など生活歴 飲酒,喫煙,サプリメント,不安,ストレス

鑑別診断の想起と迅速検査の選択⃝不整脈性と非不整脈性の鑑別疾患は表2に挙げたものがあ

る。動悸の原因は大きく,不整脈,洞性頻脈,心因性に分けて考える。

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188  Ⅲ 症状・病態編

A頻度の高い症状

●心不全⃝喘鳴を伴う咳嗽,泡沫状痰,発作性夜間呼吸困難,起坐呼

吸,頸静脈怒張,下腿浮腫,wheeze聴取,Ⅲ・Ⅳ音聴取などを認める。

⃝Ⅲ音は高い確率で心不全と診断できる所見(特異度99%)。⃝X線で心拡大,肺うっ血,胸水などが見られる。⃝採血では BNP≧100pg/mL,NT-proBNP≧400pg/mL は心

不全の診断に参考になる。⃝心エコーで EF(左室駆出率),E/e’ を計測し,収縮不全・

拡張障害の有無を評価。併せて弁膜症,心筋症などの有無をも確認する。

●肺塞栓⃝深部静脈血栓症(DVT)・悪性腫瘍既往,長期臥床,突然の

呼吸困難,胸痛,下肢腫脹などから疑うが,身体所見が乏しかったり,低酸素・労作時呼吸困難以外の症状を認めないこともある。とにかく疑うことが大事。

⃝X線では,両側の肺動脈拡大所見(knuckle sign)を認めることがある。

⃝肺塞栓を疑ったら検査前確率(Wells score)を計算し,Dダイマー測定値と合わせて判断する。検査前確率が高かったり,D ダイマーが高値であれば造影CT評価を行う(表2)。

表2 肺塞栓の事前確率(Wells score)臨床徴候 点数

DVT の臨床徴候(下肢腫脹,深部静脈に沿った触診での痛み)他の疾患で説明できない心拍数>100/分安静臥床(>3日)または4週間以内の手術肺塞栓,深部静脈血栓症の既往血痰悪性腫瘍(治療中または6か月以内に治療)

331.51.51.511

4点以下→低確率4.5点以上→高確率4点以下+D ダイマー正常(<500ng/mL)であるならば99%以上の確率で肺塞栓は否定的4.5点以上や D ダイマー陽性の場合は胸部CT で診断

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Ⅲ 症状・病態編  189

22咳嗽・痰

マネジメントのポイント⃝各疾患の鑑別・マネジメントのポイントについては前述のと

おり。⃝飛沫感染・空気感染の予防対策として結核やインフルエンザ

が疑われる患者は個室対応とし,患者にサージカルマスクを装着する。結核が疑わしければ医療者は N95マスクを装着し診療にあたる。

⃝救急外来で診断がつかなくても,A〜E が安定で急変の可能性が低い咳嗽であれば,帰宅可能。

⃝基本的には原病の治療が原則。鎮咳薬の使用により,原病の治療経過がわかりにくくなったり,中枢性鎮咳薬には眠気や便秘などの副作用もあるため,症状が強い場合を除き,咳嗽があるからといってすべての患者に鎮咳薬を処方しない。処方例コデインリン酸(1%) 6g 分3デキストロメトルファン(15mg) 6錠 分3

⃝去痰薬については,以下のごとく痰の性状に応じて処方する。処方例

【急性期のキレが悪い喀痰】ムコフィリン吸入液®(20%) 1〜4mL/回

【量の多い喀痰】ムコダイン® 1,500mg 分3

【慢性的にキレが悪い喀痰】ムコソルバン® 45mg 分3

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268  Ⅲ 症状・病態編

B緊急を要する症状・病態

STEMI(ST上昇型急性心筋梗塞)では冠動脈再灌流の時間によって,患者の命と,その後の生活の 質 が 大 き く 左 右 さ れ る。 そ の た め DTBT

(Door-to-baloon time)を意識した迅速な診断と治療が重要である。

ABCDE アプローチ&蘇生

A急性呼吸不全やショック,意識障害を呈する可能性が高く,1つでもあれば気管挿管を考慮する。また,状態が急変するリスクが非常に高いため,すぐに気管挿管できるように準備しておく。

B急性左心不全による呼吸不全を呈する場合には酸素投与,陽圧換気(NPPV,人工呼吸)を考慮する。

C

不整脈やポンプ失調による血圧低下を来す場合にはカテコールアミン(ノルアドレナリンなど)投与や機械的循環サポート

[IABP(intra-aortic balloon pumping:大動脈内バルーンパンピン グ ) や V-A ECMO(veno-arterial extracorporeal membrane oxygenation:体外式循環補助法)]を考慮する。また,致死性不整脈を発症する可能性もあるため除細動器も準備する。

D血圧低下による脳灌流低下から意識障害を呈することもあるため注意深く観察する。

病歴と身体診察

病歴聴取

⃝病歴は非常に重要なため急性冠症候群の分類(図1)と急性心筋梗塞診断基準(表1)の虚血症状を意識しながら,短時間で的確に聴取しなければならない。

7 急性冠症候群

B 緊急を要する症状・病態

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� Ⅲ 症状・病態編  269

7急性冠症候群

表1 急性心筋梗塞診断基準⃝�心筋トロポニンが正常上限値を超えて一過性に上昇し下降する急性変化を認めることが必須条件である。⃝�そして,以下の症状,心電図変化,または支持する画像所見の少なくとも1つを伴った心筋虚血が明らかであること。 [虚血症状]・�労作または安静時の胸部,上肢,顎,または心窩部不快感など,さまざまな組合せを含む。・�狭心症の症状持続時間は20分未満であることが多く,20分以上持続する場合には心筋梗塞を強く疑う。・症状はしばしば広範囲で,局所的でない。・姿勢によらず,動作で影響を受けない。・呼吸困難,冷汗,嘔気,または失神を伴うこともある。

 [新規の虚血を示唆する心電図変化]・新規の ST-T変化・新規の左脚ブロック(LBBB)・病的なQ波

 [超音波検査]・新規の局所壁運動の異常

⃝典型的には胸痛,胸部絞扼感や圧迫感を主訴に来院する患者が最も多いが,下顎痛や左肩痛,左上腕痛などの放散痛を主

図1 急性冠症候群の分類

不安定狭心症(UAP) 心筋虚血あり 心筋壊死なし

急性冠症候群(ACS)

ST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)

ACS:acute coronary syndromeAMI:acute myocardial infarctionUAP:unstable angina pectorisSTEMI:ST elevation acute myocardial infarctionNSTEMI:non-ST elevation acute myocardial infarction

急性心筋梗塞(AMI) 心筋虚血あり 心筋壊死あり

非ST上昇型急性心筋梗塞(NSTEMI)

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316  Ⅲ 症状・病態編

B緊急を要する症状・病態

表1 熱傷深度と臨床所見深度 外見 症状 治癒期間 瘢痕

I度epidermal burn(EB)

発赤,充血,紅斑

有痛性,熱感 数日 残らない

浅達性Ⅱ度superficial dermal burn

(SDB)

紅斑,水疱(水疱は圧迫で発赤が消失)

有痛性(強い),灼熱感,知覚鈍麻

約10日間 ほぼ残らない

深達性Ⅱ度deep dermal burn(DDB)

紅斑,紫斑~白色,水疱(水疱は圧迫しても発赤が消失しない)

有痛性(強い),灼熱感,知覚鈍麻(著しい)

2週以上 残る可能性あり

Ⅲ度deep burn

(DB)

黒色,褐色または白色。水疱

(-)

無痛性,知覚麻痺

1か月以上 ケロイドなどになり残る

表2 Artz の基準重症熱傷

(救命救急センター・熱傷センターで治療が必要)

Ⅱ度30% TBSA以上Ⅲ度10% TBSA以上顔面,手,足のⅢ度熱傷気道熱傷の合併軟部組織の損傷や骨折の合併電撃傷

中等度熱傷(一般病院で入院加療を要するもの)

Ⅱ度15~30% TBSA のものⅢ度10% TBSA以下のもの

(顔,手,足を除く)軽症熱傷

(外来で治療可能なもの)Ⅱ度15% TBSA以下のものⅢ度2% TBSA以下のもの

TBSA:total body surface area

鑑別診断の想起と迅速検査の選択⃝病歴と皮膚所見から熱傷の診断は容易であるが,気道熱傷や

一酸化炭素中毒などの合併症の有無を鑑別することが重要である。

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� Ⅲ 症状・病態編  317

16熱 傷

●気道熱傷⃝閉所での火災による受傷,熱い蒸気または液体の吸引などで

の受傷や,口腔内・咽頭内スス付着または喀痰中のスス・鼻毛先端の焦げ・顔面の熱傷などを認めた場合,嗄声・ラ音聴取などの臨床所見を認めた場合には気道熱傷の存在を疑う。→喉頭鏡,気管支鏡で評価。

●一酸化炭素中毒⃝閉所での火災による受傷や,経過中に意識障害を認めた場合

には一酸化炭素中毒の合併を疑う。→COHb を測定(表3)。

表3 一酸化炭素中毒の症状・病態CO濃度 症状・病態

10~20% 頭痛および悪心20%以上 めまい,全身性脱力感,集中困難,

判断力低下30%以上 呼吸困難,胸痛,錯乱50%以上 失神,発作,知覚鈍麻,高血圧,昏

睡,呼吸不全60%以上 心停止

マネジメントのポイント

全身管理

⃝ABCDE で考えるとよい。A 火炎やススなどの吸引によって気道熱傷を起こしている場合

には咽喉頭の浮腫による上気道閉塞を考慮して気管挿管を検討。B 聴診や呼吸数・SpO2の測定を行い,悪化していれば酸素投

与。⃝一酸化炭素・亜硫酸ガス・塩素ガス・アルデヒドなどの吸引

や気道熱傷が疑われる場合には,100%酸素を投与して熱傷センターや救命救急センターへの転送を検討する。

Cショック症状に注意。熱傷初期にショックを来す場合には低容量性ショックがほとんどなので,熱傷部以外の部位に静脈路を