歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ ·...

8
中学校社会科のしおり 2016 ③ 1 はじめに 世界的な教育改革の潮流は,カリキュラム を「コンテンツ(内容)ベース」から「コン ピテンシー(能力)ベース」へとシフトさせ る動きであるが,次期学習指導要領は,この シフトを完成させることをめざしているわけ ではなさそうである。理由は,平成28年5月 に文部科学大臣が発信した『教育の強靱化に 向けて』というメッセージのなかで,「知識 と思考力の双方をバランスよく,確実に育む という基本を踏襲し,学習内容の削減を行う ことはしない」こと,「知識の量を削減せず, 質の高い理解を図るための学習過程の質的改 善を行う」ことなど,コンテンツを軽視しな い方針が学習指導要領改訂のポイントとして 示されたからである。 対話的,主体的で深い学びという三つの視 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも, 「知識が生きて働くものとして習得され,必 要な力が身に付くことを目指す」とされ,質 の高い理解のためには,とくに「深い学び」 が不可欠であるとされている。 本稿では,コンテンツに満ちた中学校社会 科の歴史的分野において,子どもに身につけ てほしい能力を明確にし,その能力を身につ けさせるための「深い学び」ができる具体的 な授業とその評価を提案することとした。 2 21世紀型能力育成のかぎ (1)基礎力・思考力・実践力 これまでは,社会科に限らず,テストでの 単純な穴埋め問題や一問一答式で語句が答え られるだけで,「知識・理解」が身について いると評価してしまう傾向にあった。家庭で の学習などで利用される副教材の問題の多く がこうした形式であり,「とにかく覚えれば, 点がとれる(評価してもらえる)」ことを学 校も認めてしまっていた経緯がある。対話的, 主体的でもなく,深くもないこうした学びを くり返していても,生徒が学ぶ対象としてい る社会的事象の意味や意義を自分の言葉で説 明することができなければ,「理解はしてい ない」ことがすぐにわかってしまう。 国立教育政策研究所が『資質・能力[理論 編]』(東洋館出版社)のなかで示した「21世 紀に求められる資質・能力」は,「思考力を中核として,これを支える「基礎力」と, 「思 考力」の使い方を方向づける「実践力」の三 層構造で構成されている。「基礎力」は,「学 力の三要素」の一つとされている「基礎的・ 基本的な知識・技能」とイコールではなく, 「生 きて働く道具」として日々使うことができる ようになったものとされている。 21世紀型能力を育成するためには,「質の 高い理解」とは何か,それを実現するための 「深い学び」とは何か,真に評価(育成)す ほりさげ授業研究 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテンシー・ベース」の授業案 ~織田信長・豊臣秀吉・徳川家康のコンテンツを4段階で活用する~ 筑波大学附属中学校 主幹教諭 関谷文宏 - 26 -

Transcript of 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ ·...

Page 1: 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ · 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,

中学校社会科のしおり 2016 ③

1 はじめに

 世界的な教育改革の潮流は,カリキュラムを「コンテンツ(内容)ベース」から「コンピテンシー(能力)ベース」へとシフトさせる動きであるが,次期学習指導要領は,このシフトを完成させることをめざしているわけではなさそうである。理由は,平成28年5月に文部科学大臣が発信した『教育の強靱化に向けて』というメッセージのなかで,「知識と思考力の双方をバランスよく,確実に育むという基本を踏襲し,学習内容の削減を行うことはしない」こと,「知識の量を削減せず,質の高い理解を図るための学習過程の質的改善を行う」ことなど,コンテンツを軽視しない方針が学習指導要領改訂のポイントとして示されたからである。 対話的,主体的で深い学びという三つの視点をもったアクティブ・ラーニングは,学習過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,「知識が生きて働くものとして習得され,必要な力が身に付くことを目指す」とされ,質の高い理解のためには,とくに「深い学び」が不可欠であるとされている。 本稿では,コンテンツに満ちた中学校社会科の歴史的分野において,子どもに身につけてほしい能力を明確にし,その能力を身につけさせるための「深い学び」ができる具体的な授業とその評価を提案することとした。

2 21世紀型能力育成のかぎ

(1)基礎力・思考力・実践力 これまでは,社会科に限らず,テストでの単純な穴埋め問題や一問一答式で語句が答えられるだけで,「知識・理解」が身についていると評価してしまう傾向にあった。家庭での学習などで利用される副教材の問題の多くがこうした形式であり,「とにかく覚えれば,点がとれる(評価してもらえる)」ことを学校も認めてしまっていた経緯がある。対話的,主体的でもなく,深くもないこうした学びをくり返していても,生徒が学ぶ対象としている社会的事象の意味や意義を自分の言葉で説明することができなければ,「理解はしていない」ことがすぐにわかってしまう。 国立教育政策研究所が『資質・能力[理論編]』(東洋館出版社)のなかで示した「21世紀に求められる資質・能力」は,「思考力」を中核として,これを支える「基礎力」と,「思考力」の使い方を方向づける「実践力」の三層構造で構成されている。「基礎力」は,「学力の三要素」の一つとされている「基礎的・基本的な知識・技能」とイコールではなく,「生きて働く道具」として日々使うことができるようになったものとされている。 21世紀型能力を育成するためには,「質の高い理解」とは何か,それを実現するための「深い学び」とは何か,真に評価(育成)す

ほりさげ授業研究 歴史

「アクティブ・ラーニング」を取り入れた「コンピテンシー・ベース」の授業案

~織田信長・豊臣秀吉・徳川家康のコンテンツを4段階で活用する~

筑波大学附属中学校 主幹教諭 関谷文宏

- 26 -

Page 2: 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ · 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,

中学校社会科のしおり 2016 ③

べき「知識・理解」とは何かを考え直し,とらえ直すことが大切である。 「コンテンツ」と「コンピテンシー」は,ともに教育の支柱を形成し,お互いに支え合うものであるが,コンピテンシーの育成をより重視すると,教育はどう変わるのだろうか。

(2)資質・能力の三つの柱 教育目標を達成するために,「知識及び技能」「思考力,判断力,表現力その他の能力」「主体的に学習に取り組む態度」を養うことを重視せよとしている学校教育法第30条第2項の内容にもとづいて,次期学習指導要領では,育成すべき資質・能力を「個別の知識や技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力,人間性等」という三つの柱でまとめようとしている。これらのうち,「思考力・判断力・表現力等」の育成に課題があることが,これまでさまざまな調査結果を通して指摘され続けてきた。そこで,学習指導要領の改訂に向けて,思考力育成の足がかりとして着目されたのが,さまざまな事象をとらえる教科等ならではの視点と思考の枠組みを意味する「見方・考え方」である。

(3)社会科における見方・考え方 誌面の関係で社会科,地理歴史科,公民科における「見方・考え方」をすべて紹介することはできないが,10年間の基礎となる小学校社会科と本稿の主題にかかわる中学校歴史的分野の「見方・考え方」を以下に引用する。

 小学校社会科では,社会的事象を,位置や空間的な広がり,時期や時間の経過,事象や人々の相互関係などに着目して捉え,比較・分類したり総合したり,地域の人々や国民の生活と関連付けたりすること 中学校社会科歴史的分野では,社会的事象

を,時期や推移などに着目して捉え,類似や差異などを明確にしたり,事象同士を因果関係などで関連付けたりすること(平成28年8月に公開された「社会・地理歴史・公民ワーキンググループにおける審議の取りまとめについて(報告)」より)

 小学校では,現行の学習指導要領解説でも,「児童一人一人に社会的な見方や考え方が養われるよう,社会的事象を比較・関連付け・総合して見たり考えたり,社会的事象を空間的,時間的に理解したり,公正に判断したり多面的にとらえたりできるようにすることが大切である」と述べられている。 中学校学習指導要領でも,歴史的分野の「内容の取扱い(1)イ」において,「歴史的事象の意味・意義や特色,事象間の関連を説明したり,課題を設けて追究したり,意見交換したりするなどの学習を重視して,思考力,判断力,表現力等を養うとともに,学習内容の確かな理解と定着を図る」と示されている。 「歴史的な見方・考え方」に関連することとして,学習指導要領解説では,「内容(1)ウ」の「時代を大観し表現する活動」について,「学習した内容の比較や関連付け,総合などを通して,政治の展開,産業の発達,社会の様子,文化の特色など他の時代との共通点や相違点に着目しながら,…(中略)…各時代の特色を大きくとらえ,言葉や図などで表したり,互いに意見交換したりする学習活動である」と説明している。 このように,社会科では,学習指導要領改訂を待つまでもなく,「見方・考え方」を用いた学習がなされてきたわけであり,次期学習指導要領の先がけとしての教科指導がすでに行われているといってもよいのである。

本稿の内容の一部は,2016年11月12日開催「平成28年度�第44回研究協議会(筑波大学附属中学校)」にて発表したものです。

ほりさげ授業研究 歴史

- 27 -

Page 3: 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ · 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,

中学校社会科のしおり 2016 ③

(4)歴史的な見方・考え方 図1は,現行の学習指導要領等を参考にして,「歴史的な見方・考え方」のイメージをまとめたものである。 「歴史的な見方の基本」として示した「いつ・どこで・だれが・何を・どのようにした」は,よく新聞記事の読み方や日記の書き方などで学ぶ「5W1H」から,「なぜ」を除いたものである。その理由は,「事実」と「解釈」を分けてとらえることが重要だからである。歴史学習では,事実は一つしかなくても,さまざまな解釈が可能である事例や,新たな事実が発見されることで解釈が変わる事例にたくさんふれることができる。人々の「解釈」や「認識」を自分たちのつごうのいいように変えるために,事実がねじ曲げられた事例すらある。こうしたことも,社会を生きるうえ

で身につけておきたい「見方」の一つである。 「歴史的な考え方の基本」として示した,「なぜそうなったのか」「その結果どうなったのか」という問いは,推移・変化する事象相互の関連を,「タテの結びつき」の視点から,原因や背景,結果や影響を考察し,因果関係を明らかにするためのもので,歴史学習の本領といってもよい。地理学習においては地域の規模に応じて考えるなど,空間軸が重要な要素であるのに対して,歴史学習では時間軸が重要な要素となる。「前の時代と比べてどのように変わったか」など,時代の転換期に着目して変化をとらえ,時代の特色をとらえることは,歴史学習の代表例である。 具体例としては,武家政治の特色について,武士が台頭し,やがて主従の結びつきや武力を背景にして東国に武家政権が成立したこと

図1 歴史的な見方・考え方のイメージ図(筆者作成)

- 28 -

Page 4: 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ · 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,

中学校社会科のしおり 2016 ③

など,古代から中世への転換のようすを,古代の天皇や貴族の政治との違いに着目して考察する学習がこれに当たる。 時代を大観してその特色を表現する活動のように,ほかの時代との共通点や相違点に着目して,事象相互の関連を考察するときには,政治の展開だけでなく,産業や経済,社会,文化のようすなど,同時代・同時期の多面的な特色を多角的にとらえる必要がある。これを「ヨコの結びつき」と名づけることができる。 「タテの結びつき」と合わせて,文字通りに事象の「経緯」(タテとヨコ,縦糸と横糸,物事の筋道)を見たり考えたりすることが,歴史学習の特色である。なお,「ヨコの結びつき」として,国内の地域間のつながりや国際関係などの空間軸に関する視点も忘れてはならないことは,いうまでもない。 「タテの結びつき」という視点には,同時代における将軍と御家人や大名との主従関係など,異なる階級(階層)間の関係もふくまれる。また,中世の惣村や一向一揆などのように,人々の「ヨコの結びつき」が地域社会の土台を支えたり,社会を動かす原動力になったりすることがあるという視点も重要である。

3 歴史学習で身につけさせたい能力

 歴史的分野の学習を通して,どのような未来志向型の能力を,なぜ身につけてほしいのかを,「基礎力」「思考力」「実践力」に分けて示しておきたい。

(1)基礎力①人々が果たしてきた役割に関する知識 歴史上の人物の長所と短所の両面に着目して考察し,その役割への理解を深めることで,生徒が自分自身を多面的に見つめ,困難や障害をのりこえる勇気をもつことができるよう

になってほしい。 【参考事例→p.31~参照】②人々が生きた各時代の特色に関する知識 さまざまなできごとの影響やもともとの条件の制約などを受けながらも,人々がその努力や技術の進歩などによって障害をのりこえてきた結果,現在の社会が成立している。「人々は,こうした特色をもつ時代のなかで,こういう工夫や努力を重ねて,困難をのりこえてきた」と考えられるようにし,みずからも諸条件を考慮しながら,適切な行動を選択したり,新しい生き方を創造したりする態度を形成する基盤となる知識を身につけてほしい。 【教科書参考事例:中世の産業の発達】

③文章や絵画,写真などの資料,年表,地図,グラフなどから歴史的事実や解釈を読みとり,文章や図などにまとめて表現する技能 歴史に限らず文章資料や絵画資料には,事実だけではなく,当事者の解釈や特定の意図が含まれていることにも注意しながら,客観的な事実を抽出し,適切な根拠をもった自分なりの解釈ができる能力と,それをわかりやすく表現できる技能を身につけてほしい。

図2 『社会科 中学生の歴史』p.74

ほりさげ授業研究 歴史

- 29 -

Page 5: 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ · 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,

中学校社会科のしおり 2016 ③

 【教科書参考事例:戦時中の新聞】

(2)思考力①歴史的事象が起こった背景や原因,理由などを考察し,適切に解釈する力 物事の因果関係を明らかにすることで,「単なる事実」を,解釈や認識をともなう「意味をもった事実」に変える能力を身につけ,みずからの学習や生活をふりかえり,その改善や新たな目標の設定ができる人になってほしい。 【参考事例→p.31~参照】②歴史的事象を比較して,それらの共通点や相違点,関連性を見いだす力 多面性のある歴史的事象を一人だけで考えようとすると,どうしても「見落とし」ができてしまう。教師が提示する教材やほかの生徒の考えも参考にしながら追究すると,それまで気づかなかった考え方にふれることができる。一人でさまざまな事象を比較することで,多くの面を理解することもできるが,協働的な学習の意義も理解して,他者と協力しながら探究できる態度も身につけてほしい。 【参考事例→p.31~参照】③歴史的事象の意味・意義・影響を総合的に考察し判断する力

 部分的な解釈は妥当であるとしても,全体像を把握してみると一部の解釈は不適切なものであることがわかる場合がある。「合成の誤謬」とよばれるこのような事態を防ぐには,「総合的な考察による判断」が必要である。 また,同じ事実を見ていても,認識の仕方が異なる人とは解釈も異なり,「争いごと」のもとになる。「広い視野」をもって解釈・判断し,相手に納得してもらえるような説明ができるようになってほしい。 【教科書参考事例:近代日本の進路】

(3)実践力①過去に起こった歴史的事実をふまえながら,もし選択や条件が異なっていたら,どうなっていたかを予想する力 みずからが下した決断にもとづく行動が,どのような影響を及ぼすかを予想するなど,判断を吟味する能力を身につけてほしい。 【参考事例→p.31~参照】②現在から未来にかけての諸問題に対し,歴史から学んだことを活用しつつ,よりよい解決策を構想し,提案する力【教科書参考事例:これからの日本の進路…『社会科 中学生の歴史』p.260~261】

図3 『社会科 中学生の歴史』p.229

図4 『社会科 中学生の歴史』p.177(中江兆民『三酔人経綸問答』より)

- 30 -

Page 6: 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ · 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,

中学校社会科のしおり 2016 ③

4 アクティブ・ラーニングの実践例

 本稿では,織田信長(N),豊臣秀吉(H),徳川家康(I)(合わせてNHIと表記する)を4回扱い,段階的に生徒の能力を高めさせつつ,理解の深まりをめざす実践例を紹介する。

(1)第1段階の指導と評価

○本時の目標 歴史上の人物が果たした役割を調べ,そこから学べることの意義について理解し,歴史を学ぶ意欲を高めさせる。○アクティブ・ラーニングの工夫 生徒全員の考えをおたがいに把握できるように,出席番号が書かれた磁石を黒板上に置かせる方法(図6参照)は,汎用性が高い。 本時の場合は,各生徒の人物の好きな度合い,順位,迷っている状況などが把握でき,

で示したように,学習過程での「考えの変化」を表現させることもできる。

 1の生徒は,信長が最も好きで,家康はあまり好きではないことを示している。26

の生徒は,家康が好きで,信長も秀吉もあまり好きでないことを示している。7,9,21

のような位置の生徒から優先的に発表させ,「1人でも多くの生徒が味方になって自分の陣地(最も好きな人物)に移ってくるようにしよう」と声かけすると,説明に熱がこもる。 大河ドラマの役者の演技で歴史上の人物の好き嫌いが決まってしまった生徒もいるが,多くは好きな人物については長所をあげてそ

課題:NHIの3人を,その長所や短所に着目して,あなたが好きな順番に並べ,その理由を説明しよう。

ⓒinfographics 4REAL

図6 ※磁石は一部のみ示している

10

76

54

18

1712

21

25

26

22

30

30

信長

秀吉 家康6

表 指導計画

図5 歴史をたどろう 『社会科 中学生の歴史』p.2

能 力 評 価

第1段階

基礎力-①役割・NHIの長所と短所を説明しつつ,それらから自分自身が学べることを説明できる。

・好き,嫌いという感情の根拠を,NHIの長所と短所に着目し,事実をもとに論理的に説明できたか。

第2段階

思考力-①解釈・NHIの政策の目的について,新たに発見したことを説明できる。思考力-②比較・関連・NHIは時代をどのように動かしたのか,3人の政策の共通点や相違点を説明できる。

・第1段階の能力の高まりと理解の深まり

・目的を自覚することで行動の改善や新たな目標設定ができるようになりそうか。

・協働的な学習によって多面的に考察できたか。

第3段階

思考力-③総合・NHIが切りひらいた「近世」という時代の「良さ」と「課題」を説明できる。実践力-①予想・NHIなら幕末の難局をどうのりきろうとするかを説明できる。

・第1,2段階の能力の高まりと理解の深まり

・近世の特色を多面的に考察できたか。

・他者の意見を参考にしたり,根拠をあげて批判をしたりすることができたか。

第4段階

実践力-②構想・提案・現代社会の諸問題に対し,NHIならどのような解決策を見いだそうとするか,自分ならどうするかを説明できる。

・第1~3段階の能力の高まりと理解の深まり

・歴史で学んだことから未来へのメッセージを発信できたか。

*第1段階は中学校1年生導入時,第2段階は近世の初め,第3段階は近世のまとめ~近代の初め,第4段階は歴史学習のまとめとして実施する。

ほりさげ授業研究 歴史

- 31 -

Page 7: 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ · 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,

中学校社会科のしおり 2016 ③

の理由とし,嫌いな人物は短所をあげる傾向が強いのは当然である。

A�評価(下線部のように,短所をふまえつつも長所を示して具体的な根拠を述べているもの)の例

○�信長が一番好き。厳しすぎるために部下の反感を買って裏切られたが,鉄砲を効果的に使って戦うなど戦上手で,行動力と判断力にすぐれ,天下統一への土台をつくった人だから。(図69の生徒)

B評価の例

○�秀吉はみんなにやさしいから好きだけど,家康は天下を横取りしたから嫌い。(5の生徒)○�私は信長のかたきをとり,天下を統一した秀吉が好きでしたが,本当に世の中を平和にしたのは家康だから,一番好きな人物は家康に変わりました。(6の生徒)

 本時では,長所と短所に着目することの意義を,次の図7を用いて説明する。

 長所(あるいは短所)ばかりに目がうばわれると,「見方」がかたよったりせばまったりして,独善的に見えてしまうおそれがある。 中学校入学後の早い時期から,自分の学習や学校生活の過ごし方,友達づくりのあり方を考えるきっかけにもしたい。

次時で紹介した生徒の感想例

○�短所に着目して悪いイメージをもっていると,何ごともネガティブに考えてしまうことがわかった。良いイメージが少しでもできると考え方も変わるから,好きではない人物の長所にも目を向けることが大切だとわかった。

(2)第2段階の指導と評価

○本時の目標 NHIが実施した政策の目的に着目して,近世社会の基礎がどのようにつくられていったかを理解させる。○アクティブ・ラーニングの工夫 一般的にグループ活動は4人班で行うことが多いが,本時では対象となる歴史上の人物が3人であるため,変則的に3人または6人で活動させる方法も考えられる。 図8のような「目的カード」をつくり,裏面に誰によるどのような政策かをまとめさせる。生徒は,「楽市・楽座」「刀狩」といった具体的で個別的な政策をまず探し,「商工業を活発にさせる」「一揆を防止する」といった目的を書きだすのだが,なかなかほかの人物が行った同じ目的の政策が見つからずに困りだす。しかし,「収入を増やす」「領地を増やす」「平和にする」「反乱を起こさせないようにする」といった共通性の高い目的に気づくと,「目的カード」の裏面に書かれる政策が増えて,時代の移り変わりが見えやすくなる。

課題:NHIの3人について,「なぜ〜は〜(政策等)をしたのだろう」という問いをまずは三つずつ立てて答えを考え,共通する目的の政策がほかにないか,探してみよう。

表面(目的だけを書く)

裏面

図8 目的カード(A評価の例)

寺院の勢力を弱める!

信長:キリスト教を保護する   関所を廃止する(関銭が   徴収できなくなる)秀吉:検地を行う(荘園がなく   なり,土地の権利を失う)家康:法令で統制する3人共通:一向一揆を防止する

図7

短所を自覚し克服する努力をすれば,良い結果になる

好きなことは進んでできるから,力もどんどん伸びていく

嫌いなこと,苦手なことから逃げてしまうと

力がつかない

好きなことばかりに目がいってしまい,視野がせまくなる

向上

短所

後退

長所

- 32 -

Page 8: 歴史 「アクティブ・ラーニング」を取り入れた 「コンピテン …€¦ · 点をもったアクティブ・ラーニングは,学習 過程の改善方法の一つとしてあげられつつも,

中学校社会科のしおり 2016 ③

(3)第3段階の指導と定期テスト問題

○本時の目標 近代の学習の導入場面で開国とその影響を扱いながら,幕藩体制や鎖国政策,身分制度の長所と短所などを再考し,近世という時代の特色に対する理解を深める。○アクティブ・ラーニングの工夫 幕末の学習でNHIの3人を登場させる理由は,近世の学習を進めているときには見落としがちな,3人の共通点を再発見しやすくするためでもある。学習過程で新しい発見ができることによって学ぶ意欲が高まるしかけを用意しておく。 キリスト教については保護から禁止へという変化があったが,どの人物も貿易の利益を重視していたことに気づけば,開国・通商開始への抵抗感は少ないと判断することが予想できる。また,平和や社会の安定という抽象的な概念も,「武器が十分でなく,大型船もつくれないので外国に対抗できない」「身分が固定的で,家柄で決まってしまい,格差も埋められない」などの課題に気づくと,ただそれだけで「良い状態だ」とは言いきれなくなる。

A�評価(下線部のように,知識がよく活用できることがわかるもの)の例○�秀吉は関白で朝廷側だったから,攘夷を主張しながら,幕府も必要だったから,結局は開国を認めたと思う。B評価の例

○�信長は戦いが好きだから,攘夷にまわるはず。○�家康は開国や通商は認めるけど,初代の将軍というメンツもあるから,不平等条約を結ぶことは絶対にしないと考える。

課題:近世社会は何を犠牲にして「平和」を維持していたのか,また,幕末の混乱に際して,もしNHIの3人だったらどのように対処するか,考えてみよう。

○定期テストを活用した学習 テストを解いている最中には協働的な学びはできないが,授業で発表されたことについての意見をテストで書かせて,さらにテスト返却時の授業で答案の内容をもとに議論するといった「時間差協働学習」は可能である。

テストの解答(正解)の例

 私も似ていると思う。織田信長は敵対した戦国大名や一向一揆に対して,井伊直弼は幕府に反対した大名や公家などに対して,容赦のない攻撃や処罰を行った。このことが,本能寺の変や桜田門外の変という似たような運命をたどった原因だと思う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・テスト返却時の授業での意見の例

 織田信長も井伊直弼も無茶なことをしたとは思うけど,勝手に攘夷を実行されると幕府というより日本全体が危なくなるから,井伊直弼が行った処罰はしかたのないことだったと思う。

5 おわりに

 p.31に示した第4段階の活動は,持続可能な社会を形成するという観点から探究する公民的分野のまとめの学習として実施してもよい。 日本の社会科教育にとって,高校で地理歴史と公民が別々になっているとしても,小・中・高校をつらぬく「見方・考え方」が示され,視点の質やそれを生かした問いの質が高まることをめざすようになる意義はとても大きい。 「見方・考え方」の育成という視点は,分野や科目に分かれてしまっている「社会科」がいずれは統合され,各教科等の教育活動全体のコアに位置づけられるくらいのインパクトをもつほど,「社会科寄り」のものである。

問題:井伊直弼は織田信長と似ているという感想を述べた生徒がいましたが,あなたはどう思いますか。その理由を具体的なできごともあげて説明しなさい。

ほりさげ授業研究 歴史

- 33 -