トランスポーターの基礎 トランスポーターの 分類 CLINICAL NEUROSCIENCE vol.36...

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648 CLINICAL NEUROSCIENCE vol.36 no.6 201860289-0585/20/¥90/頁/JCOPY はじめに 細胞生存のため細胞内外のイオンや低分子化合物濃度一定恒常性維持機構っている代謝するくの低分子化合物水溶性であるため脂質二重 でできている細胞膜通過できないトランスポーター 低分子化合物細胞膜透過可能にする通路するタンパクであり多様遺伝子群からなってい トランスポーターは中枢神経系のみならず生体内数多くの重要機能っており生活習慣病などの創薬 標的になっている本稿では中枢神経系発現する神経 伝達物質のトランスポーターを中心その研究史および 分類概説する神経伝達物質トランスポーターの研究史 1960 Axelrod らによりモノアミン神経伝達終了せる機構として再取発見報告された 1.「研究当初シナプトソームをその 基質特異性やイオン依存性などを生化学的手法調みの速度論的解析中心われたしかし30 1990 GABA トランスポーターがクローニングさ 再取機構実体としての神経伝達物質トラ ンスポーターの一次構造らかになった23 ドーパミンノルアドレナリンセロトニンリシンGABAグルタミンなどのトランスポーターが クローニングされた 2神経伝達物質トランスポーターに 上記細胞膜局在神経伝達物質再取みにするトランスポーター細胞膜トランスポーターシナプス小胞局在神経伝達物質合成貯蔵関与るトランスポーター 小胞型トランスポーターがある 1).小胞型トランスポーターにしても当初精製され たシナプス小胞その基質特異性エネルギー依存 やイオン依存性などが生化学的調べられていた 3かし19921993 小胞型モノアミントランス ポーター小胞型アセチルコリントランスポーター1997 小胞型 GABA/グリシントランスポーター20002002 小胞型グルタミントランスポーターの子的実体らかになった 4,5神経伝達物質トランスポー ターの cDNA クローニングそれらをいてトランス ポーターの構造機能局在解明されたさらに遺伝 子改変マウスの作製解析により神経伝達物質トランス ポーターの個体レベルでの機能解析われそれらのによる病態解明進行中である神経伝達物質グルタミンしてはトラン スポーターを日本人研究者貢献きい1954 トランスポーターの基礎 トランスポーターの 分類 研究史 田中光一 たなか こういち 東京医科歯科大学難治疾患研究所分子神経科学教授 1 神経伝達物質のトランスポーター 細胞外 細胞内 細胞外 細胞内 チャネル トランスポーター 閉状態 開状態 外向き構造 内向き構造 2 チャネルとトランスポーターの輸送機序

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648 CLINICAL NEUROSCIENCE vol.36 no.6 (2018‒6) 0289-0585/20/¥90/頁/JCOPY

はじめに

 細胞は生存のため,細胞内外のイオンや低分子化合物の濃度を一定に保つ恒常性維持機構を持っている.代謝に関与する多くの低分子化合物は水溶性であるため,脂質二重膜でできている細胞膜を通過できない.トランスポーターは,低分子化合物の細胞膜透過を可能にする「通路」を形成する膜タンパク質であり,多様な遺伝子群からなっている.トランスポーターは,中枢神経系のみならず生体内で数多くの重要な機能を担っており,生活習慣病などの創薬標的になっている.本稿では,中枢神経系に発現する神経伝達物質のトランスポーターを中心に,その研究史および分類を概説する.

●神経伝達物質トランスポーターの研究史

 1960年,Axelrodらによりモノアミン神経伝達を終了させる機構として「再取り込み」が発見・報告された1).「再取り込み」の研究は,当初,シナプトソームを用い,その基質特異性やイオン依存性などを生化学的な手法で調べ,取り込みの速度論的解析を中心に行われた.しかし,30年後の 1990年,GABAトランスポーターがクローニングさ

れ,再取り込み機構を担う実体としての神経伝達物質トランスポーターの一次構造が明らかになった.続く 2~3年の間に,ドーパミン,ノルアドレナリン,セロトニン,グリシン,GABA,グルタミン酸などのトランスポーターがクローニングされた2).神経伝達物質トランスポーターには,上記の細胞膜に局在し神経伝達物質の再取り込みに関与するトランスポーター(細胞膜トランスポーター)と,シナプス小胞に局在し神経伝達物質の合成・貯蔵に関与するトランスポーター(小胞型トランスポーター)がある(図1).小胞型トランスポーターに関しても,当初,精製されたシナプス小胞を用い,その基質特異性,エネルギー依存性やイオン依存性などが生化学的に調べられていた3).しかし,1992~1993年の間に小胞型モノアミントランスポーター,小胞型アセチルコリントランスポーター,1997年に小胞型GABA/グリシントランスポーター,2000~2002年の間に小胞型グルタミン酸トランスポーターの分子的実体が明らかになった4,5).神経伝達物質トランスポーターの cDNAクローニング後,それらを用いてトランスポーターの構造,機能,局在が解明された.さらに,遺伝子改変マウスの作製と解析により,神経伝達物質トランスポーターの個体レベルでの機能解析が行われ,それらの異常による病態解明が進行中である. 神経伝達物質の中で,グルタミン酸に関しては,トランスポーターを含め日本人研究者の貢献が大きい.1954年

トランスポ ーター の 基 礎

トランスポーターの分類と研究史 

田中光一

たなか こういち 東京医科歯科大学難治疾患研究所分子神経科学教授

図 1 神経伝達物質のトランスポーター

細胞外

細胞内

細胞外

細胞内

チャネル トランスポーター

閉状態 開状態 外向き構造 内向き構造図 2 チャネルとトランスポーターの輸送機序の違い

649CLINICAL NEUROSCIENCE vol.36 no.6 (2018‒6)

にグルタミン酸に神経興奮作用があることを最初に報告したのは当時の慶應義塾大学の林 髞教授であった.その後1980年代後半に,当時の順天堂大学の竹内 昭教授により,グルタミン酸が興奮性神経伝達物質であるという概念が確立された6).1990年代前半には,当時の京都大学の中西重忠教授や新潟大学脳研究所の三品昌美教授により,グルタミン酸受容体の分子的実体が明らかにされた7,8).同じく 1990年代前半に,金井好克教授(現大阪大学教授)や筆者により,細胞膜のグルタミン酸トランスポーターSLC1A1・SLC1A3がクローニングされた9,10).小胞型グルタミン酸トランスポーターに関しては,1983年にミシガン大学の植田哲史教授により,シナプス小胞に ATP依存性グルタミン酸取り込み活性があることが最初に報告された3).さらに 2000年に,小胞型グルタミン酸トランスポーター SLC17A7の分子的実体が,高森茂雄教授(現同志社大学教授)により明らかにされた5).

●トランスポーターの基質輸送機序

 トランスポーターの基質輸送機序として,alternate access modelが提唱されている11).このモデルでは,「トランスポーターは,細胞膜の片側から輸送基質がトランスポーターに結合すると構造が変化し入り口を塞ぎ,反対方向を開けて輸送基質を反対側に放出する」と考えられている(図 2).つまり,トランスポーターは,輸送基質結合部位が細胞膜の外側からのみアクセスできる構造と,内側からのみアクセスできる構造を交互に入れ替えながら,基質を輸送する.現在までに得られているX線結晶構造解析の結果は,この alternate access modelを支持している12,13).

●トランスポーターとチャネルの違い

 チャネルは,トランスポーターと同様にイオンなどの水溶性物質が透過できる「通路」を脂質二重膜に形成する膜タンパク質である.しかし,トランスポーターとは異なり,

輸送イオンの「通路」を全開にすることができる(図 2).このため,チャネルの輸送速度と輸送量はトランスポーターよりも早い.また,トランスポーターは,チャネルとは異なり輸送基質は内因性物質のみに限定されず,薬物や合成化学物質などの外因性物質も認識することができ,多選択性の輸送を行う.

●ABCトランスポーターとSLCトランスポーター

 トランスポーターは,ATPの加水分解エネルギーを用いて能動輸送(一次能動輸送)を行う ABC(ATP binding cassette)トランスポーターと,ATPのエネルギーを用いないで輸送を行う SLC(solute carrier)トランスポーターの 2つに分類される.ABCトランスポーターは,ABCAから ABCGまでの 7つのファミリーからなり,これら各ファミリーにはメンバーが何種類か知られており,ヒトでは49種類のABCトランスポーター遺伝子が同定されている(図 3).ABCトランスポーターには,薬物の排出やコレステロールの輸送を担うものも含まれ,ABCB1(MDR1),ABCG2(BCRP)などは血液脳関門に発現している.ABC トランスポーターに属する ABCC7(CFTR)の遺伝子異常は,囊胞線維症を引き起こす.詳細な情報は,HUGO Gene Nomenclature Committee(https://www.genenames.org/)に掲載されている. SLCトランスポーターには現時点で,60以上のファミリー,400以上のトランスポーターが登録されている.詳細な情報は,SLC TABLES(http://slc.bioparadigms.org/)に掲載されている. SLCトランスポーターは基質の輸送モードにより,単輸送体(単一の基質を輸送するもの),共輸送体(複数の基質を共輸送するもの),交換輸送体(複数の基質を対向輸送するもの)に分けられる(図 4).また,SLCトランスポーターは,細胞膜を隔てた Na+,K+,H+,Cl‒などの電気化学ポテンシャルの差として蓄えられた自由エネルギーを

NH2NBD NBD COOH

細胞内

細胞外

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

図 3 ABCトランスポーターの二次構造NBD:nucleotide binding domain

単輸送 共輸送 交換輸送

細胞外

細胞内

細胞外

細胞内

細胞外

細胞内

図 4 SLCトランスポーターの輸送モード

650 CLINICAL NEUROSCIENCE vol.36 no.6 (2018‒6)

用いて基質の濃度勾配に逆らった能動輸送(二次性能動輸送)を行う.神経伝達物質トランスポーターは,SLCトランスポーターに属し,利用する電気化学ポテンシャルを持つイオン種によりNa+/Cl‒依存性SLCトランスポーター,Na+/K+依存性SLCトランスポーター,H+依存性SLCトランスポーターに大別される.また,SLCトランスポーターは,その細胞内局在により,細胞膜トランスポーターと小胞型トランスポーターに分類される(図 1)2).

●Na+/Cl—依存性SLCトランスポーター

 Na+/Cl‒依存性 SLCトランスポーターは細胞内外のNa+と Cl‒の濃度勾配を利用して,Na+と Cl‒とともに神経伝達物質を共輸送し,神経細胞あるいはグリア細胞の細胞膜に局在する細胞膜トランスポーターである.ドーパミン(SLC6A3),セロトニン(SLC6A4),ノルアドレナリン(SLC6A2),グリシン(SLC6A5,SLC6A9),GABA(SLC6A1,SLC6A11,SLC6A12,SLC6A13)のトランスポーターがこのファミリーに属する2).このファミリーに属するトランスポーターの構造は似ており,N末端と C末端は細胞内に面し,細胞膜を 12回貫通し,細胞膜貫通領域 1~5と 6~10の 2つの領域が対向する形をとっている(図 5).

●Na+/K+依存性SLCトランスポーター

 Na+/K+依存性 SLCトランスポーターは細胞内外のNa+,K+,H+の濃度勾配を利用して,神経伝達物質を輸送し,神経細胞あるいはグリア細胞の細胞膜に局在する細胞膜トランスポーターである.Na+/K+依存性SLCトランスポーターに属する神経伝達物質トランスポーターは,グルタミン酸トランスポーター(SLC1A1,SLC1A2,SLC1A3,SLC1A6,SLC1A7)のみである14).このファミリーに属するトランスポーターの構造は似ており,N末端と C末端は細胞内に位置し,8個の細胞膜貫通部位,2個の細胞膜を完全に貫通していないループ構造(re‒entrant loop)を持つ(図 6)13).グルタミン酸トランスポーターはグルタミン酸を取り込む際に,Na+およびH+の共輸送,K+の対向輸送と共役する.グルタミン酸,Na+,H+,K+

の結合・輸送に関与しているアミノ酸残基はいずれも 6番目の細胞膜貫通領域以降の C末端側である.また,グルタミン酸トランスポーターは 3量体のホモオリゴマーとして細胞膜に発現している.

●H+依存性SLCトランスポーター

 H+依存性 SLCトランスポーターは,液胞型 ATPase(vacuolar‒type ATPase)の働きで作られるH+の電気化学勾配を利用して,神経伝達物質を輸送し,神経細胞のシナプス小胞に局在する小胞型トランスポーターである.H+

依存性 SLCトランスポーターに属する神経伝達物質トランスポーターは,小胞型モノアミントランスポーター(SLC18A1,SLC18A2),小胞型アセチルコリントランスポーター(SLC18A3),小胞型GABA/グリシントランスポーター(SLC32A1),小胞型グルタミン酸トランスポーター(SLC17A6,SLC17A7,SLC17A8)がある4).小胞型モノアミントランスポーター,小胞型アセチルコリント

7 94 25 3 8

1 6

COOH

10 11 12

NH2

細胞内

細胞外

図 5 Na+/Cl-依存性 SLCトランスポーターの二次構造

1 2 3 5 6 87

HP1HP2

細胞外

細胞内

COOH

4

NH2

図 6 Na+/K+依存性 SLCトランスポーターの二次構造

COOH

10 11 12

NH2

細胞内

小胞内

1 2 3 4 5 6 7 8 9

図 7 H+依存性 SLCトランスポーターの二次構造

651CLINICAL NEUROSCIENCE vol.36 no.6 (2018‒6)

ランスポーター,小胞型GABA/グリシントランスポーターは,プロトン勾配によって作られる pHの差(小胞内部が弱酸性)を利用し基質を輸送するのに対し,小胞型グルタミン酸トランスポーターはプロトン勾配によって作られる膜電位の差(小胞内部がプラス)を利用しグルタミン酸を輸送する.このファミリーに属するトランスポーターの構造は似ており,N末端と C末端は細胞内に位置し,10~12個の細胞膜貫通部位を持つ(図 7).

むすび

 トランスポーターの研究は,基質輸送現象の酵素学的な解析に始まり,分子的実体の解明を経て,遺伝子改変マウスによる生体における機能解明,結晶解析による輸送の構造基盤の解明,遺伝子解析による疾患との関連解明が,着実に進行している.特にイオンや低分子化合物の濃度変動が激しい中枢神経系において,トランスポーターは生体内生理活性物質の恒常性維持を通じ,中枢神経系の機能維持に重要な役割を果たしている.したがって,トランスポーターの異常は様々な精神神経疾患の発症に関与している15,16).さらに,精神神経疾患の治療にとって重要な中枢神経系への薬物送達の効率を決めている重要な分子は,血液脳関門に局在するトランスポーターである.このように,トランスポーターは新薬の標的分子として,大きな可能性を持っている.

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