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ネットワーク仮想化の光と影 岡本 聡 山中 直明 竹下 秀俊 岡野 拓朗 内田 哲博 †慶應義塾大学 大学院理工学研究科 223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉 3-14-1 E-mail: [email protected] あらまし あらまし あらまし あらまし ネットワーク仮想化技術の展に伴い,ユーザはフレキシビリティ及び制御性の増大というメリット を享受できている.近年の,Software Defined Networking (SDN), Network Functions Virtualization (NFV), Service Function Chaining (SFC) の展により CAPEX/OPEX の削減も期待されている.本稿では,ネットワーク仮想化技術 の展を振り返り,メリットデメリットをレビューするとともに,ネットワーク用において仮想化により失われ ているもの,それを補うための技術の議論を行う. キーワード キーワード キーワード キーワード ネットワーク仮想化,SDNNFVSFC Discussion on Network Virtualization Satoru OKAMOTO Naoaki YAMANAKA Hidetoshi TAKESHITA Takuro OKANO and Tetsuhiro UCHIDA Graduate School of Science and Technology, Keio University 3-14-1 Hiyoshi, Kohoku-ku, Yokohama-shi, Kanagawa, 223-8522 Japan E-mail: [email protected] Abstract With progress of network virtualization technologies, we can get a merit of increasing flexibility and controllability of the service. By progress of Software Defined Networking (SDN), Network Functions Virtualization (NFV), and Service Function Chaining (SFC), it is expected that CAPEX and OPEX can be reduced. In this paper, progress of network virtualization technologies and their merit and demerit are reviewed. And also discusses what is lost by the virtualization and how to compensate it. Keyword Network VirtualizationSoftware Defined NetworkingNetwork Functions VirtualizationService Function Chaining 1. はじめに はじめに はじめに はじめに 仮想化技術の展に伴って,計算機サーバの仮想化 の流れが,ネットワークにも波及してきている.ネッ トワーク仮想化 (Network Virtualization: NV) ,ソフト ウェアデファインドネットワーキング (Software Defined Networking: SDN) ,ネットワーク機能仮想化 (Network Functions Virtualization: NFV) ,サービス機能 チェイニング (Service Function Chaining: SFC) といっ たキーワードでネットワークの仮想化が議論されてい る.本論文では,これらのネットワーク仮想化技術の メリットとデメリットを議論する. 2. ネットワーク仮想化関技術 ネットワーク仮想化関技術 ネットワーク仮想化関技術 ネットワーク仮想化関技術のレビュー のレビュー のレビュー のレビュー 2.1. 仮想専用線 仮想専用線 仮想専用線 仮想専用線 専用線は,物理的な伝送線路をユーザに占有させる 形態からサービスが開始されていた.多重化伝送技術 の 展 に伴 い ,ユ ーザ と 網 の 間 の UNI (User-to-Network Interface) 区間のみ占有し,伝送網内では高速転送網に よって,複数のユーザの信号を多重化伝送することで 利用料金の大幅な低減が可能となった.特に,フレー ムリレーや ATM (Asynchronous Transfer Mode) 以降の セルやパケットを用いた専用線は, UNI 速度以下の速 度を自由に設定可能となり,仮想回線をユーザ間に設 定することで,専用線を実現する仮想専用線型のサー ビス形態となった(図1).現在では,UNI のインタフ ェース種別とは無関係に IP にアダプテーションする ことで,Any-Interface over IP といった仮想専用線の構 築が容易となっている.仮想専用線は UNI 間にトンネ ルを設定することと等価であり, UNI シグナリング技 術を導入することでトンネルの接続先を変更し,対地 UNI を択するということも可能となった. 仮想専用線化によって,ユーザは,(1) 通信容量の変 更,接続対地の変更,というフレキシビリティを得た. また,(2) 専用線と比べてサービス価格が低下というメ リットを得た.デメリットとしては,(3) 共用分の網 のトポロジが不明なため,接続経路情報が得られない, - 433 - 一般社団法人 電子情報通信学会 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS 信学技報 IEICE Technical Report NS2013-251(2014-3) This article is a technical report without peer review, and its polished and/or extended version may be published elsewhere. Copyright ©2014 by IEICE

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一般社団法人 電子情報通信学会 信学技報

THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, IEICE Technical Report

INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS

This article is a technical report without peer review, and its polished and/or extended version may be published elsewhere. Copyright ©20●● by IEICE

ネットワーク仮想化の光と影

岡本 聡† 山中 直明† 竹下 秀俊† 岡野 拓朗† 内田 哲博†

†慶應義塾大学 大学院理工学研究科 〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉 3-14-1

E-mail: [email protected]

あらましあらましあらましあらまし ネットワーク仮想化技術の進展に伴い,ユーザはフレキシビリティ及び制御性の増大というメリット

を享受できている.近年の,Software Defined Networking (SDN), Network Functions Virtualization (NFV), Service

Function Chaining (SFC) の進展により CAPEX/OPEX の削減も期待されている.本稿では,ネットワーク仮想化技術

の進展を振り返り,メリットデメリットをレビューするとともに,ネットワーク運用において仮想化により失われ

ているもの,それを補うための技術の議論を行う.

キーワードキーワードキーワードキーワード ネットワーク仮想化,SDN,NFV,SFC

Discussion on Network Virtualization

Satoru OKAMOTO† Naoaki YAMANAKA† Hidetoshi TAKESHITA† Takuro OKANO† and

Tetsuhiro UCHIDA†

†Graduate School of Science and Technology, Keio University 3-14-1 Hiyoshi, Kohoku-ku, Yokohama-shi,

Kanagawa, 223-8522 Japan

E-mail: [email protected]

Abstract With progress of network virtualization technologies, we can get a merit of increasing flexibility and

controllability of the service. By progress of Software Defined Networking (SDN), Network Functions Virtualization (NFV),

and Service Function Chaining (SFC), it is expected that CAPEX and OPEX can be reduced. In this paper, progress of network

virtualization technologies and their merit and demerit are reviewed. And also discusses what is lost by the virtualization and

how to compensate it.

Keyword Network Virtualization,Software Defined Networking,Network Functions Virtualization,Service Function

Chaining

1. はじめにはじめにはじめにはじめに

仮想化技術の進展に伴って,計算機サーバの仮想化

の流れが,ネットワークにも波及してきている.ネッ

トワーク仮想化 (Network Virtualization: NV),ソフト

ウ ェ ア デ フ ァ イ ン ド ネ ッ ト ワ ー キ ン グ (Software

Defined Networking: SDN),ネットワーク機能仮想化

(Network Functions Virtualization: NFV),サービス機能

チェイニング (Service Function Chaining: SFC) といっ

たキーワードでネットワークの仮想化が議論されてい

る.本論文では,これらのネットワーク仮想化技術の

メリットとデメリットを議論する.

2. ネットワーク仮想化関連技術ネットワーク仮想化関連技術ネットワーク仮想化関連技術ネットワーク仮想化関連技術のレビューのレビューのレビューのレビュー

2.1. 仮想専用線仮想専用線仮想専用線仮想専用線

専用線は,物理的な伝送線路をユーザに占有させる

形態からサービスが開始されていた.多重化伝送技術

の進展に伴い,ユーザと網の間の UNI (User-to-Network

Interface)区間のみ占有し,伝送網内では高速転送網に

よって,複数のユーザの信号を多重化伝送することで

利用料金の大幅な低減が可能となった.特に,フレー

ムリレーや ATM (Asynchronous Transfer Mode)以降の

セルやパケットを用いた専用線は,UNI 速度以下の速

度を自由に設定可能となり,仮想回線をユーザ間に設

定することで,専用線を実現する仮想専用線型のサー

ビス形態となった(図1).現在では,UNI のインタフ

ェース種別とは無関係に IP にアダプテーションする

ことで,Any-Interface over IP といった仮想専用線の構

築が容易となっている.仮想専用線は UNI 間にトンネ

ルを設定することと等価であり,UNI シグナリング技

術を導入することでトンネルの接続先を変更し,対地

UNI を選択するということも可能となった.

仮想専用線化によって,ユーザは,(1)通信容量の変

更,接続対地の変更,というフレキシビリティを得た.

また,(2)専用線と比べてサービス価格が低下というメ

リットを得た.デメリットとしては,(3)共用部分の網

のトポロジが不明なため,接続経路情報が得られない,

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一般社団法人 電子情報通信学会 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS

信学技報 IEICE Technical Report NS2013-251(2014-3)

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(4)網の状況によっては QoS が完全には保証されない,

(5)共用部が存在するためセキュリティ的に不安,とい

った点があげられる.一方,サービス提供側は,(6)QoS

保証・セキュリティ保証のメカニズムの導入が必要,

(7)ユーザ専用部分と共用部分の網管理の切り分けに

よるオペレーションの複雑化,というデメリットを背

負うこととなった.

2.2. 仮想専用網仮想専用網仮想専用網仮想専用網(ベーシックモード)(ベーシックモード)(ベーシックモード)(ベーシックモード)

複数の UNI 間で Multipoint-to-Multipoint の接続を行

い,任意の対地間での接続性と通信容量の割り当てを

ユーザから制御可能とするサービスである.論理的に

は UNI 間にフルメッシュのトンネルを設定することで

接続性を確保し,トンネルに割り当てる通信容量を制

御することでサービスを実現する(図2).

仮想専用網で,ユーザは,(1)接続対地間の通信容量

の(自由な)変更というメリットを得た.また, (2)

専用網と比べて大幅なサービス価格の低下というメリ

ットを得た.デメリットとしては,(3)共用部分の網の

トポロジが不明なため,接続経路情報が得られない,

(4)網の状況によっては QoS が完全には保証されない,

(5)共用部が存在するためセキュリティ的に不安,とい

った点があげられる.一方,サービス提供側は,(6)QoS

保証・セキュリティメカニズムの導入,(7)QoS を保証

する仮想回線収容設計の実行といったオペレーション

の複雑化,というデメリットを背負うこととなった.

2.3. 仮想専用網(エンハンスドモード)仮想専用網(エンハンスドモード)仮想専用網(エンハンスドモード)仮想専用網(エンハンスドモード)

ベーシックモードにおける (3)のデメリットを補う

ために,文献 [1]ではプロバイダ網内にユーザが制御可

能な(仮想)ノードを提供するエンハンスドモードが

記述されている.エンハンスドモードでは,ユーザに

対して,提供ノードを経由する TE リンク (Traffic

Engineering Link)とルーティング情報を公開し,UNI

からのシグナリングにおいて TE リンクの選択を自由

に行わせることで PE 間のトポロジを指定させるもの

である(図3).

ユーザは,(1)接続対地間の通信容量と接続経路の自

由な変更というメリットを得たが,依然として (3)与え

られた TE リンクを提供するアンダーレイ網の物理ト

ポロジは不明なため,完全な接続経路情報が得られな

い,というデメリットは残る.サービス提供側は,(7-1)

ユーザのルーティングエンティティとの連携動作,

(7-2)ユーザからのシグナリングに連動して,QoS を保

証するアンダーレイ網の収容設計の実行,といったオ

ペレーションの複雑化が要求されている.

エンハンスドモードは,ユーザから見ると,自分専

用のネットワー機器が仮想リンクで接続された専用網

を得ることと等価であり,スライス化されたネットワ

ークリソースを自由にオペレーションすることが可能

となる.実現に当たっては,1台のノードを複数台の

ノードサブセットとして運用可能とするハードウェア

のスライス化(ノードの仮想化)が必要であり,大規

模なノードソフトウェアの開発が必要とされた.

2.4. ネットワーク仮想化ネットワーク仮想化ネットワーク仮想化ネットワーク仮想化

ネットワーク仮想化 (NV)[2]は,エンハンスドモード

仮想専用線網サービスのユーザに提供されるノードの

可制御性を高めたものと位置づけられる.

エンハンスドモード仮想専用網では,ユーザに提供

される網内ノードは仮想ハードウェアであるが,制御

可能範囲はルーティングプロトコル,シグナリングプ

ロトコルを通じた,いわゆる C-Plane のプロトコルア

クセスに限定されていた.新世代ネットワークにおけ

る NV では,ノードにおいてプログラムを実行可能と

する資源を独立したスライスに提供すると定義されて

いる [2](図4).つまり,NV は,データを伝搬する仮

想リンクと,プロトコルを解釈し仮想リンクを選択す

る仮想ノードとから構成される.スライスは,リンク

図 1. 仮想専用線サービス

図 2. 仮想専用網サービス

図 3. エンハンスドモード仮想専用網サービス

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資源,ノード資源だけではなくノード上の計算資源,

ストレージ資源を含むインフラストラクチャ全体の仮

想化資源を意味する.

図4に示した NV では,スライスにユーザノードと

プロバイダノード,ノード間を接続するリンクの全て

が仮想化された資源として含まれている.これにより,

スライス内では自由にデザインされたノードシステム

の構築,自由にデザインされたデータ転送方式やプロ

トコルスタックによる自由なネットワークを構成する

ことが可能となる.従って,フレキシブルなネットワ

ークインフラを,(1)必要な伝送容量のリンク,必要な

転送容量のノードで構成しつつ,仮想専用網の特長で

あった,(2)多重化によるサービス価格の低減を提供で

きる.しかしながら,(3)仮想リンクを提供するアンダ

ーレイ網の経路情報が得られない,(4)網の状況によっ

ては QoS が完全には保証されない,(5)セキュリティ的

に不安,といったデメリットは依然として残されたま

まである.(4)と (5)に関しては,サービス提供側の努力

で現実的には問題が無いとは言え,(6)QoS 保証・セキ

ュリティメカニズムの導入は必須である.(7)オペレー

ションに関しては,スライス毎の資源管理が新たな複

雑化の要因として追加される.

2.5. ソフトウェアデファインドネットワーキングソフトウェアデファインドネットワーキングソフトウェアデファインドネットワーキングソフトウェアデファインドネットワーキング(SDN)

SDN は,ネットワークを提供する技術ではなく,ネ

ットワークを構成するハードウェア及びソフトウェア

を“オープンな”インタフェースで分離し,リソース

管理,ネットワーク構成管理,アクセス管理などのネ

ットワークインフラに対する制御をソフトウェア(プ

ログラム)により(集中)制御する技術であると考え

る(図5).

SDN の制御の特徴は,物理レイヤから仮想化して切

り出された各種リソースの集合体であるリソースプー

ルから所望のリソースを取り出して仮想ノードを仮想

リンクで接続する“オーケストレーション”であると

言える.

SDN を導入することにより,(1)2.1~2.4 で述べた各

技術に関するオペレーション的な複雑さを,プログラ

ム制御を用いた自動化により吸収することで OPEX を

削減する,(2)データプレーン処理を行う機器(ノード

及びリンクの一部を構成)が持つインタフェースをオ

ー プ ン 化 し 機 器 を コ モ デ テ ィ 化 す る こ と に よ り

CAPEX を削減する,の二点が期待されている.

SDN を,仮想専用線 /仮想専用網 /NV といった仮想ネ

ットワーク技術と組み合わせることで CAPEX/OPEX

の削減は十分期待できると考える.

2.6. ネットワーク機ネットワーク機ネットワーク機ネットワーク機能仮想化能仮想化能仮想化能仮想化 (NFV)

NFV は,SDN のもう一つの側面であるデータプレー

ン (D-Plane)のソフトウェア化と密接に関係する.

D-Plane をソフトウェアで実装することを SDN(この場

合の N は Network)と呼ぶ向きもあるが,本論文では

D-Plane のソフトウェア化は NFV の範疇であると定義

する.

元々の NFV は,ネットワークアプライアンスのハー

ドウ ェア をハ イエ ンド サー バの 仮想 マシ ン (virtual

machine: VM)上に実装するための技術である [3].NFV

の実例として,専用のハードウエア(+ソフトウェア)

で実装されることが普通であったファイアウォール,

イ ン タ ー ネ ッ ト ア ク セ ス ゲ ー ト ウ ェ イ BRAS

(Broadband Remote Access Server),モバイルコア網用各

種ゲートウェイ EPC (Evolved Packet Core)等を x86 ア

ーキテクチャ上の VM として実装することが想定され

ている(図6).

NFV の導入により装置種類の削減と,ハイエンドサ

図 4. ネットワーク仮想化 (NV)

図 5. SDN 参照モデル

図 6. NFV の概念

- 435 -

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ーバ上への VM 集約による装置数の削減,それに付随

する設置スペース・消費電力の削減による CAPEX の

大幅な削減が期待されている.

また,SDN と NFV は相性が良く,図5の物理レイ

ヤのネットワーク機器として各種アプライアンスを想

定することで,アプライアンスの仮想化リソースプー

ルを提供する手段として NFV が活用可能であること

は自明である.

現在の NFV は,基本的にレイヤ 4 以上をターゲット

として元々ソフトウェア処理で実現されているアプラ

イアンスを処理能力の高いハイエンドサーバ上に実装

することが前提であるため,ソフトウェア化によるオ

ーバーヘッドは無視できる.しかしながら,レイヤ 3

以下の各種データプレーン処理を伴う機器の NFV 化

を進める場合には,ソフトウェア処理に伴うオーバー

ヘッドを考慮する必要がある.

2.7. サービス機能チェイニングサービス機能チェイニングサービス機能チェイニングサービス機能チェイニング(SFC)

現在のネットワークサービスは,ユーザ識別,サー

ビス識別,セッション管理,アクセス制御,QoS 制御,

有線系 IP ゲートウェイ,無線系 IP ゲートウェイ,移

動体通信ゲートウェイ,ファイアウォール,パケット

検査 (Deep Packet Inspection: DPI),といった様々な機

能が,単機能アプライアンスあるいは,複合機能アプ

ライアンスとして存在し,各種サービスに合わせて静

的に機器を配置することで提供されている.SFC は,

アプライアンス群あるいは NFV 化されたアプライア

ンスリソースプールに対して,動的に,必要な機器・

リソースを組み合わせてサービスを適用しようという

アプローチである(図7) [4].

SFC では,機器の配備箇所をユーザにできるだけ近

くしてユーザへのレスポンス向上を図るアプローチと,

機器をできるだけ集中させて配備しできる限り大群化

効果を利用して CAPEX を削減することを主目的とす

るアプローチ,あるいは両者の融合を想定することが

できる.

チェイニングは,データに対して機能をどの場所で

どの機器・リソースに割り当てて処理を行うかの制御

問題である.実現手法としては,SDN のように集中制

御でオーケストレーションを行う手法と,データパケ

ットのヘッダに必要なサービス情報を書き込み,機器

を通過する際に動的に次の機器を決定し,データパケ

ットを転送用パケットにカプセリングして転送するこ

とで,分散的に最終的な宛先まで処理の連鎖を実現す

る手法 [5]とが想定される.

いずれにせよ,SFC は,サービスチェイン構築の自

動化による OPEX の削減,機器集約による CAPEX の

削減をターゲットとしていると言える.

3. ネットワーク仮想化技術のメリットとデメネットワーク仮想化技術のメリットとデメネットワーク仮想化技術のメリットとデメネットワーク仮想化技術のメリットとデメ

リットリットリットリット

3.1. 一般論としてのメリットとデメリット一般論としてのメリットとデメリット一般論としてのメリットとデメリット一般論としてのメリットとデメリット

これまで見てきたように,仮想専用線,仮想網,NV

と進展するにつれて,ユーザは,(1)フレキシビリティ

の増加,(2)サービス価格の低下,というメリット,(3)

仮想リンクの経路情報が得られない,(4)網の状況によ

っては QoS が完全には保証されない,(5)共用部が存在

するためセキュリティ的に不安,といったデメリット

が共通して存在している.ユーザとして一般ユーザを

想定するか,網運用者を想定するかで,デメリットと

して示した項目をデメリットと認識するかどうか判断

は分かれる.NV は,ユーザがネットワークマネージ

メントまで独立して実行することを目指していること

から,網運用者を想定する.その場合は,(4)と (5)はデ

メリットとはならない.

一方,網提供者側としては,オペレーションの複雑

化が共通のデメリットとして挙げられていたが,SDN,

NFV,SFC によって CAPEX と OPEX の両者を削減す

ることが可能と言われており大きなデメリットにはな

らない可能性が高い.しかしながら,文献 [6]において,

NFV+SFC におけるソフトウェア処理オーバーヘッド

と,伝送コストを考慮した場合にコスト逆転が発生す

る可能性が指摘されており詳細な分析が必要である.

3.2. 網運用者としてのユーザ目線でのネットワーク網運用者としてのユーザ目線でのネットワーク網運用者としてのユーザ目線でのネットワーク網運用者としてのユーザ目線でのネットワーク

仮想化技術のデメリット仮想化技術のデメリット仮想化技術のデメリット仮想化技術のデメリット

網運用者として期待することは,トラヒックエンジ

ニアリング (TE)の実現である.これまでにも,MPLS

(Multi-protocol Label Switching)や GMPLS (Generalized

MPLS)では,LSP (Label Switched Path)による論理パス

をダイナミックに運用することで,パケットパス転送

レイヤ,TDM パス転送レイヤ,光パス転送レイヤ,及

び複数レイヤを同時に制御するマルチレイヤ TE 技術

が研究開発されてきた [7-9].これらの TE 技術は,各

図 7. SFC の概要

- 436 -

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レイヤネットワークの網トポロジ,リンク容量,リン

ク使用率といった TE 情報を得ることで実現可能であ

る.新世代ネットワークテストベッドとして提供され

ている JGN-X においては,マルチレイヤのネットワー

ク仮想化サービスはまだ提供されていないが,基本的

には NV で提供されるスライスにおいては,自スライ

スの TE 情報を取得可能(=マネージメント可能)で

あり問題は無い.

新たな TE 技術として注目されているものとして,

伝搬遅延の最小化を目的とする QoS-aware TE [10]や

ネットワークが消費する電力を最小化することを目的

とする Energy-aware TE [11-13]がある.これらの TE 技

術は実網環境で必要とする情報や制御性が十分な時に

効果を発揮する.例えば,伝搬遅延の最小化を実現す

るためには,実網であればリンク長の概算値を求める

ことは容易であるが,仮想リンクにおいては実網にお

ける仮想リンク経路が不明なため,ノードの位置情報

等から地理的な距離を元に推定する,あるいはノード

間の RTT (Round Trip Time)測定等から推測することが

必要になりその効果は大幅に低減する.

また,Energy-aware TE では,ネットワークのトラヒ

ックの片寄を行い,特定のリンクにトラヒックを集中

させて空きリンクを形成し,リンクのパワー断を行う

ことでネットワークの消費電力の最小化をはかる(図

8) [11],あるいはリンクとノードの転送エネルギー

コストを推測して転送エネルギーコストが最小となる

ようにコンテンツをルーティングする Energy-aware

routing [13]を行う.スライスの仮想リンクにおいては,

(a)物理リンクを他スライスと共有しており,仮想リン

クをパワー断にしても物理リンクは断にならない,(b)

仮想リンクのインタフェース速度と物理インタフェー

スの速度は一致しない,(c)物理リンクを流れる全体の

トラヒック量によってリンクの転送エネルギーコスト

は変動するため,仮想リンクの転送エネルギーコスト

と物理リンクの転送エネルギーコストとの間に相関は

無く,Energy-aware routing が機能しない,といった

様々な問題が発生する.

さらには,現在の NV が提供するのは,実網のサブ

セットである.多重化技術をベースとしたスライスと

いう考え方においては,マネージブルな独立した実網

のサブセットを提供することを目的としており問題は

無いが,“仮想化”にはサブセットを提供するものとス

ーパーセットを提供するものの二種類が存在しており,

スーパーセット的な NV の実現も今後要求されてくる

ものと考える.

4. デメリットデメリットデメリットデメリットのののの解消に向けた解消に向けた解消に向けた解消に向けた取り組み取り組み取り組み取り組み

4.1. ネットワークネットワークネットワークネットワーク API の導入の導入の導入の導入

アプリケーション毎に存在する実網を,共通 NV プ

ラットフォーム上のスライスに移行することで,リソ

ース確保のフレキシビリティの向上が図れることを述

べた.スライスによるマルチサービス網において各サ

ービス網は異なるメトリック情報を TE 情報として要

求する.我々は,新世代ネットワークにおいては,仮

想ネットワークに対して抽象化した物理メトリックを

反映するネットワーク API (Application Programming

Interface)を実現することを検討している [6][14,15](図

9).このような API により異なった QoS 対応の TE

を実現可能とするスライスを“QoS スライス”と呼ぶ.

Energy-aware TE が,NV プラットフォームで利用され

ているような場合,仮想リンクを提供するパスの経路

は,TE の実行によって変更されるが,仮想リンクの終

端点は移動しない.つまり,当初スライスとして与え

た仮想ノード間の接続関係は変わらないが,メトリッ

クは変化してしまう.遅延最小化 TE や,Energy-aware

routing では,仮想リンクのメトリックとして過小評価

を防ぐために十分なマージンをとったメトリックを提

供することになり,オーバーエスティメイトな設計が

必須となる.ネットワーク API により,随時仮想リン

クのメトリックを読みだすことで最適化の精度を向上

させることが可能となる.さらには,API を通じて「仮

想リンクをノード間に設定・解除する」,「帯域を変更

する」,「距離を短くする」,「エネルギー消費を下げる」

といった NV プラットフォームに対して動的にスライ

ス変更を要求することにもチャレンジしている.図 8

に示した Energy-aware TE を仮想ネットワーク上で実

現するためには,波長のような物理的に占有可能なリ

ソースを仮想ネットワークのインタフェースにバンド

図 8. Energy-aware TE の例

図 9. ネットワーク API による QoS スライス

- 437 -

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ルし,仮想リンク及び仮想ノードを API を通じてスリ

ープさせることで実現可能になると考える.API を用

いることによって,各スライスが必要な TE 情報のみ

を読み込む,また NV プラットフォームのリソースを

制御することができるようになる.これは,NV の一

つの進化を産むと考えている.

4.2. Atomic NFV のののの提唱提唱提唱提唱

サーバ仮想化には,Hypervisor 上に VM を稼働させ

るスライス型と,複数のサーバを束ねて一台の巨大

VM を提供するクラスタ型が存在する.現在の NFV は,

仮想アプライアンスが提供する“機能”を単位として

VM 上で機能を稼働させ,SFC によってサービスのオ

ーケストレーションを実行させている.従って,仮想

アプライアンスが提供する“機能”の能力はサーバの

能力によって制限されてしまう.

Atomic NFV では,“機能”をよりプリミティブな

Atomic Function に分解し,Atomic Function を SFC す

ることで“機能”を提供するコンセプトである.これ

は,文献 [16,17]におけるトイブロックやネットワーク

機能エレメントを疎結合されたクラスタ上で実現し,

能力スケーラブルな“機能”提供を目指すものである

と言える.Atomic Function の実現には,例えば Click

Modular Router [18]が利用できる(図 10).

5. まとめまとめまとめまとめ

本論文では,仮想専用線,仮想専用網,NV,NFV,

SFC のメリットと,ネットワーク運用者視線でのデメ

リットをまとめた.また,デメリットの解決手段とし

ての QoS スライスを紹介し,将来のスケーラブルな

NFV を実現するための Atomic NFV の提唱を行った.

謝辞

本研究の一部は,NICT 委託研究「新世代ネットワ

ークを支えるネットワーク仮想化基盤技術の研究開発」

のサポートを受けて行われた.

文文文文 献献献献 [1] T. Takeda, Ed., “Framework and Requirements for

Layer 1 Virtual Private Networks,” IETF RFC4847, Apr. 2007.

[2] 中尾彰宏,“新世代ネットワーク構想におけるネッ ト ワ ー ク 仮 想 化 ,” 信 学 誌 , vol.94, no.5, pp.385-390, May 2011.

[3] “Network Functions Virtualization – Introductory White Paper,” ETSI, Oct. 2012.

[4] P. Quinn and T. Nadeau (Editors), “Service Function Chaining Problem Statement, ” Internet-Draft, draft-ietf-sfc-problem-statement-00.txt (work in progress), Jan. 2014.

[5] P. Quinn, et al., “ Network Service Header, ” Internet-Draft, draft-quinn-nsh-01.txt (work in progress), July 2013.

[6] 山中直明,岡本聡,張善明,山崎裕史,栗本崇,“SDN の仮想化の先に見えるもの,”2014 電子情報通信学会総合大会,BP-1-3, Mar. 2014.

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[8] R. Hayashi, T. Miyamura, K. Shiomoto, and S. Urushidani, “ Impact of Traffic Correlation on the Effectiveness of Multilayer Traffic Engineering,” Proc. In APCC 2005, pp.936-940, Oct. 2005.

[9] K. Shiomoto, D. Papadimitriou, JL. Ke Roux, M. Vigoureux, and D. Brungard, “ Requirements for GMPLS-Based Multi-Region and Multi-Layer Networks (MRN/MLN),”RFC5121, July 2008.

[10] 福元良太,荒川伸一,村田正幸,“ ISP トポロジーにおけるオーバレイルーティングの効果,”信学技報 IN2006-12, May 2006.

[11] H. Yonezu, K. Kikuta, D. Ishii, S. Okamoto, E. Oki, and N. Yamanaka, “ QoS Aware Energy Optimal Network Topology Design and Dynamic Link Power Management,”Proc. in ECOC2010, Tu.3.D.4, Sept. 2010.

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[14] S. Okamoto, “ E3-DCN: Energy Efficient Optical Network for Datacentric Network, ” Proc. in Photonics in Switching 2012, We-S32-I03, Sept. 2012.

[15] 山中直明,岡本聡,渋田直彦,張善明,岡野拓朗,栗本崇,“転送エネルギー最適化コンテンツ配信システム−(E3-DCN)とそれを支える仮想化技術−,” 信学技報 CQ2013-4, pp. 13-18, Apr. 2013.

[16] 長谷川亨,福嶋正機,北辻佳憲,岡本修一,中尾彰宏,“サービス合成可能なネットワークプラットフォームの提案,”,信学技報 IN2012-75,Oct. 2012.

[17] 山本周,福嶋正機,中尾彰宏,“ネットワーク仮想 化 基 盤 サ ー ビ ス 設 計 ツ ー ル ,” 信 学 技 報 NV201211-05,Nov. 2012.

[18] The Click Modular Router Project, http://read.cs.ucla.edu/click/click

図 10. Atomic NFV による機能提供

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