アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究

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125 日本結晶学会誌 第 52 巻第 2 号(2010 1.はじめに アミノアシル-tRNA 合成酵素は, Mg 2+ イオンの存在下, ATP-PPi 交換反応, アミノアシル-AMP の形成反応(アミ ノ酸+ ATP →アミノアシル-AMP +ピロホスフェイト PPi))とこの逆反応(アミノアシル-AMP PPi →アミノ 酸+ ATP)を触媒する. 引き続いて, アミノ基は, タンパク 質に結合しているこの反応中間体アミノアシル-AMP tRNA に転移する. すなわち, tRNA 3’末端 CCA A76 のリボースの OH , アミノアシル-AMP Cα- CO-O C と結合し, アミノアシル-tRNA が形成される. ほとんどのアミノアシル-tRNA 合成酵素では, tRNA が存在しなくても ATP-PPi 交換反応(アミノ酸+ ATP アミノアシル-AMP PPi)は起こる. 他方, 調べられたす べての種のアルギニル-tRNA 合成酵素(ArgRS, 1)-4) グル タミニル-tRNA 合成酵素(GlnRS, 5),6) 大腸菌 K12 由来グ ルタミル-tRNA 合成酵素(GluRS)のみ, 7) tRNA の非存在 下で ATP-PPi 交換反応は観測されず, アミノアシル-AMP も同定されない. 対応する tRNA の助けにより, 初めて ATP-PPi 交換反応が観測される. さらに, 低い pH におい , 化学的に合成された Arg-AMP のピロホスホリス反応 (アミノアシル-AMP PPi →アミノ酸+ ATP)は, ArgRS 上で tRNA の助けにより起こる. 8) これまで ArgRS, GlnRS GluRS 上の ATP-PPi 交換反応において, それぞれ対応 する tRNA を必要とする分子科学的機構の説明がなされ なかった. In vitro では, Arg-tRNA のディアシレイション反応 Arg-tRNA AMP PPi tRNA Arg ATP)におい , 9) ArgRS の助けで, 過剰の AMP, PPi Mg 2+ イオンの 存在下, pH6 Arg-tRNA の一次の分解反応が観測される. 他方, PPi の非存在下では, Arg-tRNA 43 %まで減少す るが, その後, 反応は進まず一定になる. この実験結果に 対する合理的説明はなされなかった. アミノアシル-AMP 形成反応において, クラス Ia に属す るイソロイシル-tRNA 合成酵素(IleRS)では, イソロイシ ンのみでなくバリン, トレオニン, システインの存在下で ATP-PPi 交換反応が観測され, バリル-tRNA 合成酵素 ValRS)では, トレオニン, システインの存在下同様に, ATP-PPi 交換反応が観測される. 10) また, PPi を分解するピ ロホスファターゼの存在下では, IleRS に結合した Val- AMP および, ValRS に結合した Thr-AMP , ゲルろ過で 単離された. しかし, Val-tRNA Ile あるいは Thr-tRNA Val ような間違ってアミノアシル化された tRNA , 生体内 では決して観測されない. アミノアシル-tRNA 合成酵素上 で形成された間違ったアミノアシル-AMP が除去される 機構は editing 機構と呼ばれる. 興味あることに, IleRS 結合した Ile-AMP tRNA Ile を加えると Ile-tRNA が形成 されるが, その転移は不完全で, 過剰の tRNA Ile を加えて , 20 30 %は Ile-AMP として残る. ヒドロキシアミン を加えると, 残りの Ile-AMP すべてが反応して, Ile-NHOH が形成される. 11) ValRS においても, Val-AMP 84 %は Val-tRNA Val になるが, 16 %は抵抗して残る. 12) これらの未 反応のアミノアシル-AMP が残る機構はこれまで説明さ れなかった. Thr-tRNA Val ValRS の触媒による加水分解 速度 40 s -1 が観測され, ValRS に結合した Thr-AMP tRNA Val を加えることにより Thr-AMP の加水分解速度 36 s -1 が観測された. 12) 私達は, ATP 類似体(アデノシン-5’- β,γ-イミド)トリホ スフェイト, ANP)を含むパイロコッカス ホリコシ菌由 ArgRS P. h. ArgRS)と tRNA Arg CCU の複合体の立体構 アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究 お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 内川瑛美子, 今野美智子 Emiko UCHIKAWA and Michiko KONNO: An Insight into the Mechanism of Enzymatic Reaction on Aminoacyl-tRNA Synthetases The mechanism that ATP-pyrophosphate exchange reaction catalyzed by Arg-tRNA, Gln-tRNA and Glu-tRNA synthetases requires assistance of the cognate tRNA, remained to be established. On the basis of crystal structure of Arg-tRNA synthetase from Pyrococcus horikoshii complexed with tRNA Arg CCU and ATP analog, we constructed a structural model for a mechanism in which formation of a hydrogen bond between 2’-OH group of A76 of tRNA and carboxyl group of Arg induces both formation reaction of Arg-AMP from Arg and ATP and the reverse reaction pyrophosphorolysis at low pH. The hydrogen bond assists also editing of misacylated Thr-tRNA VAl or Thr-AMP bound Val-tRNA synthetase. 最近の研究から 日本結晶学会誌 52125-1322010

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125日本結晶学会誌 第 52巻 第 2号(2010)

1.はじめに

アミノアシル-tRNA合成酵素は, Mg2+イオンの存在下,

ATP-PPi交換反応, アミノアシル-AMPの形成反応(アミ

ノ酸+ATP→アミノアシル-AMP+ピロホスフェイト

(PPi))とこの逆反応(アミノアシル-AMP+PPi→アミノ

酸+ATP)を触媒する. 引き続いて, アミノ基は, タンパク

質に結合しているこの反応中間体アミノアシル-AMPか

ら tRNAに転移する. すなわち, tRNAの 3’末端CCAの

A76のリボースの OHが, アミノアシル-AMP の Cα-

(CO)-OのCと結合し, アミノアシル-tRNAが形成される.

ほとんどのアミノアシル-tRNA合成酵素では, tRNA

が存在しなくてもATP-PPi交換反応(アミノ酸+ATP=

アミノアシル-AMP+PPi)は起こる. 他方, 調べられたす

べての種のアルギニル-tRNA合成酵素(ArgRS),1)-4) グル

タミニル-tRNA合成酵素(GlnRS),5),6) 大腸菌K12由来グ

ルタミル-tRNA合成酵素(GluRS)のみ,7) tRNAの非存在

下でATP-PPi交換反応は観測されず, アミノアシル-AMP

も同定されない. 対応する tRNAの助けにより, 初めて

ATP-PPi交換反応が観測される. さらに, 低い pHにおい

て, 化学的に合成されたArg-AMPのピロホスホリス反応

(アミノアシル-AMP+PPi→アミノ酸+ATP)は, ArgRS

上で tRNAの助けにより起こる.8) これまでArgRS, GlnRS

とGluRS上のATP-PPi交換反応において, それぞれ対応

する tRNAを必要とする分子科学的機構の説明がなされ

なかった.

In vitroでは, Arg-tRNAのディアシレイション反応

(Arg-tRNA+AMP+PPi→ tRNA+Arg+ATP)におい

て,9) ArgRSの助けで, 過剰のAMP, PPiとMg2+イオンの

存在下, pH6でArg-tRNAの一次の分解反応が観測される.

他方, PPiの非存在下では, Arg-tRNAは 43%まで減少す

るが, その後, 反応は進まず一定になる. この実験結果に

対する合理的説明はなされなかった.

アミノアシル-AMP形成反応において, クラス Iaに属す

るイソロイシル-tRNA合成酵素(IleRS)では, イソロイシ

ンのみでなくバリン, トレオニン, システインの存在下で

もATP-PPi交換反応が観測され, バリル-tRNA合成酵素

(ValRS)では, トレオニン, システインの存在下同様に,

ATP-PPi交換反応が観測される.10) また, PPiを分解するピ

ロホスファターゼの存在下では, IleRSに結合したVal-

AMPおよび, ValRSに結合したThr-AMPは, ゲルろ過で

単離された. しかし, Val-tRNAIleあるいはThr-tRNAValの

ような間違ってアミノアシル化された tRNAは, 生体内

では決して観測されない. アミノアシル-tRNA合成酵素上

で形成された間違ったアミノアシル-AMPが除去される

機構は editing機構と呼ばれる. 興味あることに, IleRSに

結合した Ile-AMPに tRNAIleを加えると Ile-tRNAが形成

されるが, その転移は不完全で, 過剰の tRNAIleを加えて

も, 20~30%は Ile-AMPとして残る. ヒドロキシアミン

を加えると, 残りの Ile-AMPすべてが反応して, Ile-NHOH

が形成される.11) ValRSにおいても, Val-AMPの 84%は

Val-tRNAValになるが, 16%は抵抗して残る.12) これらの未

反応のアミノアシル-AMPが残る機構はこれまで説明さ

れなかった. Thr-tRNAValのValRSの触媒による加水分解

速度 40 s-1が観測され, ValRSに結合した Thr-AMPに

tRNAValを加えることによりThr-AMPの加水分解速度

36 s-1が観測された.12)

私達は, ATP類似体(アデノシン-5’-(β,γ-イミド)トリホ

スフェイト, ANP)を含むパイロコッカス ホリコシ菌由

来ArgRS(P. h. ArgRS)と tRNAArgCCUの複合体の立体構

アミノアシル-tRNA合成酵素の酵素反応機構に関する研究お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 内川瑛美子, 今野美智子

Emiko UCHIKAWA and Michiko KONNO: An Insight into the Mechanism of EnzymaticReaction on Aminoacyl-tRNA Synthetases

The mechanism that ATP-pyrophosphate exchange reaction catalyzed by Arg-tRNA, Gln-tRNAand Glu-tRNA synthetases requires assistance of the cognate tRNA, remained to be established.On the basis of crystal structure of Arg-tRNA synthetase from Pyrococcus horikoshii complexedwith tRNAArgCCU and ATP analog, we constructed a structural model for a mechanism inwhich formation of a hydrogen bond between 2’-OH group of A76 of tRNA and carboxylgroup of Arg induces both formation reaction of Arg-AMP from Arg and ATP and the reversereaction pyrophosphorolysis at low pH. The hydrogen bond assists also editing of misacylatedThr-tRNAVAl or Thr-AMP bound Val-tRNA synthetase.

最近の研究から

日本結晶学会誌 52,125-132(2010)

Page 2: アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究

造を決め, ArgRSに結合したATPの配置の新たな分子構

造的知見を得ることにより, これまで未解決であった上記

の問題を合理的に説明する分子構造的反応機構を見出し

た.13) 本稿では, ATPが結合したArgRSと tRNAArgCCUの複

合体の構造から何が分かったか, この解に至った経緯を説

明し, これらの反応機構が, IleRSあるいはValRSのediting

機構にも共通に説明できることを紹介する.

2.実 験

2.1 P. h. ArgRSとtRNAArgCCUの発現と精製および複合

体の結晶化

ゲノムからArgRSの遺伝子を PCR法により取り出し,

TOPOベクターに取り込んだ . このプラスミド

pET28c/ArgRSを大腸菌BL21(DE3)codon+に形質転換

し大量培養した. 粗タンパク質をNi-superflowカラムに

通し, その後, ÄKTA purifier FPLCシステムを用い, リソ

ースQ, ヘパリン, ヒドロキシアパタイトカラムを通し精

製した. パイロコッカスホリコシ菌は, AGAとAGGのコ

ドンの使用頻度がそれぞれ19と34であり, これらは6種

類のアルギニンのコドンの使用頻度の98%を占める. 最

も使用頻度が高く, メチオニンのコドンAUGと2番目の

みが異なる tRNAArgCCUを作製した. pUC119ベクターに

T7プロモーターとともにこの遺伝子を取り入れ, この

DNAを鋳型とし, T7 RNAポリメラーゼで転写し, リソ

ース Qカラムで精製した. P. h. ArgRS(2 mg/mL)と

tRNAArgCCUのモル比を 1: 1.1とし, 5 mM ANP, 5 mM

MgCl2を含む溶液1 µLと30% ポリエチレングリコール

4000, 0.2 M硫安, 100 mMトリス塩酸(pH8.0)を含むリ

ザーバー溶液1 µLの混合溶液を, このリザーバー溶液に

対しハンギングドロップ蒸気拡散法で平衡化させた. 板状

で0.4×0.07×<0.05 mmの大きさの結晶が成長した.

2.2 構造解析

回折強度データは, SPring-8とPFのビームラインを用

い100 KにおいてCCDディテクターで収集した. 位相決

定は, Thermus thermophilus由来ArgRS(T. t. ArgRS, PDB

コード 1IQ0)を分子モデルとしMolRepを用いて分子置

換法で行った. tRNAの分子のモデルは, 酵母菌ArgRSと

tRNAArg複合体(PDBコード 1F7V)の tRNAArgを用い, 酵

母菌ArgRSをT. t. ArgRSに重ねて tRNAの位置を求めた.

この構造で精密化しR=40%まで収束した. P. h. ArgRS

の約100残基のN末端ドメインは, タンパク質のコア部分

に対する相対的位置がT. t. ArgRSと酵母菌ArgRSのそれ

らに対し大きくずれており, また, tRNAについてはL字

型の曲がりの角度が異なっており, これらの部分における

電子密度図は, ぼやけて構築が困難であった. N末端ドメ

インの領域ではヘリックス部分が若干識別でき, プログラ

ムOにより少しずつ広げながら繰り返し分子構築とプロ

グラムCNSを用いて精密化を行うことにより, 全体のモ

デルを構築した. ANPは最終段階で構築した. 最終的に,

ArgRS, tRNAArgCCUとANPの複合体の結晶構造は, 分解能

2.0 ÅでRfactor=0.215(Rfree=0.259), ArgRSと tRNAArgCCU

の複合体は, 分解能2.3 ÅでRfactor=0.206(Rfree=0.266)で

ある. L-アルギニンの存在下で成長した結晶から得られた

電子密度には, L-アルギニンが同定できなかった. 全体の

立体構造のリボンモデルを図1に示す.

3.結 果

3.1 tRNAArgCCUが結合したP. h. ArgRSの構造とATP

のアデノシンの結合サイト

これまでクラス Iaに属するメチオニル-tRNA合成酵

素(MetRS), IleRS, ValRS, ロイシル-tRNA合成酵素

(LeuRS)14)-17) において, アミノアシル基の部位で疎水的

相互作用によりタンパク質に結合したアミノアシル-AMP

類似体との複合体の結晶構造は観測された. 他方, ATP

の結合した複合体は観測されなかった. 今回P. h. ArgRS

において初めてATP類似体(ANP)が活性中心に結合し

た複合体を観測した(図 2). ANPの観測を可能にしたの

は, 高温で生存する古細菌のタンパク質を用いたことと,

アデニンに積み重なるHis417残基が存在することによる.

ANPのPβOとPαOに配位したMg2+イオンが観測され

た. このMg2+イオンの電子密度は, ほぼ半分の占有数0.5

で, ANPのPβPγの部位に配位するMg2+イオンと配位し

ないMg2+イオンの存在を示す. PβOとPαOの間で形成さ

れるMg2+イオンの架橋は, 可逆的ATP-PPi交換反応過程

において, ATPのPαOのコンフォメーションの逆転(傘

の裏返り)が起こるのを妨げるが, 他方, PβOとPγOの間

内川瑛美子, 今野美智子

126 日本結晶学会誌 第 52巻 第 2号(2010)

catalyticdomain

'stem contact fold' domain

anticodon-binding domain

N-terminaldomain

図1 P. h. ArgRS, tRNAArgCCU, ATP類似体(ANP)の複合体の全体の構造.(Overview of the structure of

P. horikoshii ArgRS complexed with tRNAArgCCU

and ATP analog(ANP).)

Page 3: アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究

のMg2+イオンの架橋は妨げない. これまで報告されたク

ラス Iaのアミノアシル-tRNA合成酵素に結合したアミノ

アシル-AMP類似体は, スルファモイル(-NH-SO2-O-)あ

るいは, ディアミノスルホン(-NH-SO2-NH-)で, 主に, ア

ミノアシル基部位とタンパク質との疎水的相互作用によ

り結合する. したがって, この相互作用により, アデノシ

ン部位の位置は, 摂動を受けている. 例えば, T. t. IleRS

に結合した Ile-AMP類似体 15) とT. t. ValRSに結合した

Val-AMP類似体 16) のC3’-C4’-C5’-O5’/N’のC4’-C5’結合

の周囲の2面角は, それぞれ52°と-169°である. 今回得

られたANPのアデノシン部位は, 摂動を受けていない. し

たがって, ANPのPαのコンフォメーションは, ArgRSに

おいて tRNAArgを要求するATP-PPi交換反応のモデルの

構築に適している.

3.2 tRNAの3’末端

tRNAArgCCUの3’末端G73-C74-C75-A76には, 結晶条件

に依存して, 2つの遷移状態が観測された(図3a). 第1段

階ではG73の塩基がG1・C72の塩基対に積み重なってお

り, C72-G73間のC5’-O-P-O-C3’の架橋のコンフォメーシ

ョンは通常のヘリックスタイプである. C74-C75-A76は

電子密度図から同定できない. このことは, G73の周囲で

コンフォメーションの自由度が増すことが, 第1段階で起

こることを示す. 第 2段階では, tRNAの 3’末端は, 別の

コンフォメーションをとる. G73は, G1・C72の塩基対に

積み重ならず, C72-G73, G73-C74間のC5’-O-P-O-C3’架

橋のコンフォメーションは, 通常のヘリックスタイプでは

ない. このC72-G73-C74の局所的コンフォメーションは,

酵母菌由来ArgRSに結合した tRNAArgICG18) の最終段階の

コンフォメーションに非常に似ている. したがって, この

新たに観測された遷移状態は, 3’末端のコンフォメーシ

ョンが, 第 1段階から最終段階に移行する中間体である.

C74の塩基は, CPドメインの表面の疎水的溝に位置する.

G73とC74のCPドメインに対する相対的位置は, 酵母菌

由来ArgRSに結合した tRNAArgICG18) で観測された位置に

似ている. 第1段階から最終段階へのコンフォメーション

変化は, Argの非存在下でも起こり, 疎水的環境がC72-

G73-C74-C75-A76のC5’-O-P-O-C3’架橋の水和の状態を

変えることによる. T. t. ValRSに結合した tRNAVal,16) T.

t. LeuRSに結合した tRNALeu 19) において, A73はG1・C72

の塩基対に重なっており, 第1段階の tRNAが観測されて

いる. Aquifex aeolicus由来MetRS20) においても, A73の

塩基は, G1・C72の塩基対に重なっており, すなわち,

tRNAMetの 3’末端のコンフォメーション変化は進んでい

ない. 他方, 大腸菌由来CysRSに結合した tRNACys 21) に

おいてU73の塩基は, G1・C72塩基対に重なっておらず,

3’末端が活性中心に入ることができる.

3.3 tRNAArgのD-ループ

20種類のアミノ酸に対応した tRNAを比較したところ,

イソアクセプター tRNAArgのみ, Dループの 20の位置に

Aをもつことが見出された. 酵母菌の tRNAArgのみ例外で

ある. 大腸菌とT. t. ArgRSについては詳細な実験が行わ

れ, tRNAArgのA20とアンチコドンのC35との相互作用が

ArgRSとの結合に重要な役割を果たすことが示唆された.

酵母菌由来ArgRSと tRNAArgICGの複合体の結晶構造 18) は,

127

アミノアシル-tRNA合成酵素の酵素反応機構に関する研究

日本結晶学会誌 第 52巻 第 2号(2010)

図3 P. h. ArgRS上の tRNAArgCCUの構造.(The structure of tRNAArgCCU on P. horikoshii ArgRS.)(a)3’-末端の2つの遷移フォーム. 第 1段階(左)において, G73の塩基はG1・C72塩基対の上に重なっている. 中間体(右)において, G73の塩基は重ならない. C72-G73-C74のコンフォメーションは, 酵母菌由来ArgRSに結合した最終段階の tRNAArgICGに類似している.(b)tRNAのD-ループのG19, A20, C20aとN末端ドメインのパッキング.

H417 H417

Mg2+

K132K132

Mg2+

図2 1.5 σレベルの最終的(2Fobs-Fcal)のオミットマップ.(A final(2Fobs-Fcal)omit map at level 1.5 σ.)マップはANPを除いた複合体のモデルを使い40~2.0 Åの反射データを用いて計算された.

Page 4: アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究

Dループの D20の塩基が , N末端ドメインの Asn106,

Phe109, Gln111の側鎖の近傍に位置することを示す. しか

し, 酵母菌由来ArgRSでのアミノアシル化反応において,

Asn106Ala, Phe109Ala, Gln111Alaの変異体 ArgRSの

tRNAArgに対するそれぞれの kcatと Km値が , 野生型

ArgRSのそれと同じであることが報告された.22) この結

果は, 酵母菌由来ArgRSのN末端ドメインと tRNAArgの

DループのD20との相互作用が, アミノアシル化反応に

おいて重要でないことを示す.

P. h. ArgRSでは(図3b), DループのA20の塩基は, N

末端ドメインのVal82, Tyr85, Pro34, Leu38の側鎖の疎

水的な環境に接し, A20のN1とN6は, Asn87の側鎖のN

とOの近傍にある. しかし, Asn87の側鎖のカルバモイル

基の作る平面は, A20の塩基の作る平面から大きく回転

し, C=O---N6は大きくずれる.

tRNAArgCCUのDループとArgRSのN末端ドメインとの

結合が tRNAの助けを受けるArg-AMPの形成反応とアミ

ノアシル化反応に影響するかどうかを調べるため, N末端

ドメイン欠損型ArgRSを作製した. アミノアシル化反応

において, 野生型とこの欠損型ArgRSのKm値は, それぞ

れ2.6 µMと3.8 µMであり, V-値の比は, 8×10-2である.

この結果は, アミノアシル化反応に対し, N末端ドメイン

と tRNAArgのD-ループの固定は, わずかな寄与で本質的

ではないことを示す.

4.考 察

4.1 低いpHでのATP-PPi交換反応とピロホスホリス反応

すべての調べられたArgRSとGlnRSでは, tRNAの助け

によりATP-PPi交換反応が初めて観測される.1)-6) tRNAの

非存在下では, ArgRS/GlnRSに結合したArg-AMP/Gln-

AMPは中間体として観測されない. GluRSでは, 種により

異なり, 大腸菌K12では,7) tRNAを要求するが, 大腸菌

W, 酵母菌, ウシ, ラット由来GluRSにおいては,5),6),23) 高

濃度のグルタミン酸存在下で, ATP-PPi交換反応が観測さ

れる. しかし, 興味あることに, ATP-PPi交換反応におい

て, tRNA存在下のグルタミン酸のKm値は, tRNA非存

在下のそれの10-2~10-3となる. tRNAの3’末端A76の代

わりにCに置換された tRNAは, ATP-PPi交換反応の触

媒活性は見られない.2) 過酸化ヨウ素で処理され, 3’末端の

リボース 2’-OHと 3’-OH基がディアルデヒドに変えられ

た tRNAも, ArgRS, GlnRS, GluRSにおいてATP-PPi交

換反応を触媒することはできない.1),3)-5),23) これらの事実

は, tRNAの 3’末端A76のリボースの水酸基が, ATP-PPi

交換反応において必須なことを示す.

化学的に合成されたArg-AMPのArgRS上でPPiとMg2+

イオンの存在下触媒されるピロホスホリス反応において

も tRNAの助けを必要とする.8) tRNA存在下でのこの反応

とATP-PPi交換反応の最適 pHはそれぞれ 6.2と 6.5であ

る. これらのことは, 低い pHで対応する tRNAの 3’末端

リボースの2’-OHを要求していることを示す. GluRSにお

いて, ATP-PPi交換反応に対するグルタミン酸のKm値が

tRNAの存在下と比べ非存在下で大きく増大する事実は,

tRNAの3’末端A76リボースの2’-OH基が, グルタミン酸

のカルボキシル基と相互作用することを示す. 2’-OH基が

カルボキシル基の近傍にあることは, 2’-OH基がカルボキ

シル基のCではなくOと相互作用する. Cとの相互作用

は, アミノアシル化反応を生む. tRNAの2’-OH基とアル

ギニン/グルタミンのカルボキシル基のOとの直接の相

互作用が, ArgRS/GlnRSのATP-PPi交換反応においても

起こり, この相互作用はArgRSのピロホスホリス反応も

促進すると考えられる . 実際に , 酵母菌由来 ArgRS,

tRNAArgICGとArg複合体の立体構造は,18) tRNAの 3’末端

A76のリボースの2’-OHが, アルギニンのカルボキシル基

のC, O1, O2(O1をPα近傍にある酸素と定義する)から,

3.18, 3.71, 3.57 Åの距離にある. Cα-Cの周囲で45°回転

すると, O2は2.77 Åの距離まで近づき, これらの間の水

素結合形成に適した距離となる. この回転で, Cは動かな

い. このわずかな回転が, O2とA76リボースの2’-OH間

の水素結合を誘導し, 陰イオン形C-O1が, C=O1に変

えられる. Arg-AMP形成の分子間再配置反応が, 図4に示

すように起こる. すなわち, C=O1の二重結合のO1軌道

が sp2から sp3混成軌道へと変化し, Pαの周囲の三方両錐型配置の中間体を通して, 結合がO1とATPのPαの間に形成される. それと同時に, アルギニンのカルボキシル基

のH-O2-CのH-O2結合が, O2-C結合に移行し, O2=Cの

二重結合が形成され, プロトンが水分子に移行する. C=

O1結合はO1-Pα結合に移行し, Pα-O結合は, O-Pβ結合へ移行し, O-Pβ結合は, 二重結合O=Pβに変わる. 最後

に, PPiがMg-PPiの形で解離される. アミノ酸のO1がPα

内川瑛美子, 今野美智子

128 日本結晶学会誌 第 52巻 第 2号(2010)

arginineA76 A76

Arg-AMP

ATP

''

'

'

'

'

''

''

図4 低い pHでの tRNAの存在下におけるArgとATP

からArg-AMPの形成の反応スキーム.(Reaction

scheme of formation of Arg-AMP from Arg and

ATP in the presence of tRNA at low pH.)

Page 5: アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究

に結合し, PPiはPαの逆側から離れることは, Arg-AMP

の形成反応がSN2反応であることを示す.

低いpHにおいて, P. h. ArgRS上でのArg-AMP形成反

応におけるアルギニン, ATPと tRNAのA76のモデリン

グによる配置を図5aに示す. アルギニンのカルボキシル

基は, ATPのPαの近くに位置し, tRNAのA76のリボー

スの2’-OH基が, O2と水素結合を形成するコンフォメー

ションをとることを示す. PPiとMg2+イオンの存在下, 化

学的に合成されたArg-AMPのピロホスホリス反応におけ

る tRNAの2’-OH基は, コンフォメーションの再構成なし

には, アミノアシル化反応に適した配置とはならない. ピ

ロホスホリス反応もまたSN2反応で, tRNAの2’-OH基と

C=O2間の水素結合が要求される. Arg-AMPのO1と

Pα間の結合の切断は, この水素結合により加速される.

Mg2+イオンは, PPiのPβ=OとPγ=Oの二重結合の孤立

電子対に配位するが, この中性PPiの割合は, ArgRSの反

応サイトの疎水的環境では, 低い pHで増加する. PPiは,

Mg-PPiの形でピロホスホリス反応に含まれる. この事実

は, 合成されたArg-AMPのピロホスホリス反応が tRNAの

存在下でなぜpH6.2が最適なのか, この最適pHが, ATP-

PPi交換反応に対するそれより低い理由が説明される.

アルギニン, ATPとMg2+イオン存在下, tRNAが存在

するとArgRS上でArg-tRNAの形成と並行して, NH2OH

によるATPの分解反応が促進される. 他方, tRNAの非存

在下では, NH2OHによるATPの加水分解は起こらない. 2)

これはArg-AMPを形成し, PPiが解離された後, tRNAの

リボースの 2’-OHとArg-AMPのC=O2のO2との水素

結合の形成が, Cの sp2を sp3の混成軌道に変える(図5b).

この sp3混成軌道のCは, NH2OHと反応する. このSN2反

応により, Arg-NHOHが形成され, AMPが解離される.

Arg-AMPが tRNAよりNH2OHと反応する事実は, ATP-

PPi交換反応において, tRNAがC=O2のO2と水素結合

を形成するのに適した位置に留まることを示す.

GluRSでは, tRNAの非存在下, ATP-PPi交換反応のグ

ルタミン酸のKm値は, tRNAの存在下と比べ, pH7.7/7.6

で, 102~ 103倍増加する.5),6),23) tRNAの非存在下では,

pH8.5で反応の極大がある. 他方, tRNAの存在下では,

pH6.2に極大がある.23) このKm値の大きな違いは, 結合す

るグルタミン酸のフォームの違いによる. tRNAの存在下,

グルタミン酸のカルボキシ基は, tRNAのリボースの 2’-

OH基と相互作用し, 側鎖は直線型で, すべてトランス型

のアルキル基である. tRNAの非存在下のATP-PPi交換反

応の場合, グルタミン酸のフォームに対する候補は, シス

型アルキル基を含むサイクリック型の回転異性体である.

サイクリック型は, tRNAの2’-OH基の代わりに側鎖の γ -

カルボキシル基が, α-カルボキシル基とC-Oγ--H-O2で水

129

アミノアシル-tRNA合成酵素の酵素反応機構に関する研究

日本結晶学会誌 第 52巻 第 2号(2010)

図5 P. h. ArgRSとT. t. GluRS上のATP-PPi交換反応, Arg-NHOH形成反応, ディアシレイション反応の中間体のモデル.(Modeled intermediates on P. horikoshii ArgRS or T. thermophilus GluRS in the ATP-PPi exchange

reaction, the Arg-NHOH formation, and the deacylation reaction.)(a)P. h. ArgRS上のArg, Mg2+イオンにより配位されたATPとArg-AMP形成反応を助ける tRNAのA76.(b)tRNAの存在下でのArg-NHOH反応におけるNH2OH, 酵素反応で合成されたArg-AMPと tRNAのA76.(c)tRNAの非存在下におけるGlu-AMP形成反応でのT. t. GluRS上のC-Oγ--H-O2を形成するサイクリック型グルタミン酸とATP.(d)Arg-tRNAのディアシレイション反応におけるArgRS上のサイクリック型アルギニン部位をもつArg-tRNAのArg-A76とAMP.

Page 6: アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究

素結合を形成することができる(図5c). アスパラギン酸

とグルタミン酸のこのような回転異性体は, アミド結合

が, 疎水的環境において, α-カルボキシル基から側鎖のβ-

カルボキシル基あるいは γ-カルボキシル基へ転移する現

象として観測される.24) GlnRSでは, 高濃度のグルタミン

の存在下でも, tRNAの非存在下では, ATP-PPi交換反応

が観測されないことは, グルタミンはたとえサイクリック

型となっても, 側鎖とα-カルボキシル基間で水素結合の

形成が起こらないことで説明できる.

4.2 高いpHでのディアシレイション反応

ディアシレイション反応は, 2段階で起こる. 第 1段階

は, Arg-tRNAとAMPからArg-AMPが形成される. 第 2

段階で, Arg-AMPとPPiからピロホスホリス反応を通し

てArgとATPが形成される. 第 1段階の SN2反応では,

Arg-tRNAのCα-(C=O)-OのCは, 中間状態で sp3混成軌

道をもつ. sp2から sp3の混成軌道の変換は, C=Oへのプ

ロトン供与か水素結合形成が必要である. 低いpHでのピ

ロホスホリス反応においても, 酵素のどの残基もプロトン

を供与できず, tRNAの2’-OH基が使われたことから, 高

いpH8でも, 当然, 第1段階で, 酵素からプロトンを供与

するアミノ酸残基は存在しない. アルギニンのグアニジニ

ウム基は, グルタミン酸の側鎖と同様回転異性体をとるこ

とができる(図 6). -Nε+H= C-(NH2)2のNεHからArg-

tRNAのエステル結合のC=Oへのプロトンの移動が, C

上の sp2を sp3混成軌道へ変える. そのとき, この Cと

Pα=OのOとの間で結合が形成され反応が進む. 実際,

サイクリック型のArgは, P. h. ArgRSの活性サイトを占

めることができる(図 5d). サイクリック型のArg-tRNA

は, ディアシレイション反応によって分解される. この分

解反応は, pH7.2では, ゆっくり起こり, pHが低くなるほ

ど遅くなる. このpH依存度は, 低いpHでは, 第1段階の

反応はよりゆっくり起こるが, 第2段階のピロホスホリス

反応は, より早くなることが観測される.

過剰のArgRSとAMP, PPiが存在すると pH6でArg-

tRNAは一次速度式に従って減少する. PPiが存在しない

と, 43%でArg-tRNAの分解は止まる.9) この結果は, Arg-

tRNAのArgの側鎖のサイクリック型と非サイクリック型

の割合が57:43と見積もられ, 非サイクリック型の43%

は分解しない. pH7.2では, 分解反応はより高いことが報

告され, サイクリック型Arg-tRNAの割合がpHに依存す

る. サイクリック型Arg-tRNAから形成されるArg-AMP

は, 分子内水素結合を形成するのに適したコンフォメーシ

ョンをもち, tRNAの代わりにこのディアシレイション反

応の第2段階のピロホスホリス反応も加速する. ディアシ

レイション反応の結果は, 側鎖がサイクリック型をもつ

Arg-tRNAのArgRSへの結合親和性は, サイクリック型

でないのと匹敵することを示す. さらに, ArgRSがサイク

リック型Arg-AMPに対し非サイクリック型Arg-AMPに

匹敵する親和性をもつことが示唆される.

化学的に合成されたArg-AMPから tRNAへのArg部位

の転移の反応速度は, pH8.0で最適である.8) Arg-AMPの

サイクリック型グアニジニウム基は, tRNAの2’-OH基の

代わりに, -Nε+H=C-(NH2)2のNεHからArg-AMPの-(C=

O2)-O1のO2にプロトンを供与できる結果, tRNAの 2’-

OH基は自由である. -(C=O2)-O1-がプロトンを受け取

ると, Cの軌道が sp2から sp3混成軌道に変わり, このCと

tRNAの 2’-OH基の間で結合が形成される. pH8でArg-

AMPは, イオン性グアニジニウム基と中性のα-アミノ基

をもつので, Arg-AMPから tRNAへのアルギニン部位の

転移の速度は, pH8.1で最適である. 低い pHでのATP-

PPi交換反応では, カルボキシル基のCは sp2混成軌道で

ある. 他方, 高いpHでは, SN2反応を通して, tRNAの2’-

OH基は, Arg-AMPの sp3混成軌道をもつCと結合を形成

する. 酵素で合成されたArg-AMPから tRNAへのアルギ

ニル基の転移の過程における立体構造の理解の観点で,

ArgRS, GlnRS, GluRSのアミノアシル化反応における各

アミノ酸のKm値が, ATP-PPi交換反応におけるそれより

小さいことは注目すべきことである.

4.3 editingにおける水素結合の寄与

ArgRS, GlnRS, GluRSの ATP-PPi交換反応において

tRNAを必要とするのは, tRNAのA76のリボースの 2’-

OH基とカルボキシル基のO2間で水素結合の形成による

こと, ArgRSのディアシレイション反応は, アルギニンの

グアニジニウム基のサイクリック型異性体の水素結合に

よることを分子化学的に説明した. これらの機構は, IleRS

とValRSでの editingでこれまで, 説明されなかった事実

内川瑛美子, 今野美智子

130 日本結晶学会誌 第 52巻 第 2号(2010)

Arg-tRNA

AMP Arg-AMP

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tRNA

図6 pH8でのディアシレイション反応におけるArg-tRNAからAMPにArgを移行する反応スキーム.(Reaction

scheme of Arg transfer from Arg-tRNA to AMP in the deacylation reaction at pH8.0.)

Page 7: アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究

も分子科学的に説明が可能である.

IleRS/ValRSに結合した Ile-AMP/Val-AMPは, その20~

30%/ 16%がそれぞれ Ile-tRNAIle/Val-tRNAValへの形成

に抵抗する.11),12) このことは, IleRSに結合した Ile-AMPお

よびValRSに結合したVal-AMPにおいて, 反応するフォ

ームと反応しないフォームの 2種類が酵素に結合してい

ることを示す. 反応するフォームは, C=O2のO2にプロ

トンを渡してCが sp2から sp3の混成軌道になり, tRNAの

リボースの 2’-OHがCと結合する. そのとき, C=O2に

プロトンを渡すのは水分子で, この水分子は側鎖のメチル

基と相互作用する. 反応できないフォームは, カルボキシ

ル基のCα-Cの周囲での回転角度と側鎖のメチル基の配

向が異なり, そのC=Oが側鎖のメチル基に付いた水と

水素結合を形成する. しかし, Cの軌道がCと2’-OHの間

で結合を形成するのに適した向きから大きくずれている.

これらのことは, IleRS上に結合したイソロイシンあるい

はValRS上に結合したバリンが 2つの配向をもつことを

示す. この Ile-tRNAIleの形成に抵抗する Ile-AMPのフォー

ムは, NH2OHで加水分解される. ArgRS上でのArg-AMP

のNH2OHの反応と同様, NH2OHはCに対し tRNAが近づ

く方向と異なる方向から近づく.

25℃, pH7.78では, Thr-tRNAValは, AMPの非存在下,

ValRS上で40 s-1の速度で加水分解される.12) 分解される

には, C=OのCが sp3の混成軌道を作ることが必須であ

る. 加水分解速度が40 s-1と急速であり, 付いた瞬間にこ

の形が完成されていることを示す. Thr-tRNAValがValRS

に結合した段階で, 側鎖のOHがプロトンをC=Oに供給

し, Cが sp3混成軌道を作っているモデルが考えられる

(図7). このCに水分子が結合し分解する. 酵素からプロ

トンが渡されるとするとVal-tRNAも分解される可能性が

あるが, 実際は, Val-tRNAの分解は起こらない. したが

って, 酵素からプロトンは渡されない.

他方, ValRS上のThr-AMPが分解されないのは, C=O

が加水分解されない形, sp2混成軌道であることを示す. す

なわち, Thr-AMPのC=O2の向きは, 側鎖と水素結合形

成しないし, 水素結合する配向の水分子もない. 他方,

pH7.78, Mg2+イオン存在下では, tRNAを加えるとValRS

上のThr-AMPが反応速度 36 s-1で加水分解される. これ

は, ArgRS上のArg-AMPのピロホスホリス反応と同様

に, Thr-AMPのC=O2が tRNAのリボースの 2’-OHと

水素結合を形成する可能性がある. このとき, Thr-AMP

のPαを水分子が襲撃する. pH7.78では, PαOHのプロト

ンが外れる確率が高く, このPαO-に水分子がプロトンを

渡して, 水分子のOHがPαに結合する機構が考えられる.

以上のこれらの機構は, ValRS上の Thr-tRNAValと Thr-

AMPの加水分解(editing)の最も可能なモデルである.

謝 辞

この研究は, 文部科学省タンパク3000プロジェクトの

補助で行われた.

文 献

1)S. K. Mitra and A. H. Mehler: J. Biol. Chem. 241, 5161 (1966).

2)A. H. Mehler and S. K. Mitra: J. Biol. Chem. 242, 5495 (1967).

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131

アミノアシル-tRNA合成酵素の酵素反応機構に関する研究

日本結晶学会誌 第 52巻 第 2号(2010)

Thr-tRNAValThr

tRNAVal

図7 ValRSによるThr-tRNAValの加水分解反応の最も可能なモデル.(The most possible model for hydrolysis reaction

of Thr-tRNAVal on ValRS.)Thr-tRNAValのThrの側鎖のOHが, カルボキシル基のC=Oと水素結合を形成する.

Page 8: アミノアシル-tRNA 合成酵素の酵素反応機構に関する研究

21)S. Hauenstein, C. M. Zhang, Y. M. Hou and J. J. Perona: Nat.

Struct. Mol. Biol. 11, 1134 (2004).

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プロフィール内川瑛美子 Emino UCHIKAWA

お茶の水女子大学Ochanomizu University

〒112-8610 文京区大塚2-1-1

2-1-1 Otsuka, bunkyo-ku, Tokyo 112-8610, Japan

e-mail: [email protected]

最終学歴:お茶の水女子大学院大学人間文化創成科学研究科理学専攻博士前期課程修了専門分野:構造生物学現在の研究テーマ:Arginyl-tRNA synthetaseの基質識別機構の解明

今野美智子 Michiko KONNO

お茶の水女子大学Ochanomizu University

〒112-8610 文京区大塚2-1-1

2-1-1 Otsuka, bunkyo-ku, Tokyo 112-8610, Japan

e-mail: [email protected]

最終学歴:東京大学大学院理学系研究科化学専門課程博士課程専門分化:構造分子科学現在の研究テーマ:タンパク質と核酸との結合機構

内川瑛美子, 今野美智子

132 日本結晶学会誌 第 52巻 第 2号(2010)